山形県に住む小日向蓮という少年。
彼は車が好きな少年。プロの選手になるのを夢見ていた。

時同じく、熊本県に住む小日向美穂という少女。
彼女はアイドルが好きな少女。アイドルになる事を夢見ていた。

これは後にプロデューサーになる少年とアイドルになった少女の昔の話……。

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この物語は「疾走のR」本編の前日譚及び序章を補完する作品になります。
序章では美世視点で進んでましたが、この物語は蓮の過去に関わります。また、この物語では美穂がヒロインにあたります。
美穂と過ごした幼少期、蓮に勝手に付けられたあだ名「公道の流星」誕生のきっかけ、そして蓮が怒れない理由が明かされます。
この物語を読んでから、「疾走のR」を読むと面白いと思います。
そして「銀色の革命者」にも繋がります。


小さい日向の少年と少女

山形県に住む小日向蓮という少年。

彼は車が好きな少年。プロの選手を夢見ていた。

時同じく、熊本県に住む小日向美穂という少女。

彼女はアイドルが好きな少女。アイドルになるのを夢見ていた。

 

これは後にプロデューサーになる少年とアイドルになった少女の過去の話である。

 


 

「楽しいねー!蓮くん!」

「美穂ちゃん!次はこっちも!」

公園で遊ぶ二人の子供。二人はとても仲良しだ。

二人の母親が同級生であり、その事もあってよく遊んだものだ。

蓮は山形県に住んでいる。美穂とは中々会えない。1年に1回程蓮の家族が蓮の母親の地元の熊本県に里帰りして美穂と会うのが恒例だった。熊本に滞在するの少しだけだが、遊んでいる時間は長い。

蓮は現在6歳。美穂は4歳。2つ歳が違う。だが美穂は蓮の事を兄として見ているようだった。

「蓮くん!次は!?」

「これいいんじゃない?」

 

遊び疲れたら、寝るのが子供。

思いっきり遊んだら二人ともスヤスヤと寝ていた。二人を見て母親達は微笑む。

「ほんと、そっくりね」

「ええ。美穂も蓮くんも」

 

 

熊本から帰る日の事。

美穂がイジメっ子達にいじめられていた。蓮は無我夢中でイジメっ子達に飛び込んでいく。

蓮はケンカはしたくないという割にケンカはとても強かった。

イジメっ子達をぼこぼこにして美穂を助ける。

「覚えてろー!」

捨て台詞を吐いてイジメっ子達は退散する。

「大丈夫?ケガしてない?」

「私は大丈夫……。蓮くんは?」

「平気だよ。こんなキズ」

蓮の腕には引っかかれた跡があった。だが、自分がケガしても美穂が無事だったらよかったらしい。

 

空港で泣き声が聞こえる。

「やだー!蓮くん行かないで〜!」

「ごめんねー美穂ちゃん、もう帰らないと幼稚園に間に合わないの」

「美穂ちゃん……」

泣きじゃくる美穂を見て蓮は考えた。

「そうだお母さん、美穂ちゃんに言いたい事あるんだ。二人で話してきていい?」

「いいわよー」

美穂を連れて、離れた所に行く。

「美穂ちゃん、今日みたいにいじめられても泣かない?」

「わかんない……」

「もし、イジメっ子が来たら僕の名前を出せばいいよ」

「それで……?」

「僕を怖がっていじめてこないよ」

「ほんと!?」

「うん、約束する」

「だから、また会おう。今度はもっとたくさん遊ぼう」

「たくさん遊ぶって約束したよ!」

「うん。絶対守る」

こうして再び会う事を約束して二人は少しの間別れた……。

 

 

この約束の後に何回か遊びに行ったが、ある年に蓮の祖母が亡くなった年から行かない時期が出来た。

 


 

時は流れ、蓮は高校生になっていた。

工業高で有名な県内の私立H高に推薦入学。

何故ここを選んだかというと、県内唯一の自動車を学べる所だった。車が好きな蓮にとって入らない手はなかった。

自動車科に入学した蓮は実習が楽しみで仕方が無かった。蓮は座学は好きでもないし、嫌いでもなかった。成績は中の上。単純に退屈だ。

だが実習なら車に触り、学べる。それが何よりも楽しかった。

「小日向ー、そっちはどう?」

「このナット付ければ完了だー!」

楽しい。ずっと車を触っていたい。

週に1日しかない実習の日を満遍なく楽しむ。

 

 

2009年。美穂が高校受験を控えていた。

受験勉強を頑張ってる美穂の元に、サプライズとして蓮が冬休みを使って熊本に行くことにした。この事は美穂の両親は知っている。

「じゃあ行ってくるね」

「気をつけていってきてね」

「うん。行ってきます」

蓮ただ一人で熊本まで向かうのだった。

 

「この式がこうなって……。ふぅ」

美穂は数学を解いていた。絶対に高校に入る。夢を叶えるために上京するんだ。

息抜きしてるとドアをノックする音が聞こえてきた。

「美穂ー、入るわよー」

「お母さん?いいよー」

すると部屋に入ってきたのは、母ではなく少年。

忘れるわけがない顔。蓮だ。

「えぇ!?蓮さん!?」

「やっほー、美穂ちゃん。勉強どう?」

「わ、私ここができなくって……じゃなくて!ここはできるのに〜!」

典型的な慌て方を見せる美穂。

「美穂ちゃん。息抜きしよう?」

「はい……」

 

気がつけばいつの間にか美穂ちゃんの僕の呼び方が変わった。

「蓮くん」と呼んでいた小さい頃。今では「蓮さん」だ。

正直、「距離感」を感じる。でも慣れてしまったら気にならない。

「美穂ちゃんは何処に行くんだっけ?」

「公立のA高校……」

「大丈夫。美穂ちゃんあんなに頑張ってるじゃない。もっと自分に自信を持っていいんだよ」

「うう……。落ちたらって考えると……」

「考えちゃダメさ。考えたら一気にネガな方に傾いちゃうからさ……」

「……蓮さん」

「ん?なんだい?」

「私の夢、覚えていますか……?」

美穂の夢。忘れるわけがない。

「アイドルになる……でしょ?」

「はい……。私自身を変えたいんです」

美穂はアイドルに憧れてる。内気な自分を変えたいと思ってそう目指すようになったという。

「蓮さん。久しぶりに約束してもいいですか?」

「うん。いいよ」

「もし……私がアイドルになったら私がステージに立っている姿を見届けてくれますか?」

「うん。夢を叶えた美穂ちゃんを見たいよ。だから、今を頑張って!」

 

この後、蓮は山形に戻った。だが、新しい「約束」をした美穂は家族が驚く程熱心に勉強していた。蓮も山形に戻った後、美穂とした「約束」の事を家族に伝えた。

 

そして迎えた合格発表の日。美穂は自分の番号を探す。

「8317……あった!あったよお母さん!」

美穂は無事合格。

「やったよ蓮さん……」

この知らせはすぐに蓮の家に届いた。美穂が蓮に電話を掛けていたのだ。

「蓮さん、私合格しました!夢への第1歩です!えへへ」

「やったね美穂ちゃん!頑張ったね〜!」

「私、今すごく嬉しいです!」

「ここからがスタートだと私思ってます。頑張ります!」

 

 

2010年。蓮は無事進級し最高学年の3年生になった。

美穂は上京し高校に通ってると聞いた。

 

「小日向は車何買うか決めてんのか?」

「僕はもう決めてるから」

「おっ。何だ?」

「秘密だよ」

「なんだよ。教えてくれよ〜、一生のお願い!」

「そこで一生のお願い使うの……?ま、教えるとスポーツカー!」

「おおっ!言うね〜」

「小さい頃からずっと貯金してたからもうすぐで買えると思う」

「はぇ〜。車種何だ!?」

「教えない。見た方早いもん。それに『どんな車か』を教えただけだし」

「ぐっ……。そう来たか」

「アホらしい。スポーツカーなんて」

蓮達の会話に水を差すような事を言うヤツがいた。

「村岡……。スポーツカーはロマンだろうが!」

「は?スポーツカーなんてイキるヤツの象徴だろが」

村岡光。彼はサッカー部のキャプテン。

クラスで必ず一人はいる「陽キャで問題を起こす問題児」だ。

車というよりバイク派の彼だが、車の知識もある。だが、スポーツカーを低く見ており、スーパーカーのような車が最高、と言うようなヤツだ。彼は地元茨城から推薦入学で入学し、寮生である。中学校の部活での成績が優れた者が基本的に寮生なので「エリート組」という通称が付けられていた。

彼もそういう成績があるハズだが、それを感じさせない行動のせいで教師からの評価は低い。

彼がやった事は多く、まず入学式での乱闘騒ぎ、器物破損、恐喝、授業妨害など挙げればキリがない。

とまぁ、やんちゃしてるのに停学や退学処分がないのが不思議がられていた。

「車を選ぶのは自由じゃないの?」

蓮が言う。

「あぁ?小日向。なんか言いてえのか?」

「別に好きな車を語るのはいいんじゃないの?」

「甘い事言ってんな小日向。スポーツカーなんてよぉ。お前古いオンボロにでも乗ってろ」

「まぁ……古い車だなぁ……」

「てめぇにはボロがお似合いだよ!」

「おい村岡ァ!」

「やめてくれ!怒らなくていい!」

蓮の友達が村岡に怒号を上げる。数人がかりでソイツを抑え込む。

教室を出ていった村岡。教室は嘘のように静まり返る。

「蓮!お前プライドないのか!?お前の好きなスポーツカーを笑われてんだぞ!?」

「車に対する考え方は人それぞれだよ。……ああいう考え方があっても不思議じゃない」

「けどよ!」

「いいんだ。考え方を無理に変えさせようとは思ってない」

「……」

 

 

やがて蓮は免許を取得。幼少期から憧れ続けた車を買った。

黄色いボディの「アンフィニ RX-7」(FD3S)だ。

ロータリーエンジンという一般的な車には搭載されていないエンジン。それが奏でるロータリーサウンドに魅せられた。

初めての愛車。この響きが最高だった。

 

 

やがて、クラスで車を持つ生徒が増えた。あの村岡も。

村岡は散々スポーツカーを馬鹿にしていながら乗っていた車は「スポーツカー」と言うよりは「スーパーカー」の「日産 GT-R」(R35)であった。

「お前言ってた事違うくないか?」

「コイツすげーんだよ。楽で速いしよォ」

「なんじゃそりゃ。でもGT-Rっていいよなー」

 

車を持ったら必然的にやりたくなる事がある。

峠を攻める事だ。

 

週末に蔵王山まで行き、ドリフトしたりした。最初はお遊び程度の事だった。「遊び」で車を廃車にするヤツもいた。ミスひとつで人生を狂わせる事だってわかっている。車をツブした事で学費を払えなくなり学校を辞めたヤツも現れた。だが、ヒートアップしていく峠への情熱は消えなかった。

 

蓮はFDで初めて蔵王を走った時最初は全然走れなかった。

蓮の父も昔走り屋だったためコツを教えてもらったりもした。

悔しくて、何回も走り込んだ。だが上手くいかなかった。

 

翌週の昼に気分転換に蔵王を流していた蓮。その時蓮は気づく。

「昼間の様子を覚えて夜に投影すればいいんじゃないか」

その日の夜に再び蔵王を走る。頭の中で昼間見た道路をイメージする。

すると、蓮の視界が鮮明に映る。アスファルトのシミも逃さない。

「こうだよ……!これ!」

昼間の道路がイメージ出来れば、後は問題ない。

蓮はあっという間に蔵王の道を覚えてしまった。上り(ヒルクライム)下り(ダウンヒル)もマスターしてしまったのだ。

元々暗記が得意な蓮はそのコーナーのブレーキングポイントなども完璧に覚えていた。

鬼気迫るような走りをする蓮はクラスの中でも、トップクラスの速さだった。

やがて「クラスで一番速いヤツは誰か」という疑問が出て、クラス最速を争う様になった。

遊びではなく、本物の勝負(バトル)。勝ったら速いと持ち上げられ、負けたらクラスの最底辺とみなされ。

速さを求めてチューニング競争が激化した。チューニング代を少しでも稼ぐため親からもらった食費をケチり、昼食を食べずに栄養失調で病院送りになった奴もいれば、脅して金を奪い、退学処分になった奴もいた。

こうしてクラスの人数は減り、気がつけば入学式の時の半分もいなかった。

 

バトルで圧倒的な速さを見せる蓮の黄色いFD。常勝無敗で勝利を重ねていく。誰も寄せ付けないその走りから気がつけば蓮は大きく持ち上げられた。

「公道の流星」と。

 

 

2月になった山形は雪が降り積もっている。

蔵王山も雪が積もり、路面は雪に覆われていた。

卒業を控えて、大人しくする生徒達。ただ二人を除いて。

 

一人は村岡。

R35で無敗を誇った彼。相変わらず、やんちゃしている。

 

もう一人は蓮だった。

誰も走らない蔵王山を朝まで走り込んでいた。

最初は週末だけだったのだが、気がつくと、一週間全部を使って蔵王を走ってた。毎日。雪が積もった蔵王の道をただ一人で走る。

当然ガソリン代やタイヤ代は馬鹿みたいにかかる。

だが、蓮は気にしなかった。

「とにかく走りたい。プロの選手()を諦めたくないんだ!」

夢を応援すると言っても、やってる事がやってる事だ。

母は蓮の走りをやめさせたかった。

だが、父は若い頃の自分と重なったのか、止めようとしなかった。

蓮は走った。時間が許す限り走り続けた。

学校に遅刻する事もあった。夜通し走り続けて、その疲れから授業中に倒れることもあった。

それでも……。夢に向かって……。

 

 

 

2月が終わる前に、最後のバトルが行われる事になった。ダウンヒル1本勝負。蓮と村岡のバトル。無敗同士。この勝者がクラス最速になるのだ。

蓮は最後の決戦を前にチューンを行った。蓮のFDは今まで大きなチューンは行ってなかったのである。

まず、ダウンヒルの生命線になるブレーキ類。

ブレーキパッドをエンドレスに変更。

車高調もオーリンズに変更が行われた。

続いてエンジン。

自分の手でオーバーホールを行った。

本来、ロータリーエンジンは工場出荷時の段階で組み付けの精度による性能の違いが存在してる。「カタログデータの馬力」と「実馬力」に違いが生じるのだ。RX-7の後継機のRX-8はこれが激しく、「カタログデータ上は250馬力」となっているのだが、ぶっちゃけると230馬力出てる車すら希と言われた。ほとんどは210馬力程度しか出ていなく、中には初期慣らし終了段階で198馬力、更には170馬力という個体すら存在したという。

蓮のFDは納車後相当な距離を走っていた。エンジンを組む事は授業でやった。工場の模型になってる12Aをバラした事もある。だがFDは初めてだった。FDのエンジン(13B-REW)を自ら組むーーー。

一つ一つ丁寧に組み直した。プラグ交換、アペックスシールを新品に交換。自分で愛機に手を入れる事に全身全霊をかけた。

エンジンを組み直した後、タービンなども全て交換。

タービンは奮発してTD06を装着。

タイヤも新品のYH(ヨコハマ)に履き替えた。

 

やれる事は全部やった。

 

決戦当日の夜。

まだ雪が残る蔵王山。この(やま)に無敗を刻み続けた2人が並ぶ。並んだ2台を見るクラスメイト達が息を呑む。

片方は蓮のFD3S。見た目はホイールがADVANracingGTに変わってる以外ほぼ純正(ノーマル)のシルエット。

だが、生まれ変わった新生FDのポテンシャルは未知数。

もう一台は村岡のR35。社外品のエアロを纏い、エンジンもチューニングが施された。

ウワサでは600馬力はあると言う村岡のR35。

「公道の流星」と「絶対王者」が並ぶ姿は周りを黙らせる。

カウントダウンが始まり最後の決戦(バトル)が幕を上げる。

「5秒前!4!3!2!1!」

「ゼロっ!」

2台は雪が残る蔵王での最後の走りに飛び出していく……。

 

 

 

「くそっ、コントロールしにくい…!」

村岡のR35は雪が積もってる路面でのマシンコントロールに苦戦していた。

雪が降ってからは一度もここ(蔵王)を走っていないのだ。

「だがアイツのFDは俺よりもキツイはずだ……」

 

その考えは甘かったと言わざるを得ない。

村岡は蓮が毎日この蔵王を走り込んでいると知らなかった。仮に、蓮が毎日走っていると自分から言っていても、村岡は蓮の話を聞くヤツではない。

蔵王を毎日走り込み、アスファルトのシミ一つすら言える蓮が村岡のR35に着いていけない理由を探す方が難しい。

村岡はまだ気づいてないが、蓮のFD3Sは少しずつその差を詰めていた。追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「おお、村岡速いぞーっ!」

「やっぱRって速いんだな……」

「小日向はどうなんだ!?」

直後、滑りやすい路面にも関わらずにドリフトで飛び出してくる黄色のボディが眼前に飛び込んできた。

「うほーっ!豪快なドリフトォ!」

「アイツ頭のネジ飛んでる!!」

狼のような咆哮(ロータリーサウンド)を響かせながら駆け抜けていく。

「行けーっ、小日向!」

 

「ここまで来ればな……。勝っただろうな」

丁寧なフラグを建てると見事回収される。

後ろからFDのヘッドライトが映った。どんどん近づいてくる。

「……!?」

村岡はパニックに陥りかける。

「バカなっ!あのポンコツが何故追いつけるんだっ!?」

「……」

無言でFDを走らせている蓮。その瞳は突き刺さるように鋭い。

「クソっ」

村岡は蓮のFDが張り付いている事に強いフラストレーションを溜めていた。

離せない。追い込まれている。認めたくない現実が村岡に近づく。

 

 

2台はかなりのペースで走り、中盤のテクニカルセクションに到達していた。

村岡のR35のリアバンパーをつつけそうなくらい近づいている蓮のFD。

「絶対前に出させねぇよ!」

村岡が強引にブロック。狭い道でR35の巨体は大きな武器だ。

これではさすがの蓮も前に出れない。

「……っ!」

 

「おい!汚ねえぞ!」

「蓮は正々堂々としてんのによ……!」

「ズルして村岡が勝っても俺達が納得いかねぇ!」

ギャラリーからは村岡へのブーイングが飛び交っていた。

 

「次のコーナーでぶち抜ける。でも、どう動いてくるかわからない……」

蓮はパッシングポイントを次のヘアピンコーナーと定めた。

蓮が今までのバトルで勝った時の「決め手」だ。立て続けの中速コーナーを抜けてからの超低速ヘアピン。

だが、今までの中速コーナーでのコーナリングスピードはR35に負けていた。GTウイングを装着してるR35と純正ウイングのFDとではスタビリティが違う。

なら、GTウイングの効果がほとんど出ない超低速ヘアピンと。

しかし、村岡の事だ。妨害してくるだろう。

「どうする……?」

直後、R35に異変が起きた。

ブレーキングで十分な減速が出来ていなかったのである。

R35の1.7tという重量ボディから来るブレーキの熱ダレ、そして600馬力という大出力の負担を背負うタイヤのグリップ低下。

蓮は一瞬でオーバーテイクのプロセスを構築する……!

 

2台に迫るヘアピンコーナー。

ブレーキの異常を承知で攻める村岡。

「負けねぇぞーっ!!」

村岡のRをぶち抜く機会を狙う蓮。

2台が突っ込んで行く。

「退けねぇんだよーっ!」

直後、FDが消えた。

バックミラーにヘッドライトの光も映らない。

「どこだ…?どこいったぁ!!」

 

機会を待つ。チャンスは一度きり……!

ミス出来ない。その時蓮の脳裏にかつて自分が美穂に言った言葉が浮かんだ……。

「考えちゃダメさ。考えたら一気にネガな方に傾いちゃうからさ……」

「そうだ……。ミスするって考えるな……!考えないならネガに傾かないっ!」

ヘアピンコーナーを前にブレーキングを開始するR35。

その瞬間、FDが「現れた」。

ヘッドライトが点灯し、消えていたはずの黄色いFDが村岡のRの内側(イン)に並んでいた。

「うわっ!何故いるんだよっ!?」

突然現れたFDに驚き、初期制動に失敗。

熱ダレしたブレーキと消耗したタイヤでは重いRを止められない。

お手本の様なアンダーステアを出し、ラインから大きく外れる。

「ブラインドアタック」。蓮が使った手だ。

ヘッドライトを消し、相手を動揺させ、かつ攻撃ラインを悟らせないようにするという物だ。

頭○字Dで使われた技だ。蓮は妨害を予期し、妨害されないようにヘッドライトを消し、パッシングポイントを作らせたのだ。

「うおーーーーっ!」

大きな歓声がギャラリーから上がる。

「何だ今の!?」

「こんな狭い道をなんでライト消して走れんだ!?」

この疑問は蓮の記憶力の高さが答えである。

元々、昼間の道路を夜に投影するという事をしてコースを覚えた蓮。

ヘッドライトを消してもR35のヘッドライトの光で少しだが路面が見える。その少ししか見えない路面に合わせて脳内でイメージした道路の通り走っていたのだ。

 

「冗談じゃねぇ!負けねぇぞ」

蓮が次のコーナーに進入しブレーキング開始。その瞬間、R35が突っ込んでくるのがバックミラーで見えた。

「危ないっ!」

咄嗟にステアリングを切り、回避行動を取る。

村岡はとにかく勝ちしか狙ってない。蓮を殺せば、相手がいなくなって勝つ。

ぎりぎりで回避した蓮。あと2秒遅れたらリアからぶつかられてコントロール不能、崖の下に真っ逆さまだった。

「っ!」

「お前に前を走られたら虫酸が走るんだよ!」

再び突っ込んできたR35。

今度は回避できず、左リアフェンダーに衝突される。

「くっ!!」

「いい加減にしろ村岡ァ!」

「ふざけんな!」

ギャラリーからの怒号も凄まじい物になっていく。

 

辛うじてリードしている蓮のFD。だが、このままでは村岡に殺られる。

「さっさと落ちろぉ!!」

またR35が向かってくる。さっきまでのスピードの比ではない。

確実に殺すため。

運転席側のドアに向かって突っ込んで来たのだ。

「死ねぇ!小日向ァ!!」

「いい加減に……しろっ!」

FDのリアがR35にぶつかられる寸前に振り出される。

慣性ドリフト。

目の前からFDが消え、R35はガードレールに一直線に突っ込む。

「っ!!」

ドカン、という音が響く。

フロントバンパーが飛び、GTウイングがちぎれ飛ぶ。

村岡のGT-Rは沈黙した……。

 

 

 

ゴール地点に飛び込んできたのは黄色いFD。

蓮が勝ったのだ。傷だらけのFDを降り、ギャラリーに聞く。

「村岡は!?」

「あぁ、あいつがよぉ、事故ったって聞いたぞ」

「!!」

蓮はゴールした直後に関わらず、再びFDで蔵王を上り始めた……。

 

 

「大丈夫?」

「はっはっ。クソが……」

村岡のGT-Rは全損。廃車は確実だろう。

蓮のFDも傷だらけだが、直せるレベルの傷だ。

「……何故妨害した」

蓮は厳しい口調で問う。一歩間違えれば自分が死んでいた。

「何故って?簡単だよ。お前が邪魔だった」

「今までもそうだ……!いつも何かを否定するような事しか言わなかった!お前は何故物事を肯定できない!?」

「僕やみんなの夢にすら否定から入る!他人すら否定できる存在なのか!お前は!」

「あぁ、俺は未来がないからな」

「!!」

村岡の口から信じられない言葉が出てきた。

蓮は誰にだって未来があると考えていた。そして夢も。それすらないと言っているのだ。

「なんで……」

「クック。本当に甘いヤツだよお前は」

「お前の望むモノは所詮『綺麗事』でしかないんだよ」

村岡が語った事。

それは村岡は孤独の身だと言うこと。

高校入学後に家族が自殺してしまったという。村岡以外全員。両親も兄弟も。

村岡のやった事が家族の近所に知れ渡り、迫害に近い仕打ちを受けたのだと言う。度重なる仕打ちの末、家を燃やし一家心中したと。

「そんな……」

だが、元はと言えば、村岡がやった事がきっかけだ。村岡がそんな事をしなければ、悲劇は起こらなかったはずだ。

「お前がやった事がきっかけだろう!」

「あぁそうだよ。俺の大切な物も一緒に消えたよ」

「なんでそう平然と言えるっ!」

だが、一つ引っかかる点がある。

村岡は「どうやってGT-Rを買えたのか」。家が燃えたなら財産も残っていないはず。しかも、走ってた以上タイヤ代やオイル代の他に600馬力を発揮できるだけのチューニング代を何処から持ってきたのか。

村岡が蓮の疑問を先回りして答える。

「簡単さ。借りてんだよ」

「車の維持費や学費、チューニング代全部借りた金だ」

「……は?」

「金貸しに借りて使ってるんだよ」

GT-Rを買うとなれば1000万近い金がいる。GT-Rがデビューした2007年当時の価格は1000万円を切る値段だった。それでも800万円近くの価格。

村岡はその金額分を金貸しから借りた金で用意したと言うのだ。

当然、とんでもない金額だ。バイトなんかでは到底用意出来ない。

しかも、寮生は学校の規則でバイトが禁止されている。許可なくバイトした事がバレたら停学処分だ。実際はこっそりバイトしてチューニング代を稼ぐなどする生徒がいたのだが。

「速くするために金を借り、メシを食うために借り、走らせる為に借り、車の税金を払うため借り。借りるしかねぇんだ」

「所有名義はどうした」

「架空の人間作れば済む話だ。情報は盗んだものだけどな」

とんでもない事実が明らかになり愕然とする蓮。

「わかったか?これが俺に未来がない理由だ。俺は自分の手で人生を棒に振り、家族を殺し、金がなく借りたら返す事ができず借金が増えていく。借金を返そうにも学歴がクソでバイトすら出来ない。何も残っていない大馬鹿野郎だ」

蓮は未来を自分の手で捨て、未来を望む自分達を否定する村岡にショックを受けた。

村岡は人の「負」を体現しているようだった。

「……な」

「あ?」

「ふ ざ け る な !!!」

 

 

蓮はここからの記憶がない。

次に記憶があるのは顔が元の形とは似ても似つかない程変わった血まみれの村岡と返り血で赤くなった自分の手。

「ーーーーハハ」

クラスメイト達が到着した。彼らが見たのは「人」とは呼べなくなった村岡の変わり果てた姿と壊れたロボットの様に狂ってしまった蓮の笑いだった。

「アハハ……」

狂ったように笑いながらこちらに向かってくる蓮。

「怒り」という感情は存在せず。

その姿に何名か「ひっ」て言うのが聞こえた。が、すぐに静かになった。

蓮はFDに乗り、そのまま姿を消した……。

クラス最速を決めるバトルは蓮が勝利した物のその代償は大きく、蓮の精神崩壊という結末に終わった。

このバトルの後、黄色いFDと蓮は二度と蔵王に現れることはなかった。

 

 

 

 

 

「卒業生、起立」

迎えた卒業式の日。蓮はいた。村岡はあの日以降不登校になった。なんでも寮からいなくなったらしい。

蓮はいたものの、壊れたままだった。あの日村岡の「負」を見て、未来を諦めていた村岡の考え方にショックを受けて「壊れた」。

あの狂った笑いは無くなったが、生きる気力を失ってしまっていた。

目に光はなく、一人で立てない。先程の起立も保健の先生に立たせてもらってだ。

あの日の事があってからクラスメイトは蓮に関わろうとしなかった。担任は蓮の様子と村岡の不登校について生徒達に聞いたものの誰一人答えなかった。

授業自体が困難と判断されて保健室に一日中いたが、やがて午前中だけ学校に来て午後は親が迎えに来て家に帰るという生活を送っていた。

卒業式が終わった後もその目に生気はなかった。

 

 

「蓮……いい加減戻ってくれ!」

「お願い……!」

自分の部屋のベッドに寝かされていた蓮。

両親が必死に呼びかける。

「お前はそれでいいのか!?蓮!」

「夢はどうするの!?投げ出さないでよ!」

「……」

父はある事を思い出す。

「蓮……。お前美穂ちゃんはいいのか?」

「お前、約束したんだろ!?」

 

 

美穂と交わした約束。

「もし……私がアイドルになったら私がステージに立っている姿を見届けてくれますか?」

「うん。夢を叶えた美穂ちゃんを見たいよ。だから、今を頑張って!」

 

 

「お前がそんなんでどうする!美穂ちゃんはお前の言葉を信じて頑張ってんだろう!」

「ーーーーーーぁ」

「辛い事はある!でも今辛くても未来に繋げるんだ!お前が今まで頑張ってきたように!」

「……ああ」

「ーーー蓮」

「僕はやらないといけないことがある」

その目には光があった。

「蓮……!」

「よかった……!」

 

 

 

「346プロ、プロデューサー募集?」

「ああ。なんでも空きがあるらしい。お前就職するんだろう」

「うん。アイドルに近い立場なんでしょ。そこなら美穂ちゃんとも会えるはずだし」

「おお、そうだ。美穂ちゃんは346プロのアイドルだ」

「えっ!?」

蓮は美穂がアイドルになったとは聞いていたが、どこに所属してるか知らなかった。

「僕、プロデューサーになるよ。美穂ちゃんを見届けたい」

「これで果たせるだろ。『約束』」

「うん。『約束』は守らなきゃね」

 

 

東京に蓮の荷物を送る。

一人暮らしになる。故郷(山形)を出て新天地(東京)に行くんだ。

「……今だったら東京に行く時の美穂ちゃんの気持ちがわかる気がする」

「はっは。お母さんもこんな気持ちだっただろうさ」

「そうね……。今まで行ったことない所だもの」

「とにかく気をつけてね。元気にしてね」

「美穂ちゃんによろしく言っといてくれよ」

「うん。……じゃあね、父さん、母さん」

東京という新天地に向け修理も兼ねて仕様変更されたFD3Sに乗り込む。夢に向かって飛ぶ「翼」を持って。

「行ってくる!!」

 

 

蓮は首都高で青いZとすれ違った。

このZが後に自分と走る事となるのをまだ知らない。

 

346プロで面接を終え、明日歓迎会があると聞いた。

まだまだ東京に慣れるのは時間がかかるみたいだ。でも今をしっかり生きろ。胸にこの言葉を刻んで。

 

 

 

翌日、朝早く起床。

居てもたってもいられない。そうだ、早く行こう。

相棒(FD)と共に首都高を回ってから行くことにした。

「これが首都高……!」

初めて来た時は分からなかったが改めて見るとすごい道だ。

山形とは比べ物にならないや……。

 

 

 

346プロの駐車場に着いた。

銀色のBNR34がある。

「おお」

走ってる人いるんだろうな……。

とにかく今日が初日なのでヘマしないようにしないと。

あっ、目があった。すごい注目されてる。うぅ……。

 

事務所に入るとたくさんの人に拍手で迎えられた。

みんなアイドルってすごいなー。

千川さんが僕の紹介をする。

「彼が新プロデューサーの小日向蓮君です!彼はプロデューサーとしては新人なので分からない所があると思います。皆さんで分からない所を教えてあげてください!」

千川さんに促され、今度は僕が自分で自己紹介する。

「はい、この度プロデューサーとしてお世話になります小日向蓮です。……えっと、分からない所だらけですけどしっかりプロデュース出来るよう頑張るのでよろしくお願いします!」

言い切った……。

 

「あの……」

一人の子が質問してきた。

「小日向蓮さんってもしかして美穂ちゃんの知り合いなんですか……?」

わーお。

「……実は知り合いなんですよ。ちょっと縁があって……」

その瞬間質問攻め。助けて〜。

 

千川さんに助けられた後解散。

そこに僕に一人来る人がいた。

「あたしは原田美世。実はあたしも新人なの。よろしくねー」

「原田さん、よろしくお願いします」

原田さんの質問が飛んでくる。

「あのFDは君の?」

「僕のクルマです。初めて買ったクルマなので大事にしてるんですよ」

原田さんと話が弾む。

「チューニングはどうしてるの?」

「自分でやってます」

「原田さん、もしかして車好きなんですか?」

今度は僕が質問する番だ。

「うん、車大好きなんだ。昔はカートやってたの。今はアイドルと自動車整備士を掛け持ちしてるけど。それと美世でいいよ」

「……美世さん、よろしくお願いします」

 

 

 

 

こうして僕と美世さんは会いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮さーん!いた!本当に蓮さんだ!」

「あはは、美穂ちゃん久しぶり。元気にしてた?」

「私は元気です!毎日大変だけどすごく楽しいんです!」

「美穂ちゃんの方がこの業界では先輩だね」

「そんなことないですよ……。私いつも失敗しちゃって……」

「ははは……」

 

 

「美穂ちゃん」

「なんですか?」

「『約束』守るから。これからよろしくね」

「……こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、僕のプロデューサー生活、そして(約束)を叶えるための物語が始まった……。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

1年後。

僕は美穂ちゃんとの約束を果たしました。

ただ、346プロを辞める気なんてありませんでした。美穂ちゃんだけでなく美世さんや皆の夢を応援したくて。その傍らで僕自身の夢であるレーサーをやる事にしました。

もちろんプロデューサーとレーサーの両立はすごい大変です。この辺りは分かっていたことだけど。

でも、夢を憧れていた舞台で思い切り楽しめる事に比べれば全然それは苦ではありません。

 

 

 

「蓮君、行ってみよっか」

「ですね、美世さん」

僕はFDに乗り込む。

美世さんと一緒に僕のニセモノ?らしい黄色いFDを探しにいく。

美世さんが言っていた銀色のエボⅩ……。彼と本気で戦ってみたい!

 

 

「さあ、行こうか!!」

「はい!」

ロータリーサウンドが甲高く響き渡る。

その黄色いFDは「流星」と呼ばれる青年が駆る「首都高最速」のマシン……。

 

 




オリ主「小日向蓮」の過去の物語でしたがどうでしたか?
「未来を諦めている考え方に絶望したショックで精神崩壊が起きてその事から『怒れなくなった』」というのが蓮の過去です。
元は蓮はドリフト上がりでした。すごい速かった事から付いた(付けられた)あだ名が「公道の流星」です。
ぶっちゃけ美穂要素が薄いのが反省点……。
ネタ解説は今回ネタが少ないためちょっとだけ。
・蓮の通う高校
これは実際に山形県内では唯一自動車について学べる「羽黒高校」がモチーフになっています。
・蓮のFDの詳細
ここではヨコハマのホイール及びタイヤを履いてますが、「疾走のR」ではレイズのホイールにトーヨータイヤになってます。
東京に行く前に仕様変更したFDに合わせて新調した物になっています。
・蓮の母の旧姓
山形に来たと言われてますが、旧姓は「三日月」です。蓮の父(小日向姓)と結婚し山形に来て「小日向」に名字が変わってます。
実を言うと、蓮の名前の没案の回収のため……。


長くなりましたがどうでしたか?
「疾走のR」より蓮が喋ります。ちなみに声としては保志総一朗氏の声が近いです。(特にガンダムSEEDのキラ)
蓮の過去を知っておくと本編の見方が変わるのではないでしょうか。
感想お待ちしております!

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