解放奴隷は祈らない   作:家葉 テイク

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05_命乞い NEGOTIATION

「はぁ!? おまっ……正気か!? 依頼主って、お前今回の依頼が誰から来たものか忘れたのか!?」

 

 

 サラディアの言に、便利屋の男は思わず目を丸くした。

 

 無理もない──そもそも今回の発端は、国が再開発を推し進めたい森に陣取ったカースド系結社を殲滅せよという依頼から始まった。

 つまりその依頼主といえば、元子爵領の森を再開発したい勢力──つまり国ということになる。

 

 平たく言えば、『依頼主をブチ殺す』という今のサラディアの発言はクーデター宣言であった。

 

 

「安心しなよ。私はいたって冷静だ。むしろイメージに惑わされているのはアンタの方じゃないかな?」

 

 

 狼狽する便利屋の男に対しても、サラディアはクールなままだった。

 むしろイタズラっぽい笑みを浮かべる余裕すら見せつつ、サラディアは続ける。突然のクーデター宣言が、理性に基づく発想である根拠の説明を。

 

 

「そもそも、今回の襲撃で私達に対する追手は終わらない」

 

 

 それは簡潔な未来予想だった。

 

 

「だってそうでしょ? 異形の男を差し向けた連中にとって、私たちは都合の悪いものを知ってしまった邪魔者だ。国が『カースド』の技術に手を染めて、あまつさえそれを放し飼いにしていたなんて知られれば、それこそ大問題。少なくとも政治に携わる連中の顔ぶれは三分の一くらい変わるだろうね。いや……悪くすれば、アトリ教を敵に回す危険すらある」

 

「……、」

 

 

 当然、一つの国といってもその中枢が完全なる一枚岩というわけではないだろう。

 

 政争の種は無数に散らばっているだろうし、今回の事件の黒幕とは関係ない政治的勢力だって大勢いるはずだ。そして彼らは、政敵のスキャンダルをここぞとばかりに利用しようとする。

 

 そしてそうなれば黒幕の勢力は一巻の終わりである。当然ながら、存亡がかかっているのだから、絶対にサラディアを始末しようとするだろう。証拠が明るみに出る前に、適当な罪でもでっち上げて、大聖堂(カテドラル)の特殊部隊サルバシオンでもなんでも抱き込んで何が何でも始末しようとするに違いない。

 幸い、サラディアのような日陰者は叩いて出す埃に事欠かないのだし。

 

 

「国を敵に回せば、私達は終わりだ」

 

 

 『離散』のサラディアは無敵だ──なんて符丁が出回っているので忘れられがちだが、サラディアは無敵ではない。国家権力が本気になって殺しにかかれば、彼女なんて一か月もしないうちにじり貧になり、そして殺される。

 そしてその未来予想図は、このまま行けばほぼ確実に達成されるだろう。

 

 では、そうならないためにどうすればいいか?

 

 

「だから、この一件を裏で糸引く黒幕には、とっとと『事故死』してもらう。ついでに、その罪は別の政敵に被ってもらう」

 

 

 ということなのであった。

 

 

「幸い、『王城』内部は現在絶賛後継者争い中。政治家どもを巻き込んで冷戦状態だ。『事故死』の動機には事欠かないはずだし、証拠さえ残せば私に辿り着ける情報を持つ者はいない」

 

「……それ、大丈夫か? ただでさえ緊迫してるのに爆弾を叩きつけるような真似して、大規模な内乱とか発生しないか?」

 

「大丈夫でしょ。ただでさえ『王城』は『カースド』だの『ヘレシィ』だの『カリュオン』だのみたいな厄介連中を相手にしてるんだ。まともな理性をしてたら自壊することはない」

 

「……………………もし、まともな理性をしてなかったら?」

 

「それはそれで、私のお得意様が増えるだけさ」

 

 

 つまり、どっちに転んでもいいということなのだった。

 

 

 離散のサラディアに、楽観論はない。

 

 一応の算段は立てておきつつも、そうならなかった時のことも考え、『勝っても負けても自分がオイシイ思いをできる』ように盤面を整えておくのが、彼女の強さでもあった。

 

 

「私の得にならない公権力なんて必要ない。……ああ、国さえも『離散』させた女なんて肩書が手に入れば、営業もさらに楽になるかもね?」

 

「………………もう何も言わんよ」

 

 

 まるで世間話でもするようなサラディアに、便利屋の男はリアクションを諦めた。

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

05_命乞い NEGOTIATION

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

「タイムリミットは一時間くらいとみておこうか」

 

「短いな」

 

 

 そして王都ミトロティス。

 ──の中の、隔離された区画、下流(スラム)

 

 美しい街並みが並ぶ王都とは裏腹に、その中心街から外れたこの区画は、浮浪者やそれに類する人生の敗残者が道端で蠢き、一歩裏道へ入れば娼婦が客を引き、またある所では裏街道の住人が弱者を食い物にしていた。

 

 身元がバレないようフードつきの外套で風貌を隠したサラディアと便利屋の男はそんな『最下層の日常風景』を特に意識もせず、ある場所へ向かっていた。

 便利屋の男は、そもそもサラディアの仕事ぶりを依頼主に報告する為の『監督役』である。『ついで』で彼女の仕事のサポートもしているが、本来の役割は依頼主に対する仲介というところが大きい。

 

 つまり今回の依頼主に関しても、彼はその居場所を知っているのだ。

 

 

 もちろん、馬鹿正直にそれで黒幕のところに辿り着けるわけがない。彼と直接接触していた人間にしても、どうせ下請けの下請けの下請け程度の末端人員に決まっている。

 だが、たとえ末端だとしても『繋がり』がある以上は手がかりになる。ましてこちらには雑務全般のプロである便利屋の男もいるのだ。順当に辿っていけば黒幕までたどり着くのも不可能ではなかった。

 

 問題は一時間というタイムリミットだが──

 

 

「ま、定時連絡とかの関係上、どうしてもね」

 

 

 黒幕と繋がっている異形の男は既に死亡している。

 黒幕も異形の男からの連絡が途絶えれば不思議に思うだろうし、そこからサラディアが生きているであろうことに気付けばすぐさま手を打つだろう。そして手を打たれれば──冤罪で本格的に国を敵に回せば、サラディア達に勝ち目はない。

 

 そのタイムリミットは、大体一時間程度が妥当なラインだと思われた。もっとも、通信手段に乏しいこの情勢だ。サラディアの見積もりは大分厳しく判断したものではあるが。

 

 

「さて、時間がない。……まずは一人目だ」

 

 

 サラディアは扉の向こうにも聞こえるような無遠慮な声量でそう言うと、スラムの隅に建っているあばら家の扉を蹴破った。

 

 

「ひ、ぃ!?」

 

 

 ──果たして蹴破られた扉の先には、今まさに逃げ支度を整えている最中の小男、便利屋の男に今回の依頼を仲介した情報屋がいた。

 サラディアは眉をひそめて、

 

 

「……耳が早いね。もう私の反逆は聞き及んでるって?」

 

「ち、ちが……! ね、念のためだ……! 完了報告が思ったより遅かったから、もしかしたら不備があったのかと……もしそうなら、狙われるのはまず、俺……!」

 

「だから逃げようとしていたって?」

 

「…………、ああ」

 

 

 情報屋は頷いて、

 

 

「だ、だが! 俺には取引の用意が、」

 

「勘違いしちゃダメだよ」

 

 

 直後、()()()()()()()()()()()()謎の力によって、情報屋の小指がへし折れた。

 

 

「ッッッ、がァァああああああ!?!?!?」

 

 

 突如発生した激痛に、情報屋は思わず蹲る。

 

 いや──というより、意図的に蹲ることで、これ以上事態を悪化させないようにした、というべきか。

 情報屋もこのスラムに居を構える闇の人間だ。今更激痛を受けた程度で戦闘態勢が解除されるほど平和ボケはしていない。単なる襲撃程度なら返り討ちにできる程度の力量は備えている。

 

 だが──事ここに至って、『離散』のサラディアの目の前で激痛を受けても臨戦態勢を解除しないということが、何を意味しているか。情報屋はそれを理解していた。

 

 

「これから私がやるのは、情報の取得。そう、『取得』なんだ。人間に対する聞き込みじゃあない。だからアンタは妙な色気を出すな。別に手がかりは此処だけじゃないんだからね」

 

 

 ────戦闘者だと認識されてはいけない。

 

 もしもサラディアに牙を剥きうる存在だと認識されれば、その瞬間自分は殺される。それほどに、彼我の実力差は圧倒的だ。生殺与奪の全てを相手に委ね、その上で、『離散』のサラディアに生き続けることを許されなくてはならない。

 でなければ死ぬ。今この場において──それほどまでに、自分の命の価値は軽くなっている。

 

 

 次の一言で命運が決まる、そんな極限の状況において。

 

 

「………………全て差し出す」

 

 

 人差し指がへし折れた。

 

 

「ッッッッ………………!!!!」

 

「聞こえなかったかな? アンタは聞かれたことにだけ答えていればいい」

 

「だったら何故俺はまだ生きている!?」

 

 

 ──沈黙が発生した。

 

 

「フゥー……フゥー……」

 

「足元見るね。情報の見返りに命だけは助けてくれって?」

 

 

 確かに、奇妙な状況ではあった。

 

 サラディアの言う通り、情報のアテが他にもあるのであれば──最初に話が通じなかった時点で情報屋は殺されていただろう。そうされていない理由は? 扉を蹴破ろうと殺気を出す前にわざわざ聞こえるように『一人目』と言った理由は?

 

 ──つまり、代わりがいくらでもいるという言動はブラフ。実際には、情報屋から得られる情報にはすぐさま殺したりしない程度の価値があるということ。

 

 

「…………いや、償いの機会が欲しい」

 

 

 首の皮一枚のところで命が繋がった情報屋は、そこでさらに切り込んだ。

 

 実のところ、情報屋にとって現状は『詰み』である。

 何故なら、サラディアは情報屋を生かしておくメリットがない。

 サラディアは自分たちの離反が黒幕に知られる前に全ての片をつけなくてはならない。なのに情報屋を生かしていたら、そこから情報が洩れる危険性がある。

 

 だから、殺す。それはこの世界では当然の摂理である。

 

 ゆえにそれを覆すだけの条件を、ここで設定する必要がある。

 

 

「償いだって?」

 

「……ああ。俺の売った情報によって窮地に追いやられたんだ。売った俺自身が償いをする必要がある。その機会をくれ。……その上で、今後も利用価値があると、アンタが判断すれば」

 

「能力も、権利も、未来も、『全てを差し出す』から……生かしてくれと?」

 

「………………」

 

 

 男は何も言わず、ただサラディアのことを見据えていた。

 

 これが、男の『命乞い』。

 

 ただ黒幕の情報を渡すだけでは、確実に殺される。それ以上の利用価値を相手に示すことで、『此処で殺すデメリット』を生み出すことができれば──それを相手に感じさせ続けることができれば、合理で動く『離散』のサラディアから殺されることは、なくなる。

 

 

 もちろん、あまりにも薄氷の上での交渉だ。

 どれだけ有用性を示したところで、『情報が洩れるデメリット』や『裏切られるデメリット』を重く見られれば、今この場で耳障りのいい回答が返ってきたとしても、じきに殺されるのは確定だろう。

 

 だが、この場において圧倒的に被捕食者である情報屋にとって、これが生き残るための最適解であった。

 

 

「…………信用に足るモノは?」

 

 

 サラディアは冷たい目で、そう問いかける。

 情報屋は回答に一秒も待たなかった。

 

 

 無言で、己の左手の甲にナイフを突き立てた。

 

 

「あッッッ、ぐッッッ…………!!!!」

 

 

 男は手を抑えて蹲るが、やがて血に塗れた珠を身体の陰から取り出すと、サラディアの方へ投げ寄越す。

 

 

「…………何のつもり?」

 

「俺の……『属性珠』だ……。……くそ、痛てェ……。……やろうと思えば、アンタに今のをやることだってできた。だがそうしなかった……。そして、俺の『属性』を渡した」

 

 

 男は泣きそうになりながら、

 

 

「こ、これで……俺はノンマンだ。その、『属性珠』は……アンタの好きにしてくれていい。これが、アンタへの『忠誠』の証だ」

 

「……イイね、アンタ」

 

 

 そこで初めて、サラディアは口元に明確な笑みの形をつくった。

 

 

「特に、生き残る為にそこまでするっていうガッツがイイ。気に入った。アンタを上手く使ってやるよ」

 

 

 言いながら、サラディアは男のすぐ傍にしゃがみ込み、そしてナイフによる傷口に『属性珠』を埋め込んだ。

 

 

「何、を……?」

 

「だが、この『属性』は返す。ノンマンになるだけならまだしも、『属性簒奪』の反動は面倒だからね。一緒に行動を共にするなら回避しておきたい」

 

 

 それだけ言うと、サラディアは入口で待機していた便利屋の男に向かって、指示を送る。

 

 

「便利屋、治癒を」

 

「……知られすぎると危険だから、あまり見せびらかしたい『属性』じゃないんだがな」

 

「そう言わないの。せっかくお仲間にできるんだし」

 

 

 そして情報屋に背を向けたサラディアは、最後にこう言い添えた。

 

 

「──虎の子の『属性』を隠してノンマンを演じるアンタの胆力と、その為の芝居道具一式を常に準備する周到さに免じて、当面殺さないでおいてあげるよ。精々私の役に立ってね」

 

 

 言われて、情報屋は頭が真っ白になった。

 

 

 ────そう。先ほどのやりとりだが、情報屋の言動には一つ嘘があった。

 男が突き刺したナイフに『属性簒奪』の術式が埋め込まれていたのは事実。それによって男が『属性』を一つ失ったのも、もちろん事実だ。

 だが──ヒトが持つ『属性』が一つであるとは限らない。それを隠してノンマンを演じ、完全な服従を装っていたのだ。

 

 もちろんこれはサラディアに対する翻意がそうさせたわけではない。たとえ全てを差し出すとしても、念のために切り札は残しておく。裏の人間としての本能とも呼べる処世術がそうさせたのだ。

 

 

 そしてサラディアは、その強かさに目を付けたのだった。

 この男は、此処で殺すには惜しい、と。

 この状況でここまでできるコイツには、もっと利用価値がある、と。

 

 

「…………………………」

 

「アンタも災難だったな」

 

 

 すべてに脱力していると、それまで事の成り行きをただ眺めていただけだった便利屋の男が、手の負傷を治癒しながらそう呼び掛けていた。

 

 ──確かに実際のところ、情報屋に殺される謂れはない。彼は確かに依頼主から便利屋の男に依頼を仲介したが、その真相まで知っていたわけではないのだ。

 ただ、サラディアの生存を知る者がいると困るという、それだけのこと。

 そして情報屋も、別段そのことに憤りを覚えたりはしない。彼も似たような理由で誰かを殺したことがあるし、そんなことはこの世界に身を浸していればよくありすぎることだ。

 誰も悪くなかった──ならぬ、誰もが悪かった状況。この世界は、そうして回っている。そしてそんなクソったれの世界で、彼女はそれでも、自由気ままに──解放された奴隷のように、生きていた。

 

 少なくとも、情報屋にはそう見えた。

 

 

「『離散』のサラディアは無敵、か」

 

 

 情報屋は思い返すように呟き、

 

 

「……なるほど、俺みたいなのから、ああいう伝説は広まっていくんだろうな」


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