新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第三章・オープニングテーマ《桜》歌:FIRE DOG 69


亜音の過去や母親、そして始まる収穫祭をイメージしながら聴いてます。
よろしくお願いします。


第四話「襲撃者に提示せよ。優しさだけでは守れない、臆病なだけでは生きてはいけない。世界は、オレが守る!」

 ─────人の業による、悪夢より酷い悲劇の日より、.二日が経過した次の朝。

 亜音の母親である、榊原裕子が日本に帰国してきた。訳は言わずも分かるだろう。

 裕子の髪型は仕事がしやすいように後ろにポニーテールを畳み、前髪を左右に分けて額を露わにしてナチュラルにまとめ、少し焦げ茶に染めている。

 キャリーバッグを持って玄関に立つスーツ姿の母、裕子と亜音は少しの間、見つめ合い、最初に口火を切ったのは亜音だった。

 

「............おかえりなさい、母さん」

「ただいま、亜音。─────後で話をするからリビングで待ちなさい」

「─────はい」

 

 半年ぶりに会った親子の会話がこうも短いのは、悲劇な事件によることは明白だろう。何よりあれから二日経ったとはいえ、亜音は小学生である。一人で立ち直る事は不可能に等しい。母である裕子はその事をよく理解していた。

 自室に荷物を置いてきた母がリビングに来ると、亜音はリビングに置いてある木のテーブルセットに腰を掛けていた。もっと正確に言えば膝の上に手を置いて礼儀正しく重苦しい空気を纏いながらそこに居た。

 

「フゥー............ん...」

 

 裕子は少し疲れを吐くように息を鼻から出し、亜音と相対するようにテーブルに腰を下ろす。

 掛けていた眼鏡を外してテーブルの上におくと、裕子は口を開き始める。

 

「話は聞いたわ............それと加害者側がどうなったかも」

「............っ、」

 

 亜音は少し肩をビクつかせ反応するが、その様子を知っているにも関わらず何処か上の空、他人事のように裕子は言葉を続ける。

 

「─────保護処分なし、ただ親御さんはやり直すために引越しと転校を考えているみたいよ。」

 

 裕子は事の終わりをすべて話さなかった。この事を知ったのは亜音が高校になってからである。高校入学の日、父と母が話してる所を聞いていたのだ。話していない部分とは、亡くなってしまった男の子のご両親が、加害者側にした社会的な報復行為(事故の件とは別の裁判)と、責め立てられた加害者の子達の親がうつ病を患ってしまい、家庭内暴力や、離婚裁判、家族崩壊が起きてしまった事。実は亜音の知らない所で、悪夢がクモの子のようにいじめによる二次災害は広がっていたのだ。誰も救われない悲惨な結果だった。

 

「率直に私の意見を言うわ...............〝あの時の亜音〞は間違っていなかったと思う」

「......っ、」

 

 亜音は顔を俯かせたまま大きく肩を揺らした。そして驚愕した顔で膝の上にある両手を強く握りしめていた。母の言葉は今の亜音が求めていた言葉じゃなく、甘い言葉にしか聞こえなかった。まるで風船のようにどんどん反比例して、罪意識が膨れ上がるのを亜音は感じた。

 裕子はそんな亜音を他所に、小さく言葉を続ける。

 

「よく堪えたと思うわ.........あの時、亜音が手を出してたら、被害はこれ以上になっていたかもしれない。最悪私達がここから出ていかなければならなかったかもしれない。............この家は何十回って改築を繰り返されてるけど、祖先からずっと住んでいた場所だから出来れば離れたくない。だから」

「...............違う」

 

 儚い否定の言葉、けれど、変に静けさが漂い、耳鳴りが聞こえるリビングにはとてもよく響いていた。

 

「.........ん?」

「─────違うんだ、母さんっ............ボクは、」

 

 亜音は顔を俯かせたまま涙を静かに落とし始め、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。そして、心の中では重い重い水袋が膨れ上がってい た。もしあそこで、もしもっと前から、いじめをなくすように─────────などと後悔ばかりが亜音の心を縛り付ける。

 

「ボクは被害者扱いだった.........でもそうじゃないんだ!.........ボクはただ見ていただけで、アイツらと変わらない最低で、クズ野郎だ.......なのに、オレはこうやって平気で生きてる......!」

「...............」

「なんで、…………なんで、上手くいかないんだ、何が間違ってたんだ、どうしてこんなにも息をするのが辛いんだぁ!......どんなに考えてもわからない.......ボクはあの時...どうすればよかったんだ.....!!」

 

 亜音は叫びながら、握りこぶしをテーブルの上に叩きつけようとするが、堪えてまたすぐに膝の上に戻す。もし叩きつけていたら机ごと床もぶっちぎってしまう所だった。母である裕子からしたらヒヤヒヤもんである。

 そんな亜音を黙って見つめる裕子は笑みを浮かべて小さく相づちを打つだけ、肘をテーブルにつけ手の上に顎を乗せる。

 そしてただ、小さく名前を呼んだ。

 

「亜音......」

「ぅ.........」

 

 その声に亜音が顔を上げようとするが、亜音の頭の上に優しく裕子の手が置かれる。

 そして、ケロっというのだ。

 

「分からなくていいんじゃない?いや、今は分からないでいなさい。貴方は被害者なのだから、それに」

 

 

 

 

「その子は貴方の“誇り”を守るために誇りを捨て、命を賭けて闘ったんじゃないの?」

 

 

 

「っ!」

 

 亜音はその事を忘れていたかのように思い出し、心の中であの時の事を再生する。

 周りの視線や世間体、己が醜聞を意に介さずして、彼は叫んだのだ─────────謝れ、と。

 

(そうだ...............あの子は............ボクのために......っ)

 

 亜音は余計に悔しかった。自分より力がない者、けれど覚悟を持って立ち向かっていった尊い命、その命を守る事が自分にはできたはずなのにと。あの小さくても逞しい背中、勝てない相手に必死に追いすがるあの子は、本当に誰よりも強く、誰にも辿り着けない場所にいたんだ。

 そんな亜音に裕子は─────まるで悟らせるように強く言葉を紡いで行く。

 

「きびしいかもしれないけど、貴方はもう自分だけの命じゃない。..................悔しくても前に進まないといけない........... だから自分の足で立ちなさい............できるわね?」

 

 裕子の言葉に亜音は嗚咽を漏らしながらも、枯れた声で小さく返事をし、泣き止んだ後はその足で学校に行った。

 もちろん、加害者の子達とあの子の席はもう─────どこにもなかった。

 そして、亜音はこの時から無意識に彼の背中を追いかけるように。

 あの時の彼が取った行動が正しかったと、そう示すために己の信念に立ちはだかる壁、例えどんなに強大でも一歩も引く事はしない、そう決めると同時に、他を巻き込むことに恐怖を抱くようになった。

 この時から彼は─────孤独の暗闇を身を守る鎧にし、人を救う光を求めて世界を見始める。

 

 

 でも、その上辺だけの、誰かに守られて出来た覚悟だけではまだ足りないと、この時の母親は思っていたのかもしれない。 だから亜音は、今夜─────その覚悟を試されることになったのだろう。

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 その日の─────夜中の八時頃、亜音は母親にお使いを頼まれて、小さな財布を手に地元の街中を歩き始める。時折、亜音の頬が車の黄色 い、または白いライトが照らし、車が断続的に横を行き交いする。

 小学生の亜音ではあるが、これほど車が行き交いしているならまず襲われる心配はないだろうし、これまでも一人で暮らして来たのだ、夜中の道を歩くのは慣れていた。

 だが、スーパーの前で異変を感じた。

 

「っ、......音が.....!」

 

 そう音が消え、いや時が止まったのか、そう見えなくもないが結論を出すのは早いと、亜音はすぐに臨戦態勢に入る。

 亜音は前に母の裕子に聞いたことがあった。相手に気づかれないように同じ場所の風景を描きかつ違う次元に飛ばす力を持つ者が居る、もちろん時を止めることができる者も何処かには居るだろうと。

 そして、特別な相手や状況に陥った時は、それを解決するまでは思考を止めてはいけない、結論も出してはいけない、それが戦いの鉄則だ と亜音は言われて育ったのだ。

 子どもなりに武の構えを取り、腰を下げる。瞳は輪廻を描き、紫色に染まって行く。その瞳で周りを観察していると─────。

 

「ハロー、My favorite children─────♪♪」

「上............!」

 

 亜音は自分の索敵を潜り抜けられた事実に少し焦るも、並外れた身体能力でその場をすぐに跳躍して離脱する。その途端、亜音が先程まで立っていた地面が黒い霊気のような流動体によって、軽く抉られ、 轟音を打ち鳴らしながら砂埃を周囲に撒き散らす。

 その様子を数十メートル離れた所、後方にスーパーの明かりを感じると同時に街灯のオレンジ色の光に照らされる道路の一点から、輪廻眼で砂埃の中に立つ人物を見つめる亜音は、表情を疑念に染め上げていた。

 そして、つい呟いてしまう─────。

 

「............あなたは一体............何ですか.........?!」

「んー?質問の意味がわからんな、具体的に聞いてくれないか?」

 

 二十代前半の男の声、重圧が込められた声に亜音は少し一歩後ずさるが、瞳に映る事実に恐怖という名の興味が亜音に質問する勇気を与えた。

 

「僕の目は心を見ることができる、誰もが魂の色は一色、あるいは変化しようと色調の変化のように複数の色に彩られるけど.........あなたは完全に二つに別れてる、まるで」

 

 

 

 

 

「天使と悪魔のように────二つの色を持っている、なのに貴方のカラダは人間、」

 

 

 

 

 

 夜風が吹かない街のせいで砂埃がずっと漂っていたが、スーっと徐々に色を失い、薄くなって行く。

 亜音はその中に立つ人影に恐怖と畏怖を抱いた瞳で見つめながら、どうにか口を最後まで開いた。

 

「貴方は.........人間ですか?それとも悪魔、いえ天使なのですか?」

 

 あり得ない現象に亜音は思わず理屈が通らない、確証もないことを口の外に出してしまった。なぜなら、心の色があり得ない構成になっていても、彼が天使あるいは悪魔というのは今の情報だけでは分かるわけがないのだから。理屈うるさい亜音にとっては珍しく取り乱していた。

 そんな亜音を余所に、砂埃をウザそうに手で払う男の外見が姿を表し、軽快な声で亜音の問いに答える。

 

「─────ただの悪魔の力を持った人間だよ、亜音君?」

「っ?.............そうか、財布......」

 

 亜音の右手にある財布には大きく名前の刺繍が施されている。そこから目の前の人間は、自分の名前を知ったのだろうと亜音は予測した。と同時に男の性格や目的、武器の類を探るため、男の外見を監察し始める亜音。

 服装は全身黒いスーツで、紫色のネクタイを付けている。手には黒い手袋、瞳は細青く、顔は引き締まっており、どこぞの外資企業とかに居そうな男性、髪型はオールバック、武器は所持していないというより、隠せる場所はほぼ皆無、亜音に通用する武器だけは。普通の銃など、もはや亜音にとってはオモチャであるので、恐れる必要もない。しかし、武器がない、特殊な環境、黒い霊気─────これらの情報から得られる結論はつまり、本当に─────。

 

「...............悪魔?」

「少し違うな。俺の名は、〝シルバレン・エクスシア=ディアボロス〞─────人間が悪魔の力を持ち」

 

 

 

「人間を食らう悪魔だよ─────遊ぼうぜ? 坊やァッ!」

 

 

 

 亜音は咄嗟に横へ逃げようとするが、それすら捉えられ、亜音は頭を正面から片手で掴まれる。その拘束力は亜音の鬼神の力、それと同等、それ以上の力を宿していた。

 シルバレンは亜音を自分と同じ目線まで持ち上げつつ下卑た笑みを浮かべると、もう片方の拳を残像を残さない、圧倒的な速度で亜音のまだ幼い体に─────躊躇なく叩き込んだ。

 

「ぐぅッ.........ごほぉっ!?」

「─────悪魔なのか、人間なのか、そんなこと考えてる暇はないぞ?」

 

 そんな囁きを聞いた瞬間、亜音はスーパーの近くにある住宅街の方へ、弧を描くように吹き飛んで行った。しかし、それでも亜音は何とか空中で態勢を立て直し、空に浮きながら住宅街の地に足を着ける。

 

「.........なんてチカラなんだ......僕と同じかそれ以上...ハァハァ、.........そこまで行くと......神族あるいはそれに通ずる...............待てよ、.........確か」

 

 亜音は肩で息をしながら、家にある書庫で読んだ本の内容と知識を掘り起こそうとするが─────途端、亜音の斜め上空に複数に瞬く真っ黒の星々、それは幾千という流星となって暴虐に住宅街に降り注ぐ。

 

「............なっ、.......皆が!」

 

  亜音ですらどうにか針の糸を通すように避けているのに、ただの人では時が止まっている状態で攻撃されてると同じ程に、この攻撃はチートじみていた。

 雨のように降り注ぐ黒い霊気の矢は地面のコンクリートを抉るほどの威力を一つ一つに秘めている。その証拠に五発程度で、二階建ての新築の家が完全に倒壊していた。その様子を亜音は歯を食いしばりながら見つめ、すぐに住宅街を離れるように疾走するが─────

 

「本当に甘いな、甘々だぞ、坊や!」

「.........くっ!」(いつの間に!?...流星の攻撃はまだ降り終わっていないのに)

 

 亜音は思考に囚われながらも、シルバレンに肉薄し、組み伏せるべく掴みにかかろうとするが、簡単に躱された挙句、カウンターの容量で腹に回し蹴りをぶち込まれる。その時のシルバレンの顔は、本当につまらそうな表情をしており─────亜音の耳にまたもや心に突き刺さる言葉が囁かれる。

 

「戦う気もねぇ、守る気もねぇのな─────つまんねぇクソガキだぜ」

「ぐっぅ......」(ぼ、ボクは...っ!)

 

 亜音は顔を顰めながら浮遊感を味わい、元の時間感覚に戻ると一つの家屋へ弾丸のごとく突っ込んでいった。衝撃による轟音と家屋が瓦解するドタドタ音が住宅街に鳴り響き、砂埃が盛大に立ち上る。夜風がない分、砂埃はゆっくりと地に戻っていくために、長い時間が掛かるだろう。

 砂埃が地に還っていく様子を目の前で見つめるシルバレンは、遊び相手に心底失望したような顔でため息をついた。

 だが、その時ーーーーーーーーーー。

 

「そうか...............エクスシア、ディアボロス、その名、何処かで聞いたことあると思ったら、エクスシアは天使を指す名前、ディアボロスはギリシア語で悪魔を指す名、本当に人間で、悪魔で、天使なら僕より力が上なのにも納得がいきます」

「これは驚いた─────子供の割に随分といい目と頭を持っている じゃないか?」

 

 亜音は衣服についた埃を払いながら廃墟より出てくる。口の端には小さく吐血の後があるが、全体的な様子からしてさほどダメージを受けていないことが分かる。並々ならぬ奇跡を宿している証拠であり、もしもそうでなければ最初の、頭を掴まれた時点でノックアウトだったろう。

 そして、亜音はさらに頭をフル回転させて、瓦解した住宅街を見つめる。

 

「おそらくここは本来の街を模造し型どった世界、だから一定時間経つと────」

 

 その途端、住宅街は瞬きした間に修復した。まるで、何事もなかったように。光の速度で建物が元に戻る様に亜音は少し神の領域を感じるが、今はそれよりと思考を切り替え、腰を落として残像を残してかき消える。

 

 ─────そして、数秒後、シルバレンの背後に姿を表し、またもや掴みかかろうとする。

 

「.........まだ分からないのか?」

「何がですか?僕は貴方を捕まえ、悪さはさせない。最初からそれだけが目的だ!」

 

 刹那の交錯で繰り広げられた戦闘は、再度、シルバレンに軍配が上がり、亜音は住宅街の車道のど真ん中で後方に吹き飛ぶ。しかし、先ほどと同じように態勢を何回かバク転をして立て直す。

 だが、視点が平行になった時、亜音の目に写ったのは、シルバレンがこちらに向けて手の平を翳し、黒い霊気を高速で収集し圧縮している姿だった。

 そして、瞬く間に住宅街が漆黒に染め上がると、圧倒的な質量がシルバレンより暴発したように放たれる。

 地面を容易く削りゆく漆黒の奔流はそのまま第三宇宙速度を維持し、バク転から着地した亜音の視界を一寸先も光が届かない、感情さえ飲み込むような暗闇で埋め尽くしていった。

 

 ─────もう分かったかもしれないが、この頃の亜音は力を人間に、動物に、振るうことが一切できない程に優しく、十六夜とは真反対に育っていた。亜音は知っている。自分が特異の中でも特異な人間で、一つの過ちで人の命がオモチャのように壊れることを。そうなれば、自分の居場所がこの世界から消えてしまうことも、母も父もそれに巻き込まれれば一生、逃亡生活を送ることになる。もしくは父と母が自分を捨て、敵になるかもしれない。だから、力を畏怖し、怒りを無くし、人類に溶け込んできた。

 でも、イジメのことで覚悟を決めた─────そのはずだった。

 しかし、いざ人間と対峙して見たら、結局。

 

「くっ.........ぅ......ぅうおおおおおおおおあああああああ!!」

 

 亜音は目の前の絶望に泣き叫びながらも、見えない鎖を振りほどく様にがむしゃらに立ち向かう。

 まるで泣いている子供のような声で、そして世界に問うているのかもしれない。

 

 

 ─────この身に宿る奇跡は、一体何のためにあって、何で自分に宿ったのですか─────!!

 

 

 

 なぜ、自分だったのか、と。

 そう叫んでいるようだった。

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 ─────〝精霊使役者〞 ジンの身に引き継がれたその恩恵は、霊体の種族を隷属させて使役するものである。

 飛鳥のギフト、霊格の上乗せとは違い、限定的な種族にしか作用しないことに加え、隷属関係を結ばない限り発動しないギフトだが、自然霊にも僅かながら効果はある。まぁ規模は小さいが。

 しかし、一度契約を結べば、その支配力は絶大だ。

 ルイオスの様に未熟であればたとえ魔王を隷属させても、その力は激減する。だが、〝精霊使役者(ジーニアー)〞のギフトがあれば己の霊格に関わらず、相手が魔王であっても十全に支配できるのだ。そして、混沌とした〝アンダーウッド〞の戦闘区域で、ジンは新たに手に入れた恩恵、〝グリモワール・ハーメルン〞の指輪を嵌めた右腕を掲げて唱える。

 この時のジンの胸には─────北の一件での自分の無力さに対する悔しさと、ここにはいない亜音に─────この事を早く教えてあ げたい気持ちで埋め尽くされていた。だからこの時のジンの顔は、戦争の中でありながら嬉しさを全面に出した様な笑顔だったのだろう。

 

「隷属の契りに従い、再び顕現せよーーーー〝黒死斑の御子〞ーーーーーッ!」

 

 その名の霊格を宿す者、その者は亜音にとって身を病で侵されても、安らぎの眠りを悪夢で支配されても、肉体をボロ雑巾の様に扱われても、魔王を庇ったと影で罵られても、それらを解決する簡単な方法を取る自分の欲と戦い、─────言うなれば病にかかった時に、他人のために薬を譲り、いつ来るか分からない追加の薬を頭が破裂する様な熱に耐えながら待つ、まさに〝アンダーウッド〞の巨大な自然を宿した様な心で亜音が〝救った〞《ジンは少なからずそう思っている、例え箱庭の力で蘇ったとしても》一人の少女。

 刹那に靡く漆黒の風は戦場を駆け抜けて、さざなみのように巡りゆく。

 蠢く様に生物的で、不吉を具現化させたような黒い風は、瞬く間に霊格を肥大化させる。召喚の円陣が展開され、笛吹き道化の旗印が刻まれたその中心へと黒い風は霊格を集中させていく。

 やがて人型へと変化していく黒い風は、一人の少女の形骸を形作り、要らぬ風を放出して爆ぜた。

 その際、爆心地から霊格の光、白と黒の斑模様の光が溢れ、その中から亜音の守り抜いた一人の少女が─────

 

 

「何処に逃げたの、あのクソヤロオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 甲高い少女の罵声は怨嗟と成りて、一撃で周囲にのさばっていた百もの巨人族を薙ぎ払った。その様子にジンと一緒にグリフォンに乗っている飛鳥は面を食らうも、流石に何を召喚したのかはすぐに悟った。

 黒ウサギは予想通りの戦果に、嬉々に飛鳥に事情を説明していた。が、流石に五百超の巨人族は─────

 

「出て来い、出て来い、出て来なさい白夜叉ッ............ !よくも亜音の前で、あ、ああ、あんな下劣なイヤラシイ服装と.........、羞恥を!........絶対に」

「ウオオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!」

「五月蝿いわ、この木偶の坊ッ!!」

 

 怒りの一括、腕の一振りで放たれた女の怒りじゃなく、衝撃波は怨嗟の声を上げて巨人族を薙ぎ倒す。その一間だけ黒い風の密 度が下がり、ペストの姿が現る。

 一瞬しか見えなかったが、先ほどの念仏のような言葉も気に掛かる部分があったが、ジン、飛鳥、黒ウサギの三人も流石にこれは同様に目を疑った。

 

「.........冥土服でしたね (〜_〜;)」

「フリフリの冥土服だったわね ( _ )」

「白夜叉様.........(T ^ T)」

 

 ホロリ、と同情の涙を浮かべる黒ウサギ。彼女が激怒して暴走している理由もなんなとく察しが付いたのだろう。

 しかし、一見して無差別に攻撃しているペストだが、隷属は上手く行っているらしい。

 その証拠として、黒い風を受けた〝龍角を持つ鷲獅子〞 の同士は無傷で戦っている。

 対して直撃を受けた巨人族は、全身に白黒の斑模様の斑点を浮かばせ、無気力に次々と地に伏せていた。

 怒り狂ったペストは順調以上に巨人族を掻き乱し、殲滅していく。

 すると予定通り、琴線を弾く音が聞こえた。前回の戦闘と同じよう に濃霧が一帯を包み込んで行き、視界の全てが奪われていく。

 ジン達は予定通りの状況へ運べた事に安堵しながらも、祈るように上空を見る。

 

 

「耀さん............後は任せました」

 

 

 

#####

 

 

 

 ジンが考えた今回の作戦の要である、春日部耀はペンダントを握りしめて眼下を注視する。本来この役目は十六夜、あるいは亜音に託される重要な役目だろう。

 だが、それでもこの場にいるのは自分で、二人はいない。もしの事を考えても意味はない。その時その時、自分にできる事をやろう、そして十六夜にしっかりと誠意を見せようと耀はその決意を胸にーーーーここに居る。

 

(今の、弱い私にできることをして.........私にしかできないことをする...... )

 

 耳を澄ませ、ソナーのように超音波を発生させて音源の位置を探る。

 

(この濃霧と音色は視覚も嗅覚も聴覚も惑わせる。だけど元が音波なら、この方法で位置を探ることができるはず)

 

 そう、これが耀にしかできないという探索方法。この方法なら距離感を狂わされたとしてもぶつかり合う音の波で位置を把握できる。

 

(.....................見つけた!)

 

 感知した耀は〝生命の目録《ゲノム・ツリー》〞 の力を解放し、流星のように流れ落ちていく。針の穴を通すかのような正確さで竪琴の音源を目指す。

 フードを被った敵の手の中には、豊穣と天候の神格を宿す 〝黄金 の竪琴〞が握られていた。

 倒すとまではいかなくてもいい、あの竪琴さえ奪えば............戦争は終わる。

 

 その決意が一瞬だけ彼女を強くしたのだろう、耀は流星のように竪琴を奪い、勝利を飾るように上空へと舞い上がり、戦果を抱きしめる。

 そしてこの瞬間ーーーー巨人族と 〝アンダーウッド〞 の勝敗が決した。

 

 

######

 

 

 

 天を貫く闇の奔流は勢いを消して、宇宙に消えた。つまり亜音はあの強大なエネルギー波を上へ蹴り上げてやり過ごしたのだ。

その事実にシルバレンは一瞬、高揚を覚えたのだが─────

そこからの亜音の攻撃は全て、流星のように飛び交う石つぶて、いわゆる牽制球。しかし、その流星群は一発で牽制にさえなっていないことを見抜かれる。

 

「おいおい、こんな当てる気のない攻撃をいつまで続ける気だぁ?ああ?」

「............」

 

 亜音はイラついた疑問の声に反応を示さず、電光石火のごとく街を駆け抜けながら拾い投げるを続ける。

 その態度に怒りを通り越して呆れ果てる、人間で悪魔で天使のシルバレンは黒い霊気で神具を作り上げ、弓を構える。

 

「遊び、そんなにしてぇなら遊びの手本ってのを見せてやる」

 

 一矢、しかしそれはまた無数に輝く魔星のように漆黒の雨となりて住宅街を横薙ぎに粉砕し、建物ごと亜音を吹き飛ばそうとする。

 亜音は思わぬ反撃にあったような顔で身も守るように宙で丸まり、 一矢の霊気の爆発で弾き飛ばされる。空を乱回転して旅しながら、街外れの森林地帯に盛大に転がり込んだ。

 平面の森林地帯の亜音が転がった軌跡からは砂煙が舞い上がり、亜音のすぐ後ろには山肌がコンクリートブロックで覆われた壁がある。

 その壁を使って咳き込みながも亜音は何とか立ち上がるが─────休む暇はなかった。

 

「怒りを誘って接近させ、カウンターで組み伏せる─────幼い頭の割にはよく考えられた作戦だ。これまでの俺の行動原理からもしっか り考えられている。今回の作戦、上手くいかなかったがいい線は行っていた、それは認めてやる。 が─────君は、いや坊やは俺を取り押さえて、そこからどうするつもりだったんだ?」

「.........っ!」

「おいおい、まさか、母親頼りか?それとも他の異能者頼りか?だが悪いな、生憎この空間に干渉できるのは、この世界では俺だけだ」

 

 亜音は男の言葉に理屈が通っていることを瞬時に飲み込み、次の作戦を考えるが、

 

(............ ボクには力を制御できるだけの技術がまだ足りてない、ただの一振りでも殺してしまう.........っ、)

 

 そう、この時の亜音には全くと言っていいほど力を扱う技術はなかった。ただ戦術を考え、シミュレーションを元に力を振るっていたに過ぎないのだ。それに力を使うことに畏怖していたので、余計に力の加減が上手くいかない。なので、まともに〝力を使った〞訓練さえしたことなかった。空手のように型を真似るなどはしたことはあるが。

 

「はぁーどんだけ甘いんだ、このクソガキは。いいのかァ?俺を 見逃せばお前の代わりに犠牲になるのは他の子供達だぜ?俺は子供の純粋な霊格が大好物な悪魔だからなぁ!」

「...............」

 

 亜音はそんなことより、作戦に思考を働かせる。

 そんな様子に流石にシルバレンも飽きたようでーーーーー。

 

 

「もうそろそろ、自分の〝強大な力〞を言い訳にするのはやめたらどうだッ!!」

 

 

「.........ッ、」

 

 亜音は人生で最初で初めて絶句するほどの驚きを浮かべる。

 その様子から今の一言が、亜音にとって核心的な言葉で、これまで言い訳という外殻で隠してきた弱い自分が表にでた瞬間だったのかもしれない。

 

「君......じゃなくて......ああ、もういいや。オホン─────君のことが手に取るように分かるよ、─────ずっとそうやって力を使わない理由を、その無駄に賢い頭でずる賢く作ってきたのだろう〝自分では殺してしまう〞とな」

 

 ─────図星だった、そんな呟きが聞こえるように挫折をした亜音は膝を地に付け、俯く。

 殺してしまうかもしれない、その事実に恐れているのではなく、ただ生じてしまう己が責任、未来に怯えていたのだ。

 その様子に少し息を吐きながらシルバレンは言葉を続けた。

 

「君のことはすぐに調べて知ったが、目の前で殺されてしまったあの子、えーと、カケル君といったかな?そんな言い訳してる君をみたらさぞかし落胆するだろう、いじめられていた自分の身代わりになってくれた君に、な?」

 

 そこからはまるで、亜音に悟らせるようにシルバレンは言葉を吐き始める。

 

「また同じことを繰り返して守って貰うのか?失うのか?」

「それを君は望むのか?それが嫌ならば」

 

 

 

「絶対に守るしかないだろ?」

 

 

 

「さぁ、覚悟を決めろ 己の壁を打ち破り、例えどんな相手だろうと守りたいものを守ってみせる覚悟を、不屈の闘志を、革命の灯火を心身に宿せ!─────他を傷つけることに恐れても構わない、だがそれでも不安を胸に抱いたままでも前へ歩け、勇気ある一歩を踏み出せ!今ここで俺を止められるのは君だけだ、俺の前に居るのは君なんだ─────故に、君がやらなければ誰がやるんだッ!」

 

 ドクン─────っ!

 ドクンッ、と胸が一瞬高鳴り、胸の奥から熱い何かが込み上がってくるのを亜音は感じた。

 俯く亜音を見つめるシルバレンは、変化が見られない様子に失敗したかと悟り、文句のように吐き捨てる。

 

「言っとくが俺は自分の霊格を保護するために人間を喰らうことをやめない。君と遊んで食らったあとは好き放題、命を喰らうさ。その代わりに“世界”は俺が守ってやる、“どんな形であれな”?」

 

ドクン─────!

 

「手始めに、世界に混迷をもたらす君を────ッ!?」

 

 刹那だった。

 まるで闘志が火種になったように亜音の身体から真紅の炎、いや蒼い炎が轟音と共に噴き出したのだ。これまで一番亜音が使う事をためらってきた力、四大元素の中でも街や自然を破壊するのに適しすぎている属性、ある時は風に乗って火元を増やし、またある時は爆発という現象を起こし、またまたある時は────宇宙のありとあらゆる星々を破壊する原初を引き起こす力。

 森林地帯は瞬く間に熱波にうなされ、チリチリと燃え、灰と成りて地に還っていく。

 存在するだけで近くにあるものから燃やし尽くすその力は────まさに破壊神のようだった。

 シルバレンが逆に絶句することになったのは、言うまでもないだろう。

 この力の詳細をすぐに察知した彼なら尚更、絶句してもおかしくなかった。

 

(この〝ミッション〞、いきなり難易度上がったぞ、オイ!!生きて帰れなかったらマジで呪い殺すからな、ゆうこりんッ!)

 

 シルバレンは爆風で飛ばされそうになるサングラスを抑えながら、 冷や汗を描き始める。

 その時────儚くもこれまでよりはっきりとした意思が宿った声が響く。

 

「“やらせるものか”、そんなこと」

 

 もう嫌なんだ、目の前でただ言い訳をする自分に落胆するのは。

 そして、決めて覚悟したはずだ────なら、もう迷うな、救世主。

 亜音は自分の殻を打ち破り、鬼神の如く、人間の天使の悪魔のシルバレンに接近する。

 

「────ッ!」(守るために、“オレ”は!)

 

 青い軌跡はまるで、夜の暗闇を華やかに照らすように、蛍光ペンで塗られたように刹那の輝きを放つ。

 シルバレンは上空に下から蹴り上げられ、血を吐きながら森林地帯を突き抜け、住宅街の空へと舞い上がる。

 

「ゴフォアッ!!................ハァハァ」

 

 宙を漂い、顔を顰めながらサングラスが割れる様を見届け、皮肉げに笑みを浮かべるシルバレン。

 だが同時に、月の光を完全に遮るような影が視界を覆い尽くし、その正体にシルバレンは目が飛び出そうになる。

 

「OHぅ、.........ジョークだよね........?!」

 

 その正体とは────超巨大な〝金砕棒〞だった。簡単にいえば、細い柄に家屋を複数個付けたような、もはやハンマーと言っても過言ではない程に形が原型より崩れていた。だが、 しっかりと破砕するためのトゲが数十個とついているので、面影はあった。

 亜音は目を鋭利に光らせ、圧倒的な人智が及ばない鬼神の力を発揮させて豪快に金砕棒をシルバレンへと振り下ろした。

 

「潰れろおおおおおおおおおおッ!!」

「イヤダアアアアアアアアアアアア!!」

 

 シルバレンの叫びは抵抗虚しく街ごと叩き潰された。

 地殻変動どころではない、住宅街がまるごと爆風の津波に押し崩され瓦解していく。加えて、ハンマーが振り下ろされた所から蜘蛛の巣状に地割れが生じ、瓦礫が次々と飲まれていいった。何百メートルある山では余波だけで崖崩れがおき、山が数十メートル縮む。

 その爆心地は核でも落としたかのように何百メートルというクレーターができていた。

 シルバレンは何とか下へ逃げるように地を掘る霊気を放出し、同時に上に防御の霊気を展開したおかげで、何とか金砕棒のしたで窪みにスッポリと収まり、無事にやり過ごしていた。

 

「危ない、危ない............しかし、さてここからどう.........っ!?」

 

 シルバレンは何か巨大な力を上空から感じ、金砕棒を突き抜けて飛び出るが、時すでに遅しのようであった。

 青い太陽、まさに絶対の破壊を宿した業火球が、この空間全土を蒼く染め上げていた。

 それ程までに亜音が手を掲げる上空に出来上がっている────青い 太陽は巨大で強大、シルバレンも咄嗟に唸り声を上げ、喉を鳴らしな がら呟く。

 

「ぉ、お、お、おいおいおいおいオイオイオイオイぃいいい!.........俺ごとじゃなくて、異空間ごと既存の街を吹き飛ばす気か.........っ!?」

 

 しかしそんな言葉は亜音に届く前に、上空に吹き荒れる熱波に掻き消される。

 まるで彼のする破壊の行為を止めるべからずと、言っているかのように。上空から世界の地平線を見つめる亜音の思考を占めているのは、日々の生活、学校の先生の困った顔、母親の言葉、そしてカケル君の眩しい程に輝く小さい背中。

 それらが儚く散っていき、壊れる光景を想像した亜音は────覚悟を決める。

 もう迷わない、力と向き合い、なすべき事を見つけて為す、守りたい者を〝自分〞が守ってみせると。

 

 

 

 世界は、オレが守る────!

 

 

 

 金砕棒より小さいが、それでも巨大な業火球は先ほどの暴虐な一撃を遥かに超えた破壊を帯び────その空間をすべて、煉獄で包み込もうと青い炎の触手を無限に生やし始める。まるで、太陽の活動のように。

 青い太陽を前にシルバレンは本当にヤバそうな笑顔を浮かべて、

 

「これはちとやばいな.........少し...煽り過ぎたっ!!」

 

 シルバレンはその場より退散し、その数秒後、地と融合した青い太陽から剛水のように火炎が溢れ、異界の境界ごと世界を破壊し、呑み尽くそうと蒼炎の大海が全土に満ちていった。

 そして、爆風と熱波の余波で間抜けにも亜音は気を失い、瞬く間に地を埋め尽くした青い炎の大海へと重力に従い、その身を投げ出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 ────〝アンダーウッドの地下都市〞 新宿舎。

 次の日の朝、耀達 〝ノーネーム〞を出迎えたのは、例の仮面の女性だった。

 返り血を落とした仮面の女性は、精錬された物腰と静謐な純白の鎧を纏って彼女たちを待っていた。

 ジャックは彼女を紹介するように手を開いてヤホホと笑った。

 

「彼女こそ 〝クィーン・ハロウィン〞の寵愛を受けし騎士 〝 顔亡き者(フェイス・レス)〞 どうか親しみを込めてフェイスと呼んでやってください 」

「............そう、彼女が.........」

 

 後ろに控えている飛鳥は複雑そうな顔でフェイス・レスを見る。彼女の実力を知る飛鳥としては、不用意に親しくなることが躊躇われたのだろう。

 初めて対面する黒ウサギも彼女を一目見るや否や、別格の空気を肌に感じていた。

 

「なるほど.........〝クィーン・ハロウィン〞の寵愛者。世界の境界を預かる星霊の力を借り、ヘッドホンを召喚するということですね?」

 

 黒ウサギの問いにジャックがヤホホとフェイスを簡単に紹介し、耀は一人隠れて気持ちを新たなに前を向いた。

 〝家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い〞そんな無責任で、横暴で、何よりも素敵な招待状に、耀は応えたのだ。

 だから、少しずつでもいい、確実な一歩を踏み出して蔑ろにしてきた周囲に目を向けて行こう。捨ててきた分だけ身軽になった心で、今度は自分から歩み寄って行こう────。

 きっとそれが自分の成長に繋がると、そう信じて。

 

 

 

 

 

######

 

 

 

 

  ────森林地帯の古い家屋、玄関前。

 

 

「やれやれ、本当に世話の焼ける子だよ、もう。しかもゲーム盤そのものを破棄してなかったら、今頃こっちの世界も同じように炎の海になっていた.....俺も少し────死ぬかも(>_<)!とか思ちゃったしよぉ!」

 

 彼の言うゲーム盤の破棄、これは言うほど簡単ではなく、単純ではない。

 まず亜音の放った炎の力は、物理的に境界を異空間ごと破壊尽くそうとした。だが、その力が通用する世界は限られており、シルバレンの使ったゲーム盤は単なる元の世界を形どった模造品、いわゆる粘土の塊そのものがゲーム盤と思っていいだろう。だから物理的に境界ごと破壊できた。しかし、白夜叉のゲーム盤、己の霊格を示したゲーム盤はそうもいかない。

 なぜなら、彼女の巨大な霊格という概念に守れているからで、物理的にその概念を超えるのは不可能だろう。物理的に彼女の霊格を計算した場合、桁が足りないかもしれない。ただし流石にダメージは負う事にはなるだろう。

 そして、シルバレンが簡単に破棄できたのもただの模造品であったからで、その権限を彼自身の膨大な霊格に宿していたおかげ、つまりは亜音の相手が彼でなければ今頃、スーパー近くは焦土になっていたことだろう。彼と、彼の無へと消えた恩恵、ゲーム盤の犠牲のおかげで亜音は形に見えない恩恵を手にいれ、命を救われたのだ。

 シルバレンは先程まで抱えていた亜音を目の前の女性、榊原裕子に明け渡し、着崩れていたスーツを正装に戻していく。

 壊れたサングラスを再度掛けようとしたが、かけた瞬間、チリとなりて儚く霧散した。

 唖然とするシルバレン(-_-)に、裕子(°_°)は笑いを堪えるので必死だった。理由は、背中で寝ている我が愛し子を起こさないためである。

 しかし、あまりその意味もない。目の前でシルバレンが文句をベラベラと普通に言ってたのに、亜音に起きる気配はないのたがら。

 

「フフ、色々ご苦労様────“アスタロト”」

「その真名で呼ぶのは禁止されてるんだが......ま......久しぶりだしここは箱庭じゃないからいいか............、」

「ならよかったわ、でも人間だった頃、エクソシストをやってた時の名前、シルバレンの方がいいんじゃない それともエクスシア?」

 

 裕子の言葉に苦虫を潰したような顔をシルバレンは浮かべて、答える。

 

「前者はいいとして...............後者は単体で呼ぶなら論外だ、吐き気がする」

「相も変わらずの神群、いえ────天使嫌いね」

「当たり前だ。聞いて驚くなよ?」

「はいはい(¬_¬)」(また始まったわ.........やれやれ)

「仕事最中の天使にう○こ投げるくらい────大いいいっ嫌いだぁ!うん( ̄^ ̄)」

 

 胸を張って自慢げに言うシルバレンに、裕子は笑いを噛み殺す。

 ひとしきりのギャグ話をした後、やっと空気が落ち着いた所で、主にシルバレンが落ち着いた所で、シルバレンが真面目な苦労顏で呟く。

 

「“明人”、大分渋ってたぜ?俺を裕子の所に送るの」

「それは仕方ないわね、私が貴方を使う時はいつも録でも無いことだし、今回も下衆の極みだし.........まぁ流石は私の夫って所ね、聞いた様子だと何に貴方を使うのか、大体は悟ってたようだし」

 

 フッと目を伏せて裕子は笑う。

 シルバレンもそれに続いて小さく笑い、同意の声を上げる。

 

「だろうな.........それに、確かに自分の息子をなぶって欲しいなんて言う母親、そうそう居ねーだろうな。ていうかそれを言う前に、おそらく自分で手を上げてる、それを冷静に人にやらせるなんざ、まさにクソ野郎で卑怯者の所業だ────普通ならな」

「...............」

 

 反論する気はない、反論をする必要もない、そんな空気だからこそ裕子は口を閉ざし、シルバレンの言葉に耳を傾ける。

 

「その子は..................力を持つが故に優しすぎるんだろうな、そして力を使った後の未来に恐怖を抱いている────人を殴れない嫌われることを恐れてる典型的な臆病者だ」

 

 少し声が切なげだった。というより少し亜音をいじめすぎた事に負い目を感じているのだろう。

 そのことを察した裕子は、優しい笑みを浮かべて、

 

「すまなかったね。子供好きなお前にはさぞかしこたえただろうね、それに私の息子は〝世界一〞可愛いから余計に苦し」

「あーうっせうっせ、どんだけ息子が好きなんだよ、この親バカが、ゆうこりんって呼ぶぞ!」

 

 その言葉に今まで積み上げてきた暖かい空気が一瞬で吹き飛び、殺意だけが自然と残り、その場を支配した。もちろん、裕子の殺意であ る。瞳も輪廻に変化して紫に変色していた。

 

「そう.........次、私のことそう呼んだら────どんな手を使ってでも殺すわよ?」

「ゴクリ...............本当に殺せそうだから怖いわ」

「嘘は付かないわよ............貴方以外には」

「喧嘩売ってんのか?」

「冗談よ.........それに心の底から感謝してる」

 

 そこでようやく暖かな空気が戻ってくる。

 シルバレンは少し遠い目で空を見上げながら、礼に礼を返す。

 

「それはこっちのセリフだ、あんたが箱庭から追い出された俺を拾ってなけりゃ今頃、霊格が擦り切れて野垂れ死にだった」

「そうだったわね。でもそれは貴方だから私は助けたの。悪魔にしては人の霊格を喰らわない珍しい子供好きな紳士だったから」

「そうデスカッ。────で、俺と戦わせたのは、あの子が箱庭に招かれた時のためか?」

 

 ふざけた物言いの後、横目で裕子に問うシルバレン。

 裕子はその問いに明確な拒絶、首を横に振った後、これまで以上の冷たい声音で言う。

 

「違う、ただの念のためよ。それに......絶対、私の意思以外では亜音をどこにも連れてかせはさせない。」

 

 その拒絶に少し呆れを見せるシルバレンだったが、別の事情を思い 出し、即座に言葉を選び直した。

 

「────確かにその方がいいかもな、あっちはあっちで色々とめんどくせぇし」

「どういうこと?」

「前に言ったろ 〝人類最終試練〞の話を」

「ああ、真なる魔王様の話ね」

「加えて.........ウロボロスがそれに拍車を掛けてやがるから、マジでめんどい」

 

 口をへの字にして飄々と言うシルバレンに裕子は小さく笑う。

 でもまぁ、と話を切り替えるシルバレン。

 

「そんな話はいいんだ、それより────いやー死ぬかと思った、まさか異空間ごと境界を破壊する規模の炎を呼び出すとは...............あの子、本当に人間か?........ジョークだよ、だから殺気は収めて、お願い」

 

 両手をフリフリと振るシルバレンに裕子は輪廻眼を収める。

 その様子にホッと息をつくシルバレンは、心の中で本当に子供を持 つ親は怖いと新たなに認識するのだった。

 もうそろそろ亜音が起きるだろうと、シルバレンは軽い挨拶で去ろ うとするが、ふと思いついたように、指を鳴らして何もない所から、見 事な反りを描いた刀、天下五剣の一振り、〝鬼丸〞を顕現させて裕子に差し出す。

 

「亜音に渡してくれ────ワケはまぁ、幼い頃の俺によく似ていたからかな」

 

 シルバレンは断片的な記憶から思い出す。 自分がエクソシストになる前の幼い頃、小さな子供の悪魔を殺す事ができなかった臆病で甘かった自分を。

 そんなシルバレンに眉を潜めて裕子は問う。

 

「いいの?この刀、貴方の────〝人間の頃の記憶〞を呼び戻すのに必要な物じゃないの?本当にそれで」

「充分だ」

 

 シルバレンは断言するように強く言葉を吐く。 少し目が別れを前にしたように揺れていたのは気のせいではある まいが、それの是非を裕子が確かめる前にシルバレンが口を開く。

 

「それは元々、この世界じゃない別の世界、俺の元居た世界軸で父さんが強盗から取り返した天下五剣の一振りの〝刀〞だ。幼少の頃より愛用はしていたがな。それに充分、人間の頃の〝感情〞は取り戻せた。つまり俺の所にもうこの刀の仕事はない、なら次の時代に託すのも悪くないだろ?」

「フフ、なんか亜音の影の師匠みたいね、精神教育に刀の伝授、まさしくそうだわ」

「確かに。だが気分は悪くない、ていうか影の方が気が楽だな。報われるより次の時代に自分が関われたことの方が重要だからかな?」

「さあね。.........人間、理屈じゃない部分の方が多いから分からないわ」

 

 裕子は小さな笑みを浮かべる。

 その視線の先でシルバレンは確かにと、頷きながら遠い目で語り始める。

 

「〝七つの大罪〞、主にアスモデウスとの戦いのおかげで悪魔としての感情を手に入れ、人間の感情を取り戻した悪人、さらに一度は剥奪された天使の力もまた押し付けられて、エクスシアを名に刻む天使嫌いの半端もんだ。感情に理屈が通る道理は欠片も存在しない方が自然だろうな」

 

 シルバレンは少し自虐的な笑みを浮かべて肩を竦める。

 その様子に少し裕子は顔を暗くするが、シルバレンは話題を変え た。

 これまでで一番、真剣な声音と言っても過言ではない声で、

 

「“この世界”も箱庭並みに特殊じみてるが、亜音はその中でも特異だ。その意味する所は分からんが、分かるだろう ?亜音は必ずいつか────まぁ可能性は低いし、今その話をしても意味はないか」

 

 シルバレンはそう言い残して、少し歩くと黒い霊気の影に姿を消した。

 裕子は少し眩しそうに夜空に映える月の光を見上げ、その背に乗っている“亜音”はしっかりとシルバレンの後ろ姿を記憶に収めて、眠りに 付くのだった。

 

 

 

 




第三章・エンディングテーマ《Reason》参照先アニメ《ガンダムSEED DESTINY》



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