新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第六話「孤独な存在=完璧な存在」

 遥か昔、神話が今まさに紡がれていた時代の話だ。

 未来の英雄は剣を振り。

 罪人は地獄の底でその時を待ち。

 互いの神話を食いちぎ合う、そんなはるか昔。

 

 

 一人の女が突如、誕生しその権能を覚醒させた。

 

 

 出生も不明、神が産み落としたとも思えない。生みの親である神より強い者を、神は創造したりはしない。

 つまり彼女はーーーー生粋の最強種であり、原初の中でも最強の“霊長種”だ。外見は魔女に近い。混沌とした雰囲気を纏った闇を司る女神のような存在。その女はすべてを持って生まれた。美しさも名誉も、力も、かの神王や雷霆の神ですら簡単にねじ伏せ、力でも彼女に勝てるものはいなかった。

 生まれた当初は弱点もない、完璧な存在だったと言えよう。

 だが、長い時を過ごすことで彼女に欠点が生まれたのだ。

 それは同性の人徳。

 男性の神にはその美しさゆえに人気があったが、彼女はいつの間にか、数百年で多くの女神や地母神などを敵に回した。

 そこからが彼女の地獄の神話が始まった。

 その引き金となった感情は、単純に嫉妬である。

 歴史を、存在を、嘘八百でねじ曲げられ、彼女は全ての神話を終わらせてしまう存在として討伐対象となった。

 女が嘘八百を晴らすのは容易かった、それでも事実、彼女がいる事で他の神々の存在意義を全て奪っていたことに変わりはない。神々にとって存在意義を失うことは死を意味する。

 そして、生来の女神は他の女神達によって騙されるように一つの呪いを掛けられ、 歴史に残ることもなく神話よりその姿を消し去った。誰もその女を知る者は存在しない、未来永劫、永遠に約束された忘却の彼方に彼女はいる。

 

 “一人であることに怖さはない、そんなことは初めから識っているからだ”

 

 “孤独なのは分かりたくもない、どんなに時が経っても私の心は凍ることなく現実を知らしめる”

 

 “孤独は悲しみ、怒り、憎しみ、悦び、その全てを知っている”

 

 “皆が何者でもないと言うのなら、なぜ名は失いこの心は形を失わないのだろう”

 

 “私の名はCalor Merus、もしこの声が誰かに届いているなら多くは望まないわ”

 

 “この名を識ってほしい、そして未来に”

 

 

 

 

 

######

 

 

 

 〝ノーネーム〞本拠地、談話室。

 

 亜音が朝から出かけて行った後、十六夜、飛鳥、耀の三人も一稼ぎ に出掛け、黒ウサギは談話室でリリの話を聞いていた。

 リリの話とは『退廃の風』に襲われた時の事だ。

 

「............そうだったのですか」(亜音さん...意外にトラブルメーカー )

「でも、さすがは白夜叉様でした!」

「確かに白夜叉様は凄いお方です、今度、その件で挨拶にいきましょう」

「はい!」

 

 リリは笑顔で返事をしたが、その後すぐ顔色を悪くする。

 黒ウサギは気になり、リリの顔を覗き込み、声を掛ける。

 

「リリ どこか具合でも」

「............違うんです......亜音さん.........ここ最近、いえ、ここに来てから......毎日、朝食を食べてないんです、」

 

 リリは俯き、亜音の身体の事を心配していた。リリだって馬鹿ではない。だから、色々と勘ぐってしまうのだ。子供たちのために遠慮して食べないでいるのではないか、食費を節約しているのではないか、朝食が口に合わないのだうかと。もちろん、亜音はそんな事を口に出してはいない。でも、亜音は優しい人、それを肌で感じとったリリは余計に心配だった。

 

「確かに今日も朝から姿を見せていません。遊び歩くような人ではないですし、何かに巻き込まれてもそう簡単に、というか万に一つも最悪な状況にはならないでしょう。ですが逆にいえば、帰りが遅いということは、戻ってこないかもというな可能性が出てくるのですが、帰ってこなかったらせめて、〝甲斐性 なし 〞と叫んでやるのですよ!」

 

 黒ウサギは冗談半分に声をまくし上げる。

 けれども、リリは重苦しい空気のままである。

 それを見て黒ウサギは失敗した感を味わうのだが、急にリリは吹っ切れたように顔を上げた。

 

 

「いい方法を思いつきました!」

「リリ?」

 

 

 黒ウサギが首を傾げてリリを見つめるが、リリは我知らず胸の前で握りこぶしを作り、元気良く気合を入れるのだった。

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 

 無人島、《擬似クレーテー島》

 亜音は浜辺に立ち、なぜか闘う気が失せていた。目の前には真紅の剣がバラバラに砕けて散乱し、黒い霧で覆われ身動きを封じられたケ ンタウロス型の自動人形がいる。

 亜音の瞳は紫色に染まり、黒い核を輪廻の線が囲う〝輪廻眼〞のままであるものの、やはりこれ以上応戦する気配はない。

 この状況からしても自動人形の怪物は、本気になった亜音の敵ではなかった。攻撃力だけならペルセウスを打倒できるほどには匹敵していたかもしれないが、亜音からしてみれば動きが鈍足、読みやすかったのだ。案の定、 四本の真紅の剣を亜音はすべて二本の刀で叩き割り、黒い霧で関節を締め上げている。

 そんな亜音に、精神世界より声が掛かる。

 

『いいのか ............話だけは聞いていた。お前の事だから何か考えがあるんだろうが』

「.........まぁなんとかなるよ」

『そうか..................』

 

 〝蚩尤〞は口を閉じ、精神世界より静観する事にした。

 亜音はそこで異変に気がつく。

 それは〝輪廻眼〞の目だからこそ気付けた事で、そのせいで亜音は自動人形の怪物に手を下す気をなくしたのだ。その瞳に映った変化は、ケンタウロス型の鎧の奥に光る人型の肉体と魂の火が大きく光り拡大したのだ。最初は小さな蛍火だったが、時間が経つ度に、それは大きくなり、人の大きさまでになっていた。

 ローゼンクロイツが言っていたことやそこから導き出せる答えはーーーーーこの鎧、このタロースは“封印の役目”を担っていたという事だ。

 そして、封印されていたのは、人、もしくは人の形をした化け物か。

 おそらく後者だろう。でなければローゼンクロイツは、最後にあんな事は言わないはずだ。

 

『死にたくなければーーーーーーーーーー怪物の二段階以内で必ず倒 せ』などと。

 

 まとめると、化け物じみた強さを持つ者が封印されており、変形を繰り返すたびに封印は弱まり、最終段階へ、つまりは封印が解かれる。

 それでも亜音は、封印を解くのに迷いはない。使役、隷属はあの狂気の暴れ方からして無理だろう。

 このゲームに勝利するには倒すしかないのだ。

 だが、それはつまり、中身を殺す事を意味するのだ。例え化け物だろうと、確信がない以上、情報が欲しいだけで奪うわけにはいけない。

 刹那、亜音は一瞬、世界が止まったような感覚に襲われる。まるで、封印が解かれた余波だけで世界の歯車を無理やり止めたかのように。

 我に戻るといつの間にか、展開していたはずの黒い霧は木っ端微塵に霧散し、真紅の鎧もまたその役目を果たしたように砂に戻っていた。

 そして、その砂が煌めく星々のように地に降り注ぐ奥に、一人の女がいた。視界には一人の女性が映っているのにも関わらず、亜音は即断でその人を人ではないと心の中で断言した。それほどまでにその者が放つ力の波動は、半端ではない。

 目に見えないのに、その者が力を放出しているわけでもない。なのに色彩が反転しているかのように世界が歪んで見える。

 

「なるほど、だから私の呪いが解けたのね」

 

 おかしいと亜音は思った。なぜなら、その女性の声は亜音の“真後ろ”から聞こえたのだ。

 微かな一瞬だった、亜音の視界にはもう女性の姿はない。

 そして、亜音の背中には手が添えられていた。

 つまりーーーーーーー亜音の負けだった。

 亜音は自然に、元々開放していた時から言うつもりだった言葉を日差しの下で告げる。とはいえ安全装置のためか、敗北したときの対価は特に設定されてはいない。どちらにせよ、まずは話をすべきだろう。

 

 

「降伏します。俺の負けです」

 

 亜音は人生で初めて、圧倒的な力の差を思い知らされる敗北を喫した。

 亜音の言葉を受け入れたように世界は、元の長方形の部屋、青いラ ンプで照らされた玉座の間に戻った。そのあとゆっくり後ろに振り返り、その女性と相対する。背丈は同じくらいで、亜音の背は170を超えている。女性の中では長身である。

 一言で、その者は美しい。パーティー会場によく居る何処かの財閥の跡取り、お嬢様のような豪華さを身に纏い、グラマーかつ理想の体型に張り付くようなイブニングドレスは暗がりを照らす青き光を跳ね返し、紫の光沢がまたクールな大人の女性をイメージさせる。そして、何より男を試し誘うかのような妖艶な紫の瞳は、危険と分かっていながらも、脆弱な精神ではその誘いに乗ってしまうだろう。背中はほぼ無防備に透き通った穢れなき肌を下着が見えないギリギリまで露出し、首元から胸の谷間もまたさらに男の色欲を高める。腕には二の腕から腕首までの肌を黒いアームカバーで隠しているが、逆に色気が増している。

 そして、床に付きそうなほどの黒きダイヤモンドの光沢を持つ錦糸の髪は乱れに乱れ、整った顔の前を舞っている。鬱陶しくないのか、 疑問なところである。

 そんな中、何かを信じられないかのように女性は目を見開いていた。

 女性は目を細めて、小さく笑う。

 

「へぇー本当に、私を助けるつもりだったの.........死ぬかもしれないのに、優しいのね」

 

 亜音はすぐに、その女性の力の質に気が付く。

 

「空間転移に、触れた者の記憶観賞............貴方は何者ですか、」

 

  けれど、その女性は聞く耳を持たずに、全く別な話をしていく。

 

「ローゼンクロイツとかいう男の子、元々教える気はなかったみたいよ」

 

 亜音はハッと我に返りながらその言葉に視線を玉座に移す。そこにはもう旗印はなかった。

 さすがは秘密結社である。約束破りは十八番みたいだ。

 

「はぁ.........半分ぐらいそうだろうなと思っていたが......本当に......って聞いてますか?」

 

 女性はまたもや一人で勝手に行動し、なぜか床にしゃがみ込み、手を添えて瞳を閉じる。

 少し経って、女性は立ち上がると、亜音の肩に優しく撫でるように 手を置いた。

 

「はい♪」

「っ?!」

 

 その瞬間、亜音とその女性は空間を飛び、まるで景色が動いたかのように二人は飾り気のない寝室に立っていた。寝室は窓がなく、赤いランプで照らされてはいるが、やはり暗い。

 亜音は周囲を見渡し、場所がどこか探るが、その女性がすぐに答えた。

 

「同じ宮殿内の寝室、さっき私、床に触れたでしょ?それでこの場所を見つけたのよ」

 

 その女性はゆっくりとキングサイズのベッドのサイドに座り、亜音に向き直る。

 亜音は怒涛の展開にため息をつきながらも、女性の視線に応え、少し離れて横に座った。

 そのまま無表情で、女性を観察した。すると、

 

「やぁね、そんなに見られちゃうと、まんざらでもなく襲いかかるわよ?」

「............綺麗ですね」

「ふふ、君は随分と正直者ね。............けどそんな疲れたような顔で言われても嬉しくないわ.........で.........私の事知りたいのかな?」

「それはまぁ、色々と事情は聞きたいですが」

 

 そう簡単に話してくれる訳がないと亜音は思っていたのだが、

 

「いいわ、私も亜音の記憶を全て見たから、おあいこね」

 

 亜音はふと思い出す。惨劇の過去の後に生まれた自身の“大罪”を。

 同時に心臓をナイフで刺されたかのような衝撃を受け、胸を抑える。女性の言葉を合図に亜音の心臓が激しく脈打ち始めたのだ。

 亜音は舌打ちをし、タイミングの悪さに苛立つ。しかし、深呼吸しても発作が収まる気配なく、次第に肩で息をし始めていた。今はそれどころではないはずなのに。

 

「ふふ.........えい!」

「っ?!」

 そんな亜音を女性はいきなり、自身の豊満な胸に抱え込む。もはや発作どころではない。亜音は心臓が止まりかけた気がした。

 しかし、それを気にゆっくりと呼吸は落ち着いていった。

 亜音は呼吸が落ち着いた所で冷静に離れようとするが、耳元に声が聞こえた。

 

「そのままで聞きなさい、でないと話はしないわ」

 

 亜音はこの身勝手さに懐かしさを感じた。母親もこんな感じで強引に話を進めようとするのだ。だが赤の他人にそれをやられては、男として少し悔しさを覚える。仕方なく亜音は女性の背中に手を回し、二人はベッドに横になった。

 亜音は女性の心臓の音をBGMにして、女性の言葉を聞いた。

 

「私自身、自分の事は何もわからないわ。でも私は生まれつき成人の姿で、原初の神と比べても最強だということはすぐに理解した。だから私はよくモテたの。でも、どいつもこいつも、力と身体目当て、それに私自身、当時は男性に興味がなかったから、私は処女神としても有名だったわ。」

 

 そこでなぜか、話を区切り、亜音に視線を落として微笑む。

 

「当時、処女ってとこ大事よ 、私は今、亜音に惚れちゃってるから♪ ふふ」

 

 亜音はもはや呆れ顔で女性を見上げる。呼び捨てかよと心の中で吐き捨てていた。

 だが、無理矢理、また胸の谷間に押し込まれて女性は話を続ける。

 

「私は力も、美も、名誉も地位も持ってたから、一人で生きてこれた。 いえ自分から他人を遠ざけて見下していたわ。そのせいで私は、私に嫉妬した女神達に主催者権限と呪いで封印されてしまったの、自業自得って笑ってもいいわ」

 

 亜音ははっきり言って、混乱していた。この状況に対してもだが、 これほど危険な力を持った存在が復讐を考えてもおかしくない状況にいるのに、なぜかとてもこの女性が人間味溢れていて弱々しく見えた。

 亜音はほんの少しだけ彼女に近い、完璧の苦悩、を理解していた。理解できた理由は、亜音も完璧に近い才覚と知能を持っているからであり、誰も気付かないような歪みに気が付き直せる存在、報われにくい存在だからだ。完璧な存在。それは存在するだけ他を傷つけ、自分を孤独にするもの。たとえ周りと上手くやっても、本物の友情や愛情は手に入らない。完璧な存在が周りと上手くやるということは、自分を殺し て、隠して生きていくということに他ならないからだ。みんなと居ても、心は孤独、一人で離れた場所にいるのと大して変わらない。それどころか、目と鼻の先にあるのにもかかわらず手の届かないーーー暖かい空気に絶望するだけだろう。

 これに近い、孤独な話がある。

 カバとライオンを比べた話だ。カバが口を開いていると、自然に小鳥が歯の上に集まる時がある。けれど、ライオンはその王者の存在格のせいで、牙に止まるどころか、遠くから小鳥の鳴き声を聞くことしかできない。ライオンは一生、小鳥達、自分より弱い者達と触れ合うことはできない。望むか望まない関係なしに、それがこの世のルールになっているのだ。力を得る代わりの代償といえよう。

 それこそ、彼女に起きている事象なのだ。いやもっと酷いことになっているのだろう。

 亜音は顔を横にずらし、呟く。

 

「笑わないよ、絶対に」

「ふふ、その反応ー。やっぱり、亜音は優しいのね.........」

 

 女性は少しの間、黙り込む。

 亜音もせかさず次の言葉を静かに待った。そんな亜音の耳に儚く散ってしまいそうな囁きが入ってきた。

 

 

「..................亜音といると胸が熱くなるわ...............これが温もり...... かしら」

 

 

 亜音は気付かない内に一雫、頬に垂らしていた。亜音が想像した、彼女の数百年もの孤独はあまりにも辛すぎるものだった。

 理想を体現し一人で頑張ってきた彼女を待っていたのは、神々による排除と呪い。好かれる事を夢見た彼女への仕打ちとは思えない。

 それに気付いた女性は、亜音を抱いたまま起き上がる。女性の後ろには黒い髪が乱れていた。女性は亜音をあやすよりも、先に話を終わらせようと、口を開く。

 

「兵器としてこの世界に捨てられ、封印が解けないように使用制限時間が言伝られていたのだろうけど、時代が経つに連れて、私の存在は忘れられたみたい。それが呪いだったのかもね。おそらく歴史にすら記載されてないわ」

 

 亜音はその言葉で一気に冷静になり女性から少し離れて、腰に巻いていたポーチからハンカチを取り出す。涙を拭き、ハンカチをポーチに戻すと、女性に向き直る。その際、女性の白い肌が露出している胸に水滴がついている事に気が付く。亜音はハンカチを裏表、逆にして差し出した。

 

 

「ふふ、ありがとう♪」

「俺のせいでもあるから............すまない」

「別にいいわ」

 

 女性はゆっくりと谷間にハンカチを挿していき、水滴を吹いていく。拭き終わるのを見計らい、ハンカチを亜音は出来るだけ優しくぶんどる。余計な気を使わせないために。その様子を女性は静かに微笑んで見ていた。亜音は無表情にハンカチをポーチにしまい、立ち上がろうとするが、亜音の手を女性は掴み、立たせない。

 

「亜音の知りたいこと、全て教えてあげるわ」

「っ!...........知っているのか?」

「ええ。けど、条件があるの。亜音が悟ってるとおり」

 

 

 

「私はこの世界で“霊格”が確立してないから、あと数時間の命よ、ギアスのおかげでなんとかなってるのもあるわね」

 

 

 

 

 亜音は自分のせいで彼女が死んでしまうと思い、歯ぎしりするが、そんな亜音に優しく声を掛ける。

 

 

 

「亜音が今考えてくれてる方法で私が助かってもダメなの、それだけは私は嫌なのよ」

 

 

 

「だって今度はーーーーーーーーーー亜音が“孤独”になってしまうわ」

 

 

 

 亜音が考えた方法というのは、〝蚩尤〞と同じように完全に同化することだった。

 でも、もしそれをしてしまったら、亜音は“完璧な存在”になってしまうのだ。

 〝蚩尤〞も必要ない、〝ノーネーム〞の仲間たちも必要なくなる、白夜叉に頼ることもなくなる、一人で世界を変えられる存在、孤独な存在に、彼女と同じように今度は亜音がなるのだ。

 例え言葉で、〝蚩尤〞は友達と言っても、彼女の力の方が事は早いのにも関わらず 〝蚩尤〞の力を使えば同情したことになり“蚩尤”との間に少なからずの溝が生まれるだろう。そしては積み重ねれば重ねるほど取り返しはつかなくなるものになる。

 

「それに私の力は危険なの。だから、このまま消えた方がいいわ。完璧な存在はこの世界に一番いらないものだから」

「............」

 

 そんなことないと言いたい。だが、亜音が彼女にできることは何もない。

 彼女が欲しい物はーーーーー孤独を上塗り出来るもの。ここで自分が無理矢理、彼女と同化して一緒に孤独になっても、一生手に入らない物だ。

 女性は今この瞬間だけ、孤独を消し他の温もりを感じれていた。

 自分を尊い、孤独の辛さを、頑張ってきた過去を理解してくれる亜音、そんな亜音のことを考えると心が暖かくなるのを感じるとともに、今まで味わってこなかった他を傷つけることへの心の痛みをも明確に感じることができた。

 全てが彼女にとって、新鮮な物で“本物”だった。だから彼女の目に映る世界に、彼女は今だけ、〝 榊原 亜音 〞にわがままを告げる。

 

「さっきの交換条件。それはねー私のわがままを聞いて欲しいの。今この刻だけ、私を大切な人だと思ってーーーー抱いてほしい」

 

 亜音はその言葉に目を見開くが、少し息を吐いて落ち着くと、

 

「............それだけはダメだ」

 と言い、亜音はベッドから立ち上がる。

 その背を女性は寂しそうな微笑みで見つめていた。女性の言葉は半分冗談で半分本気だった。つまりどちらに転んでもよかったのだ。女性は訂正しようと口を開こうとする。しかし、そこに亜音が強い口調で、

「名前を教えてくれないか?」

「名前?そういえば名乗ってなかったわね......Calor・Merusよ。とは言っても、自分でつけた名前だけど.........おかしい名前よね」

「...............カロル・メルス...ラテン語の...............左右逆にして〝本物の温もり〞か」

 

 亜音はなぜか、そう呟きながら青の長袖ワイシャツを脱ぎつつ腰に巻いていたポーチを床に置いた。

 その行動に女性は呆気にとられ、次に亜音が取った行動に、カロルは完全に心を奪われた。

 

 

「カロル・メルス。貴方のことを皆が忘れようと俺は覚えておく。この心と身体で」

 

 

 亜音は優しくカロルの肩に手を添え、唇を重ねた。とても優しいキス、暖かくて、自分を尊うてくれる亜音。初めて男性にキスをされたのに、女神のカロルは緊張や嫌気がなかった。

 二人はゆっくりと唇を離し、額を寄せ合う。

 亜音はカロルの前髪を綺麗に横へ払い除けるとカロルが今一番掛けて欲しい言葉を掛けた。

 

「貴方は一人じゃない。それに完璧でもない、貴方は誰よりも人間味があって、綺麗な、魅力的な女性です。俺はそんな貴方を尊敬し、愛します」

「なら、私の処女はいらないのね」

「自分の体は大事にしてください。“いつか”本当に好きな相手と」

 

 亜音はそう言うとカロルをベッドに寝かせて、掛け布団をかけながら自身もベッドに入る。まるで、カロルが寝つくまで側に居てやる、と言っているかのように亜音はカロルの黒い髪を指で撫でながら自分の胸に抱き寄せる。亜音の胸の中で、カロルは温もりを感じながら微笑む。

 カロルは亜音という人間性に本気で惚れていた。今まで出会ったどんな英雄よりも神々よりもよりも、大きい存在。

 亜音と比べたら、どいつもこいつもただの欲望の塊にしか見えなかった。とても十七、八年しか生きていない人間とは思えない。こんな残念な自分にはもったいないとすら思えてくるカロルだった。

(............あーあ。私本当に、亜音に惚れてたのに...............意外と鈍感なのね。セラリアが羨ましいわ。でも、私の記憶観賞は擬似体験みたいなもの、それで我慢しといてあげる)

 

 今は亡き、セラリアが世界最強の女神?に嫉妬されるなど、天地がひっくり返る出来事だ。アテナに嫉妬されるより価値のある事である。おそらく一日ぐら い心臓止まるのでは?

 カロルはそんな暖かい光景を妄想していた。

 最後にカロルは、心よりメッセージを贈る。

 

 

 

(..............................ありがとう、愛してるわ。亜音)

 

 

 ほんの数時間のやりとりだった。

 それでも君は私にかけがえないものを残してくれた。

 だから、自信を持って。

 私にも君が“間違っているのか”、“間違っていたのか”、分からない。

 だけど、君は必ず、最後は正しい判断を下せる。

 世に生まれた中で最強の自称女神様のお墨付きよ。

 だから、お願い。

 そんなに自分を責めないで、自分を傷つけないで。

 自分を大事にして、自分を信じて。

 

 

 

 

  私とは違ってーーーーーーーー榊原亜音は一人じゃないのだから。

 

 

 

 

 

######

 

 

 

 

〝ノーネーム〞本拠地。亜音の自室。

 日が暮れた時間帯、亜音は自室で寝ていた。

 側には上着とポーチ。そして、封がされた一通の手紙。亜音はあの時、元々交換条件を満たす気もなく、情報もまた別の機会でと諦めていた。それよりもただ彼女に、孤独な女神に、人の、本物の温もりを与えたかった。本当に大切な人から貰った温もりを再現したかったのだ。落ち込む自分を布団の中で抱きしめてくれたセラリア、それと同じように。

 そんな気持ちが本当に、孤独な女神にとって、唯一の救いで、幸福だったのだろう。

 亜音の夢の中でとても幸せそうに手を振る彼女を、亜音は何もできなかった悔しい思いを押し殺して今だけは笑顔で見送った。

 

 その時、亜音の頬に一筋の線が流れ、確かに刻まれるのだった。

 

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