新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
我は魔王が憎い。
我は魔王を駆逐する。
それがせめてものーーーー盟友達への弔いだ。
ある者は言った。
変わらないモノはあるのか?あるとして、それはどんなモノなのだろうか?
軟弱で友を失ったばかりの頃の我にはその問いに、明確な答えを見出せなかった。
だが、今ならばはっきりと答えられる。
我の誓い、この命を賭けて絶対にーーーー魔王を殲滅すること。
そしてーーーーーもう一つ。
そんな時、我の目の前にある者が現れた。
魔王に笑いながら、話しかける青少年。
いったい、あの男の頭の中は、どうなっているのだろうか?
我は、魔王と対峙する榊原亜音を見て、そう思った。
ーーーーーー境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営。隔離部屋個室。
ギフトゲーム再開まで、残りーーーー十分前。 横に長い長方形の部屋。右奥にベッドが置かれており、大きな窓が枕横に配置されていた。部屋は全体的に朱色、雰囲気は閑散としていた。
そのベッドには、数日前にレティシアとサンドラに運び込まれた榊原亜音が寝ている。
だが、その時、窓が強引に開かれ、突風が吹き荒れる。
そして、閑散とした部屋に、白く輝く天使の羽毛が舞い散った。
亜音の寝顔を見つめている者ーーーーーそれは亜音が助けた金髪 ポニーテールの女性だった。
実は、金髪の女性はずっと見ていたのだ。 黒死病の魔王とレティシア、榊原亜音、サンドラの四人のやり取りを。
そして、金髪の女性は信じられなかったのだ。自分を殺そうとしている相手にあんなことを言うなど。
それも相手は、殺人鬼の魔王。
だからこそ、金髪の女性はここに来たのだ。
だが、当の本人は病に倒れ、口を聞くことさえできない状態。
普通の人ならここで諦めて、去っていくだろう。
だが、彼女は自身にも死の呪いが懸かることを承知で亜音に口付けを交わした。
瞳を閉じ、凛とした白い肌と薄い桜色の唇は亜音の口へと吸い込まれていく。
すると、彼女の背を覆い尽くす金色の髪を押し退けて、天使の翼が 神秘を照らす白光と共に、部屋を覆い尽くさんばかりに大きく展開された。そして、彼女から生命エネルギーが流れ込むように、彼女の白き翼 より輝きが消え、その輝きは亜音の身体から放たれ点滅し、消え去っ た。
少し経つと彼女は瞳をゆっくりと開き、糸を引くように静かに唇を 離した。 すると、亜音の赤く染まっていた頬が通常の色を取り戻し、息も少 しずつ落ち着いていく。
この力は、天使の力を持つ者にしかできないこと。
そして、唯一、ワルキューレの中で天使の霊格を持っているのは彼女だけである。
つまり、彼女はワルキューレと天使、両方の霊格を有している者なのだ。
天使の力とは、言わば、癒しの力と分け与える力である。
だが、癒しの力だけでは強力な、しかも深く侵攻している呪いには何も効果は示さない。
そこで彼女は、ワルキューレの霊格も保有しているので、口付けと共に癒しと屈強な生命エネルギーを同時に分け与えたのだ。
つまり、この方法が取れるのは実質、この箱庭で彼女だけである。そして、ワルキューレとは北欧神話に登場する複数の半神、戦場において死を定め、勝敗を決する女性的存在である。主神の命を受けて、天馬に乗って戦場を駆け、戦死した勇士を選び、天上の宮殿ヴァルハラへと迎え入れる役割を持っていたちなみに、この勇士達はラグナロクでの戦いに備えて、世の終わりまで武事に励むという。
ヴァルハラにおいて、彼らをもてなすのもワルキューレの務めの一つなのだ。
だが、これにはリスクがある。ワルキューレにとって口付けとは結婚を意味し、強制的に結婚はさせられないが、異性とのキスを、もし多くの者に知られてしまった場合、彼女の神性が薄れ、力が弱まってしまうのだ。天使は元より皆に平等な存在で癒しを与える存在として知られているので、天使の霊格には影響はない。だが、ワルキューレの霊格はそうもいかない。例えるなら、処女神の処女性、現代で言う所のアイドル恋愛禁止のようなもの。
ワルキューレの神性は、その誰にも体を許さない神々しさにあるのだ。信仰と力を保持するには必要な神性である。
つまり、彼女にとって亜音に口づけすることは、死の呪いを感染するリスクと力を失うリスクが伴う行為なのだ。
では、なぜ、彼女は亜音を助けたのか。
そんなリスクしか無い行動をしても、彼女は知りたかったのだ。
この男の真意を、そして、この男の未来を。
次にこの男が再度、魔王と相対した時、一体どういう行動を取るのか。
殺されかけた相手に、同じセリフを吐けるのか。
殺せねば、自身が死ぬ。そして、殺して当たり前のこの世界で、この男はどんな選択をするのか。
彼女自身、そんな状況に陥った時はーーーー即座に魔王を斬り捨てた。
それは彼女の人生の道標でもある。
そして、その男が取る行動次第ではーーーーー。
彼女は沈黙したまま、そこから跳躍し窓の外へと姿を消した。
ゲームが中盤に差し掛かった、ペストと金髪の女性が相対した頃合い。
口づけを交わした王子が眠りから目覚めるように、亜音はゆっくり と瞳を開き、知らない天井を仰いだ。
「俺は...............だれ?」
.......................................。
部屋は静かで、冷たかった。
「とか言ってみたりして..........あはは............あー .....................起きるか」
『頭、大丈夫か?亜音』
亜音は少し笑って呟いたが、痛い人になりそうだったので、切り替えたのだが、蚩尤にそう突っ込まれたので心を痛めながら着替えるのだった。
もちろん、全てに決着をつけるために。
#####
時は、現在。
黒ウサギとサンドラは、亜音から右斜め後ろの建造物の屋根上から、ペスト、亜音、金髪の女性の三人がいるクレーターを見下ろして いた。
そこへ現在、ディーンをギフトカードに戻した飛鳥と圧倒的な速力で街々を駆ける十六夜、旋風を纏い宙を舞う耀の三人が駆け付けた。
黒ウサギは三人のうち、特に耀を見た時は体全体を使って驚いてい た。
「十六夜さん 、飛鳥さん .........耀さん!?」
サンドラは十六夜の姿を見て、少しホッとしていた。
なぜなら、先ほどここへ十六夜と戦っていたはずのヴェーザーがやって来たのだ。
そうなると自然に考えてしまうだろう、十六夜がやられてしまったのかと。
「春日部さん、身体は大丈夫なの?」
「う、うん、大丈夫」
飛鳥が心配そうに耀を見つめて駆け寄り、耀は少し汗を流しながら手を小さく胸の前で振り、否定した。
その様子を十六夜は横目で見て安心しつつ、隣に立つ黒ウサギに問い詰める。
「で、こいつはどういうことだ?」
「どういうことか、と聞かれましても、説明が困難というか、黒ウサギ達も状況が把握できてないのですよぅ」
黒ウサギはウサ耳をへにょらせて視線を亜音へ向ける。
そんな落ち込んでいるのか、心配しているのか、分からない表情の黒ウサギに、十六夜は口をへ文字に変えて、言う。
「黒ウサギ、マジ使えねぇ」
「あぅぅ........................飛鳥しゃあん!」
「え、ちょ 黒ウサギ!?」
「うわあああ!」
黒ウサギはあからさまに落ち込み、飛鳥の胸に飛び込んで行き、十 六夜曰く泣き真似をしていた。おそらく黒ウサギはついて行けない状況にテンパり、そんな心境の中で問題児筆頭、十六夜にトドメを刺されてしまったのだろう。
だが時折、黒ウサギが気持ち良さそうな顔をしているのは、気のせいだろうか。
知らぬ存ぜぬの十六夜は飛鳥に後は任せ、視線をクレーターの中心、三人に視線を戻す。
素早く仮説を立てた所でサンドラに聞いた。
「金髪の女がやってきた後に亜音が乱入したのは間違いないな?」
「あ、はい 、ヴェーザーとラッテンの二人を倒したのも金髪の人です」
「...............強いのか?」
十六夜は無表情に問いかける。
その問いにサンドラは瞳を揺らして、金髪の女性を見つめて応えた。
「.........強いです...............瞬間移動に、聖剣エクスカリバー、天使の翼......今の所、〝わかっている事〞はこれだけです」
サンドラの最後のセリフは、箱庭では当たり前の推察だ。
切り札をいったいどれだけ持っているか、知識より価値があり、大事な事だろう。なぜなら、圧倒的な力は時に知識を上回り、結果をもぎ取る事ができるのだ。
だが知識は、多量に有していても活用できなければ何の意味も成さない。宝の持ち腐れになってしまうのだ。
十六夜は余裕がありそうでなさそうな笑みを浮かべて、呟く。
「............そいつは、聞いただけでもちびりそうな相手だな」
「ちびりはしないと思いますけど............」
サンドラは真面目にそう返す。
それだけで、育ちの良い純真な女の子だという事がよく分かる。
十六夜がそう思っていると、飛鳥が黒ウサギを耀に押し付けて、疑問を吐く。
「話は分かったけど、今は別に金髪の女性はどうでもいいじゃない、なんであの女ばかりの話をするの?」
「へぇーお嬢様、嫉妬ですか?」
「十六夜君」
「冗談だ。.........じゃあ、逆に聞くが、亜音がもし奴と戦う事になったらお嬢様はどうするんだ?」
「そ、それは............」
そう、それが一番の疑問で難題だった。
この状況を見れば、亜音が金髪の女性と対立しているのは明らかだ。
一つ訂正というより、難題に付け加えたとしたら、『どうして亜音は魔王を庇って対立しているのか?』という疑問文になる。
そして、次に二つ疑問が皆に沸く。
一つは、亜音がどうして動けるのか、二つ目は難題に近しいこと、魔王を殺さねば亜音自身が死んでしまうのにどうして魔王を庇うのか。
疑問ばかりが募り、身動き一つ取ることができない、十六夜は心の 中で舌打ちしていた。
だが、その時、突如皆の前に黒い霧が漂い始めた。
サンドラが臨戦態勢に入るが、十六夜が手で制した。
「これは亜音の力だ」
十六夜の言葉で、サンドラはすぐに臨戦態勢を解き、亜音が力を行 使した時のことを思い出した。そういえば、亜音と魔王は同じような力を使うのだったと、本質は違うが。
皆が静かに待っていると、黒い霧は一つの形を形成しーーーー人の 数倍の大きさはある手となった。その手は、一つのジェスチャーをした。手の平を見せ、指を隙間なく真っ直ぐ伸ばし、そのジェスチャーの意味は、おそらく。
「ここで、待て............ということかしら?」
「手出し無用ってことだろ」
「でも、亜音は.........」
「そうなのです、今すぐ割って入り、事を穏便に」
心配そうな表情を見せる耀と黒ウサギ。
だが、十六夜はそれを一蹴する。
「黙って見てろ......亜音にも何か考えがあるんだろうからな。それともあいつが馬鹿に見えるか?」
その質問に答えられる者はいないだろう。
それを分かっていて、十六夜はそう聞いたのだ。
もし、亜音の事を馬鹿だと言えば、これまでの亜音の気遣いに気が付けなかった自分達は神格を宿した馬鹿野郎になってしまう。
それに気が付かない時点で、自分たちが亜音に対して馬鹿と言える立場ではないのだ。
とりあえず様子見という事で満場一致となり、静かに三人の行く末を見守るのだった。
####
乱入した亜音は相対する相手を見て、少し眉を顰める。
「君は.........確か」
金髪の女性と亜音は面識がある。
北に来た初日に会った人で、亜音が助けた人だった。
少し驚いている様子の亜音に、金髪の女性は無表情に、
「君ではない、ちゃんとした名がある」
「名を訪ねても?」
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るものだ」
金髪の女性は聖剣エクスカリバーを地に刺し、腕を胸の前で組みな がら瞳を閉じ、そう告げた。
亜音はトゲトゲした態度に対して苦笑いを浮かべつつ口を開く。なんでこう強者に限って形式ばっていくのか、蚩尤も同じだった。
「俺は榊原 亜音です、よろしく..................じゃあ、次は」
「我は元、ワルキューレ・十二騎士団の一人、第一 戦神、勝利のルーンに通じ、〝輝く戦〞の意を背負いし者。サンダルフォン様とハニエル様より寵愛を受け、現在は天使階級、第六ヒエラルキー、〝能天使・セフィロト・Dynamis・Exusia〞に配属し、生 命の樹《Tree of Life》の一つ、“Netzach”、第七のセフィラの代理守護天使長の〝ブリュンヒルデ・ラスターバ〞。指揮官のラファエル様とカマエル様より与えられし使命、天に背むき生命を貪る害虫、悪魔と魔王を滅する任務を遂行するヴァルキリアだ」
ブリュンヒルデ、主神より授けられし神性、神格を宿した騎士の一人。
名乗ったとおり、ワルキューレ・十二騎士団の一人で、第一戦神、勝利のルーンに通じ、〝輝く戦〞の意を背負いし者である。
亜音は外見通りマイペースで威厳を持って押し通す金髪の女性、超大物、ブリュンヒルデに苦手意識を持ち、少し疲れを感じていた。
一方のペストはそれを聞いて、蒼白すると同時に納得もした。
神霊である自分がどうしてあれほどまでに手を出せずにやられたのか、その明確な理由が今、明らかにされたのだ。敵の力、恩恵の詳細はわからないが、ブリュンヒルデが魔王討伐のスペシャリストの一 人だという事が分かった。
《能天使》 神学に基づく天使の階級において、第六位の天使達の総称 ・人間よりも四段階高次の霊的な意識を持っており、天地創造に関 わったとされ、全人類を導く霊的存在である。神の命により、天に背いた悪魔達を滅ぼすという役目を持つ。
有名な天使で言えば、ラファエル、カマエルなどがいる。指揮官はラファエル。これはおまけたが、悪魔を滅する為に悪魔と一番接する機会が多く、一番堕天使になりやすい地位だとも言われている。
上記のことから、魔王と悪魔討伐のスペシャリスト達であることが分かる。
さらにブリュンヒルデはワルキューレとしても大物であるのと同時に、天使としても大物だ。能天使に配属しているだけでなく、代理でも生命の樹の守護を任せられるなど余程の信用できる実力者でなければあり得ない。
逆に嘘をこんな堂々と言えば、神群を敵に回す。つまり、嘘は言ってはいない。
何より彼女の前に鎮座する聖剣エクスカリバーが大物の印でもあるだろう。
そんな中、亜音は恩恵で神経を麻痺させているが、やはり症状を抑えることはできないようだった。徐々に肩で息をし始める。
黒死病は皮膚の小出血斑や高熱を出し、菌が全身に回ると敗血症を起こしショックなど重い症状になる。
悪感・戦慄(ふるえ)を伴う発熱が最も主要な兆候だが、重症の場合には逆に低体温になることもある。心拍数や呼吸数の増加も見られるようになり、血圧低下、意識障害を起こしショック状態となる場合もある(敗血症性ショック)。
今、亜音に起きている症状は、低体温、血圧低下、意識障害の眩暈。
もはやギリギリの状態だった。 亜音がもし神経麻痺をやめた場合、大量の悪寒、関節の痛み、ストレスに見舞われ、そこで意識を失う可能性があり、最悪の場合ーーーーーショック死するかもしない。
いつ死んでもおかしくない状況なのだ。
その証拠に、亜音は体から力が抜けたようにぐらつき、刀を地面に刺して体を支えていた。
そんな亜音を無表情に見つめるブリュンヒルデは、静かに強く言葉を吐く。
「忠告してやったはずなのだが.........その様子だとあまり意味を成さなかったようだな」
「ハァ.........ハァ......ふぅー..................その件に関しては、謝るよ」
亜音は息を整え、ゆっくりと姿勢を正し、刀を引き抜く。
だんだんと視界もクリアになって行くように、亜音の瞳に生気が戻ってきた。
「そうか、ならば次からはしっかりと親切な忠告には耳を傾けるのだな」
「あはは、次からそうします」
亜音は微笑み、ブリュンヒルデは白き瞳に鋭さを宿す。
空気がそれに比例してピリ付き始める。屋根上から見下ろす十六 夜達もペストもその状況の流れには逆らえず沈黙を保ち、二人を見守る。
ブリュンヒルデは鋭利な口調で、亜音に告げる。
「では、言うぞ ーーーーーーーーーそこを退け」
「...............」
「わざわざ長く名乗ったのは、この時の為であり、其方に理解してもらう為だ........................実力の差を、そして我の役目をな。だから」
しかし、亜音は重圧的な態度のブリュンヒルデに臆せず微笑み、
「ごめん、無理」
ブリュンヒルデはそんな亜音の言葉を聞いて、目を見開いた後、やはりという感じでため息をつく。
後ろにいるペストは、阿呆の極みという意味を込めた視線を亜音に送っていた。
屋根上にいる者達もよく響いて聞こえた予想通りの発言に頭を抱えている。
ブリュンヒルデは少し緊張を解き、 呆れ口調で言う。
「人の話を聞けと言ったはずだぞ?」
「聞いたけど、聞き流しちゃった..................というのは冗談だ」
亜音はブリュンヒルデが厳しい視線をぶつけてきたので撤回し、いつもの笑みを消し去り、真面目な表情をする。
空気が一気に重くなった。
「悪いな、この子はここで死なせるわけにはいかないんだ」
「っ!」
ペストは今度こそ亜音が本気なのだと悟り、驚愕する。
そして、なぜ と心の中で永遠と呟いていた。
ブリュンヒルデは何か哀愁のような物を漂わせ、心配そうな表情で亜音に問い掛ける。
「何を言っているのか.........其方は理解しているのか 。そいつを殺さねばお前が死ぬのだぞ?」
「そうだな、けど退かないよ.....................この子はここで死んでいい子じゃない」
亜音は語尾を強め、そう断言した。
思わずブリュンヒルデは口を閉じ、亜音は言葉を続けた。
「痛みを背負っている彼女だからこそ、誰かに優しくできる子だと俺は信じる。この子は誰かのために戦える優しい子だ。これからもそれだけは変わらない」
「魔王に優しいも糞もない、魔王は汚名を背負った時点で滅びの運命は決定している」
「なら、俺が運命を変えようか............それに」
「?」
後ろの建造物の屋根上、十六夜達に視線を配って微笑む。意味不明な亜音に十六夜達はどんな表情をしていいか、分からないだろう。
その通り、十六夜達は何も反応を示さない。
そして、亜音は悟っていた。この者が言葉で止まることはない、戦いの中で伝えるしかないと確信していた。なぜなら、相手も間違っていないからだ。こちらとて、間違ってはいないと亜音は思っている。ならば、一度本気でぶつかるしかない。
「そろそろ口じゃなくて、体を動かしたかったところだ...............来い」
「後悔しても知らんぞ、少年」
「後悔しない生き方してるから余計なお世話だ」
眉がピクリと動き、あからさまにブリュンヒルデの機嫌が悪くなる。
「フフ、そうか.........なら」
「我の邪魔する者はすべて〝悪〞、魔王と同類。ならば我の前に立ちふさがる者は全て駆逐するのみだ............後悔させてやろう」
ブリュンヒルデは聖剣エクスカリバーを地面から引き抜き、軽く横に振るう。
途端に存在感が膨れ上がる。すべてを斬る、そんな圧力が空気を軋ませているようだ。
亜音は刀を霧散させ、シルバーゴールドのギフトカードを取り出し、口を開く。
「あのさ、“ペスト”」
「?」
ペストは変なタイミングで声を掛けられるも冷静を保ち、怪訝な表情で亜音の背中を見つめる。
亜音は返事が返ってこなくとも話を続けた。
「君は“悪霊群”のリーダーでしょ?」
「............」
やはり、亜音は自分の真の正体を知っていた。
謎を解いた敵、亜音以外は自分のことを八千万もの死の功績を持つ黒死病だと思っている。
だが、正確には違うのだ。
「至極、簡単なことだよ。君は黒死病じゃない、なぜなら黒死病はこんなギフトゲームを開く必要はない、この『太陽への復讐』のギフトゲー ムを開く者がいるとしたら、それは........................黒死病に殺され た人達だ」
亜音はそう言うが、確証付ける根拠はない。
『太陽への復讐』、亜音がそう思った理由は、主に勘。
復讐に駆られた人間、殺意に満ちた人間を何万と見てきたのだ。勘というより、もはや根拠に近しい観察眼を持っていると言っても過言ではない、亜音はそう自負している。
「なぜなら、太陽を恨む理由は、黒死病にはない。それどころか、太陽には逆に感謝しているだろうからな」
「.........っ!」
ペストは肩を揺らし俯いた。亜音の言葉は我慢ならないほど不快だった。
ふざけるな、とペストは憤怒し、奥歯を噛みしめる。
だが、亜音は知らぬ存ぜぬを通し、話し続けていた。
「そして、八千万の死の功績はそもそも黒死病の功績、殺された君達のものではない。なら考えられるのは一つ、君は約八千万もの悪霊群を 率いたリーダー、この箱庭に八千万の怨嗟の代表悪魔として召喚された一人の女の子、違うかな?」
亜音は振り向かず、そう問い掛ける。
その時、ペストは顔に影を差しながらーーーーーーふと思いつく。
ここで、亜音の後ろから死の風を浴びせ絶命させれば、即ゲームセット、亜音以外の人材が全て手に入る。そしてなにより、ペストは助けてと言った覚えはないし、ここには誰一人、自分の味方はいない、 残っていない。ラッテンもヴェーザーも目の前で殺されたのだから。
ペストは漆黒の殺意に染まった紅き瞳を亜音の背にぶつけ、タイミングを見計らう。
だがそこで、亜音がこれまで以上に優しい声音で話し始める。
「...............黒死病って、辛くて苦しくて、怖いよな」
「っ!」
ペストの瞳から殺意が消え、その言葉に呆然としていた。
亜音はずっと前を向いたまま、話し続ける。
「俺も怖い、死ぬのが。...............徐々に自分が病に蝕まれていくのがよく分かる」
「.........」
「それに俺は医者の端くれだからよくわかるんだ、後どれくらいで死 ぬのか、正確に」
ペストは亜音の言葉に聞き入ると同時に、自分が病に侵されていた時のことを思い出す。
その思い出は、血や憎しみ、そして悲しみと孤独を湧き上がらせた。
体が震え、過去に戻ったかのような感覚に襲われる。体温が徐々に消え、動かなくなっていく手と足、体、死期が近づいてくるのが自分自 身が一番よくわかった。
亜音は瞳を閉じて、言葉を紡いでいく。
「眠ってる間............ずっと命の砂時計を眺めていた気がする」
「孤独で、冷たくて、頭が割れそうで、淋しくて、ただ命が砂のようにさらさらと落ちていく様を見ていることしかできなくて、苦しかっ た」
ペストは自然と頬を濡らし始める、こみ上げてくる悲しい思いを抑えきれずに。
泣いても泣ききれない悲痛、正体不明の深い悲しみが走り抜ける。
張り詰めた心の糸が切れ、見えない苦痛が襲うと同時に、木枯らしのような寂しさが心に押し寄せてくるのを感じた。孤独という悪寒、 憎しみという殺意、それがペストの心を支配していたもの。
ペストは悲しくて胸をかき乱されずにいられなかった。
芋釣りのように悲しい思い出とその時の感情が心と体に押し寄せてくる。忘れていたものを取り戻していくかのように。
嫌だ、嫌だ、嫌だと叫ぶ毎日。
黒死病にかかった自分を化け物でも見るかのように睨みつける両親。
実の娘である自分を牢屋の壁に投げつけ、閉じこめた父。
そんな両親と一族に向けて呪いの言葉を叫ぶ自分。
『死ね、死ね、みんな死んじゃええよッ!!』
本当はそんな事が言いたかったのではなかった。
本当は、側に居て、助けて、と言いたかった、さけびたかった。
乱暴な両親でも、それでも自分はーーーーーー父と母が、一族の皆が好きだったのだ。
死にたくない、寂しい思い、壊れた心は憎しみの霊格へと再形成され、ペストとして生まれ変わったのだ。
だからこそ、亜音はやり直すためにーーーー彼女の在り方を変えるために語りかける。
過去のペストを、憎しみで魔王に堕ちてしまった今のペストを救うために。
そして、亜音は一切振り返らない。それは態度で示すためだった。
君を信じているということを。どんなに殺意を向けられようとも、 亜音は信じると決めたのだ。
「君はその痛み、君自身と同じ痛みを持つ人々を束ね、こうして箱庭へ 運命を変えるためにやってきた。それは奇跡であり、君達の功績だ」
「選ばれた俺とは違うんだ、君は確かな一歩を歩んで自分でなったんだ、八千万の人達の救世を成す主に」
「みんなを束ねた君ならできる......そして.........俺はそんな君を尊敬し、その願いを叶える手伝いがしたいんだ............ダメかな?」
「.........ぅ.........っ......、」
かすかな悲哀の情を漂わせながらも、向日葵を咲かせるような暖かな微笑みを浮かべる亜音。
その後ろで、忍び泣きをするペスト。忍び泣きが嗚咽に変わる。
ペストはぽろぽろ涙がこぼれるのを見送りながら、亜音の言葉を噛み締めていた。
亜音はそこでようやくペストに振り返り、ホッとした顔付きをした後、視線をブリュンヒルデに戻した。
そして、ギフトカードを手に持ちながら、亜音は歩み始める。
その足音に反応してペストは、咄嗟に叫ぶ。
理由は彼女も理解していたからだ。黒死病の症状と、亜音の侵攻状態を。
「ま、待って 、無理よ!そんな状態で戦うのは自殺行為っ!それに!...........貴方には関係ないわ、」
その叫びに亜音は立ち止まり、ペストに背を向けたままハッキリと応える。
「関係ある。君と同じように『運命』を変えたい者、同志なんだよ。あと、生きるための戦いなのに、死ぬわけないだろ?」
「屁理屈を言わないで、とっととそこを退きなさい!」
ペストは半ばやけに叫ぶ。
確かに自分は運命を変えたい、だけど同時に、もうその願いは叶えられない状況なのだ。
ブリュンヒルデは断言したはずだ。
『貴様らの言い訳、言い分、過去、そんなものは聞く必要はない』
『魔王は滅ぶ運命にある』と。
これが魔王に堕ちた自分の末路、運命なのだと、八千万もの人々から罵声を浴びることになっても構わないと受け入れた。
だが、そんな不幸な歯車、出来損ないの自分に榊原亜音を巻き込み たくない。
死なせたくない、ペストはそう思っていた。
だが、そんなペストを亜音は強烈に一蹴した。
「諦めるな!」
「っ!?」
怒気が感じられるほどに迫力のあるその言葉は、ペストの心をブン殴った。
そして、亜音はギフトカードに書かれた一つの名を見ながら、語り掛ける。
「君の仲間はもう倒されてしまったかもしれない、けれど君はまだ生きている。まだ終わっていない。............それに」
「?」
亜音は黒髪を靡かせて振り返り、イタズラに成功したような微笑ましくもイヤラシイ笑顔を浮かべていた。
その表情に、頬を赤く腫らし涙の跡を残しているペストはキョトン?と、可愛い一人の女の子のように亜音を見上げていた。
「君はやっぱり優しい女の子だよ」
カァーーーーーーーーーっとペストは頬を紅潮させ、目を一杯に広げて、元気良く怒鳴り込む。
「う、うるさいっ!」
「ごめんごめん..................でも事実だろ?」
「ぐぬ..................フン!」
ペスト様が拗ねてしまわれた。
亜音はその様子を見て、何故か寂しそうな表情を浮かべる。
(............ペストの仲間にも見せてあげたかったな)
ペストの仲間とは、ラッテンとヴェーザーのことである。
ゲームマスターがピンチの時に現れないということは、もう死んでしまったのだろう。
何より自分が駆けつけた際のペストを見れば一目瞭然だった。
亜音は頬を膨らませるペストを見て、なぜか妹のように思えてきた。
しかし、今はそれどころではない。
そろそろブリュンヒルデも怒り心頭の頃合いだろう。
それに題名通り、口より身体を動かさないといけない。
亜音は最後の言葉を送った。
「大丈夫、俺は強い...............君の願いを叶える手伝いをするくらいは、強いから」
「................そ..そう、か、勝手にすれば?」
ペストはそう小さく返事を返すのだった。
####
亜音とブリュンヒルデは数十メートルの距離を保ち相対する。
ブリュンヒルデは漆黒と金の紋章のギフトカードを眼前に掲げて、 名を呼ぶ。
「〝白龍の鎧〞」
一瞬の閃光と共に、黒線に金色の不明確な文字で縁取られた聖白の鎧がブリュンヒルデの身体に纏われていた。兜は龍の顔を模したよ うなトゲトゲしさと鋭く細い瞳を有し、前後の丈の長さが違うフィッシュテールスカート。ほぼ全身を覆う鎧の指は龍の爪の如く鋭利で、 動かすたびに指の関節部でかすれる金属音が鳴り響く。
そして何より、元着ていたスカートドレスより白く、霊気をまとっ ているかのように煌めき、輝いていた。そのおかげでさらに鎧の縁、黒線と金色の文字が濃く目立っている。
「白龍ねぇ...............そして聖剣と天使...............なんでもありだな」
そこへ内なる者より声が掛かる。
『あの鎧............感じるぞ.........あれは間違いなく、古代中国の白龍の力が宿っている鎧だ』
白龍は古代中国で、天上界の皇帝である天帝に仕えているとされた龍の一種で、名前のとおり、全身の鱗が白い。龍は基本的に空を飛べるが、白龍は特に空を飛ぶ速度が速く、これに乗っていれば他の龍に追いつかれないとされている。ときおり魚に化けて地上の泉などで泳いでいることもある。まさに、龍種のなかで最速を誇る龍である。
蚩尤が知らなければおかしいぐらい大物である。
亜音はその伝承から、速度向上の恩恵が宿っていると推測する。
だが、鎧や剣、顕現した恩恵はまた新たな恩恵を混ぜ合わせることができるのだ。
ならば、まだ他にもあるかもしれない、油断したら死ぬ、そう思っておいて損はないだろう。
亜音も手に持っていたシルバーゴールドのギフトカードを眼前に掲げ、その名を呼ぶ。
「ーーーーーーーーーーーー顕現しろ、〝雷帝・鬼丸〞」
その言葉と共に雷鳴が数回響き渡り、チリチリと電気が流れる音が 亜音の右手、顕現した刀より聞こえた。
そして、その雷鳴は大気を伝わり、建造物の屋根上にいる者達にも、 ハーメルンの街々を走る捜索隊にまで轟かせた。さらにその雷鳴は、 鳴り方も轟音もーーーーー似ていたのだ。
黒ウサギは亜音の右手より放たれている雷光を見て驚愕し、思わず呟いていた。
「なんで............なんで亜音さんが...............帝釈天様の力を............?!」
亜音がその刀を横に振るうと、轟音と共に一筋の雷光が迸り、ク レーターの壁地を抉った。
抉られた所は、どこまで続いているか分からない小さく長い穴ができており、炎熱が迸るように景色が揺らいでいた。
間違いなく、神格の宿った雷の力である。
青と黄色のコントラストの稲妻が銀の刀身から迸り、火花を散らして舞っていた。
そして、始まろうとしていたーーーー運命を変える戦いが。
一人の少女が魔王ではなく救世主であることを示すための