【完結】解放奴隷は祈らない   作:家葉 テイク

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当SSはとぅりりりりさんのシェアードワールド企画に参加したものです。
詳細はこちらのURLをご参照のこと。(内容的には読まなくても分かります)
https://syosetu.org/novel/185460/

なお、小説トップページのイラストは同じくシェアードワールド企画に参加されている丸焼きどらごんさんより頂きました。(めちゃくちゃ面白いです)
この場を借りて御礼申し上げます。


01_無敵の女 IMITATION

 むかしむかし、神は人間に祝福を与えた。

 

 むかしむかし、神は人間に呪詛を与えた。

 

 

 やがて人間はそれらを『己の属する(サガ)』、即ち属性と呼ぶようになり──全ての人間にとって、『属性』は当たり前のものとなった。

 『属性』の優劣によって人間の価値は決まり。

 だから『属性』を奪う技術が生み出され。

 持っていて当然の『属性』を持たない者は、人間としてすら扱われない。

 

 きっと彼らは、そんな在り方に疑問を持つこともないはずだ。

 

 

 だが。

 

 

 一度でもその輪廻から外れてしまった者から見れば、きっと彼らはこう映ることだろう。

 

 

────属性の奴隷(アトリビュート・スレイヴ)

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

01_無敵の女 IMITATION

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

「いてて……やらかしちまった」

 

「気をつけろよ。最近は魔物被害がひどいんだ。この前だって元騎士領の森で……」

 

「知ってるよ。ご同輩がやられたんだってな、五人も」

 

 

 ────宗教国家アライメントの片田舎。

 

 どこにでもありそうな場末の酒場で、今日も不穏な噂話を肴に荒くれ者が酒に舌鼓を打っていた。

 見ればどこもかしこも客は身体のどこかしらに傷を負った屈強な男ばかり。おまけに話す内容もお世辞にも善良とは言い難く、女子供でも見かけたら攫ってしまうのではないかという心配すら湧いてきそうだった。

 ──もっとも、彼らからすればそんな第一印象は失礼極まりないのかもしれないが。

 

 

「いやぁ、ごちそーさま。おいしいお酒をいつもありがとう」

 

 

 何せ、彼らの目の前には今まさに『攫われてしまいそうな可憐な女』が座って、リラックスしきった表情で昼間から飲酒を楽しんでいるのだから。

 

 美しい女だった。

 亜麻色の髪を肩くらいで切りそろえているのは、動きやすさを意識しているのか。

 身に纏う旅装から覗く真っ白く細い手足は、どちらかというと深窓の令嬢で通した方が違和感が少ないのではと思わせる美しさだった。

 

 とはいえ、彼女がこうして酒場にいられるのは、荒くれ者どもの人の好さというよりは──彼女の腕の確かさの証明と言った方がいいだろう。

 

 

「なに。酒の一杯や二杯で『離散』のサラディアの助力を乞えるなら安いもんだ」

 

 

 男がそう言って酒を喉に通すと同時、酒場の空気が俄かに凍った。

 

 

 『離散』のサラディア。

 

 その名は、()()()()では特別な意味を持つ。

 

 

 曰く、彼女と敵対した組織はたとえ戦いを生き延びても必ず壊滅するだとか。

 

 曰く、彼女に向けて放った刺客が生きて戻ったことはただ一度もないだとか。

 

 曰く、かつて『属性』を奪われたことがあったが奪還して戻ってきただとか。

 

 

 真偽のほどは分からない。

 ただ現実に彼女は華奢な女性の身体で、生きるか死ぬかの地獄を今日まで生き延びていた。

 敗北が即ち死と認識されるこの世界において、それはその身の無敗を証明するに等しい。

 

 だから彼らは畏怖を込めて、彼女のことをこう評するのだ。

 

 『離散』のサラディアは無敵だ、と。

 

 

「……ちょっと。こんなトコで名前出さないでよね、便利屋。視線が集まると酒がまずくなる」

 

 

 じろりとサラディアがあたりの客をねめつけると、急速に酒場は温度を取り戻していった。

 対する便利屋──と呼ばれた男は苦笑しながら、

 

 

「ハッハ、すまん」

 

「まぁいいよ。で、今回の仕事」

 

「ほれ」

 

 

 どん、と酒場のテーブルに高級そうな黒塗りの箱が置かれる。

 見るからに重厚感の溢れる作りになっていたが、大きさ自体はそこまでではない。精々ペンケースくらいの大きさのそれを軽々と手に取ると、サラディアは自分の胸元──薄手の旅装をはち切れんばかりに押し上げている胸の谷間に差し込んだ。

 便利屋の男は思わず目を(みは)ってしまう。悲しい男のサガだった。

 

 サラディアはそんな便利屋の男に悪戯っぽい笑みを浮かべて立ち上がる。

 そして手を伸ばしながら、こう告げた。

 

 

「んじゃ、行こうか。私たちの仕事場に」

 

 

 

* * *

 

 

 

「毎度思うが……なんで俺はこの鉄火場に同行してるんだろうかね」

 

「だってアンタがいないと私の仕事ぶりを報告できないでしょ」

 

 

 サラディアは赤黒いペンのようなもので森の木々に適当な落書きをしながら、つまらなさそうに答える。

 明らかに不必要に見える行為だったが、便利屋の男は慣れたものなのか、それについては何も言わなかった。

 サラディアの胸元からは、黒い箱はなくなっていた。

 

 

「ま、同情はするけどね。とっくに廃業した王都警備の人間が鉄火場のど真ん中に叩き込まれてるわけだし」

 

「傭兵以外の再就職先を斡旋してもらったんだ。文句は言えないが……」

 

 

 便利屋の男はそう言って肩を竦める。

 この男も、最初から便利屋をやっていたわけではない。元々彼は王都の警備をつかさどる仕事をしており、事故で怪我を負い前線を離脱した際、再就職先として便利屋となったのである。

 その際の縁から彼はいまだに王都とのパイプを持っており、こうしてサラディアに王都から与えられた仕事を斡旋しているのだった。

 

 

「国が再開発したくて仕方ない元騎士領の森に魔物を放って遊んでる馬鹿を始末する。いつもの私の仕事だし、それを見届けるのもいつものアンタの仕事でしょ」

 

「……分かっている。分かっているさ。こんなことを言ったところで何も変わらないってことはな」

 

 

 既に前線から離れて久しい便利屋の男に、サラディアが投入されるような戦場で生きていけるほどの強さは備わっていない。

 というか、彼が現役だったとしても、サラディアが戦うような地獄では単なる一兵卒に過ぎなかっただろう。サラディアの働きぶりを上に報告する必要があるとはいえ、あまりにリスキーな仕事だった。

 もっとも、それでも傭兵に身をやつし完全に裏社会の住人になるよりはまだマシだからこうしているのだが。

 

 

「にしても、私を使うとはねぇ。『属性』のせいで関わり合いになりたくないっていつもスルーするのに。よほど雇った傭兵五人が返り討ちに遭ったのが効いたんだね」

 

 

 まるでピクニックでもしているかのように平然と語るサラディア。

 今回の彼女の仕事は、簡潔に言うと組織討滅戦である。再開発予定の森を不法に占拠し、あまつさえ危険な魔物を放つ不届きな輩がいるから、皆殺しにしてこいというわけだ。

 たった一人+便利屋に任せるにはあまりにも荷が勝ちすぎる響きの依頼だったが、その依頼を受けてこうして平然としているあたりに彼女のすさまじさがある。

 

 

「ハァ……早く引退して酒場の主人になりたい」

 

 

 そんな化け物を横目に便利屋の男が何度目かも分からない将来の展望を呟いた、その瞬間だった。

 

 

「便利屋。引っ込んでて」

 

 

 短くそう言ったサラディアが便利屋を押しのけた瞬間だった。

 轟!! と林の向こうから炎が巻き上がり、二人を焼き尽くさんばかりに襲い掛かってきたのは。

 

 

「……ようやくお出迎えか。退屈してたところだよ」

 

 

 無論、自然現象でこんなものが発生するはずがない。

 明らかに二人に対して害意を持った者の攻撃。

 一秒先には二人を新妻の失敗料理の卵焼きよりも悲惨な炭に作り替えてしまいそうな一撃を見ても、サラディアは毛ほどの危機感も漂わせなかった。

 何故なら。

 

 

 『離散』のサラディアは、無敵だから。

 

 

 ブワァ!! と。

 今にも二人に牙を剥きそうな業火の塊は、一瞬にして『離散』した。

 

 これが。

 これが、『離散』のサラディアだ。

 彼女に迫るあらゆる脅威は、彼女に届く前に『離散』する。

 

 

「さて便利屋。ここで問題だ」

 

 

 しかしサラディアは誇ることもなく、ただ当たり前のように便利屋の男に呼び掛けた。

 

 

「この場合、考えられる敵の手は三通りある。属性、呪術、魔法。……この場合どれだと思う?」

 

 

 この世界には、三つの異能がある。

 

 『属性』は完全に生まれついての運でできることが決まるが、意思一つで強力な力を発揮する。

 

 『呪術』は反対に誰でも習得できるが、発動に手間暇かけて準備した道具や手順を必要とする。

 

 『魔法』は両者の中間。才能によって得意不得意はあるが、努力すれば誰でも多少は上達する。

 

 

 それぞれが一長一短、異なる個性を持っているが──『その技術体系だからこそできること』というのは、『ごく一部の例外』を除いて存在しない。

 だからこそ、サラディアの住む地獄では相手が何の技術体系を攻撃に用いるのかを読み、その体系に合った対策を練るのが生き残る分かれ道となる。

 

 

「……属性だろ。噂が事実なら魔物の攻撃だ。魔物は呪術や魔法は使えんからな」

 

 

 そして、属性とは別に人間の専売特許ではない。

 人間以外の生き物もまた属性を有することがあり──そうした獣は畏怖を以て『魔物』と呼ばれていた。

 

 

「ご明察! そして相手の手札が『属性』である以上、敵は意思一つで炎を操る能力を持っているってことになる」

 

 

 引き裂くような笑みを浮かべながらも、サラディアはあくまで冷静に続ける。

 カツカツと、手慰みのように手近な木を赤黒いペンでつつきながら、

 

 

「でも、逆に言えば相手の手札はそれだけ。属性の異能はワンオフゆえに強力だけど、ワンオフゆえに応用性の幅は狭まるからねぇ。……もっとも、」

 

 

 カツン、とサラディアはひときわ強く木を突く。

 パキン、と赤黒いペンの先端、炭のようなものがわずかに崩れ、足元に落ちたと同時──

 

 

「ガァルルァァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 

 全身に()()を纏った虎のような魔物が、茂みから飛び出してきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()……の話だけどね」

 

「なッ!? 馬鹿な、魔物ならあの炎は『属性』によるもののハズ、冷気を纏っているなんて……!?」

 

 

 便利屋の男が、悲鳴のような驚きの声を上げる。

 並の傭兵ならば、魔物が炎を放ったことで『炎属性』持ちだろうと思い込み、冷気を纏っていることすら見落としていたところだろう。

 それを考えると便利屋の男は冷気に気付けた分、注意深い観察眼を持っていると言えるかもしれない。

 しかしその観察眼ゆえに一瞬虚を突かれた便利屋の男とは対照的に──

 

 

「やっぱりね」

 

 

 サラディアは一寸の躊躇もなく、その口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 瞬時。

 

 

 ドパァ!! と水っぽい音が響き、目の前で跳躍していた魔物の身体が『離散』した。

 

 

「あ……? や、やったのか?」

 

 

 ぼたぼたと、一瞬前まで生命だったものがシャワーのように飛び散る中、便利屋の男は殆ど茫然として問いかけた。

 サラディアは平然として言う。その横顔には、一滴の血すらもついていなかった。

 

 

「魔物なんて、魔法学園の学生が小遣い稼ぎに狩るような雑魚だよ。そんなのがプロの傭兵を五人も屠ってるんだ。これで『ただの魔物』と思って事に臨むようじゃあ、裏社会は生き残れない」

 

 

 この世界において『属性』というのは、一人に一つだけ与えられる唯一の権能――ではない。

 生まれついて二つも三つも『属性』を備えて生まれてくる者もいるし、属性を持たずに生まれる者もいる。

 魔物が複数の『属性』を持つことは、ほぼないといっても過言ではないが――

 

「………………、」

 

 

 もちろん、便利屋の男だって今回の依頼が『ただの魔物』による被害とは思っていなかった。彼だってプロの端くれだ。当然である。そしてこれまで死んで来たプロの傭兵たちだって、それは同じだろう。

 だが、『魔物が複数の属性を行使してくる』という可能性を考え、それに対し具体的な対策を用意し、突然の襲撃に対して万全に行動できる人間が、いったいどれほどいるだろうか?

 

 目の前にいる人間が世界の裏側に鎮座する化け物の一角であることを再認識した便利屋の男は、感慨深げに呟いた。

 

 

「…………『離散』のサラディアは無敵、か」

 

「まぁね」

 

 

 対するサラディアの反応は、非常にあっさりしたものだったが。


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