これはもう一つの物語。

”無個性”の少女が、もう一度ヒーローを歩み始めるまでの物語だ。

無力な時間はもう終わった。

可能性∞ヒーロー、爆誕!?

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GIVE AND TAKE

 一日一善。

 1日に一つの善行を積むようにせよという呼びかけだ。

 

「ここまでですか?」

「ありがとうねぇ……重かったでしょ? はい、これ。今は飴しか持ってないけれど」

 

 例えばとある駅で重い荷物を持っているおばあさんに対し、代わりに荷物を持って階段を上ってあげることは明らかに善行だろう。

 その見返りとして荷物を運んだ少女は飴を貰い受けたが、当人にお礼をもらうつもりなど毛頭なかった。しかし、結果としてお礼をもらったことに悪い気はしていない少女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 

「うわぁ! ありがとうございます!」

 

 彼女―――『赤山(あかやま)来未(くみ)』は手慣れた様子で飴を受け取ってはお礼を口にする。

 普段から()()()()を心掛けている彼女にとっては、こうしたお礼のやり取りもお手の物。ジャパニーズ譲り合いの精神で面倒くさいと言われかねないやり取りも、慣れが積み重なればこうしてスムーズに応対できるというものだ。

 

「おばあちゃん、気を付けてくださいね!」

「おほほ、いい子だこと。将来はヒーロー志望かしら……」

「あっ……」

「それじゃあねぇ」

 

 間髪を入れず締まるホームのドア。

 一人取り残された来未は、暫し茫然と立ち尽くした後、深々とため息を吐く。

 

「……ヒーロー志望、かぁ」

 

 料理が好きな人がコックになるとは限らない。

 スポーツが好きな人がスポーツ選手になるとは限らない。

 音楽が好きな人が音楽家になるとは限らない。

 

 しかし、この超常社会になっても尚、好きなものと将来の職業をすぐに結び付けたがる者は一定数居る。

 当人にとっては何気ない話題のキャッチボールの一環。

 だが、時には投げ返した相手にデッドボールよろしく傷つける話題であることも心に留めなくてはならない。

 

 何故ならば、8割を超える者が“個性”と呼ばれる異能を持つ中、残りの2割は所謂“無個性”と呼ばれるただの人間なのだから。

 

(『ヒーローになりたい』なんて……そんな夢、口になんか出来ないよ)

 

 来未は残念なことにその2割に該当する人間。

 遥か昔より移ろう子供の将来の職業ランキング。今の時代、その第1位に輝く『ヒーロー』という職業に就く大前提である“個性”が無いのだ。

 

「はぁ~~~……」

 

 深いため息を吐きながら、本来乗るべき駅のホームを目指して歩く。

 

 彼女は中学3年生になりたて。

 進路も本格的に決めねばならなくなった時期に差し掛かり、クラスでは『どの学校のヒーロー科に入るか』で話題は持ち切りだ。

 

(別に仕事なんてヒーローだけじゃないし……)

 

 社会を支える仕事は他にもたくさんあると自分に言い聞かせる来未だが、その表情は浮かない。

 

(そもそもヒーローって歩合だから安定してないし……)

 

 駅内の自販機の前に立つものの、割高な値段を前に懐から出しかけた財布を戻す彼女の顔は苦々しい。

 

(ヒーローって……)

 

 自販機に堂々と張られた広告。そこに映っているのは有名なヒーローの姿だ。

 人助けのみならずCMの撮影などの副業も行える特殊な公務員。それこそがヒーローという職業の実態。

 『ヒーロー』という言葉を聞かない日はない。それこそネットすら隔絶した上で引きこもらなければ、絶対というほど耳にする単語だ。

 

(ヒーロー……)

 

 反芻する。すればするほど来未の顔は曇り、そして歪む。

 

 

 

「―――あぁー! ドロボー!!」

 

 

 

「えっ!」

 

 突然響きわたった女性の声に、弾かれる顔を上げた来未。

 彼女が目にしたのは、ハンドバッグを抱きかかえる男が駅内を駆け抜けようとする光景だった。今だ尚響きわたる声の方に振り向けば、サングラスをかけ、杖を片手に点字ブロックの上に立っている女性が、奪われたと思しきハンドバッグへと手を伸ばしている。

 

「えっ、えっ」

 

 状況は把握した。

 盲目の女性がハンドバッグを男に奪われた―――以上。

 

「えっ、えっ」

 

 狼狽する来未であったが、逃げようとする男は比較的彼女に近い位置を走り抜けようとしている。

 ガタイでは負けている―――が、よく考えもしない内に彼女の体は動いてしまっていた。

 

「わっ、うあああああ!!」

「おおおっ!?」

 

 タックルするように男に飛び掛かれば、不意を突かれた男は脚がもつれたのか、そのまま派手に転んだ。

 どよめきのような歓声が沸くのを耳にしつつ倒れた来未は、途中で男から弾かれるように転がる。そんな彼女の腕には、見事盗難にあったハンドバッグが抱かれており、さらなる歓声が沸く。

 無我夢中と言わんばかりに考えなしに突っ込んだ来未は、『は!』と我に返った後、腕の中にあるハンドバッグに茫然とする。

 

(やっちゃった!)

 

 と、自分への呆れと達成感を味わうも束の間、前方から異様な威圧感が迫っていることを彼女は気が付いた。

 錆び付いたロボットのようにぎこちない挙動で面を上げれば、鬼のような形相を浮かべた男が来未を睨んでいるではないか。

 

「ヤバ」

 

 口を付いて出た言葉こそ、今まさに彼女が置かれた状況を説明している。

 

「ガキ……よくもっ!」

「ぎゃあああああ!?」

 

 報復と言わんばかりに振りかざされる腕はみるみるうちに巨大化する。

 あっという間に巨腕と化した腕こそが彼の“個性”なのだろう。公共の場における“個性”使用は厳禁。つまり彼は現在法律違反しており、なんなら現行犯逮捕も可能だ。

 しかし、それを叶えるためには彼女は余りにも非力だった。

 

「お助けぇー!」

 

 今出来ることは、ついさっきの自分の行動を省みて情けなく悲鳴を上げること。

 後は偶然この場に通りかかっているかもしれないヒーローが咄嗟に救けに来てくれと願うのみだ。

 

 腰が抜け、尻餅をついた体勢で後退りをする。

 しかし、ロクに距離を稼げないことは明白。腹いせに振り下ろされる腕は目の前まで迫っている。

 

 脳内では、すでにセルフで走馬燈が流れていた。

 

(あぁ、あんまりいい思い出なかったかも)

 

 結果、後悔した。

 

 引きつった笑顔のまま目尻に涙を溜める来未は、眼前に迫る拳に目を閉じる。

 

「っ~……!」

 

 全身が強張っている。これから直撃するであろう拳を前に身構える体の反応だろう。

 だが、一向に拳は来ない。待てども待てども、そよ風一つやってこないではないか。

 

「およ?」

 

 おかしいと思い目を開ける。

 

「やあ」

「わあああっ!?」

 

 眼前に女性の顔があった。

 しかも、先ほどハンドバッグを奪われて声を上げていた女性だ。

 

 そんな彼女が何故?―――と思案するも束の間、視線は眼前の女性の背後で身動き一つとれなくなっている男に移る。

 歯を食いしばる男。彼の体を縛るのはどこから現れたかもわからない“糸”であった。

 その糸は、男の拳が来未に直撃する直前で彼を縛り上げ、最終的に身柄を拘束するまでにギチギチに絡み合っていた。

 

 何が起こったのか理解が追い付かない来未は、挙動不審に辺りを見渡す。

 すると、目の前の女性がサングラスをずらす。

 覗くのは赤い瞳。凛とした印象を抱かせる青い髪に対し、その瞳は熱々と燃え盛る情熱を表すように煌めいていた。

 

「怖い思いさせちゃったみたいだな」

 

 女性は、来未の手を取りながらニカッと笑ってみせる。

 

「お恥ずかしながら、私はヒーローだ!」

 

 

 

 

 

 

八神(やがみ)優希(ゆき)! 今は一線から退いてマッサージ師をやってるが、一応ヒーロー資格は持ってる!」

「はぁ……」

 

 駅前を出た所。どこでも見かけるようなファストフード店でハンバーガーを買ってもらった来未は、テラス席の向かい側に座る女性―――『八神優希』と名乗る女性と放課後マックを決め込むハメになっていた。

 『ほれ!』と“個性”使用の許可証であるヒーロー名が刻まれた免許証を取り出す八神に対し、本当に彼女がヒーローであることを理解した来未。

 

 先ほどの窃盗犯は無事警察に引き渡されたものの、その後八神は盲目に戻ったかのように覚束ない足取りで来未と共にここまで来た。

 『私の所為で危ない目に遭ったんだから何か奢ろう!』と言ってきかない彼女に半ば強引に連れて来られた形だ。

 そんな来未はと言えば、本心ではこうして免許証を見せてもらえるまで、彼女がヒーローであることには懐疑的であった。

 

「目……」

 

 窃盗犯の標的となるために盲目のフリをしていたのであれば、気持ちの良い話ではないという訳だ。

 

「ん? あぁ、()()かい。ちょいと昔に敵退治で怪我してね。“個性”使ってる間は見えるんだけど、何分持続しない! 歳だな! だから普段はこういう感じなのさ」

「あ……ご、ごめんなさい……!」

「ナッハッハ! なあに、君が気にすることじゃないさ!」

 

 デリカシーのない質問だったと反省する来未に対し、八神は快活に笑い飛ばす。

 まるで目が見えないことに対し、不安や心配など微塵も抱いていないかのようだ。

その姿が、来未にとってはどうしようもなく眩しい姿に見えた。傷さえも勲章にせんとする前向きな姿が―――。

 

「少しいいかい? 青春真っただ中のジュブナイル」

「え? ええと、赤山です……」

「いいのかい? 知らない大人に名前なんか名乗っても」

「へ? あっ……」

「ナッハッハ! 君はお人よしとよく言われないかい!?」

「け、結構……」

「ケッコーケッコー! 私ぁ君みたいなヒーローの素養を感じさせる子が好きさ!」

「はぁ……」

 

―――ヒーロー。

 

 その言葉にまた来未の顔が曇る。

 理由は言わずもがなだ。

 

「“無個性”……だから……」

 

 成れないものに成れると言われ続けられることが、どれだけ残酷か。

 本職の人間にこれ以上ヒーローを勧められたら堪らないと、来未は意を決し言い放った。

 

「あたしは……ヒーローになれません」

「……ほぉ」

 

 “無個性”というだけで何度も劣等感を覚えた。

 悲しきかな。子供ほど残酷な生き物は居ない訳であり、先天性な事情でさえ、時にはヒエラルキーの下層へ追いやる理由となり得る。“無個性”などまさに格好の標的だ。

 

 良くしてくれる友達は居た。

 しかし、スクールカースト的に上位に位置する集団が恰好の獲物たる来未を目の仇とするものだから、親友と呼べる人物は一人として居ない。

 

「人助けも、結局は“無個性”の自分への慰めなんです」

「うんうん」

「ヒーローになれないなら、せめて良い人にはなろうって……」

「うんうん」

「八神さんが思ってるように、その……崇高? な考えとかでやってる訳じゃないんです」

「うんうん」

「だから……って、ちゃんと聞いてます!?」

「聞いてるさ。赤の他人の少女の話にしては」

「ひどい!?」

 

 来未が適当に流されていると心配になって聞けば、割と辛辣な言い草の返答がなされ、ショックを受けて項垂れた。

 八神は、そんな彼女に対し『ナッハッハ!』と笑い飛ばす。

 

「まあ“無個性”の子にありそうな悩みだな!」

 

 随分とあっさりと言い切ってくれる。

 

―――話はそう単純じゃない。

 

 思わず唇を噛んだ来未は、食べかけのハンバーガーをテーブルへ叩きつけるように置き、鋭い眼光を八神へ向ける。

 『盲目だから』―――見えないだろうという考えがどこかにあったのかもしれない。

 普段ならば決して見せぬ複雑な感情が混ざり合い歪んでしまった顔を浮かべ、絞り出したかのように掠れた声を紡ぎ始める。

 

「あたしのお父さんは……ヒーロー()()()!」

「ん?」

「でも、ヒーローとして救助活動をしている最中に敵の攻撃の余波に巻き込まれて……!」

 

 ある種目の前の八神しか見えていない来未は、人目をはばからずに涙を流す。

 

 大好きだった父。

 将来は父のようにヒーローになりたいと夢見たものだ。

 しかし、永遠の離別は突然訪れた。

 

「忘れられないんです……葬式でみんなが言ってたことが」

 

 

 

―――『ヒーローじゃなければ』。

 

 

 

 最上級の故人への冒涜かもしれない。

 父の誇りある仕事を否定され、自分の夢さえ否定された。当時はそのように錯覚したものだ。

 それでも子供らしく前向きだった来未は、父を超える立派なヒーローになると決意を固めた。

 

 その意志を決定的に瓦解させたのは、“無個性”と判明してからだ。

 “個性”を持ち、市井の人々を救け死んでいった父。

 そんな経験があるにも拘らず、“無個性”でもヒーローが出来ると思えるほどに馬鹿では居られなかった。

 

 たった一度だけ、“無個性”と判明してからも母に夢について語ろうとしたことがある。

 

―――『ヒーローになれるかな?』

 

その問いに母は答えず、無言のまま悲嘆と苦悩に歪んだ顔を来未から逸らした。

 

 その時目に出来なかった母の顔を想像すると、もう一度同じ質問を投げかけられはしなかった。

 

「“無個性”のあたしが『ヒーローになりたい』なんて……口が裂けても言えなかった」

 

 家族の中で唯一の“無個性”。

 父のことからヒーローに関する話題は自重する雰囲気の中、最もヒーローから遠い自分が夢を語ることは出来なかった。

 

「だからあたしは……ヒーローになれないんです」

 

 自分がヒーローになれない理由―――置かれた環境と事情を吐き出し尽くし、ひと段落した来未は肩を落としてため息を吐く。

 他人に話すには随分と思い話だったと反省するのも後の祭りだ。

 自己嫌悪に陥りつつコーラで喉を潤す来未は、炭酸の刺激と爽やかなフレーバーに心を切り換えようとした。

 

「じゃあ、これからヒーロー目指そうぜ!」

「話聞いてました!?」

 

 話題のダイナミックUターン。

 思わずコーラを吹き出してツッコむ来未に、八神は笑いながら続ける。

 

「なあに、私も君くらいの歳まで“無個性”で悩んだものさ! でも、今はこうしてヒーローをやってる! まあ、今は本業ではないけれど……ともかく、まだ間に合うってことさ!」

「え? ……って、からかわないでください! それは要するにその歳まで“個性”に気が付かなかっただけじゃないんですか!?」

「いや、実際“無個性”だったさ。でも、ちょいと縁があって……ね!」

「っ……もう、訳が分からないです!」

「もう帰るのかい?」

「はい! 受験生は暇じゃないんです! ハンバーガーごちそうさまでした! 失礼します!」

 

 半ば逃げるように―――それでいて丁寧に礼を告げて去る来未。

 どんな状況であれど、日々の積み重ねによって培われた丁寧な対応は崩れないという訳だ。

 腹いせに都会を踏んづけて歩むが、その去り行く背中はどことなく哀愁が漂っている。

 

 一方、視力が著しく衰えているにも拘らず、彼女の背中を見つめる八神はうんうんと頷いていた。

 

「―――自分に嘘はイケないぜ、ジュブナイル」

 

 先ほどとは裏腹にくすんだ色合いをしている瞳。

 されど、そこに宿る情熱は一切衰えてはいない。寧ろ、目の前を突き進んでいく“火種”を目の当たりにし、一層激しく燃えているようだった。

 そんな彼女は、誰にも聞こえない声量で呟く。

 

―――あの子なら。

 

 あの時垣間見た義勇の心は本物だと確信し、八神は立ち上がる。

 その堂々たる立ち振る舞いは―――まさしくヒーローそのものだった。

 

 

 

 +

 

 

 

「はぁ……」

 

 酷く憂鬱だ。

 降り注ぐ麗らかな日の光さえ鬱陶しく感じてしまう。こういった時は、道行く人々の談笑や小鳥の囀り、行き交う車の走る音……周りで巻き起こる音全てを耳障りに感じる。

 どれだけ空が晴れ晴れとしたところで、少女一人の心を晴れさせることは叶わない。寧ろ、相対的に曇っている彼女の心境へ嫌悪感を覚えさせるばかりだ。

 

「……あ、洗剤買わなくちゃ」

 

 不意に頼まれた買い物を思い出す。どこかにこの憂鬱を洗い流してくれるような洗剤はないものかと思案するも、勿論そんな洗剤があろうはずもない。精々、匂いで気分が良くなるぐらいだろう。

 どの洗剤を選ぼうかと現実逃避する来未。

 半ば放心状態であったが故に、彼女は気が付かぬ間にとある場所へと近づいてしまう。

 

「ん?」

 

 群がる野次馬。スマホを掲げたり背伸びしたりし、騒ぎの中心地を覗こうとしている彼等に、自然と来未の足もそちらの方へ向かう。

 視線の集まる先で繰り広げられていたのは、ヒーローと(ヴィラン)の激闘であった。

 

「うわぁ……」

 

 やや引き気味な声が漏れてしまったのは、過去の経験からの危険な場所への忌避感があったであろう。

 本来であれば、こうした危ない場所には近づかないのが一番だ。

 それでも興味本位で群がってしまうのは、人間の悲しくも愚かしい性だと言えよう。

 

 このご時世、ヒーローと敵の戦いも一種のエンターテインメントだ。

 そこに命がかけられていようともお構いなし。ヒーローが勝つだろうという楽観的な思考は人々の危機感を薄れさせる。

 

「ねえ、ママ……かえろ……?」

「大丈夫よ、ヒーローさんが勝つから」

 

 母親の服の裾を引っ張る幼子は、楽しんで観戦している他の者達とは違い、慣れていないからこそ前方で繰り広げられている戦いに恐怖を覚えていた。

 しかし、母親はそんな自分の子どもに耳を傾けないまま、朗らかに現場を眺めている。

 

 そんな光景にため息を吐いた来未は足早にその場から去ろうとした。

 巻き込まれたら堪ったものではない。生憎彼女でさえ、群がる市民を無理に避難誘導させるほど殊勝な性格ではない。寧ろ、それをしようものならば変人扱いだ。

 

 すでに警察が居るのだから、わざわざ自分が動く必要もない―――そう考えた時だった。

 

「ガアアアアアッ!!!」

「ぐわあ!?」

 

 敵の雄叫び。

 ヒーローの悲鳴。

 そして建物が崩れる音。

 

 それらの三重奏(トリオ)に、先ほどまでざわついていた野次馬達が水を打ったように静まり返る。

 

「ま、負けた……?」

「敵がなんか注射器みてーなの自分に刺したぞ?」

「は? そ、それヤベー薬なんじゃ……」

 

 静まり返った群衆の中でポツリポツリと紡がれる呟き。

 それから少しして、荒い息遣いをしている敵の正気を失ったように焦点の合わない瞳が野次馬へと向けられた。

 

 生唾を呑み込んだ音が響く。

 そして、敵の体から骨が生える“個性”の攻撃準備が整った瞬間、高まっていた危機感がコップになみなみと注がれた水が零れるように爆発した。

 

「グオオオオオ!!!」

『う、うわああああああああ!!!』

 

 敵の体から伸びる骨。まるでウニを彷彿とさせる姿であったが、実際のところ状況はそんなに甘いものではなかった。

 先端が鋭くとがった骨は、その凄まじい勢いもあってか伸びた先に佇む建物の外壁や窓を砕き、抉り、そして貫いていく。

 

 加えて、攻撃は無差別であった。敵を中心に全方位へ伸びる骨の先には、群がっていた野次馬も居る。直前で逃げ始めた野次馬であるが、敵の攻撃を前に一般人が混乱しない筈もなく、青ざめた顔を浮かべて野次馬は敵とは逆方向へと走り始め、怒涛の勢いで逃げていく。

 その人波の勢いは少し離れた場所に居る来未にも伝わった。

 早くこの場から逃げねば! ―――そんな感情を周囲に居た者達へ伝えるには十分過ぎた光景だ。

 

「―――あ」

 

 しかし、来未の足はピタリと止まる。

 

 蜘蛛の子が散るように群衆が逃げ去る合間に、来未は先ほど怯えていた子供を見つけた。

 ザっと辺りを見渡せば、自分の子どもを見失って慌てふためている母親の姿も見つける。恐らく、先ほどの人波に呑み込まれた際に引き離され、そのまま互いを見失ってしまったのだろう。

 

 悲鳴と足音が辺りを支配する。

 だが、子どもが大粒の涙を零しながら叫んでいる言葉を、来未は余りにもはっきりと聞こえたような気がした。

 

―――ママ。

 

(……あれ)

 

 気が付いた時―――既に足は動いていた。

 

 

 

 +

 

 

 

 記憶が蘇る。

 とても鮮明な、それでいて温かい思い出だ。

 

『おとーさん! あたしね、将来はおとーさんみたいなヒーローになるの! ヒーローになってね、みーんなみーんな救けちゃうんだよ!? すごいでしょ!』

『はっはっは! そうか! そりゃ凄い! それなら来未。一つ、お前に教えておかなきゃならんことがある』

『ん? なあに?』

『一日一善! 毎日人助けを一回でもするんだ!』

『うんーッ!』

『いい返事だ! いいか、来未。ヒーローってのはな―――』

 

 その時の言葉が脳裏を過った。

 

 

 

 +

 

 

 

―――ヒーローだから誰かを救けるんじゃない!

 

 全力疾走。

 今尚伸び続けている骨に注意を払いつつ、恐怖に竦み身動きの取れない子供の下まで人の群れの合間を潜り抜けて駆け寄る。

 

―――誰かを救けられるからヒーローなんだ!

 

 不思議と足が軽い。

 身のこなしも軽く、誰かに背中を押されたかの如くあっという間に子供の下まで駆け寄れた来未は、迫りくる骨の群れから子供を庇うべく、子供を抱きかかえた瞬間にスライディングをしてその場から離れた。

 数秒後、子供が立ち尽くしていた地面には敵から伸びた骨が勢いよく突き刺さり、流し目で眺めた来未は肝を冷やす。

 

(あんなものが刺さったら洒落にならない……!)

 

 串刺しになれば重傷は免れない。

 考えるよりも前に体が動いてしまったとは言え、己がどれほど危険な真似をしたかを省みた来未は急に腰が引けてきた。

 しかし、子供を抱きかかえたままその場に留まることもできず、なけなしの勇気を振り絞って体に力を込めて立ち上がる。

 

 刹那、頭上で轟音が響く。

 

「ん?」

 

 弾かれるように見上げれば、突き刺さった骨の所為で固定が緩んでいた店の看板が、骨が折れることで支えを失い、重力に従って落下しているではないか。

 

「で……」

 

 でかい=大きい。

 口に出せなかった看板のサイズに、来未はまるで時が止まったかのように固まってしまう。

 だが、固まるも束の間、抱きかかえる子供が零した涙が腕に零れ落ちたことによって伝わった熱に我を取り戻し、即座に子供を庇わんと身構えた。

 

「だ……」

 

 一縷の望みを託し、来未は叫ぶ。

 

「誰かああああああ!!」

 

 自分達にかかる影の大きさが急激に広がった光景を前に、瞼を閉じながら。

 

「……あれ?」

 

 ブワリとスカートを揺らす程度の風が吹き抜けるものの、一向に看板が落ちる気配は訪れない。

 おかしい。そう思い瞼を開ければ、それは居た。

 

「―――また遅れてやって来ちゃったな」

「あ……貴方は……!」

 

 その場に膝から崩れ落ちる来未の前で、彼女はサングラスを外して笑ってみせた。

 濁った瞳には煌々とした光が宿っており、しっかりと焦点を来未達に合わせる彼女は、不可思議な力で浮かせていた看板を別の場所へと置く。

 すると彼女は、ポケットから取り出した財布を来未に投げつけ、こう告げる。

 

「少し激し目に動くから持ってちょ」

「えっ!? ちょっ……」

「なあに」

 

 振り返る際、赤い眼光が尾を引く。

 そんな彼女に迫る骨の群れは、

 

 

 

「3分で終わらせる」

 

 

 

 弾け飛んだ。

 

「え……」

 

 降り注ぐように散らばる骨の破片が地面を打ち付ける。

 そうして来未が呆けている間にも、八神は敵目掛けて走り出していた。

 

“個性”因子誘発物質(イディオ・トリガー)でも摂取したのか……なっ、と!」

「ガアアアア!!」

 

 迫りくる相手に迎撃するように槍のような骨を繰り出す敵。

 対して八神は、地面のコンクリートに触れつつ、アンダースローのような挙動で腕を振り上げた。

 

「“地形操作”」

 

 すると、硬いコンクリートが泥のように柔らかくなり、八神の盾になるように巻き上げられた。

だが、それだけでは骨の刺突で貫かれてしまうことは想像に難くない。

 しかし、実際に骨がコンクリートの盾を貫くことはなかった。骨の刺突を喰らった盾はと言えば、まるでゴムであるかのように伸びはするものの、しっかりと攻撃を受け止めているではないか。

 

「嘘……!?」

「“弾性付与”」

 

 続けざまに八神は盾に触れる。

 次の瞬間、徐々に伸びていたコンクリートの盾と骨の成長が止まった。

 

「“固定”」

「ウ、ウガアッ……!?」

 

 何が起こっているのか分からない敵は混乱する。

 八神が口にした通り、“個性”因子誘発物質入りのドラッグを摂取したことによる理性低下の影響だろう。

 “個性”を極端化(ブースト)することが“個性”因子誘発物質の狙いだ。しかし、“個性”が強化されるというメリットの一方で、こうしたデメリットが発生してしまう。

 

 だからこそつけ込む隙があると言わんばかりに、八神は動きは早かった。

 

「“爪弾”“回転”“加速”」

 

 銃の形に構える手から、拳銃の如き速度で回転しながら放たれた爪が、商店街のあちこちに突き刺さったままの骨を穿っていく。

 爪を弾にしたためか、爪がなくなった指からは痛々しく血が滲んでいるものの、すぐさま爪は再生する。

 

(―――すごい)

 

 八神の動きぶりをつぶさに観察する来未は、ただただ彼女の迅速な動きに感嘆するばかりだった。

 

「“蜘蛛糸”」

 

 散らばる骨を手から放たれる糸で回収し、

 

「“念力”」

 

 敵の攻撃の巻き添えを喰らって倒れている人々を動かし、

 

「“ジェット”」

 

 それでも尚続く敵の攻撃を掻い潜って宙を飛び回りながら、

 

「“刃化”」

 

 鋭い刃と化した脚による踵落としで、商店街に張り巡らされている骨を次々に切り落とす。

 

 複数の“個性”を使いこなしていることなど、来未にとってはどうでもよいことであった。

 ただ、敵との戦闘、崩れかけている建物の補修、負傷者の運搬―――それらを全て一人でこなしている八神の姿が、余りにも眩しく、余りにも来未の中の英雄像に相応しい万能ぶりだったのだ。

 

 ふと視線を落とし、預かった財布の証明書を入れられる部分にあるヒーロー免許証を見つめる。

 そこに書かれていたヒーローの名は、

 

「『インフィナイト』……!」

 

 名は体を表すとは言ったものだ。

 

 来未は目の前で戦うヒーローに底なしの―――無限の可能性を感じた。

 

 そうして感嘆している間にも戦いは佳境へと突入していた。

 ほとんどの骨を打ち砕かれた敵は、目の前に隕石の如く一直線に舞い降りた八神―――否、インフィナイトを前にたじろぐ。

 既に彼の瞳に浮かんでいるのは恐怖のみ。

 だからこそ本能が反応したのか、敵は全身全霊を込めた最後の一撃と言わんばかりに極太にまとまった骨の群れをインフィナイトに繰り出した。

 

 

 

 だが、インフィナイトは一歩も退かない。

 

 

 

「敵くん。こんな言葉を知ってるかい?」

 

 

 

 何故ならば、彼女がヒーローだから。

 

 

 

「更に向こうへ……」

 

 

 

 何故ならば、彼女の背中に―――救けたいものがあるから!

 

 

 

「Plus Ultra!!」

 

 

 

 インフィナイトの掛け声と共に放たれた拳。

 並々ならぬエネルギーがまとわせられた腕からは眩い電光が奔っており、その拳は真正面からやって来た骨の群れを見事打ち砕いた。

 突き進む拳はやがて敵へと届く。

 剣にも鎧にもなり得た骨を真っ向からねじ伏せる圧倒的な力を受け、敵は後方へ一直線に吹き飛ぶ。

 地面を転がった時には、すでに敵の意識が手放されていた。

 そのことを遠目で確認したインフィナイトは、力の余波で露わになった腕に着けていた腕時計を見る。

 

「きっかり3分」

 

 直後に、煌々と光が宿っていた瞳が濁る。

 されど、表に浮かぶ笑顔の輝きは衰えていない―――寧ろ、より燦然とするばかりだった。

 

「決着だぜ」

 

 来未は、ヒーローを目の当たりにした。

 

 

 

 +

 

 

 

 来未は帰路についていた。

 敵はインフィナイトの活躍もあって逮捕され、事件は解決したと言っていいだろう。幸い命に関わるような怪我を負ったものは居らず、渦中に飛び込んだ来未も奇跡的に無傷だった。

 

「……」

 

 未だ生きている実感が湧かない来未は、じっと自分の掌を見つめる。

 だが、彼女がここまで心ここに在らずといった状態であるのは、他にも理由があった。命を懸けて救けた子供に言われた言葉―――『ありがとう』―――そのたった五文字が、今までのどの感謝の言葉よりも来未の心を揺れ動かしていたのだ。

 

(あたしは)

 

 何で今になってと自問自答する。

 

(諦めてた筈なのに)

 

 それは無論、ヒーローへの道。

 “無個性”と知ってから、自然と閉ざされた道だ。

 もし“個性”があればと何度現実を呪ったことだろうか。そうして無力を実感し、虚無感を積み重ねていく内に、道は深い暗闇の中へと消え去っていった。

 

 しかし、そうではない。

 今になって父の言葉が脳裏を過る。何度も声が繰り返される。

 

「ヒーローだから誰かを救けるんじゃない……誰かを救けられるから……ヒーロー……」

「その通り!」

「わああああ!?」

「やあ、また会ったな! っていうか、私が君のこと追いかけてきただけなんだけどさ! ナッハッハ!」

 

 角からひょこっと身を乗り出したのは、本日三度目の邂逅を果たすことになった八神改めインフィナイトだ。

 高らかに笑う彼女を前に苦笑を浮かべる来未であったが、やはりその表情は優れない。

 

「どうしてあたしのところに……ストーカーですか?」

「ナッハッハ! 笑えないジョークだぜ!」

 

 彼女を前にすると決意が揺らいでしまいそうな確信があった。

 だからこそ適当にあしらいたい一心で言い放った来未であったが、そんな彼女にインフィナイトは指を一本立ててみせる。

 

「一つ、君に提案があってね」

「提案?」

「ヒーローになるつもりはないか?」

「え……っ!?」

 

 開いた口が塞がらないとは、まさに今の来未の表情を示すだろう。

 数秒茫然とした後、若干の怒りに歪んだ表情を浮かべた来未は、キッとインフィナイトを睨みつける。馬鹿にしているのか、と。

 

「だから……あたしは“無個性”なんです! だから、ヒーローになんて……」

「じゃあ、“個性”があったらヒーローになるのかい?」

「そ、それは……」

 

 揺らぐ、揺らぐ。今になって揺れに揺れる。

 

 痛い所を突かれた来未は面を落とした。

 もし“個性”があったのならば、ヒーローだった父が死んでも尚ヒーローを目指しただろうか? それは分からない。なぜならば、“個性”を持っていないのだから。当たり前だ。持たざる者は持つ者よりも選択肢が狭められてしまう。それこそ将来の想像という点においても、だ。

 

「こ、“個性”があったとしても……あたしは……」

「なりたくないなら、それは何故だい?」

「それは……お父さんがヒーローになったばっかりに……そ、そんなことがあったのに、ヒーローになりたいなんて言える訳……!」

「それは本当に“個性”があると仮定しての話?」

「っ……分かる訳ないじゃないですか、そんなのっ!!!」

 

 怒鳴り声を上げてしまったことに、来未自身が驚いた。

 それから壊れたダムのように涙が滂沱の如く溢れ出す来未は、喉が震えながらも必死に言葉を紡いでいく。

 

「分かんないんです……あたし、何になりたいのか……何したいのか」

「うん」

 

 気が付いた時には動いていた。

 

「“無個性”だからヒーローになれないって……諦めてる筈なのに……諦めてた筈なのに……気が付いたらお父さんの背中を追ってるんです」

「ゆっくりでいいぜ」

 

 その度に父が微笑みかけてくれた気がした。

 

「あ、あ゛たし……さっき……じ、自分を慰めたいから、ひ、人助けしてるって言ったけど……あれ、うっ、嘘なんです……!」

「ああ」

 

 そうして現実と理想の狭間で苦しみ自己嫌悪に陥っては、

 

「ホントは……自分をどうこうとかじゃなくて……! な、なんだろなぁ……? 喜んでもらえるの、すんごく嬉しくて……! 『ありがとう』って……嬉しくて……!!」

「大丈夫だ」

 

 また同じことを繰り返していた。

 

「あ゛たし……その言葉に゛ッ、めっちゃ、救けられて……!! だから、も゛っど、みんな、救けたいって……!!」

「ちゃんと聞こえてるぜ」

 

 救けていたのにも拘らず、いつも救けられていた。

 

「あたし……だから……ホントは……ずっとォ……っ!!」

「吐き出しちまえ……君の全部!」

 

 救いの場にこそ、自分が求められている気がした―――“無個性(むりょく)”とは正反対に位置する場所に。

 

 

 

「ヒーロ゛ーに……な゛りたかったっ……!!!」

 

 

 

 それが思いの丈の全て。

弱弱しく優しく、それでいて悲痛に滲んだ声で絞り出した思いを口にした来未は、地面に無数の点々とした染みを作っていく。

嗚咽交じりに咳もする来未。そんな彼女の背中を優しく撫でられるよう傍に歩み寄ったインフィナイトは、そっと彼女の手を握った。

 

「分かるぜ、私には。君がヒーローだってこと」

「……え?」

 

 涙でくしゃくしゃになった顔を上げれば、視界が歪んでロクに見えたものではないが、ニッと微笑むインフィナイトの顔が目に入った。

 

「君も言ったろ。ヒーローだから誰かを救けるんじゃない。誰かを救けられるからヒーローなんだって」

「あ……」

 

 それは亡き父が遺した言葉。

 今尚来未を突き動かす原動力だ。

 口にしたインフィナイトは、来未の涙をハンカチで拭い取りながら話を続ける。

 

「だから君はもうヒーローなんだぜ! 立派な!」

「……は、ははっ……お世辞でも嬉しいです……」

「お世辞なんかじゃないぜ! そんな訳でヒーロー足り得る精神の持ち主たる君に一つ提案……あ、つまりここからが本題ね?」

「はい?」

「私の“個性”、もらってみる?」

「……えええええええええええ!!?」

 

 仰天した来未はゴキブリの如き速さで後ろに退いた挙句、コンクリートの壁に後頭部を打ち付けて悶絶する。

 そんな来未に『リアクションも一流だな!』と満足げに笑うインフィナイトは、未だ提案の意味が呑み込めていない来未が抱いているであろう疑問に先んじて応える形で説明に入った。

 

「この超常社会! 世代を重ねるにつれて“個性”は複雑化している! 時には突然変異なんてのも交えてはさらに多種多様になる“個性”の形……なら、別に“個性”を譲渡する“個性”があっても不思議じゃないだろ?」

「でも、そんな話見たことも聞いたことないですし……!!」

「そりゃあ“個性”を譲渡する“個性”単品じゃ気付くの難易度ルナティックだぜ! んでも、紆余曲折あって気が付く瞬間ってのもある」

「そ、それじゃあ……?」

 

 次第に呑み込めてきた来未に対し、インフィナイトはかけていたサングラスをずらし、赤く輝く眼を露わにする。

 

「ジュブナイル。ちなみに聞くけど、君は『返報性の法則』ってのはご存知?」

「へ、へんぽーせー?」

「知らないなら説明するぜ! それは人間の心理状態の一つ! 君はなんか友達に貸しを作った時、何かお返ししなきゃって思うでしょ」

「ま、まあ……」

「それさ! 私の“個性”はまさしくその心理に関係している!」

 

 拳を握るインフィナイト。先ほどの敵退治の際、複数の“個性”を使用した彼女であるが、ついにその正体が明らかになる。

 

「救けた相手が感謝の念を覚えた時、その相手の“個性”が使えるようになる! それが私が授かった代々受け継がれてきた“個性”……その名も『ギブ・アンド・テイク』!!」

「ギブ・アンド・テイク……!?」

「救済を与え、“個性”を授かる! そして授かった“個性”でさらに人々を救っては、さらなる“個性”を授かる! そうした繰り返しで無限大に“個性”を成長させていけば、いずれは巨悪や大災害にも立ち向かえる! それこそが私の“個性”の強みさ!」

 

 力強く語るインフィナイトに、思わず来未の表情も強張っていく。

 そんな彼女へインフィナイトは手を指し伸ばす。

 

「君にそのつもりがあるなら、私の“個性”、やってもいいぜ!?」

「え……でも……」

 

 “無個性”の来未にとっては、“個性”を授かることのできる一生に一度のチャンスとも言える。

 しかし、来未には一つ懸念があった。

 先ほどのインフィナイトの活躍……もし、自分が『ギブ・アンド・テイク』を授かったとするならば、あれほどの活躍を繰り広げられるヒーローにならなくてはならないのだろう、と。

 大いなる力には大いなる責任が伴うとは言ったものだ。強力な“個性”には相応の期待が背負わされるものだ。

 

 そもそも家族がヒーローを目指すことを許してくれるかもわからないのである。

 様々な理由から受け取ることに躊躇を覚える来未は、差し伸べられる手を中々とれずにいた。

 

「あ、あたし……そんな“個性”受け取っても……?」

「ものは試しさ。ほれ」

「あれェー!? そんなあっさり!?」

 

 しかし、事は想像以上に簡潔に済んだ。

 おずおずとしていた来未の手を取ったインフィナイトの手が光れば、『これで君も“個性”持ちだ』と告げられたではないか。

 余りにも実感が湧かない同意もへったくれもない継承の儀に対して、抗議の視線を送る来未であったが、当のインフィナイトはと言えば実に愉快そうに笑っていた。

 

「ナッハッハ! まあ、気に入らなけりゃ私に返してくれりゃいいから」

「か、軽い……!」

「フットワークが軽いのも『ギブ・アンド・テイク』のいいとこさ。他人に譲渡すると使える“個性”がまっさらになるのがネックだけどね」

「え」

 

 さらっと重要なことを言われた気がした。

 だが、関係なしに話は続く。

 

「さあ、もしヒーロー科合格を目指すならこれからも人助けだ! 使える“個性”増えるから一石二鳥だぜ!」

「え、あ、はい! ……じゃなくて!」

「ヒーロー目指さないの?」

「そう言う訳じゃなくて……! あ~、もう分かりましたよ! やるだけやったりますよ、折角“個性”持ちになったんだから!」

「その意気だぜ! じゃ、今後のあれこれ決めるために連絡用の電話番号、これね。くれぐれも悪用しないでくれよ」

「し、しませんよ!」

 

 流れに流された来未は、破り取られた紙切れを手渡された。

 それは今まで暗闇に閉ざされていたヒーローへの道に差し込んだ一筋の光明。

 

 諦めていた夢へ、再び歩み始めるための第一ステップだ。

 

(お父さん、あたし……)

 

 キュっと手を握る来未は空を仰ぐ。

 

(もう一度ヒーロー目指してみるよ)

 

 『架空(ゆめ)』を現実にするための決意を固めるべく―――。

 

 

 

 +

 

 

 

「―――あ、もしもし!? 久しぶりトッシー! 私私! 今暇?」

『ちょっ、ユッキー……! そんな大きな声で話さないで! 聞こえたら大変だから!』

「はいはいー」

『……で、どうしたの?』

「あぁ、うん。後継者見つかった」

『え゛……マジ?』

「たぶん」

『たぶん!?』

「ナッハッハ! まあ、経過観察かな! とりあえず、良い感じの子を見つけたからこれから育ててく気だぜ」

『フ、フ~ン』

「トッシーも早く見つけた方がいいぜ―――平和の象徴の後継をさ」

『……ああ、分かってるつもりだよ』

「そんじゃ、私は今後の育成プラン練るから! また今度会うなりなんなりしようぜ、()()()()()()! お互いの後継者の顔合わせとかもいずれはしたいしさ」

『そうだね、インフィナイト』

「じゃ、切るわ。グッバイ」

『え、もう切っちゃうの? HAHAHA! もうちょっと話していても―――』

「ブツっと。ふぃ~……ん、着信だ。トッシーからか? ……いや、やる気満々な後継者からか! ナッハッハ! これから忙しくなるなー、っと!」

 


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