新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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ちょっと駆け足で投稿で、グダグダ感が否めないですが、よろしくお願いします。
ご感想お待ちしております。




第三話「奇跡の事情・戦争第二幕・世の業」

 ───────首都、東京都内。

 

  甲高く短い高音と共に一筋の閃光が大気を奔る。

 数百メートルあるビルが一つ、根元近くから両断され倒壊していく。

 もはやこの破壊だけで東京は大打撃を受けることになるのだが、倒壊したのはこれ一つではなく、他にも幹線道路を道連れに破砕されたビ ルなどが残骸の山を作っていた。そして二次災害のごとく火災が起き、風塵と共に黒い煙が所々より上がっていた。

 これ程の破壊がなされているのにもかかわらず、戦神と亜音が戦ってまだ五分足らずである。はっきり言って、彼らが戦い終わる頃には、日本から東京が無くなってしまうのではないか、そう思ってしまうほど彼らは───────人智をはるかに超えていた。

 

「───────少しやばいな、これは」

 

 亜音はビル群の隙間を浮遊しながら、戦神に破壊された廃墟を視野に入れ、額の汗を拭う。これほどの目に付く破壊、立ち上る戦塵はもはや災害や犯罪テロのカテゴライズにすることは難しい規模だろう、“異変”を教えているようなものだ。これ以上戦火が酷くなれば警察や軍、野次馬の類が独断で動くかもしれない。

 

「.........少し急いだほうが」

 

 とその時、背後、浮遊している進行方向に巨大な存在が出現する。

 

「戦神を相手に余所見とはいい度胸ダァ!小僧ッ!!」

 

 亜音の前に立ちはだかる怪物、蚩尤はいつの間に切り替えたのか、 素早い亜音を捉えるために巨大な片手包丁の大剣から見事な反りを描いた刀を手にしそれを躊躇なく亜音の首元へ振り下ろす。

 

「っ!」

 

 だが、亜音も短い気合いと共に天雷を宿す刀で蚩尤の振り下ろしを横薙ぎに受け止める。

 その際、甲高い衝突音と共に鬼神と戦神の豪腕の激突による爆風が四方に拡散し、亜音の黒髪、服の裾、蚩尤の足の毛並が乱暴に靡いた───────とその時、怪物は不敵な笑み、口角を小さくあげ、少年の死角である自身の背後より左手の、二本目の刀をはしらせた。

 下から上に高速で振り上げようとする蚩尤。もはや動きを目で追うことすら不可能に近い刹那の斬撃だった。これが決まればもはや亜音の身体は真っ二つでゲームオーバー、さすがは戦神、敵に隙を作るのが上手い。並の実力者なら数秒で相手の首と胴は地面に転がっていたことだろう。

 

「っ!?」

 

 しかし、逆に蚩尤が目を見開くことになった。

 もう一方の攻撃に力を込め意識が行っていたせいで若干、右手から力が緩み、亜音にも少し余裕ができる。簡単に聞こえるかもしれないが、それでも蚩尤のパワーと重さは、高層ビルを容易く斬り裂く威力がある。その証拠にこれまで亜音は蚩尤の攻撃は全て防御せず逸らすだけで、防御したのは今回が初めてであり、さらに蚩尤が片手なのに対し、鬼神の両腕で防御していた。腕相撲に例えればすぐその優位性が分かるだろう。だからこそ、今亜音に余裕ができたとも言えるのだ。

 

 

「避けなくていいのか────ッ!」

「ヌゥッ!」

 

 亜音の攻撃の方が少し早い、そう判断した蚩尤だったが、逆にその事実が蚩尤を驚愕させる。

 自身の二撃目より亜音の、蚩尤の二撃目による“隙を突く”二撃目の方が早いということは、蚩尤の動きを完全に予測していた以外にあり得ない。それとも経験によるものなのか。だが、蚩尤は亜音をどう見ても、ただの子供、二十年も生きていない青少年にしか見えず、そんな者が戦神と同格の経験値を持っているなど、まずあり得ないはずだろう。もしそうだとしたら規格外程度で済む話じゃない。

 蚩尤はさらに思考に動きを囚われ、テンポが遅れ始めていき、もはや後退、両手による防御は間に合わないところまで来ていた。

 そして、亜音は右手で刀を頭上近くに横薙ぎに構えながら、左手の平を蚩尤にまっすぐ構え、瞬間、炎が素早く収束し、赤く閃光が瞬くと共に蚩尤の視界は火炎に覆い尽くされた。

 

「よっと!」

 

 その隙に亜音は後方へ退避し、火炎により発生した煙が晴れていくのを浮遊しながら待った、が、やはり煙は待つ必要もなく晴らされた。

 

「ガァア!!」

 

 煙を払ったのは布のように蠢く黒い霧で、蚩尤は球体状に纏っていた黒い霧を己の足元に収集していく。おそらくその様子から火炎は黒い霧によって後方へやり過ごされたのだろう。亜音はすぐにそのことを把握しすぐに臨戦態勢をするが、一方の蚩尤は落ち着いた様子で獰猛な獣の口で言葉を吐き始めた。

 

「...............貴様の炎、“悪魔や精霊”の類ではないな?」

 

 一瞬、その言葉に眉を潜めた亜音だったが、すぐに笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「さあ、どうだろうか?」

「フン、誤魔化すのが好きな奴だ」

 

 亜音と戦神は笑みを零し、殺し合いをしているのようにはまるで見えなかった。が、その時──────。

 

「っ!」

 

 蚩尤から都内を軋ませんばかりの殺気が溢れ出し、その殺気に当てられた建物からは風が叩いているような小刻みの弾音が響いてくる。

 そして、その殺気を真正面から受けていた亜音は咄嗟に数メートル後退し、誰にでもわかる程に一筋の汗を頬から流す。

 

「よく“理解”した───────“私”は貴様を過小評価しすぎていたようだ」

「っ!?」

 

 それは抑揚のない──────凛とした王の声だった。

 これが邪神とも戦神とも謳われた正体であり、覇王の存在感なのか、一から己で築いてきた重みを感じさせられる。

 そして蚩尤からはこの地に顕現した際に出した黒い霧が宙に燃え盛るように立ち込め始めていく。

 

「だが、遊戯はもう終わりだ。貴様を神と同格として扱い、“ワシ”の全身全霊をぶつけてやる」

「これはっ!?」

 

 

「開錠──────《 循環と開拓の機動霊装(エターナル・フォートレス)》」

 

 

  蚩尤の言葉と共に黒い霧が宙を地を這うように亜音へ高速で肉薄し、それらは全て黒い一筋の棘と化す。まさに無数の黒い棘が亜音へ弾丸の如く迫ってきた。それも“全方位”からだった。いつの間に回り込んだのか後ろからも追尾ミサイルのように弧を描いて黒い棘が乱撃し、亜音の足元、下からも黒い棘が地から立ち上ってくる。

 だから、亜音も自然とその瞳を、無数の波紋の輪廻を描いた〝輪廻眼〞へと変え、迫り来る黒い棘達を全て紙一重に、ずば抜けた反射神経と観察眼で躱していく。

 

「───────っ」

 

 もはや息を忘れて亜音は躱し、立体交差点のように黒い棘を全てやり過ごした。

 しかし、それで蚩尤の攻撃が終わるわけがなかった。

 相手は戦に勝利をもたらす神、その全ての攻撃が必死を携えているのだ。

 

  ───────まるでそれは、無数の蕾が花を咲かせる瞬間のようだった。

 

 黒い霧によって作られた幾千もの黒い棘が枝の役割を成す様に真紅の蕾を揶揄なく星の数、煌めかせていた。

 およそ半径五十メー トルにも及ぶ立体交差点の黒い枝から赤い蕾が煌めき、だんだんと肥大化していく。まさに蜘蛛の巣が立体的に展開された状態だった。

 

「万に一つも在りはせんゾ?」

 

(………これは本当に逃げるのは不可能だな)

 

 亜音は四方八方に視線を張り巡らせ抜け道を探すが、どうやら一つ一つが時限爆弾のようで触れただけで連鎖爆破を起こしそうである。抜け道を見つけるどころか、逃げるのが不可能と断言することになってしまった。つまりまんまんと袋小路、閉じ込められてしまったようである。

 

「ワシは兵器を作れる神、爆弾は全てワシの持つ炎帝の霊力を宿してあるのだ、それが全て弾ければ余波だけでこの都市が半壊するのは免れんぞ?」

「…………」

 

  亜音は初めて驚くとともに怒りを宿した瞳を蚩尤に向ける。

 その様子に蚩尤はようやくか、と呟き、少しイラついたような態度を取り始める。

 

 

「貴様はこれまでワシに致命的な傷を負わせる機会が幾度もあったッ!しかしワシの致命傷を避け続けた、貴様はワシを改心させようとでも思っているわけではあるまいなッ!!」

「............」

「図星か───────ならば教えてやらねばなるまい、貴様が相対した世界の敵がどれほどの脅威を、邪悪を秘めておるか、そして貴様には後悔させてやる、ワシを舐めたことをなァッ!!」

 

 蚩尤は両手に持っていた刀を霧散させ、右手に赤いオーラを迸らせ始める。

 それに共鳴するように無数に待機していた赤い蕾が頭一個分まで膨れ上がっていく。

 蚩尤の黒く染まった瞳と亜音の憤怒を秘めた瞳が交錯し、蚩尤は小さく呟き始める。

 

 

「『先の時代の“無限終末”を告・新たな大地を“千年開拓”・我が名は“神農” ───── これは厳令であるッ!!』」

 

 王の号令に黒い枝である魑魅魍魎の塊は生き物の如く脈動し、血液を循環させる様に炎熱を蕾へ注いでいく。

 そして、全ての準備を整えた蚩尤は目の前にまで赤く迸る右腕を持ち上げて───────最後のスイッチを押す。

 

 

「鳴動し駆動し機動せよ、真実(ミライ)を照す“煉獄の王政”───────終焉宣告の碑(アポカリプス・デイ)ッ!吹き飛ぶがいいッ!!」

 

 

 これを見ていた者が他に居たのなら、世界の終わりを感じてもおかしくはない。

 神話から切り取られたような、人ならざる人の声による断末魔。不規則で不協和音を奏でいたが、それでもなお、どこか“天使”を彷彿させる合唱と神話の終焉を知らせる様な都市を埋め尽くす極光。

 そして亜音の周囲からは高速回転による耳鳴りが響き渡り、赤き蕾が爆裂する───────少年の視界は全て、赤く、黄色く、白く、三段階に染まって行くのだった。

 

 

 

 

 

#####

 

 

 魔王残党、巨人群は異界の敗残兵らしく、ある部族が手に入れた魔道書〝侵略の書〞の主催者権限で支配され始めたのが、巨人の魔王堕ちのきっかけと言われている。

 その〝主催者権限〞は土地を賭け合うゲームを強制できる、〝主催者権限〞の中でもポピュラーなものである。しかし、その魔王の一族は大昔に敗れて滅びた。さらに巨人は基本、気性の穏やかな一族、なのにアンダーウッドを狙う理由が───────、一度に神霊を百殺せると謳われる〝バロールの死眼〞だった。

 〝バロールの死眼〞───────魔王の瞳で、一度その瞼を開けば太陽の如き光と共に死を与えると伝承されている、まさに最恐の魔眼である。もし、これが奪われた場合、火を見るよりも明らかなことになる、いや持ち主によっては箱庭全土の問題にも成りかねない事態になるだろう。

 今回は巨人の主力も巨人の群れも全て、謎の騎士、純白で美しい髪、 静謐さを放つ白いドレススカートと、白銀の鎧、舞踏仮面を顔の上半 分につけていた女性騎士が皆殺しにしてくれたおかげで奪われずに済んだ。

 〝ノーネーム〞の主力と黒ウサギ、〝龍角を持つ鷲獅子〞の主力が苦戦していた戦争を一人で終わらせてしまうほどの恐ろしい実力を持つ。だが箱庭においてそれは絶対の強さではないだろう。

 さらにこれだけが最悪なお知らせではなく───────まず、サラより持たされた情報で、南の階層支配者が魔王に討たれたこと。〝ノーネーム〞が北にいる時の時系列らしい。つまり階層支配者を頼ることもできないのだ。

 そして、もう一つが、十六夜のヘッドフォンが粉々に壊れてしまっ たことである。耀にとって悪夢以外の何ものでもないだろう。

 こうして、とても素敵な祭りになるはずだった収穫祭は、魔王残党 群により悪夢のオンパレードになってしまったのだった。

 

 

 

#####

 

 

 

 ──────〝アンダーウッド〞の地下都市宿舎の瓦礫前。

 

 魔王残党である巨人との戦いにより発生した瓦礫の回収作業はすでに始まっていた。満天の夜空の下、つまりは真夜中に作業は行われているが、それでも作業は進んでいく。巨人の強襲から一時間程度しか経たないうちに始まっているのにも関わらず、魔王なんかにという気合いを感じるほどの作業ペースで、前夜祭の間に立て直したい、一分一秒が惜しいという緊迫感もひしひしと伝わってくる。

 そんな忙しい中でも耀のお願い、回収作業の遅延を聞いてくれたのは南側の住人の大らかな気質のおかげだろう。

 しかし、宿舎の瓦礫地に散らばるヘッドホンを見るや否や、飛鳥は真顔で即答する。

 

「諦めましょう」

「...............え、えと、もう少し頑張ってみない?」

「無理よ。元の形に戻すなんて物理的に無理。ヘッドホンを直すことよりも、十六夜君の機嫌を取る方向で考えましょう」

「..................。......ぐぬぬぬぬ、..................無理...だよね」

 

 耀は残骸を両手に拾って何気無く、くっつけようとするが普通に無理だった。飛鳥はその様子に呆れ半分、少し可愛いという感想を抱いたが、小さく笑みを浮かべるだけにとどめて機嫌を取る方法を夜空を見上げながら模索する。

 そんな中、耀が何と無く口から言葉を零す。

 

「...........................亜音にも相談した方がいいかな?」

「ん?うーん、それもまた無理じゃないかしら?亜音はおそらく南には来ないと思うわ」

「だよね、それに亜音は頭いいから、きっと今頃、私が犯人だって」

「春日部さん............」

 

 正直、耀の言っていることを否定することはできないだろう。あの亜音であれば尚更だ。

 耀は地に座り込み、ずっと下を見つめていた。

 今回の事件の犯人は三毛猫であったが、耀自身にも責任があることを自ら受け止め、こうしていろいろと模索しているのだが───、

 

「十六夜は博識で色んな仮説を立てる研究者って感じで、亜音はなんというか探偵みたいに頭いいから、すぐに私が怪しいってわかるよ............」

 

 

 ………………否定できない。

 

 

「..................どんな目で見られるのかな、」

 

 耀は寂しそうな瞳を夜空に移して言葉を零す。そして、亜音の反応を想像する。全てを悟ったような笑み、あるいは軽蔑、責めるような冷たい表情か、あるいはこれをきっかけに〝ノーネーム〞から──────。 しかしそこまで深く考えている耀に対して飛鳥はケロっと言う。

 

「大丈夫よ、それに今回の件は別に春日部さんが悪いというわけじゃない。運が悪かっただけだから、ちゃんと順序よくフォローすれば簡単に済む話よ」

「そう.........かな?」

「それに亜音がそこまで頭がいいなら、春日部さんがそんなことできる人じゃないって結論を出すはずよ?それよりもいいアイディアが浮かんだの、聞いてくれる?」

 

 飛鳥のしたり笑顔に自然と耀も気分が前向きになり、二回ほど頷いて飛鳥の言葉を待つ。

 

「そうね。第一候補としては...............黒ウサギをラビットイーターとセットで贈」

「贈るわけないでしょうこのお馬鹿様!」

 

 スパァーン!と背後からハリセン一閃。

 耀は目を丸くして驚き、

 

「それ、名案!」

「ボケ倒すのも大概にして下さい!」

 

 スパパァーン!!とさらにハリセン一閃。

 どうやらジンとジャックと共にサラの元から帰ってきたらしい。

 ジンの片腕には、しょんぼりした三毛猫が抱かれていた。

 

「全くもう、耀さんっ、詳しいお話は、三毛猫さんよりお聞きしましたよ!?どうして黒ウサギに相談してくださらなかったのですか!?」

「え、えっと...............巨人族が襲ってきてそれどころじゃ、」

「その話ではありませんっ!収穫祭の滞在日数の事でございます!相談してくだされば、黒ウサギや十六夜さんや............飛鳥さんだって、耀さんを優先的に参加させました!なのにどうして相談してくれなかったのですか!?」

 

 黒ウサギは少し乱暴に耀の肩を掴んでは激しく揺さぶり問い詰める。

 危うく脳震盪を起こしそうになったが、今はそれどころではない。

 

「で、でも、ゲームで決めるっていう約束が」

「ゲームは所詮ゲームでございますっ!我々は同じ屋根の下で暮らし、同じ苦楽を共にし、同じ旗の下で戦う同士です!悩んでいる事があるのなら、まずは我々に相談するのが筋でございます! ましてや...............その......耀さんが......戦果を誤魔化すほどに悩んでいたなんて............ 黒ウサギは、まるで気付いておりませ んでした.........!」

 

 ハッと耀と飛鳥は互いを見る。

 そして二人の視線は、自然にジャックへと向けられた。

 

「ジャック............貴方、」

「ヤホホ............ここに来るまでの道中、彼女とお話をさせて貰ったのですが.........どうやら、マズイお話だったようで」

 

 ポリポリとかぼちゃ頭を掻くジャック。 黒ウサギは半泣きになりながら二人を見つめ、ジャックから聞いた二人の戦いぶりを切実な声で語る。

 そんな黒ウサギにたまらず飛鳥が、前に出て弁明した。

 

「ち、違うのよ黒ウサギ!?春日部さんに話を持ちかけたのは私で...........!」

「違う。私が悩んでいたから飛鳥が気を遣ってくれて、」

「............いえ。そんな気を遣わせたのは、黒ウサギにも責任があります。黒ウサギの過度な期待が、お二人と小さな壁を作ってしまったのです。本当に.........申し訳ありません」

 

 三者三様に頭を下げる。

 ジンは三毛猫を抱いたまま耀に近寄り、小首を傾げて問う。

 

「ヘッドホンは、駄目そうですか?」

「うん.........本当に.........ごめんなさい」

「いえ、壊れてしまったものは仕方がありません。 直せないなら他の方法で手を打ちます、僕から代案がありますので、聞いてもらえますか?」

 

 ジンの突然の言葉に、耀は驚いて顔を上げる。まさか彼から提案があるとは思っていなかったのだろう。

 しかしその時、緊急を知らせる鐘の音が〝アンダーウッド〞全土に響き渡った。

 網目模様の樹の根から飛び降りてきた樹霊の少女が

 

「大変ですッ!巨人族がかつてない大群を率いて....あ.....〝アンダーウッド〞を強襲し始めました!!」

 

 

 ──────直後、戦争・第二幕のお知らせのように地下都市を震わせる地鳴りが辺り一帯に響いた。

 

 

 

 

#######

 

 

 

「...............馬鹿な............ワシの炎が......っ、」

 

 

 黒い霧を足場に宙に立っている蚩尤が表に出して狼狽えるのも無理はなかった。

 それほどまでに目の前の事象が現実離れしており、箱庭においてもそれは滅多に見られない光景だろう。

 その光景──────爆発しかけた蚩尤の赤い炎が青く侵食され、全ての炎が亜音の手に収束されていた。言わば蚩尤の炎は亜音に喰らわれたのだ。それも同じ炎という現象でだ。

 

(ワシの炎は戦争・開拓・循環の《三皇》、数世代と千の歴史で鍛えた代物ッ!“終結の日”の役割さえ与えられた其の霊格を喰らっただとッ!?)

 

 つまりそれが意味する所は戦神の操る炎よりも亜音の使役する炎の方が、霊格が上だということである。それは邪神であり、魔王であり、戦神である彼にとって遥かに予想外、1%もその可能性をあげていないまさに悪夢だ。

 

「させるか............」

「..................!」

「人の街は、築いてきたものは......誰にも.........誰にも壊させたりさせない─────例えそれが神々の選択だとしても」

 

 亜音はその意思を明確に示すように爆炎を取り込んだ青い光を小さく手のひらに凝縮し、握りつぶし、霧消させた。

 そして、今までに見せたことのない怒りを纏い、人差し指で来るように戦神を挑発する。

 

「降りて来い……………下で叩きのめしてやる」

「……………いい目だ、クソガキ」

 

 二人は何百メートルもの高さから重力に従ってそのまま地に着地し、亜音はただ真っ直ぐに、憤怒を込めた視線を蚩尤へと向ける。

 どうやら蚩尤は触れてはいけない琴線に触れてしまったようである。

 少年の纏う静謐な闘志と殺気は、猛る神に近しく、鬼神を自然と彷彿させた。

 だが、それでも亜音は体ではなく、口を動かした。

 

「……………街はこれ以上破壊しないで欲しいんだが、」

 

 そんな亜音に蚩尤は、もはや平地とは言えない道路に立ちながら、 冷静かつ静かに言葉を返す。

 

「甘ったれるな。──────防衛側が不利なのは幾千年も前から決まっていたこと、知識以前の問題だ。............進軍側は其処を必ず突いてくる、敵が譲歩してくれる、正々堂々と戦ってくれると思ったら大間違いだ」

 

 蚩尤に大真面目に説教された亜音は少し目を丸くし、怒りが静まるとともに微笑が顔に浮かばれる。

 

「…………貴方から説教されるとはね。でも俺も間違っているかもしれないけど」

「.........?」

「貴方も間違ってるんじゃないですか?」

「......ハ?....ワシが間違っているだと、?」

 

 蚩尤の疑問の声と戸惑いに亜音は笑顔を浮かべたままうなづき、肯定する。

 

「はい、貴方の今いる立ち位置は─────本当にそこで合ってるのですか?」

「は?貴様は何を」

 

 蚩尤が最後までいう前に亜音がその場に響くように強く声を発し、 辺りに大きく響かせた。

 

「貴方は本当は、守る側の立場じゃないのか!?俺はそう聞いているんだ!」

 

 その言葉に少し蚩尤は言葉を失い、呆気にとられるがすぐに我に帰り、馬鹿にするように大きく笑う。

 

「─────ハッ!ぬかせ。ワシは復讐者であり、邪神、魔王だ。何を考えて」

 

 しかし、そんなの気にせずに亜音は続けて言葉を紡いでいく。

 

「貴方の歴史、俺はこう解釈した」

「貴方と黄帝は元々は親友だったのではないか?」

 

「どちらとも言っていることが正しい、だから戦争になった」

 

「そして貴方が負けて、世の中は技術的にも精神的にも衰退していった、が、彼らは戦神の偶像を作って安寧を取り戻した──────っ!」

 

「貴方が本当に復讐を望む相手は、あの時代に生きた者達で、一言言ってやりたいんだろ?」

 

「『ほうら!俺が正解じゃないか!!』────とね?」

 

「今の世に貴方の面影は歴史にしか残っていないのかもしれない、だけど、ここまでくる間に戦神という偶像があったおかげで世界はここまで来れた、今ができた」

 

「貴方のおかげで、貴方が正解という世界なんだ────今のこの世界はッ!貴方が復讐しようとしたこの世界はッ!それなのに、貴方がその世界を破壊してどうするって言うんですか!」

 

 亜音の悟りを開いたような、当然の事実。

 ああ──────少年が言っていることは誰が聞いても──────正しい。

 だがそんな言葉が聞きたくて、“王”は此処にいるわけでは断じて無い。

 故に少年の言葉は、戯言で、痴れ事で、──────王にとっては残酷な現実で在り、王の“生き様の結果”だった。

 認めるわけにはいかない。

 命を刈り、命を燃やし、命を掻き消し、鉄を握りしめ、鉄を打ち、鉄を撃ち、革命の連続を、王の在り方を思い知らさねばなるまい。

 ──────少年の言葉が全て外に出た瞬間、爆弾が爆ぜ、割れた音のような衝撃が、戦神のありったけの憤怒によって引き起こされた。

 

「うるさいわァアアアッ!!貴様に何がわかるッ!どれだけワシが無念で、無様を晒されたかっ!?黄帝のクソッタレ野郎が弱すぎるからワシは完全に死ぬことができず、体を切り刻まれた挙句、仮初の天下を目の前で見せられ、それが容易く朽ちていき、ワシがいない所でいいようにワシを利用し世を安定させ、ワシはそれをただ感じ取ることしかできなかったッ!今更、守る側になれだと?ふざけるなよッ!それこそ戯言だ!ワシの闇は、そんな都合のいいように動くとでもおもっておったのかァアアアアッ!!」

 

 無念の死から生まれた悲しみと怒りの叫びに呼応するように赤い炎と黒い霧が地より迸り、辺りを埋め尽くす。まるで仮の地獄世界のようだった。

 さらにこれまで以上の殺気が蚩尤より放たれ、不吉な風が暴風となって辺りと亜音に強く当たっていく。まさに純粋な神の怒り、自然の摂理が揺るがされるほどの怒りであった。

 邪神である蚩尤から抑揚のない、怪物じみた声が響く。

 

「死ね、人間ッ!それを望まず、この世界を守りたければ──────ワシを殺すがいいッ!!」

 

 雷鳴の如く地鳴りを打ち鳴らすその進撃は一定のリズムを刻み、 徐々に速度が上がっていくのを亜音は体全体を揺らす振動で感じ取る。

 その迫ってくる脅威も下から込み上がってくるように亜音へと伝わってきた。

 そして、蚩尤の右手には──────巨大な大剣、片手包丁が大気を切り裂いていた。

  亜音は咄嗟に鞘に収まっている刀の柄に手を伸ばすが、やはりそれをせずにそのまま音速で迫り来る蚩尤との決戦に臨むべく、武の構えを取るのだった。

 

 

 

 

 

####

 

 

「貴様ッ!なぜ、刀を抜かないッ!!」

「──────!」

 

 亜音は迫り来る黒い棘、神炎、片手包丁の斬撃を紙一重で躱し続ける。

 そして、隙を見つけるとすかさず打撃の一撃を蚩尤の体に叩き込む。

 しかし、蚩尤の肉体はまさに鋼のごとく硬さで何より重量が半端ではない。その証拠に鬼神の渾身の一撃を何十回と食らってるのにもかかわらず、ピンピンしている。それどころかさらに蚩尤の乱撃は勢いを増してきていた。

 だからひとつ、亜音はここで勝負に出て見ることにした。

 

「ガァアア!」

 

 蚩尤が振り下ろした片手包丁を紙一重で躱し地に刺さるのを確認し、その片手包丁の刃のない部分に向けて足裏を振り下ろした。

 

「ッ!?」

 

 そのせいで片手包丁は地中に引っ張られ、蚩尤は一瞬態勢を崩した。

 その隙を見逃さず、亜音は蚩尤の溝うちに鬼神の力を宿らした蹴りを叩き込む。残像さえ残さない速度で撃ち込まれた蚩尤は少し息を吐かされ、片手包丁から手を離してしまう。

 

「カハッ!?」

「まだまだだっ!」

 

 亜音はさらに残像を霞ませるほどに匹敵する速度で蚩尤に追尾し、炎を宿らし加速強化された拳をガトリング銃のように蚩尤の溝うちに叩き込む。

 

「ハッ─────ァア!!」

「ヌゥ、グッ!」

 

 蚩尤の顔が苦悶の表情に歪み、瞳が揺らぎ始める。

 そして、亜音はその隙に後ろへ後退し、加速距離をつける。そこから音速を超えた速度で蚩尤に肉薄し、そのままの勢いで炎を宿らした回し蹴りを蚩尤の溝うちに放つ。その打撃音はまさに爆破に等しいほどの轟音で、亜音の攻撃の威力を強く物語っていた。

 

「.........ッ......ヌグッ!」

「うおらああ!」

 

 亜音は全ての力を込めるように体をバネの様にそらして蚩尤の身体を足で前へ、前へ押し、鬼神の力で無理矢理吹き飛ばした。

 それでも地面を無残に転がっていくだけだった。

 しかし亜音は確かな手応えを感じ、蚩尤が吹き飛ばされた軌跡の風塵に視線をやり、目を凝らす。

 

「ハァハァ...............っハァハァ.........はぁ」

 

 亜音は肩で息をするも少しずつ息を整え、輪廻眼の瞳で辺りを見渡す。 警察や軍の気配はまだない。亜音は少し安心した──────その 次の瞬間、目に写ってはならない存在が亜音の目に映ってしまった。

 

「なっ............くっ!」

 

 亜音は一つの家屋、瓦礫の地でまだ残っている家の中に子供の魂と 器の輪郭を見つけてしまった。

 今いる場所から後方五十メートルくらいしか離れていない、というより亜音の目の前にあると言っても過言ではなかった。五十メートルの距離など亜音と蚩尤からした無いに等しいだろう。

 

「親はなにしてるんだ!」

 

 亜音は憤怒の気持ちを押さえてすぐにそこから子供を避難させようと駆けるが、

 

「グァアアアアア!」

「うぐっ?!」

 

 周囲一帯に蚩尤は割れた様な叫びをあげ、風塵を自身を中心に吹き飛ばした。

 その余波が地を這いずるように駆け巡り亜音を襲い──────もちろん、ボロボロ寸前の家屋も襲った。

 

「し、しまった...............っ!」

 

 だが、外装部分が崩れるだけで済み、なんとか家の役割をこなして いた。

 しかし、いつ崩れてもおかしくはない。亜音は奥歯を噛み締める。

 そんな亜音に蚩尤は、視線と敵に背を向けている理由を悟ったように獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ソウカ............そうか、ならば──────こうしようッ!」

 

 亜音はその言葉でようやく蚩尤に振り返ると──────そこには業火が溢れかえっていた。

 

 

「貴様に理由を与えてやる、ワシを殺す理由をなッ!」

 

 

 さらに変化を告げたのは──────遥か空だった。

 蚩尤から海の如く溢れかえった黒い霧が瞬く間に青空を覆い尽くし、その黒い霧から“砲台”が無数に姿を現す。

 まさに秒数カウントで東京が消える、その恐怖と恐ろしさが間近に亜音に伝わっていた。

 そして、蚩尤は片手を前に構え、炎を収束させていた。その方角にはもちろん子供のいる家があった。

 

「後悔するがいい..........己が甘さをッ!」

「.........ッ!」

 

 亜音は顔を歪めながら背を向け、子供のいる家屋に向かおうとするが、

 

「ワシを殺さねば、上の兵器は止まらんぞ?そして言ったはずだァ、貴様に後悔させてやる、と」

「ッ.........くっ........!」

 

 蚩尤から都市全土を照らすほどの赤い光が今までの中でも最高潮に高まり、その業火に秘められた威力と破壊力が尋常ではないことを亜音に視覚情報、熱波の焼ける肌による感覚情報でしっかりと伝えていた。まさに煉獄、これが放たれたら最後、怒りが都市を埋め尽くし、文字通り炎の海ができるかもしれない。被害予測が出来ないほどに蚩尤の業火、その規模は現実離れしている。

 

「安心しろ、貴様もろとも、もう一人を殺し、その後でこの地を破壊してやる」

 

 蚩尤は荒れ狂う業火を一つの巨大な球状に変え、一点集中型にしていく。

 亜音はというと──────棒立ちをしたまま、ただ沈黙していた。

 その様子に蚩尤は疑念を抱くが、こちらがすることは変わらないのだ。そのまま炎の球体を大きくしていき、家屋一個分まで膨れ上がっ た。

 

「さらばだ──────若き神よ」

 

 ──────擬似太陽が地を走り、地を滅しながら亜音へ、子供のいる家屋へと加速していく。

 もしここで防げなければ、おそらく他の地域にも被害が及ぶだろう、最悪、数万規模の死人がでる。

 だが、この光景を見ているものは一言呟いてしまうだろう──────美しい、と。

 まるで朝日と夕日の両方を見ているような錯覚を覚えるほどにその巨大な火は美しかった。

 そして、亜音はその太陽に飲まれてしまった。避けることが許されない、だから亜音は身を呈すしかなかった。

 蚩尤は静かにその太陽に背を向けて歩み始めるのだった。

 

 

  確かに“擬似太陽”と認識してしまうほどの破壊力が備わっていた。

 

 

 ──────だが、忘れたのか?俺の炎は、戦神の炎よりも霊格が上だということをッ!!

 

 

「......ッ!」

 

 蚩尤は幻聴を聞いたような気がして後ろへ振り返るが、そこには先ほど放たれた擬似太陽しかない。

 だが、すぐに異変に気が付く。

 擬似太陽に全く動きがなかった、というより心なしか擬似太陽に小さなヒビが走っているようにも──────そう蚩尤が思った瞬間だった。

擬似太陽が白い閃光を放って爆散し、そこから蒼い炎に身を包んだ亜音が蚩尤に肉薄する。そんな亜音を歓迎するように爆散した際に発生した暴風が辺りの埃や風塵を吹き飛ばし、蚩尤への道を明確に示す。

 そして、蚩尤は驚いている暇もなくすぐに片手包丁を黒い霧から生成しようとするが──────

 

「遅いッ!」

 

 蒼い炎が大気に波紋を起こし、亜音の瞳は鬼神の如く鋭利に光る。

 高速で蚩尤に肉薄しながら亜音は刀の柄に手を置いていた。

 そして刹那の、亜音との視線の交錯で蚩尤は、静かに何かを悟り、沈黙を称えたままその瞳をゆっくりと閉じた。

 唯一、雑音も聞こえない世界で蚩尤の耳に亜音の、静かで強き囁きが小さく響く。

 

 

 

「一刀流──────雷花槌(いかずち)蒼火一葬(そうかいっそう)

 

 

 抜刀ともに響き渡る雷鳴、雷光は華を咲かせるように弾け飛び、そこから青き蜃気楼が線のように奔った。

 光が瞬き、言霊を言い終える頃には既に蚩尤の背後に立ち、蒼き獄炎をその身から拡散させていた亜音。

 亜音は憤怒と怒りを噛み締めたような表情で、悲しみを帯びた瞳を閉じ、小さくでも明確に──────強く呟いた。

 

「馬鹿野郎.........っ」

 

 その言葉と共に蚩尤の片手包丁が生成されていた右腕が宙に舞い、 蚩尤の身体から血飛沫が醜い水音ともに小さく噴出する。それと共に遥か空に展開されていた黒い霧と大量の砲台は幻だったかのように姿を消していった。

 つまりは戦神との死闘は──────亜音の勝利である。

 だがそれでも少年は刀を鞘にカチンと収めて、蚩尤の大きな背を悲しそうに見つめていた。

 一方の蚩尤は胸の深い傷口を左手でさすり、爽快な笑みを浮かべながら亜音に振り返る。

 

「っグ..........フッ......やはり、あのクソ弱虫野郎と違って貴様のその刀と力ならば、ワシに致命傷を与えられた..........貴様の完全勝利だ」

「............」

「戦神を打倒しておいてそんな顔をするとはな...............少しは嬉しそうにし、やが......れ、あ、のん」

 

 蚩尤は声をかすらせながら地に倒れ伏した。

 その際、コンクリートがはだけて砂地が露わになっているせいか、 寂しさを感じさせるような、心なしの埃が風圧によって舞い上がり、 亜音の足元を小さく通り過ぎていくのだった。

 

 

(貴方こそ、神話通りの残忍で傲慢な“人”であったなら、───────もっとやりようはあっただろうに。どこまでも腹が立つ“幸せそうな顔”だ)

 

 

#####

 

 

 

 ふと十六夜は反射で頭の中で想像する。もし自分が居た世界が亜音の世界なら、自分と肩を並べられる存在が沢山居て、こちらの世界に来る必要がなかったのかもしれないと。

 でもそんなことーーーたとえ口が裂けても外に出して言えるわけがないのだ。自分の出会いを否定したくもないし、亜音の歩んできた世界と道はそこまで羨まれるものでもないだろう。一人一人違う悩みを持っている筈なのだから。そして、そういう事を考えること自体、問題外だろう、人生は皆平等に一度きりで生まれる場所、世界を選べられないのだから。

 十六夜が思考している最中、レティシアはいつの間にか話し手が〝 蚩尤〞に変わっている亜音に真面目な質問を投げかける。

 

「手も足も出ない程、とは言っていたが、そうでもなくないか?」

「手も足も出ない程の差──────それは目的の差だ、亜音は生け捕り、ワシは本気で亜音を殺しにいった。それだけ聞けば分かるだろう?手加減、攻撃する場所まで思考していた亜音に負けたのだ。 戦神であるワシにとって誇りを砕かれると共に手も足も出てないに等しい話だ」

 

 そこで亜音の雰囲気が元に戻り、いつもの亜音が表に出てきた。

 

「俺にも十六夜のように、力の抑制をしてくれた人がいる。しかも強きな性格な所はよく似ている」

 

 十六夜は難しい顔から一転してとても興味深そうな笑みを浮かべ、

 

「へぇー そいつは気になるな」

「まぁ、十六夜の親代わりとは違って穏やかなやり方じゃないけど.........」

 

 亜音は苦笑いしながら、心なしか少し肩を震わせていた。その様子 にレティシアはおおーと目を輝かせて、

 

「ふむ、それは私も気になる」

 

  などと演技がかった声で呟く。

 亜音は後退ができなさそうな空気と視線にお手上げし、立ち上がりながら爽やかな笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、そろそろ場所を変えようか...............歩きながらでも話せるしね 」

 

 

#####

 

 

 

 ──────亜音がどんな子供だったか。

 

 

 

 亜音が小学生の頃、算数の授業で。

 亜音は少し自分の席で顎に手をやり、悩んでいた。

 そこへ優しそうな若い女性の先生がフォローにやって来た。

 

「亜音くぅん?何かわからない事あったらなんでも聞いてね?」

 

 その言葉に亜音は目を輝かせて、

 

「本当ですか!?」

「え?あ、うん。本当だよ?」

 

 少し女性の先生は戸惑うが、先生としての威厳を守ろうと戦う覚悟 をしていた。

 この時のことを思い出すと、今でも申し訳なくなる亜音ではあったが、時すでに遅しである。

 

 

「じゃあ、なんで数学ではXとYが主流になったのでしょうか?」

「えっ?......ぁ......えーと、」

「........................やっぱりいいです、自分で調べないと意味ないって母さんが言ってたので、先生、ありがとうございます!」

 

《こ、子どもに気を使われるなんて............!》

 

 落ち込む先生を他所に亜音は一人、思考を続ける。

 

「英語が使われているという事は............もしかして数学って元は外国の知識?それともローマ字と数式はもっと深い繋がりが、」

「何その発想!」

「やっぱり違うのですか...........?!」

「え、!」《ごめんなさい、ただ驚いただけなの............》

 

 

 小三の夏でした。

 

 

 

######

 

 

 

 亜音には十六夜のような素敵な出会いはない。だけど、十六夜と同じように尊敬できる相手はいた──────その人こそ、亜音の母親にして榊原家の血を引き継ぐ者、亜音に力の抑制を施した者である。

 亜音の母親は一言で、働くキャリーウーマン、鬼教官のような人で、 おそらく将来は嫌な姑になるだろうと予測される。掃除も家事も料理も完璧、おまけに医者であり、海外で働くほど優れた人材だった。

 父親は比較的温和で普通の人、しかし母親と同じように海外を渡り歩くほどに医者としての技術と外交の折衝術を持っていた。

 そして小学生だった亜音は何と無くで力を使うことを躊躇い、自制 心と頭の良さで親が安心して外国で働けるほど力の抑制ができてい た。

 

 しかし──────ある日だった。

 亜音はいわゆるいじめっ子グループにいじめられていた。

 

「ヤーイヤーイ」

「う○ち!」

「ちーび!」

 

 などと毎日罵声を浴びていた亜音だったが、無視できるほど亜音には強い精神があった。だが、そんないじめっ子達は亜音をつまらないと判断して他の子をターゲットにし始めたのだ。

 その子は典型的ないじめられっ子のような子で、眼鏡をかけた小さな男の子だった。別に自分がいじめられるのは問題なかったが、自分が無視したことでいじめが他の子に行ってしまったことに亜音は責任を感じたので──────よくテレビでやっていた脅しをした。

 ──────放課後、裏校舎でいじめをしていた奴らの所に行き、木の棒を目の前でへし折り、言ったのだ。

 

「オレ以外に手を出したら、ただじゃ済まないぞ 」と。

 

 そのおかげで確かにいじめられっ子に対してのいじめは無くなっ たが、亜音に対する隠れ工作、いわゆるストレス発散行為がエスカレートした。怖いもの知らずだな、とおもう。机に死ねと書かれてあったり、ロッカーの物が全部廊下にばら撒かれてあったり、確かに腹も立ったが、別にどうでもよかった。教科書が無くなっても買うか、それとも授業で聞いたことと家にある参考書で復習すればいいと。

 だが、そんなつまらない反応がさらに事態をエスカレートさせてしまった──────、

 

 放課後の裏庭で彼らは亜音のロッカーにあった私物をすべて燃やしたのだ。

 

 別に“それだけ”ならば問題はなかったのだが、その次の朝。

 亜音は私物を燃やされたことを、前に亜音が庇った眼鏡の男の子に教えられた。それを確かめるために亜音は自身のロッカーをあけて、何もないことを確認した。

 その様子をいじめっ子たちは腹を抱えて見ていたのは自分も分かっている。途轍もなく腹が煮えくり返ったが、我慢した。根拠はないけど、手を出してはいけないと思っていた。

 だが、亜音の我慢とは裏腹に、いじめられっ子である眼鏡の男の子の堪忍袋が爆発した。

 

「おまえらぁああああ!亜音君にあやまれえええええっ!!」

 

 そんな叫び声で始まったケンカを亜音はただ見てることしかできなかった。手を出せばケンカは止まる。力も加減はできるけど、力を人へ向ける覚悟がこの時の亜音にはなかったのだ。震える拳をただ握りしめて、誰かが止めてくれるのを待つことしかできなかった。

 そして、決定的だったのが──────この時ほど時が止まった感覚はないくらいの地獄を見た。

 

 

 

 眼鏡の子がロッカーの角に頭をぶつけて──────、

 

 

 

 廊下は瞬く間に悲鳴の渦となった。

 誰もが見たこともない惨劇、見たくもない現実、世界が目を背けてきた業、故に誰もが其処から走り去り、逃げていく。

 眼鏡の子の頭からは冷たそうな黒く赤い液状が、少し泡立って廊下に染み渡っていく。

 ロッカーの角には花が咲いたように血の跡がこびりつき、少しずつだが下にいる男の子に向かって帰りたがるように、滴っていく。

 だが全てはもう終わりを告げていた、──────男の子は壊れた人形のように微動だに動かないのだから。

 

 

 

 この頃の亜音には、もう見ていること以外どうしようもなかった。

 

 

 

 亜音は警察に夜遅くまで色々聞かれた。主にいじめ事情とケンカの状況など。

 とりあえずは被害者の一人として扱われていた。だが、そんな亜音の中に渦巻いているのは罪意識、まるで胸に水袋を無理矢理入れ込まれたように重く濁くて息苦しかった。

 

 

(何もしていないっ!僕は悪いことを何もしてないっ!…なのに………なんでこんなにも………“重い”の?)

 

 

 命の重さを初めて実感し、思い知らされた──────この日を、命の輝きを教えてくれたあの子の名を、少年は決して忘れないだろう。

 亜音は胸を掻きむしりながらもその光景を目に焼き付けた。

 警察署の入り口で薄暗い電灯の下、男性と女性の二人が、時間を考えず・場所を考えず・迷惑を考えず・年齢を考えず・自分達の全てを蔑ろにし──────大声で泣き崩れる姿を静かに見つめ続けた。

 

 呆然と見つめ続けていた少年の頭に手を置いた警察官も、帽子を取って夜空を見上げていた。

 その肩は抱いている激情を表すかのようにふるえていた。

 

 そう、今はただ皆が歩みを止め、その現実を受け止めることしかできなかった。

 

 

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