しかし、そこは――――戦場であった。
根源接続者をも抱えたと言われる結社アーカム。
その目的は、世界各地の
一般には知られていないが、オーパーツの中には現在の科学・魔術では到底辿り着けない領域の物がある。
宝具とも呼ばれるそれが、悪しき者の手に渡らぬよう、マーリンが戯れに弟子にした女性が結成した組織だ。
その実行部隊、彼らを通称スプリガンと呼ぶ。
中でもS級工作員である切り札、彼こそが御神苗優である。
「まーた聖杯かよ。
全く、どいつもこいつもコップ一つの為に戦争起こすきかよ」
「良い着眼ですね優。
この冬木で行われる聖杯争奪戦は『聖杯戦争』と言うのですよ」
「戦争ねぇ。世界平和はまだまだ遠そうだ」
この冬木に来る前に、万物の根源を知る師匠朧との会話を御神苗優は思い出していた。
近頃はナチスの残党が聖杯と名の付く物を探して回っている。
下手をすればこの冬木にも手を伸ばしているかも知れない。
そう言えば、あの薬中筋肉マンとかここ来てるんじゃね?
ああ、嫌な奴を思い出したし、本当に出て来たら暑苦しくてたまんねえな。
幾らここが寒い夜の町でもアレはむさ苦しすぎてノーセンキューだぜ。
と、優はそこで思考を打ち切った。
「聖杯ってそんなに欲しがるものかねぇ。
こちとらキリスト教徒じゃねーから、その感覚がわからん」
そう、呆れながら呟いた優の後ろから声がした。
「今、聖杯って言ったかしら」
黒い髪を両端に分け、胸元に十字のマークが入った服を着た容姿の整った少女がそこにいた。
「…ふーん、もしかしてキリスト教徒?
それとも、――――――アンタも戦争とやらの関係者だったり?」
そう言った直後、直感に従い優は背後からの攻撃を避けるように身を捻った。
「今のを躱されるとは思わなかったぞ」
双剣を構えた白髪と褐色の男は、何処か皮肉めいた笑みでそう告げた。
「こっちもまさかいきなり斬りかかられるとは思わなかったぜ」
皮肉には皮肉で返す。
しかし、互いに冬の夜より冷えた思考で互いの次の一手を想定する。
「お返しだ…ぜっ!!」
逆に、空いてからのカウンター気味の斬撃で軽く切り裂かれてしまう。
「なるほど、コイツは芳乃の案件か。
こんな凄ぇ妖気を持った人間なんているわけねぇからな!!」
優の言ったとおり、白い髪の男は黒髪の少女遠坂凛が使役する霊体使い魔。
通称サーヴァント。
英雄の魂を魔力で再現して存在するものだ。
霊体である故に、物理攻撃は通用しない。
「なら、これでどうだぁっ!?」
優が選んだのは掌底。
しかし、その掌には自身の精神波を何十倍にも増幅するサイコブローという仕組みが備わっている。
これは精神との官能性が高い金属オリハルコンの特性を存分に生かしたものだ。
高位の使い魔であるサーヴァントの中では耐久力に劣る白髪の男、アーチャーは思わぬ打撃に一瞬硬直した。
そこで、優は更なる打撃を放たんと、サイコブローを連打したところで、目の前の男の双剣が片方無くなっていることに気が付いた。
何処になどとは考えるまでもない。
周囲の気配を呼んで、側面から片割れに引き寄せられるように飛来する剣を紙一重で躱した。
「やられてるフリして、不意打ちなんて随分厭らしいじゃねーか」
「なあに、躱した君が言うことじゃないさ」
互いに不敵に笑うが、互いに今の攻防が紙一重であったことは誰よりも本人たちが理解していた。
「アンタはなんで聖杯なんか求めるんだ?」
「さあ、うちのマスターが欲しいって行ったからとでも言えば良いか?」
「女の尻に敷かれてるんだな」
「ふっ、違いない」
友人のように冗談を躱しながらも、互いの動きが緩まることはない。
捌き、躱し、突き、防ぎ、叩く。
互いに己の技工の限りを応酬する。
「人に過ぎたるものは誰かが持ってちゃいけねーんだ。
だから回収する」
森が血と魂を求めて蠢いたときも、水晶の狂気にも優は、怯えること無くその信念に従った。
無論今回もそうする。
「…アーカムか。
中東での事を思い出す……まさか御神苗優かっ!?」
「オレは覚えちゃいねーけど、随分有名人になったみたいだぜ」
初めて余裕染みた表情を崩したアーチャーは剣を納める。
「どうしたのアーチャー」
「彼は、マスターでもサーヴァントでも無い。
戦う必要は無いと言うだけだ」
少女の少し責めるような言い方に、窘めるように男は答えた。
「だろう?
裏では古代遺物回収組織であるアーカムの
「…本当にあった記憶がねーのに、一方的に知られているってのも良い気分じゃねーな」
「……アーカム、面倒ね。
帰るわよ、アーチャー」
魔術協会からすれば。敵対はしないものの面倒な相手。
それが、アーカム。
表では世界屈指の企業の面をしておきながら、裏では同じく表で大企業の顔を持つ軍産複合体や国家と鎬を削っている。
遠坂凛からすれば羨ましいほど潤沢な資金を湯水のように使う、無駄にイライラする面倒な組織に関わる事はない。
「了解したマスター。というわけで見逃してくれるかな」
「ああ、良いぜ。ナチスとは無関係みたいだからな」
それに、凛にはアーカムの工作員を知っている自身の英霊には問いただしたい事がいくらでもあるのだ。
とはいえ、何処かで煙に巻かれる予想はしているのだが。
「アンタの名前はアーチャーで良いのか?
変わった名前だな。
んで、そっちの嬢ちゃんは?」
「遠坂凛よ」
「そうか、そっちのアーチャーは苦労性がにじみ出た顔してるから尻に敷くのも程々にな」
「クク、そうしてくれるとありがたいのだが」
凛は隣で苦笑する使い魔に効きもしないだろう肘打ちをかますと、この後己のサーヴァントをどう詰問するか考えながら帰路を辿った。