ーーー人を憎むことしか出来ない者がいた。
ーーー人を守ることしか出来ない者がいた。
ーーー片方は未来を守るために殺戮を続けた。
ーーー片方は未来を守るために今を守り続けた。
ーーー深き憎悪と絶望を映した瞳はひたすら死を求めた。
ーーー深き慈愛と理想を宿した瞳はひたすら生を求めた。
ーーーそんな二人はまるで光と影。
呆然と冷たい雨を降らす雲を見つめる銀色の闇を宿した双眸があった。
鮮血を浴びて元の色が真っ白だとは誰も信じられないほど真っ赤に浴びたコートはバケツをひっくり返したような豪雨でも落ちることなく、彼/彼女はゆっくりと歩き出した。
贓物を踏みつぶし。
無造作に転がっていた顔を粉砕し。
川のように流れる鮮血の中を歩み出す。
「あぁ、汚い。醜い。邪神の瘴気と血の臭いで鼻がねじ曲がりそう。この世界は邪神信仰者が居すぎなんだよ。よくも億単位もいたものだ殺しても殺しても全然減らなかった……楽しかったからいいけど」
ふふっと魔女のような嬌艶の声で笑う。まだ体は興奮状態のままで、頬を紅潮させながら死神のように地面一帯を埋め尽くした屍の道を歩み。
そこには差別などない。男女関わりなく赤子も子供も大人も老人も一切関係なく全ては『邪神信仰者である』それ以外で、十分すぎるほどの殺害が認められる。
それが旧神の隷属の仕事、世界を自己満足で滅ぼす邪神達の力を信仰によって強化される前に消去する、『現実』の法則によって、人間はいくら殺した所でさほど問題にはない。ただ邪神が力を汚点だけを片付けさえすればいいのだ。
「あ……あぁ…」
ぶらぶらと生き残りがいないか彷徨っているその姿に名も知らぬ人の屍を影にして五歳程度の子供が震える。
恐怖が精神と肉体を浸食する。
絶対的な存在感を醸し出し畏怖の念を抱かずにいられない黄金色の髪を触らすその存在に少年は思わず手を合わすほどだった。造形されたように整った女神でさえも嫉妬しそうな顔つきを見て。そしてその闇を見せる銀色の瞳とピエロのような笑みを作った口を見るまでは。
「うっ…ひくっ…」
優しく笑っていた父も母も皆殺しにされた。子供の深層心理に刻まれたのは口で笑みを作り、ゴミを見る様な目をする金色の死神だ。本能的に口を必死で抑える既に屍山血河を目の当たりにした子供の肉体と精神は極限状態であり全ては吐きでたばかりのはずなのに胃液が更に押しあがってくる。どうやっても、地獄図をそのまま現世に塗り替えたこの惨状、生々しい血の臭い、斬られた人から溢れ出す贓物しか視界に入らない。
それでも自我を保つことが出来たのは、その手に握る冷たい拳銃のおかげだろう。
子供でも、これがどういうものであるのかは理解しているし、両親はこれを使う軍人と呼ばれる者だ。引き金を引く、たったそれだけで人を殺傷する兵器。故に子供はこれを持つことにより自身には何も持たない死神に対して優位性があると信じ込ませることで精神崩壊を防いでいるのだ。
血の川の中で銃を抱き締め必死に歯を食い縛る。
鳴らしてはダメだ。あれに見つかった瞬間、絶対的な死が確定する。
「ん……?」
来ないでください。来ないでください。来ないでください。
来ないでください。来ないでください。来ないでください。
来ないでください。来ないでください。来ないでください。
少年は祈り続ける。
これが夢であるように。
これが現実でないように。
「次、行こうかな」
少年の思いが天に届いたのか分からないが、離れていく足音に少年の枯れたはずの瞳から涙が溢れ出す。
少年が笑う。勝ったと。生き残ったと。
そして体が軽くなる。
否、感覚が無くなる。
抑えることが出来ない浮遊感の後、地面に落ちる。
最後に見たのは、首から血を噴水の如く噴き出す
◇
ーーー世界が広がる空間の中で彼/彼女は浮遊する。
あらゆる可能性を含めたそこには、真っ黒な空間を埋め尽くすほどの水玉のような物が浮かんでおり、そこに映しだされるのは、その世界特有の法則によって流転している。器用にその水玉を回避しながら疾走する紅き影があった。
「壊れるなら壊れてしまえば良かったのに、つまらないなぁ……いっその事飛び掛かってくれれば楽だったのに、それにしても流石にあれだけ狩ったのは久しぶりだったから返り血が気持ち悪い」
先ほど蟷螂の鎌で切断をして子供のことが思い出しながら行く当てもなく彷徨う。帰還する場所はあるが、そんなものは念波で報告することだけの用事しかなく、むしろあそこに行けば自我が抑えきれないことを彼/彼女は確信を持てた。
自身の存在意義を奪った旧神と呼ばれるこの世の善ある神を果てしなく憎しみ続け、もう1億年くらい経っただろうか?彼らの敵である邪神と誇りも信念もなく戦い続け、信仰者を抹殺してきた自由のない日々に何も抱けなくなってきた。
最初は暴怒し、旧神になんども刃を向けるが打ち倒され、自暴自棄になりながら人間を殺し、この世界の『現実』を知り無気力状態になり右手に刻まれた
「はぁ…頑張って死のう」
終わりにしたい。世界の法則を知り不適合者である己自身には生きる価値も存在意義さえも失っている。
彼/彼女は少しだけ空元気するように無理やり笑って見せた。この空間のどこかに自分を殺せる存在がいることを知っていたからだ。己の存在は
未来も過去も、全ては闇に染まり、厭世的思考が悪循環する中で頬を紅く染める。
死にたい。終りたい。
滅びたい。還りたい。
消えたい。
「ふふっ♪」
人間を殺せる今の環境に不満はないとは言えないが、彼/彼女の本来の目的は人間という存在そのものを髪の毛一本も残さず滅ぼすことにある。自分にはその資格があるのだから、それを誇りに信念にしても別に問題はない筈だと殺戮をし続けて結果、正に羽を捥がれた鳥のようになってしまい、全ては失われた。
だから、死ぬために自分はあるのだ。
振るいたいときに振るえない剣や撃ちたい時に撃てない銃などは必要がないように、誰からも目を向けられることなく純粋な思いで彼/彼女は死にたいのだ。死こそが我が天国、終末なのだから。
ーーーそんな時、彼/彼女の足が止まる。
敵に出くわしたのではなく。
壁にぶつかったではなく。
苦手な物が前を横切っているのではない。
銀色の瞳が映しだしたのは燃える世界。
「---へぇ…」
腐った欲望が渦巻く血の争いではなかった。むしろ聖戦とも言える戦いだった。
この世に究極の物は会っても完璧な物はない。それは人間でも、神でも通じる話だ。そしてそれは世界にも言える事であり、たまにあるのだ
それは創世。この世界が失うことで空っぽになった世界に新たな生命が宿し、何事もなかったように再構築される。彼/彼女の興味を引かしたのは、それと戦う気高き女神の姿だった。
映像越しでも見える人々の嘆き、怨嗟、哀咽がまるでメロディーを奏でるように踊り狂い溢れる負の感情を吸収しながら大きくなっていく塊とそれと対極の念を糧に戦う女神の姿に彼/彼女は少しだけ興味が引かれた。
世界を映す水玉に手を突っ込むと激しく波紋が発生する。それに彼/彼女は舌を鳴らした。
「なにこの世界…器が小さすぎる。今の状態で行ったら崩壊するよね……メンドイ」
他の神なら世界に自身の存在を上手く溶かせることで、世界の器から容量オーバーさせることなく崩壊させることを免れるが、まだ成長途中である彼/彼女にはそんな器用なことが出来ず、自分にセーフティーロックを掛けることでしか世界に入れない。
「
視界が一瞬暗くなり、手足首ありとあらゆるところに鉄球でも付けられた感覚と共に体が重くなる。
本来の90%は封じたのだから当たり前かと内心愚痴り、再び世界に触れ今度は溶け込むように波紋を残さず世界に入り込む。再び視界が開くと、燃えるビルの屋上で立っていた。
「燃えてる、燃えてる。アハハハハハハハ!!」
耳を澄ませば誰かの声が聞こえる。人間の悲鳴。絶望の奏でが。
それらは大地を照らしている漆黒の太陽に集まっていき、増幅していく闇が更なる災厄を起こしている。それに勇敢にも立ち向かう一陣の閃光。
丸型を作っている塊から幾多の鋭い爪を生やした手が光を放つ女性に襲い掛かるが、女性はその手に握る光の剣が魔の手を切り裂き、更に塊を切り裂く。
「……はっ、とても慈愛に勇気に強さに溢れた善なる神なことでーーー悲劇的だなぁ」
虹色の光沢を放つ鎧を纏った女性ーーこの世界を救済又は守護する善なる神は光の剣による乱舞で闇の塊を何度も切り裂くが、一瞬で形状を再生させる。神は一心不乱に闇の塊に残像が残るほどの速さで全体を切り裂くが効果はなく、逆に闇の塊を攻撃するのに注意が偏ってしまい闇の手で無造作に払われる。吹き飛ばされた体は後に合ったビルを貫通して、奥のビルを大きな蜘蛛の巣状の後が生成され、遠雷の音を響かせ吹き荒れる砂煙、そして火炎の海へビルは崩れ落ちていく。
「終ったかな?……来る意味、あったかな?ま、所詮滅びるのが唯一絶対の終着点なんだし、それがこの世界は速かった…ただ、それだけのこと」
『ーーーーー!!!』
「…それでも、抗うバカはいるよね」
崩れたビルに光柱が立つ。夜空の雲を切り裂き、神聖なる存在が両手に構えた光の剣を大きく振り下ろすと、その軌跡を追うように巨大な斬撃が闇の塊に襲い掛かった。闇の塊は魔の手を総動員で光の斬撃を抑えるが、止めることが出来ず、押される。その方角には彼/彼女がいた。
『!?---て!』
「あ、やばっ」
回避行動が遅れ、ビルごと闇の塊に吞まれた。