新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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・オープニングテーマ《ALONES》参照先アニメ《BLEACH》


第十話「始まる決戦、顕現せし銀狼の龍」

 ──────〝アンダーウッド〞地下大空洞

 

 翌日の朝、予定通り大水門の川辺で模擬戦が行われていたのだが、

 

「もう、決着でいい?流石に五回も同じことを繰り返したら飽きてきたわ」

 

 呆れた物言いをしながら赤い巨人ディーンの肩から大河を見下ろすペスト。

 その視線の先には、先ほどディーンの肩から大河へと落とされた飛鳥が、必死に流されないよう岩にしがみついている。

 そんな飛鳥の姿は、いつもの飛鳥を知る者ならばつい視線を泳がせてしまうものだった。

 そしてペストの言う通り、この戦いは既に四回も仕切り直していた。他の四戦も結果は同じ、飛鳥がディーンから落下して敗北するというもの。

 大河に下半身が浸かっているディーンは、巨躯の手を差し伸べて主人を救い出す。

 

「............ありがとう、ディーン」

「DeN......」

 

 無骨な返事をするディーン。心なしか、普段よりも覇気が無いように思える。

 ペストはフワフワと飛鳥の元に近寄り、心底小憎らしい笑顔で告げた。

 

「それで、どうするの?まだ続ける?あんまり続けるといじめっぽくて嫌なんだけど」

「.........いいえ。もう、十分よ」

 

 あっそ、と笑顔のまま素っ気なく言い捨ててその場から離れるペスト。

 飛鳥のように鼻っ柱が強い少女を打ちのめすことが出来てさぞ気分がいいのだろう。軽い足取りでジンの元へと戻ったペストだが、迎える言葉は称賛ではなかった。

 

「ペスト。此れは相性の悪さを克服するためのものなんだから、飛鳥さんを直接狙うだけじゃなくディーンとも戦わないと、」

「私も初めはそのつもりだったわ。.........でもあの赤い人、拍子抜けするぐらい隙だらけなんだもの。あれじゃ狙ってくれと言っているようなものよ」

 

 告げて水辺に座り込み、足でパシャパシャと水を跳ねさせるペスト。

 小生意気な言い方をしているが、彼女はこの戦いの裏にある十六夜の狙いを瞬時に理解していた。

 

「改めて向かいあってみて思ったけど............あの赤い人、ほとんど普通の女の子よ。アレでよく私のゲームで生き残れたものね。逆に感心したわ」

 

 悠然とした笑みと皮肉を飛鳥に向ける。

 ペストの言っている通り、飛鳥はただの人間そのもの。幾らディー ンのような手駒を手に入れていようと、この欠点はそう簡単に拭え切れるものではない。

 その後も正確な欠点を述べながら一層の皮肉を込めた微笑みを飛鳥に送るペスト。執拗に攻撃的な発言を繰り返すペストだが、以前のゲームで飛鳥にトドメを刺されたことを根に持っているのかもしれない。だが、その矛先は彼女だけではなくーーー。

 ジンは言いたい放題のペストを咎めるように眉を顰めるが、逆に威圧を込められた視線がジンを襲う。

 

「ジンの言いたいことは分かる。それにあのヘンテコ男の狙いも、だからこそ少しやる気だして戦ってみた。つまり手加減する、此方が譲歩して狙いを変えて戦う、そんなやり方じゃ赤い人のためにならないでしょ?それ以上の気遣いを求められる筋合いはないわ。なにより人に嫌な当て馬を押し付けておいて文句を言われる道理もない」

 

 そうでしょ?と悠然とした笑みを浮かべる。

 しかしその内面は途轍もなく不機嫌に煮え繰り返っていた──────その原因はここにはいない──────。

 

(はぁー……………なんでいないのよ。それに私が仕えたいのは、)

 

 ペストはジンを見下ろして、再度ため息を吐く。

 ジンはそのため息に首を傾げて、そのあっけからんな態度にさらにペストは機嫌が悪くなっていく。そう、つまりは全て八つ当たりだったのだ。

 だが、この後やってきた問題児の魔王によってジンとペストは頭を掴まれて川に沈められ、挙げ句の果てに飛鳥もろ共お風呂へと連行されていく。

 そしてその場所の上、主賓室から見下ろしていたサラも盛大に飛んできた水飛沫によって全身びしょ濡れ、申し訳なさそうな黒ウサギを連れてお風呂へと向かっていった。

 

 

 

 

######

 

 

  ──────アンダーウッド大樹・頂上付近。

 

 大樹の葉が重なる影の中、一枚の大葉に寝そべる一人の男がいた。

 その男の名は──────ヴォルフ=レイヤ。

 葉の隙間から垣間見える暗雲と口に加えていた手製のタバコから溢れる白煙を見つめながら、ヴォルフはふと呟いた。

 

「レティシア姫殿下............もうすぐだ、もうすぐ会えるぞ、“レティシア”」

 

 ヴォルフは咥えていたタバコを握りしめて空へ投げ捨てると──────英気を養うために、再びの再会を求めて眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

「カーラが認めたとはいえ、魔王と戦うにはまだ早い。勉強しろ」

 

 十二歳近い一人の少女、騎士の服と吸血鬼の姫ドレスを合わせたような黒と紅の煌びやかな衣装を着こなすレティシア・ドラクレアはヴォルフにそう告げた。

 兵舎の隅、自由訓練の芝生で二人は相対していた。 会話の内容から察するにこれからレティシア姫殿下は魔王退治に向かうのだろう。武装もしっかりしていた。まさに吸血鬼の姫、覇気が凛としている。

 だが、カーラに一勝して自信をつけたヴォルフは今日は引かなかった。

 

「足手まといにはなりません、なったとしてもどうぞ見捨てて」

「私は嫌だ、そんな負け戦をするようなら最初から連れて行かない」

「ぐっ............なら、勝負です」

「ああ、いいよ」

 

 

 ──────刹那で決着がついた。

 いや、それでもヴォルフを見るレティシアの瞳は大きく見開かれていた。

 

「私の影は“音”より速いのだぞ?それを一瞬だけでも無傷、剣だけで捌くとは。誰よりも真面目に訓練して来た結果だな」

「なら」

「馬鹿は連れて行けない、以上解散だ」

「──────え、ちょ」

 

 レティシア姫殿下は金髪を靡かせて歩き始め、その背に慌てて静止 をかけようとするヴォルフ。

 だが、その時、ふとレティシアが振り向いて──────。

 

「今度、私が勉強をつけよう。だから私が帰って来る前に最低限の知識は身に付けておけよ─────フフ、それじゃあな」

 

 不敵な笑みを見せつけて去るレティシアに見惚れていたヴォルフ。

 しかしその視界の隅からカーラ侍女が殺気を放ち、ヴォルフは一目散にその場を去って苦手な勤勉に励み始めた。

 ──────まずは百の位の足し算から覚えよう。やばいな、死ぬほどやらないと殺されるレベル。

 レティシアとのお勉強、それを楽しみに笑うヴォルフだったが、 この後に起こる惨劇によって破壊された挙句、まさか自分までもが──────

 

 

 

 

 

 

######

 

 

 

 ──────〝アンダーウッド〞大河下流・大樹の根元。

 

 

 さらに翌日の朝、十六夜達は大樹の根本にある大広場に集まっていた。昨日、強制的にペストと仲直りさせられた飛鳥はしかし、昨夜のお風呂での、サラの『飛鳥の友達は私が見つける』という頼もしい言葉に、迷っている暇はないと至って真剣な表情をしていた。

 そして同じ昨夜、ゲーム攻略に向けて参加者を募ったところ、非加盟のコミュニティから十数匹ほどの参加者を集めることができたらしい。十六夜は広場に集まった大鷲や翼人種などの幻獣を楽しげに見つつも、何処か口惜しそうな表情をしていた。

 

「ったく、どうして春日部はこうもタイミングが悪いんだ。幻獣と出会う絶好のチャンスだじゃねぇか」

「ま、まあまあ。出会いは星の廻り合わせとも言いますよ?耀さんもいつか出会うべき御方と出会って、己を高める時が来るのですよ」

 

 ふぅん、と気の無い返事をする十六夜。彼もそういうロマンは嫌いではない。が、いい廻り合わせは自分で掴もうとした末の結果、というのが十六夜の持論である。

 運を待つは死を待つが如し。

 運気を掴む気がないのに転がり込むのを待つのは、只の怠惰ではないのだろうか。

 

「こっちはヘッドホンを強奪されてまで順番を譲ったのになあ。これは返してもらう時に、文句の一つでも──────」

「え?」

 

 ん?と、黒ウサギと飛鳥、ジンに振り返る十六夜。が、その視線の先に居た珍しい幻獣に気を取られ、すぐにそれどころではなくなった。

 

「アレって、鷲の頭に長い胴体............グリフォン? いや胴体が羽毛に包まれてるし、胴体部分は馬となるとヒッポグリフか?」

「y、YES! 〝二翼〞の長である、鷲の翼を持つ怪馬でございます」

「い、い十六夜君が、気になるなら、その、挨拶してきても.........!」

「おう、分かった。〝二翼〞のリーダーがいるならちょうどいい機会だ。これを機におチビも顔を売っておけ」

「わ、わかりましたっ!ああもしもグリーさんと会ったら、呼びに来てっ!」

「りょ、了解なのですよ!」

 

 黒ウサギは不自然に敬礼し、二人を見送る。十六夜も敬礼で返し、 ジンを連れて楽しそうにヒッポグリフの元へと去っていった。

  一方、残された黒ウサギと飛鳥は、冷や汗を掻きながら顔を見合わせている。

 

「.........黒ウサギ。貴女、十六夜君なもう気にしてないって言ってなかった!?」

「そ、それがその.........こ、壊れてしまったということを伝え忘れてしまって.........!」

「こ、このおバカ黒ウサギ!それを伝えなかったら逆効果じゃない!?もし春日部さんと合流した時、このことが知れてしまったら.........!」

 

 あぅ、とウサ耳を萎れさせる黒ウサギ。耀の行方を捜している際、 猫耳ヘッドホンを首からかけていたという目撃情報もあった。

 それでは合流する時に隠すこともできない。このままでは限りなく最悪の状況で二人は鉢合わせすることになるだろう。

 二人は大量の冷や汗を掻きながら生唾を呑んだ。

 

「...............盗んで、嵌めて、壊して、返す?!ありえない、私なら絶対許せないわ」

「く、黒ウサギだって許せません」

「おかしいと思ったのよ。いくら十六夜君でも、.........ううん。十六夜君だからこそ、こんな不義理なことをして笑って許すはずが無いもの」

「ど、ど、どうしましょう............っ!」

 狼狽して半泣きになる黒ウサギ。

 飛鳥も苛立たしげに爪を噛んであれやこれやと考えたが、最後は頭を振って諦めた。

 

「...............なる様にしかならないわ。これは二人の問題だもの。これ以上私たちが介入して引っ掻き回すのは得策じゃないわ」

「で、でも、もしお二人が仲違いするようなことになったら、黒ウサギは.........!」

「その時は私も協力する。それにジン君や年長組、レティシア、勿論.........亜音もこっちに取り込んでね?」

 

 苦笑い交じりのウインクをする飛鳥。

 黒ウサギも少し安心したのか、腹を括ったようにグッと両手を握って頷いた。

 

「了解なのです!そうと決まればこんなゲーム、ちょちょいとクリアするのですよ!」

「ええ。その為にもまずは、〝アンダーウッド〞を守り抜きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

#######

 

 

 

 

 ──────ケッ!と勢いよく悪態をついた十六夜は広場の芝生を蹴り上げた。

 

「.........何だ、あの気位の塊みたいな幻獣共は。まともに取り合うつもりもない感じだったぞ。そもそも何で初対面の相手に『空も飛べない猿』とか『爪もないみすぼらしい小僧』とか意味不明な罵倒をかけられたんだ?通訳が俺たちを担いだのか?あれならまだ、〝名無し〞と罵られた方がマシだったぞ」

「ま、まあ、ヒッポグリフは第三幻想種とですし、そういった自負があるのかも.........それに以前、ドラコ=グライフの落し種がこの付近にいるのではないかという噂があったらしく、彼はその候補の一人として挙がったとか。今やすっかりその気になって連盟内でも幅を利かせているという噂もあります。そういった誇りの高さがあんな態度を、」

「ハッ、違うな。アレは先天的な増長だ。自分を誇るでもなく、他者を見下しにかかる類のな。自分と同じ言葉を話さない者や、同じ姿でな い者を蔑視している、一番質が悪いタイプだ。ましてや〝誇り高い〞 なんて形容していい相手じゃない」

 

 何時になく声高に糾弾する十六夜に驚くジン。普段から飄々としている十六夜がこれほど声を荒げるのだから、余程激しく琴線に触れたのだろう。

 十六夜は静かに横目で二翼がいる方を一瞥し──────その二翼 のところへ、いつかの医療コミュニティ、猪と豚の二人がやって来ていた。ふーん、あの組み合わせはマジで最悪だな、と思いながら十六夜は視線を前に移すのだった。

 そんな苛立ったままの十六夜と苦笑いを浮かべるジンは静かに黒ウサギ達の元へ戻っていく。すると反対側から丁度、サラとグリーの二人が此方に向かっていた。

 

「.........おチビ。あれが例のグリーって奴か?」

「は、はい」

 

 十六夜は小声でジンに確認を取る。先ほどの罵倒がよほど腹に据えかねた所為か、今度は慎重に対応したいのだろう。でないと自分自身なにをしてしまうのか分かったものではないのだ。

 十六夜達が帰ってきたのを確認した黒ウサギは両手を振って手招きをする。

 

「十六夜さん 此方が件のグリー様ですよ!」

「ああ、分かってるよ。 しかし連盟の議長様まで来ているのはどういうことだ?」

「何、大したことじゃない。お前にこのギフトを渡しておこうと思ってな」

 

 そう言って取り出したのは〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の旗印が刻まれた草網のブレスレット。首を傾げながらも腕首に取り付けた十六夜だが、特に変化らしいものは感じられない。

 

「.........あー、議長様?」

「まあ、待て。.........どうだ、グリー殿」

「どうと言われても、私はもとより人語を理解しているのだがな」

 

 ギョッと十六夜は目を見開いた。こんな驚き方をする十六夜は極めて珍しく、思わず顔を見合わせる〝ノーネーム〞一同。

  十六夜は聞き違いかもしれないと、もう一度問いかけた。

 

「.........グリーって言ったな。もしかしてこの草編みのブレスレットは、」

「うむ。昔、ドラコ=グライフの通訳用にと、著名な詩人が編み上げて作った物らしい」

「な、なんと 通訳用のギフトですか?」

 

 ウサ耳を跳ねさせて驚く黒ウサギ。話が通じず首を傾げる飛鳥とジン。

 十六夜は感心したように草編みのブレスレットを撫でまわす。

 

「箱庭の詩人ってのは随分と器用なんだな............と、悪かった。自己紹介が遅れたな。俺は〝ノーネーム〞の逆廻十六夜だ」

「私はサウザンドアイズの鷲獅子・グリー。先日の巨人族との戦いでは随分と世話になった。今日は互いに命を預け合う者として、共に力を尽くそう」

 

 凛然とした声音と態度で接するグリーに十六夜はしばし瞠目し、機嫌良く頷いた。

 

「ああ。今日は背を借りるからよろしく頼むぜ」

 

 ヤハハと楽しそうに笑う十六夜。どうやら機嫌が良くなったらしいと安心していたジンだが、スッと十六夜が振り向き、

 

「おい御チビ」

「は、はい!」

「俺がいない間は、お前が指揮を取れ」

 

  ............え、と固まるジン。しかし十六夜は冗談を言う時の表情では無く、

 

「お前は何だかんだで、今日まで俺たちの戦いを見てきたんだ。もう全員のギフトや性質は熟知しているだろ?」

「そ、それは......」

「ましてや今回の相手は、ペストとも相性のいい巨人族。積極的に参加して経験を高めるにはいい機会だ。.........ってまさか、ビビってない

よな?」

「だ、大丈夫です。地上は僕らに任せてください」

「よし、任せた。でも無理はするなよ。御チビに死なれたら今までの苦労が水の泡だからな。.........あと、議長様もありがとよ。話ができるかできないかじゃ雲泥の差だ」

「気にするな。元元々、鷲と獅子、グリフォンの三種にしか正常に働かない代物。こんな時でなければ取り出さない骨董品だ。適当に扱ってくれて構わないよ。.........ああ、それと飛鳥にも渡すものがある」

「私?」

「黒ウサギ殿に聞いたぞ。何でも飛鳥自身はほとんど非武装らしいじゃないか。そんな装備で〝アンダーウッド〞を任せるわけにはいかないな?...............ということで、昔作った作品を取り出してきた」

 

 作品 と更に首を傾げる飛鳥。促されるままに両手を引かれ、サ ラが取り出した真紅のギフトカードを握らされる。其処から淡く紅い光が溢れたかと思うと、飛鳥の両手を包み込むように金属製の装身具が顕現した。

 

「これ.........紅と蒼の宝玉がついた、籠手?」

「ああ。形状も手袋形のアクセサリーだから、そのドレスにも似合うだろうと思ってな。そちらの紅い籠手が〝紅玉の御手〞。蒼い籠手が〝琥珀の御手〞だ。それぞれの中核を成す宝玉に特殊なギフトを埋め込んである」

 

 飛鳥は指摘されるまま、両手を包む籠手の小さな宝玉を覗き込んだ。

 

「紅玉には龍角の欠片。琥珀には水樹の種子。龍角や霊樹の種子は純度の高い霊格の塊でな。それを私が炎と水を放出する簡易ギフトとして仕上げたんだが............その、無いよりはいいだろう?」

「も、勿論よ。でも私だけ無償で貰うのは」

「いやいや、無償じゃない。飛鳥たち〝ノーネーム〞には〝アンダー ウッド〞を守って貰わなきゃいけないんだ。ならこれは、当然の支援 だ」

 

 そうだろう?と朗らかに笑うサラ。出会ったよりもずっと柔らかい笑みに面食らう飛鳥だったが、これ以上の遠慮は逆に失礼だと悟り、一礼と笑顔で返した。

 

「............分かったわ。〝アンダーウッド〞は任せて」

「ああ。此方も飛鳥の友は任された」

 

 飛鳥はノーネーム、サラは大連盟の議長。これほどに位に差がありながら二人はとてもいい笑顔を互いに向けていた。そして何よりそれを周りは不自然に思わない、信頼関係とはこういうものなのだろうか、とその時、集合の鐘が鳴り響く。

 サラは一転して、慌て たように声をあげた。

 

「し、しまった!もうこんな時間か!」

「あらあら、議長が遅刻?」

「うわー、問題児だなー!」

「いえ、十六夜さんにだけは言われたくないと思いますよ?」

 

 こっそりツッコミを入れる黒ウサギ。

 サラは三人を無視して踵を返し、議長席に向かって爆走するのだった。

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 ーーーー〝アンダーウッド〞上空・1000m地点。

 

 十六夜の頬を、ビュゥと激しい風が撫でて行った。いざ古城へと乗り出した攻略組だったが、十六夜はグリーの乗り心地に興奮を隠せずに歓声を上げていた。

 

「ハハ、こりゃいい......!!春日部の気持ちも多少分かったぜ!この一足ごとに空中を加速する疾走感は〝空を踏みしめて走る〞としか形容しようがないな 」

「何をまだまだ、本気を出せばこんなものではないぞ。編隊を崩してもいいのならこの五倍は軽いからな」

「よし、行くか!」

「行くな。あとあまり突出するな。グリー殿も、集団を乱すようなことは止めてくれ」

 

 すぐ傍で炎翼を羽ばたかせていたサラが、呆れたように二人を宥め、

 

「よし、行くか!」

「だから行くなと言っているだろうがッ!」

 

 .........宥められなかった。もう少し真面目にやってくれと頭を抱えるサラだったが、古城までの距離が半分を過ぎたころには二人とも静かになっていた。

 一番の問題児である十六夜が、空から見下ろす箱庭に瞳を奪われていたからだろう。彼の眼前には広大な大地と遥か彼方の地平が優雅に広がっている。

 遥か上空から見下ろす箱庭の大地を前に十六夜はポツリと呟いた。

 

「.........不思議な光景だ、箱の中に閉ざされた場所なのに、地平線が見えやがる」

「不思議か?」

「ああ。俺のように外来から来た人間にとって、箱庭は最高の宝箱さ」

 

 スゥと目を細めて遥か彼方を見つめる。

 箱に閉ざされた、緑地と黄土が混在する地平線。

 此れに加えて青藍の空が覗けたのならば、三色揃って見事な景観を映していただろう。

 空の旅も悪くないな、と十六夜が呟き、そうかとグリーが相槌を打つ不思議な空気が気持ち良く漂っていた。それを筆頭にして緩やかな速度で編隊を保ちつつ上昇する攻略組。

 十六夜は壮大な大地と地平線を感極まるといった表情で見つめ続 けていた。

 

 

 ーーーーーーだから気付けなかった。

 

 

 編隊の真正面に現れた、漆黒の脅威に。

 初めに異変に気付いたのはサラだった。

 吸血鬼の古城の目と鼻の先に現れた黒い特異点。まるであらゆる光を飲み込んでいるかのように浮かぶソレは、立体的な存在感を持ち合わせていない。空っぽなのだ。

 例えるならばーーー黒い円盤、二次元的な存在感しかないのに、どの角度から見ても同じ球体の特異点だった。

 

「............ぁ、」

 

 景色を光を食らうように顕現した特異点は突如として姿を変え、蠢くように戦慄き始め流。

 ーーーー収縮、変幻、膨張。闇の深淵から溢れ出る怨嗟と殺意と共にーー!死神の指が悪寒となって首筋に触れ、一斉に血の気が引き、体温を奪われた。

 

「ぜ............全員、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 後陣に絶叫のような退避命令。しかし何もかもが遅かった。

 幾多数多に雷鳴が轟く上空で、特異点はその正体を現す。雷鳴轟く暗雲を背に、王の覇気を漂わせる外套を靡かせて佇む人影。

 雷光が地平まで照らす都度に、煌々とした光を放つ黄金の御髪ーーーーーーー魔王レティシア=ドラクレア。

 彼女は無情な瞳で全てを見下したまま、サラの胸を血で濡らした。

 

 

 

 

#######

 

 

 

  ーーーー七七五九一七五外門。フィル・ボルグの丘陵。

 

 暗雲の空、その中を漂う巨龍、その近くに浮かぶ古城。雷鳴轟くその景色を手製のタバコを咥えながら見つめる一人の男。

 遥か上空には攻略組が何かと遭遇したのか、慌ただしくなっているのが見える。しかし助ける気は無いのか、優雅に見物を決め込む男。

 黒い脛まであるブーツ、茶色い手袋、黒いサングラス、ダボダボのクリーム色のズボン、で上には作業服のような裾の長い長年に渡って色あせたような緑色のコートを着ている。

 一言で、だらしなくてワイルドな男、こげ茶のボサボサ頭で、何処かの狩猟家みたいな男、ヴォルフ=レイヤはある言葉を呟いて、回想を始める。

 

「十三番目ーーーーようやく俺は“解けたぞ”」

 

 これでーーーーーレティシア、お前を殺さずに助けられる。

 

『十三番目の太陽を打って............私を殺してくれッ!』

 

『お前に殺されるのなら私は幸せだ......だから.........まだ、私のことを幼馴染で、親友と、想っていてくれているのなら』

 

『同族殺しの私を............その手で裁いてくれ』

 

 

 胸の奥で響く切実な声。

 ヴォルフは一筋の雫を落とし、目を伏せる。

「俺にそんな資格はないんだよ.........レティシア」

 

 だから救うためにここにいるのだ。

 フゥーと口端から煙を吹き出すヴォルフ。

 その瞳は何処か虚ろい、生気を感じられない。

 虚ろな瞳に映るのは 暗雲の空、しかし彼の意識はそこにはなかった。

 

 ーーーーー最初は威嚇のつもりだった、態度を改めさせ、レティシアを救出させるために怒号を吐くだけだった。

 

 吸血鬼の暴動ーーーーーその真実は、恨みを募らせた〝人狼〞が裏で暗躍し発火させたもので、相互に与えた偽情報で反乱が引き起こされた。ーーーー信頼を得ていると王族に慢心させ、他の吸血鬼達には 〝王族だけが太陽主権を独占〞という偽情報。たとえ互いに確認しあっても馬鹿正直に答える訳がなく隠すべきことなので、他の吸血鬼達は自然と疑念を膨らませていくだろう。

 それを知ることは以外にも容易く、ヴォルフが嫌でも知ることになったのは〝人狼〞の本拠地に戻ってからのことだった。

 その日、レティシアが魔王化し、その古城から逃げ出して来たヴォ ルフは心配そうに声をかけてくる同僚の人狼と、穏やかに賑わう街道を一緒に歩いていた。足取りの重いヴォルフに事情を知らない同僚がペースを合わせている。

 そんな二人の前に中年の人狼、三、四人組が楽しそうにだらしない笑みを浮かべて大きな声を上げて立ち話をしていた。まるで隠す気もない、皆も自分達と同じ事を思っているかのように、やったことを自慢し始める。

 

 

「やっと厄介な吸血鬼共が消えてくれたぜ」

「お手柄だな!」

「おうよ。情報の乱雑は得意分野だ!ガハハハハハハハハハハハッハハハハハハハ!」

「マジで最高だぁーぜぇ、アハハハヒャハハハハハハハハ!」

「今日の酒は吸血鬼達の滅亡、目の上のたんこぶが消えた記念日を讃えたもの!最高に格別の味だろうぜ!?」

「そうだな、っしゃあ!今日は俺のおごりだぁああああああ!」

「うおおおおおおおおオオオオオオオオオオ!!」

「ぱぁ〜ああああと行こうぜ!?ガハハハハハハハハハハハハハアハハハハ!」

「吸血鬼の姫様にも感謝しなきゃだな、同族を皆殺しにしてくれたんだからよぉー?」

「そうだな、キャッチフレーズは〝悲劇の姫君、同族を皆殺しに復讐を果たす〞ってとこか?」

「まぁーーーー実際は〝悲劇〞じゃなく、〝道化〞だがな?アッハハハハハハ!!」

 

 

 木霊してくる笑い声、周囲からも便乗したような笑い声が湧き上がっていた。

 皆が嬉しがっていたーーーーー吸血鬼達の殺し合いを。狂っている。自分だけ住む世界が違うような気がした。

 ヴォルフはあの頃の、レティシアと会う前の孤独を思い出す。

 

  彼女は孤独な自分に手を差し伸べてくれたーーー親友だった。

 こんな屑の集まりと仲良くしようといつも一人で仲間に訴えていた。

 彼らの味方だったのにーーーーーーーどうして、どうして彼女が...............っ、

 

『いつか、私達のわだかまりをなくし、世界に其の名を刻もう』

 

『種族が違っていようと、ヴォルフ。君は私の友だ』

 

 

 

 

『ヴォルフ、私についてきてくれるか?』

 

 

 

 

 プツプツと何かが湧き上がってくる。頭が熱くて痛いーーーーー!!

 あーだめだ、我慢できない、抑えられない。

 

「............」

「おい、.........おい、ヴォルフ。ーーーーーよせっ!!」

「ーーーーーーーー“お前黙れ”」

「っ!?」

 

 無駄な問答は必要ないだろうーーーーーこいつらのせいで吸血鬼達は殺し合い、レティシアは魔王となって血の涙を流したんだ。

 かつての同胞、しかし目の前に映るのは大事な者たちの死に様。どれだけ深く心を抉られ、揺さぶられたのだろう。

 その時の彼女の瞳、決意を固めた時に見た深淵はどれだけ暗かったのだろう。

 

 

 許さん、絶対に、絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対にーーーーーーー殺すッ!!

 

 お前らだけが笑っている、そんな世の中、同胞なんて要らない。

 

 血走った瞳と肩をわなわなと揺らして歩むヴォルフを見て、同僚はヤバイと悟り、止めようとするが、彼から溢れ出る巨大な霊気に阻まれ弾かれる。

 

 

 

 

「お前らは許さない……………─────死ね、一人残らずだッ!この場で俺が引導を渡してやるゾォオオオオ!!」

 

 

 

 

 不意に吹き抜けた一陣の風で我に返ったヴォルフは、ふと微笑むとタバコを握りしめて捨て、呟いた。

 

 

「物思いに更けている場合じゃねーよな。─────そろそろ行くか」

 

 その時である。白い光を鈍く染める銀の迸りと共に、天地鳴動の覇気を溢れさせる一つの生命体が、広大なアンダーウッドの大地に突如として生まれ落ちた。

 その大きさは巨人族を超え、彼の外見からはあり得ない質量と宇宙観を内包していた。故に彼は最強種に匹敵する強さを持ち、曇天を一陣の槍の如く第三宇宙速度をも凌駕し、刹那に貫く。

 

 

 ─────その槍の影は、柱に翼を生やす─────ドラゴンそのものであった。

 

 

 

#####

 

 

 

 ─────〝アンダーウッド〞上空・3000m地点。

 

  胸元に散った血飛沫に、サラは戦慄した。

 死を覚悟していた。それほどまでに不可避の一撃だった。彼女に投げられた長槍は尋常外の速度でサラの胸元を─────貫くはずだったのだ。

 

「.........な、っ」

「......ぅ...っ、ーーー」

 

 この男が─────逆廻十六夜が、庇いさえしなければ。

 

「な、ぁ」

「こんのッ.........く、クソッタレがッ!逃げろって言ったのが聞こえないのか後陣はッ!!」

 

 グリーの背から一瞬で跳躍した十六夜は、貫通された左肩を押さえながら叫ぶ。

 その声でハッと時が動き出す。突如として現れたレティシアに、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げるが、それがレティシアの気を引いた。

 真紅の双眸は逃げる者たちを見定め、龍の影を変幻させた無数の槍で狙いを定める。先ほどは一投のみだから庇えたが、今度のは百もの影槍、十六夜一人では庇いきれないのは必至だろう。

 十六夜はサラにもたれ掛かりながら、

 

「サラ!武器はあるか?!出来れば長柄で頑丈な奴だ!」

「わ、わかった!」

 

 ギフトカードから三叉の槍を出現させて手渡すサラ。

 十六夜は右手でそれを掴み、迎えに来たグリーの背中に乗り立つ。

 

「左手に、ほとんど力が入らねえ。手綱は握れるがそれだけだ。空の足は全面的に任せたぜ」

「任されたーーーー来」

「ちょと待てグリー!」

「どうした?」

 

 突然の静止の声。それと同時にレティシアは動きを止め、その真紅の双眸を斜め後ろの方へ首ごと翻していた。

 グリーも奴の様子がおかしいことを悟り、その場に滞空する。

 

「.........様子が変だな、どうする?」

「下手に動かない方がいい。だが.........奴は何を......何か......を見てるのか......?」

 

サラにも静止を告げた 十六夜も動きを止めて疑念を─────端、視線が集まる場所に銀の閃光が駆け抜け、 レティシアは半分の数の槍をそこへ神速で穿つ。

 

「何だアレはっ?!」

「議長様、アレは別働隊か!?」

「違う!それにこれほどの覇気、並大抵の生命体じゃないっ!それこそ最強種─────っまさか二体目の魔王がっ!?」

 

 

 だが遠くで力がぶつかり合ったと思ったら─────謎の光と影の槍、 巨大な気配がプツンと消え去った。十六夜とサラはレティシアに注 意しながらも、怪訝そうに遠くを見つめ、気配を探る─────しかし、やはり何も感じない。

 影のレティシアも多少の思考力はあるのか、じっーと何もない暗雲の空、古城の外郭付近を見つめていた。

 

 

#####

 

 

 ーーーーーー〝アンダーウッド〞上空。吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 

 玉座の間に続く階段の踊り場に陣取っていた、黒いローブを纏った女性─────アウラと呼ばれた女性が、水晶球で覗き見た地上の動き を察して呟き、最後の作戦会議が始まった。

 城下町には吸血鬼の死骸を苗床にした冬獣夏草、最悪の想定・城内 への侵入者の可能性─────そして当の目的より必須項目として上がった〝生命の目録〞の奪取。城の守護には─────巨大な一 本角の龍角を頭上に持ち、胸元に〝生命の目録〞と同じ円環状の系統樹を刻む黒い鷲獅子、グライア=グライフが務めることになった。

 それら全てを喋り終えた途端─────皆が遠くに何かを感じた。

 それほどまでにこの霊格は、異質だった。まるで、地鳴りが起きたかのように、大きなものが生まれ─────正確にここへ殺気が送られて来ている。

 リンが腰を低くして呟き、皆も同様に肩に力が入った。

 

「何か............来る......っ!?」

「予想外のお客様のようだ.........仕方ない俺が」

 

 殿下は少しニヤけながら肩を振り回していたが、そこへアウラが小 さく叫び、畳み掛けるようにリンが宥めた。

 

「殿下、いけません!」

「殿下はダメです!.........ここはやっぱりおじ様に任せるべきです」

「ぐぬっ.........」

 

 少し抵抗するように眉を顰める殿下。

 しかしそこへさらにグライアが申し訳なさそうに、

 

『殿下、ここは』

「わかった、わかった。なら暇な俺は何処かで見物を決め込むよ」

 

 流石の殿下も折れて─────しかし不敵な笑みをアウラに向け、

 

「だが、万が一もある。俺はそれに備えることにする。なら構わないだろう?」

「しょうがないなー…………でも」

「分かってるよ─────その時は」

 

 呆れた物言いをするリンに不敵な笑みをそのまま向けてーーーーー。

 

 

「絶対に逃がさん.........必ず殺すさ」

 

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 カツカツと鳴り響く足音、その前に開かれた城門が軋む音を鳴らしてゆっくりと閉じて行き、光を閉ざす。

 そして気配を隠す気もなくズカズカ歩む男、ヴォルフ=レイヤの前に黒い鷲獅子が立ち塞がった。

 

『貴様、何者だ、名を述べろ!』

「うせっなー………ったく、」

 

 グライアがいる広い踊り場より下の踊り場で愚痴りながら立ち止 まるヴォルフ。

 そしてヴォルフは最後忠告として─────告げた。

 

「無駄な問答はしない─────死ね、屑共ッ!」

 

 殺気を放ち、階段を素早く駆けるヴォルフ。

 咄嗟にグライアは後退りながらも変幻を駆使しようと胸元を光らせ─────。

 

『ッヌ!?』

 

 だがその前に、その瞬間を狙ってたかのように銀色の閃光が神速で駆け抜け、迸った光はグライアを壁にめり込ませるほど横薙ぎに吹き飛ばした。

 その影響で古城は悲鳴をあげるように軋みあがる─────もちろん、グライアも同様に呻く。

 

『GYaaaa......ガァ......ッ......ァ!』

 

 横っ腹を殴打しグライアを壁にめり込ませた後、ヴォルフは髪を乱暴に掻きながら、呆れたようにボヤいた。

 

「おいおい、お前はアホかよ。みすみす変幻させるアホんだらがどこにいんだ?変幻を使うなら変化速度を上げるか、部分変幻で節約するかしねーと.........まぁ言うほど簡単じゃねーが」

 

『GooooAAAAAgYAAAAAAAAAAAAaaaaa!!』

「だから遅せぇって言ってんだろ.................っ!」

 

 呆れながら片腕を神速で振るうヴォルフ─────その手の爪が銀色に迸った。

 一方のグライアは痛みによる怒りを爆発させてまたもや変幻しようとするが、グライアの視界に五つの斜めに迸る銀色の閃光が、高速で迫り来きていた。

 眩く光り続ける鋭い閃光の前にグライアはなんとか変幻しようと、胸に刻まれた系統樹を一層激しく輝かせる。しかし、どんなに輝かせても身体の変幻が間に合わない。─────万事休すか、というところで五つの閃光は乾いた打撃音とともに弾き飛んだ。

 

「ーーーーーっ!」

 

 ヴォルフは自身の攻撃がまるでガラス細工の如く簡単に砕かれた事に驚愕し、星屑のように舞い散る銀のカーテンに目を奪われていた。

 そしてその奥には紫のマントを靡かせる仮面を被った不審者が殺気を迸らせて─────途端、音を置き去りにするマッハ速度まで時が再び加速する。

 刹那、ヴォルフは懐に這い寄る気配を察知して、後ずさるが─────相手が悪かった。地殻変動にも等しい破壊を懐に放たれ、 ヴォルフの顔が一瞬歪む。

 その時、ヴォルフの耳に残り香の如く、図太い怪物のような声が響いた。

 

『─────吹き飛べ』

「グッ─────ッァァア!!」

 

 そして壁を突き破ってヴォルフは古城の外まで吹き飛び、その余波で古城全体が大きく揺れ動いた。所々の天井より綻びが飛び散り、地面に降り注ぐが、揺れと同時にそれも止んだ。しかしたった一撃の拳でこれ程までの影響を及ぼすとは─────もはや人智を遥かに越えた力だ。そんな人類の嫉妬対象である背の低い不審者は、壁にめり込むグライアの目下にまで歩む。背後の穴より漏れる光によって照らされた何某、白髪で道化の仮面を付け、黒色と紫の衣のようなマントを纏いて全身を覆い隠す─────グライアが知る殿下がそこにはいた。

 

『す、すみません、殿下.........こんな失態を』

『仕方ない。力の一端を見るまでは分からなかったが、何せ相手が〝銀狼の龍帝〞ではな。加えて都市伝説のなかでも希少、知る人しか知らない功績─────何処ぞの吸血鬼の姫様と同様の戦果を持っている。故に実力は当時の〝龍の騎士〞に匹敵するものだろう。それに見た限り変幻のテクは完全にグライアの上位互換に位置する』

『ヌグゥ.........っ』

 

 子供の体躯にしては図太い低音の声がその場に響き、グライアはそれを耳に入れて苦虫を潰したようなシワシワ顔をして呻く。だがそれも仕方ないだろう、はっきりと実力不足だと言われたのだから、たとえ敬愛する殿下であっても、いや殿下だからこそとも言える。

 グライアは勢いよく壁のくぼみから飛び出て、粉塵を軽く撒き散らすが、グリフォンの翼で掻き消し、殿下にかからないように配慮した後、殿下のとなりに舞い降りた。

 そして殿下にグライアは獣の声で問いかける。

 

『どうするつもりですか?ーーーーリンからは姿を消すように言われ』

『そのための仮面とマントだ。髪と体格はどうしようもないが、声や容姿を隠せばなんとかなるだろう』

『いや容姿もそうですが、一番はやはり殿下の力、原』

『わかってる。だが、奴を相手できるのは、この場には俺しかいない。なぁーに大丈夫だ─────言ったろ?』

 

 

 

『絶対に逃がしはしない、とな。ーーーーフッ!』

 

 

 

 殿下は軽く手で挨拶をすると、その場より駆け出してヴォルフが吹き飛んだ壁の穴に飛び込んで姿を消した。それを見送ったグライアは少し嘆息をして、いや自分の実力に不満を零すように悪態をつくと、その場より旋風を巻き上げて飛翔し、風を踏みしめて空を駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

######

 

 

 

  ーーーーーー城下町の隅、不自然な大広場。

 瓦礫をどけて立ち上がったヴォルフは、いっつつつ、とぼやきながらも服についた埃をはたき落とし、首をボキゴキと鳴らす。殿下の必殺一撃を受けてこの程度、いや無傷と言っても過言ではないのだろう、この人物の実力がそれだけで垣間見える。

 そこへ、ファサッと裾を靡かせた白髪の仮面少年が、シュッタと着地してやってきた。この二人が改めて相対すると空気が不自然な熱を持ち、強者の覇気が行き場を失ってぶつかり混ざり合いながら、悲鳴のような旋風が周囲を吹きつける。さらに熱は周囲に満ちていた水気を蒸発させて、城下町をさらに渇かし朽ちらせていく。

 そんな空気の中でも、やはり当事者の二人は堂々とした態度をとっている。

 

『丈夫だな...............俺の一撃を受けてほぼ無傷か』

 

 しかしそんな図太い声を他所に、ヴォルフはカツカツと地を歩みて紅が混ざった唾液を視界の隅に吐き捨ててぶっきらぼうに口を開く。

 

「べっ...............体躯からしてガキか。それにその声─────仮面の恩恵によるもの、正確には〝世界のはぐれ者〞フェイの仕業だな?.........なるほど、ウロボロスも中々、いい人材を持っているということか............しゃらくさい」

『へぇー〝ウロボロス〞を知ってるのか、なおさら生かしておけねーな』

「安心しろ。誰にも言うつもりはない。言わずともそのうち知れるだろうしな、故にそれぐらいの猶予は許されるだろ?」

『は?............猶予?』

 

 ああーーーーーと呟くヴォルフは次の瞬間、獰猛な笑みを浮かべて銀色の粒子を背中より撒き散らし、スタートの合図かのように呟いた。

 

 

 

「〝ウロボロス〞が俺だけの獲物であるタイムリミット─────貴様らは」

 

 

「俺が皆殺しにしてやる─────ッ!」

『ッ!?』

 

 刹那に銀色の閃光が弾け、二度瞬いた瞬間、殿下は額を獣の腕で掴まれ、地面に仰向けで叩きつけられた。とてつもない重圧が殿下に襲いかかり、仮面にヒビが走る。

 殿下にとってこれは驚天動地だった。確かに〝銀狼〞が凄いことは知っていたが、自分がまさか一瞬だけでも、いや刹那の時だからこそ一方的になるとは思いもよらなかったのだ。その原因はヴォルフの速度は速くて─────とにかく巧いのだ。殿下の反応すら遅らせるほどに巧い加速技術でタイミングをずらし、殿下の額を掴んで、さらに狼にある筈のない天地の剛腕で地に叩きつけたのだ。殿下にとっては青天の霹靂だったとも言える厄日だろう。

 

『ぐっ!ーーーーーッ!!』

 

 だが、殿下も黙ってはいない。それにお返しの如く殿下は歯を食いしばって拳を残像すら残さず振るう─────途端、神速の券圧がヴォ ルフの腹を至近距離で捉えてめり込み、ヴォルフは腹を襲う大きな存在を前に豪快に宙に舞った。

 だが、それも数秒間の間だけ─────気付けば二人は先ほどの定位置に腰を落として立っていた。少し息を切らして肩を揺らしてはいるが、やはり元気である。

 殿下は少し欠けた仮面を抑えて、見えない口元を小さく上げる。確かに今日のこれは想定外だったが、こちらとて暇な身、遊び相手ができたのが少し嬉しいのだ。しかしそんなこと思っていたなんてリンに知られたら、後々めんどくさくなりそうなので余りニヤけずに報告することを誓う。無理かもしれないが、逆に自慢しちゃうかも。

 ヴォルフはというといつ間のにか灰色のギフトカードに、緑色のコート、シャツ、黒ブーツ、黒い手袋、サングラスを仕舞っていて上半身裸、素足の状態になって腕を鳴らし、足を鳴らし、天を鳴らすような─────変幻の光を放った。

 

「第二変幻─────〝銀狼〞。uuuWHOOOOOOOOOOoooooooooooooッ!!」

 

 北に響いた人狼の叫び声が、再び響き渡り、古城全体を轟かせる。

 ヴォルフは全身を銀色の毛並みを持つ人狼と化し、少し体格がサイズアップしていた。しなりながらも引き締まった四肢、猛禽類独特な金の眼球と銀の瞳、獰猛な獣の牙、漏れる吐息、ヴォルフは小さく唸って地面に手をつけ、駆ける態勢を整えた。

 不意にーーーーーーー両者の間に一陣の風が吹き抜け、静寂が辺りを包み込む。

 そして、ヴォルフの背中の毛並みより、蜃気楼とともに吹き出す銀色の素粒子が、後方へ吹き飛んだ瞬間─────両者はその場より疾駆し、その姿を掻き消した。両者の瞬間移動と見間違えるほどの神速は、もはや音さえも置き去りにしているのは明白だろう。

 大広場の、両者の中央で雷鳴に似た轟音が鳴り響き、再度別の場所でバシュンと豪快に大気を弛緩させるほどの振動を鳴らした。

 両者の戦いはとうとう強者以外には認知することのできない世界にまで拡大し、辺りの建築物は激突の振動だけで悲鳴を上げて小さなヒビを走らせ、綻びを散らす。

 ─────両者の戦いは、知性の薄い最強の生命体─────巨龍の意識を惹きつけるほどに熱を帯びて、嵐を起こしていくのだった。

 

 

 




エンディングテーマ《Blizzard》歌:三浦大知
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