解放奴隷は祈らない   作:家葉 テイク

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04_獣身の鎹 CRITICAL

 今まで蓄えた陣の全てを解放した一撃。

 しかしサラディアは、それだけの一撃を放ったうえで欠片の油断もなく、むしろ忸怩たる感情を隠そうともせず表情に浮かべていた。

 

 バッ、と。

 そんな苛立ちをぶつけるように、サラディアは左手で自らの服の胸元を掴み、乱暴に横へ引っ張る。胸元が大きく露わになるが、それは決して無意味な行為などではなかった。

 何故なら露わになった彼女の胸元、心臓の直上に位置する部分には──()()()()()()()()錆色の刺青が彫られていたのだから。

 

 

 呪術の弱点は幾つか存在するが、その中でも最たるものとして即応性の低さがあげられる。

 何かしらの準備をしなくてはそもそも発動すらしないため咄嗟に術式を動かすことは難しいし、術式を準備する段階で『起こす現象の完成図』が決まってしまうので敵の対処に対応し返すこともできない。

 サラディアは術式を『描いた線に応じて「力」を放つ』という形に整えることで即応性の低さをカバーしているが、それでも『圧倒的な攻撃力を瞬時に放つ』となると、従来の呪術の弱点に直面せざるを得ない。

 戦地に赴いてから彼女ができる工夫といえば、手が空いているときにコツコツ大術式の準備をしておく──くらいだが。

 

 そもそも。

 

 呪術の『準備』という話をするのであれば、別に戦地に赴いてからしなくてはいけないルールなど存在しない。

 

 

 たとえば────『刺青』という形で自らの身体に『陣』を描いていたって、何ら問題はないわけである。

 

 そして。

 

 

「『展開』」

 

 

 サラディアが右手の『血炭筆』を天高く掲げた瞬間。

 

 

 彼女の背後に、二対の赤黒い長大な『翼』が顕現した。

 

 

 否。それは翼ではない。

 彼女の刺青を媒体に発動した『血脈散華』が、『血炭筆』の先端を粉々に砕き空中に配置したことによって発生した──巨大な『陣』である。

 

 確かに、『血脈散華』は高威力の攻撃を放つためには下準備が要る。そして複雑な『陣』を描かないと威力が高まらない関係上、どうしても戦闘中に出すことのできる最大威力には上限が生まれてしまう。

 だが──そんな分かり切った弱点に対して、『呪術使い』であるサラディアが何の対策もしていないわけがない。

 

 たとえば、自らの身体にあらかじめ『陣』を用意しておくだとか。

 

 たとえば、その『陣』が別の巨大な『陣』を描くためだけの術式であるとか。

 

 『離散』のサラディアにとって、一瞬にして高威力の術式を発動する()()ならばいくらでもやりようはあるのだ。

 

 

「『起動』」

 

 

 サラディアがそう宣言した直後、赤黒い『陣』は錆色の光芒となって地面を焼いた。

 得体のしれない力などではない。

 宙に舞う『血炭筆』の粉末自体を、超強大な『力』が打ち出したのだ。そしてそのあまりの威力に、撃ち出された粉末が蒸発し、プラズマと化したにすぎない。──もっとも、この世界にその語彙(プラズマ)を知る者は存在しないが。

 

 燃え盛る炎よりもすさまじい業火と化した一撃は、水が蒸発するような音を立てながら地面に赤黒い破壊の痕を残す。

 そしてその先にある未だ土煙の立ち上る領域を──その先にいるであろう異形の男を襲った。

 

 

 一閃。

 

 

 それだけで、未だ残されていた土煙がかき消された。

 そしてかき消された土煙の先には、やはり傷一つない状態の異形の男が佇んでいる。これ自体は予想外でもなんでもないので、サラディアは一ミリも表情を動かさなかった。

 この時点でサラディアは、残った血炭筆を使って自らの左腕に『陣』を描きつつ、異形の男への突撃を敢行する。

 

 

「向かってくるか。勝算でもあるのか?」

 

 

 そのサラディアに、異形の男はあくまでも冷静そうな声色で切り返す。

 慢心はない。されど焦燥もない。隙のない『強者』の声だった。

 全身が異形の姿に蝕まれているとは思えないほどに。

 

 

「なけりゃあっちで転がってる馬鹿を盾にして逃げてるよ」

 

 

 サラディアは言いながら、身体を捻って半身になる。

 

 直後、二閃。

 

 彼女が身をひるがえして生まれた僅かな隙間を縫うように、赤黒の刃が異形の男へと降り注ぐ。

 対する異形の男は、一瞥だけだった。

 

 

「随分大掛かりな小手調べだ」

 

 

 たったそれだけで、絶滅すら宿した輝きは、吹き消される蝋燭の火よりもあっさりと空気へ溶けた。

 チッ、というサラディアの舌打ちが、攻防の一瞬に取り残される。

 

 

(やはり『調和』か)

 

 

 口には出さず、サラディアは思惑を巡らせる。

 自分の情報の理解度を相手に伝えるほど、彼女は己の思考を楽しまない。

 

 

(『調和』だから多くの異形をその身に宿して崩壊していく肉体も保たせることができる。……『属性』ではなく肉体そのものを調和させているわけだ。そして、攻撃も『調和』させることで影響力を削ぐ)

 

 

 異形の男は攻撃というものを『突出した異常』ととらえているのだろう。

 であれば、突出した異常を何もない平常な空間と『調和』させることで()()、まるでコーヒーに溶かしたクリームのように馴染ませてしまうこともできるかもしれない。

 

 

(そうと分かっているなら、とるべき方策も定まってくる)

 

 

 とにかく攻撃を無力化する謎の盾ではなく────サラディアがブラフとして使っていた『離散』と同じように、異形の男の認識によって発生しているのであれば。

 とるべき方策は、カーマのものと同じ。要は異形の男の認識外から攻撃を叩きこめばいいのだ。

 

 

「しッッ!!」

 

 

 鋭く息を吐き、サラディアが異形の男に上段蹴りを繰り出す。細い足から繰り出されたとは思えないしなやかな蹴りが異形の男の顎目掛け飛ぶが────

 

 これは、サラディアの考察の末に出た仮説によるものだった。

 今までの攻撃は全て不定形のものである。

 だからこそ攻撃は全て『調和』によって何もない空間と()()()()。では、形あるものが攻撃に用いられたらどうなる?

 足も同じように周囲の空間に()()()て消えるのか? ──それはない。

 何故なら、それが可能なら異形の男は最初の襲撃の時にわざわざ壁や安楽椅子を破壊せずとも『調和』によって均し消していたからである。

 『離散』のサラディアという謎の敵を確殺するのであれば、初手で一番確実な方法を利用するべきだろう。それが合理的な判断というものだ。そうしなかった時点で、形あるものを均し消すことはできないということである。

 

 そのサラディアの考察を補強するかのように、異形の男はここにきて『調和』ではなく、獣毛に覆われた右腕での防御を選択した。

 

 

 ただし。

 

 

「幻影かッ!」

 

 

 防御の構えをとった異形の男が短く叫んだ次の瞬間、彼の目の前で蹴りを繰り出していたサラディアの姿が掻き消える。

 

 

 ──『離散』のサラディアは、たとえ絶対の自信を持っていても、仮説に自らの命を預けない。

 

 

 異形の男の頭が、大きく前に傾いだ。

 幻影に気を取られた隙を突いて背後に回り込んだサラディアが、その後頭部に『力』を叩きこんだのである。

 カーマとの戦闘において、『血脈散華』を用いて『暗闇+閃光』の光学攻撃に対抗したのは、既に知っての通り。

 敵に致命的な誤謬を発生させるためにあえて『離散』を装っていた状態でもそれが可能なのだ。きちんと『陣』を整えて発動すれば、自身の幻影を生み出すことくらいは当然可能なのである。

 

 

(……クリーンヒットでも毛皮を削る程度ね)

 

 

 そんな異形の男の後姿を見ながら、サラディアは呆れたように溜息を吐く。左腕に直書きした『陣』は既に役目を終えて焦げた炭となって削げ落ちていた。

 

 見ると異形の男の後頭部は、『血脈散華』による『力』を受けて毛皮が剥がれ、その奥にある鱗の地肌に無数のヒビを走らせているものの、致命的な破壊にはなっていないようだった。

 あと一撃や二撃食らわせれば分からないだろうが、敵も馬鹿ではない。今のと同じようなクリーンヒットを不意打ちで食らわせるのは、難しいところだろう。

 

 ──今までの『陣』を全て費やしたサラディアの最初の一撃から、三秒が経過した。

 

 

「厄介だな、その術式」

 

 

 当然のようにサラディアの攻撃を術式──呪術によるものだと看破した異形の男は、そう言って反撃を開始する。

 ドッ!! と地面を破壊して跳躍した異形の男はそのまま肉薄する。

 これは彼なりの計算に基づいた戦略でもある。サラディアの呪術による一撃が自分にとって致命傷でないことを確認した上で、余計な準備を許さないよう自ら攻める戦法にシフトしたのだ。

 そしてこの判断は、間断のない攻めによって手数を増やすスタイルを得意とするサラディアにとって最悪の対処法でもあった。

 

 

「チッ!!」

 

 

 短い舌打ちと共にサラディアが身をひるがえすと同時、三閃。

 しかし地面を赤く切り裂きながら直進する一撃も異形の男の前では儚く均され無力化する。

 

 

「今の強力な攻撃一つごとに、さっきお前が展開していた翼のような『陣』が一つ消えるわけか」

 

 

 冷静に分析しながら、異形の男が拳を振り下ろす。

 咄嗟に『力』による防御と反撃を選択したサラディアがそのまま『力』ごと叩き潰されるが──これは幻影。

 

 

「芸がないぞ」

 

 

 今度の背撃は、振り向くまでもなく均し消される。

 

 

「果たしてそうかな?」

 

 

 しかしそれはサラディアも先刻承知のこと。サラディアの今回の一撃の真の狙いは、異形の男に対する不意打ちなどではなかった。

 

 

「何を────」

 

 

 怪訝な声色で言いかけながら振り返った異形の男は、その言葉の途中でサラディアの真の目的を知る。

 彼の眼前は、大量の土煙で埋め尽くされていた。

 そう。サラディアの今の一撃は、背後からの不意打ちの為に放たれたのではない。攻撃の余波で土煙を大量に巻き上げ、それによって異形の男の視界を奪う為だったのだ。

 その目的とは――――

 

 

(認識したものを『調和』させて無力化する『属性』。なら、対処法も単純だ)

 

 

 『属性』による異能は強い。

 多くの能力が認識によって発動する上、強力なモノになると概念的な拡大解釈によって現実を捻じ曲げる。サラディアの『血脈散華』が『離散』が引き起こす現象として普通に納得されていたのも、『属性』の自由度の高さに起因しているほどだ。

 だが、認識によって発動するということは、裏を返せばヒトの認知能力の限界を超えた能力運用はできないということになる。

 つまるところ────視界を潰せば、『属性』による守りは脆くなることが多い。

 

 四閃。

 

 土煙による目つぶしで『調和』を無力化したサラディアは、その上からトドメの一撃を繰り出す。最後に残った深紅の『陣』が消え、破滅の瞬きが地面に赤黒い傷跡を残した。

 その先で────

 

 

「これが『離散』のサラディアか」

 

 

 異形の男は、呆れたような溜息を吐いていた。

 

 

「…………は?」

 

「答え合わせを待つほど呑気な性分ではない。死ね」

 

 

 一言だった。

 

 異形の男が吐き捨てた直後、その姿が掻き消える。

 次の瞬間にはサラディアの眼前まで跳躍した異形の男は、サラディアが『念のため』に仕込んでおいた『力』のトラップをものともせず──その上から、彼女の顔面に剛腕を叩きつけた。

 

 音はなかった。

 

 まるで枯れ木を殴るようなあっさりとした音とともに、サラディアの身体があっけなく吹っ飛んでいく。

 首は明らかに曲がってはいけない方向にねじ曲がり、圧倒的速度で地面を転がっていくうちに深窓の令嬢のようでもあった白い肌はおろし金ですり下ろされたように毒々しい赤へと塗り替えられていく。

 『死』というものが時間経過とともに確立していく光景がこの世に存在するとしたら、おそらくこれが()()だ。

 それくらい迅速に、サラディアという女は殴り飛ばされるというただそれだけの過程で、その命を削り落としていた。

 

 後に残ったのは、四肢がねじ曲がった真っ赤な()()だった。

 

 

「…………おい、サラディア?」

 

 

 そこで、便利屋の男が起き上がってくる。

 茂みの向こうに隠れていた男は、茫然とした様子で無敵などと嘯かれていた敗北者の死体を眺めていた。

 

 

「呼びかけは無意味だ。その女は死んだ」

 

 

 異形の男は、端的に事実だけを告げる。

 

 

「攻め手がなさすぎて、焦ったか──それまでの知略と比較すれば、迂闊な判断だった」

 

 

 その死を悼むように、異形の男が言う。

 迂闊と言うならば、迂闊だろう。

 サラディアは異形の男の『調和』は認識によって発動する為目潰しで認識を阻害すれば無力化できると踏んだようだが──そもそも最初の一閃のとき、異形の男は土煙の只中にいたではないか。

 もしサラディアの思惑が正しければ、異形の男はその時点で殺されていなければおかしい。そうなっていないということは即ち──

 

 

「『調和』は()()()()()()ことができる。焦りを取り除いて考えていれば、分かったことなのだがな」

 

 

 とはいえ、それは岡目八目というものかもしれない。

 命を懸けた極限状態で、自分の切り札を簡単に無力化され、それでも冷静さを保って思考を巡らせているだけで、十分常人離れしているのだ。些細な見落としをしてしまっても、それは誰にも責められないだろう。

 

 だが、それでも死ぬ。

 

 それだけで死ぬ。

 

 それが、『離散』のサラディアが生きている地獄だった。だからこそ、彼女は無敵であらねばならなかったのだ。無敵でなければ、一度でも敗北すれば──待っているのは死だから。

 

 

「…………俺は、死ぬのか?」

 

 

 便利屋の男は、立ち竦んだまま異形の男に問いかけた。

 異形の男は、ただそれを首肯した。

 

 

「……そうか、なら、最期に教えてくれないか。冥途の土産にさ」

 

「なんだ?」

 

「お前……一体何なんだ。体の殆どが異形に侵されているくせに、『離散』のサラディアをそんなに呆気なく殺して、そうして当たり前のように平然としていられるお前は……一体なんなんだよ!?」

 

 

 死の実感のせいか、穏やかだった語調はいつしかヒステリーめいたものへと変わっていった。

 異形の男はいっそ人間らしいとさえ表現できそうな穏やかさで、そんな便利屋の男の言動を見守っていたが──

 

 

「口封じだよ」

 

 

 異形の男は、ゆっくりと歩いて便利屋の男に近づきながら、そう答えた。

 距離は、およそ三〇メートルほどか。その距離がゼロになるときが、便利屋の男の最期だろう。

 

 

「サラディアはただあの結社の馬鹿共を殺しておけばそれでよかったんだ。なのにその『奥』にあるものを調べてしまった。魔物自体に『裏』があることに気付いてしまった。そうなれば、生かしてはおけない。だからたまたま監視の為に配置されていた俺が動くことになったんだ」

 

 

 一〇メートル。

 

 

「……尖兵ってことか? 冗談だろ、お前みたいな連中が他にもいるってことかよ……」

 

 

 五メートル。

 

 

「そう何人もいるわけじゃない。『調和』の属性は貴重だからな」

 

 

 ゼロ。

 

 そして異形の男は、最期にこう言い添えた。

 

 

「冥途の土産はこれで終わりだ。じゃあな」

 

 

 

「うん、ありがとう。大切に持って帰ってよ」

 

 

 そう────()()()

 

 

 

「…………あ?」

 

 

 女の、快活な声。

 今この場で最もあり得ない声を聴いて、異形の男は振り返る。そこに佇んでいたのは、右手に『血炭筆』────ではなく、無骨なナイフを持った女だった。

 亜麻色の髪は土に汚れてこそいるが血にまみれていたりはしない。深窓の令嬢を思わせる白い肌も、目立った傷は存在していなかった。

 

 死んだはずの『離散』のサラディアが、そこにいた。

 

 いや。

 注目すべきはそこではない。

 

 異形の男の生存本能はけたたましく叫んでいた。

 彼女の右手にあるナイフ。あれはなんだ? あんなものを今この場で持ち出した理由はなんだ? 『監視』をしていた自分は知っているはずだ。あれは以前の戦場に登場していたはずだ。

 『千手』のカーマが『射出』したナイフ。あれはそう、確か────

 

 

 『()()()()』の術式が、仕込まれていたのではなかったか?

 

 

 

「ま、さか……! まさか!! まさかお前!!」

 

「私、属性なし(ノンマン)だからね。あのナイフの術式はまだ発動してなかったんだよ。ひっそり回収してたんだけど……どうやら気付いてなかったみたいだね?」

 

 

 掌の中で穏やかな光を秘めた珠を転がしながら、サラディアは嗤う。

 

 当然といえば、当然の話。

 

 サラディアは既にあの時点でさらなる戦闘に備えて『陣』を準備し始めていたのだ。であれば、いかなる『属性』に対しても問答無用の致命傷を与えられる『属性簒奪』のナイフを確保しない理由はない。

 そして、複数の魔物の『属性』で崩壊しそうな身体を『調和』の力で無理やり繋いでいる異形の男から、『調和』の属性を『簒奪』すれば──?

 

 

「あ、が、ァァ、────アッッッ!?!?」

 

 

 当然待っているのは、魔物の『属性』の暴走──しかる後の自壊である。

 

 

 今わの際──死の淵に瀕したとき、異形の男の心中に遭ったのは絶望ではなく、疑問だった。

 確定していたはずの勝利。それが自らの掌から零れ落ちるという異常事態を前に、異形の男は現実に追いつくことすらできていなかった。

 

 そもそも、何故サラディアは生きている?

 

 完膚なきまでに死んだはずだったのに、どうしてこんなにも無傷で立っていられている?

 

 だから、彼の最期の言葉はこうだった。

 

 

「な………………、んで…………?」

 

「悪いけど、私は冥途の土産にベラベラ喋ってやるほどサービス旺盛じゃないんだよね」

 

 

 対するサラディアの回答は、シンプルな『力』の一撃だった。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

04_獣身の鎹 CRITICAL

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

「お疲れさん」

 

 

 異形の男の死体が魔物化しないうちに細切れに分割して処理した後。

 木陰に寄りかかって一息吐いていたサラディアに、便利屋の男が呼びかける。手にはどこから取り出したのか、木のカップに入った水が用意されていた。

 

 

「ん、ありがと」

 

 

 受け取ったカップの水を口に含むと、サラディアは大きく脱力した。『千手』のカーマを殺した後とはくらべものにならないくらいの疲弊っぷりだった。

 

 

「随分久しぶりだったな、お前が『無敵』を名乗るのは」

 

「あれ小っ恥ずかしいんだよね」

 

 

 サラディアは本当に照れ臭そうに頬を掻く。

 

 『離散』のサラディアは無敵だ。

 

 ──そんな謳い文句は、全て嘘である。

 

 サラディアは『離散』を持っていないし、そもそも無敵などではない。

 ただのノンマンの呪術使いであるサラディアは、決して強くはない。用意周到に準備して、賢く立ち回って、相手を騙して、そうしてようやく()()()()()()()()()()()()()だけに過ぎない。

 そんな彼女が、自らがバラ撒いた『無敵』を口にするようなことは、絶対にあり得ない。

 つまりは、符丁なのだった。

 

 サラディアの口調から『「離散」のサラディアは無敵だ』という言葉が放たれるときは、絶体絶命の大ピンチということ。

 こういう場合サラディアはどうにかして死んだふりを決め込むから、お前は命懸けで敵の気を引いて油断させろ。

 

 ────あの瞬間、便利屋の男が泣きそうな顔をしたのにはそういう事情があるのだった。

 

 

「…………悪辣だよな」

 

 

 そんな極悪な所業を思い出しながら、便利屋の男は地面に広がる赤黒い傷跡を眺めて呟いた。

 

 

「囮に使ったのは悪かったよ。報酬あげるから機嫌直して?」

 

「そっちじゃない。いやそっちもだし報酬は是非とももらうが、そっちじゃなくて──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 確かに、『血脈散華』は高威力の攻撃を放つためには下準備が要る。そして複雑な『陣』を描かないと威力が高まらない関係上、どうしても戦闘中に出すことのできる最大威力には上限が生まれてしまう。

 だが──そんな分かり切った弱点に対して、『呪術使い』であるサラディアが何の対策もしていないわけがない。

 

 たとえば、自らの身体にあらかじめ『陣』を用意しておくだとか。

 

 たとえば、その『陣』が別の巨大な『陣』を描くためだけの術式であるとか。

 

 

 たとえば、その巨大な『陣』を使って放たれた一撃すら、新たな『陣』を描くための術式である、とか。

 

 

 考えてみればおかしかったのだ。

 たとえ『血脈散華』の力で幻影を生み出すことができるといっても、その幻影を生み出すための『陣』はどこにあった? 直接戦闘の繰り返しの中で、サラディアは新たな『陣』を描く暇などどこにもなかったはずだ。

 にも拘らず、異形の男を騙せるほど精巧な幻影を作り出すことができたのは──

 

 

「ああ、まぁ、アレを使うような敵って、そもそも単純な破壊力が通用しない連中ばっかりだし」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これによって、『血炭筆の粉末によってつくられた精密な陣』を形成していたからに他ならない。

 

 

 これこそ、サラディアの本当の最後の切り札。

 いかにも『最後の切り札』のように見える派手な一撃を乗り越えた先にある油断に、『幻影』による身代わりと偽死でつけこみ、『暗殺』で全ての決着をつける手管である。

 

 

「でも、今回はグッジョブだったよ便利屋。時間稼ぎがてら色々情報を探ってくれてたしね」

 

「まぁな」

 

 

 今回便利屋の男が時間稼ぎをしたのにも、情報を聞き出す以外の実利的な理由があった。

 本来『属性簒奪』というのは、簒奪する属性を指定できない。とにかく属性を抽出する為の呪術なのだから当然だが、それでは今回の場合、成功率は五分の一ということになってしまう。

 それを回避するために、サラディアは死んだふりで警戒の外に出た後、『属性簒奪』にチューニングを行っていたのであった。たとえば、現時点で最も稼働率の高い『属性』を簒奪する、といったように。

 呪術師ではないサラディアだが、『呪術使い』だからこそこういった小技は得意なのであった。

 

 

「お陰で、色々敵の全貌も想像がついた。今回一番のお手柄は便利屋だね」

 

「あれだけの大立ち回りを演じておいてよく言うが」

 

 

 褒められて悪い気はしないのだろう。気を良くして軽口を叩く便利屋の男に空になった木のカップを放り投げたサラディアは、すっくと立ち上がる。

 そして休憩は終わりだとばかりに、

 

 

「さあ、後半戦と行こうか。とりあえずは、そうだね――――」

 

 

 こう告げた。

 

 

 

()()()()()()()()()


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