とうほう
たんぺん
おはなし

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ふきのとう

 畳は荒れている。河城にとりの部屋だった。にとりは、ダチョウの卵ほどの機械を、両手でうやうやしく撫で回す。口元は綻び、目元は緩み、ビコーズ、酔っ払っていた。

「えへへ、見てよ。これをさ。すごいんだ、これはさ。これでもう、今度こそ、働かなくてすむようになるよ」

 酔っ払ったからといって、うっとりと独り言を言うようになれば、河童も終わりである。にとりもそれほど堕ちてはいない。聞き手は射命丸文、犬走椛の二名だ。銘々、酩酊状態にある。

 椛は低いテーブルに組んだ両腕に、頬を乗せて答えた。

「こないだ壊されたやつの、新しいやつですね」

 INUIRAZU.ver2。それが、にとりがうやうやしく撫で回す機械の名前だった。小さいながらに迎撃性能を備えた、小型巡回ロボである。にとりは基本スペックの呪文を唱え、穏和な椛の微笑みは、はてなマークを讃えている。

 かたや、射命丸。彼女も、にとりと同じように、両手でカメラを撫で回していた。

「えへへ、見てくださいよ。これを。すごいんですよ、これは。一体何年働けば、月賦を払い終えるのか」

 放っておいても、にとりの呪文は続くので、椛は両腕に頬を乗せたまま、今度は射命丸に答える。

「こないだ壊されたやつの、新しいやつですね」

 文は椛の返答に相槌を打って、にとりと同様、スペックの呪文を唱え始める。左耳でロボの呪文を、右耳でカメラの呪文を。白狼天狗にも限界はある。椛は聞き手から話し手に回ろうと考えた。

「それにしても、不思議ですよねぇ。せっかく配備された巡回ロボを壊すなんて。部隊のみんな、もう働かなくてすむ、なんて言って、喜んでたはずなのに。一体誰の仕業なんでしょう」

 にとりは何者かの手によって無残に分解されてしまったINUIRAZUを想い、しょんぼりとした。にとりを追うように、文も遠くを見つめる。

「私の、私のカメラもですよ。寝て起きたら、なぜかバラバラになってて」

 椛はつけた頬のまま、「ああ」と息を漏らし、文に同調する。

「こないだのことですよね。たしか、三人で呑んだ日の朝。最近、私の周りはバラバラになった機械ばかりで、ふふ。なんだか不思議ですね」

 他でもない、それは椛の仕業だった。椛には酔った際の分解癖があった。それは無自覚な発露で、自身には抑えようのない、どうしようもない悪癖だった。しかし、椛の分解癖を知る者はこの場に一人としていない。連続飲酒の代償として、文も、にとりも、椛も、みな脳をやられていた。

 文がおちゃらけて口を切る。

「もしかすると、酔ったにとりさんの仕業なんじゃないですか? 三人で呑んだ朝は必ず何かがバラバラになってるし、機械に詳しいのもにとりさんだけで、思えば怪しいです。怪しいですよ、にとりさん」

「なんでさ。どうして、わたしがわたしの機械をバラバラにバラさなくちゃいけないのさ。そんなかわいそうなこと、しないよ」

 二人とも、今にも眠りに落ちそうだった。眠たげな、蛍光灯の紐の揺れるような二人の口調に、椛までもがうつらうつらとする。三人の瞼が落ちたのは、にとりの発した、「もう一本飲もうよ」という言葉の直後だった。

 瞼の裏の暗がりが、三人を夢の世界へと誘う。眠ってしまうのには、電気を消す必要も、時を待つ必要もない。夢の使者が意識を掠めとろうと、三人の眼球の裏に指をかける。――そのときだった。

 にとりは自身の手の内に、何かが綻ぶ感触を覚えた。慌ててハッと顔を上げると、なんと無残なことだろう! 手によりをかけ発明したINUIRAZU.ver2はテーブルの上、細やかに分解されているではないか!

 対面、文にしても、状況はそう変わらなかった。文の新調したカメラは同じように、テーブルの上に解けている。

 二人のウェルニッケ中枢には、『またこわれた』、『なにもしてないのにこわれた』、等の文字が浮かんだ。文とにとりはその光景を現実のものと理解した直後、なにもわからなさそうに、唇を結んだまま、咽び泣いた。椛は嗚咽の板挟みになりながらも、テーブルに突っ伏して、すやすやと、すややかに、心地よさげな寝息を立てていた。

 

 翌朝、三人は何事もなく解散した。酒が三人の脳に与えたダメージは甚大だった。三人で飲み、そのうちに、機械が解けた。とすれば、三人のうちの誰かが犯人となる。ましてや二人の機械が解け、椛は何の被害も被っていない、となれば、犯人は椛以外には有り得ない。しかし、文とにとりはそんな当然の可能性にすら気付けなかった。酒は恐ろしい。無自覚な破壊行為はもっと恐ろしい。

 救えないのは、椛に分解された機械は修復不可能という点だった。

 二人が帰ったのち、にとりはすぐさま機械の修理を始めた。しかし、なにがどうして、直らない。ネジですら、なんだか上手くはまらない。椛の手にかかったネジや基盤はそれぞれ、ネジの形をしたなにか、基盤の形をしたなにかへと、変わり果ててしまうのだった。

 にとりは悲しみに喘ぎながら新作の発明に取り組んだ。文は新たな月賦を契約した。椛といえば平和なものだった。椛は平和な哨戒任務にあたって、そのなかで、山の自然とたわむれ、月陽の鬼ごっこにたわむれた。

 

 はじめに、椛の怪しさに気がついたのは文だった。酒を飲む余裕のないほどの月賦に追われ、脳のダメージが僅かばかり回復したのだ。文は気がつくが早いか、にとりの下へ飛んで行った。

 酔ってはいたが、話を聞いたにとりも納得した。ここ何年か続く、『バラバラ事件』の犯人は椛に違いない。しかし、手口がわからなかった。にとりは、断酒の禁断症状に壊れそうな文に酒を用意し、二人、荒れた畳に座り込んだ。

「作戦会議だね」

 その一声で立ち上がった、『バラバラ事件対策本部』は迅速に対策案を叩き上げた。行動開始も速かった。酔っ払いというものはときに、躁状態の猫ほどの落ち着きもどこかへ落っことしてしまう。今回はそれが、プラスに働いたのだった。

 

 酒を飲まされ、天狗と河童に睨まれた犬は、もはや蛙と言っても過言ではない。それほどまでに、たじろいでいる。

「本当に、どうしたんですか。二人とも、こわいですよう」

 椛の眼前、テーブルにはチャチなカメラが置かれており、椛はそれを、ちょうど知恵の輪を手探る手つきで、いじくり回している。狼狽する犬に対し、河童と天狗は尚もギラついた視線を送る。どうした、早くバラしてみろ、言わずもがなの目つきだった。

「む、無理ですよう。機械なんて、ぜんぜん。触ったこともないし、興味だってあんまり……。せっかく呑むなら、こう、もっと楽しいお話をしましょうよう。そうだ、仕事中に、ふきのとうを見つけたんです。少しだけ雪をかぶってて、ふふ。まだちいさくて、とっても可愛かったんですよ」

 大脳皮質後頭葉在中視覚野に浮かんだ春の訪れに微笑む椛のおっとりは、二人にとって辛辣だった。月賦に取り殺されそうな文にしても、コスト捻出に身をすり減らしたにとりにしても、ふきのとうなぞ糞食らえという気持ちだった。

「わ、わ。これ以上飲んだら、死んじゃいます。死んじゃいますよ、私」

 椛は言いながらも、猪口に注がれる酒を次々と飲み干す。文とにとりは呆れながらも、椛の化けの皮を剥がそうと、躍起になってお酌した。

 そのうちに、椛の目元が蕩けてくる。口元も緩み、輪郭の曖昧になった春の歌が零れ出す始末だ。歌は微睡みを体現し、いつしか椛はそれに呑まれた。半死半生、ままならない椛はもはや、泥濘に準じてどろどろな微睡みに溶けた。

 椛の寝息で縁取られた沈黙を文が破る。

「やっぱり、にとりさんなんじゃないですか。椛さんに出来たとは思えないです」

 なにおう! にとりはテーブルを叩き、文の胸ぐらを掴んだ。それはにとりの、酔った際の悪癖だった。よせばいいものを、椛に呑ませながら自分たちも飲んでいた。

「おうおう。わたしがなにをやったって? 射命丸、おまえ言ったじゃないか。おまえが言ったんだ、椛が怪しい、って。わたし、ほんとは、友達を疑うようなことしたくなかった。だけど、おまえも友達だから、おまえのことを信じたんだ。でも、こんな。友達の胸ぐらをつかむなんて、わたしたち、仲良し三人組なのに。誓い合ったのに。あの夏の、真っ赤な空の下に。う、うぅ……」

 やたら郷愁を煽る文句と、支離滅裂なにとりの号泣に、文は思わず目を逸らした。瞬間、文の口から、小さな悲鳴が漏れる。

「え、なに。ひっ、だって。なんだ射命丸。おまえ、ひっ、って。あはは、かわいいね」

 泣きながら笑うにとりも恐怖といえば恐怖だったが、文は震える指先で、テーブルの上を指差した。

「に、にとりさん、あ、アレ……」

 テーブルの上、ちゃちなカメラは原型をなくしていた。二人の、一分にも満たない諍いのあいだに、バラバラに、分解されていたのだ。にとりは恐怖のあまり嘔吐した。エチケット袋の開放も、慣れたものである。文も手洗へと貰いに行った。

 

 事後の処理を終えたにとりが肘を抱き、何らかの摂理で身震いすると、文も戻った。すなわち、考えをまとめる刻が来たのだ。

「椛にお酒飲ませるのやめよう」

 その一声で、『バラバラ事件対策本部』は解体された。解体と同時に三人の友情にも小さなヒビが入った。二人は椛に飲ませなかった。椛は二人に呑ませてもらえなかった。二人の中で、バラバラ事件は終焉を迎えたが、それは椛にとって新たな事件の始まりとなったわけである。ハイホー。

 

 さまざまな事件が風化したころ、幻想郷に破滅の危機が訪れた。それは月から飛来した、謎の巨大破壊兵器だった。幻想郷の住人たちは巨大破壊兵器を、『ゴジライラズ』と呼称した。機体の胸に、そう表記されていたためだ。謎の巨大破壊兵器が謎でなくなるまでそう時間はかからなかった。しかし、里の八割が壊滅した現在に至っても、具体的な対策案は存在しなかった。

 村民のやめてよを無視し、ゴジライラズは破壊の限りを尽くす。たったいま、晴天のもと、里が全壊した。家を失くした人間たちは取り急ぎ、設営された簡易住居のテント群へと向かった。

 村民の一人が難民キャンプにたどり着くと、そこでは不思議な光景が繰り広げられていた。家を失い不安に怯える者たちの中心、河童の一匹がなにやら激しく工作をしており、天狗が、何者かにお酌をしている。その何者かはよく見れば犬で、犬は天狗の酌に酔いしれていた。

 言うまでもなく、文にとり椛の、仲良し三人組である。

「う、うう。もう飲めません。天地が逆です。神様みたいな気持ちです」

 椛が宣うが早いか、文が叫ぶ。

「にとりさん!」

 文の声に、にとりは呼応する。

「ああ、いま完成したよ! あとはこれで……」

 にとりはその手に拡声器を構えた。ただの拡声器ではない。それを使えば、幻想郷全域に呼びかけることのできる、それはものすごい拡声器だった。ガワには大きく、INUMISASEZUと描かれている。

『幻想郷のみなさん、聴こえますか。聴こえてるのなら、今すぐ椛を見るのをやめてください。あと、ゴジライラズを見るのも。さすれば、幻想郷に平和が訪れるでしょう』

 初めはキョトンとしていた幻想郷住民たちだったが、みな、聞き分けが良く、にとりが数回繰り返すうちに、全てに目を瞑ってみせた。山の者も、地底の者も、空の者も、みな、目を瞑った。

「よし、あとはわたしが目を瞑れば――」

 それはにとりが、幻想郷の破滅に降伏し、三人で酒を飲んでるときに思いついたことだった。

 それは小難しいことがにとりの頭の内で起こった。にとりにも、それを小難しいことと形容するほかの言葉の持ち合わせがなく、とにかくとして、にとりの頭の中で起こっていたのは、『椛から目を離したとき、機械が綻ぶ』という想像だった。文に説明する際、にとりが放った言葉も、『椛から目を離したとき、機械が綻ぶ』という、脳から直通の言葉だったので、にとりの考えていた小難しいことを小難しいことたらしめるのは、にとりが頭をひねってる最中に覚えた、『わたしはいま、小難しいことを考えている』という実感のみだといえよう。

「――あれ?」

 ゴジライラズは未だ、破壊の限りを尽くしている。にとりの考えは間違いだったのだろうか。にとりは焦って、椛へと視線を向ける。

「天国はきっと、ふきのとうが生えてて、採り放題で、食べ放題なんでしょうね」

 椛はたしかに酔っていた。ではなぜ、ゴジライラズは分解されないのか。にとりは自身の考えに自信が持てなくなった。

 きょろきょろと、責任の転嫁先を探す。すると、にとりの視界に一匹、浅ましい鴉が映った。にとりの〝信じられないものを見るような目〟に、カメラを構えた文はたじろぎ、だってを発音した。

『おい射命丸、スクープなんて狙ってる場合か。恥ずかしくないのか。みんな、家を失くして、不安に怯えてる。それなのに、わたしたちに賭けて、目を瞑ってくれたんだぞ。それをお前は。なんて浅薄な鴉天狗なんだ。お前ほど浅ましい生き物はみたことがないよ。畜生以下だ』

 INUMISASEZUから発せられるにとりの言葉に、文は下を向き、しゅんとした。何事かと瞑っていた目を開けた聴衆も、袂割の事態にいたたまれなくなり、目を逸らす。

 瞬間、遠くから、何か巨大なものが落下する音が轟いた。音は次々と響いて、幻想郷中をどよめかせる。音が連続性を失ったころ、どよめきは歓声に変わった。文とにとりも、ゴジライラズのあった方へと視線を向けた。

 そこには瓦礫の山があった。それは、紛れもなく、破壊された里の家々の残骸に違いない。ただ、今現在、かつての破壊者は見る影もなく、景観の一部を担っていた。

 文とにとりは、歓声の渦中、微かな聞こし召した春の歌に、世界の平和と、友人の悪癖を認めるのだった。

 


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