『木原』がいた。

誰よりも愚かで、一人で、強く、哀しい『木原』が。

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それでも彼は『木原』である

「人の感情とは素晴らしい。美しく煌びやかでその輝きは、価値は、形は、質は、一瞬のうちに変化して行く。じっくり観察することすらままならない。そもそも観察すらできない。だってそれは見えないんだから。どれだけ目が良くても、どれだけ相手のことを理解しても、感情は所詮、不可視のものでしかないのだから」

 

「ならばどうやって観察してるかって?」

 

「表情?違うよ。全然違う。君だって愛想笑いや気分、その場で取り繕う為に表情を変えたことくらいあるだろう?表情なんて当てにならないよ。そもそも表情と感情は別物さ」

 

「私は行動で見ているんだよ。時間はかかるが、対象の行動を観察し、取り囲む状況を掌握し、関わった因子を観測する」

 

「手っ取り早く済むのならそれが一番さ」

 

「では君に聞こう。私が思う最も美しく素晴らしい感情とは何だと思う?」

 

「喜び?悲しみ?怒り?恐怖?哀れみ?同情?差別?無関心?好奇心?正解は勇気だ」

 

「勇気は時として人に素晴らしい力を与える。火事場の馬鹿力、と一緒にする気は無いが概ね似たようなものだ。要は、火事場の馬鹿力と勇気、共通する点は絶体絶命になるかだ」

 

「命の危機に接した時、大切な何かを守りたい時、人はバカみたいな力を発揮する。体力の有無は関係なく、才能の有無は関係なく、限界の有無は関係なく、ただ一点、勇気があるかないかで変わってしまうんだよ」

 

「君だってそうだ。勇気を持ってここにいる。勇気があったからここにいる。それはほんのちっぽけな、見落とすほどの小ささではなく、見上げるほどに膨大な、恐怖などの悪感情を乗り越えてここにいる」

 

「そしてあれだけ弱かった君が、怯えていた君が、こうして私の前に立ち私の心臓を破壊した」

 

「私という強大な敵に立ち向かう勇気。私という恩師に立ち向かう勇気。私という魔王に立ち向かう勇気。素晴らしい。素晴らしいことだ。君は勇気の力であらゆる枷を引きちぎった」

 

「だから、泣かないでおくれ。挫けないでおくれ。君は一人ではないのだから。君が勇気を出して守ってきた人達がいるのだから」

 

「悲劇に幕を閉じた、勇者である君は賞賛される。私のことなど気にせず笑い飛ばすといい。アイツは弱かったと。貧弱でひ弱で華奢で愚かだったと。君にはその資格がある。君にはその権利がある」

 

「だって君は私を殺した。恥に思うな。心に隠すな。これは素晴らしいことだ。人間の可能性が、私という絶対悪を打ち倒したのだという証明だ。だから、受け取れ。そして踏みつぶせ。私の掲げた御旗を」

 

「だって君は、勇者なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「全く、こんなの『木原』としてはどうなんだ?これじゃあ私は失格もいい所だ。良くて及第点を貰えるか。少なくとも花丸なんて夢のまた夢だな」

 

『ふむ、君はこの結果に満足していないのかね?君のことだからもう次のことは決めているだろうに。手始めとして限界点を調べるのであれば、これは『木原』としてはいい、と言っていいのかは分からないが当然の結果では?』

 

異様な光景があった。廃墟に、白衣を着崩した青年と一匹の(ゴールデンレトリバー)。青年は白衣を着てはいるが、肩にはかかっておらず、両腕の二の腕の部分をベルトで巻くことで白衣が落ちないように固定している。

 

「ダメだよ、だめ駄目。私はただ『木原』の真似をしただけに過ぎない。同列に語るなんて烏滸がましいにも程があるだろう?どれだけ私が特殊な『木原』とはいえ、『木原』としての意地にかけて目指すべき基準というものがあるのさ」

 

そう言って、青年は目の前に広がる光景を見てため息を吐く。見るだけで気分が落ちてくる。自分の未熟を痛感させられる。

目の前にあったのは地獄絵図。小学生から大学生。性別に偏りはない。彼らには学生であるということ、そして皆等しく血塗れで地面に倒れている。

 

あるものは体がくの字に折れ曲がっている。ある者は腹部に穴が開き、そこから大量に出血している。ある者は四肢の関節の先が消えている。全員瞳に光はない。彼らは呼吸を止め、心臓が停止し、当然のように死んでいる。

 

『これが失敗か。結果はどうあれ過程としては素晴らしいものだったのだがね。木原病理の『諦める』を応用して君に襲いかからせる』

 

「応用?改悪の間違いさ。そもそも私は諦めさせようなんて思ってないし、知っているはずだろう?私が彼らに与えたかったのは全く違う感情さ」

 

『私には、『木原』には分からないな』

 

本心は分からないが、さも残念そうに犬が言う。どうやって発生しているのか、青年はおおよその見当はついているが決して言うことはない。今の現状で『木原』のまとめ役である犬の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 

『そこまでして君の言うモノは素晴らしいのかね?』

 

「当然」

 

犬の問いに青年は躊躇なく答える。

 

「どれだけ困難な状況でも、どれだけ過酷な環境でも、どれだけ絶望的な戦況でも、人間の持つ勇気は全てを跳ね返す。科学も、魔術(・・)も関係ないのさ。肝心なのは起こした行動に人としての正しい意思があり、その意思を振り切ってもひたむきに突き進むことが出来る。そんな存在が欲しいんだよ」

 

『君を殺せる存在の間違いじゃないのかね?』

 

「そうとも言うね、脳幹さん」

 

『やはり君は異常だよ、改悪君』

 

互いに腹の探り合いでもするかのように視線を合わせる。片や『木原』という異常者達を纏めあげる存在と、片や『木原』という異常者達から異端として扱われる存在。

両者共に規格外。一人一人が軍隊を相手取っても無傷で完勝するような化物。

 

「今はやめておこう。私も貴方も、ここで潰れるのは本意ではない。やるべき事だって沢山残っている。時は金なり。くだらない所に割いておくリソースなんてないでしょう」

 

やめだやめだ、と降参するかのように両手を上げる。正直いえばここで殺し合いをしても良かった。が、それでは周りにある死体の原型が分からなくなってしまう。それは少しだけ困るのだ。

 

「ふむ、時間かな。では脳幹さん、私はこれにて退散と致します。引き継ぎ準備もありますので」

 

『そう言えば明日からだったね。君が教師になるのは。頑張りたまえ。『木原』としては応援する気は無いが、私個人としては応援しよう。加群君の二の舞にならないようにくれぐれも気をつけたまえ(・・・・・・・)

 

「はは、怖い怖い」

 

ケラケラと軽く笑い飛ばしながら、青年はスキップしながら出口へと消える。その後ろ姿を見た脳幹と呼ばれたゴールデンレトリバーは、周りの空気が歪んでいるのではと錯覚せるほどの、邪悪を見た。

 

 

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「ふんふふん〜ふんふふん〜」

 

「大分機嫌がいいですね、所長」

 

執務室で、先程まで脳幹と話していた青年が楽しそうに書類を片付けていく。今までは散々面倒だと押し付け抜け出していた彼が、真面目にやっているのを見ると同室にいて、同じく書類を片付けていた女性は嬉しく思う。ようやく成長したのだなと。

 

「もう所長じゃないぜ純真ちゃん。頭に元ってつけないとダメだろう?」

 

「貴方が元所長になるまであと6時間24分あります。私にとってはまだ所長です」

 

「やっぱり純真ちゃんは頑固だなぁ。まぁそこがいいところだと私は思うけど。おっといけない間違えちゃった」

 

純真と呼ばれた女性に軽口を叩きながら、青年は自分の机に置かれた役職板を手に取る。そこにはいつもと変わらない無機質で無意味な役職名と、名前の部分を上から削られ、上書きされているかのような自分の名前がある。

『木原改悪』と。

 

「まだ間違えるんですか?そんなに間違えるのなら名前、『交差』に戻してしまえばいいじゃありませんか」

 

「ダメだよ、だめ」

 

青年———改悪は布を出して板を磨く。

 

「『交差』の出番は終わったんだ。もう裏方でもアシスタントでも観客でもない。完全に退場したんだ。そう、『交差』はあくまで『改悪』が舞台に戻るための繋役でしかないんだよ」

 

改悪はそう言って、丁寧に磨いた板をダンボールに詰める。が、直ぐに純真が元の場所に置き、時計を指差す。仕方ないね、と言った調子で布を元の場所に戻し、改悪も作業を再開すると

 

「そう、『木原交差』はもういらない」

 

改悪はそう言って、デスクから二枚の書類を取り出す。その書類には、これから改悪が赴任する学校の、『倉庫(バンク)』から引っぱってきた生徒情報が乗っていた。

 

「既に両者の線は交わり合い、絡み合った。その始まりに『交差』は留まっている。誰でもない、自分の意思で。だから私がここにいる。交差()ではなく改悪()がいる」

 

書類を見る。書類の中でも最も注視されるべき点、能力強度の欄には学園都市で七人しか受け取ることの出来ない『5』が刻まれている。

 

「おいでよ、新入生。そしてどうか、どうか、勇者として俺の前に立ってくれ。正義の味方でも、英雄でも、ヒーローでもダークヒーローでもなく、勇者として。俺を殺してくれ」

 

どうしようもない自殺願望。止めることなどできるものか。これがあるからここにいる。それがあるから生きている。

くだらないと吐き捨て、気持ち悪いと突き飛ばし、貫き通した果てがここなのだ。悲しいものか。自分の望む未来に、何を嘆こうか。

 

大丈夫だから。ちゃんと教えよう、与えよう。その心を、誰よりも優しくするための栄養を。


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