新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
─────吸血鬼の古城・城下町、大広場。
長い、とにかく長い時間、突風吹き荒れる中を戦う両者。
人型の銀狼・ヴォルフ=レイヤと修羅をも超える人間・殿下。
二人は建物の壁から地面に着地して再度、中央の広場でぶつかり合う。
突風を引き起こして両手を掴み合う二人。
「グッガ.........ァガァッ.........!」
『ぐ.........っつ......ぅぐ.........!』
互角、其の均衡が保たれているのは殿下よりヴォルフの方が体躯が大きいということも含まれている。しかしそれでもヴォルフの基本性能は殿下に勝るとも劣らないものだろう。でなければ最初の一 撃で即死だったはずだ。
そんな両者の、足元の地盤が剥れ上がり、軋み上がる。両者の戦いに土地の方が持たないことを示唆していた。
「ガァアアア.........ッア......ぁ......、お前らクズ共がっ ............調子に乗るんじゃねーぞッ!」
『っ─────黙れッ!』
「ハッ、姫に手を出した魔王の屑どもが、一丁前に仲間を庇うのかよ」
『うるさい。俺のことは何とでも言えよ、けどなあいつらは俺のために動いて、俺を殿下と呼んでくれている。─────あいつらは屑なんかじゃない.........』
「おいおい、笑わせるなよ?所詮は魔王、何を言おうが、俺はお前らを殺すぜ?一人残さず、ガキとて容赦はしねぇぞ!」
『俺に勝ってから言え─────ッ!!』
とその時、殿下の瞳が仮面の奥でギラつき、胸を広げると共に両手を左右に広げ、ヴォルフの顎めがけて膝蹴りを、しかしギリ足が短いために膝蹴りからの足蹴りをぶち込んだ。
『─────ぅぉらッ!』
「っ ゴフォ......ぁッ!?』
緩む両手の拘束。痛みに少し後退するヴォルフと一時距離ができる殿下。
殿下はすかさず大気を貫いて低空跳躍し、ヴォルフの首元めがけて右足を鎌のように振るった。 しかし─────ヴォルフとてやられてばかりではない。残像さ え残さずに空と平行になるくらいに仰け反って殿下の蹴りをやり過 ごしながら、仰け反った勢いで両足を跳ね上げさせる。
『ぐっふゥッ!』
「先の仕返しだ」
懐に蹴りをぶち込まれ、空に呻きながら打ち上がった殿下。 口からは鮮血が漏れて、視界が霞む。
そして殿下の視界が晴れていくと同時に─────光る銀の鋭い剣閃。
『ハッ.........そんなもん、何度でも砕いてやる!』
殿下は圧倒的な身体能力を駆使し、宙で前転しながらかかと落としを、ジャストタイミングで剣閃の中心に叩き込む。
パギンっという甲高い音が鳴り響きながら、銀の粒子が雨となって地に降り注ぐ。
その中で相対するヴォルフと殿下。加えて嵐が休み、不自然な風の不協和音が地を撫でた。
そしてその直後、両者はまだ始まったばかりだと、まだまだと言うかのように体力の底を知らずに全力で姿を消し、大広場の各地で雷鳴にも似たような轟音を鳴り響かせる。
どちらも大事な者たちを背負っていて引くことはできないし、しない。
絶対に負ける訳にはいかないと二人は歯を食いしばって闘争を繰り広げ続けていく。
はち切れんばかりの思いをさらに溢れさせて見えない熱を帯びる─────天地鳴動を体現したような戦い─────まさに修羅神仏の戦いだと、これが真なる神の代理戦争だと示しているようだった。
#######
─────〝アンダーウッド〞東南の平野。最前線。
巨人族との戦いは、限りなく一方的に進んだ。
対軍に優れたペストの黒い風は、次々と巨人族をなぎ倒していく。 仮令取りこぼして後陣に突破されたとしても、飛鳥とディーンが一気呵成に叩いた。囲まれてしまえば不利な飛鳥だが、敵が前面から押し寄せるならばどれだけの数が相手でも問題ではない。
戦争の当初は指揮も乱れてはいたが、それも上空より戻ったサラによって回復し、フェイス・レスという最強の味方に戦慄することにもなった。
そんな中を、相も変わらずぶっきらぼうな表情で黒い風を撒き散らし、次々と巨人族をなぎ倒していくペスト。彼女が歩いた後には例外なく黒死病に蝕まれた巨人族が倒れ伏していた。
最早彼女の独壇場かと思われた戦場。それを嘲笑うかのように、黄金の旋律が戦場を駆け巡る。
ペストは途端、黒死病に蝕まれ死に体だった巨人族が、旋律に後押しされて立ち上がる様を一瞥し、瞳を細める。
(ふぅん............戦場の士気を操作して無理やり戦わせるなんて、随分と小癪。巨人族は捨て駒ということかしら)
やる気をなくしていたペストだったが、敵のやり口に不快な火が灯る。加えて黒死病に蝕まれボロボロになっても立ち上がる彼らを見て、嫌なことを思い出す─────故に嫌というほど士気が高まった。
ペストは自分の指に填められた、もう一つの笛吹き道化の指輪を一瞥し、さらに瞳を閉じ自分の〝 理解者 〞 を思い浮かべると─────。
「─────いいわ。その挑発、不快だけれど受けて立つわ」
ペストは瀕死で立ち上がった巨人族を無視し、急上昇する。巨人族の手が届かない位置まで上昇し、旋律の鳴り響く敵本陣の真上と強襲を仕掛けた。
双掌に集めた、八○○○万もの怨嗟による衝撃波。それを保持したまま敵の眼前へと舞い降りる。
〝来冠の書〞を広げて儀式を行っていた黒いローブの女─────アウラはそれに気付き、
「ふふ、待っていたわ〝黒死斑の御子〞。〝名無し〞の使いっ走りは楽しいかしら?」
「ええ。少なくとも、貴方達のように不快ではないわ」
言うな否や、双掌を解放。黒い衝撃波は幾千万の悲鳴と共にアウラを襲う。
しかし衝撃はアウラの数歩手前で爆散した。
突然のことに目を見張るペスト。アウラは口元を押さえてクスクスと笑った。
「やはり今の貴方は〝ハーメルンの笛吹き〞から切り離されたせいで、神霊には程遠い。...............どう?もう一度私たちの元に来ない?今度こそ貴女の、その素晴らしい素養に相応しい器を用意するわ」
「............」
ペストは悠然とした姿勢を崩さず、連続して衝撃の波を打ち放つ。
だがそれはアウラの手前─────いや、正確には儀式場を構築している円陣の手前で全て爆散してしまう。何か仕掛けがあるのは明白 だ。
アウラは余裕の笑みを浮かべながら、尚も甘言を続けた。
「ペスト。貴女は素養だけなら単身で神霊になれるだけの霊格がある。貴女が保有するその霊群は規格外の規模と言っていい。新たな神群を構築することだって夢じゃない。貴女が望むなら数人の配下を与えてもいい。先だって渡した〝ハーメルンの笛吹き〞のような無能な三流木っ端悪魔ではなく─────」
直後、ペストの頭によぎる─────自分を庇った〝ラッテン〞の背中、自らの仲間を殺す覚悟を持ってマスターである自分を勝利に導こうとしたヴェザー。
静かなる憤怒とともに、見開かれるペストの瞳。
「─────黙れ」
ビュッ、とアウラの頬が切れた。黒い衝撃波を遮っていた円陣を、ペストが突破したのだ。
ローブの下で心底意外な顔をするアウラ。
その驚きは頬に負った傷よりもむしろ、殺気と憤怒を讃えるペストに向けられた。
「...............アウラ。私は一つだけ貴女たちに感謝していたわ。それは他でもない、〝ハーメルンの笛吹き〞の魔道書を提供してくれたこと。その一点に関していうなら、私は間違いなく貴女たちに義理も借りもあったわ。...............だから今の交渉も、一考の価値はあった」
「...............」
ハーメルンとも関係なく、主としても未熟な自分をマスターと呼んでくれて、自分が不器用なばかりに弾んだ会話を提供してくれたり─────なにより命を賭して自分を勝利に、いや自分の望みを叶えようとしてくれた。いつかは敗れる運命に身を投げてくれた、嫌な顔を一つとせずに。亜音となんら変わらないことをしてくれた。 つまりはそう─────この世界において唯一の理解者達だったのだ。
失った悲しみと共に、怒りを膨れ上がらせるペストは静かに告げる。
「でもオマエはたった今、それを捨て去った。そして吐き捨てた。オマエたちにとっては只の〝捨て駒〞でも、〝グリムグリモワール・ ハーメルン〞は......私の全てを賭して旗揚げし、彼らが命を捧げたコミュニティよ」
笛吹き道化の指輪が填められた右手を握りこみ、死してもなお彼らの侮辱は許さないと恫喝するペスト。
白夜叉の温情によって残された〝グリムグリモワール・ハーメルン 〞の旗、顕現させる媒介としては極めて弱いが、それでもペストが望んだことである。
「その同士を侮辱するということは、私が掲げた旗を侮辱することと同意の行為。─────だから今此処で、私たちの決別は成された。これ以上の問答は不要、後は互いに殺し合うだけ。─────来なさい、この“クソヤロウ”」
「─────…………そう。とても残念だわ」
アウラは嘆息を零し、本当に残念そうな素振りで肩を落とした。
一方その頃、巨人族の本陣を突き破って現れた飛鳥とディーンとサラ、そして追従した〝龍角を持つ鷲獅子〞同盟の幻獣・獣人たちがアウラの前に立つ。
飛鳥はペストを横目で確認し、
「お疲れ様、ペスト」
「どういたしまして。でもまだ終わってないわ」
一同の視線が一斉にアウラへと集う。
サラは代表者として前に進み出て、降伏勧告をした。
「巨人族は全て我々が倒した。士気を操作して無理やり戦わせたようだが、所詮は死に体のやから。我々の敵ではない。大人しく降伏し、その身を預けるが良い」
言い終わり、剣を抜く。これが最後通牒であるという意味だろう。
巨人族を失い、四方を取り囲まれたアウラ。しかしその唇には憮然とした笑みが絶えず浮かんでいた。
ペストは警戒しつつ、飛鳥とサラに告げる。
「気を付けて。この人は巨人と同じ人類の幻獣─────通称〝魔法使い〞と呼ばれる者よ」
「魔法使い??それってあの、絵本に出てくるような?」
「そっ、中でもコイツは〝妖精〞の語源に相当する〝フェイ〞と呼ばれる絶滅危惧種。代表的なのは『アーサー王物語』の〝湖の乙女〞やモリガン、『灰かぶり』の〝小さな魔法使い〞とかと同系統。人類カテゴリーじゃ最上級のキワモノね」
「好き放題言ってくれるわね。でもそういうことは、戦いが始まる前に伝えておくものよ?」
「言ったでしょ。 ついさっきまでは義理も借りもあったと。............それに、ジンも赤い人もヘンテコ男も化け物ウサギも、示し合わせたように聞いてこないんだもの。変なところ義理堅いと思わない?」
悠然と告げたペストは、〝アンダーウッド〞の本陣を見る。
ペストの五感を通して戦況を窺っていたジンは、思わずドキリとした。
(.........覗き魔)
(ち、違、)
頭の中で言葉を作る。するとジンからもしっかり反応が返ってき た。 これは面白いオモチャを見つけた、とほくそ笑むペスト。機嫌を取 り直したペストはアウラに視線を戻し、
「さっ、終わりにしましょうアウラ。今なら特別待遇として、三食首輪付き年増女中として生かして貰えるよう、交渉してあげてもいいわ」
「...............」
ペストの言葉に表情を消すアウラ。
彼女は自分を包囲する数多の軍勢を一瞥し、ボソリと呟いた。
「.........ペスト。貴女は何故、巨人族が黒死病に弱いか知ってる?」
「え?」
「それはとある強大な力を持つ巨人族が、他の巨人族を支配していたことに起因するわ。〝黒死病を操り、築き上げた支配体系〞。これが巨人族の呪いとして、貴女を優位に立たさせている。─────でも逆説的に考えてみて?〝黒死病によって支配された巨人族〞がいるなら、〝黒死病で支配していた巨人族〞も存在していたはずよね?」
...........何?!と様々な場所で声が上がる。
アウラは〝来冠の書〞を一時閉じ、儀式場に安置された〝バロール の死眼〞を手に取る。
「それにしても貴女達も馬鹿ね。これまでの戦闘だけなら前と変わらないじゃない。............対策されてしまっている、黒死病という優位性まで相手にある状態で─────〝考えなし〞に長時間かかる儀式を敵地で実行すると思っているのかしら?」
クスクスと告げるアウラに、何をするつもりかと眉を顰めるペスト。
そんな彼女の脳裏に、ジンの悲鳴のような言葉が響いた。
(ペスト、彼女を倒して!今すぐだッ!)
(え、)
(やられたッ!!バロールだッ!彼女の言う〝黒死病による支配体系〞を築いたのは、〝バロールが率いた部族〞のことだッた!もしかしたら敵の狙いは.........!)
ジンの言葉でペストも敵の狙いを直感し、黒死病で倒れている巨人族を見る。
しかしアウラは嘲笑うかのように、〝バロールの死眼〞を掲げ、
「さようなら、“黒死斑の御子”!そして〝龍角を持つ鷲獅子〞同盟の皆さんと、その他大勢の皆さん!不用意に全軍を進めた、貴方達の敗北よ............!」
〝バロールの死眼〞が一瞬、戦場を満たすほどの黒い光を放つ。
死眼の光を受けて死を覚悟したサラ達だったが、別段身体に別状はない。
何故だと訝しげに顔を見合わせる一同。しかし次の刹那─────。
「ヴォオオオオオオォアオオオオオオアオオオオォオオオオオオ─────!!」
黒死病から解放された巨人族が、鬨の声をあげて彼らを包囲した。
そしてその影でアウラは、〝来冠の書〞より溢れ出る─────黒いモクモクとした流動体に“バロールの死眼”を“静かに渡した”。
まるで元あった、あるべき場所へ返すかのように。
やがて黒い流動体は一つの影─────人類の幻獣、巨人族の大 きさまで膨れて人影を形作り、一つの瞳を本来の場所に携え、遥か外界より産声のように死眼の光を試し打ちして、死の風塵を周囲に展開した。
アウラはそれを見上げ、口元を隠して笑う。
「さあ、〝十年前の再現〞と行きましょう。今度こそ〝アンダーウッ ド〞は終わりよ.........ッ!」
######
─────〝アンダーウッド〞東南の平野。
黒ウサギは額から光る汗を流し、縦横無尽に戦場を飛び回っていた。
先ほど放った〝擬似神格・金剛杵〞は謎の恩恵によって掻き消され、今は防戦一方の黒ウサギ。
〝擬似神格・金剛杵〞は神格を解き放って使用したので、二度目はない。〝擬似神格・金剛杵〞を失った以上、彼女の武装ギフトは〝マハーバーラタの紙片〞が二枚のみだった。
しかもこの二つの使用には、極めて危険なリスクを伴う。
(前回は飛鳥さんに手伝ってもらいましたが.........この敵を飛鳥さんに近づけるのは危険すぎる.........!)
黒ウサギを追う、黒髪の少女。
この少女─────リンの機動力は黒ウサギや十六夜、亜音に匹敵するほどの力がある。十六夜が空で戦っている以上、この場で彼女を抑えられるのは黒ウサギしかいない。
常につかず離れずの距離でナイフを投げるだけの彼女だが、黒ウサギを補足する速度で投擲されている。辛うじて避け続けてはいるが、それもいつまで持つのか。
(それに先ほどの光を境に、あの気配がより重く......っ、.........〝バ ロールの死眼〞が解放されたのは最早確定的ですが─────このままでは本体まで......っ!............なんとしても彼女から距離を取って 神槍を召喚せねば.........!)
黒死病で倒れていた巨人族も次々と復活し始めている。今すぐにでも向かいたいところだというのに、この娘は............!
「意識がまばらだよ、ウサギさん!」
そう言って大量のナイフを投げつけるリン。
最早何度目かわからない攻防に身構える黒ウサギだったが─────そのナイフは全て、蛇蝎の剣閃によって叩き落とされた。
「わっ.........!」
「嘘、」
ジャラジャラ、と這いずるような金属音。二人の間に割って入ったのは仮面を付けた騎士、フェイス・レスだった。
彼女は首から上だけを動かして背後の黒ウサギに振り返り、
「─────加勢します。〝バロールの死眼〞を止めてください」
「.........っ、加勢、感謝します!」
そうだ、まだ彼女がいたのだと、天に感謝する思いで離脱する黒ウサギ。
正に脱兎の如くその場を去る。
リンは黒ウサギを追おうとするが、 その間にフェイス・レスが立ち塞がった。
リンはむっと眉を顰めながら彼女を睨みつける。
「貴女、確か〝クィーン・ハロウィン〞の寵愛者ですよね?私たちを 倒すように命令されたのですか?」
「いいえ。今回はそれが目的ではありません。純粋な交友によるものです」
リンは一瞬、聞き間違えたかのように目をぱちくりさせた。
「こ、交友!?〝クィーン・ハロウィン〞の寵愛者が?」
「…………私は〝ウィル・オ・ウィスプ〞に客分として招かれている身分。その付き合いで来ただけです」
つまり只の偶然で魔王と鉢合わせた、と。抑揚のない声で正面切ってそう言われると少し申し訳なくもあり、反応しにくい。
フェイス・レスは至って真面目な口調のまま、愛用の蛇腹剣を収め、
「それに貴女を倒すというのは、今の兵装では不可能でしょうから。 お互い痛み分けで済ませていただきたいところです」
「............あれ 私が何をしているか分かるの?」
フェイス・レスは僅かに首肯し、
「どのような概念の御業かは知りませんが..................貴女が操っているのは、物体と物体の概念的な 〝距離〞 と推測できます」
淡々と答えるフェイス・レス。
今度こそリンは幼い瞳を丸くさせ、構えたナイフを落としそうになった。
しかし其の後に続いたフェイス・レスの言葉に、さらにリンは刮目することになった。
「ここは互いに引くことがべストだと思いますよ 。どちらにしても、もうすぐこのゲームは決着がつくでしょうから」
「え、どういうこと?」
「─────先ほど白夜叉が、仏門に神格を返上しました」
「っ.........嘘、」
「真実です。三年前と同じ愚行は繰り返さないということでしょう。 こうなった以上、貴女たちが送り込んだ魔王も風前の灯火。このお祭り騒ぎは後日、彼女が幕を引きます」
静謐な声音で告げるフェイス・レス。
リンは顔に苦渋の色を滲ませたまま空を見上げ、戦場から姿を消した。
フェイス・レスは巨人族が復活したことでより混沌となった戦場を見据え、ため息を吐いた。
「私もこの辺りが潮時です。後は任せましたよ、ジャック」
呟きと共に霞の如く離脱する。二人がいた場所はやがて巨人族に踏み荒らされ、其の痕跡の全てが土埃と共に消え去った。
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─────吸血鬼の古城・城下町、大広場。
基本性能に差がある─────故にヴォルフは押されていた。しかもただの幼い子供に。
神ですら簡単に持てない膂力、天来の力はまさに驚天動地である。
ヴォルフは銀狼の姿で四つ足を地に付けながら、血反吐を口端から垂らしていた。全身の所々からも出血しており、瀕死の目前まで来ているのは明白だろう。
「グゥウウゥゥ.........ゥ.........ガァハ......ッ!」
唐突に血を吐き捨てるヴォルフ。狼特有のこめかみには青筋が立ち、しなるような四肢は残念なことに脆く微動していた。これではもう十全には戦えまい。
しかし相手の不審者こと、殿下は息が荒く擦り傷が目立つものの─────ヴォルフと比べたら無傷に等しいだろう。ヴォルフが敵の中核を叩きのめした事実が遠くに消えていくようだ。
そんなヴォルフを見つめていた殿下はふと、遠くも遠からずの場所から複数の気配を感じ取り、心の中で焦なりながら─────致し方ない〝アレ〞を使うか─────と呟いて勝負をしかけることにした。
これまでは互いに切り札を切ることに恐れ、いや正確には切って衝突した後の終末に恐れていた。故に見えない恐怖に切り札は封印されていたのだ。しかし殿下は目の前の敵を確実に殺し、それ以上の視認をゆるすわけにはいかない。こちらに近付く多数の気配、古城に人が集まりつつある今、目の前の敵を瞬時かつ確実に殺すには自然に切り札を切るしかないだろう。
『─────よっと!』
殿下は足元を踏みつけて瓦礫を舞い上がらせ、その粉塵の中心で小さく微笑むと、その瞳が大きく見開かれた。
『ハッぁ!!』
「.........ッ?!」
唐突に殿下は回し蹴りを放ち─────途端、浮いていた瓦礫が弾丸 の如く加速し、散弾を撃ち放つ。圧倒的な破壊の力を受けて砕かれた 瓦礫は粉塵と火花を纏いて大気を貫いてく。
ヴォルフは避ける暇もなく身を丸めた後、衝撃で数十センチ空に舞い、全身から水滴のような鮮血を撒き散らした。
そしてヴォルフの背後より、抑揚の無い声が響く。
『これにて決着だ、〝銀龍帝〞─────ッ!』
殿下より太陽光が放たれ、少年の霊格が膨張していく。
その覇気にヴォルフは刹那に危機を感じ取り─────殿下と同じように光を、銀色の変幻の輝きを最大限に放ち、その霊格を強大化させる。
そして、両者は同時に互いへ、死刑宣告を告げた。
『─────〝アヴァターラ〞、起動。十天廻りて輝け、〝
「─────顕現し我が身を糧にその生命を刻め、霊格回帰・タイプコード=
殿下の背から太陽光が放たれ、殿下はその身に日輪を背負う。
ヴォルフはそれまでのリミッターを解除し、霊格とともにその体格、人間の身体を捨て、新たな生命体としてその場に顕現した。その巨躯からは銀の素粒子を溢れんばかりに吐き出している。
しかし─────両者の力が完全に満たされる前にぶつかり合い、銀の光と太陽光が混ざり合うと、その総合されたエネルギー は極光と混沌の閃光を瞬き始めた。
『ッ.........ッ!』
「ッ.........くッゥゥ!」(俺の方が一歩遅い......ッ、!)
刹那に都市を極光が駆け抜け、天を差すほどのエネルギーがオベリスクを築いていた。
力負けしたヴォルフだけが古城の外郭を突き抜け、遥か空の雲海へと弧を描くように投げ出される。
ゆっくりと布切れの如く舞い散るヴォルフ─────口惜しそうに古城の幻影に手を伸ばし、
「...ッ.........ぁ.........ァ............レティシア...............っぁあああ!!」
もう少し、もう少しだった─────レティシアの眼前まで来ていたのに。 言葉にならない悔しさに握りこぶしを作るヴォルフ。掴み取るこ とのできない望み、そう簡単に諦められるわけがなかった。 しかし、やがて宙に漂うヴォルフは諦めたように瞳を閉じ、アン ダーウッドの森林が広がる自然豊かな辺境の大地へと静かに落ちて いった。─────敗残兵に後は残ってないかのように容赦無く。
そして─────彼らの戦いは誰にも知られずに決着したのだっ た。
一方、殿下はというと静かになった大広場で空を見上げて佇んでいた。
少し経つとボロボロになってしまったマントを脱ぎ捨て、同時に仮面も限界だったのか盛大に弾け割れ、綻びを撒き散らしその原型を完全に失くした。
すると殿下の額から鮮血が流れ、鼻先で二股に分かれていく。
白装束の服も所々破損して擦り切れており、血や泥、埃が混ざりあって汚れていた。まるで何処かで転んだ子供のように。この状態の言い訳に、盛大に転んだといえば、全て辻褄があいそうなほどである。しかしそこで仮面とマントを破損させてしまったことを思い出し─────アウラに小言を言われることを想像した殿下は、その場に座り込んで吹き出した。
「プッハハハハハ.........本当に今日は面白い日だ!まさか吸血鬼の姫様と人狼の龍王様が、姫王子仲だったとは─────ふむ、これを機に 少し〝人狼〞の歴史を調べてみよう。いい暇つぶしになりそうだ」
─────最後の局面、奴は言った───── 《ウィールス・ドラゴン=MS》と。
本来であれば生死を確認し、トドメを刺すべきところだろうが、
「…………生かしておいた方が、面白い、か?」
古龍の眷属ともいえる存在は、正直今後も巡り会えるとは限らない。
加えて、霊格の年代記は間違いなく近代、いやそれ以上先の未来から生まれた
今回の戦いで理解したが、霊格の質量からしても明らかに存在確立している。─────歴史の転換期に関わっているのか、または、“
「何もわからないが、わからないが、………これだけは言えるな─────“龍の純血”が関わっている」
雲海を“纏う”ように泳ぐ一つの生命体を、殿下は腰に手を置き、見上げる。
─────解答はない、ただの独り言で、聞こえているわけがないが、静かに見つめ続けた。
「………やめだ。これ以上頭は使いたくない、その辺はアイツらに任せよう」
殿下は衣服についた埃を払って、城下町を素早く駆けて去って行った。
両者の消えた城下町の広場は、平地とは当然言えず、クレーターが複数並んでおり、周囲の建築物は軒並み瓦解している。たった二人の戦いだけで街が吹き飛ぶ、それが箱庭世界の常識であり、これがまだ前哨戦に過ぎないのは、これから証明されることになるだろう。それを証明してくれるのは─────自然と彼ら二人より大きな存在。
雷雲を泳ぐ最強の生命体は、その時を心待ちにしているかのように雷鳴をアンダーウッド全域に打ち鳴らした。
######
─────〝アンダーウッド〞 上空・3000m地点
(─────あの光は)
迸る閃 光を一瞥しながら、十六夜は黒い槍を次々と砕き落としていく。
鋼の衝突が火花を散らし、二つの翼が高速で飛翔する。
魔王レティシアと、鷲獅子の空中戦。しかし如何に空の王者と言えど、敵は神格を持っている。機動力に劣ることに加えてレティシアには龍の影で作り出した無尽の武器を射出するギフトがある。十六夜が三叉の槍で弾き返しているから持ちこたえているが、上陸は極めて困難な戦況となっていた。
「クッ、なんという奴だ!!上陸する隙がまるでない!」
十六夜は当初は謎の光と槍捌きに意識を取られていたが、グリーの大声に我に返る。
「─────あ、ああ。城から一定の距離を取ればそれ以上は追ってはこないが、それが逆に厄介だな。専守防衛ってのがこうも面倒くさいとは思わなかった」
接近と後退、左右に旋回しての揺さぶりをかけてみるが、レティシ アの影はまるで揺るがない。いっそ城まで跳躍して飛び込んでやろうかとも思ったが、余りにもリスキーなので考えを改めた。
「さて、参ったな。いよいよもって手詰まりになってきたぞ」
「ええい、楽しそうに言うな戯け!」
叱責するグリー。肩を竦める十六夜。だが今回に限って言えば、本当に彼も困っていた
それもそのはず。これは初めての騎乗戦に空中戦。しかも不慣れな武器を使った戦いだ。
故郷では手加減するために銃を使うことはあっても、剣や槍を使う経験はなかった。何事にもその身一つで挑んできた十六夜にとってこの空中戦は、前提からして圧倒的に不利なのだ。
「............上陸さえ出来ればどうにでもなるんだがな。今はこのまま根比べを続けるしかない。悪いが持久戦は覚悟してもらうぞ」
三叉の槍を振るって構える十六夜。グリーも鼻を鳴らして応えた。
戦いを再開しようとした二人だったが、眼下から放射される強烈な光に瞳を奪われ、足を止めた。
地上から遥か離れた上空まで届く、強烈な光。先程の、古城より爆発した閃光にも引けを取らない光量だった。
グリーの顔色がトラウマを前にしたように瞬時に青ざめた。
「ば、〝バロールの威光〞.........!?」
「............間違いないのか?」
「あ、ああ。十年前に見た時と同じ光だ。まさか連中が〝バロールの死眼〞を使ったというのか、いやそれだけじゃない...っ!........この霊格の波動......重苦しい気配.........!」
「まさか、本体か?」
総毛立たせているグリーに、流石の十六夜も戸惑いながら問う。
当時を知る彼にとって死を呼ぶ〝バロールの威光〞はそれだけで恐怖の対象なのだろう。加えて下の状況はさらに深刻なものになっていた。
「このままでは十年前と同じだっ、復活してしまうぞ、魔王バロールが………ッ!」
エンディングテーマ《Blizzard》歌:三浦大知