新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
──────〝アンダーウッド〞上空・3000m地点。
しばしの沈黙が訪れる遥か上空。 そこで最初に謎の閃光から諦めて思考を切り替えたのは、十六夜だった。
(味方かどうかわからない以上、考えても仕方ねぇ。それよりも──────何故、あのレティシアは動ける?今は休戦期間中のはず。 主催者側は戦いを挑めないはずだ…………つまりコイツは、ゲームとは無関係の〝何か〞……………?)
例えば──────初めから〝審判権限〞を警戒して主催者側が用意していた、ゲームとは無関係の自立型のギフト。
ゲームが製作される前から土地に用意されていた、トラップの類いと十六夜は考える。
(吸血鬼の城そのものに付属した、防衛ギフト。............っていうの が妥当な線か)
暫定的な解答を弾き出した十六夜は思考を破棄し、背後のサラに問う。
一方のサラは今だにぼーっと同じ場所を見つめていたが、ようやく十六夜の声で我に返っていた。
「議長様。あのレティシアの姿をした敵が何かわかるか?」
「あ、ああ...っ!わからん、しかし先の槍からは、初代様の龍角と似通った気配がした」
「初代様?」
「〝サラマンドラ〞の祖とされる最強種の龍・星海龍王のことだ。龍の純血種が残す遺骨や遺物は、その存在そのものが強力なギフトとなる。サンドラが付けていた龍角もその類だ」
「龍の遺骨............仏舎利みたいな聖遺物ってことか?」
「ああ。それもかなり強力な遺物と見ていい」
なるほど、と頷く十六夜。
(そういえばお嬢様が以前、レティシアは龍の影を操っていたと言ってたな。その影がレティシアの姿をしているってことか?)
しかしそれだけでは腑に落ちない。
先ほどの射出は、十六夜の知るレティシアとは明らかに重みが違っていた。以前のレティシアが相手なら、仮令後手に回っても無傷なまま裁くことができたはずなのだ。
(魔王化したことで力が底上げされているとも考えられるが………一番可能性が高いのは、敵がレティシアの〝神格〞を所持していた可能性)
それなら何もかも説明がつく。
敵がレティシアをさらった理由。
封印されていたという彼女の〝主催者権限〞を解放した理由。
(なら.........仮称〝魔王連盟〞の正体はまさか......!)
三年前に〝ノーネーム〞を襲ったという、謎の魔王。
その回答に行き着いた十六夜の胸に、熱い高揚が滾り始める。
(ハッ、コイツは僥倖だ。手掛かりを探す前に向こうから現れてくれるなんてな )
犬歯を見せて獰猛に笑う十六夜は、横目でサラを一瞥し、
「議長様。アンタも今のうちに下に降りろ」
「なっ、」
「悪るいが足手まといだ」
余裕を一切欠いた声音で突き放す十六夜。唯でさえ不利な空中戦、それも神格を手にしたレティシアの影が相手だ。庇いながら戦うには限度があると判断したのだろう。
しかしサラは首を横に振り、口を開こうとした──────が、 直後に──────ズドォンッ!!という爆発音が大気を伝って空に響き、その音と共に目の前のレティシアが真紅の双眸をとうとうこちらに向けた。
それでも二人と一匹は一瞬、目の前のレティシアも忘れて眼下の〝 アンダーウッド〞を凝視し、
「──────ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────!!」
〝アンダーウッド〞を強襲する、巨人族の大軍勢を捉えた。
「巨人族......... 馬鹿な、この短時間にどうやってあの距離を移動したんだッ!」
「さあな。でも何か方法があったんだろうよ。アレじゃあきっと、下は大混乱だな。誰かが指揮を執ってやらないとまずいんじゃないか?」
どうする?と含み笑いで問う十六夜。
サラは歯がゆそうに何度も古城と〝アンダーウッド〞を見返し、苦渋の顔で頷いた。
「............分かった。お前も無茶はするな」
「努力する」
言いながら十六夜は学ランの袖を引き千切り、止血のために左肩へ 巻く。
サラが急降下していくのを見送ってから、苦笑混じりにグリー へ告げた。
「悪いな、付き合わせて」
「気にするな、どちらにせよ避けられぬ敵だ」
フンッ鼻を鳴らして笑うグリー。
しかし当面の問題として、機動力の差に懸念がある。まだ一歩もそ の場から動いていないレティシアだが、飛行速度も神格に比例して向上しているに違いない。
十六夜は三叉の槍を乱舞させ、グリーの手綱を握った。
「さあて、まずは足比べだ。敵の射出は全部俺が弾き落とすから、上陸を目指して走り回るぞ!」
「心得た!」
巨大な翼を羽ばたかせ、旋風を支配する。急加速した十六夜とグリーを、神格化した魔王レティシアの影が迎え撃つ。
両者のぶつかり合いが〝アンダーウッド〞の上空に激しい金属音を休む暇もなく木霊させる。無尽に射出され続ける影の黒槍を、一本残らず叩き落とす。
グリーが縦横無尽に翔け、山河を穿つ槍を振るう十六夜。
怒涛の勢いと実力を垣間見せる戦いは互いの命を鬩ぎ合い、衝突を繰り返すのだった。
######
ーーーーーー〝アンダーウッド〞東南の平野。
三度目の強襲は、謎の閃光柱と共にまたも突然の出来事だった。
その光の正体は全くの意味不明、加えて敵の襲来のためにすぐに思考の隅へと消え去る。
しかも以前のように濃霧に紛れた襲撃ではなく、巨人族は何の前触れもなく平野の先の丘に現れ、一斉に襲いかかって来たのだ。
「ウオオオオオオオオオオーーーーーー!!」
人の倍はありそうな大剣を振るい、大河を走り抜けて堤防を薙ぎ払う巨人族。
見張りの守衛はなんとか這いながら逃げ帰ってきた。
「た、大変です!巨人族がもうすぐそこまで迫っています!」
『ええい、議長の話では高原の方まで後退していたという話だったではないか!』
大樹の根元の広場で、狼狽したように〝二翼〞の長・ヒッポグリフが声を上げる。
その話を聞いていた黒ウサギは、飛鳥達とジンに緊急事態を告げた。
「やっぱりこのタイミングで狙ってきましたね」
「当然ね。戦力が分散されるこのタイミングは、敵にとって最高の好機だもの」
「後は残った僕らの仕事ですね。────ペスト!」
笛吹き道化の指輪から黒い風と共に現れるペスト。その姿はメイド服ではなく、出会った時の斑模様のスカートで顕現した。
何時もの悠然とした表情のペストだが、飛鳥の顔を見るや否やぷいっとそっぽを向いた。前回の湯殿でのことがよほど堪えたらしい。
「ジン君。それで、作戦はあるの?」
「はい。まずは巨人族ですけど、ペストがいる以上それほどの脅威にはならないはずです。一番の問題は敵に盗まれた〝バロールの死眼 〞をどう攻略するか.........」
「.........何それ。敵は〝バロールの死眼〞を所持してるの?」
「うん。バロール自身の瞳じゃなく、同性質の魔眼だとサラ様は言っていたけど」
「同性質って............死眼の放つ〝バロールの威光〞は〝ゴーゴンの威光〞と同種のモノよ 一度開眼すれば、防ぐことも避けることもできないわ。それこそ同規模の神霊か星霊でも連れてこないと、戦いにすらならないでしょ?」
非難するような目を向けるペスト。同時に主を試しているようにも見える。
それに対してジンも半ば同意するように頷き、
「うん。僕もそう思う。だからここは『バロール退治』の伝承をなぞろうかな、と思って」
ジンは黒ウサギに目配せする。
黒ウサギも閃いたようにウサ耳を伸ばして頷いた。
「もしかして.........黒ウサギの出番だったりします!」
「うん。黒ウサギが所持する〝マハーバーラタの紙片〞ーーーーー帝釈天の神槍なら、〝バロールの死眼〞を撃ち抜けるはず。伝承が事実なら、ケルトの主神が撃った神槍も必勝の加護を帯びた物だったらしいから」
むっと眉を顰めるペスト。
あの神槍には痛い目を見ているだけに複雑なのだろう。
「槍が代行になっちゃうけど............できるかな、黒ウサギ」
「YES 任されたのですよ!」
シャキン!とウサ耳を伸ばして大きな胸を張る黒ウサギ。
「よし。作戦の初期段階として、まず飛鳥さんとペストが敵の巨人族 を混乱させて叩く。上手く追い詰めれば敵は必ず〝バロールの死眼 〞を投入してくるはず。敵の巨人族が〝バロールの死眼〞を使ったのを確認して、帝釈天の神槍でトドメを刺す。............どうかな?」
「.........ふぅん。まあ、無難な作戦ではあるわ」
ペストは一瞬だけ意外そうな顔を見せたが、すぐに悠然とした笑みで飛鳥と黒ウサギを見た。
「そう。すっかり忘れていたわ。貴方たちには、この化け物ウサギがいるのだったわね」
「ば............!?」
「それじゃ赤い人。行きましょうか」
「飛鳥よ。ちゃんと名前で呼びなさい〝黒死斑の御子〞」
「そっ。気が向いたらね」
ペストは言うや否や、黒い風を舞い上がらせる。黒ウサギが反論する暇もなく土煙を上げて飛翔し、〝アンダーウッド〞に突撃していた巨人族へと一直線に衝突した。
飛鳥も巨人族を迎え撃つために黒ウサギ達と分かれる。
彼女が向かったのは最前線ではなく、〝アンダーウッドの地下都市 〞を守るための防衛線だった。
「〝アンダーウッド〞を守る約束だものね。ーーーー行くわよ、 ディーン!」
ギフトカードを掲げ、幻獣や獣人達の援護に回る飛鳥。 動き出した〝ノーネーム〞と共に、戦いは激化していく。
#####
ーーーーー吸血鬼の古城・城下町。
巨人族が攻める少し前、耀達はようやく十二分割された城下町を回 り終え、彼らが見つけた〝黄道の十二宮〞を示す代物を持ち寄ってい た。
古ぼけて崩れた噴水の遺跡に耀は腰かけ、順々に問う。
その問いにジャック、アーシャ、キリノが答え、そこまでで分かっ たことはーーー。
・都市が十二分割されており、その区域ごとの外郭の壁に十二宮を 示す記号が刻まれていた。
・十二宮の星座が記された何かの欠片と、その他の十四の星座の欠片。
二番目はとても重要そうなことだったのだが、それはあくまで〝黄道 の十二宮〞のみだった場合だ。その他の星座まで見つかったとなる と、深読みせざるを得なくなりーーーーゾディアックがミスリードという可能性が浮上してしまうのだ。
アーシャとキリノがズーンと落ち込み、それに汗をドロドロ流すガロロ。フォローしようとするたびに悪化するので、つい沈黙をとってしまい場の空気までが悪くなっていく。希望が薄れていくようだ。
耀はその中でも思考を止めずに欠片を手にし、割れ目を合わせて完成系を想像していた。
(欠片の面は球面になってる。なら星座が全部くっついたら、一つの球体になるはずだ。もし全部の欠片を集めればパズルのように組み合わさるはずだけど............)
しかしそれに意味はあるのだろうか?
もしこれがペナルティ発動までの時間稼ぎならば、自分達は見事に主催者の手の中で踊らされていることになる。自分達の推論を信じるなら、これは余計な回り道だろう。
「............キリノ。この欠片はどんな何処にあったの?」
「えーっと、十二宮は神殿のような大きな廃墟に。その他は瓦礫の下にありました」
そう、と相づちを打つ。やはり十二宮だけは扱いが違っていた。
だが自分の推論を確信するあまり結論を間違えては意味がない。 慎重かつ重要なものを思考の瓦礫からしっかりと見極めなければーーーー。
耀は思考を巡らせ、此処まで出てきたワードを一つずつ並べていく。
(ーーーー〝獣帯〞。〝黄道の十二宮〞。神造衛星。太陽同期軌道。 天体分割法。〝砕かれた星空〞。.........砕かれた?)
ふと、顔を上げて欠片を手に取る。耀が手に取った欠片は天秤宮と天蝎宮。
その二つの割れ口が、カチリと噛み合いーーーー同時に耀の頭の中で電気が迸った。
「.........ッ、解けた」
「は?」
「解けた。.........と、解けた、解答が見えた!」
最初は突然の事に耀自身が戸惑っていたが、少しすると嬉々の声を上げて立ち上がった。
「〝砕かれた星空〞に衛星!太陽の軌道!そして、もう一つの解釈............『砕き、捧げる』もの!これで全てが繋がった!!この欠片が、玉座に捧げる最後のカギだ!」
自分でも信じられなかった。十六夜や飛鳥たちが来る前にヒントを集められたらいい、という程度の気持ちだったのに。
耀は聞いたこともないような歓声を上げてアーシャを抱きしめた。
「え、ちょ、わっ!」
「アーシャ! キリノ!すごいお手柄!これでレティシアも助かる 〝アンダーウッド〞も助かるよ!」
耀はその勢いでキリノの手を取り、激しく上下に揺さぶる。
キリノも顔を明るくして答えた。
「そ、それじゃあこのゲームは............ 」
「うん。あとはこの欠片を玉座に捧げて............ゲームクリアだ...........!」
そこから集まった星座の記号が記された欠片集め。
ゲームクリアに向け、皆が張り切って残りの欠片を集め始めて数十分後ーーーーーーーー突如、遥か遠い場所から閃光が迸り、一瞬視界が銀色に染まった。
その現象に一時、皆の足が同時に止まり首を傾げていた。しかしそれ以上何も起きないので、疑念を抱きながらも子供達とアーシャ、 ジャック、ガロロ達は作業に戻る。
しかしこの場で一人だけ、刹那に、耀だけが感じてとっていたーーーー何か途轍もないものが神速で移動した後、二つの存在がここより遥か遠くの場所でぶつかり合いを始めたのを。
だが、今はそんなことを考えてはいられない。考えたところで出た回答はーーーーー手を出さない、なのだから気にしてもしょうがないだろう。ーーーー故に耀はゲームクリアに向けて疾走するのだった。
######
ーーーーーーー〝アンダーウッド〞大樹天辺。
先ほど黒ウサギは強烈な耳鳴りとともに、何か強大な霊格の発現を感じ取っていた。だがそれはまた刹那に消えてーーーしかし消えた場所が古城のある空なのだ。故に心配そうに見つめる黒ウサギ。
皆はその存在を気にしていないようだったが、黒ウサギはどうしても頭から離れなかった。なぜなら、存在と共に聞こえたのだーーーー悲 しくも怒り狂う獣のような叫びを。猛獣が霞んでしまうほどの殺気ーーーーーーその怒りに万が一、子供たちと耀が巻き込まれたら一溜まりもないだろう。しかし今の黒ウサギにできることは、地上にしかない。
「..................信じましょう、我が同士をーーーー黒ウサギはここで信じて待つのみです!」
黒ウサギは生い茂る大樹の葉の上で拳を握しめる。
そして其処から戦場の全域を見渡していく。この場所なら仮令、敵に感づけられたとしても、そうそう辿り着くことはできない。
安心して戦場を見渡していた黒ウサギだったが、不意に映った飛鳥とディーンの戦いぶりに笑みを浮かべつつも少し憂鬱な色が見え隠れし始めた。
「............飛鳥さんも耀さんも、決して弱くありません。むしろ、元が唯の人間とは思えない素養。裡に秘めた才能はこの黒ウサギよりも上のはずです。ただ十六夜さんよりは遅咲きの桜というだけであって............きっと十年後には、押しも押されもしない実力者へとなられるでしょう」
しかし人間の、それも思春期の少女達にとって十年は長すぎる。十六夜が老成気味なだけであって、普通の少年少女が十年後を見据えて努力することは苦痛だろう。
かといって黒ウサギには、その二人をどうやって導けばいいか分からなかった。
「今は只、花咲く時を待つばかりということですか.........黒ウサギも 自分の役目を全うし」
「やっほぉおおおおおおおおおおお!!」
ーーーーーズドンッ と、黒ウサギの背後から、子供っぽい誰か がヘッドで突進。
で、落下した。
「............え?!きゃ、きゃあああああああああ!」
「わぁあああああああああああああああああああああ♪」
ガサガサと大樹の枝と葉に巻き込まれて落ちる。おかげで数メートル落ちただけで済んだ。が、今はふざけていい時ではない。
つかこんなときにこんなことをする馬鹿は一人しか居ない。
黒ウサギはワナワナとウサ耳を震わせて、背後に向かって叫んだ。
「し、白夜叉様!?来ていたのならあの不逞な輩どもをすぐに排除しーーー」
「うわぁーうわぁーうわぁー.........!!本当に本当の月のウサギだよ!ウサ耳だよ?!容姿端麗・天真爛漫・強靭不屈にして献身の象徴!私初めて見たよー!」
「ーーーーーて、」
............誰?心の底からそう思った。
見覚えのない、黒髪の少女の襲撃 。呆気に取られていた黒ウサギだったが、胸を揉み崩す小さな手の感触にウサ耳を紅潮させ、慌てて引っぺがして投げ捨てた。
「て、てい!」
「きゃー!」
クルクルと大樹天辺まで投げつけられる少女。
黒ウサギは〝擬似神格・金剛杵〞を取り出し、少女に突き付けた。
「あ、貴方は何者です!どうやって黒ウサギの背後を取ったのですか!」
「どうやってって言われても困るなあ。私、普通に近づいたよ?」
「.........貴方は我々の敵ですか?」
「うん、そうだよ」
眩しいほどの笑顔で返事をする黒髪の少女。
間髪入れずに、雷光が辺りを包んだ。
〝擬似神格・金剛杵〞は轟と音を立てて神雷の槍を放出し、少女へと襲いかかる。熱と火花を散らす稲妻は、水分を大量に含む水樹の葉を伝達して一斉に燃え上がらせた。
返答するや否や、有無を言わさぬ一撃。
黒ウサギらしからぬ先制だったが、今はそんなことを言っている場合ではない。ましてやこのタイミングでこの場所に現れる少女が只者であるはずがない。
稲妻が他に伝達しないように調節しながら、黒ウサギは疲れたように踵を返しため息を吐いた。
「.........加減はしました。今は子供に構っている場合ではーーー」
「ーーーうん じゃあ私から本気で行くよ!」
踵を返していた黒ウサギは、陽気な少女の声に反応が遅れた。
首から上だけを辛うじて振り向かせていたが、その時には既に八本もの投擲用のナイフが薄皮一枚の所まで迫っていた。
(う、嘘............!)
もはや回避不可能。黒ウサギは握りしめていた〝擬似神格・金剛杵〞の神雷を放出することで投擲ナイフを弾き落とした。しかし全てを落としきれず、残った二本は皮一枚なぞらせるように回転して避けるしかなかった。驚異の速度である。
(後ろを取られただけでなく、〝擬似神格・金剛杵〞の稲妻にも耐え、黒ウサギに一太刀いれるなんて............ )
外見からは考えられない突飛な能力を前に背筋に冷や汗を掻く。
対照的に少女ーーーーーリンは瞳を輝かせ、感嘆の眼差しを送っていた。
(凄い あのタイミングと体勢から避けられるなんて思わなかった!)
不可避を確信しての投擲だった。それを実質無傷で捌き切った。
敵を前にして背を向けるなんて軽率な...............と蔑視したリンだったが、次の瞬間にそれは羨望に変わった。
「流石は〝箱庭の貴族〞です。感心しちゃいました」
「.........それは此方のセリフです。先ほどからどのような手品を使っているのですか?」
「秘密。でもウサギさん可愛いから、正解を言い当てられたら答えます」
ショキン!と右手をかかげて宣誓するリン。
自信の裏返しなのか、それとも本気で遊んでいるのか。
黒ウサギは慎重に間合いを計るが、リンは苦笑いを浮かべながら、
「ちなみに私の仕事は、ウサギさんの足止めです」
「............!」
「だってウサギさんの役割は〝バロールの死眼〞を撃ち抜くことでしょう?それをされたら私たちが困るもの」
だから足止めに来たのだ、と。
リンがそう告白した直後、東南の平野で低い地響きがした。巨人族の行軍とも、ディーンが暴れる音とも違う。
「この気配............ま、まさか魔王バロールを.........!」
「うん。そのまさか。私もてっきり魔眼だけを使うと思っていたのに............まさか〝来冠の書〞にあんな使い方があったなんて知らなかったよ」
黒ウサギの顔から一斉に血の気が引いて行った。
〝来冠の書〞とは十年前に巨人族が奪い合った〝主催者権限〞の 一つ。それを敵は所持しているという。すぐにウサ耳を傾け、下の状況を探った。
(〝アンダーウッド〞の傍で、召喚の儀式を実行している者がいるはず)
周囲の情報を集めると、すぐに不安は的中した。
〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟と巨人族が最も激しく衝突している東南の平野ーーーーーその最奥の陣で、魔道書を開いて儀式を行っているローブの女。
「ーーーっ、.........させないのですよ.........!!」
巨龍に加えて魔王バロールまで呼び出されてしまえば、本当に参加者側に勝ち目がなくなる。脱兎の如く駆け出した黒ウサギ。
だがしかし、己と並走する人影に息を呑んだ。
「行かせないよ、ウサギさん!」
リンはベルトからナイフを引き抜いて投擲する。高速で落下して いた黒ウサギは地面に着地すると同時に、姿勢を崩さないまま横跳びでそれを避ける。
今度は先ほどより力を込めて跳躍した。全力の跳躍だ。
なのに、リンは黒ウサギの前に立っていた。
(嘘っ!)
黒ウサギは歯がゆそうに顔を歪めながらも悟る。
彼女は強い、彼女を突破せずして、儀式を食い止めることは不可能だと。
故に黒ウサギは土煙を足元から舞い上がらせて仁王立ちし、〝 擬似神格・金剛杵〞を頭上に掲げた。と同時に黒ウサギの髪が神威を帯びるかのように燃え上がり、激変していく。
黒髪が紅蓮の光を放ち、青い稲妻は紅い稲妻へと姿を変えーーーーー黒ウサギは宣告した。
「擬似神格解放.................. !穿て、〝軍神槍・金剛杵〞ッ!」
天地を揺るがす雷鳴と共に放たれる紅蓮の炎と神雷の束。
その全てが収束し、金剛杵をも燃やし尽くして紅槍と成り、一人の少女を大地ごと薙ぎ払うのだった。
####
──────吸血鬼の古城・城下町、不自然な大広場。
完全に銀狼の猛獣と化したヴォルフと殿下は互いの基本性能を駆使して肉弾戦を繰り返していた。殴り合い、蹴り合い──────それら一つ一つの攻防が雷鳴にも等しい轟音を打ち鳴らして大地を暴虐になぎ払う。
「グッ.........ウウ!」
『はぁあああ!』
両者は広場の中央まで音速を超えて移動し急停止、からの回し蹴りをぶつけ合い、続けざまに足技を打ち合う。
その周囲では大気が弛緩 し、熱が吹き荒れていく。
「ゥゥ.........ガァアア!」
『ぅおらっ!』
二人の気合の声とともに、今まで保たれていた均衡、一撃には一撃を返し、時には食らい、時には相殺し合う──────そんな均衡がこの瞬間に崩れ去った。
殿下がヴォルフの横薙ぎの爪を避け、隙ができた所にすかさず叩き込もうと、地に手をつけバネの如く跳ね上がった勢いで足裏をヴォル フの下顎に叩き込んだ。
「ガッ.........ぁ!」
『さらにもう一発!』
ヴォルフが怯むと同時に起き上がっていた殿下は、神速で拳をヴォルフの懐に叩き込み、ヴォルフは第三宇宙速度で斜め上に吹き飛ぶ。
吹き飛ぶヴォルフは力の重圧に顔を顰めながらも、建物に突っ込む前に態勢を立て直し、建物の壁を足場にして、ダッダッ!と殿下の斜め上辺りに跳躍すると──────両腕に銀の素粒子を集め刃となし、 躊躇なく遠くの殿下目掛けて両腕をクロスに振るった。
「デュアル・クロウッ!!」
『っ.........!?』
ヴォルフの二振りから放たれた銀の閃光、 広場を埋め尽くすほどの大きさを持つ斬撃が殿下を、殿下より背後を斬り刻もうと襲いかかる──────が、しかし殿下は慌てることなく宙に躍り出てそれを迎えにいき、
『ハッ.........ッ!』
振るわれる天来の一撃──────またもや銀の斬撃はガラス細工 のように砕かれ、欠片は地に落ちて霧散していった。
その攻防を境に二人は離れた所に立ち、互いの様子を伺い始める。
「グゥウウゥゥ............フゥ......お前......本当に人間なのか、......... いや人間をベースにした何かなのだろうが、しかしその力は最強種にでさえ匹敵するもの。ハッ............まさか、こんなガキまで用意していたとは、やっぱり〝ウロボロス〞はしゃらくさいな」
『光栄だな。それに.........まさか俺も、こんなところで〝銀の龍帝〞と会えるとは思っても見なかった。この箱庭において神話になった存在──────運がいいのか、悪いのか』
「それはこっちのセリフだ──────ったく、テメーみてーなガキがいるなんて聞いてないぜ、」
『アハハーーーー』
しかしそこまでの穏やかな空気は、突如放たれた殿下の殺気によって蒸発し、殿下は垂らしていた手の指をコキコキと鳴らしながら叫ぶ。
『さてお前は俺の部下に手を出したんだ、その意味分かるな?ーーーー後悔しても遅いぞッ!』
「おいおい、それはこっちのセリフだ。姫様に手を出した馬鹿どもは必ず滅ぶ運命。死んで後悔しろ、クソガキガァッGYAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!」
怒号を上げて再び姿を消し、熱を帯びた嵐を巻き起こす両者。
そして殿下はその中で考えていた──────〝アレを使う可能 性を入れておくか〞と。 ヴォルフも殿下と同様なことを考えていたが、しかし自分の霊格とは全く無関係な力は余計な〝お客〞を招くことになる上に、長い時間、数分間だけでも自身の霊格を完全開放すれば生身はボロボロとなるのはヴォルフにとって目に見えていた。ここだけの話、だから〝霊 格開放〞というリミッター外しのような言語があるのだろうと推察できる。個人差はあるのだろうが。
つまりこの勝負、基本性能でどれだけ相手の隙を作るべく手傷を負わせられるか、 そして其の後の切り札の切り方ーーーーーーーーー。
果たしてこの戦いの終末に立っていられるのはどちらなのかーーーーー修羅神仏の死闘、それは神さえも知る所ではないのは明白だった。
#####
──────戦いの中、ヴォルフは汗を垂らし歯がゆそうな表情を浮 かべながら時折、遠い過去に戻る。
切り札を使おうと思えば思うほど呼び起こされる過去。これで何度目だろうか、星の数としか表現できないのは間違いないだろう──────。
吸血鬼の殺し合いに穏やかな賑わいを見せる〝人狼〞の本拠地──────そこへ今日、最も大きく響いた声は子供達の笑い声でもなく、裏で暗躍し活躍した大人達のだらしない声でもない。
「お前らは許さない.........ッ!引導を渡してるぞォオオオオオオ!!」
同族の本拠地においても一匹狼の、青少年──────ヴォルフ=レイヤの悲しい雄叫びが本拠地全土に木霊し、悲劇が始まった。
その瞬間、ヴォルフは力が溢れて来るのを感じ、その気持ち良さに身を任せた。
溢れ出るあまりの快感に笑みさえ浮かべて油断し、自分の意識は簡単に力に乗っ取られた。
それより先は瞳が光を閉ざして闇の中だが、台本のように感覚と記憶が残っている。この時の感覚は海に沈んでいる重くも緩やかな感じで、その海底の奥にいるもう一人の自分を第三者の視点で見ているかのようであった。
そして彼は人形のように言葉を紡いだのだ。頭に浮かび上がる謎の言語を──────限りなく冷徹な声音で。まるで心と思考を覗かれているかのように──────正確に読み上げていく。
同時にこの世界で新たな戦いが幕を挙げる。言葉通りのーーーーーーー〝神の代理戦争〞が。
「『障害を打ち破り、我こそが勝利を約束せし存在、〝ウルスラグナ〞 の〝後継者〞たることをここに宣言する──────霊格解放──────〝浄霊大鵬〞』」
圧倒的な青い霊気より紅蓮の炎が溢れ、周囲にある全てのものを等しく燃やし尽くす。すぐそばに居た同僚、高笑いしていた同族たちは──────衣服と皮膚を全焼させて骸骨に、そして骸骨は塵にまで燃焼するという二肯定でこの地より爽快に消え去っていった。
その二肯定は他の場所でも行われ、悲鳴の声が天を何回も突き刺し、しかしそれは煉獄の炎熱によって消失していく。まるで生気を燃やしながら霊格を食らっているように。
全てが骨や外郭すら残さずに燃え尽き、次にヴォルフの目に光が差せば火元の跡のように黒く焦げた平らな廃都と土地だけが残っていた。
ヴォルフの瞳に映る大地──────周囲何キロという土地が焦土と化していたのだ。
刹那に全てがチリになったせいで、まるで別の場所に瞬間移動したような感覚に襲われたが、なんとなく自分がしたことを覚えてる上に遥か遠くに見覚えある外門が、何もかもを証明していた。──────目の前の惨劇は紛れもなく自分がやった同族殺 しの功績なのだと。
「あ、はは、ははは............っ.........冗談だろッ!?......なにが...あっ て、...それになんだよ、この力は!?........ぼ、僕は...こんなの知ら..ッ......グッウゥ、ァァァアアア!?」
そしてその途端だった──────ヴォルフの身体が軋み、その痛みにヴォルフは獣のうめき声を上げる。しかし起きていることはそんな小さなことだけではなかった。
今の今まで拡散していた祖の霊格、神性、力が彼以外の消滅とともに一人の少年の中に溢れて収縮し、既存の霊格を取り戻そうとしていたのだ。
そしてただでさえ幼く未熟な霊格と体に突如、大きな力が宿った上に何千万もの霊格が凝縮されたのだ──────故に必然的に、第二のさらなる暴走を引き起こす。
一人の少年より吹き出した銀の素粒子が一柱の巨大な竜巻と成って、廃都と焦土をまた一から吹き飛ばし、〝人狼〞達の営みは一欠片も箱庭の大地に残されることはなかった。それも同族によって、生みの親〝祖の力〞によって──────種の繁栄を望み、〝主催者権限 〞の力まで封印したのに、種の営みは滅ぼされたのだ。
「GAAAAaaaa......っ、........agaa......っぅぁァ、ッガッあああァァァアアアAAAA!aGAAAaaaaaAAAAAAA ──────!」
薄らぐ暴風の壁より木霊する産声のような雄叫び。──────しかし何処か苦しそうで、まるで〝一人の少年〞のうめき声が混ざっているかのように、耳が痛い悲しい鳴き声だった。もしかしたら雄叫びは強引にそれをかき消そうとしているのかもしれない。
衝突する二つの意識から漏れた叫び声。一つはヴォルフ、もう一つは何千万もの霊格に付随していた意識の欠片、だとしたら──────彼に勝ち目はないのは必至だ。
そしてそんな嵐の中に佇むのは──────大きくも引き締まった四肢を持ち、背からは巨大な翼を、後方には鋼よりも硬そうなしなる細長い尻尾が生え、さらにそれらを覆う銀色の、一本一本が針の如く鋭くも涼やかな毛並みは曇天の空さえもその輝きで射抜いていく──────〝一匹のドラゴン〞。
完璧に霊格を集め切れていないものの、それでもその形骸は遥か昔に生まれ落ちた──────祖そのモノだった。
エンディングテーマ《Blizzard》歌:三浦大知