『正義』の妖精と『偽善』の白兎のファミリア・ミィス 作:護人ベリアス
今回で最終回。
最終回をあの時と同じ晴れ舞台で締め括りたいと思います。
「クラネル夫妻入場です。盛大なる拍手でお迎えください。」
微に聞こえるシルの声とともに大聖堂の門がゆっくりと開かれていく。
私とベルは20年前の結婚式の時と同じように腕を組み、歩幅を揃えて前へと進み始めた。
大聖堂へと足を踏み入れると来賓にはあの時と同じように多くの方々がいる。違う点を挙げるとすると私とベルの立つ側に自身の関わりの深い人々が居並んでいること。
あの時から20年。
当時は私とベルを中心にごく僅かな仲間と共に歩み始めた平和への道。
今ではこんなにも多くの方々が私達の夢に賛同してくれている。
今ではこんなにも多くの方々に私達は支えられている。
そして結婚式のように決まった服装があるわけではないため、それぞれが思う正装を着こなしている分大聖堂の中は多様性に満ち溢れていた。
そんなことも私達の夢に種族や出身、所属を問わずに賛同してくれている人が大勢いることを示していた。
私はこの場に立っただけでそんな事実を確認できることを嬉しく思った。
拍手に包まれながら歩くことしばらく。私達は祭壇の前に辿り着くとともに拍手がスッと鳴り止む。それと同時に司会のシルが口を開いた。
「それではこれより式典を厳粛に執り行って参ります。まず初めに今日グランド・デイにこの式典が執り行われるようになった由緒をお話しします。」
シルがグランド・デイについてを話し始める中私はこれまでを振り返ってみる。
グランド・デイ。
それはかつて神ゼウスと神ヘラのファミリアが三大冒険依頼の一つ、陸の王者の討伐に成功したことを祝う日であった。
しかし20年前の今日ベルと私が愛の誓いを正式に交わし、そして覚悟を示したその時。
グランド・デイの意味は変わった。
愛で結びつけられたベルと私は幾多の苦難や葛藤を乗り越えながら平和へ向かう人々の船頭になるという大役を仰せつかった。
私達の覚悟は人々の心を確かに動かし、
だからグランド・デイはかつてのモンスターへの勝利を祝う日ではない。
グランド・デイとは永久の平和と種族間の友好を祈る日である。
だが同時にかつてと同じ意味合い、犠牲者への追悼ということも忘れてはならない点であった。
「これより平和のために先に逝ってしまった私達の英雄達にしばしの黙祷を捧げましょう。」
シルの宣言に合わせて私も黙祷を捧げた。
この20年。…いやそれ以上の年月か。
私達の願う平和に殉じて命を散らせた方々。私とベルの指示の元失われた命も決して少なくはない。私達の夫婦喧嘩が誘因となって失われた命だってある。
それ以前にはアリーゼ達のような混乱を極めたオラリオの治安を取り戻すために命を散らさせた方々もいる。彼らのお陰で私たちが平和へと歩み出す礎が築かれたのは言うまでもない。
だから私達は彼らに決して無駄死にではなかった。私達は確かに彼らの意志を継いで一歩一歩前に進んでいる。そして私達はあなた方の誇り高き生き様を決して忘れはしない。そう心に誓い、彼らの魂の安らぎを願った。
しばしの静寂が訪れ、大聖堂に集まる全ての人が黙祷を捧げる。ここに集う人々もまた近しい人を亡くしている方も少なくない。きっと一人一人それぞれ大切な人に思いを馳せていることだろう。
私は心の中でアリーゼ達に告げる。
私はベルと共にここまで来た、と。平和への願いを数えきれない人々と共有し共に歩むことができるまでできている、と。
アリーゼの夢を私は大きく前進させることができた、と。
だがまだ達成には程遠い。世界には未だ火種が燻っている。それどころか今は保てている平和を崩しかねない要素まである。
私は気づかされていた。平和への願いとは弛まぬ努力があってこそ成し遂げることができると。
だから私はアリーゼ達に誓う。
これからも私はベルや多くの支えてくださる方々と共にアリーゼの夢を現実にするために戦い続ける、と。
黙祷は一分に渡って捧げられた。黙祷の終わりの合図はシルから出された。
「それでは式典を主催する【アストレア・ファミリア】団長リュー・クラネルと【ヘスティア・ファミリア】団長ベル・クラネルからお言葉を頂きます。」
そうシルが言うと共にベルと私は後方に向き直る。そうしてまず私が口を開いた。
「私リュー・クラネルとベル・クラネルは今日例年通り滞りなく式典を挙行できたこと、これだけの多くの方々にご出席いただいたこと、心から感謝しています。生まれ変わったグランド・デイの式典は今回で20回を超えました。それは20年もの間私達の平和への願いが消えなかったということの証拠に他なりません。これだけの年月、これだけ広大な地域において消えなかったということはとても尊いことだと私は確信します。」
そこまで私が言うと私はベルに続きを譲った。
これは結婚式の時からの慣例。私とベルが二人で平和への願いを語ると言う形式を重視して毎年事前に二人で打ち合わせをして行なっているものだった。
「しかし僕達が至らぬばかりに悲惨な事態を招いたこと、誰もが全てのわだかまりを断ち切ることができなかったことも忘れてはなりません。互いに知り合う人達が傷つけ合う、命を奪い合う。そんなことはもうあってはならないのです。そしてそのために必要なこととは何でしょうか?」
「弛まぬ平和を維持するための努力。平和への願いを常に胸に留めること。私達はこれまで曖昧な言葉でその答えを出してきました。その曖昧さが努力不足を招き、悲惨な事態を招いたのは私達の心に深く刻み込まれていることでしょう。ならばどうすればいいでしょうか?」
「僕達にはもう答えが分かっています。思いを通じ合わせるのです。」
「何度でもどれだけ時がかかっても言葉を交わし思いを共有する。それこそが平和に至る答え。」
人と人が思いを通じ合わせること。
それこそこの20年でベルと私がが出した平和に至るための答え。
ベル私が共に一度失敗したからこそ。
ベルと私が共に愛は不滅と慢心を抱いてしまったからこそ。
この答えの重みを人一倍理解すると同時に私達の大きくなりすぎた影響力のおかげで重みを増して人々に伝わるに違いない。
「愛する人や親しい人と時間があれば会話を弾ませてください。そうすれば無用なすれ違いを招かずにすみます。愛も友情も僕達が思っているよりも儚くて脆い。大丈夫だと慢心して放置した時、気づいた時には手遅れで愛も友情も消え去っている。そんなこともあり得るのです。だから少しでも言葉を交わし少しでも誤解が生じないように努力するのです。」
ベルはかつての私達が犯してしまった怠慢の罪を語った。その罪が心に刻まれているからこそ今は率先して共に過ごす時間を増やし、思いを共有する機会ができるように私達は尽力している。
「憎い人や嫌う人であろうと話しかけてみてください。もしかしたら誤解があるだけなのかもしれない。もしかしたら何か事情が隠れているのかもしれない。そんなことはただ言葉を交わすことでしか分からないことなのです。言葉を交わさなければ状況は何も動きません。それは行動を怠った怠慢に当たりましょう。」
私は私達が
「隣に立つ人に気軽に話しかけてみましょう。」
「初対面の相手でも臆さず手を取ってみましょう。」
「そんな些細な試みが大きな意味を持ちます。」
「小さな努力が大きな成果へと繋がります。」
「「私(僕)一人一人の小さな努力の積み重ねが平和への礎となるです。平和を築くのは私達一人一人です。」」
交互に紡いでいたベルと私の言葉は最後に一つとなる。
それこそベルと私の心が一つになっている証、そして衝突し合った二人でも心を一つにできるという証になろう。
ベルと私は二人で紡ぐ言葉を締め括った。
私達が言葉を締め括ると同時に喝采が巻き起こる。
私達は拍手に包まれたことでこの場に集う数多くの方々とも平和への願いを共有できていることを再確認させてもらった。
今年のグランド・デイも平和の祭典として好調に終えることができそうだった。
⭐︎
「…静かに…なりましたね…」
「ええ…そうですね。」
ベルと私は二人だけで大聖堂に残っていた。シルの例年の取り計らい通り大聖堂から皆さんには出てもらい、それぞれグランド・デイという一年で一段とオラリオが盛り上がる日を立場に縛られずに満喫していただこうという心遣いだ。
そして同時にベルと私が二人だけで結婚記念日を祝えるようにという多くの方々の計らいでもある。今だけは誰も私達の空間に入ってくることはない。だから思う存分ベルとの時間に浸ることができた。
私達は二人並んでただ美しく輝くステンドグラスを見上げて、ポツリと呟いたのだった。
「もう20年ですか…長いようで短かったですね…」
「ええ…色々ありましたが、確実に言えることは密度がとても濃かった…ということですね。」
ベルと私は手を取り合い、硬く握り合っている。今の私達にはそれだけで十分だった。
「…僕達はきちんと思いを通じ合わせられてますかね…」
ベルがポツリと呟く。きっと先ほどの演説の中で話したことを私達がきちんと実践できているか気になったのだろう。だから私は正直に答えた。
「さぁ?私にもそれは分かりません。前と同じ過ちを繰り返さないように努力はしている…ただ以前のように無垢のままではいないでしょうね…」
「はは…僕もリューさんも悪い意味で成長したんですね…」
私の答えにベルは苦笑いする。
もうあの頃のようにすぐ照れたりすぐ自爆したりするベルも私ももういない。
一時は関係が冷え切ったこともあるくらいだから時折は演技も混ぜないといけないほどで、お互いに燃えるような愛はないと言ってもいいのかもしれない。
そう私が自嘲しているとベルが続けた。
「でも…今は前以上にたくさんお話できてます。僕はたくさんリューさんのことを知って、リューさんは僕のことをたくさん知った。それは昔はなかったですよ。だから過ちを犯してしまった。お互いにお互いを理解しきれなかった。…今でも完全ではないです。けれど最善に近づいてはいるんじゃないですか?」
「ふふ…そうですね。お互い節度を弁えるようにできるだけ気をつけていますからね。そして節度を超えたとしてもかつてとは違い、共に話し合い妥協点を探れるように努力している…これはいい意味の成長です。」
「そういうことです。だから今僕はこうして手を繋ぐだけでとどめています。」
「…かつてであればすぐにキスでしたものね。ベルは。」
「…はは。今はキスはちょっと外向け感ありますから…」
「…お帰りのキスなど誰が考えたのでしょうね…本当に…」
そう愚痴を互いに零した。外でキスをしたりするのは、ベルの要望という意味は当然大きいが、本当のところ明確にベルと私の親密さを示すには無思慮に公共の場でイチャイチャしていた頃のようにイチャイチャするしかない…という事情があったりする。…本当に若気の至りとは恐ろしいものだと常々思う。そして模範となる身も思いの外苦労が多いと素直に言いたい。
さらに確かにベルの言う通り今はかつて以上に言葉を交わしている。そう私は思った。
批判も必要であればするようにしている。こうしてたくさん話し合い、適度に不満を吐き出すことで決定的な決裂は避けられる。そんなしたたかな技をベルも私も身につけつつある。それはあまり良くない意味の成長かもしれない。けれどこれからも何年も共に過ごす私達には必要なことだとは思っている。
「…まぁ。今日くらいはもう少しいいですよ。」
「…え?」
ベルは間抜けな声を漏らす。私が多くの時にイチャイチャするのを嫌がるので私の言っている意味が分からなかったらしい。
なので私は行動で示そうとベルの肩にそっと自身の頭を乗せた。
「…こうしてもう少し距離を縮めてもいい…ということです。今は私達だけですから。」
「…なるほど。なら遠慮無く。」
ベルはそう言うと握っていた手を引き寄せて腕と腕が触れ合うまでベルと私の距離が縮まる。
「改めて…結婚記念日おめでとうございます。これからも一緒にたくさんお話ししてお互いのことをもっとたくさん知っていきましょう。」
「ええ。こちらこそ結婚記念日おめでとうございます。ベルの言う通りです。共に支え合い平和と私達の愛を永遠のものにするために弛まぬ努力を続けていきましょう。」
そう二人で結婚記念日を祝福し合う。そうして次に伝え合う言葉はもう心の中でお互いに決まっていた。
「大好きです。リューさん。これまでもこれからも。ずっとリューさんのそばにいます。」
「愛しています。ベル。私のベルへの愛は決して消えません。だからいつまでもベルを愛し続けます。」
そう告げ合うと私とベルはそれからは何も言わずただ肩を寄せ合い二人だけで佇んだ。
キスもハグも本当の意味で私達を繋げることはできなかった。
必要なのはお互いに言葉を交わし、分かり合うこと。
そのためには肩を寄せ合いお互いの温もりを感じ合うだけで十分だった。
そして分かり合うことは思う以上に苦労が絶えず難しいこと。
だがその苦労を乗り越えればとても大きな幸せを手にすることができる。かつての私はもうそれを知っている。
だからベルと共にこれからも生きよう。
だからベルにこれからも愛を伝え続けよう。
だからベルと共に平和を守り続けよう。
そんな誓いを再び心でする。
今日はグランド・デイ。それは私とベルが愛を誓い合ったとても尊い日。
そんな日にはいつも私はベルとのこれからも続いていく未来に思いを馳せる。
そして願うのだ。
どうか私達の愛が永遠に続きますように…と。
完
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