燃える。燃える。燃える。
建物が、道路が、人間が。
慣れ親しんだ光景は既に火の海に吞まれ地獄と化している。
その中で人々の女神を信じる意志のエネルギー、通称『シェアエナジー』で構成した光の剣を杖代わりして立つ女性がいた。全身に至る所に裂傷や火傷で生々しく刻まれ、『シェアエネジー』で創造した虹色の光沢を放つ西洋の鎧を連想させる『プロセッサユニット』は所々欠けて、火花を飛ばしている。状況は正に断崖絶壁に立ったと言っても過言ではない。
元より、この世界にはこれだけの脅威を想定したことはないのだから。被害は想像を絶する。
「……ぐっ…」
憎き、忌々しき、闇の太陽は今も健在している。
女神としての本能が語る。あれは自分の立場をまんま逆にした負の塊。
無残に殺した人間達の負の意志を吸いこんでいき、暴虐的な力へと変異させる冒涜的な漆黒の太陽。大樹のように伸ばす鋭い爪を生やした手が冥府へ誘い込むように伸びる。
「負けるわけにはいかない…!みんなのために…!女神として…!!」
恐怖で振るえる足腰を喝で止める。
女神としてのプライドと気合だけで立ち上がる。光の剣を地面から抜き取り構えて、その場から飛ぶ。バックプロセッサから光の粒子が噴出することで加速力と得て、その翼を広げることで飛翔を可能にする。負の塊は女神の接近に対して幾多に伸びる魔の手を差し向ける。
「はあぁぁぁっぁあ!!!」
人間サイズならば握れば潰せそうなくらいの巨大な手を切り裂く。逃げ道を防ぐように伸びる魔の手を気にも留めない。最初から逃げるつもりはなく、女神は眼前の敵を排除するために動いているのだから。
彼女は光で、負の塊は闇。お互いに切り離せない存在故にお互いの場所は特定できる。女神の人並み外れた空間把握能力により背後からの攻撃も予知していたように回避、又は反撃を繰り返してあっという間に懐に入る。そして上段に構えた光刃を勢い良く振り下ろした。希望の意志で構成された聖なる刃は、絶望の意志の塊を大きく浄化しながら切り裂くが、直ぐに傷口は何事もなかったように閉じられる。
「---ちっ!」
直ぐにその場から離れる。突如に肉体を貫こうと伸びた魔の手が通過した。
単純な意思の力の差があまりにかけ離れている。何故なら負の塊は四大陸に進出して、最後の砦がここなのだ。既に他の大陸は壊滅的被害を受けている。殺した、焼いた数の人々の痛みや悲しみ等の負の意志を糧に力を増幅させているのだ。対して女神は希望による意思によって力を増すが、生きている人間の数が少なく、シェアエネジ―の配給が少ない。
むしろ、濃密な負の瘴気に意識が闇に吞まれそうになるが、直ぐに頭を叩いて無理やり活性化する。バックプロセッサの出力を上げ、網状に広がる魔の手を掻い潜りながら負の塊を切り裂くが効果は薄かった。
「---きゃぁぁぁ!?」
一瞬、負の塊に集中が傾きし過ぎたのか魔の手は薙ぎ払うそれに直撃してしまう。咄嗟に光刃を盾にするが、吹き飛ばされ背後にあったビルを貫通して、その奥のビルに全身を叩きつけて漸く止まった。
「ぅ…うぅ…ゴフッ!……あ!?」
口から溜まった血を吐きだすと、稲妻が走るような音と共にビルに罅が走りだし崩壊する。その場から退避するほど余裕なく女神もビルの瓦礫に流され地に落された。
「……う、…あ…」
体に走る激痛と熱気で目を空けると、漆黒の雲が広がっていた。
足を動かす、手を動かす。奇跡的に小さい瓦礫に埋もれただけで、五体満足で直ぐに起き上がれるだろう。
しかし、女神の瞳には大粒の涙が溜まっていく。
聞こえる。
聞こえてしまう。
人々の悲鳴が、断末魔が、助けたいのに手から零れ落ちていく命。
理不尽にも奪われていく命。
「……!」
怒りが込み上がってくる。
心底から力が漲ってくる。
今、苦しみ死んでいる人達には予定があるはずだ。当たり前にそして大切な明日を迎えれる筈の人生を理不尽にも奪われた。そして、その苦しみを悲しみを吸収して力を増している負の塊を許せない。
「絶対に諦めないーー!!!!」
プロセッサユニットの出力を最大にして、周囲の瓦礫を弾き飛ばす。
あまりあるシェアエネジーは女神を中心に光柱を作り、漆黒の雲を貫いた。
瓦礫から抜け出した女神は自身が放出したシェアエナジーを手に持つ光の刃に集中させる。
より、巨大に。
より、神聖を高め。
より、神秘の力を練り込み。
無差別殺戮を繰り替えず怨敵に両手で構えた至剛の大剣から放たれる光明の斬撃。
火炎の海を渡り、周囲のビルと同じぐらいの大きさまで膨張した理不尽に怒る女神の一撃に負の塊も危機を感じ全ての魔の腕を集結させ防御態勢に映った。
「……えっ?」
押される負の塊に笑みを浮かべたのもつかの間、目の入ったのは負の塊の吹き飛ぶ方向にあるビルの屋上で目立つ白色のコートを羽織った人影。
「逃げてぇぇぇ!!!!」
反射的に手を伸ばす。
残酷など距離は離れ、闇の塊はビルを吞み込んだ。
◇
方向という概念すら感じられない漆黒の空間内で彼/彼女は漂っていた。
両手は動く、両足は動く。しかし、五感は完全に停止させられている状態であり、闇の中で泳ぐように体を動かしても進んでいるのか、沈んでいるのかを認識は困難であった。
「……不味いな」
とりあえずと腕を組む。
そうしている間に意識が徐々に溶かされる。
闇の塊は彼/彼女を吞み込み、自らの血肉と化すことで再生能力を得ているのだろうと軽く思考を動かす。人ならば、焼いたフライパンにチーズを溶かすように体も魂さえも消えるだろうが、彼/彼女の肉体と魂の数は凄まじいほどの数があり、このまま彼/彼女を溶かし尽くすのは幾千の時が必要である。故に彼/彼女は脱出案を考える時間を確保できた。
「あの女神…狙ったのか?それとも偶然?ーーーまぁ、どうでもいいけど」
考えるのが面倒になったのか、思考を放棄する。
感覚が封じられている空間の中で、拳を作る。
ずっとこのままでいるつもりはない。かと言って、周囲の情報が一切遮断されているこの暗黒空間の中では脱出口を見つけることは困難である。更に彼/彼女の能力は、この世界を壊さないように本来の一割程度しか使えない。
「……バカじゃないかあいつ」
「ーーッ!」
光は近づくにして人の形をしていた。さきほど苦戦を強いられていた女神の姿だった。
伶俐と耽美な表情を血相を変えて必死に女神は彼/彼女に向かって手を伸ばしていた。
女神がこの暗黒の空間の中で小さな太陽のように輝いているので、しっかりと視覚は動く。それに彼/彼女は徐に自分の手を見た。
少し前に億単位で人々を殺した鮮血と怨嗟に塗れた手。
今は彼/彼女の機能で返り血や血の臭いは一切合財『破壊』して真紅に染まったコートは元の純白のコートなっているが、絶望の前で輝き抗う希望の手を握るには違和感しかない。聖人が更正の余地がなく処刑が決定した罪人に手を差し出す様な事だ。更に、女神がこちらの姿を特定できている保証はない。もしかしたらこの近くに溶かされている人間を助けるために来ているのかもしれない。そう思い自らの手を見るのを辞め、その手を下ろそうとしたとき、気高い声が響いた。
「諦めないで!!絶対に---助けるから!」
常闇の世界から伸ばされて腕、向けられた言葉、その視線は間違いなく彼/彼女に向けられていた。
ため息交じり、拒絶するわけにもいかず下ろし始めた手を止めて、もう一度上げた。今度は地獄から抜け出す為に救いを求むようにただ上に向かって。
そして救いは来た。手から伝わる握れば壊れてしまう脆く、餅の様な感触と共に体が持ち上がる。
虹色の翼から放出される光の推進剤で、瞬く間に闇の塊から脱出した。
ーーーが。
「あっ……」
視線を覆ったのは地面だった。
上下左右の感覚がない空間内で脱出を急ぎ過ぎたのか、それとも運が悪いのか減速するが停止も出来ず既に地面に目の前まで迫っていた。
「---やっぱりお前バカだ」
一気に景色が変わる。離すまいと握っていた手と手が力づくで外され手首を掴まれると同時に一気に吹き寄せられる。そのまま、強引に冷たい胸と手に抱かれ地面に着地した。女神が脱出する際の加速は彼/彼女が受け止め、その衝撃は地面にクレーターとなって深く刻まれる。
痛みを覚悟していた女神は頭から頭から地面に突っ込む態勢から神速で行われ、顔色一つ変えない彼/彼女の表情に現実離れしたように何度か瞬きをした後、急激に沸騰を始めた様に顔を紅くしていく。
「だ、誰がバカよ!?」
「お前だよ」
女性らしい高い声をばっさりと切り裂いた。
「僕を助けて何の得になる?あの中にも溶かされている人間が他にもいるかもしれないのにどうして僕を選んだ?」
「手が届いたからに決まっているでしょ!?それになにその『助けを求めていない』って言っている目は!私はこの地の守護女神『レインボハート』様よ!この大地に足を付けている以上は私は守らないといけないの!あんたがどんな奴でも!」
「……バカ訂正、アホだ」
「なんですってぇぇ!?」
一般的に見れば誰もが絶賛するほどの美少女同士がお姫様抱っこをしている微笑ましいシーンであるが、場所は火炎地獄、頭上にはそれらの災害を招いた闇の塊が浮かんでいる所為で色々と台無しである。
「ッ……女神に向かって、ため口を吐いてきたのは貴方が初めてよ」
「敬語は嫌いなんでね……口閉じないと舌を噛むよ」
「は、ぁ---ッ!!?」
彼/彼女は動いた。地面を蹴って、疾風の如くその場を離れた。続けて闇の塊から生み出された幾多の魔の手が彼/彼女と女神いた場所にあっという間に突き刺された。
「おせぇよ」
女神を抱えいる状態で彼/彼女は莫大な力を発しながら言霊を紡ぐ。
彼/彼女の周囲の空気に波紋が広がり、剣先が姿を次々現していく。
「----ッ!」
女神は思わず言葉を失う。その剣群の存在感に体を震わした。
ある物は見るだけで畏怖感を抱くほどの神々しいオーラを出しながら、ある物は見るだけで恐怖が襲ってくるほどの禍禍しいオーラを放つ人智を超えた恐るべき剣群が彼/彼女が目を細めた瞬間に大砲にも似た大気を震わす轟音と共に放たれる。
闇の塊は瞬時に手を集結させ壁を形成するが、撃ちだされた聖剣魔剣の群はそれらを鎧袖一触の如く粉砕し、闇の塊を食い破る幾多の刃によって蜂の巣のように向こうの景色がはっきりと分かるほど貫通の後を残した。
「やったの!?」
「あれで倒せるなら、君でも十分討伐可能だよ」
ーーーそれにあれには生死の概念はない。そう呟くと風穴が時間を巻き戻したように元に戻り、粉砕したはずの魔の手は何事もなかったように大樹のように広がる。
見せられた再生能力に女神は顔を青褪め、彼/彼女は小さくため息を吐きまだ炎に吞まれていない建物の屋上に着地して、女神を下ろすが脚に力が入らないのかそのまま崩れるように倒れた。
「はぁ…はぁ……」
「僕を救う為にかなりの力を消耗したでしょ。……バカだねェ」
手を顔について呆れた様にため息を吐く彼/彼女に女神は荒く息をしながら睨む。
「うるさいわね…。あなた、目の前で届きそうなぐらいの距離に倒れた子供がいても知らぬ顔で素通りできる?」
「助けてどうする?励ます?…っで、どうなるの?
「……えぇ、傷は治すでしょうね。でも…記憶は残るわ。そして子供が大人になったとき同じような状況になった時、その大人は子供に手を貸さない冷たい人になるわ。それって、すごく寂しい事じゃない……」
「どれだけ善が世を語っても、同じくらいに悪は世を語れるよ?
個人的に言えば『全』を守ろうとする善より、『個』を守る偽善のほうがよっぽど信頼できる」
可能性を女神は語り。
彼/彼女は現実を語る。
全てを助けようと大きく手を広げるのは他人からみれば聖人君子に見えるだろう。その結果がどうであれ、勇気を出した行動に間違いはないと評価されるだろう。
そして、全ではなく個を助けた者は他人から見れば不審に感じられるだろう。なぜなら最初から定めた人を救い他を切り捨てる気なのだから、論理的に正しくても人の定めた道徳がそれを否定する。なぜなら、人は欲深き生物なのだから。
「……私とあなた、相性最悪みたいね」
「君みたいに未来を望んでいない。僕は自殺志願者だからね」
「死が怖くないの?」
「死こそ僕の望む終末、最高の救済」
何もかもが無駄な物に見える。
それが『現実』を見て知った者の代償。
その代償を吞み込んでこその善なる神となり、それを否定して世界から追放されたのが邪神。
彼/彼女は理解してしまえば見る者全てが無価値に又は起こる全てに違和感を覚え最悪狂ってしまう禁忌の『現実』を吞み込みながら受け止めれなかった。当たり前のように廻る因果は既に彼/彼女からすれば見るに堪えない猛毒と同威儀であり、最終的に選んだ手段が『現実』そのものからの逃亡ーーーつまり自身の消滅だ。
「僕を救うより、あいつと戦った方が少しぐらい、逃げる人の助けになったかもしれないのに愚かだね君は」
「えぇ、私自身、どうして貴方みたいな奴を助けたのか猛省中よ」
「そうだね。これを次回に生かせばいいーーー次があれば、だけどね?」
その瞬間、彼/彼女と女神が建物の屋上に魔の手が突き刺さる。
間一髪でそれを避けた二人は次の建物の屋上に着陸する。
「貴方この世界の住民じゃないでしょ」
「さっき、面白半分に来たばかりなんだよ。人間の意志が完全に絶望に墜ちるか、それとも微かに残った希望がこの災厄を跳ね除けるのか観戦にね」
「観戦料は高いわよ」
「どう見ても負け試合で、これに値段をつけるほどの価値なんてある?」
人が燃える匂いがする。
人の断末魔が聞こえる。
逃げ惑う人の絶望に対しての振るえが感じられる。
絶望の意志が集約されていく、この現状を受け居られない莫大なる闇の意志はこの世界を夢幻だと空想だと信じ込ませ、悪夢から早く目覚めること願い、闇の塊はそれに答えるべき神の如き姿へと変貌する。
「ッ……!」
「見せてよ。
善が悪を滅ぼす。在り来たりで、陳腐で、太陽の如く輝き光る物語を」
世界を焼く灼熱の海の中でそれは体を起こした。
両肩から2本ずつ計4本生えている伸縮自在に伸び縮する触手、両腕の鋭利な槍状の手甲、部分的に発光する胴体、背面の4枚の翼状の突起、頭部で忌々しく光る単眼。背中には、亀の甲羅によく似た外殻が存在していた。全体的に女性のようなフォルムをしており、その姿は美しき負の権化。
「終末のカウントダウンは止まらないよ」
触手の間から、虹色に光る膜が引かれ、鳳凰のように神秘的な羽ばたきと共に空に舞う。
地に足を付けた女神はその完成された美しさと負の瘴気に足を震わせ、指先から冷や汗が滴り落ち、顔面を青く染めた。
ーーー絶望の化身『ディスペア・ザ・ハード』は人々の見る
《絶望の権化 ディスペア・ザ・ハード》
世界のバグ的存在が長い年月を得て負の感情エネルギーを吸い取り続け膨張していき、神の領域まで昇華した守護女神と対極たる存在。(イメージはガメラ3のイリス)
人々の意志の結晶であり、怒り哀しみ苦しみ痛み等の負が常に渦を作りお互いを増徴し続けている。人間ならば魂を一瞬で『解体』され、肉体はディスペア・ザ・ハードの一部と化す。空の場合は持っている魂と肉体の量が並外れていたので吸収することが出来なかった。(女神にとって裸身で剣の山に突っ込む様な物)
この存在理由はは守護女神の『世界を守護する』と逆である『世界を破滅する』。
人が今日という日を幸せと思うように今日という日が憂鬱と思う人がいる。この存在は後者の厭世的思考者の意志を媒体に世界単位で自殺を企むこと以外に自我はほとんどない。
この話内のディスペア・ザ・ハードは四大陸内、三大陸は壊滅させ四大陸目を襲っている最中だったので、8割から9割のほど負のシェアを確保しており、異常なほどの強さを誇っている。
女性に似た姿をしており、禍々しさを超え畏怖を抱き信仰を奉げてしまう毒に似た魔性を持つ邪悪なる人々の総意。