魔眼の少女   作:火影みみみ

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第22話

 誘拐事件から幾日が過ぎた日のこと。

 久々の休日、こんな日はいつもと同じくツナを鍛えることに専念したいのですが、

 

「え、ツナは出かけちゃったのですか?」

 

「そうなんですよ、ツナ君ってば今日は友達と遊ぶ約束があるとかで朝ごはん食べ終わるとすぐに疾風の如く出て行っちゃいまして、てぃんだろすの散歩を頼みたかったのですが――」

 

 あいつ、逃げましたね。

 リボーンさんがそんなことを許すはずがないので、きっと理由があるに違いないのですが、私の大切な暇つぶしを奪ったのは許されざることです。

 ちょうどいい頃合ですし、素手から剣を使った実践訓練に移行するとしましょう。

 この世界に時雨蒼燕流はない(と思います)が、代わりの剣術がいくつかありますのできっと役に立つでしょう。

 

 それはさて置き、てぃんだろすの散歩ですか…………。

 やることもないですし、私が代わりに行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、どこに行きましょう?」

 

 あの後、二つ返事でOKをもらった私はてぃんだろすの鉄の鎖を外して、普通の散歩用リードに繋ぎ変え、適当に街をぶらついているのですが、行くあてがありません。

 暇つぶしに買って出たのはいいのですが、流石に適当すぎました。

 

「てぃんだろすの好きなところでいいですよ」

 

「バウ!」

 

 てぃんだろすがそうひと声吠えると、グイグイとリードを引っ張り始めます。

 

「そちらに行きたいのですか?」

 

「バウ!!」

 

 どうやら、そちらに行きたいようです。

 いつもならもう少し控えめなのですが、よほど行きたいところがあるのですね。

 

「では行きましょう」

 

 てぃんだろすの気の赴くままに、私は道を進む。

 数分くらい歩いた後、急に彼が足を止め、その場にお座りしてしまいました。

 

「てぃんだろす?」

 

 少し強く引いてもびくともしません。

 どうやらここから動く気がないようです。

 

「どうかしましたか? 何かあったのですか?」

 

「………………」

 

 私が尋ねても何も言わないてぃんだろす。

 何がしたいのでしょう?

 

「てぃんだろす? 一体何が「あ!?」、たのですか………………」

 

 聞き覚えのある声。

 それが聞こえた方へ、私はゆっくり顔を向ける。

 

「七海、ちゃん………………」

 

 そこにはお姉さんと思われる人と手をつなぎ、お出かけ中のすずかさんがいました。

 

「こんにちは、すずかさん」

 

 ちくせう、こういうことだったのですねてぃんだろす。

 この子がこんな行動をとるのは何か意味があるってことをすっかり失念していましたよ。

 まったく、余計なお世話です。

 

「あなたは、もしかして七海ちゃん?」

 

「ええ、初めまして」 

 

 びっくりです。

 お姉さんが私のことを知っていました。

 すずかさんが話したのでしょうか?

 それにしては警戒しなさすぎに思えます。

 

「あ、私はすずかの姉の月村忍、よろしくね」

 

 こうやって手を差し伸べて来るあたり、私のことは深くは知らないようですね。

 少し安心しました。

 

「えっと、よろしくお願いします」

 

 少し躊躇いながらも、彼女の手を掴――

 

「!?」

 

「え?」

 

 掴もうとして、思いっきり空ぶりました。

 え? どうして?

 

 よくよく集中してみると、忍さんは先ほど差し出した手を握り締め、驚いた様子で私を見つめているようでした。

 

「あの、どうかしました?」

 

 不思議に思い、私は尋ねます。

 

「え? いや、何でもない、何でもないの…………」

 

 何でもないことはないと思うのですが、話したくないのでしたら無理に聞き出すことでもありませんね。

 

「では、私はこれで」

 

 ここにいても仕方ないので、さっさと帰るとしましょう。 

 

「てぃんだろす、貴方も……あら?」

 

 そう言うと、静かにてぃんだろすが立ち上がりました。

 おや、すずかに会わせるのが目的ならもう少し粘ると思ったのですが、思いのほか早かったです。

 

 これが彼の思惑だと理解したのは、このすぐ後でした。

 

「え?」

 

 てぃんだろすが諦めたと私が思った瞬間、一気にリードを引っ張られました。

 そうです、この犬。私が気を抜く瞬間を虎視眈眈と狙っていたのです!

 

 当然、隙を突かれた私はそのまま彼に引っ張られ、

 

「きゃあ!?」

 

「みゃあ!?」

 

 すずかさんに体当たりしてしまいました。

 転びはしなかったものの、現在は私はすずかさんに抱きかかえられる形になっています。

 

「七海ちゃん、大丈夫!?」

 

「ええ、なんとか」

 

 心配そうに私を見下ろす彼女に、私は落ち着いてそう返します。

 

「あ…………」

 

 ? すずかさんが突然固まってしまいました。

 

「すずかさん? …………あ」

 

 少し考えて、その理由を察します。

 目を閉じているので分かりにくいのですが、彼女に話しかけた時に彼女の方を向いてしまっていて…………、つまり傍から見れば至近距離で見つめ合っているわけですね、私たち。

 これは少し恥ずかしいです。

 

「ああ、すいません」

 

 彼女に謝り、姿勢を直します。

 

「ううん、こちらこそ……………………七海ちゃん!」

 

「おお!? 何ですか?」

 

 急に大声出すので、ちょっとビックリしてしまいました。

 

「話したいことがあるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って連れてこられたのは近くの公園。

 そこのベンチに二人で腰掛けています。

 てぃんだろす?

 彼なら忍さんと一緒に散歩に行きました。ちくせう。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 それにしても、この沈黙何とかなりませんでしょうか。

 正直なところ結構きついです。

 世間話をしようにも世間のことなど全く知りませんし、このくらいの頃の私の記憶もどこかに置いてきてしまったように何も覚えてません。

 

「あの、話とはなんでしょう?」

 

 まあ、元をたどれば私のせいですし、私から話しかけるとしましょう。

 

「えっと……、この前、私たちを助けてくれたよね」

 

「まあ、一応私の命の危機でもありましたし」

 

 もっとも、今のツナでも無理なのにあの人が私を殺せることなんてありえませんが。

 

「それで、アリサちゃんと二人ですぐにお礼をしたかったけど、と家から出ちゃダメって言われてて」

 

 ああ、誘拐されたですものね。

 警戒して幾日か自宅にこもるのも頷けます。

 

「それで今日、お姉ちゃんが気分転換に外に連れてってくれたの、……もう協会の人たちは帰っちゃったみたいだから」

 

 声のトーンが僅かながら下がる。

 やはり、助けてくれたとは言え、彼女にとって彼らは恐ろしい人たちなのでしょう。

 …………誘拐したのも彼らの仲間でしたし。

 

「最初は嫌だったけど、今は良かったと思うの…………、七海ちゃんに謝らなきゃいけないことがあったから」

 

「謝る、ですか?」

 

 はて、彼女は何か悪いことをしたのでしょうか?

 

「うん…………、助けてくれたのに、怖がってごめんなさい」

 

 ああ、そのことですか。

 

「別にいいですよ、まともな人間なら私を恐るのは当然のことですし」

 

「でも、七海ちゃんは私たちを助けてくれたんだよ、それを怖がるなんて……、おかしいよ」

 

 むう、結構頑固ですね。

 優しさ故に、自分がしたことを許せないのでしょうか。

 

「アリサちゃんも、……いや、アリサちゃんは私とは違って七海ちゃんのこと全然怖がってなかった、不幸になるって言われても、一歩も引かなかったんだから」

 

 ……………………………………。

 

「アリサちゃんは言ったの、『その程度で友達を見捨てる私じゃない』って、だから、私も、七海ちゃんを見捨てたりできない」

 

 アリサさん、すずかさん…………。

 

「ふふ……」

 

 二人は元々大人びていましたが、この歳でそれだけの覚悟、やはり面白い人たちですね。

 

「七海ちゃん?」

 

「いえ、あなたたちはいい人だな、と思いまして」

 

 本当に、覚悟だけならツナより上でしょう。

 たとえ、私がどんなふうに突き放しても、彼女たちはそれをものともせず、私の所へたどり着く。

 

「なら、私がとる行動は一つでしょうね……」

 

「?」

 

 ベンチから立ち、すずかさんと向き合うように移動、そして深呼吸。

 

「まともな人類ではありませんが、私とずっとお友達でいてくれますか?」

 

 そう言って、彼女に右手を差し出す。

 うう、結構恥ずかしいですね。

 面と向かってこういうことを言うのは初めてなので、結構緊張します。

 

 それに少し驚いた彼女だったけど、すぐに我に返って、 

 

「うん! 私こそよろしくね、七海ちゃん!」

 

 元気な声で私の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この様子を、遠くから見ている人達がいた。

 

「すずかのやつ、岐路君というものがありながら嬉しそうにしちゃって」

 

「バウ!」

 

 月村忍と飼い犬てぃんだろすである。

 

「まあ、すずかがいいならそれでいいんだろうけど…………」

 

 彼女は自分の右手を見つめる。

 

「あの時感じた悪寒……、まるで細胞の全部が警告を発してるような、そんな感じだった」

 

 彼女は不思議に思う。

 どうしてすずかは何も感じないのか。

 答えはすぐに出た。

 

「年の差、かな」

 

 忍もすずかも戦いの経験はほとんどないが、それでもすずかよりは自分の能力のことを理解できていた。

 人体に備わる五感、その延長上にある人外としての感覚、そして生き物としての本能。

 それらが、あの悪寒の正体だった。

 

 すずかが何も感じないのはまだ彼女が人間の領域を出ていないから。

 一歩人外の道を進めば、七海のもつ恐ろしさに気がつくだろう。

 けれど、それは忍としては望ましくないことだ。

 すずかには普通の人間として一生を過ごさせてあげたい。

 彼女の一族が管理するこの土地なら、すずかたちは人間のままでいられる。

 …………たまに血液が必要にはなるが。

 

「岐路君や士郎君にも変な気配はあったけど、あの子のそれは群を抜いてたわね……」

 

 彼女は間違いなく人間。

 けれど彼女の内から感じたあの気配は、いくら考えても人間のモノではなかった。

 

「あの子の前だと、私たちも人間の範囲内なんでしょうね…………」

 

 自分は化物だと、彼女は恭也会うまではそう思っていた。

 紆余曲折あって、彼女は自分を受け入れることができていたが、心のどこかでは自分も化物なのだと考えていた。

 けれど、七海と出会って、その思いは粉々に打ち砕かれた。

 忍は、まるで鷹に狩られる寸前の小鳥ように、自分も食われる側(弱者)だと思い知らされた。

 確かに彼女は吸血鬼の中でも弱い部類には入るが、それはまだ覚醒していないだけで、彼女が本格的に吸血鬼として覚醒すれば、人類最強や殺し屋アンデルセン、志々雄真実にも引けを取らない存在になるだろう。

 しかし、例えそうなったとしても、彼女には七海に勝てるイメージが全くわかない。

 気配だけで、そこまで思い知らされた。

 彼女と七海は、根本から違う。何があっても敵わない。

 その考えが、脳裏から離れない。

 

「クゥ~ン」

 

 てぃんだろすが心配そうに忍を見上げる。

 

「あら、心配してくれるの?」

 

 彼女は優しく彼の頭を撫でる。

 

「まあ、こんなこと私が考えてもしょうがないわよね…………」

 

 そう、これは彼女の問題ではなく、すずかと七海の問題。

 時がたち、七海の持つ異常性にすずかが気がついてからの話だ。

 

「さ、私たちもそろそろ行きましょうか」

 

「バウ!」

 

 彼女はそう言っててぃんだろすのリードを引き、すずか達のもとへと歩き出した。




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