新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第十三話「余命宣告・死刑宣告」

 最初の変化は本陣のバルコニーから始まった。

 突如として白夜叉の全身を黒い風が包み込み、彼女の周囲を周囲を 球体に包み込んだのだ。

 

「な、何ッ!」

「白夜叉様!!」

 

 サンドラは白夜叉に手を伸ばすが、バルコニーに吹き荒れる黒い風に阻まれた。

 黒い風は勢いを増し、白夜叉を除く全ての人間を一斉にバルコニー から押し出した。

 

「きゃ...............!」

「ひゃあ?!」

 

 リリと飛鳥が空に投げ出され、二人は小さな悲鳴を上げる。

 

「リリ!」

「お嬢様、掴まれ!」

 

 十六夜は飛鳥を、亜音はリリを抱きかかえて舞台上に着地する。

 そして、十六夜と亜音はすかさず遥か上空の人影を睨む。

 

「ちっ、〝サラマンドラ〞の連中は観客席に飛ばされたか」

 

 “ノーネーム”一同は舞台上へ。

 “サラマンドラ”は観客席へ。

  十六夜は舞台袖から出てきたジン達を確認し、黒ウサギに振り向く。

 

「魔王が現れた、そういうことでいいんだな?」

「…………はい」

 

 黒ウサギが真剣な表情で頷くと、メンバー全員に緊張が走る。

 魔王、ありとあらゆる災いの形を成した悪。今まで戦ってきた敵、ペルセウスやフォレス・ガロとはわけが違う。覚悟を問う暇などありはしないし、命を賭ける選択肢しか用意されてはいない。

 だからこそだろう、舞台周囲の観客席は大混乱に陥っていた。我先に魔王から逃げようとする様は、まさに蜘蛛の子を散らすが如くである。

 そんな中で亜音は一人、瞳を紫色の輪廻、〝輪廻眼〞に変化させバルコニーを見上げていた。視界には“白夜叉”らしき原型は映らず、その代わりに色のない何かがドーム状に滞留している。

 おそらく白夜叉はその中にいるだろうと推測し、ここまで“予想通り”の展開に、“もう少し速ければ”と後悔の念を抱く。

 マスクの下で表情を険しくしながら、周囲を警戒する。

 

(まさか、本当に白夜叉と“戦わない”ことを選ぶとはな………)

 

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で思案に耽る亜音を余所に軽薄な笑みを浮かべる十六夜。

 しかし瞳には何時もの余裕が見られない。真剣な瞳のまま、黒ウサギに視線を向ける。

 

「白夜叉の〝主催者権限〞が破られた様子はないんだな?」

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しは利きません」

「なら連中は、ルールに則った上でゲーム盤に現れているわけだ……………ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねぇ」

 

 飛鳥は十六夜の言葉を横目に、少し息を吐くと落ち着いた様子で問いかける。

 

「どうするの?ここで迎え撃つ?」

 

 この落ち着き様に少し十六夜は意外そうに目を細めた、と同時に亜音に視線を向け、なるほど、と零す。

 フォレス・ガロの一件は亜音より聞き及んでいた。そこで一皮剥けたのだろう、“初めて”の魔王相手の割に肝が据わっている。当初から強気な所はあったが、死ぬ覚悟ではなく、今はもっと違う覚悟も感じられている。きっとそれは魔王との戦いで一番必要なものだろう。

 

「ねぇ聞いてる、十六夜君?」

「ぁ………ああ。だが全員で迎え撃つのは具合が悪い。それに〝サラマンドラ〞の連中も気になる。アイツらは観客席の方に飛んでいったからな」

 

 十六夜は少し思案した様子を見せながら、黒ウサギを見る。

 その視線を感じ取った黒ウサギはすぐに十六夜の考えを悟る。

 黒ウサギは神々の御子と称されるほどの恩恵を有しているが、基本的にゲームには参加できないハンディを背負っている。そうすると彼女にできることは限られてくるだろう。

 

「ゲームに直接関与できない黒ウサギがサンドラ様を捜しに行きます。その間は十六夜さん、亜音さん、レティシア様の三人で魔王に備えてください。飛鳥さん、春日部さん、ジン坊っちゃんは白夜叉様をお願いします」

「わ、わかりました!」

 

 耀はジンの返事の後に軽くうなづき、飛鳥は視線を横に逸らしながらも、えぇ、わかったわ、と小さく囁いた。

 

(強くなるには実戦が一番なのだけれど、実力的にも状況的にも我儘は言ってられないわ、この子も守らないといけないのだから)

 

 胸元に入り込んでいる精霊の頭を撫でながら、その瞳に小さくも確固たる決意を固める。

 そんな飛鳥を尻目に亜音と十六夜、レティシアの三人は各々、黒ウサギに返事を返していったときだった。

 

「あ、亜音さん………、」

 

 描き消えそうな程の小さな女の子の声。

 亜音が声のした方へ振り向くと、いつの間にか正面に立っていたリリが、少年の服の裾を掴み不安そうに見上げていた。揺れる緑林の瞳はいつもより少し潤っていた。今は急いで動かないといけない状況だ、だから言葉を選んで選んで、選んでもその後の言葉が出てこないのだろう。とはいえ、それは無理もない。自分達のコミュニティは同じ〝魔王〞という名を背負う者に壊滅させられ、いつ崩壊してもおかしくない生活を送ってきたのだ。トラウマ以上に、逆に畏怖しなければ精神がおかしいと言える。

 亜音はリリの頭をポンと叩き、一言だけ告げた。

 

「大丈夫だ、必ず皆の事は守るからね」

「.ぁ、ぇ..............」

 

 リリは戸惑いを見せながらも小さく頷き、亜音は十六夜とレティシアの元に歩み寄る。

 

(言えなかった………………無理はしないでって、)

 

 リリは蚩尤に指摘される前から亜音が無理していることを知っていた。

 だが、年長組とはいえまだただの少女でしかない。そんな彼女にできる事はお弁当を作り、応援することだけ。戦争を経験し己を鍛えてきた一人の男性に、一体何が言える。分かったふうな口を開けば、きっとあの人は此処から居なくなるだろう、その事を肌で感じ取ったからこそ少女は沈黙を選んだ。

 他の所では黒ウサギと、〝ウィル・オ・ウィスプ〞のアーシャとジャックが話していて、話がまとまったのか、視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって駆け出す。

 逃げ惑う観客が悲鳴を上げたのは、その直後だった。

 

「見ろ!魔王が降りてくるぞ!!」

 

 上空に見える人影が落下してくる。

 十六夜は見るや否や両拳を叩き、レティシアと亜音に向かって振り返って叫ぶ。

 

「んじゃいくか!黒い奴と白い奴は俺が、残りは二人に任せるぞ?」

「了解した主殿」

「ああ、わかった」

 

 レティシアと亜音が単調に返事をする。十六夜は嬉々として体を伏せ、舞台会場を砕く勢いで境界壁に向かって跳躍した。

 その背を静かに見送る亜音は、方針を固めるべく高速で頭を回転させる。

 

(〝サラマンドラ〞の事は終わってからでもいいだろう、言わなくても被害を出さないよう“これまで以上に”全力で動くだろうし。謎解きは魔王達を倒してからでも遅くはないはずだ)

 

 先に吸血鬼の翼を広げ浮遊したレティシアを追いかけるように亜音は空へ踊り出るように跳躍し、勢いが消えそうな所で空に浮かび始めるのだった。

 

 

 

#####

 

 

 

「何ッ?!」

 

 

 驚きの声は、落下途中にあった黒い軍服男から。

 圧倒的な脚力を見せつけるが如く跳躍した十六夜は秒を跨がずに男の前へ現れ、爆風を纏いながら男の襟を掴んだまま境界壁に叩きつける。巨大な亀裂と共に肺から勢いよく息を吐いた男は、獰猛な視線で十六夜を睨む。

 

「き、貴様ッ!」

「会いたかったぜ?魔王様!!」

 

 ヤハハと豪快に笑う十六夜は、境界壁の岩壁を力任せに踏み抜いて、水平に断崖を走り抜ける。

 黒い軍服男は頭を岩壁に擦られながら振り回されたが、すぐに払い除け怒号を上げる。

 

「舐めるな、クソ餓鬼!」

 

 軍服の男は十六夜の拘束から力任せに逃れ、空に躍り出ながら棍のような笛を一振りする。

 すると、不気味な風切り音が響くと共に、境界壁の岩壁は流動体の泥状になり、さながら生き物のように蠢き始め十六夜の足を覆い尽くす。十六夜はおっとっと、と声を漏らし、不思議そうに動かない足を見つめた。

 軍服の男は口内を切ったのか、赤く染まった唾液を吐き捨てて十六夜に言う。

 

「…………やってくれるじゃねえか。まさか先手を取られるとはなぁ」

「そりゃどうも。『意外性に富んだ男の子』ってのが通知表の評価なんでな」

 

 ヤハハ 、と笑う十六夜を余所に、陶器でできた巨兵と斑模様のワンピースを着た少女はそのまま落下していき、もう一人の女は宙に浮かびながら軍服の男の名を呼ぶ。

 

「ヴェーザー!早く片付けなさいな!」

「うるせぇ!お前は先に降りてろ、ラッテン。モタモタしてると、マス ターにお目玉喰らうぜ?」

「チッ………分かったわよ」

 

 ラッテンと呼ばれた白装束の女は舌打ちしながら飛び降りて行った。

 だが十六夜は、追う仕草も見せずに棒立ちのままだ。

 それが意外だったのだろう。ヴェーザーは怪訝な瞳を十六夜に向ける。

 

「…………解せねぇな。何故奴を見逃した?」

「別に お前を倒してからゆっくり追うさ、ヴェーザー河の化身様?」

「…………っ!」

 

 ヴェーザーの顔が再び驚愕に歪む。十六夜の指すヴェーザー河とは、ハーメルンの付近を流れる大河である。

 男の表情を見て何かの確信を得たのか、十六夜は益々面白そうに嘲笑う。

 

「ふぅん。〝ラッテン〞に〝ヴェーザー河〞。そして、『偽りの伝承を 砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文。………おいおい、早くもゲームクリアが見えてきたじゃねえか。つまりお前達は、〝ハーメルンの笛吹き〞の伝承に基づく仮定から生まれた悪魔。一三○人の子供達を生贄に、〝殺し方〞を霊格化したものって事か」

 

 笑いを噛み殺しながら、鋭い双眸を向ける十六夜。その笑い方は、普段の軽薄な笑いとは比べものにならないほど獰猛な笑いだ。

 

「ハーメルンの伝承には数多の考察がある、その中に、ヴェーザー河が含まれるのはーーーーーー自然災害などの天災。例えばアンタがこの岩壁を歪ませた力は、土砂崩れ地盤の崩落などを形骸化した霊格だと推測できる。そしてクリア条件『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』は、ハーメルンの事件を暴け、という意味に解釈できる。 …………どうだ?満点とは言わずとも、八○点は硬いだろ?」

 

 ヤハハと得意げに笑う十六夜。

 黙って聞いていたヴェーザーは十 六夜と相対するように岩壁に垂直に立ち、呆れたように頭を掻いて苦笑した。

 

「チッ。只の糞ガキかと思ったら…………ずいぶんと頭が回るじゃねぇか」

「そうかな?」

「それと、一つ訂正しておく。ーーーー俺は魔王じゃねぇ。只の木っ端悪魔さ。」

「じゃあ、白い巨兵か斑ロリ、どっちかが魔王様か」

「そういうこった………幻滅したか?」

 

 ヴェーザーの問いに十六夜は首を左右に振り、ケラケラ笑いながら軽快に口を開く。

 

「いや、そうじゃねぇーーーーーまぁ確かに俺は魔王様をぶっ潰したかったが、“あいつ”と戦う魔王様には、素直に同情するよ、ドンマイってな」

「あいつ?」

「だが、まぁ言ったところで、前座はここですぐに片付かれる。気にする必要はねぇって話だ」

「我らのマスターを舐められるのも気に食わんが、前座はゲームを盛り上げるのが仕事だ。いいクライマックスは、いい前座がいるからこそ 映えんだ。俺という前座を舐められるのも気に入らねぇーーーーーここで死んどけ、坊主」

 

 二人は空気をピリつかせ、構える。

 同時に駆け出した二人の激突は境界壁に巨大な亀裂を生み出し、粉塵と共に岩塊を降らせた。

 天を衝き、山河を打ち砕く十六夜の拳を、 ヴェーザーは巨大な笛で受け止める。

 まさに、両者ともに修羅神仏に届きうるほどの力を有してるのは明白だった。

 

 

 

#####

 

 

 

 その頃、朱色の街中では、レティシアが一人、落下してきた陶器の巨兵と斑模様のワンピースを着た少女と対峙していた。陶器の巨兵は全身の風穴から空気を吸い込み、四方八方に大気の渦を造り上げている。

 

「BRUUUUUUUUUUUUUUUM!」

「くっ………………!」

 

 奇声に応じて鳴動する大気。地上に乱気流の渦が発生し、周囲の瓦礫を吸収し始める。

 吸血鬼特有の赤く縁取られた黒き翼を広げて空中を舞っていたレティシアだが、敵の起こす乱気流に引き寄せられバランスが取れず、 思う様に動けない。そんな彼女の姿を、斑模様の少女は無機質な瞳で見つめる。

 

「ふーん?貴方、本当に純血のヴァンパイア?シュトロム相手にこの程度なの?」

「ちっ!」

 

 金の髪を乱し、その奥で苦々しい表情を浮かべながら盛大に舌打ちする。

 だが、巨兵の名を聞いて一つ得心する。

(シュトロムーーーー〝嵐〞か。ならばあの巨兵は天災に関連する悪 魔の類………)

 

 神格を失い、かつての力の大半を失ったレティシアだが、それでも数多のゲームを乗り越え、培ってきた経験がある。魔王とのギフトゲームは、どんな些細な情報でも有益だと、彼女は知っている。とりわけ敵の名前などはゲームクリアに、重要なファクターと成りうることも心得ていた。

 

(どうにかしてあの少女の情報も…………)

「もういいよシュトロム。その子いらない。本命を探すから、殺せ」

 

 無表情にも死を宣告する少女。それが合図だったのだろう。シュトロムと呼ばれた陶器の巨人は、さらなる雄叫びをあげ、乱気流をより激しくする。

 

「BRUUUUUUUUUUUUUUUUM!」

 

 しかしその刹那、レティシアは不敵な笑みを浮かべ愛用のリボンを解き、妖艶な香りを纏う女性へと激変する。

 そして即座に金と黒で装飾されたギフトカードから長柄の槍を取り出す。

 

「………!」

「ふっ、謝りはしないぞ?」

 

 そう呟くと共に乱気流を真正面から切り裂く様に疾風の如き一刺しで少女の胸を貫く。

 

「やったかーーーーっ!」

「やってないわ」

 

 抑揚のない声で返す。驚くべきことに、レティシアの突き出した槍は少女の身体を揺らしただけに留まり、槍の先端は胸部に当たって拉げていた。

 斑の少女は怪しげに微笑み、その手から黒い風を発生させ、レティシアを包み込んで行く。

 

(な……………なんだ、この奇妙な風は………?!)

 

 彼女はこれに近いモノを一応見たことがある。それは亜音の操る黒い霧。一目見ると、とてもよく似ていた。だが、同系統の力ではないことをすぐに悟る。

 なぜなら、この不気味な風から感じるのは、黒く生温い気持ち悪さだった。それだけで力の質が分かるほど、不気味だった。

 蠢くように生物的な黒い風は、徐々にレティシアの意識を蝕んでいく。

 

「痛かった。すごく痛かった。だけど、許してあげる。………あと前言撤回。貴女はいい手駒になりそう」

 

 くすり、と笑う白黒斑の少女。レティシアの全身を蝕むように這いつく黒い風。

 シュトロムの巻き起こす乱気流が、地上を荒らす中ーーーーそこに声が掛けられる。

 

「レティシアは返して貰うぞ」

「っ!?」

 

 白黒斑の少女は背より発せられた声に寒気を感じ、咄嗟にレティシ アを放り出して飛び去る。すると、自分が元いた場所から、風を切るような音が聞こえた。

 

「ちっ、外したか。だけど、レティシアは返してもらうね?」

「あ、亜音………!」

 

 レティシアは険しい表情と共に亜音を責めるような目つきをしていた。彼女を救うために、声を発した事を怒っているのだろう。

 亜音は気にせず、剣を仕舞うように霧散させつつレティシアを抱きかかえ、そこから少し離れた屋根上に飛び降りた。

 同時に陶器の巨兵は紅い閃光で撃ち抜かれる。

 

「BRUUUUUUUUUUUUUUM!?」

 

 撃ち抜いた中心から溶解する陶器の巨兵。焼き爛れた巨兵は紙切れのようにその場に崩れ落ち、土へと還る。

 斑の少女は上空より、二つの点を見下ろす。一つの点には、もふもふ髮の黒髪を靡かせながらレティシアを介抱している、全体的に服装が紺色の青少年。

 もう一点は、レティシアと黒髪の青少年がいる屋根上のすぐそば、 轟々と燃え盛る炎の龍紋を掲げた北側の〝階層支配者〞ーーーーサンドラが、龍を模した炎を身に纏って宙に仁王立ちしていた。

 そこで、黒髪の青少年こと、 亜音に肩に手を回されて支えられて いるレティシアが額にシワを寄せて問い詰める。

 

「なぜだ、なぜ、」

「レティシア、せっかくの美貌が」

「誤魔化すな………、」

 

 本来の段取りではレティシアを巻き込んででも追撃する予定だったが、亜音は元からその気はなかった事は言うまでもない。

 レティシアが強めに言うが、亜音はマスクで顔を隠していながら笑っているのが雰囲気で分かる。その態度にレティシアは呆れ、問い詰めるのを辞め、両手を後ろに置き亜音の手を払うように自分の力で姿勢を正す。その様子に亜音は隠れて苦笑し、すぐそばを浮遊するサンドラに視線を移した。

 

「一撃であの巨兵を倒すなんて、さすがです。サンドラ様」

「へ………あ 、はい、ありがとうございます」

 

 いきなり、亜音に称賛されたサンドラは少しだけ年頃の少女の素で声を漏らした後、そこから立て直してしっかりと礼を返した。

 

「魔王を前にしてずいぶん余裕ね。」

 

 その声は斜め上より発せられた。亜音とサンドラの見上げる先では、白黒斑のワンピースを着た少女が小さく笑い、スカートの裾を黒い風で靡かせている。

 亜音が立ち上がり、サンドラと並ぶように浮遊し始めたところで斑の少女は亜音を見て、可愛く首を傾げた。

 

「あなた、吸血鬼の仲間?」

「助けた時点で分かるでしょ?」

 

 ぴき、と眉を動かしながらも冷静にワンピースの少女は再度問い返す。

 その様子に亜音は挑発が根幹的なものに迫るものでないと“以降も”あまり意味なさない事を悟る。軽口は効かないらしい。

 

「そうね。…………で、貴方は何故、マスクをつけてるの?もしかして私の正体、ばれてる?」

「さあ?どうだろうね」

 

 二人の会話にサンドラとレティシアは怪訝な表情をする。それは無理もないだろう。なぜなら、亜音は自分一人だけ朝からマスクを付けていた、もし少女の言うことが本当であれば、つまりとっくに敵の正体を知っていながら皆に黙っていたという事になるのだ。だが、当の本人である亜音は手を左右にあげ、 ケロっと言う。その様子に無表情の斑の少女は少しの間目を伏せて、 考えがまとまったのか、不敵な笑みを浮かべ目を開く。

 その態度にサンドラは何か仕掛けてくるかと、身構え戦闘態勢に入るが、白黒斑の少女は気にせず口を開いた。

 

「…………でも、おかしいわね?私の力を知っていたら、なぜ貴方のお仲間さんはマスクを付けてないのかしら?………ん?もしかして、貴方」

 

 そこで、斑模様の少女は今まで以上の怪しい笑みをたたえる。

 

「既に“発症”しているようね?元々体が弱いのか、それとも、体調不調だったのか………どちらにしても運が悪かったわね」

「何を言って……、」

「亜音、どういう事だ!」

 

 サンドラとレティシアは同時に亜音に疑問の視線をぶつける。 そんな二人を余所に亜音はマスクの上からでもわかりやすくため息をつき、

 

「あ~……………参ったな、幼く見えて、頭いいね?──────君の言うとおり」

 

 亜音は右腕の袖をたくし上げ、それを晒す。

 レティシアは見える位置まで歩き、サンドラは通常ではあり得ない症状が起きているのを見て、目を見開く。

 亜音の右腕には複数の黒い点が痣のように浮き出ていたのだ。そんな症状、見た瞬間に誰でも異常だという事が分かるだろう。レティ シアも敵の正体を察した。

 

「でも、なぜかな?貴方、全然平気そう。その侵攻状態から察するに最低でも頭が割れるほどの高熱は発しているはずなのだけど」

「悪いな、毒や麻痺、病気には少しばかり耐性があるんだ、例え病気にかかっても多少は動ける」

「そう、化け物ね」

「〝斑模様の死神〞にだけは言われたくないな」

「フン、けど、いつまで貴方の身体は持つのかしら?、耐性とは言っていたけど、侵攻は普通の人と対して変わらないようだし、それどころか貴方は普通の人より身体は弱い。可哀想だけど」

 

 少し戸惑う様子を見せたかに見えたが、袖の先を亜音に指すと、

 

「一週間“持たず”にーーーーーーーーー必ず絶命ね」

「そうだろうな、これでも俺は医者の端くれだから“分かる”よ」

 

 亜音はたくし上げていた右腕の袖を戻しマスクの下で余命宣告を受けながらも笑う。

 そこへレティシアが亜音の隣に吸血鬼の翼を生やして並ぶように浮遊してきた。

 レティシアの顔は、先ほどの責める顔から心配そうに儚げな、それでいて怪訝な表情に変わっている。

 

「亜音…………なぜ、黙っていたのだ?」

「ごめん。俺の中ではまだ仮定だったから、確実性を持つために考え込んでしまった。本当だったら魔王が来る前に言うつもりだったのは確かだよ。」

 

 亜音は申し訳なさそうに謝る。しかし、レティシアは首を左右に振り、優しく語りかけるように口を開いた。

 

「亜音はそんな馬鹿ではない。本当は、私達に心配を掛けられたくなかった、そうだろう?」

「っ、ふぅ、レティシアは鋭いな。そうだよ、実の所、マスクなんて八割方意味を持たない。おそらく病原菌は既に多く撒いてあるだろうからな」

 

 ではなぜ、亜音がマスクをつけていたのか、その理由は二つ予測されるのだが、亜音はここでマスクを外し、レティシアとサンドラにその理由を晒した。顔色が途轍もなく悪い。頬が高熱を帯びているかのように真っ赤っか。唇は青紫に震えている。一目見れば、亜音が体を動かすのも辛いほどの状態だという事が分かるほど、酷い有様だった。よくこれまで普通に動けていたのが、不思議でならない。

 そんな亜音に斑模様の少女は賛辞を贈る。なぜなら、彼女ほどその状態の苦しさを知り理解できる者など、この場には居ないのだから。

 

「素直に凄いわね……………貴方、お名前は?」

「榊原亜音、亜音でいいよ?黒死病の死神殿、いやペスト殿か」

「自己紹介は必要ないようね、そこで、提案なのだけれ ど、ここにいる三人。おとなしく」

 

「ちょっと待ってくれないか!」

 

 亜音はそこでストップを掛け、微笑む。亜音にペストと呼ばれた少女は頭上にはてなマークを浮かべ、首を傾げる。

 サンドラとレティシアも亜音の様子を見てハラハラしつつ、疑問を抱く。

 

 

「君達、全員、俺の仲間にならないか?」

 

 

「「「は?」」」

 

 

 サンドラとレティシア、ペストは盛大にハモって声を上げた。この状況を全知は予測できたのだろうか、ふと世界はそう呟いた。殺人鬼にも等しい魔王相手に笑顔で、〝仲間にならないか 〞発言する者がこの世に居たと、一体誰に予想できただろうか。この状況を分かりやすく例えるなら、夜中の零時、君の目の前にナ イフを持った男が居て、その男に君が笑って『友達になろう』と言っている、今はそんな状況に近しいものなのだ。もはやそんな君は異常を通り越してゲイの疑いが浮上し、ゲイ以上の気持ち悪い侮蔑の瞳を向けられるだろう。今回の場合だと、亜音を知る者でなければ、おそらくただのロリコン野郎にしか見えないだろう。冗談を遥かに通り越した亜音のセリフに三人とも今だに呆気に取られたまま硬直している。そんな中でも、亜音は微笑みは崩さない。 ペストは硬直はしているものの、思考は働いていた。しかし、何かその言葉に裏があるのではないか 、罠 、冗談 、とつまり、パニックっていた。

 レティシアは微妙な表情で亜音に問う。

「あ、亜音、何を考えているのだ?」

「ん 、いや彼女はやり方を間違えているだけで、ただの女の子だから魔王じゃないよ」

「いや、意味がわからんぞ?!」

 

 レティシアはもはや亜音が何を考えているのか、全く理解できなかった。それに、亜音は今、敵に殺されかけているのに、倒さないと病は治らないのにもかかわらず、笑ってそんなことを言っているのだ。理解するよりも先に亜音に対して異常を感じずにはいられないレティシアだった。

 亜音はそんなレティシアを余所に、付け加えるようにペストへ声を掛ける。

 

「〝復讐〞、君はそのために戦っているのだろう?いや、正確にはその先、俺と同じように〝運命〞を変えるためなのだろう?」

「っ!?」

 

 今度は心臓を掴まれたような衝撃を受け、ペストは思わず呼吸をするのも忘れて目を見開く。今の言葉で、亜音がいったいどれだけ自分たちの事を分かっているのか、ペストは把握した。そうなれば自然と、

 

「…………前言撤回。貴方だけはここで──────殺すわ」

 

 こうなる。ペストは笑っていない。その顔に余裕はなく、本気の殺意を亜音に向けていた。理由は明白、ここで亜音を殺せなければ自分達の敗北を意味する。

 だが、逆に考えれば、ここで亜音を殺せば修正がきくとも取れるのだ。そんなペストを視界に収めても、亜音は満遍な笑みを浮かべる。ま るで、何もかも君の事を理解してると語っているかのように。

 

「俺は撤回しないよ?ーーーーー君が折れるまでに俺は」

 

 亜音は前髪を後ろに掻き上げながら、刀を顕現させる。

 

「君にとっての、最大の協力者と理解者になってみせるよ」

 

 レティシアとサンドラを置いて行くように、二人は同時に空を舞い、互いに実態のない黒い風と霧をぶつけ合う。二つの力は混ざり合うものの、拒絶し合うかのように爆散し霧消した。その際に生じた爆風が境界壁を照らすペンダントランプを揺らし砕く。それと同時に亜音は、眩暈を振り切るように微笑み、“モザイク絵”の世界で悪寒を感じながらも震える手で必死にもがくのだった。

 

 

 

 

#####

 

 

 

大祭運営本陣営、バルコニー。

 

 

 こちらの状況も亜音の余命宣告並に酷い事になっていた。

 其処には、白装束の女、ラッテンと呼ばれた女が魔笛のフルートをクルクル回していた。そして、ラッテンの目前の床にはスカーレッド色のドレススカートを乱してうつ伏せに倒れている飛鳥がいた。その様子をドーム上の黒い風の中から悔しそうに白夜叉は見つめていた。

 飛鳥を助けたい白夜叉なのだが、いかんせん、黒い風の中から出る事さえできなかった。自分が居るからと高を括っていた分、羞恥よりも自分の失態を途轍もなく後悔した。

 そして、バルコニーで奏でられる、魔笛の旋律。高く、低く、妙なる音色は舞台会場だけでなく、境界壁の麓までも徐々に呑み込む。飛鳥の支配を跳ね返す威力を持つ人心を操る魔笛は、参加者達の意識を蝕み、支配していく。意識を乗っ取られた参加者達は暴徒と化し、同士討ちや破壊活動を始める。

 

 このゲームは屈服も敗北になる。

 そんな中で、思考を支配され、屈服を強要されたコミュニティが 次々と脱落していく。

 だが、その時、天に響かせる雷鳴が轟く。

 まさに天地鳴動の理を打ち鳴らしていた。

 際立って高い建物の屋根、幾度も轟く雷鳴を発していたのは、軍神・帝釈天より授かったギフト〝疑似神格・金剛杵〞を掲げた黒ウサギである。

 黒ウサギは輝く三叉の金剛杵を掲げ、高らかに宣言する。

 

「〝審判権限〞の発動を受理されました これよりギフトゲーム〝The PIED PIPER of HAMELIN〞は一時中断し、審議決議を執り行います!プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行して下さい!繰り返します──────」

 

 

 

#####

 

 

 

 その直後 、亜音は意識を失い、レティシアに抱きかかえられた。

 審議決議を受けた時、当初ペストは苦い顔をしていたが、亜音の容態を見て、自分に運が回っている事を悟り、顔に影を指しながら微笑む。

 

「さようなら……………ふふ、偽善なら夢の中だけで満足することね?」

 

 レティシアは敵を見るような殺意をペストに向けるもすぐに漆黒の翼で空を疾っていく。サンドラも追撃を気にしながらもレティシアを追いかけるのだった。

 

 

 

 

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