新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第十一話「偉業、悲惨の系譜」

 先進国。

 経済発展によって経済が世界でも「先進」的な水準に達していることを指す呼び名。

 経済が発展しているという環境は、少なからず安全な生活を送れることが必須だ。

 子供を産み、見守るための施設。

 子供が大人になるための学び舎。

 公共利用に伴う事故防止の管理。

 軽犯罪の取り締まりと治安の維持、道徳マナー、法律の浸透。

 生活医学による難病の防止。

 上記のことから子供が大人になるための環境が整っていること、それが最低条件になるのは間違いない。

 しかしそれは未だに整っていない場所は何箇所もあり、そんな人々を救うために俺たちは世界を歩いていた。

 

 

 XXXの紛争地域、約三年前の冬。

 

 

 灰色の都市。辺りからは時折、爆発と銃声が不規則に鳴り響き、その度に暴風が吹き荒れ、渇いた風を運んでくる。血に汚れた瓦礫だらけの道には、煙と共に肉が焼けたような異臭を放つ黒いモノが散乱している。それは、おそらく誰かの一部が焼け落ちたモノだろう。さらにそれは数えきれないほど当たり前のように散らばっている。そして、人の死体もまた、数え切れない。腕は波を描くように曲がり、顔が原型を留めていない者、片足が吹き飛んだようにない者、首から上がない者。

 さらに死体は“服装”がバラバラ、軍人のような迷彩服を着ている者や、民間人のような私服を着ている者もいる。ここはそれら全てが当たり前の空間であり、“やらなければやられる”紛争地域という名のーーーーーーーーーーー人の“共食い場”なのだ。

 その場所の廃墟ビルーーーー入って数メートルの隅から女性の泣き叫ぶ声が響く。

 言語はわからないが、おそらく、その泣き叫ぶ者の前に倒れ伏してる幼い黒人の少年が、このままだと死ぬということなのだろう。

 泣き叫ぶ女性は母親であり、医者を探しているようだ。必死に泣き叫び、周囲の人だかりへ、いや世界に懇願する。

 ──────助けて、と。

 だが、残念な事に、この場には医者はいない。それは探すまでもなく当然のことだ。

 医者は絶対に最前線には来ない。行く奴はアホと言ってもいいだろう。

 医者は人にとって、生命線だ。

 鉄の掟のように医者には、絶対のルールがある。

 

 

 それはーーーーー絶対に患者を残して戦死してはならないこと。

 

 

 医者は死んではならないのだ。時にはそのために鬼のような判断が必要とされる時もある。それが暗黙のルールであり、掟だ。

 その医者達が、いつ流れ弾が飛んでくるとも分からない最前線に出てくるはずがない。つまり、この場には医者は居ない、あの少年は死ぬということだ。その少年の腹部からは大量に血が流れている。見る限りおそらく流れ弾が当たり、容体を見る限り体内にその弾が残ってしまっている可能性が高い。諦められない母親は、顔をくしゃくしゃにして声を張り上げる。最前線より少し引いた場所なので、敵はいない。それが唯一の救いだった。皆は自然と顔を逸らして、目を伏せる。どうしようもないと、諦めていた。

 

 そこへ、この場で異質を放つような服装をした中学生くらいの少年が歩み寄る。

 異質な服装、その服は日本の整えられた学ランの制服だった。

 少年は学ランを脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げ、ネクタイを外す。

 そして、その少年は黒髪を靡かせ、その年齢からはあり得ない発言をした。

「これより、麻酔なしの─────緊急オペレーションを始めます」

 

 彼の瞳は輪廻を描き、今その命をこの世に繋ごうとしていた。

 

 

 

####

 

 

 XXXの紛争地域、教会と屋敷の立つ森林より、少し離れた河川。

 

 

 

 七月末頃。

 大きな岩に、俺、幼い女の子、セラリアの三人が並んで座り、川に向かって釣り糸を垂らしている。手作りと一目で分かる、竹の竿を手に持ちながら。

 俺の目の前に流れる川は、森林を横断して貫通している割にはとても大きく、横幅、向こう岸まで約三十メートル以上ある。けれど、流れは豊かなので、皆で泳ぐには最適な場所である。この前も皆で泳いだものである。その時に見せ付けられたセラリアの爆弾ボディを時々思い出す。特に歓迎会バーベキューの次の日に魅せたものは衝撃的だった。俺がセラリアにキツく言った事を本人に謝ると、嬉々にセラリアは自分を引っ張り川で泳いだのたが、その際のセラリアは途轍もなく機嫌が良かったらしく自信満々に白 いビキニとグラマーなボディ、濡れる赤い髪とウサ耳を見せつけてきた。

 

『お、お礼よ!ど、どうよ、この完璧な』

 

 そこで冷静に俺は、

 

『案外、単純なんだな、セラリアって』

 

 少し照れ臭く悪態ついてしまい、俺は川に沈められそうになった。

 それでも、やはり記憶には残ってしまうものらしく、何回も写真に残して置けばよかったと後悔した。それほどまでに彼女は美しく、可愛い“笑顔”だった。

 俺は視線を川に映る眠そうな自分に移したとこで欠伸をし、溜息を勢い良く吐いた。

 理由はこの灰色の、雨が降りそうな天候と釣りの成果が今の所ゼロということもあるのだが、一番の理由はーーーーー昨夜見た夢、確かに夢なのだが、それは現実に起きたことだった 。

 今日見た夢はーーーーーーー俺が中学二年の冬休み、初の、しかも麻酔なしの手術を成功させた本当の出来事。だが、麻酔なしとは言うものの、あの時の黒人の少年はもう痛みすら感じないほど重体で意識は無かったから、大して麻酔ありとは変わらなかった。 そして、成功したのは俺の中では当然、というより実感が何も無 かったから当然のようになってしまった、という方が正確だろう。 それは当然といえば当然だ。

手術後ようやく自分の顔、両腕、白いワイシャツが大量の赤い血で 塗りつぶされている事に気が付いたのだ。もはや別の誰かが代わりに手術を施してくれたような気さえしてくる。

 そして、何より医者の免許もない、手術の練習をしたという裏付けもない、手術中の時も反射的に意識を浮かせながら手術をしていたし、これまでも両親の手術や、紛争地域での手術に立ち合わせていただけであり、医療の本から適当に知識を詰め込んだのみーーーーーーー実感なんて湧くわけも無かった。それに自分はその時まだ中学生だった。湧く方がおかしいのかもしれない。加えて自分自身、みんなとは違う、自分の異質さには自覚があった。

 俺は中学二年の春より世界をボランティアという形で回ってきたが、その時すでに日本語を除いた三ヶ国もの言語を理解し会話できていた。まだまだネイティブにはいかない時もあるが。さらにこれまで自分に授業をしてくださった多くの先生方が自分の学力を目の当たりにして、その場ですぐに脱帽していた、と思う。だからさすがに技能、内面や性格も、周りとの違いはすぐに自覚できた。

 ーーーーそんな夢を見たせいで中途半端な時間帯に跳ね起きてしまい、寝不足だったのだ。 釣りという名の睡魔も強力なもの、欠伸をしてしまうのも、ため息をついてしまうのも、仕方ない事である。

 俺はそこで、視線を横に動かし口を開く。

 

「今日は諦めよう、そろそろ雨も降りそうだしな」

 

 でも、白いシスター服のセラリアと活発そうな女の子は精神が強いのか、慣れているのか、川から一度も目を離さない。セラリアはそのまま、返事をした。

 

「なら、先に行ってて。私達はまだギリギリまで粘るから」

「そうか..................わかった。じゃあ、できるだけ早く帰って来いよ」

「リョーカーイ」

 

 本当に了解したのか?と俺は不安になるが、とりあえず眠い。

 俺は屋敷の小部屋で一眠りすべく、林の奥へと戻っていった。

 

 

 

 それと同時に、〝蚩尤〞の怒鳴り声が聞こえ、榊原亜音は夢から目が覚める。

 もう少し早く覚めればよかったと、自分を苦悶の表情で見つめていた黒ウサギを見て思うのだった。

 

 

 

#####

 

 

 

 〝サウザンドアイズ〞旧支店、湯殿。

 

 そろそろ誰かが起きる時間帯、亜音はトレーニングを終え、朝風呂に入っていた。

 首までお湯に浸かり、一息付きながら、昨夜の事を振り返る。

 亜音が二つの断片的な夢から目が覚めると、“蚩尤”がまた自分のことを喋ってしまっていた。

 喋りたくなる気持ちもなんとなくわかる。亜音自身、報われない人を見たら自分の性格上、報われるようにしてしまうだろう。見ていられなくなるものなのだ。

 だが結局、それ自体は無駄でしかない。人と痛みや悲しみを理解する努力はできても理解することは絶対にできないと自分は思う。身近な人の死もそうだ、同じ身の上の人が亡くなったからといってその命の重さの感じ方は彼ら当人たちでしか補完できない。思い出も、感情も、積み上げた時間も、それらを理解するなどできるわけがない。だから、理解する努力は言ってさせるものではない、理解する努力は自分から率先して行い、そして彼らを尊ぶことでしか報いることはできない。尊ぶは敬うだけではなく、そのことからしっかり学び、その証を、軌跡を残すようにがむしゃらに生きていくこと……………そうだ、だから“榊原亜音”は此処にいる…………。

 

 だがそこで亜音は薄明るい空を見上げて、鳥の小さな鳴き声を聞きながら盛大にため息をつく。

 そのため息の原因はというと、自分のせいで 〝蚩尤〞を衝動的に動かしてしまい、最悪な士気まで陥れてしまった、さらにいつ魔王が来てもおかしくない時に士気を下げてしまったのだ。アホの極みであると、亜音は自分を責め、息を頭上に吐いた。

 それに加えて、謎の金髪の女性のこともある。

 その事を話すべきかーーーーいや、もし敵じゃなかったら、余計な 心配になってしまう。魔王相手に余計な荷物はできるだけ持たせたくない。

 それに本拠も心配だ。魔王がこのタイミングで〝ノーネーム〞を襲ったら子供達は…………。

 念のため、式神として魑魅魍魎の群体を使って子供達を視てはいる、北からの移動も一回だけは無料で使えるように白夜叉に今回の協力の条件として密かにお願いもした。

 可能性はとても低いがーーーーーニュンペーなど、霊体達の件もある。

 さらに〝ノーネーム〞は魔王打倒を掲げたのだ。いつ襲われてもおかしくはない。

 だが、今ここを動くわけにもいかなかった。

 

「..................くっそ」

 

  信じるしかないと、亜音は割り切り、湯船より勢いよく上がる。

 そして、脱衣所にしっかりとした足取りで向かいながら、悩みの種は尽きないものであると亜音はしみじみ思うのだった。

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 XXXの紛争地域、教会と屋敷の立つ森林より、少し離れた河川。

 

 

  亜音が去って、二時間近く経った頃。

 まだ残っていたセラリアと女の子は、身体をピクリともしないで川の一点を見つめる。

 そして、ついに女の子の釣竿に手応えがあった。ピクピク糸が引かれ、竹の竿が弧を描くようにしなる。しかし、釣り上げ、細い糸を手で手繰り寄せると、先端には針のみしか残っておらず、エサだけ取られてしまっていた。女の子はあからさまに落ち込んでしまい、ため息をつくが、そこでセラリアが義理のお姉さんとして笑顔で言う。

 

「大丈夫......もう一度だけ頑張ろう!」

「.........う、うん 頑張る!」

 

  女の子はそう言うと軽やかに大岩から飛び降り、大岩のすぐそばにおいてあった青いエサ箱に手を掛けようとした。

 だが、事態は最悪な方向に動き始める。

 

 

『ひゃあっはっはっは!捕まえたぁぜぇえ!子猫ちゃぁん?』

「いぁ.............いやああああああああああああ!!」

『子猫ちゃん静かにしないと、頭に風穴空いてーーーーーー死んじゃうぞ?』

「っ、...........ぅう」

 

 セラリアはとっくに釣竿を捨て臨戦態勢に入っていたが、平和ボケして油断していたのが仇になった。

 女の子は、ボロボロの迷彩服を着た中年の坊主頭の男性軍人に、黒い銃の銃口を頭に突きつけられて泣いていた。

 セラリアはその様子を見て盛大に舌打ちする。

 人質を取られては反撃する事はできない、それどころか、下手に動く事もできない。

 そして、さらに状況は悪化していく。

 

『こいつはいい女が居るじゃねーか!シスター服はそそるよなぁ?』

『へへへ、ぼ、僕は小さい女の子の方がいいなぁ、早く貪りたい、ぎひひ』

『ロリ趣味とか理解できねぇが、そのおかげであっちの女は二人で頂けそうだぜ』

 

 坊主頭の軍人以外に、二人がそこへやって来たのだ。

 セラリアを見てしゃべったのは、赤い帽子を被ったヒゲ面のボサボサ髮の男。

 人質に取られている女の子を見て獰猛な笑みを浮かべるのは汗臭そうな肥満の男。

 加えて彼らが交わしている言語はこの辺の国の言葉ではない、おそらく犯罪組織側の流れ者の可能性が高い。

 こんな奴ら、いつものセラリアなら瞬殺できるのだが。

  坊主頭の男は苦悶な表情を浮かべるセラリアを見て、さらにいやらしい笑みを深くする。

 そして、セラリアの隠しきれない女体と美貌を眺め、口を開く。

 

『さあて.........こっちは色々と溜まっちまってんだ、その体でたっぷりと慰めて貰おうか。それと言わなくても分かるだろうが、余計な事はするなよ?女の子の頭がすっ飛ぶぜ?』

 

 そう言うと、女の子のこめかみに強く銃口が押し付けられ、女の子は小さく声を漏らす。その際、ついでに坊主頭の軍人は女の子の口に手をあてがい黙らせる。

 そこにもう一人、ボサボサ髮の軍人が付け加えるように、セラリアへ告げる。

 

『大丈夫。ちゃんと優しく、激しく、気持ち良くしてあげるからよ〜』

 

 獰猛な笑みといやらしい視線に晒されたセラリアはただ黙って従い、大岩の上でへたり込む。

 女の子も目を伏せて涙を流すことしか出来なかった。

 でも、セラリアは反射的に一つの名を心の中で呼んでいた。

 

 

(亜音......亜音..................亜音っ!)

 

 

 

 

 助けて。

 

 


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