――と、彼女――アリス・マーガトロイドは戸惑いながら、私――十六夜咲夜に告白した。
――好き。
その感情は、私も持っている。
――でも。
その対象は、貴女ではない。
私が好きな人は、れいむ。
――博麗霊夢。
『Unhappy Toy』
「……好き……」
――と、彼女――アリス・マーガトロイドは戸惑いながら、私――十六夜咲夜に告白した。
――好き。
その感情は、私も持っている。
――でも。
その対象は、貴女ではない。
私が好きな人は、れいむ。
――博麗霊夢。
艶やかな黒髪、髪を留めている可愛らしい大きな赤のリボン。
色の白い端正な小顔、大きな瞳にすらっとした鼻、柔らかそうな唇。
紅白の巫女装束は神聖な衣装でありながら、肩と腋の露出もあり、とても艶めかしい。
私の、私の特別な人。
「――私のどこが好きなの?」
告白する彼女に問いかける。
「私は咲夜さんの――」彼女はすぐに答える。
容姿、仕草、声、エトセトラエトセトラ……
だけど、その言葉は軽い。耳に入っても、すっと溶けるように消えていく。
どうでもいいのだ。
私は初めて、霊夢と出会ったのは、私の主人である主人の吸血鬼――レミリア・スカーレットが起こした異変だった。
のちに紅霧異変として、幻想郷に記録されるこの事件を解決するために、主人の館――紅魔館で博麗霊夢と対峙した。
スペルカード。
そのルールに則り、私は霊夢と戦った。
どんな勝負であろうと、私は負けることなどない。そう思っていた。
だって、私の力は強力だから――
時を止める能力。
私だけの時間。
主人のレミリア様ですら、私を破れなかった力。
主人――レミリア・スカーレットは運命を操る。
自身の周囲の運命を弄び、望む未来へと導く力。
けれど、私だけの時間を操る事はできなかった。
強力な力を持つ理由。私はこの力を突破する者が、自分にとって特別な存在なのだと思った。
私だけの時間。
一人だけの……独りだけの時間。
それを崩される事が――
それを崩す者が、屈強な男性だと思っていた。
でも、それを崩したのが、博麗霊夢だった。
そして、その日から、私の日常が変わった。
少ない時間を使い、博麗神社に赴いたり、それとなく、霊夢に里に買い物に曜日や時間を伝え、二人だけで里で一緒に買い物や食事、おしゃべりをしたりできないかとやきもきした。
けれど、そんな日は一度もなかった。
二人きりにはなれなかった。だから、告白なのできなかった。
霊夢の側にはいつも黒白の魔法使いがいた。神社でも、里で出くわした時も、だ。
目障りだった。
ブロンドの長い髪に、黒のワンピース。
――霧雨魔理沙。霊夢の友人だ。
霊夢ためだけに焼いたクッキーを、ぱっと手を出し、つまみ食いする黒白の魔法使い。あまつさえ、お前が霊夢より多く食べる。
里で楽しそうに買い物をする二人。
わざと、見せつけているのだ、と私は思った。
霊夢は私のものだ、と――
腹立たしい。
憎たらしい。
黒い感情が少しずつ、確実に頭の中に蓄積していく。
蓄積して、いつか、大きく爆発してしまいそうだ。
霧雨魔理沙を――
殺せば、どうなるのだろう?
霊夢は私を殺すのだろうか?
それは分からない。
「――そう、貴女の全てが好きなの!」と、一際大きな気な声でアリスが言った。
頬が赤い。
彼女と初めて出会ったのは雪の降る春だった。
――春雪異変。
異変解決に同行すれば、二人きりになれると思い、私は博麗神社を訪れた。しかし、霊夢はすでにいなかった。解決の為に行動を起こしていた。
神社を出て、手がかりを探す。アリスと出会ったのはこの時だ。
パチュリー様と同じ魔法使い。
異変解決の為に糸口として、少し言葉を交わしただけだった。手がかりはなかった。
私は幻想郷を当てもなく彷徨い――
結局、私は霊夢と出会うことなく、異変は霊夢一人の力で解決した。
博麗霊夢には不思議な力――勘がある。それが、博麗の血の力なのか、彼女自身が培った力なのかは分からない。
――だけど、その力で、私の心を、貴女を思うこの気持ちを見透かして欲しい。
けれど、そんな願いは叶わない。
いや、気づいていながら、何もしないのか――それは分からない。
ただ――
ようやく、春が訪れ――
それから、彼女と里で何度も出会うようになり、たびたび紅魔館を訪れるようになった。
彼女は主人の妹――フランドール・スカーレットの為に人形を持ってきた。人形作りが趣味らしい。妹様は彼女が作った人形を気に入り、そのせいだと思っていた。
普通の客人として彼女に紅茶を、ケーキあるいは焼きたてのお菓子でもてなす。
話を聞けば、黒白の魔法使いは一時期彼女に師事していたそうだ。魔法使いとして、彼女が古参であるということだからだ。
やがて、彼女は私を自分の家に招待するようになった。紅魔館でのお返しということで、だ。色々な話をした。
そして、5度目の今、私はこのアリス邸にいる。彼女とテーブルを挟む格好で――
ハーブティーの香りがする。
アリスが入れた紅茶の香り。
「……そう。本気なのね……」と、私は彼女の目を見て呟いた。
「ええ」
声のトーンが戻る。
「私、じゃあ……ダメ……かな?」
自信なさげに、問いかける。
私は黙って、アリスを見る。
アリスに魔理沙を殺させるのはどうだろう? あるいは、二人で心中してもらう? なんて事を考えたこともある。
仮にできたとして、霊夢は私に行き着くのか。
異変とは、どこまでの凶事を示すのだろう?
私が霊夢と二人きりに、永遠に二人で一緒にいたい。それ願う事は叶わないのだろうか?
……
そこでふと思う。
アリスが、私が霊夢の事を好きだと知っていたら――
魔理沙が霊夢の事が好きで、それをアリスが知っていたら――
――いや、知っているからこそ、今の状況ができたのでは――
永夜異変の時、二人は一緒に行動していた。私は主人と共に解決に望んだが、あの異変も霊夢一人で解決した。
どうして、二人でいたのか――
……
私の中で黒い感情が肥大化していく。
肉の体を突き破りそうなほどに――
壊れてしまう。
いや――
壊してしまえ。
壊してしまえばいい。
こんな女。
「……私も貴女が……アリスが好き」
そういうと、アリスの顔が明るくなった。
「……でも、貴女は私のこと、全部……全部、受け止めてくれる?」
私は不安げに尋ねる。
「大丈夫。咲夜さん。私、貴女のこと、全部受け止めるわ」
「……本当に?」と、再度私は聞き返す。
「私が貴女を拒むわけないじゃない! だって、これだけ、貴女のことが好きなんだもん!」
これだけ?
私には、意味が分からない。
多分、聞き流した部分が該当カ所だろう。
私は立ち上がる、アリスに近づく。彼女も立ち上がる。
濡れた瞳でアリスを見つめ――
私はアリスの唇に顔を近づける。
アリスが目を閉じる。
私は両腕をあげ――
アリスの首を絞める。
彼女の眼がギョッと見開く。
私は首を絞める力を強める。
「ど……ぅし……て……」
呻く声。
どうして?
知っているくせに――
シッテイルクセニ――
金魚のように口をパクパクさせるアリスは、私を引き剥がそうとする。
私は両腕を伸ばし、足掻く。
声なき声を零しながら、アリスは激しく暴れる。
椅子が倒れ、テーブルが激しくずり動き、ティーカップが倒れた。
ハーブティ-がボタボタと音を立て、床に流れ落ちる。
アリスの指が、私の頬を引っ掻いた。
必死の抵抗の結果は、それだけだった。
アリスの両腕が力なく垂れ――
彼女は死んだ。
ただの肉塊になった途端、私の両腕に強烈な重さを感じた。
すぐに首から手を離す。
ゴトンッと重い音を立て、それが床に倒れた。
目を見開き、苦悶の表情を浮かべたまま動かない。
ポタッポタッ
静かな部屋に液体が流れる音が響くように聞こえた。
アリスを殺した。
でも、私の中の黒い感情は少しも収まりはしなかった。
それはまったく別のものに姿を変え、変質し、肥大化していく。
それは――
後ずさり、私は咄嗟に力を使う。
でも、そんな事をしても意味はない。
時を止める能力。
私だけの時間。
私だけしか、いない時間。
私だけの世界。
私だけの世界に、逃げ込む力。
――私は、臆病。
引っかかれた頬から、一筋の血が流れた。
◆
「……好き……」
私の口から、その言葉がでない。
私――博麗霊夢は、彼女――十六夜咲夜に告白できないでいた。
――好き。
彼女も私のことが好きだ――と思う。
これは私の勘だ。
私の勘は良く当たる。
いつも勘を頼りに動けば、異変の元凶へと一直線にたどり着く。
たから、彼女も私のことが好きだと思う。
――でも。
女の子同士ってどうなんだろう?
同性同士の恋人なんて、いままで見たことがない。
それを考えると、いつも不安になる。
――私は臆病で、言い出せず。
――彼女からの告白を期待してしまう。
「あぁ、早く来ないかなぁ」
ため息が漏れる。
咲夜に会いたい。
日の当たる縁側で私は膝を抱え、三角座りをする。
顔を膝に埋め、コロンと横になる。
髪飾りで束ねた髪が、頬を優しく撫でた。
了
◆
『Happy Joy』
訪れた博麗神社には、いつもの先客――霧雨魔理沙の姿はなく、縁側で霊夢が一人、お茶を飲んでいた。
霊夢は私の姿を見つけると、私に向けて微笑んだ。
邪魔者はいない。
私は霊夢に近づき、一度唾をのみ、勇気を持って告白する。
「……あの……私……霊夢のことが……好きなの!」
「嬉しい! 私も咲夜のことが好きなの!!」
やったね!!
「チュッ!!」
あっ!
この味! 玄米茶ねっ!!
了
某同人誌を読んで考えた話。なので、タイトルをもじった。
年齢指定本なので、タイトルは書きません。