新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
第三章・オープニングテーマ《桜》歌:FIRE DOG 69
よろしくお願いします。
自室のベッドで目を覚まし上体を静かに起こした亜音は、何気なく自分の小さな両手を広げて、身体の具合を確かめる。まだ頭がクラクラするが、少し深呼吸して身体を落ち着かせた。
ふと視線をある場所へうごかす。ある場所とはベッドの横にある小さなテーブルの上、そこにある目覚まし時計は八時半を示しており、亜音はそれをきっかけに回想を始めた。
あれだけのことがあったのに、と。─────夜の暗闇に舞い降り た天使であり、悪魔であり、人間でもあるシルバレンとの激戦、自身の基本性能を凌駕していた存在と、亜音は生まれてこの方出会ったことが無かった。いやそうでなくとも自身より強い存在がこの世界に居るとは正直思いもよらなかったため、余計にあの時、頭を掴まれた時は驚天動地だった。そして、自身の力の解放、今より幼かった頃に手に入 れてしまった破壊の力は案の定、扱いきれず、その破壊の余波で自身も死ぬところだった。それどころか、既存の世界すら破壊してしまうところだった。それを思った亜音は少し寒気を感じる。────しかしこれだけのことがあったのにもかかわらず、アスタロト、シルバレンという者に会ってから三十分しか経っていないのだ。自分自身の肉体の回復力に少し驚嘆し、時間の不快感を覚えた──────その時。
「起きたわね......うーん......疲労と傷は全快したようだけど、まだ心ここに在らず、精神が肉体の回復に追いついてないようね」
亜音の母である裕子は読んでいたであろう本を閉じて、椅子に腰掛 けたまま一人話を進める。
亜音はというと裕子の言った通り頭の整理が出来ていないために、少し戸惑いながら呟く。
「............母さん、」
裕子は小さく笑みを浮かべて、自身の足元に置かれていた刀を手に持って立ち上がる。
「とりあえず、よくやったわ。──────これ亜音の戦利品よ」
裕子は和風に着飾る刀、金と黒の装飾が輝く一刀を亜音の目の前、 掛け布団に隠れている太ももの上に優しく置いた。
「前に強盗で奪われていた宝刀。あの悪魔が所持してたみたいよ。だから貴方が使いなさい」
その言葉に亜音は少し怪訝になるが、そういえばあの時、自分が起きていて話を盗み聞きしていたことは母さんは知らないんだった、と思い出しポーカーフェイスを被る。そのおかげか、母に悟られなかったようで、話は自然と進んでいく。
裕子は腕時計を見ながら、言葉を亜音に伝える。
「もう少し時間を置いて話をしようか.........そうね.........九時、九時にリビングに下りて来なさい。いいわね?」
「うん、分かった」
亜音の可愛い返事に裕子は満足そうな笑みを浮かべ、部屋を静かに去り、裕子の階段を降りる音だけが亜音の部屋に小さく響いた。
######
母親である裕子の言った通り、亜音の頭はまだ冴えていなかったが、どうしても〝ある事柄〞が気になってしまい、落ち着いて休むことが出来なかった。
その欲に負けて一人、少しだけ埃っぽい奥の部屋、小さな図書館のような倉庫に来ていた。
成人男性の背丈ほどの本棚が五列、三列は真ん中に並び、端の二列は 壁に寄りかかるような並んでいる。本棚は木製で木の模様が色鮮やかな光沢を放ち、年月を感じるものの手入れが行き届いている事が物持ちを見れば分かった。色合いは日焼けした肌の色に近しい。少し木の匂いも香り、亜音は頭が少し冴えていくのを感じた。というよりここに来ると亜音は自然と頭が冴えるのだ。ここは亜音にとってお気に入りの場所でもある。
そしてこれからもっとこの場所と付き合っていくことになるのは、 亜音もわかっていた。まるで、亜音はこの部屋と交友関係があるよう に。
「お世話になります」
亜音はそう言ってからお目当ての資料を探し始める。 探すといっても大体の本の配置は把握していた亜音だったので、ものの数分で一冊の分厚い本を手にして書庫の入り口の反対側の壁際に腰を下ろす。
「〝シルバレン・エクスシア=ディアボロス〞..................アスタロト」
そう、亜音が気になっていた事柄とは、かの有名な悪魔の名であり、 堕天のルシファー、蝿の王ベルゼブブに匹敵する魔王、アスタロトである。グリモワールの一つである大奥義書という魔導書にもルシファーやベルゼと共に名を連ねている超大物。ゴエディアという悪魔階級にも記載されている。
しかしゴエディアというのはソロモンの霊王が封印した悪魔たちの名である。すなわちそれが意味することは─────ゴエディアの封印が解かれたことを意味するのか、あるいは第二のアスタロト、 偽物を意味するのか、だが亜音は後者はないと思っている。なぜなら、輪廻眼で見たシルバレンの心も根拠の一つだが、あの圧倒的な力と母とシルバレンの会話が嘘の塊だとは到底思えない。それでも、ディアボロスはギリシャ語が語源であり、アスタロトという意味も持ちながら中傷者を意味するところもあるので、いわゆる〝 嘘つき野郎〞としても有名、そう歴史に記されているので、少し怪しいかもしれないが。
(………母さんに嘘をつける奴がいたとしたら、おそらくその人が─────世界最強の人格者だよね、人かどうかも怪しい.........)
などと亜音は半分マジを含めながら心の中で笑う。
冗談はさておきと、今の今ままでに読み漁った本からの情報と既存の知識、母とシルバレンの会話を辻褄が合うように整理していく。
まず彼は、シルバレンは人間でエクソシストという悪魔払いをしていた家柄。そして、ここから問題なのが、悪魔になったのが先か、天使として昇華したのが先か、になる。おそらく、後者であると亜音は推察する。彼は堕天使で、 伝承にも『天使の創造やいかにして天使たちは堕天したかについても語るが、彼自身は自らの意志で堕天したのではないとも語る』と記されていた。彼は天使から堕天して悪魔、アスタロトになったのだろう。
「......堕天は......自分の意思ではない」
この事柄には二つの事が推測できる。
一つは彼が感情を無理矢理弄くられたか、何かに嵌められたか。
そして二つ目が─────天使の時に〝意思を、感情を一切持ち合わせておらず〞、悪魔との幾千もの戦い、彼自身が言っていたようにアスモデウスとの戦いで人間としての心と感情を取り戻したか。
これは天使にはよくある話で、能天使は悪魔との接触が多い分、他の天使より堕天しやすいと言われており、かの大天使ルシフェル、今はサタンと呼ばれる者は、自由な感性や神からの待遇がいい人間に〝猛烈に嫉妬〞して、堕天したと一説にもある。
「けど............それは」
このままで行くと彼自身が言っていたように、後者の可能性が高まる。しかしながらそれが意味するところは─────神の威厳が大暴落、いや人間にとって死刑にも等しい行為を意味することになる。
亜音は結論に確証を得るために、結論を出す前にある事柄を推察する。それは、人間が天使になる場合、どうやって天使になるのか、であ る。そこで参考になった資料、人物が〝イ○ス・キリ○ト〞と呼ばれる聖人。彼は最後、昇華、昇天して天に召されたとなっている。さらに彼はある時は大天使ミカエルと同一視された。今では違うという声の方が多く、ちゃんとした矛盾という根拠も存在している。だが、これは 別の意味、同一視されたのには何かわけがあるのかもしれない。例えば姿や形、権威や力など。つまり、彼は神の子でもあり、聖人でもあり、天使でもあるのではないかと、亜音は推測した。そこから至る結論は─────。
─────人が天使になるには、おそらく聖人になる必要がある。
聖人とは道徳的に人から信仰、あるいは悪魔や邪念の浄化による功績、またはロンギヌスという名の人物みたいな例外によって得られる〝人の神格〞のようなものを宿した者のこと。また他にも聖人なる方法あるのだが、今はそんなことはいいだろうと、亜音は思考を切り替える。そしておそらく聖人、神の子から天使あるいは神へなることを─────昇華、昇天というのではないだろうかと亜音は推測する。箱庭という存在するか定かではない別の世界に、今のこの世界ではない別の世界軸から招かれた際に昇華したのか、それとも招かれる前に昇華したのかは分からない。しかし、人がそのまま天使になっ た場合どうなるかを考えてみよう。すると─────すぐに堕天するかもしれない可能性が浮上する。それでなくても人間は感情に左右されやすい。七つの大罪という感情の罪さえ存在している程だ。それに感情的になった人間は─────制御が効かず、エスカレートすると理屈が通らなくなる。それは子供には理解できないことだろうが、今の、悲劇を経験した亜音にはなんとなく理解できていた。自分とて理屈ではない時があるのだから、なおさらである。これら全てを踏まえて、アスタロトの記憶喪失と感情を取り戻したという言語から察することができるのは、人間が天使になる際の昇華は─────記憶の封印、感情と心を無くすことも含まれているのかもしれないということである。だとすれば、アスタロトが天使を神を忌み嫌うこともうなづける。噂では天使などの神群は、意思無き装置とも言われているので、なおさら結論に確証が高まる。これはおまけだが、エクソシストはその功績を認められると聖人と して祀られる伝承がある。
「でも、おかしい............彼がエクソシストになる前からアスタロトという名は存在していたことは、彼の現代的な身振りで推察できるし、天下五剣という言語から確信を得られる」
仮令、この宇宙が多世界軸の構成としても彼の生きる時代より遥か昔の悪魔だろう。
なぜなら鬼丸という刀が作られたのは鎌倉時代だが天下五剣という言語は─────明治以降、時代の流れの中で発生したもの。これに付け加 えて昔の人が強盗という言葉を使うだろうか。この時代に来てからそう言うようになったと言われれば、それまでだが、それを《不自 然》そうだと認識する方が、シルバレンの雰囲気には自然的なのだ。だが、彼は記憶を断片的にしか回復してはいないし、記憶喪失がどの 程度で、記憶喪失の間にどれだけこの世界で学んだかによっても変わってくる。
これによって発生する矛盾、アスタロトが同じ世界に二人居ることになる。アスタロトの歴史の起源時期とシルバレンというアスタロトの時期が全く噛み合わないということである。
「わからない............だけど、多分箱庭という特異が大いに関係してるのかも、」
この頃の、箱庭という世界のシステムを知らない亜音にできる推測はどうやらここまでのようで、亜音はポケットに入れていた腕時計をふと見て─────諦めるように大きく息を吐くのだった。
そして、これは余談でおまけだが、天使から悪魔へ堕天し、アスタ ロトとなった彼はルシファーやベルゼブブと共に天界戦争を起こした。歴史にはアスタロトが天界戦争に直接関わったという記載はないが、天使としてからの縁があってもおかしくはない。一時はベルゼブブの配下になっていたという歴史ある。この事件で彼はアスタロ トの名を手に入れて、敗北。ルシファーは地獄へ、ベルゼブブは不明、 アスタロトは霊王に封印された。ここまで話はとても辻褄が合うものだったが、ただ一点、彼が近未来あるいは文明が進んだ頃の人間だったという問題だけを残して、今夜の推察は終了した。
######
─────アンダーウッドの地下都市、新宿舎
─────そんなバナ、コホン、そんな馬鹿なと耀は当初そう驚いていたが、アンダーウッドの地下都市に建てられた新宿舎の部屋に戻ってからは、自室の隅っこで体育座りを決め込み、完全に打ちひしがれていた。
それというのもフェイスの力を借りて行われた召喚儀式で耀の頭に顕現したのは、己の理想を描いたものではなく、てかなんで〝ネコ耳〞生えてんだよぅ~と突っ込みそうになった己の羞恥と共に召喚に失敗したことが、主に彼女を小さく落ち込ませていた。その嗜虐的雰囲気と口角を卑屈に上げている様はマジで、同情に値するものだった。いやアンダーウッドで起きたことも同情に値するものだろう。
「ぐすん...............やってらんねぇ、よ」
とうとう部屋で一人、無力なストライキをする耀。
しかしいつまでも落ち込んではいられない。代わりの物を見つ けられず、この自分の頭についているネコ耳ヘッドホンを渡すことになってしまった以上、後できることと言えば精一杯の誠意を見せることだ。
巨人族のこともあって今夜には十六夜とレティシアがやってくる。
「よし、やってやるぞ、コラー!」
そう気合を入れる耀だったが、不意に鏡に映る自分を、正確にはネコ耳ヘッドホンを見て─────突如疲れが押し寄せたのか、 はぁ、と疲れたようにため息を吐いてしまう。
それに釣られるように三毛猫も申し訳なさからのため息を小さく吐くのだった。
#######
夜九時のリビング、壁一面の窓際からは青白い月光が斜めに差し込み、蝉や蛙、スズムシの鳴き声が季節の到来を知らせる。
その場所で亜音は─────突如、襲われた。
正確にはリビングにやってきた亜音を胸ぐらを掴んだ後、床に突き飛ばし、感情のない輪廻を描いた目で見下す一人の女性。
あまりの急展開に亜音は思考が追いつかなかったが、心の中で一つの事実を吐く。
(.......こ、殺される.........っ!)
そう確信してしまう程に亜音は恐怖に駆られ、 体が鉛のように重く動かなくなっていた。
肩が震えているのは錯覚ではない。
完全に相手の殺意に飲み込まれていた。
何か怒らせるようなことをしたか、刹那で思考を走らせる。だが、その思考は冷たく女性特有の凛とした声によって消し飛ばされる。
「無駄な問答は好きじゃないから黙って聞きなさい─────今から私が口にするこの問いは一生で一度しか問わない」
「何をいってるの、...........か、...母さん、?」
少し上擦った声で亜音は母に問いかけるが、口元から上は窓際より差している月光に照らされていない裕子は、暗闇の中でもそれを上乗りするような殺意を放ち続けたまま、亜音を無視して問いかけた。途端、亜音の首元に金属の煌めきが迸り、少年の皮膚感覚に金属の冷たい感触がより明確に裕子の殺意を伝える。その金属は裕子の持つ刀だった。
「.........ッ.........!」
亜音の背中には多量の冷や汗が流れ始め、血の気がサァーと一斉に逃げだし、何処か下方へ引いて行くのを亜音は感じながらも耳を傾け た。単純に聞かなければ─────────殺されるからだ、それが榊原なのだ。
しかしそれでも!本当に目の前にいるのは、自分の母親なのか、と否定したい願望と肯定する現実でぐるぐると思考を繰り返すことしか少年にはできなかった。
「亜音、貴方に一度だけ選ぶ権利を与えるわ。.一つ目の選択肢は─────〝生きている限りずっと人の味方で居ること〞。そ して二つ目が─────………今この場で化け物として、人間の敵として、“私”の敵として」
「──────────〝私に殺されるか〞─────…………自分で選びなさい、化け物ッ!」
スーと細められた輪廻眼と裕子の持つ刀、リビングの暗闇、嫌な静けさ、それらが恐怖となって亜音を襲う。さらに実力、規格外の恩恵を宿す亜音にとって“格下”であるはずの母は、その差を感じさせない威圧を兼ね備え、どれだけの場数を乗り越えてきたか、計り知れないものを亜音は再確認した。
そして同時に亜音は突如、急激に跳ね上がった裕子の殺意に上擦った声で悲鳴を上げそうになるが、咄嗟に唇を噛み締めて我慢した。亜音は意外にも恐怖をねじ伏せ、悲鳴だけは堪えた。
しかしそんなのお構いなしに裕子の問いは続く。
「人類の味方になるのなら、其れ相応の、比類なき覚悟を決めなさい」
「こうやって睨まれ、突き放され、恨まれ、妬まれても、仮令、私とお父さんが人間に殺されても──────────私達を殺す必要があったとしても、“人類”の秩序を守る事を誓いなさい。その上で、自分の優しさ、臆病な自分を乗り越えて、闘うべき時には闘いなさい」
「─────────それが力を持つ者の責任よ」
壁一面の窓際に立つ二人の耳に、セミや蛙の鳴き声は聞こえてはいたが、意識には入らなかった。
この時はただ単純に恐怖に押さえ込まれた本能に従うしか、母親の前ではただの小学生でしかない、問いの重さに対して幼過ぎる亜音には頷くことしかできなかった。さらに未成熟な精神に加えて、 母の言葉の重みを理解できる“思考力”と“知識”を持つが故の反動が、余計に亜音 へこれまでに味わったことのない絶望を生み出した。
────────少年は、母の覚悟を前にただ頷くことしかできなかったのだった。
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──────────ノーネーム本拠地、別館。
ここまで十六夜とレティシアに話したことを振り返りながら、少し抜いた部分。主にアスタロト、シルバレンが言っていたこと、ウロボロスという組織、亜音のアスタロトについての仮説は二人には話してはいない。とはいえ自分の母親の無理矢理ムチ教育に、十六夜とレティシアはなんとも言えない顔をしていた。簡単に言えば、黒ウサギがリリに鞭打って────────やめておこう、これ以上は危険だと亜音はなんとなく想像を辞める。色々と外野が騒がしくなるだろうからと。話は戻り。
「──────今は“余計”な事は言う必要はない。それよりも先にコミュニティ再興が優先事項たろう、三人の成長も含めて」
亜音は別館の壁に寄りかかり、その横には幾つかの本が積み重なっていた。
しかしながら亜音がなぜ、十六夜とレティシア、二人とともに南に行かずにここで見張りと修行をしているかと言うと─────、
「最後の試練──────必ず明日で終わらせる」
グッと拳を固め、その拳を静かに見つめる亜音。
亜音の言う最後の試練とは、北の一件以来から行っている修行、箱庭の外に本拠地を構える 〝仙境蓬莱〞のコミュニティでのことである。
修行を始めたある日、あれから一ヶ月近く経つ、もうすぐだと亜音は高揚が抑えられなかった。しかしそれは一度心の中へと仕舞っておき、亜音はレティシアに聞いておいた箱庭のシステムを把握してようやく過去の問題、アスタロ トの謎が解けたことを確認するために横に積み重なっていた文献を読み漁っていく。
それと同時に、裕子とアスタロトが会話していた時の記憶、頭から抜けていた部分を思い出す。
暗闇の雑木林が囲むこの場所。 シルバレンと別れる寸前、裕子は珍しく右手に携える刀を一瞥し て、シルバレンに再度問い直している。
『───────本当にいいのね?』
しつこい裕子に、シルバレンは少し方向性を変えて笑顔をうかべ、オールバックの髪を右手でかき上げながら否定する。
「俺なりの激励だ、この子はきっと箱庭に必ず誘われる」
真剣な声音で返したはずのシルバレンだったのだが、いや、だからこそだろうか、冗談ではないと言いたげな空気が漂い始め、裕子はサラッと物騒なことを言い始める。
「────────今すぐ箱庭ぶっ壊そうかしら?」
「は?」
否定したらさらに倍以上の否定破壊が帰ってきた。百倍返しどころではない。
彼女は息子のためなら世界の一つをも壊そうとしているのだから。ある意味、人間にとって核以上に危険な存在である。
ていうか今思うとこの人こそ、力の自主規制を知る必要があるのでは と亜音は思う。シルバレンも同様に思ったことだろう。
しかし、シルバレンは単純アホ野郎なのか──────────普通に爆笑していた。
「ぷっ.........アハハハハハハハ!」
それを横目で冷めた瞳で見据える裕子は、もう一つの本題に移る。
「───────箱庭には戻らなくてもいいの?セバスチャン・ ミカエリスに憧れてエクソシストになったのでしょう?ならここより箱庭の方が実現するんじゃない?」
「いや、もういいんだ。これを機にエクソシストは引退、隠居するよ。それに、老兵がのさばるのもあまり良くねーしな。加えて戻る方法も まだ定かじゃないし、その辺に関しちゃあ、死神とラプラスがなんとかすんだろうさ」
ふっと遠い目をするシルバレンだったが、あることを思い出したようにハッと肩を揺らしてから裕子に言う。
「............そういえば............ウロボロスとは別の組織............いや組織とは言えない、か。だがまぁもしかしたら亜音はあっち行くかもしれないし、言っといても損はないな。なら」
「何の話?ウロボロスの他にもめんどくさいのがいるの?」
「まぁ...............悪魔で噂だよ、こっちで言う所の存在するか不明の秘密結社の、さらに七不思議レベルの噂だ」
「都市伝説...............けれど都市伝説ができたのには、その原因や根拠があるはずよ」
「つまり、少なからず近しいものはあるかもしれないし............最悪、まだ活動していないだけか、だろうな。でその噂には続きがあってな、その組織のトップには、サタンやベルゼ、加えて俺の名が上がっている。裏で天界戦争の準備をしているだの、千年王国の再建だの言いたい放題よ。もはやその時点で信憑性が低い」
シルバレンは呆れ果てるように肩を竦めて、卑屈な笑みを浮かべ る。
しかしそれに対して普通に裕子は疑念を抱く。
「どうして信憑性が低いの?」
「おいおい、そんなの少し考えれば分かるだろ?サタンは奈落に幽閉されているし、ベルぜは知らんが、そして
「確かにそうだね、可哀想に」
「うるさい。まぁいい、亜音には早めに教えといてく............待って、その血走ってる瞳をこっちに向けないでッ!」
「............ふん。言ったはずよ、箱庭には絶対に行かせないって。なぜなら亜音はこの世界の救世主で」
「............」
「私の息子だ。............誰にも渡さないわよ」
「そこまで行くと、流石に気持ち悪なんて素晴らしい愛なんだ!」
なにこの茶番、シルバレンの心変わりの速さに感服である。
そうして二人の会話は終了した。
この会話から得られた情報、セバスチャン・ミカエリスより後の未来に生まれたシルバレンは確実に近未来の人間、少なくともアスタロ トの起源時期とは全く別の時期に生まれた人間。ここである仮説が成り立つ。元の起源が偽物かもしれないが、そうではなくレティシアの言う通り〝箱庭が可能性の収束地点〞ならば、歴史を作ることも可能であり、箱庭でのアスタロトの歴史があらゆる時期の外の世界に漏れたのではないか、という仮説が成り立つ。これは余談だが、西遊記も箱庭の外に流出したものらしい。なので、この仮説はより結論に近しくなった。
というより、まず間違いなくそうだろう。
ここで亜音はアスタロト、シルバレンという存在の起源を順番にま とめた。
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・セバスチャン・ミカエリスがエクソシストとして有名になる。
・シルバレン、セバスチャンに憧れてエクソシストになる。
・シルバレンは悪魔退治の功績を認められ、箱庭に聖人として招かれる。
・シルバレン昇華、昇天の儀式を得て─────────人間の記憶と心を失い神の僕、天使となる。
・何千年と悪魔と戦い、時には同じ仲間だった人間の街を焼き払う。そしてアスモデウスとの戦いで、人間の心を取り戻す。途端悪魔となり、暴れる。
──────────ここからが箱庭に流出、収束、または発現した歴史。アスタロト、ディアボロス、中傷者を名乗り、世界を蹂躙する。ルシファーと共に戦争を起こす。これがいわゆる有名な、天界戦争。
堕天した悪魔や生来の悪魔と共に霊王ソロモンによって封印される。
─────────ここまでがアスタロテの歴史で、セバスチャンが生まれ る遥か前に箱庭の外に流出した歴史である。
この部分は確証がなく、根拠もない想像になる。
彼は天使としての功績から封印を解いてもらい───────箱庭にある本に記されていた仏門に所属していた時期があると記されていたことから、帰依したのだろうと推測する。
仏門から解放されたアスタロト、シルバレンは能天使として悪魔を 討伐する役目を負う。 功績を認められ、更生したということで、自由を与えられたのだろ う。
で、誰かに箱庭の外へと追放されて今に至るというわけだろう。
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こう見ると箱庭に流出した歴史やここにある箱庭の歴史書に書かれている歴史、正確にはアスタロト、悪魔だった頃の歴史しか記されていないのは神の威厳、威光を守るためなのだろう。神霊は人間の信仰によって成り立つ存在だから、なおさらである。
ここまで考えておいて、亜音の結論は─────────、
「ウロボロスと謎の組織───────めんどくさいが、そいつらがいる限り、無駄な犠牲が出る戦争が止むことなく起き続ける.........ま、戦争の原因はそれだけじゃないだろうが、」
少なくとも箱庭の掃除が必要という結論で、シルバレンにはあまり関係ない話だった。
亜音はそこで本を横に戻し、体を柔軟に伸ばすとおもむろに立ち上がって、武芸を魅せる。
回し蹴り、宙返り、バク転、黒い霧から刀の生成、華麗な剣技。
「──────ッ!」
息も尽かさない俊足な動きは、夜風さえも音を立てずに綺麗に切り裂かれていく。
そして最後は刀を空へ投げ────────拳に紅い光を灯す。
「火拳ッ!」
亜音は赤く光る拳を空へと残像を掻き消すように素早く振り、元の位置、腰辺りに拳を戻す。
その動きよって発生した火炎の拳圧は、空に浮かぶ刀にパンッ!!と衝突して花火のように、火花を散らし二つの力は霧散した。
その成果に、亜音は満足そうな笑みを浮かべて。
「制御はできてる」
今の亜音の行った行為は、刀と同質量かつ刀を静かに爆散させる程度の火炎の破壊力だけを引き出す行為で有り、アスタロトと戦った時とは比べものにならないほど上達していることがよくわかる。あの時は使っただけで、森林地帯を炎上させていたので分かりやすいだろう。
神の力を持っていても制御できないのであれば、ただの殺戮兵器と変わらないことを承知し、さらに因果論のこともあるので、亜音は誰よりも技術と精神を重んじている。だから毎日の訓練は欠かさない、成長がなくとも劣っていくのを防げるから。
そして、今技術が身につき北の一件で、箱庭で人間の精神で戦える限界を知った。
亜音には新たな力が必要なのだ。
「..................フゥー」
芝生に仁王立ちし、夜風に身を任せながら亜音は瞳を閉じ集中する。
不思議なことにその途端、夜風は一度静まり、また吹くと風の ヒューという音が鳴り響き、周囲の木々が亜音に向かって靡く。
まるで、自然が、大気が力を亜音に吸い取られているかのように。
これは本来なら動きながらでもできなければならないが、今はその必要はない。焦りを産めば〝気〞は従えなくなる。
少しして途端、亜音の脇から首裏、脇から腰裏へと黒い雲が収束、羽衣を形成した。
そして亜音は赤い炎を右手から右肩一杯まで噴き出させ、その炎を下から黒く染めていく。肩まで燃え盛る炎を漆黒の霊気と成し、静かで無駄な炎熱を放たせず、それでも強大な力を無音で称えており、まるで炎の力を完全支配下においたように象徴する黒色──────────黒炎と化していた。
亜音は瞳を開き、その状態を確認する。
「よし...............明日を最後にできそうだ」
亜音は安心したように息をフッと短く吐いた。すると、それと同時 に黒い炎は色を失い、元の色である赤をちらつかせて霧散、黒い羽衣も綺麗に弾け飛んでいった。不自然だった夜風も今では自然に任せて綺麗に木々を揺らしている。
亜音の額には少し汗が光り、夜空には月光がよく映えていた。
そして亜音はふと─────────月を見上げて、あの夜の続きを思い出す。
十六夜やレティシアには話していないこと、なぜなら大好きで一番に尊敬する母親の、誇り高き威厳に関わることだったからである。
ちなみに自分の沽券、羞恥も話さなかった理由に入る。マザコンじゃない、ただ人としてこうあるべきなのだろうということだけなのた。よ。
この思い出は、三度目の覚悟に関係することで、正確には真に三度目の覚悟を決めたのは、また別のことがきっかけだったのだ。その覚悟は亜音にとって今のままで積み上げてきた覚悟を申し分なく上塗りする程のもので、とても切なくなるものだった。
あれほどまで完璧な母、人類の中じゃあ大富豪に入り、力も有り、 医療技術も場数も度胸も何もかもが人間の限界を超えている超人。
そんな母が暗闇の中で見せた────────寂しさを讃えた一筋の涙と悲しく歪む表情は今でも亜音は鮮明に覚えている。
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──────────どうして私ではないのですか、
現在、夜中の零時過ぎ。
一筋の涙と共に吐き出されたその問いは、小さくも書庫によく響いた。世界にすら響いたのではと思うど重い問いだった。
その問いは一体、誰に向けられたのものなのだろう、と亜音は疑問に思いながら、赤い光で照らされる書庫、その入り口の影で聞き耳を立てる。
母、裕子は本棚の影で膝をつき、分厚い重みのある古そうな年代物の本を抱きしめていた。
「あれは............あの本は確か、先代達が残してくれた.........」
亜音はその本の外郭を見て、さっきの問いが誰に向けられたものな のか、すぐに理解した。あの本は先祖、六道仙人の事や力の因果律、因 果論、伝記が乗っている本で、あの問いはおそらく、ご先祖様か、あるいは因果律を司る因果論、運命に対してのどちらかだろう。
そして母は、先代達の中でも下、母は輪廻眼と通常の六道仙人の徒しかなかった。いわゆる落ちこぼれだったのだ。しかしそれでも、亜音は一度も母に勝てる気はしなかったし、これからもそうだろう。完全に上下関係に存在するのだ。さすがは亜音の、両親の一柱である。
亜音は固唾を飲んで母の、人の背中を見つめる。
この日は思い知らされた、母が一人の人間で、母である前に女性であることを、それでも亜音の、自分の母親であることを。
亜音がこそこそして居る中、書庫からは呟きが聞こえ続ける。
「あの子には私、いえ先代達とは別の道を歩んで欲しかった、」
「皆と同じように学校生活を送って欲しかった、同じ目線で話し合える友達を、たくさん作って欲しかった、背伸びせずに学んでいって欲しかった」
しかし、その願いは亜音に宿った莫大な奇跡と亜音のその思考力によってあっけなく消し飛ばされた。高校生並みの頭脳と博識な知識量、神に匹敵する力、真反対過ぎる。急激な成長に、ここだけの話、実は裕子はめちゃくちゃ焦っていた。加えて人の死、それも己自身のせいでも有り他人のせいでもある悲劇をも小学生の身で味わってしまったのだ。言ってみれば核並みの力を持つ少年が人に悲劇をもたらされた事態である。何が起こるか分かったものではないだろう。自暴自棄になられたら、それこそ裕子では、世界にすら止める術はない。
最悪の場合、力の暴走は世界を終末へと誘うことだろう。
だからこそ、裕子は自分の息子に“殺意”を向けるしかなかった。確実に亜音を人類に、社会に、母に縛りつけるために。そして世界を破壊 させるのではなく、世界の重みを知らしめ、世界をいつか背負わせるために。一度知れば、暴走することはないだろう、悲劇を見ても冷静に今を生きる者達を守ろうとするだろう。死を乗り越えようとするだろう。
だが、その一方で─────────。
「あの子に世界を背負わせたくない............!私が救世主でありたかったッ!!私じゃ………………ダメなことくらい分かっていますッ!」
少し大袈裟かもしれないが、亜音に宿った膨大なる奇跡は、ただの偶然で終わるわけがない。それは間違いない──────必ず亜音は、何処かの星に、世界に、時代に、人類に必要とされる存在だ。
「その時は、できたら、さようならぐらい言えるかしら.........ね...」
書庫の入り口にはもう、亜音の姿はなかった。 亜音は暗い廊下を歩きながら、自分を律する、本物の化け物には絶対にならない、今は世界を守るのではなく、ただ母を、家族を守りたいと──────────亜音は強く拳を握りしめていた。
世界のためではない、自分は母の願いを聞き、背負い、叶える、そして家族を守るために“世界”を守るッ!!
今思えば母はわかっていたのだろう。亜音が呼ばれる世界が、箱庭だということに。けれど、お別れや箱庭のことは母からは亜音に話さすことはなかった。訳は明白だろう─────────別れるのが嫌だからだ。認めたくないし、亜音もそんな日をこないことを願って記憶の片隅にしまっていた。だから、今になって思い出したのだろう。
母さんは一人、書庫で泣いていた。きっとこの日だけじゃない、己の無力さ、選ばれなかった絶望、救世の礎でしかない役割を嘆いた日々。
本当の意味で覚悟を決めたのはこの時だ。
母さんに脅された時よりも、母さんの涙を見た時の方がとても怖くて胸が痛かった。
きっと世界が滅ぶ、と聞かされるよりも、この涙の方が衝撃だったと言えるだろう。
子には、普通の暮らしを送らせたかった。
人助けより自分の幸せを願って欲しかった。
そんな淡くも純粋な願いを完膚なきまでに打ち砕いたのは母でもましてや世界でもない、言うなれば他の誰でもなく───────紛れもない“自分自身”なのだ。
例え運命によって決まっていたとしても、やったのは亜音自身。
凡夫のままや溶け込むこともできたはずなのだ。
別れぐらい言えばよかったのかもしれない。
突然の別れになるかもしれないことは〝いつか〞の別れから目を背けなければすぐに察することができた。置き手紙ぐらい残せておけたかもしれない。だが、当の自分は今の今ままですっかり忘れていたのだ、別れを言い残せる可能性を。たが無理もない話ではある。セラリアの一件、他の国の戦争、箱庭に来てから思い出しても後悔しても遅いのは明白。感傷に浸るにはあまりにも亜音には時間がなく、多忙すぎた。
──────────もう二度と会えないかもしれない。
その言葉で思い出されるのは、何も母と父だけではない。 セラリア、カケル君────────二人にはもう、どんなに願っても絶対に会えない、そう決まっている。亜音は少し目がギュッとなるのを感じ、顎を上げて、夜空と平行になるくらいまで顔を上げる。しかしやっぱりダメだったようで。
「...............寂しくて泣くなんて............まだ子供だな、俺も」
亜音は頬を涙で濡らし、雫を綺麗に芝生に落としていく。
その度に乾いた笑いが亜音の喉から漏れ、立つことさえ別館の壁に頼っていた亜音を、月夜は冷たく孤独に亜音だけを照らしているのだった。
そんな亜音を他所に突如、詩と黄金の琴線が夜のアンダーウッドに響き、異変が生じ始めていた。
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七七五九一七五外門 〝アンダーウッドの大瀑布〞。
まず異変に気付いたのは、アンダーウッドの大樹の最上に生える水樹の葉に居座っていた十六夜と黒ウサギである。
突如、満点の星空から複数の星が消え、一陣の不吉な夜風が二人の間を吹き抜けた。その発生源はおそらく、天候を操る黄金の竪琴だろう。しかし、あれは耀が敵から奪ったと十六夜は聞いていた。その矛盾のおかけで十六夜はある仮説を即座に立てられたが、異変は彼らを待たない。
ーーーーー目覚めよ、林檎の如き黄金の囁きよーーーーーー
そんな不吉な声が耳に入った途端、〝アンダーウッド〞に黄金の琴線を弾く音が響いた。
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異変が発生する少し前、十六夜と別れ、自然を感じる宿舎でペストと顔を合わせをした後、一人で自室の窓から星を眺めていた。
黒ウサギは今頃、十六夜のところにいるだろう、何せ自分が人払いを兼ねて十六夜を探すように言ったのだから。十六夜の自由気ままな性格に感謝である。そのおかけで──────────これからのことをジンとサシで話せるのだ。
「まさか金糸雀とクロアだけでなく───────シルバの名も上がるとは思いもよらなかった。」
シルバレンは昔あった大連盟と友好関係の先輩、月の兎の本拠地が三頭龍によって襲われた時も、天使嫌いにも関わらず天使の権限を使って、神群を率いて下層に蔓延った眷属どもを打ち倒し後始末をしてくれた。何百年近い関係の上下関係の友好なのだ。金糸雀も彼の便利性には舌を巻き、シルバレンには結構嫌われていた。何せ金糸雀は人使いが荒いから、使う頻度も半端なかったので余計に忌み嫌われていた。でも、一度も拒否することはなかった。そこが彼のいいところなのだろう。
レティシアは思考を切り替えて─────────彼ならば生きている限り、なんとかなる。そういう安心を与えられる存在だ。だが、金糸雀は死に、唯一の頼みの綱がクロア。しかし彼とて万人ではない、自分の事で精一杯だろう。くわえて、他ノーネームのかつての同志たちも外界に飛ばされている可能性が高く、はっきり言って──────────箱庭に戻るには自分たちでなんとかしてもらうしかない。こちらからでは見つけることさえ困難なのだ。
レティシアはとても歯がゆくなって、窓際で拳を握りしめる。
自分だけ戻ってこれたことに後ろめたさを感じると共に、心が悲しみで締め付けられた。
ならばこそと、一転してレティシアは顔を上げる。
「なればこそ............私が心を鬼にしてでもジンと話をしなければならない。」
かつての仲間の故郷を捨て、新たな旗を掲げることを進める。レティシアはそう決心して窓から踵を返した時──────────その時がやって来た。
ーーーーー目覚めよ、林檎の如き黄金の囁きよーーーーーー
その言葉を聞いた瞬間、レティシアはえっと声を発して体をぐらつ かせる。まるで糸が切れた人形のように。
「..................ぐっ...............なんだ.........!?」
レティシアはなんとか意識を手放さず、足をピクピクさせながらも立っていた。
だが、異変はさらに起き、三度琴線を弾く音色が響いた。
その途端さらにレティシアは意識を混濁させていく。その攻撃にレティシアは額に手を当て、意識を戻そうと踏ん張る。
何が起こっているのか分からないレティシアはゆがむ視界で、かろうじて背後を捉えた。その背後には、クスクスと笑うローブの詩人が立っていた。
「─────────トロイア作戦成功。お久しぶりですね 〝魔王ドラ キュラ〞。巨人族の神格を持つ音色は如何ですか?」
「き、......貴様......何者だッ!」
レティシアは額を抑えて右目も隠れているので、なんとか左目で敵を鋭く射抜く。
しかしそんな視線をものともせずローブの詩人は軽快に声を響かせる。
「あらあら、ほんの数ヶ月前の出会いも忘れちゃうなんて、少し酷いのではなくて ............しかしそれも、すぐに気にならなくなるわ。 だって貴方は」
──────────もう一度、魔王として復活し、アンダーウッドを蹂躙するのだから。
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詩のような詠唱が流れ、十六夜はそれを聞いた途端、血相を変えて 叫ぶ。
「この詩はマズイ.........!黒ウサギ 巨人族から奪った〝黄金の 竪琴〞はどこだ?!」
少しのドスの効いた怒鳴り声を上げた十六夜に対して黒ウサギは怖がるものの、状況が状況である。
少し戸惑いつつも黒ウサギは言葉を返す。
「そ、それならサラ様が管理しているはずですが、」
「すぐに破壊しろ あれは、あの竪琴は───────」
『フフ、如何にも、貴様の想像通り、あの竪琴は〝来冠の書〞の紙片より召喚されたトゥアハ・デ・ダナンの神格武具。敵地にあっても尚、目覚めの歌で音色を奏でる神の楽器だ』
低く、老齢を思わせるしわがれた声。しかし、居場所を特定させないよう細工されているのか、周囲に反響して耳に届く、正体がわからない謎の声を聞き、十六夜と黒ウサギは背中合わせになって隙を消し、周囲を警戒する。これまでにない敵に十六夜の心臓は、大きく脈動し警鐘を鳴らしていた。しかしいくら待っても声の主は姿を見せず、嘲笑うように十六夜たちへ告げた。
『急くな、〝箱庭の貴族〞とその同士よ。今宵は開幕の一夜。まずは 吸血鬼の姫ーーーーー』
『〝魔王ドラキュラ〞の復活を喜ぶがいい───────ッ!!』
ハッと二人は空を見上げ、刹那、その夜空が二つに裂けた。晴れ晴れとしていたはずの夜空は暗雲に包まれて稲光を放ち、〝アンダーウッド〞の空を神話色、昏く染め上げていく。
二つに割れた空から───────二人は、神話が芽吹く瞬間を目の当たりにした。
「まさか.........っ.........あれが......!」
『そう。神話にのみ息衝く最強の生命体───────龍の純血種だ─────────!! 』
「─────────GYYEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAA AAAAAAaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaaッ!!!!」
常識はずれの雄叫びは大気を弛緩するだけにとどまらず、アンダー ウッドの大樹をも揺るがし、この南の地の全てを弛緩させた。十六夜とて例外ではない、何せ相手は一個体で系統樹を司ることができる、本物の創造主である。彼の前では十六夜もただの人でしかない。
「...............なっ!」
一瞬だが、龍の頭部がかろうじて見えたものの、その全長は雲海に隠れて見えない程の巨躯で、その現実に黒ウサギはつい声を上げて驚愕する。
圧倒的な奇跡を宿す黒ウサギと十六夜は、龍の放つ存在感に───────戦慄し、呆然と空を見上げることしかできなかった。
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──────────東北の境界壁。
一ヶ月ぐらい前にここでは北の階層支配者着任を祝う祭が開催され、ペストが倒された場所である。そんな境界壁の上、満天の星空の下にマントで姿を隠す、フードを被った怪しげな人物が立っていた。
この者が出現したのは、巨龍がアンダーウッドに召喚された同時刻。それが偶然であるわけがなく、偶然ではない。
その人物、茶色いマントを羽織り、フードを被る男は高笑いをして、北の街を、東の街を交互に見下ろし、少し落ち着くと独り言を呟き始 める。
「さあ───────私も始めようか.........ふむ......これより我が花嫁を迎えるのだ。ド派手にやろうか、ね!」
フードの男は遥か空の上で腕を広げて、両手の指を綺麗に鳴らす。
その途端、高熱の暴風から極寒の吹雪が生まれ落ち、眼下の街々を襲った。
「きゃあああああ.........ぁ!!」
「なんだ!?...........なんでこんなところで吹雪が!」
「そんなことはどうでもいい!皆、伏せろぉおおおッ!」
境界壁の付近の町々に突如、暴風と共に吹雪が発生し、吹雪は街々 から灯りを次々と奪い、営みの温もりを簡単に吸い取っていく。 突如の吹雪に街々からは悲鳴が上がり、地面にしゃがみ込んで吹雪 をやり過ごそうと住人は固まる。 そして吹雪による暴音が耳を擦り付ける中、特徴的で高圧的な男の 声が響く。
「
木霊するように響いた声だったが、しかし住人たちにはあまりよく聞こえず、吹雪が止んだことによる安心もあって安心し切っていたが、もう一度、高圧的な男の声が響く。
「さあ──────我が花嫁を迎えるための...魔王による......最高の宴を始めよう」
聞き間違いか、遥か空の上から物騒な物言いが聞こえたような、と住人たちは服についた雪を払いのけ、立ち上がる。皆は突然のことに少し焦ったものの、一難が去り、皆が無事の様子に安心していた。軽い凍傷を起こしていた者もいたが、少し温めればすぐに良くなるだろう。
だから──────気づけなかった。
──────ドクンッ
と、自分達の足元が脈打っていたことに──────
「ん?...............」
ある男は足を誰かに掴まれた感じを味わい、自分の足元を見下ろし た瞬間、地面が歪み、怪物はその姿を表す。そして自分の足首を掴んでいたのは、緑色の長く太い生物の体だった。
男はゆっくりとその緑色の長い体を目で追い、ついには背後を振り返らなければ見えない位置まで追って、視線を前に戻してからゆっく りと背後に振り返ると──────先ほど地面から垣間見えたその姿─────大蛇の鋭い牙、滴る毒液、鋭い眼光、気味の悪い緑の鱗、その全てを視界に入れた瞬間──────男は叫ぶ。
「化け物、地面からばけものがぁ!?──────た、助け」
「SHAAAAAAaaaa!!」
しかし助けを求める肝心の声は怪物の、大蛇の大きな口で塞がれ、 男の頭は蛇の大きな口にその姿を消した。残ったのは首からしたまでの身体だけだった。
ゴクン、という大蛇の飲み込む音と周囲の住人から響いた喉の音がかぶった瞬間、その場の空気は爆発した。
「ぜんいんにげろおおおおおおおおおッ!」
街の一箇所からそう叫ぶ声がひびき、皆が、事情を知らない平和ボ ケした住人が心配してそこへ集まろうとする。しかし、その必要はな い、と言っているかのように地面から住人たちの足へと魔の手が伸び る。
「ぎゃあああああっ!?なんだこいつぁあああ!」
「嫌だぁ!.........まだ死にたく──────ああああああ@#&!!」
言葉にならない絶叫が、北と東の境界壁周辺全土に響き渡る。
ある人は大蛇に噛まれ、またある人は大蛇に巻きつかれ、またまたある人は巨亀に容易く足をゴッソリ噛み砕かれる。
そう彼ら怪物たちこそ、魔王ドラキュラに作られた眷属である。
だが、足元ばかりではない。空からは──────かつて箱庭の貴族として称えられ、繁栄を約束されていた月の兎を容易く皆殺しにした最強の魔王──────その眷属、邪竜の姿は、二つの蛇の頭と蜥蜴の素体をしており、体表は気味悪い程に少し紫がかった白色、柔らかそうで硬い表皮は気持ち悪い程にスベスベで生々しい。瞳は紅玉の者も居れば、青白いものもいる。まさにその姿は──────悪の化生。
『GYAAAAAAAEEEEEEEYAAAAaaaaa!!!』
空から響くさらなる化け物たちの雄叫び。
そいつらは地鳴りを断続的に打ち鳴らし、雨のように北と東の街々に降り注ぐ怪物たちは容易く住人たちの四肢を、胴体を掻き毟り、食らっていく。その光景に誰もが──────勝てないと思わされ、一斉にパニック、蜘蛛の子のように統率が取れず、自分勝手に逃げ惑う。
なんとか統率を取ろうとする者もいたようだが、──────逃げねば早死にするだけだ、案の定、手を振って避難を促していた女性騎士の半身がただの気紛れ、一匹の怪物の進行で容易く弾け飛ぶ。
その様子にフードの、マントを全身に羽織る男は、その影に隠れる口から卑屈な声音で吐き捨てる。
「馬鹿め.........逃げ場など何処にもないわ」
その男の言う通り、一人逃げた男が狭い道に入った瞬間、二匹の双頭龍に挟み込まれ、その住人は怪物たちの影に姿を消していった。怪物たちが去った後にはもう、鮮血しか残ってはいなかった。
総勢数千を超える魔王の眷属たちが、北と東を無差別に襲い始めて、約数分。
それだけで犠牲者は──────とうとう一万を超え、幾つもの街が簡単に壊滅するのだった。
フードの男はそんな甘美なる光景を目に焼き付けて少しは満足したのか、狡猾な笑みを浮かべ、独り言をつぶやく。
「さて、これなら我が花嫁も私を見直すことだろう.........クックク」
満足な声を残してその場から去ろうとするフードの男だったが、
「...............ん?........なんだ?」
突如の温度変化に疑念を抱いた瞬間、フードの男は地獄の窯より噴 き出す地獄の炎、蒼炎に包まれた。
大気を熱し、辺り一面、先ほどの吹雪の影響で冷気が漂っていたこの場所からその面影が容易くなかったことになった。圧倒的な熱量と破壊を受けたフードの男はもはや四肢、灰すら残さず燃えたことだろう。
そしてそのすぐ近くに一人の少女が立っていた。
おそらくその少女が、蒼炎を地獄より召喚したのだろう。可愛らしい外見はしているが、先ほどの逃げ惑い、むざむざ殺された無力な住人たちとは違い、圧倒的な強者だけが持つ自信とオーラを放っていた。立ち姿も何処か堂々としている。
と、その時、燃えていたはずの男はいつの間にか炎を吹雪で消し去ってそこに立っていた。
そして男はフードの下から嬉々とした声を上げて、萌え上がる。
「まさか、そちらから出迎えてくれるなんて──────私は嬉しいッ!!!!」
「キモい、死ね……………許さない」
「はぁーなんて、優しいんだー我が愛しの花嫁よー」
見事な一刀両断もこの男には無いに等しいらしく、ポジティブを通り越して天然は罪という神領域すら超越したストーカーの神となっていた。
そして始まる──────次元を超えた跳躍の戦いが。
一人の少女がその場から姿を消すと同時に、フードの男もその姿を消す。二人は空間を跳躍して、次元を飛んだのだ。
そして、その数秒後、境界壁の下で蒼炎と吹雪が衝突し、その余波が吹き荒れ、怪物たちごと容易く街を軒並み瓦解させるのだった。
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──────箱庭五四五四五外門 〝煌焔の都〞。
雲間に紛れて朧げな月が揺れる一夜。天幕から吊るされたペンダ ントランプが夜風に軋み、都を包む暖かな気流も不安げに乱れている。都市の中心に吊るされているペンダントランプは直径五十メー トルもあり、極寒の北側に暖かな気候を運ぶ。都市全域はその影響で黄昏色に染まり、照らされていた。
この場所は、煌焔の都と呼ばれ、北側の支配者〝サラマンドラ〞が納める都市である。そして此処には──────たまたま下見を兼ねてやって来ていたサンドラとマンドラが訪れていた。
──────非常事態宣言が発令し、第三右翼の宮、その内部にある会議室にサンドラとマンドラはいた。
二人は会議室の入り口付近で伝令の亜龍と話していた。
「恐れながら申し上げます。──────北と東の境界壁付近に魔王の群勢が現れました!」
「っ!............数は?ギアスロールは確認したか!?」
「いえ、ギアスロールはありません。無差別です。それと数ですが.........」
「言ってください。被害状況も確かなものを言ってください」
戸惑う伝令にビシッと告げるサンドラ。
その声に、伝令も思い直して、はっきりと伝えた。
「敵の数は最初は千近くでしたが、分裂するようでっ、今は五千を超え、もうすぐ一万に及ぶと思われます!被害は把握している限り─────二万五千になります、」
「っ............しかしこういう時こそ落ち着かねばなりません。他の階層支配者と連絡をとり、早急に魔王を駆逐及び足止め部隊、避難誘導部隊を編成します。今すぐ〝本拠地〞へ有りっ丈の戦力を集めてください」
「わ、わかりました。そのように他の伝令にもお伝えします」
「任せまし」
と、その時、廊下を駆け足する足音が響いて来て、もう一人の亜龍の伝令が姿を表す。
その人物の身体のあらゆるところから汗が吹き出しており、その場にいる三人は嫌な空気を感じ取る。
「新しい情報です 、敵の正体が判明しました それと──────緊急事態です!」
緊急事態な上に緊急事態とはどういうことだ 、とマンドラは険しい表情を浮かべていたが伝令は冷静さを欠いていたようで、二人の呼吸を待たず、早足に伝える。
「敵の正体は、かつて戦った三頭龍の眷属、それと今〝南に現れた魔 王〞龍の眷属達ですッ!」
その言葉、三頭龍という言葉にサンドラは咄嗟に地面を見つめるが、そんなわけがないことを悟り、すぐに我に返るがマンドラの驚きの声に、すぐに我を忘れた。
「南に現れた、南にも現れたのか!........それも眷属を作れるのは、最強種だしかありえん!最強種が現れたのか!?」
「はい!.......あと他にも」
まだあるのかと二人は思う。この偶然と言えない程に畳み掛けてくる感じはもはや組織的なものを二人は感じ始めていたが、伝令の言葉でそれどころではなくなる。
「鬼姫連盟の元にも魔王が現れ、足止めを食らっており増援は頼めず、 〝サラマンドラ〞の本拠地にも魔王が現れましたっ!」
「なっ!?」
もはや絶句するしか無い状況。
まさか自分達の留守を狙っていたのか、敵はやはり組織的なものだと確信し、サンドラは有無を言わせない迫力で言葉を吐く。
「とにかくです。やることは変わりません、先ほど言ったとおりの事 を伝令してください。私とお兄様は今すぐ本拠地へと帰還します────それと白夜叉様にも援軍を、」
しかし、最後の部分のところは─────伝令の戸惑いによって阻まれ、伝令は先ほどの続きのように言葉を続ける。
「東の階層支配者の元にも魔王が現れました............ッ!」
静かに強く伝えられた事柄にサンドラは目を見開き、マンドラは歯軋りをする。
まさか、いざという時の頼みの綱、最強の階層支配者階層までもが足止めを食らっているとは思いもよらなかった。伝令も悔しそうに拳を握りしめていた。
──────万事休すか、その場の空気がどんよりし始め、士気が下がっていく。
しかし、サンドラは少し瞑想して、一人歩み始める。
「............ならば今こそ、私たちサラマンドラの力を見せる時です。借りを作るぐらいの意気込みで魔王に立ち向かうのみです」
サンドラの悠然とした覇気に、絶望していた三人は闘志を取り戻し、伝令の二人は強く声を発して応えるのだった。
######
──────アンダーウッドの大瀑布。最上地。
巨龍の雄叫びは天災、数多の落雷を呼び込み、地下都市を覆う根を次々と焼き払い、自然を破壊していく。その影響で居住区は阿鼻叫喚に包まれていた。
そして混乱に拍車をかけるように、アンダーウッド全域に見張り台からの警鐘、鐘の音が鳴り響く。
「た、大変だッ!巨人族もこっちに向かって来ているぞ!!」
「なんだとッ!?」
「ええい、わらわらと現れやがって.........!」
罵声と指示が飛び交う中、巨龍の雄叫びと稲妻はますます激しく〝 アンダーウッド〞を揺らしている。一層大きな巨龍の雄叫びが一帯を震撼させると、正体不明の物が雨のように降り始める。──────それらはすべて、巨龍の鱗で、その鱗は一枚一枚が巨亀や大蛇となって街を襲い始める。
黒ウサギは眼下の異常事態に蒼白となって叫ぶ。
「鱗から分裂して新種を作り始めた.........!まさか本当に龍の純血種だというのですか!?そんな、こんな下層に現れるなんて、」
「ごちゃごちゃ言ってる場合か!すぐに降りるぞ!!」
十六夜の一喝に、黒ウサギは我に戻って頷く。
大樹の頂上から共に飛び降りようとした二人はしかし、地下都市から高速で飛翔するローブの詩人と、その腕に捕らえられた─────、
「レ、レティシア様ッ!?」
「黒ウサギ......い、十六夜.........!」
混濁した瞳の彼女は、二人を視界に捉えたことで僅かだが意識を取り戻す。
しかし空を見上げた彼女はその現実に気を失いそうになる。空には巨龍と空中に浮かぶ城の影を確認し、ようやく現状を悟った。
(私の────〝主催者権限〞の封印を解いた、ならばコイツ、まさか、)
敵の正体に蒼白になりつつも有益な情報を手にしたがしかし、その腕から逃れられるだけの力はもう自分には無い。
己の運命を受け止めるように瞼を閉じたレティシアは、眼下の二人に訴える。
「──────十三の............太陽を.........!」
「え、」
レティシアの微かな声に耳を傾ける。
その間にも彼女はとうとう詩人の手を離れ、天高く掲げられていく。
でもレティシアは諦めず、仲間と同志のために有りっ丈の力を、全霊を込めて叫んだ。
「十三番目だ..................〝十三番目の太陽を撃て〞.........!それが、私のゲームをクリアする唯一の鍵だ!」
断末魔にも似た叫びと共に、レティシアは巨龍に飲み込まれて光となる。その光はやがて黒く染まり、巨龍の一部となるや封書を撒き散らす。
もちろんそれは魔王の〝契約書類〞、幾千もの雨となって魔王の、 いや魔王ドラキュラのゲームが開幕したことを、アンダーウッド全域に知らしめるのだった。
######
──────〝ノーネーム〞本拠地。別館前。
その頃、こんな辺境の地まで魔王の知らせが届くわけもなく、平和な夜。
これは余談だが、東の下層、ここの地域にはまだ魔王が来たことは知らされていない。というより知らせる暇が無いし、パニックに陥るのを避けるためだろう。
そんな一時の平和を感受している一人の少年、亜音は本を書庫に戻した後、何時ものトレーニングをこなして少し休んでいた。いつもの場所、別館の壁に寄りかかって月を見上げる。
「そういえば......その次の日、夕飯を食いに行ったんだった」
亜音は瞳を閉じて思い出に浸り始める。
微かにだが、まだ亜音の瞳は腫れているようだった。
夜七時近く、都内のレストランに来た裕子と亜音。
二人は窓際の席に向かい合うように座っていた。
しかしレストランに来ておいてメニューを広げようともしない母に、小学生の亜音が恐る恐る聞く。
「......何も頼まないの?」
「私はいいの。それより貴方は昨日ね、勇者になる資格を得たの。だから私より豪華な食事を食べれる、それだけのこと、だから貴方はその分を身に受けて真っ直ぐと育ちなさい」
母なりの昨日のフォローなのか、今思えば不器用だなと笑える話だった。
少しして亜音が頼んだ、デザートセットの献立がやって来て、ハン バーグのいい匂いが漂う。
だが、そんな旨そうな匂いと食べ物を前にしても亜音はあまり嬉しそうではなかった。
そして、母の不器用なフォローに対して亜音も真面目に返した。
「............いらない」
「ん?」
「母さんにあげる、俺はいらない」
亜音は皿を裕子の前に並べる。並べ終えた亜音は気恥ずかしそうに手を膝において小さくなっていた。
その様子に少し呆気を取られる裕子だったが、笑みをうかべると、
「ふーん...............ハズレね」
「え?」
意味不明な応答をした母に対して戸惑う亜音。
裕子はそんな亜音を余所に人差し指を立てて、
「勇者や救世主はね?完全なる自己犠牲じゃないの」
「............?」
「〝自分〞も救ってこそ、救世主なの」
「だから正解は半分こ、よ!」
「って、あぁああああ!──────僕の残してたイチゴっ!」
裕子は譲ったハンバーグやライスには手を付けず、真っ先にデザートのイチゴを食べた。
ちなみにイチゴは亜音の大好物である。なので、皿も動かしてはなかったのだが。どうやら罰ゲームらしい。
そんな楽しいやりとりを思い出しながら、夜空に生える月を見つめる亜音。
ーーーーーーきっとまた会えることを信じてーーーーーーー。
第三章・エンディングテーマ《Reason》参照先アニメ《ガンダムSEED DESTINY》
絶賛、現在、資格勉強中のため、次回更新は来月になりそうです。
また収穫祭までの空白時間も次回、出します。
正直、シリアス成分が過多で書いている側も鬱になりそう、というのが正直。《苦笑》
ちなみに、初心にかえる、という言葉がありますが、人は本当に大切なものを置き去りにしてしまうこともあるのかもしれません。
きっとそれだけ生きる、ということは、がむしゃら、なんだと思います。
この視点から見て、少年はどう映るのか、そこが本編のポイントになると思います。
次回もよろしくお願いします。
ぜひアドバイス、ご感想お待ちしております。