新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第十一話「事件の裏にて吹き荒れる暴君」

 〝サウザンドアイズ〞支店、白夜叉の私室、和室部屋。

 

 今現在、白夜叉と亜音が相対してから、数時間が経過した頃である。

 二人は未だに話をしていた。

 

「お主には私はどう見えとる?」

「そう、ですね…………おそらく白夜叉様の肉体は仮の姿か何か、魂の青い灯が見え、普通は肉体も色で現れるのですが、白夜叉様は色がありません。色は似た色になったりもしますが、全員、魂と肉体は基本的に違います。」

「ふむ............それと.........罪が見えると言ったな、どうだ、見えるのか?」

 

 白夜叉は少し肩をビクつかせている。亜音は相当やましいことをしてきたのだろうかと勘ぐるが聞くのはやめた。

 それと、白夜叉の本体が気になるが、これもまた次の機会にする。

 

「罪が見えるのではなく、悪が魂の火を黒く染めていき、やがて肉体の色も黒く染め上がる。見える罪とはそういうことです」

 

 そのことを聞いて、白夜叉は余計に気になったのか、そわそわし始め、何故か上座に正座し直した。

 今更遅いと、亜音は言えなかった。

 

「そうですね.........先ほども言ったとおり白夜叉様の魂は、暗闇の中で光る煉獄のよう。闇の中であってもそれは消えることのない希望です。つまり………………『悪』ではないですよ」

「そうかっ!基準はお主か?」

「いえ、その辺は定かではありませんが、仏が基準だと思いますが、」

 

 白夜叉は安心したのか、途端に姿勢を崩し、くつろぐ。

 亜音もようやく話が終わると思って、一息ついたのだが、

 

「そういえば、おんし。仏の“眷属”でもあるのだろう?誰が主だ?──────それとな、今からでも遅くなければ、私の眷属になってはみんか?」

「はは、そんな簡単に力をホイホイ教えられませんよ。〝六道〞が特別だっただけです。それに、もし今から白夜叉様の眷属になったら、俺が今の主に殺されますよ。ただでさえ、気性が荒いので」

「それは残念だのぅー。というかおんし、主に失礼じゃろ。………まぁ仕方あるまいな」

「でも主は器大きいですからね。それとなんですが、〝六道仙人〞の力を全て持っていても、祖先とは、おそらく天と地の差がありますから、俺はそこまで強くないですよ?」

「ほぅーそれは気になるな、どれほど違うのだ?」

「──────異国の地で怒り狂った〝六道仙人〞は漏れ出す力だけで、〝天変地異(エレメント・ブレイク・アウト)〞を起こすくらいの桁違いです。その時の出来事が唯一、〝六道の罪〞と言われています。それに俺達の力はそもそも因果論によって成り立っている“者”なので、リスクがあります。」

「.........リスクだと?」

 

 白夜叉は怪訝な表情になる。さっきも恐ろしい話を聞いたばかりなので、恩恵のリスクというのものに警戒しているのだ。

 でも、先ほどとは違い、亜音は堂々と話した。

 

「祖先とは天と地の差がありますが、それでも逸脱したこの力。そのリスクとして、おそらく、森や土地、命、文化の無駄な破壊、悪事をすると霊格が減少するかもしれない。そう推測されています」

「その逆はないのか?」

「良いことをして、霊格が上がることはないです。過去にその実例はないですから。それでどの程度なら仕方ないか、許されるのか、わからない以上、俺は無闇に力を使えません」

「使えなさすぎじゃろ」

「そこで俺は極めたんですーーーーー技を徹底的に。剣術、体術、我流ですから多少拙いですけどね...............だから、霊格を下げないために〝力〞を完全にコントロールする必要があるんですよ」

 

 一度でも失敗していれば、この救世の力を、世界の力を喪っていたかもしれない。

 そのプレッシャーは、生まれた時から付いてきたもの、生半可のものではないだろう。

 

「おんしの悩みは多いのう。しかし、おんしと話していると、おんしと戦ってみたくなってきたわい」

 

 白夜叉は高笑いしながら、そう言った。もちろん、冗談なのだろうが、亜音次第、ということなのだろう。先日の問題児たちとのやり取りの影響もあるに違いない。亜音次第で本気になるということだ。

 しかし、亜音は苦笑してこう伝えた。

 

「戦うより、むしろ、俺は白夜叉様と──────“デート”がしたいです」

「.........は?.......おんし、私に惚れたのか?」

「冗談です」

 

 この和室に冗談抜きの殺気が立ち込める。亜音は白夜叉に睨まれながらも、微笑み言葉を続けた。

 

「馬鹿にしているわけではないです」

「ほうー、消す前に聞いておこうかのー」

「俺はただこうして“冗談”を交えた会話を白夜叉様としたかったんです、世界についてとか、嫌いな物、好きな物、色々たくさんのことを、」

 

 白夜叉は目を見開きながら、亜音を見つめる。こんなことを言われ たのは初めてなのだろう。結構驚いていると、亜音は把握した。狙ったわけではない。ただ、純粋に知りたいのだ。

 

「俺は知りたいんです、白夜叉様のことを。いえ、白夜叉様だけでなく 箱庭に住むあらゆる種族の者達とふれあいたい。その先に俺の夢を 叶える方法があると思うんですよ。世界を知った時、俺は夢を叶える 資格を得られると。」

 

 白夜叉は空いた口が閉じなかった。前から知ってはいたが、本当にこの青年は成人さえ生きていない人間なのだろうかーーー疑問が絶えない。いったい、どうしたらこれほどまで、人が大きく見えるのだろうか、 元魔王の白夜叉にとっては気になる所だ。白夜叉は小さく口角をあげ、立ち上がり、言った。

 

「よかろう!今度おんしのデートとやらに付き合ってやろうではないか?」

「もちろん、その時は白夜叉様もおめかししてくださいよ?」

「かっかっか 当然だ!...........それで、一つ聞くが」

 

 白夜叉は落ち着きを取り戻し、上座に座り直すと、微笑みながら、扇子を亜音に向けて指した。

 

 

「お主の夢とは何だ?」

 

 暖かな眼差しを受けた亜音は、それを真正面に受け止めて応える。

 

「これからのお楽しみです。でも、」

 

 一間あけて、少年の決意を告げた。

 

「今の目標は戦争を、過去のしがらみをなくすこと、ノーネームを復活させること、以上です」

 

 黒ウサギの心配は、黒ウサギの知らない所で杞憂に終わったのだった。

 それでも、仲間思いの黒ウサギはいつかの別れを嫌がるのだろう、残って欲しいと言われた時、亜音ははっきりと断れるか心配だった。

 

 

####

 

 

 二人の話が終わった後、白夜叉の奢りで、白夜叉、亜音、リリ、女性店員の四人はとあるカフェテリアで昼食を摂った。

 亜音は金を持っていなかったので気を使い、水でいい、と渋るが、白夜叉が『デー トでそんなこと言うのは、空気が読めん奴だ!』とか何とか言って、半 ば無理矢理食わされていたが、終始、亜音は笑顔だった。白夜叉と“蚩尤”はその笑顔に一安心するのだった。

 その後、女性店員が亜音へコートを顔を赤くしながら渡し、それを白夜叉がニヤついて見てるという場面を無事に終え、それぞれの外門 にある境界門というワープゾーンを通って、東区画の第六桁、第二の噴水広場へと来ていた。

 噴水広場、おそらく第七桁の地域が真似たのであろう場所から少し歩いた所にあるカフェテリアの休憩席、パラソルが設備された白い円 卓の四つの席に四人は訪れるのだが、一人のファンタジスタが魅せる。

 

 

「……………一つ聞いていいですか?」

 

「なんだ?亜音」

 

「どうして、俺の膝の上に腰を据えてるのですか?」

 

 白夜叉は自分の分の席には座らず、亜音の膝の上で足をパタパタ揺らしていた。その様子を見て、女性店員は羨ましいのか、主の情けない姿に憂いているのか、どっちかわからない表情をして居る。亜音とリリは、苦笑するしかなかった。

 白夜叉はただ女性店員に見せびらかして楽しんでいるだけとは誰も勘ぐることはできないだろう。魔王は伊達ではないのか。

 

「さてと、仕事の件だが」

 

「スルーですか」

 亜音は周りの視線も気になり、女性店員は頭を抱えるのだった。

 己の立場を考えて欲しいところだろう。

 

「居心地が良いからのぅ。それで、仕事なんだが、…………なんとも摩訶不思議なことがこの地域で起きているらしいのだ」

 

「不思議ですか?」

 

 リリは可愛く首を傾げる。白夜叉はヨダレを垂らして飛び込む体勢をするが、女性店員が話を進めて行く。

 

「はい。突然、道中を歩く人が変な声を上げて、少し経つと我を忘れたかのように暴れ始めるそうです」

「変な声とは?」

「っ..................」

 

 なぜか、女性店員は視線を逸らし、顔を赤くする。白夜叉はニヤニヤそれを見ていた。

 白夜叉はリリと亜音に変な声について説明する  気はないらしい。

 

「へ、変な声は変な声ですよ」

「それではわかりません、俺の中では、痛みによるものなのか、幻聴や幻影にうなされたものなのか、詳しく聞かないと判断できません」

「そうだぞ、早く、声を再現してやれ.........っふ」

 

 この状況を見て、亜音は変な声について大体、予想はついているが、 やはり聞かなければならないことで、それを知らなければ原因を探ることは不可能であることは誰もがわかっていた。医療も腰の痛みな どの時に、刺すように痛いのか、など詳しく聞くのはそのためだ。

 女性店員は白夜叉を睨みながらも、立ち上がると、リリには聞かせたくないのか、亜音の側に近づき、小さく囁く。

 

「.........『あ.........ああん.........ぅんあああ』...............です」

 

 

 亜音は身体が飛び震えそうになるが、我慢した。

 そうしなければ、この後の女性店員がどうなるか、目に見えている。こういう時こそ、真面目に返さなければならない。

 

「なるほど、わかりました。ありがとうございます」

「あ、い、いえ、参考になったのならいいです」

 

 女性店員は席に戻り、息を吐く。と同時に、白夜叉が爆弾を吐いた。

 

「どうじゃ、亜音 。そそったじゃろ?」

「し、白夜叉様!」

 

 しかし、亜音は涼風のようにいなし、笑顔で応える。

 

「綺麗な人に言われたら、そりゃあ誰でもそそられますよ」

「っ............綺麗な人.........ですか」

「む ...............なぜか、悔しい」

 

 女性店員は膝の上に手を置き、顔を俯かせる。

 白夜叉は手を前で組み、 悔しそうに頬を膨らませていた。

 亜音は置いて行かれているリリのために話を進めて行く。

 

「これまでの被害者、いえ、暴れた者の数は 」

 

 女性店員は真面目な亜音の声で、我に返ると、手に持つ書類をペラ ペラめくっていく。

 

「あ、はい。暴れた数は、これまでで………言いにくいのですが……およそ100人近く、」

 

「そんなにですか、」

「……多い…………いつからですか?」

「………………一週間前くらいからです」

 

 亜音は少し眉を潜める。一週間も前からで、暴れた数は100人近く、これまでいったい何をしてきていたのか、と気になるところだった が、白夜叉の申し訳なさそうな顔を見て、理解した。おそらく白夜叉も含めた同士が暴れた人達の所に駆けつけては、無傷で抑え込んではいたのだろう。そして、その原因をいくら探っても何も手掛かりは掴めず、ここまで来てしまった。白夜叉の表情を見れば明白だった。

 亜音は膝の上に座る白夜叉から視線を上げて呟く。

 

「俺達が来る前からか............暴れた人達は、何か言っていましたか?」

「いえ..................ただ...意識が途切れる前に何か途轍もない衝撃が身体を巡ったと、それだけ言っていました。後は覚えていないらしくて」

「............そうですか、それと暴れた人達の共通点は何かありますか?」

 

 それを聞いて、女性店員は暴れた人達の素姓が乗った名簿を亜音に 手渡した。

 それを受け取ると、亜音は素早く紙をめくっていく。

 

「私達が分かっている共通点は、全員、“男性”であること、ぐらいです。 所属するコミュニティもバラバラですし」

「いや、もう一つある」

 

 その時、やっと白夜叉が反応した。おそらく白夜叉は何回もこれを見て手掛かりを探ったのだろう。

 亜音は眼下の白夜叉を見てうなづき、視線を上げる。

 たった数分で亜音は、白夜叉達が見つけられなかった共通点に気が付く。

 

「外見だよ」

 

「外見、ですか?」

「外見 .........違うではないか。獣族もいれば、人間もいる、一体どこが」

 

 白夜叉と女性店員は、円卓に広がっている書類に目を通していきな がら、ぶっきらぼうに亜音の言葉を否定していくが、一人の少女が亜 音の理解者となる。

 

 

「皆さん、強そうですね」

 

 

亜音はそれを聞いてつい、二ヤケてしまう。子供の感性は本当に可能性を感じさせる宝石箱だ。

 

「そう、それだよ、リリ。全員、身体が、筋肉質で逞しいんだよ」

 

 白夜叉と女性店員は紙を見て、目を見開く。確かに皆、いい身体をしていて、強い男性のように見える。

 

「た、確かに............」

「だがのぅー亜音。この世界での真の強さは、目に見えないものだ。つまり」

 

「白夜叉様達は根本的に犯人像が犯人とズレてます」

「どういうことだ?犯人は力を求めておるのだろ? 」

「いえ、違います。おそらく犯人の目的は力じゃなくて」

 

 

『きゃあああああああああああああああああ!!!』

 

 

 その時、遠くの噴水広場から悲鳴が響き渡る。

 白夜叉は沈黙したまま、すぐ亜音から飛び降り、加速し大跳躍する。黒ウサギと同等か、それ以上の速度と脚力。それにこの判断力の速さ、さすがは〝階層支配者〞である。

 亜音もすぐ立ち上がり、有無を言わさず、女性店員とリリを抱える。

 

 

「え、ちょ!私はいいですから!?」

「ひゃあ!」

 

「少し急ぎますから、我慢してくださいーーー!」

 

 亜音は女性店員を無視して、白夜叉の後を追うように街路を、大気を纏うが如く加速し、人混みを縫うように駆け抜けた。

 

 

 

 

####

 

 

 

 亜音達は、白夜叉に追いつくと同時に悲鳴が上がった噴水広場に駆け付ける。

 一言で噴水広場はーーーーーーーーーひどい有様だった。

 噴水は無残に砕けて、水が荒れながらチョロチョロと噴き出し、近くにあるレストランや商店の建物は何かが突っ込んだかのように倒壊していた。そして、目の前と四人の背には、円を描くように大勢の野次馬で溢れかえっていた。

 

「一足遅かったようだ」

「そのようですね」

 

 亜音は二人をおろして、四人は事件の渦中へと足を踏み入れた。

 

「この数は、」

「ひぃ、」

「前代未聞だぞ 」

「ざっと二十、いや三十はいるか............いまだに暴れているのは十人、他はあの様子だと倒れて意識はないだろうな」

 

 亜音の言うとおり、石造りの大広場には獣族の者や大きな人間がそれぞれ散乱して倒れ伏し、未だにフラフラと十人の獣人やワータイガに変幻した者が地を削り、地を砕き、建物を破壊して回っていた。

 

「仕方あるまい、少々、荒れるが」

「いや、待ってください。白夜叉様」

 

 亜音は白夜叉に静止の声を掛ける。女性店員もリリも亜音の意図が理解できなかった。

 白夜叉は少し苛立つように亜音を見上げたが、亜音は視線をふらつく者達から目を離さなかった。

 そして一度、亜音は目を閉じて、開く。

 その目は、紫に染め上がり、幾千もの輪廻の線が描かれ、中央の黒点を覆う。

 白夜叉はそれを見て、亜音の意図を理解し、呟く。

 

「『輪廻眼』……………そうか、見えないモノを見る力、か」

 

 亜音は白夜叉の呟きを無視して呟く。

 

「ビンゴだーーーやはり、霊体が犯人だったか、しかし」

「しかし、なんだ?」

 

 亜音は冷や汗を垂らして、白夜叉に視線を向けずに応える。

 

「犯人像が予想通りで、さらに今の状況も最悪な予想通り、はっきりいえば、リリにはあまり見せたくないですね、軽く成人指定ですよ」「ほうーその言葉の意味は理解できるが、それより犯人がなぜ霊体と分かった?」

「まずこの世界に詳しい白夜叉様が原因に関して〝恩恵〞に触れてこない時点で、 何か特別な理由があるんだろうと思った、それと〝恩恵〞が関わっているのなら何かしら痕跡が残っているはず、それも残ってないとすると、事件が起きている時にしか、敵を知ることができないと予測できます。後は勘ですね、特別な何かで、白夜叉様が感知できない物、霊体ってね」

 

 霊体は精霊などに近い性質だが、基本はその者に縁があり見る力を持っていなければ存在の知覚は不可能だ。

 亜音の輪廻眼はその縁、輪廻さえも繋げ、無理やり知覚することができる。どんなに存在が小さくとも知覚を可能とする。

 亜音は言葉を続ける。

 

「犯人は多分、感覚器官を操作、またはここでは言えないことをして感覚を絶頂させて意識を刈り取ったのでしょう。それに耐えようとした結果、暴れてしまった、で今の状況説明する上で、店員さんとリリは少し席を外してください」

 

「え、どうしてですか?」

「そうです!状況説明より先に」

 

「ん?ああー大丈夫。全員、というより原因の元はもう縛り上げたから」

 

「え?」

「なんだと .........お主、いつの間に」

 

 三人はそこで初めて気が付いた。亜音の足元から黒い霧が溢れ出て、その先には、何か見えない物をまとめて縛り上げてあるかのように、黒い霧の輪ができていた。

 さらに黒い霧は多岐に別れて、気絶した者達と暴れていた者達を隅に集めていた。

 無造作で幾つもの動作をするなど、一体どれだけの集中力が必要か誰もが理解している。

 それを涼しげに告げた亜音を、白夜叉と女性店員は目を見開いて見つめる。

 

「それか、リリと女性店員で倒れていた人達を見て上げてください。白夜叉様は野次馬を解散させて貰えませんか?」

「…………うむ。そうしよう。」

「分かりました、行きましょう、リリ」

 

 三人はそれぞれの役目を果たしに散らばる。

 亜音はそれを見送ると、黒い霧の輪が宙に浮いている目の前まで歩み寄った。 亜音の目にはーーーーーーー八人の裸体の女性とアリクイの“獏”と一人の男の子が縛られていた。

 亜音は頭を抱える。

 

「まず最初に聞く、君達はなんでこんなことをした?」

「おまえ、わらわたちが見えるのか!」

 

 小学生にもなってないような子供が亜音に声を掛ける。

 

「見えるから縛ってるんだ。それと俺が質問してる」

「だれがこたえるか!うつけめ!ひぃ?!」

「若様 」

「ピギャア!」《若様!》

 

 亜音はいつも通りの微笑みで、黒い霧から生産した刀を子供の首に向ける。

 

「今すぐ消えたくはないだろ?少年」

「ひぃぃ!」

 

  その時、裸体のの女性たちが口を挟んできた。

 

「ち、違うんです!若様は何も悪くないんです!」

「若様は自分をお責めになって、私達にやりたいことをさせてくれたんです!」

「やりたいことって言うのは、陵辱○○プのことか?」

 

 裸体の女性達は顔を赤らめて、黙り込む。

 亜音は女性たちの正体を視界に捉えた時から理解していた。その名は、妖精神族ニュンペー。ギリシア神話などに登場する精霊あるいは 下級女神である。山や川、森や谷に宿り、これらを守っているとされている。庭園や牧場に花を咲かせ、家畜を見張り、狩りの獲物を提供 し、守護する泉の水を飲む者に予言の力を授けたり、病を治すなど、恩恵を与える者として崇拝の対象となり、ニュムペーのいるとされる泉 などには、しばしば供物が捧げられた。

 その一方、粗野な妖精とする伝承もあり、アルテミスやディオ、ニューソスなどの野性的な神々に付き従い、山野などで踊り狂う。また、森の中を行く旅人を魔力で惑わせたり、姿を見た者にとり憑いて、正気を失わせたりする恐ろしい一面もある。また人間の若者に恋をし、しばしば攫っていく。このため女性の過剰性欲を意味するニンフォマニアという言葉の語源となった。ニュムペーの恋愛譚は、神話や伝承に数多く残っているが、哀しい結末で終わることが多い。

 亜音は思考を切り替えて、勘弁してくれと思いながら刀を霧散させ、地に膝を立て小さな少年と目を合わせる。

 

「正直に言うんだ。.........俺は別に君たちの敵じゃない。それに君達がこういうことをした理由は、君達はもう感じているのだろ?.............もうすぐ自分たちが消えることを」

 

 図星のようで、先ほど少年を庇っていた裸体のの女性たちも少年も獏も黙り込んだ。

 亜音は息を吐き、姿勢を崩して地に座ると言った。

 

「君達が望むことを叶えてやる、だから生前に何があったのか正直に話せ、そうすれば色々と俺も動ける」

「ど、どうして............わらわはいけないことをしたのに.........どうして 」

「救いは誰にでも平等だ、確かに今の君達は悪い事をした。さらに償う事さえできない。でも、俺は救いたいんだよ。“生前”の頃の君達を」

 

「そうか........................」

 

 少年はうつむき数秒置いてから、顔を上げた。

 

「......すまんかった!わらわたちがわるかった、すまぬ」

 

 少年は涙を落としながら、亜音に頭を下げる。

 それを見て亜音は満足げな笑みを浮かべた。他の女性たちも獏もそれに習うように頭を下げて行くのだった。

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 リリと女性店員と白夜叉は、気絶した獣達を運ぶために移動し、ここの広場には亜音と霊体たちを除いて、他にはいなくなった。

 亜音は黒い霧を解き、霊体たちを解放する。逃げる心配も少しはしていたが、それは杞憂に終わった。全員正座で並ばせて、亜音は少年の話を聞いた。獏は少年の膝の上で寝ている。

 

「わらわが調子にのったせいなのだ...............こうみえてもわらわたちは少数精鋭。しかし、旗を名を掲げたとたん、おそわれたのだ。おそらく魔王にな」

「おそらく?」

 

  亜音の疑問にニュンペーの女性が応える。

 

「旗を名を掲げたその日の夜、私達が不吉な予感を感じて部屋を出ようとしたら、急にドアが消滅して...............気が付いたら」

「わらわたちは、本拠地の残骸の上に浮いておった...............くっくやしすぎる」

 

 少年は幸先良くスタートした途端に、姿、形もない何かに殺された。

 それも不意打ちでやられたのだ。悔しくて当然だろう。逆に、だから 一週間もの間、この世界に浮遊していられたのだろう。

 亜音は、そんな少年達に声を掛けようとした途端、一人の裸体の女性が叫ぶ。

 

 

「う、上に(・・)何かいますーーー!」

「この感じ、ま、まさか、私達をまた殺しに、」

 

 

 亜音もすぐに『輪廻眼』の瞳を上に向ける。亜音の目には、黒く染まった流動体の塊がクネクネとスライムが動いているように写っていた。他の者には不吉な薄鈍色の嵐が大気を押し退けて、吹き荒れているように見えているだろう。

 亜音はニュンペー達の先ほどの言葉をなに一つ疑わずに、右手に刀を生成し、宙に躍り出る。

 

「ハッ!」

 

 亜音は距離を詰めながら、見えない斬撃波を蠢く風に撃ち抜く。離れた大滝を割った斬撃、しかも、あれはただ下から上へ振り上げただ けだったが、今回は全力の縦の振り下ろしによる斬撃、鉄でさえ紙切れのように斬り下ろすことができると亜音は自負している。

 しかし、手応えはない。というより風に触れた瞬間、斬撃が消されたように亜音は見えた。

 

「飛ぶ斬撃は威力関係なしに効かないか、なら」

 

 亜音は身体から黒い霧を四方八方に溢れさせ、形を黒い棘に構築した。

 そして、上空で蠢く不吉な風めがけて黒い棘をぶつけにいきながら、自身の刀に炎を纏わせる。

 

「悪いが、本気で行かせてもらうぞ?魔王!」

 

 亜音は黒い棘を意思で操り、蠢く風の背後と横を取る。さらに正面から、刀を寝かせて右に構えておき、同時に多重方向、いや全方向から攻撃を仕掛けた。

 その様子を見ていた霊体達は、亜音の実力に目を奪われていた。一人でどれだけの動作をしているか、しかも、頭も使いながらそれをやっているのだ。嫌でも、亜音の強さがわかる。

 しかし、その時、亜音の耳に女性店員の叫びが聞こえた。

 

「亜音さん!駄目です、そいつに触れたら!!」

「なに?ーーーーっ!」

 

 亜音の〝輪廻眼〞に映る黒く染まった魂のない肉体、流動体はせわしなく蠢き始め、まっすぐ亜音に突っ込んできた。

 

「ちっ!」

 

 亜音はすぐさま黒い霧を新しく発生させ、亜音の正面から勢いよく不吉な風にぶつけるが、黒い霧は不吉な風を足止めさえできずに霧散していった。そこでようやく理解した。

 

「触れたら、完全消滅か、シャレにならんぞ!」

 

 亜音は即、後退を選び取る。刀からは炎が消え、亜音の集中力が途切れた。亜音は空を何回も旋回するが、不吉な風は徐々に距離を詰めてくる。少年の額には冷や汗が大量に噴き出していた。

 リリと女性店員は、顔を青ざめてその様子を見ていた。

 

「し、白夜叉様を連れてこなければ!」

「あの白い鈍色の風はなんなのですか?!」

「今は説明してる暇はありません!リリもついてきてください!!」

 

 リリと女性店員は来た道を戻ろうと走る。

 その途端、不吉な風は、動きを止める。亜音はその隙に、霊体達の側に降りた。

 

「誰か、あの正体を知っているか 、このままじゃ手の打ちようがない」

 

 すると、少年の膝に寝ていたアリクイの獏が亜音の横に浮遊し、鳴き始める。

 亜音は視線をちらっと横に動かした後、視線を不吉な風に戻した。

 

『おそらく、あれは〝退廃の風〞よ。この箱庭でも最強の神殺しと謳われる生粋の魔王。姿なき魔王。あの風はあらゆる物質を概念を、霊 格を摩耗させ貪り、喰らい尽くすわ。天災の代名詞。倒すことを考えるのさえ間違ってるほどの存在』

「君、メスだったんだね」

『そんな事より、どうするのだ?貴方は強いけどあれは』

「いや、この位置ならいける!ーーーこれでダメだったらお陀仏だけどね」

 

 亜音は上空に漂う不吉な嵐、“退廃の風”から視線を動かさないまま、横に歩み、霊体達から距離を取る。

 そして、右手を前にかざし、焔を発現させる。

 

「ふん!」

 

 炎は生まれては中央に収縮され、生まれては収縮されて行く。そして、炎の色が段々と変化していき、それと同時に、右左に何か棒状のような物が形成されて行く。徐々に長くなり、炎は太陽コロナのような光を放ち、炎熱が空気をピリつかせ、熱波があたりに放たれる。大気が肌を痛めつける。それほどの炎熱が亜音の右手より放たれていた。

 そこへ内なる者〝蚩尤〞が精神内から声を掛ける。

 

『亜音、まさか.........大天幕ごと消し飛ばす気か?』

『さあな、最悪、箱庭の空は一日くらい炎の空になるかもしれない』

『おい、冗談抜きでか?』

『本気だよ、でなければここにいる者たち、いや他の所にも被害が及ぶ。ここであの魔王は“消し飛ばす”。話は通じないだろうしな』

 

 亜音と蚩尤はそれっきり、会話をせず、亜音は右手の炎にさらに力 を込めて行く。

 そこで、炎にさらなる変化が訪れる。炎の色が真紅から飛び抜けて青色に染め上がった。

 だが、そこで、〝退廃の風〞は予期せぬ行動を取る。

 〝退廃の風〞は変な方向に吹き荒れながら、去って行ったのだ。

 しかし、その先には、リリと女性店員がいた。

 つまり、去ったのではなく、亜音の青い炎を見て、攻撃対象を変えただけだった。

 

「汚い知性だな おい!」

 

 亜音は青い炎を霧散させて、一気に地を踏み砕く。

 霊体達は〝亜音〞の作り出した大嵐に吹き飛ばされそうになるが、 みんなでおしくらまんじゅうして、耐え凌ぐ。

 間に合うか、間に合わないか、だがさらに亜音へ悲劇が訪れる。

 それは、リリと女性店員が後ろに迫っている〝退廃の風〞に気付いていないことだった。

 

「リリ!後ろだ!!」

「え?」

「くっ!?」

 

 女性店員はすぐさまリリを抱えて走る。

 しかし、遅かった。 女性店員はすぐ目の前まで〝退廃の風〞が迫って来ているのを悟ると、

 

「リリ!ごめんなさい!」

 

 女性店員はリリを横に投げ出し、自身は〝退廃の風〞と向き合う。

 つまり、死を覚悟したのだ。リリは叫ぶ。

 

「いや!いやああぁああ!」

 

 そこにちょうど、亜音が〝退廃の風〞と女性店員の間に割り込む。

 亜音に死ぬ覚悟はない。ただ右腕を捨てる覚悟をしていた。

 少年の体を炎熱と共に青白い光が覆う。

 

「亜音さん?!」

「さあて、上手くいくかな?」

 

 二人の視界いっぱいに〝退廃の風〞が吹き荒れた。

 女性店員は亜音を死なせないために、前に躍り出ようとした。

 

 

 その瞬間、太陽の日差しが閃光のように世界を染め上げて爆発した。

 

 

 “退廃の風”はその輝きによって、後方へと弾き飛ばされる。

 銀色と白の輝きはまさに地に降り注ぐ日光のような眩しさだった。

 亜音は輪廻眼を解き、つい手で視界を隠す。

 女性店員は、その光を放つ主に心当たりがあるのかその光に背を向けたまま、地に座り込む。

 

「............よかった」

 

 亜音はすぐ屈み女性店員を抱えて、リリの元へ駆け寄る。こんな時でも、亜音は冷静に動いた。有無を言わさずに二人を抱えて、光の発現者の元へ跳躍する。

 そして、亜音は二人をゆっくり下ろした。亜音は日の光を放つカー ドを掲げた少女を見て、息を吐いた。

 

「ふぅーーーーーー助かりました、白夜叉様」

「怪我がなくて幸いだ。だが、話は後だ、しばしそこから動くな」

 

 白夜叉はギフトカードを手に持ったまま〝退廃の風〞へと近寄る。

 そして、ここに二つの〝人類最終試練〞が相対したのだった。

 白夜叉は一言告げる。

 

 

 

天動説(わたし)とやるのか?」

 

 

 

 白夜叉のその一言で、東区画に吹き荒れた暴君、〝退廃の風〞は悔しがるように吹き荒れて、その場より消え去るのだった。

 

 

 

 

 

 


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