新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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オープニングテーマ《courage》参照先アニメ《ソード・アート・オンライン》


第十三話「十年前の因縁に終止符を。大地より噴く希望が導き、万里より絶望を〝撃て〞・目覚める二人の力・巨龍を襲う流星」

 ──────吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 

 吸血鬼の古城より去る一人の少年。その背中が涙で滲み、消えた。

 これでよかったのだが、私の気持ちはとても重くなり、まるで逃げることは許されないと、苦しめと言われてるようだった。鼻の奥が痛み、顔が歪む。胸が息苦しい──────彼の背中が愛おしい。

 彼を弄る日常、鍛錬をして成長する彼を見守る毎日、その全てがこの時、砕け散った。

 私はその終わりを受け入れ、瞳を閉じた、その時──────何か電気のような痛みが走り、

 

「──────ぁ、ん、ああ.........!」

 

 ビクンッ!と体を激しく跳ねさせて、レティシアは意識を取り戻した。

 その全身からは上気するほど汗を掻き、肌も紅く染まっている。体には極度の疲労感があった。

 煌々と輝く金髪を左右に振り、朦朧とした意識で周囲を見回す。

 

「はあ、はあ.........此処、は.........?」

 

 明かりの無い部屋は薄暗く、石造りの独特な匂いが鼻腔を刺激した。

 何処か懐かしい匂いが充満している空間。どうやら知っている場 所らしい。

 ぐるりと見回したレティシアは、頭上に敷き詰められた煌びやかな 水晶を見て、ようやく自分の居場所を悟った。

 

「こ、黄道の玉座.........!?何で此処に──────!」

「あ、レティシア。気が付いた?」

 

 ハッと周囲を見回す。

 其処には耀にジャック、そしてガロロ大老がいた。

 

「耀、ジャック.........それにガロロまで、」

「おう、懐かしいなレティシア。二十年ぶりぐらいか?」

 

 健康そうな歯並びを見せて笑うガロロ。何故彼が此処にいるのかは分からない。が、玉座に繋がれた鎖に気付き、己の状況を把握した。

 

「そうか............私は再び、魔王となったのだな」

 

 沈鬱な面持ちで呟くレティシア。先ほど体を襲った衝撃も、それで合点がいった。

 

(先ほどの衝撃............誰かが、私の影を倒したということか)

 

 しかし誰が──────と一瞬疑問に思ったが、すぐに解答が出た。

 というか二人、いや彼しかいないだろうと結論を出して、小さく笑いだしてしまった。こんな時だというのに。

 

「でも驚いたぜ。金糸雀の姐御は『〝魔王ドラキュラ〞を倒してきたぜ!』とか言ってたからな。俺はてっきりアンタを隷属させたものかと思っていたんだが.........、」

 

 歯切れ悪く言葉を切る。レティシアは一転して表情を曇らせ、俯いた。

 レティシアは玉座の上で身動きしながら天を仰ぎ、

 

「諸事情があってな。金糸雀はゲームをクリアするのではなく、〝 ゲームの無期限中断の条件〞をクリアすることで、私をゲームから切り離したのだ」

「そうだったのか.........それで、金糸雀の姐御は?やっぱり三年前から行方不明で?」

「あ、ああ。だがアイツのことだ。どんな場所でものらりくらりと、楽しい人生を送っているに違いない」

 

 それもそうか、と快活に笑うガロロ。 その笑顔を見て、レティシアの顔色は一層暗いものとなった。

 

「そ、それはそうとガロロ。お前は此処で何を.........?」

「そりゃ、アンタのゲームをクリアしに決まってるだろ??なあ、耀お嬢ちゃん」

 

 ガロロに呼ばれ、玉座の周囲を探っていた耀が顔を上げる。

 

「うん。解けたのは第三勝利条件だけだけど」

 

 それだけ告げて、また玉座の周囲を探る。床は調べ終わったのか、今度は石室の壁を念入りに調べ回す。暫くすると、何か窪みを押すような音が聞こえた。

 

「あった.........!ジャック!方角は?」

「ええと、そっちは処女宮があった方角かと」

「ありがと。此処に処女宮の欠片を置いて、後は此処を基準に十二等分すれば.........」

 

 ガコン、と何かがはまる音。レティシアは己の元居城にそんなからくり仕掛けがあったのかと、思わず目を丸くして驚いた。

 

「よ、耀。それは私たちの神殿に安置されていたものじゃないか。一体何を.........?」

「.........??レティシアはゲームの内容を知ってるんじゃないの?」

 

 キョトン、と見つめ返す耀。

 レティシアは思わず心臓が飛び跳ねたが、隠していても仕方がない。

 

「実はこのゲームだが、他人に任せて作られたものでな。本来の〝主 催者権限〞のゲームとは大幅にかけ離れているんだ」

「そっか。じゃあやっぱり、この部屋の仕掛けはゲームとは無関係の物なんだね」

 

 そう言って次の欠片をはめる耀。其処で一度手を止め、レティシアに振り返る。

 

「レティシア。この空飛ぶお城って、元々は衛星──────じゃなくて。えっと、世界の周りをぐるぐると回るお城だったんじゃないかな?」

 

 突然の質問に、レティシアは息を呑んで驚いた。

 

「あ、ああ。我々吸血鬼は世界の系統樹が乱れないように監視する種族だったからな。吸血行為による種族変化もその名残だ」

「そう。なら監視衛星だったんだね............うん、そこはわからなかったな」

 

 ガコン、と三つ目をはめる音。

 

「私が今はめ込んでいるのは、吸血鬼の城が正しい軌道を飛ぶ為に使っていたと思われる物。そして〝砕かれた星空〞の二つ目の解答。それがこの〝天球儀〞の欠片だよ」

 

 レティシアが息を呑む。同時に、ガコンと四つ目の音がした。

 ──────〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING〞 まず〝〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT〞とは太陽同期軌道という言葉に変換される。

 この言葉から連想したとおり〝獣の帯〞は〝ゾディアック〞と解釈する。このワードから連想されるのは〝砕かれた星空〞の第一解釈。即ち〝黄道の十二宮〞と天体分割法のことだ。

 しかしこのままでは〝黄道十二宮を捧げよ〞という支離滅裂な文章になる。

 『〝砕かれた星空〞を捧げる』という勝利条件である以上、〝砕かれ た星空〞は捧げることが可能な、形ある何かの暗喩でなければならないのだ。

 耀は十個目の欠片をはめ込み、少し自慢げに小さな胸を張った。

 

「後は〝The PIED PIPER of HAMELIN〞の 応用かな。この〝砕かれた星空〞も同様に『砕き、捧げる』ことができる星空が描かれ物............つまり、天球儀という解答になる」

「な、なんと.........!」

 

 レティシアは心の底から感嘆した声を上げた。

 

「素晴らしい............ 見直したぞ耀 いや、マイマスター!」

「そ、その呼び方はちょっと恥ずかしいから止めて欲しい。............それに私がゲームを解けたのはガロロさんやジャック、他にもみんな協力してくれたからだ。何より、十六夜が〝The PIED PI PER of HAMELIN〞を解いている様子を見ていたからだもの」

「それこそ何を謙遜することがある 同士の戦果から学び、己の戦果を挙げる!!これぞコミュニティの理想的な高め合いではないかッ!」

 

 珍しく熱のこもった声でべた褒めするレティシア。

 何処か寂しげな影のあった耀が、誰かと協力して攻略し、それが同士である十六夜のおかげだとも言ったのだ。

 コミュニティの年長者としてこれほど嬉しいことは無いだろう。

 

(何時迄も問題児と思っていたが............皆、成長しているのだな.........)

 

安心したように耀を見つめ、肩の荷が下りたように玉座に凭れ掛か る。初めて出会った時の、彼女の審美眼は正しかった。この三人なら 安心してコミュニティを任せられると、天を仰いで安堵のため息を吐 いた。

 耀も恥ずかしそうに頭を掻き、十二個目の欠片を手に取った。

 

「此れが、最後の欠片」

「ヤホホ 此れでゲームクリアですね!」

 

 耀も頷き、壁の仕掛けに欠片をはめ込む。中でガコン!と何かが動く音がして──────、

 

「...............」

「...............」

「.....................?」

 

 しかし何も起こらなかった。

 

「...........................................................................あれ、」

 

 サァ、と耀の血の気が引く。

 あれだけ自慢げに解説した答えが間違っていたとは流石に思いたくない。一同はそれぞれの顔を見合わせ、小首を傾げ合う。

 だが、その中でも一人だけ、急激な事態の変化を感知していた。

 

「...............始まった」

「え?」

「ゲームが再開されたッ!!私が巨龍を抑えておくうちに、勝利条件を完成させろッ!さもないと私が...............〝アンダーウッド〞 を............!」

 

 

「GYEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEEEEEEYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!」

 

 ──────待ち侘びたぞ、と聞こえた気がした。

 同時に古城に巨龍の雄叫びが響き、雷雲の稲光が差し込む。

 数日前、〝アンダーウッド〞を滅ぼしかけた巨龍の出現。

 回廊で待っていたキリノは恐怖に顔色を染めたまま息せき切って入ってきた。

 

「み、みなさん!今の雄叫びはまさか............!」

「ほ、本当にゲームが再開されたというのか?」

「でもどうして!休戦期間はまだあるし、主催者は不可侵じゃ──────」

 

 ハッ、と耀が言葉を切る。他の全員も気が付いたように息を呑んだ。

 

「............まさか............私がゲームをクリアしようとしたから、休戦期間が、強制的に終わった......?私が間違ったせいで、巨龍が............!」

「違う!耀は間違ってなどいない!正解だからこそ、再開されたんだ!」

 

 え、とレティシアを見る。彼女も同じように動揺しているが、その瞳にはまだ冷静な色が浮かんでいる。レティシアは耀を落ち着かせるような声音で、

 

「いいか、耀。お前の推論は正しい。だからこそゲームが再開された。.........分かるか?クリアに近づいたからこそ、休戦期間が終わったんだ」

「............えっと、どういう.........?」

「つまり、何かが足りないんだ。完成した解答に至る為の何かが」

 

 極めて冷静に、あと一歩だと訴えるレティシア。耀も落ち込んでいる場合ではないと悟り、両頬を思いっきり叩いて気合を入れた。

 

「............ガロロさん。〝契約書類〞を見せて。何か見落としているのかもしれない」

「おう」

 

 短い返答共に懐から〝契約書類〞を取り出すガロロ。

 耀はもう一度、勝利条件三、四の内容を確認した。

 

「............分かるか?」

「............、」

 

 わからない、と心の中で呟く。この状況で口に出せるわけがないだろう。

 城の外では巨龍の絶叫と雷鳴が轟き、城全域を揺らしている。レ ティシアが抑えていると言っても、地上に舞い降りるまでそれほどかかるまい。一分でも一秒でも早く解答を出す必要がある。ガロロは耀の肩を強く握りしめて激励する。

 

「大丈夫だ、冷静になればきっと解ける。嬢ちゃんにはゲームを理解する才能がある。俺が保証する。だから諦めるな.........!」

「............っ......」

 

 奥歯が削れるほど噛みしめる。このままでは自分の責任で、地上に居る友人達を危険に晒ししまうかもしれない。

 その恐怖が、重圧が、責任がのしかかり、世界が遠くなる。

 気が付けば、耀の手は汗に濡れて震え始めていた。

 

 ここに居るのが十六夜、そして、亜音だったら、すぐに回答を出せていたかもしれない。

 ──────失敗したでは済まされない、友を騙し、故郷の形見を壊して、私はここに居る、居るのに、何も取り戻せない。

 ──────世界が歪む、肺が縮む、目が涙で滲む。──────私はなんでこんなにも、子供のままなんだ!!

 何が間違っていて、どこから違う!?そしてどこまで合っている!?──────思考が複雑に絡み合い、耀は瞳をギュッと閉じた──────その時。

 

「落ち着け、春日部耀ッ!それでもお前は、お前は、春日部孝明の娘かッ!!」

「──────…………え?」

 

 ──────、一瞬。

 頭が真っ白になった。

 本当に何もかもが頭からぶっ飛んで、脳内が空白に染まった。

 

「.........ガロロさん......?」

「お前の親父さんのことはよく知ってる。それは何も俺だけじゃねぇ。.........そうだろ、レティシア」

 

 ガロロがレティシアに振り返る。

 彼女は対照的に、酷く衝撃を受けたような顔になっていた。

 

「コ、コウメイ.........!?その、春日部孝明とは.........あの、コウメイのことか......!」

「そうか、アンタはアイツの彫刻家としての名前しか知らないんだったな」

 

 ガロロは辛そうに耀瞳を覗き込み、肩を握って訴えた。

 

「耀お嬢ちゃん。お前さんの親父は凄い人だったんだぞ。俺はコウメイの奴に何度も助けられた。何度も命を救われた。それは俺だけじゃねぇ──────。十年前に〝アンダーウッド〞を魔王から救ったのだって、お前さんの親父さんなんだ」

「.........嘘、」

「嘘じゃねえ ああ、疑うなら俺の家にある肖像画を穴開くまで見つめるがいいさ!アンタの親父さんは野暮ったいボロボロの服を好む彫刻家で、言葉数が少なくて、不器用で、都合が悪いことがあ ると小声で話す、羨ましいぐらい見事な体躯と整ったムッツリな色男で............!」

 

「何より.........仲間の為に力を発揮できる、素晴らしい男だった!」

 

 ──────〝友人は大事にしろ〞。そんな父の言葉が、脳裏を過ぎ去った。

 

「その娘であるお嬢ちゃんが、こんなチンケなゲームをクリア出来ないわけねえ。きっとゲームを解いて、皆を救えるはずだ。自信を持て、春日部耀.........!!」

 

 肩を揺さぶって訴えるガロロ。渾身の激励を受け、耀は胸いっぱいに息を吸い込む。

 ──────春日部耀の故郷で、これほど熱く父を語ってくれる人は誰一人いなかった。だから、ガロロには、聞きたいことが山ほどあった。

 父について、聞きたいことがある。語りたいこともある。誇りたいこともある。

 しかし父を誇りたいなら──────仲間を助けたいなら、こんなゲームでつまずいているわけにはいかないのだ。

 耀は天を仰ぎ、もう一度 〝契約書類〞に目を通した。

 

「.........どうだ?」

 

 ガロロの言葉が耳に入らないほど集中する。

 文面の一字一句を脳内で百度咀嚼し、飲み干す。

 字列を並べ替え、発想を転換し、それぞれの意味を繋ぎ合わせて正して──────

 

「────────────正された、獣の帯.........?」

「.........何?」

「正された、獣の帯.........そう、〝正された獣の帯〞だ!」

 

 ガタン!と立ち上がり、

 

「〝正された〞ということは〝誤りがあった〞ということ............此れが第三勝利条件にかかる言葉なら.........〝獣の帯〞、もしくは 〝横道の十二宮〞............ううん。もしかしたら、天体分割法そのものに誤りがあったんじゃ............!」

 

 耀は〝天球儀の欠片〞を壁から取り出し、十二宮の星座の割れ口が全て繋がるかどうかを確認する。白羊、金牛、双子、巨蟹、処女、天 秤、天蠍と並べて行き──────

 

「ど、どうだ耀お嬢ちゃん」

「.........やっぱり、蠍座と射手座が繋がらない。太陽の軌道上にある星は、十二個じゃなくて十三個だったんだ.........!」

 

 十二星座による横道帯の分割法は遥か古代に作られたものだ。

 この古城が衛星として機能していたのなら、より近代的で高度な天文学を吸血鬼たちは学んでいたに違いない。

 レティシアは耀の解答を聞きハッと息を呑む。

 

(まさか.........〝十三番目の太陽〞とは、このことを指していたのか.........!)

 

 耀はキリノが持っていた残りの欠片を集めて早速繋げてみる。

 しかしその中に二つの星座が一致する欠片はなかった。まだ見つかっていない欠片なのだ。

 耀は立ち上がり、全員に指示を出す。

 

「みんな、今すぐ蠍座と射手座の間にある星座を探して!もしも城下町がそのまま天球儀を示しているなら、その中間地点に最後の星座が──────!」

『──────其処までだ、小娘ッ!!』

 

 勢いづく耀達の出鼻を挫く様に、玉座の間の窓をぶち破る敵影。

 側で控えていたジャックは即座に構え、ランタンを取り出して業火を放出した。

 

「油断した.........!春日部嬢 下がりなさい!!」

 

 これほどまで近くに接近させたことを悔いながら、三つのランタンから業火を召喚する。

 それが最後のストックだったが、ジャックは瞬時に敵の強大さを悟り、ありったけの業火を敵に浴びせる。

 

『ヌルいわッ、木っ端悪魔がァ!!』

 

 しかし敵影は身動き一つでその業火を打ち払い、猛々しい雄叫びを上げた。

 

「な、なんと!?」

 

 仰天した様な声を上げるジャック。敵は巨大な腕の鉤爪でカボ チャ頭を鷲掴み、回廊へ続く階段に叩きつけた。

 

「ジャ、ジャックさんが.........!」

「キリノ、駄目だ!逃げて!!」

 

 耀が冷や汗を掻きながら叫ぶ。

 腰が抜けたように扉の前でへたり込んでいたキリノは、敵の姿を至近距離で目撃し、震えながら声を上げた。

 

「く.........黒い、グリフォン.........!?」

 

 顔を蒼白にさせ、額から油汗をかく。キリノが見上げるのは、全身が黒く塗りつぶされた鷲獅子だった。

 鷲の頭も、獅子の胴体も、全て黒い鷲獅子。しかし何より印象的なのは、その頭上にそびえる巨大な龍角と胸元に刻まれた〝生命の目録 〞だろう。

 ガロロは顔を蒼白にさせながら敵を睨んだ。

 

「グ、グライア............生きていたのか............?!」

『久しいな、ガロロ殿。継承式で別れて以来か。.........しかし今は、お前に構っている暇はないッ!』

 

 恫喝し、黒翼を羽ばたかせるグライア。突風に巻かれたガロロは瞬く間に壁に叩きつけられ、為す術もなく崩れ落ちた。

 

「ぐ、ぉ............!」

『昔のよしみだ。殺すのは最後にしてやる。今は主の命を優先させてもらうぞ』

 

 ガロロを横目に、黒い鷲獅子は嬉々として春日部耀を見た。

 

『嬉しいぞ、コウメイの娘。よもや解答に辿り着くのが本当に貴様であったとは.........!この星の廻りに感謝せねばなるまい!!』

「.........な、何を、」

『我が名はグライア=グライフ!兄・ドラコ=グライフを打ち破った血筋よ!今一度、血族の誇りに決着を付けようぞ──────!!』

 

 黒い鷲獅子は気炎万丈の雄叫びを上げ、耀へと襲いかかる。辛うじて避けた耀は他のメンバーに叫んだ。

 

「この人の狙いは私だ!皆は十三番目の星座を探してッ!!」

「だ、だが耀お嬢ちゃん!」

「早く、行って!」

 

 声を荒げて退く様に訴える耀。室内では不利だと悟り、旋風を巻き上げて外へ出る。

 しかしグライアは追い打ちをかけるように、大気を貫いて突進を繰り返す。

 黒い鷲獅子の旋風に、龍角の焔。この二つが相まって起こす力の渦は炎の嵐を呼び、耀を上空高くへと吹き飛ばした。

 体勢を整えた耀だったが、瞬時にお互いの実力差を理解した。

 

(つ.........強い!)

 

 恐らく、今まで戦った誰よりも──────ガルドは赤子、巨人は雑兵扱いだろう。

 そんな予感と戦慄の中で、一人の少女の最後の戦いの幕が開いた。

 

 

 

 

######

 

 

 

 

 ──────〝アンダーウッド〞東南の平野。

 

 平野は大混乱に陥っていた。

 敵陣奥に乗り込んでいた飛鳥やサラ、 そして、〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟だったが、ペストの黒死病の呪いが解呪されたことにより、巨人族が次々と復活し、彼らを取り囲んだのだ。

 サラがどうにか周囲に一喝して鼓舞し、魔女を狙えと指示を出しながら指揮を保持させている。敵陣の真ん中に立っている以上、〝アンダーウッド〞へは引き返せないのだ。引けば敵が雪崩れ込む、故に勝つ為に、進めと恫喝していた。

 

「〝アンダーウッド〞が巨人どもに蹂躙される前に、奴を倒す!!行くぞッ!」

 

 おおと鬨の声を上げ、一斉に巨人族に襲い掛かる連盟の同士たち。

 サラはアウラのいる──────黒い風塵に包まれた儀式場の真正面に立ち、飛鳥とペストに目配せする。

 

「頼む。奴を倒す為に力を貸してくれ」

「凄い今更ね。初めからそのつもりよ」

「とは言っても、あの様子だともうしばらくで〝本体〞が出張ってくるわよ なにより私の力が通じない相手をどうやって倒すつもり?」

 

 皮肉たっぷりで問うペスト。その声は半ば八つ当たり気味にも聞こえる。が、それも仕方ないのだろう。目の前で、魔王バロールが召喚されそうになっていて、かつ繭みたいに〝死の風塵〞を展開して閉じこもってしまっているのだから、本当にどうしようもない。

 しかし飛鳥が答える前に、ジンがペストの脳裏に話しかけた。

 

(ペスト。〝バロールの死眼〞に触れることはできる?)

(............なんですって?)

 

 ペストは黒い人影とそれに配備されている死眼に視線を移して、問い返す。いやいや、無理でしょ。

 あんな状態の死眼に触れる馬鹿はいない!!と言い返したかった質問ではあったが、一応は律儀に万が一でも出来るか確認する。

 アウラは儀式場の中心で〝来冠の書〞を開いて手に持ったまま、濁り切った黒い光の風塵の中で黒い巨人の影に寄り添って立っていた。 黒死病とはまた別の呪いの渦を直視し、ペストは苦虫を潰したような 顔で首を振った。

 

(............無理ね。毒沼に手を突っ込むようなモノよ)

(ペストでも無理?)

(だから無理。毒沼と表現したけどアレ、本質的には神霊化した私の死の風と同等のものよ。触れたら死の恩恵を受けてご愁傷様♪よ)

(.........そっか)

 

 ──────じゃねぇわよ。って言いたいペストだったが、今はふざけている場合ではない。

 

(はぁー。そもそも、触ったところで何が出来るというものでもないでしょう?ジンは何をさせたかったの?)

 

 訝しげにペストが問い返す。ジンはしばらく沈黙したまま何かを反芻するように考え込み、ポツリと小声を漏らす。

 

(──────同じものかもしれない)

(は?)

(君と〝バロールの死眼〞は、〝本質的〞に〝全く同じ〞ものかもしれない)

(............同系統じゃなくて、同質で同じものだというの?)

(うん。魔王バロールも根本は人類だ。只カテゴリーが巨人族というだけで。加えて彼の〝死眼〞は後天性のものだとケルト神話群には記されている。此れは生きながらにしての神性の付与を示し、同時に恐怖と信仰の対象であったものと推測できる。つまり、当時に築いていた黒死病による支配体系と、そこから生み出した死と畏敬の象徴。 此れが高まった時に現れる死眼が〝バロールの死眼〞なんだと思う。そして此れは神霊化したペスト、〝黒死斑の死神〞と限りなく同性質の神霊である可能性が高いんだ)

 

 ジンの推論を受けて、心底意外そうに眉を歪めて頷く。

 

(なるほど、ね............)

(それに──────儀式に掛かっている時間から推測するに、まだ霊格が安定してないんだ。原因は多分、目の前にいる魔法使いじゃあ、〝魔王バロール〞を召喚するのには役不足なんだと思う。だから、たとえあの黒い影が〝魔王バロール〞だとしても、今ならまだペストの方に最高適性の分があると思うんだ。)

(で......私にどうしろと?)

(あの黒い影から死眼を奪い取って欲しい......んだけど)

(む............無茶苦茶言ってくれるわね)

(でも、そうすれば死の風塵が解ける。あとは飛鳥さんとペストとで一斉攻撃。──────儀式場を破壊すれば〝魔王バロール〞の復活は阻止できるはずだ。けど、無理強いはしない。それでもやってくれるなら、今の話を飛鳥さんに伝えて。彼女なら力になってくれるはずだから)

 

 生意気にも挑発めいたような強気な発言をしてきたジンに、ペストは見えない所で邪悪な笑みを浮かべながらなるべく素っ気なく、ジンの意思に背くような空気を醸し出して返答する。

 

(そっ。気が向いたらやるわ)

 

 フン、と其処で脳内会話を切る。嫌なことに策という策はジンの提案以外にはない。

 ペストは嘆息を短く吐いて瞳を開き、飛鳥を睨む。

 突然睨まれた飛鳥は驚きつつも小首を傾げて問い返す。

 

「な.......何?いい案でも浮かんだの?」

「ええ♪ちょっとしたギャンブルになるけれど............乗るよね?」

「この状況で脅迫?随分と余裕ね、ペスト」

 

 ふん、どうにでもなれ、そういう気乗りに悠然とした笑みを浮かべて問うペスト。

 飛鳥はそれに対して、一息つき、大真面目に当たり前だという憤然とした態度で頷いた。

 

「はぁ、出し惜しんでる場合じゃないでしょう?手があるなら早急に教えて」

「.........難しい話じゃないわ。貴方のディーンが突進して、〝バロールの死眼〞までの道を切り開きながらアウラを黒い影から引き離す。私はその道を通って黒い影から死眼を奪う」

 

 ほら、簡単でしょう と笑うペスト。

 飛鳥は途端に険しい顔つきになり、死の光が風塵のように展開されている儀式場を睨みつけた。

 

「.........あの中に飛び込めというの?」

 

 笑えない冗談ね、と付け加える飛鳥。

 ペストは冗談ではないと言うようにかるーく肯定しながら、簡潔に勝算を述べる。

 

「そっ。──────あれは本質的に私の死の風と同じもの。この鉄人形は受け付けないわ。まぁ尤も?アウラが黙って見ているとは限らないけれど。どうする?」

「.........やるわ。もう躊躇ってる時間はないもの」

 

 飛鳥は背後を振り向く。

 黒死病を解呪された巨人族は〝アンダー ウッド〞に雪崩れ込み、既に街を荒らし始めている。最早、一刻の猶予も残されていない。

 ペストはそんな飛鳥を悠然と見つめ、そっと微笑んだ。

 

「そう。赤い人が乗るなら、私も乗ってあげる。あ、火龍の人は下がってていいわよ」

「だ、だが」

「大丈夫。サラはみんなの指揮を執って上げて」

 

 言ってすぐに動き出す飛鳥。ディーンの肩を降り、彼の大きな手をいたわるように優しくさする。

 

「.........ごめんなさい、ディーン。何時も辛い役割ばかりで。でもこれは貴方しか出来ない役目なの」

「DeN」

 

 一つ目の頭を傾け、無骨な返事をするディーン。

 ペストはアウラへと続く道を空け、

 

「最悪一瞬でもいい。私が〝バロールの死眼〞に手を伸ばせるだけの道を作って」

「分かったわ。──────突き破りなさいディーンッ!!」

「DEEEEEEEEeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEEEN!!」

 

 雄叫びを上げ、黒い光が風塵となって渦巻く沼へと突進を仕掛ける。中で佇むアウラは小賢しいとばかりに高笑いを上げ、飛鳥たちの雄姿を愚行だと断じた。

 

「何をするかと思えば、力任せの突進だなんて、貧相のかけらもないわね?!とうとう自棄を起こしたのかしら?〝黒死斑の御子〞!!」

「それは結果を見てから言いなさいッ!」

 

 アウラの嘲笑に、余裕の挑発めいた笑みで応えるペスト。

 その言葉通り、アウラの余裕はすぐに消え去った。

 突進を仕掛けるディーンは、その鋼の身体で渦の中に突進していく。永久駆動の神珍鉄製の彼に死の恩恵が効かないのはペストとの戦いで立証済みだ。

 だから、アウラもその程度は予測していた。

 

「フフ。二番煎じが通用するほど私は易しくなくてよ!」

 

 〝黄金の竪琴〞を取り出したアウラは雷雲から数多の稲妻を打ち下ろす。決して命中精度は高くないが、それも数撃てば当たる。

 天から降り注ぐ稲妻の槍に撃ち抜かれながらも、ディーンは雄叫びを上げて突進していく。

 

「DEEEEEEEeeeeeeEEEEEEEEEEEEEN!!」

 

 天候操作によって打ち下ろされた稲妻が赤い総身に駆け巡る。

 彼の周囲にはさながら爆撃のように粉塵が立ち込め、落ちた場所は地盤が抉られている。

 重鈍ながらも死の渦を掻き分けて進む鉄人形に、アウラは舌打ちを漏らした。

 

「ええい、鬱陶しい.........っ!ならば先にマスターから始末してやるわ!」

 

 黒い渦となっていた〝バロールの威光〞の一部を掌中に収束させるアウラ。

 予想外のいや、いつかのやりとりのフラッシュバックな出来事にペストは焦りの声を上げた。

 

「まずいわ........!飛鳥、隠れて──────ッ!」

 

 絶叫を上げるペスト。しかしもう遅い。

 アウラの掌中に束ねられた一条の黒い光は飛鳥の胸元に向けて照射される。

 危機を感じ取った飛鳥は、咄嗟に右手を掲げ、その光を──────。

 

「.........え?」

 

 飛鳥を助けようと駆けつけた黒ウサギだったが、眼前の光景に目を奪われて足を止めていた。同じように駆け出していたサラも、ペスト も、敵であるアウラでさえ、飛鳥が突き出した右手の炎に瞳を奪われていた。

 

「...............何、コレ.........?」

 

 飛鳥本人も、目の前の光景絶句している。

 ──────そう。これは、比喩ではない。

 飛鳥は右腕から放出する炎で、黒い光を燃やしていた。

 

「ばっ.........馬鹿な!!人間が.........人間が、神霊の御業を中和するなんて............!」

 

 アウラの狼狽たるや、常軌を逸したものだった。

 飛鳥は死の威光が迫った一瞬、〝燃えろ〞と口にしただけだ。ただ それだけで必滅の光を受け止めたのだ。世界の理を知る魔法使いであるからこそ、それが如何にあり得ぬ事かを熟知していた。飛鳥のギ フトを良く知る黒ウサギでさえ目の前の光景を理解するのに時間が掛かったのだから。

 

(まさか、飛鳥さんの〝威光〞とは............〝ゴーゴンの威光〞や〝 バロールの威光〞を含めた、〝カテゴリー〞そのものを指したギフトなのですか.........!)

 

 黒ウサギは、今まで引き起こしてきた事象を思い出す。

 ─────曰く、霊格が劣る者を従わせる。

 ─────曰く、霊格を他人に上乗せする。

 ─────曰く、霊格でギフトの力を底上げする。

 こんな広義の単一ギフトが存在するはずがない。故に飛鳥の力はもとより広義的な意味を持つギフトと推測した。

 

(サラ様が造ったあのギフトは決して強くない。それこそ鉄も溶かせない護身用具です。しかし飛鳥さんが使えば炎を出すだけの恩恵でも、〝燃える〞という概念を強制できる、神仏の御業にまで極大化できるのでは............?)

 

 そう─────恩恵の極大化。もしこれが事実なら、飛鳥は凡百のギフトを手にするだけで神仏に対抗する力を得られるということだ。

 同じくその光景を見ていたペストも、その超常的な力に強い関心を抱き始めていた。

 

(面白いわね、しかも此れだけの才能が一挙に集まったコミュニティが、まだ最下層で燻っているなんて、ね)

 

 今はまだ飛鳥自身が才能に振り回されているが、それでも原石としては、最高峰の才能だとペストは評価した。

 ペストは胸の奥から湧き上がる高揚と共に、ディーンが切り開いた道を突貫する。アウラを引き離すことはできなかったが、アウラは呆然としている─────絶好のチャンスだ。

 黒い人影の眼前─────〝バロールの死眼〞まで飛翔しながらその手を伸ばすペスト。

 もうすぐ、あともうすぐで決着─────そう思われた時だった。

 

「本当は〝月の兎〞を相手に使うつもりだったのに─────けれど、仕方ないわね」

「っ............!」

 

 死の渦を刺すように白き閃光が刹那に迸り、ペストは思わずその足を止めて視界を両腕で庇う。

 アウラは〝来冠の書〞を広げたまま皆に告げた。

 

「これまでの再三に渡る襲撃はね、貴方達の戦力を把握する為のものだったの。つまり、私達にとってこれまでの戦いは〝前哨戦 〞。─────此処からが本命よ............!」

 

 

 

「フフフフフ─────“召喚”!」

 

 

 

 アウラの手元で〝来冠の書〞が白く輝き、そこから生まれ落ちる大きな光球。

 黄色くも白くも滲む光球は、アウラと飛鳥たちの間の頭上へ舞い上がり、何かが地面に着地して地響きを鳴らす。正確には魔王バロールとペストの間に王を守護するように顕現した。

 顕現した肉塊は丸めていた体を優雅に広げてその姿を現す。

 その姿は三メートルあるかないか程の小柄な巨人。しかし纏う空気からして普通の巨人族とは一線を返しているのは間違いない。

 垂れ幕のようなマスクをつけて頭と顔をすっぽりと隠し、小柄ではあるものの引き締まった肉体に民族風の装飾を六割がた焦げ茶の肌を漏出させて着込み、両拳に電気と火花を散らしている金色の装身具を身につけていた。

 

「今さらそんな巨人モドキを召喚するなんて.........捻り潰してあげるわ」

 

 ペストは止めていた足を動かすように飛翔し、立ちはだかる民族風の巨人に怨嗟を放とうと構えたが、敵の姿が目の前で掻き消えた

 

「ど、どこに............っ?!」

「ペストッ!下がって!!」

 

 黒ウサギの叫びは残念ながら途轍もなく遅かった。

 ─────ダッダン!!という地面を揺らすような足音が鳴り響いた瞬間にはもう、ペストの目の前まで民族風の巨人に肉薄されていた

 細くしなる筋肉質な腕、そこから剛速で放たれる小さな少女一人分ぐらいの拳は見事ペストを捉えて、瞬時に装身具から超電流が彼女に流れ込む。

 バチン!バチチチチチチチチチと迸るすざましい雷光。流石の悠然としていた彼女も─────。

 

「がっ...、くぅっァアアアアアアアァアアアアアアアアアア!!」

 

 ペストの聞き慣れない絶叫がその場に響き渡る。聞き慣れていない為か、余計鮮明に大気を振動して戦場に伝達する彼女の悲鳴。

 飛鳥とサラは眼前の惨劇を前に、無意識に息を呑んで戦慄し、その場で凍るように固まった。そしてそれは彼女達だけでなく、周囲で戦っていた〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の面々も同じようにその足を止めて、彼女の絶叫と光景に目を奪われていた。突然の戦況の変化もあり、より彼らの驚愕と恐怖を肥大化させていた。

 民族風の巨人の拳に干されるように掲げられているペストは、時折肩を揺らして咳き込み、衣服からは焼けた匂いが立ち上る。

 民族風の巨人は口を開くことを一切せずに拳を振って、ペストを飛 鳥の近くまで放り投げる。

 

「ぁ............がっ......ァ........、」

「ペスト.........っ!」

「貴様ッ............!」

「..................これ以上はさせないのですよ.........ッ!!」

 

 慌てて駆け寄る飛鳥を一瞥した後、サラと黒ウサギは怒りの眼光をアウラに向ける。

 そして飛鳥はすぐに怒りを爆発させて叫んだ。

 

「そいつを叩き潰しなさいっ!!ディーン!」

「DEEEEEEEEEEeeeeeeeeeEEEEEEEEEEN!!」

 

 紅い巨人ディーンは一つ目を光らせ、突風を引き起こしながら巨大な拳を振るう。

 しかし簡単に避けられ、民族風の巨人は一時、アウラの側にまでバク転で後退した。

 明らかに他の巨人族とは異なった体格と俊敏な動きに戦慄するサラ達だったが、飛鳥はアウラの挑発めいた笑みに奮起し、再度叫ぶ。

 

「ディ、ディーンッ!」

「DEEEEEeeeeNNNN!」

 

 短い返答と共に金属製の腕をしならせて伸ばし、遠くにいる民族風の巨人を狙う。

 大気を突貫して伸びていく拳だったが、やはり民族風の巨人は速かった。

 

「無理よ。この巨人は特別に鍛えられた特別製、同じ巨人に負ける道理はないわ!」

 

 アウラの嘲笑と共に進撃を始める民族風の巨人。

 ダンダンダンッ!!とディーンの猛攻を掻い潜りながら駆け抜け、片足の飛び蹴りをディーンの顔面にぶち込む民族風の巨人。

 ─────結果、ディーンは五歩程度後退させられ、大きく儀式場から遠ざかった。

 

「っ─────小柄の図体でなんて力なの............ッ!」

「なにより疾い!─────っ!?また来るぞ、飛鳥ッ!!」

 

 ディーンの操り手である飛鳥に叫ぶサラ。しかし間に合わない。

 横にいる黒ウサギも手を貸したいのは山々だったが、必勝の槍は取っておく必要があり、必勝の槍を使うにはあの死の渦をどうにかしなけ ればならない。故に攻撃の術がない。出来ることといえば囮だけ、残念なことに今のこの状況には不要なものだ。

 その間にも体勢を後ろに崩しているディーンに瞬時に肉薄した民族風の巨人は、寡黙のくせして頭を使った戦法を駆使した。

 ディーンの眼前に勢い良く跳躍した民族風の巨人は、そのままディーンの首に片腕を絡ませ、後ろに重心がいっているのを利用してさらに後方へ倒し込むように吹き飛ばしたのだ。

 

「ディーンっ!」

「くっ.........!?神珍鉄の巨人をこうも容易く吹き飛ばすとは、厄介な奴を使役している.........、」

 

 吹き荒れる風塵に巻き込まれながら飛鳥は叫び、サラは呻く。

 飛鳥は歯がゆそうにペストを抱えようとするが─────

 

「っ、必要ないわ.........自分で、立てる.........っ、」

「そう。でも.........無理はしないでね」

「善処するわ」

 

 悪態を付くように吐き捨てるペストに、飛鳥は小さな笑みを浮かべ てディーンに意識を送る。

 ペストは息を切らしながらもなんとか立ち上がったまま、脳内に呟いた。

 

(さあ、どうするの?.....このままだと最悪な状況で、最悪の魔王が復活するけどぉ?!)

(っ............とにかく、目の前の巨人をどうにか倒すか、儀式場から引き離すかしないと.........!)

 

 ジンは瞬時に、戦況を把握する。

 こちら側─────ペスト、黒ウサギ、ディーン、飛鳥、サラ。

 相手には─────死の渦、魔王バロールの影、アウラ、民族風の巨人。

 優先すべき事柄は─────〝魔王バロール〞復活の阻止。

 そのために大前提なのが─────〝死の渦〞と〝民族風の巨人〞。

 アウラの天候操作は精度が低い、ならばそれはまだ置いといていい。

 

(一番いい............方法.........っ...ダメだ。どれも敵に知れている策、.........どうすれば......っ)

 

 やはり自分には指揮なんて─────いやここで諦めるのだけはダメだ。

 皆を死なせる訳にはいかない。そして今できる最善を尽くそう。

 ジンは見えないところで両拳を握りしめて、呟く。

 

(最後の作戦です─────これで必ず終わらせます、この戦いを)

(そうこなくっちゃね!じゃなきゃぶっ飛ばす)

 

 先の倍返しを企むようなペストの邪悪な笑みと不屈の闘志を秘めたジンの笑みが絡み合い、〝アンダーウッド〞の戦いも最終局面へと移行するのだった。

 

 

 

 

 

 

######

 

 

 

 

 

 

 ─────吸血鬼の古城・城下町。

 

 

 十六夜はグリーの決死の援護を得てレティシアの影を撃墜することに成功した。というより、上陸した後はもはや十六夜の一方通行だったので、命を掛けて飛翔したグリーも流石に唖然とするしかな かった。

 その後、十六夜とグリーは偶然出会ったジャックの使い魔に案内され、外で待機していたアーシャたちと合流していた。

 耀の推論を聞いた十六夜は険しい表情になり、すぐさま彼女たちに十三番目の星座の欠片を探すよう指示を出した。

 

「くそ、俺としたことが遅すぎた。せめて春日部がレティシアの伝言を聞いていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに.......、」

「べ、別にアンタの責任じゃないだろ。それより今は最後の欠片を探さないと」

 

 フォローを入れながら瓦礫を除けるアーシャ。彼女に隙を見せるほどに、十六夜は珍しく焦っていた。それもそのはずだろう。

 ゲームが再開され、巨龍が雷雲の中で息を潜めているのだ。

 このままでは何時、〝アンダーウッド〞に下降するか分かったものではない。

 

(今は大人しくしているようだが、暴れ出したら被害は甚大なものになる。............もしもそうなったら.........)

 

 唐突に通り過ぎた大広場─────何か大きな力がぶつかり合ったような破壊の跡が刻まれており、所々に地割れが走っている。

 しかしその光景さえも十六夜の目に止まることはなく─────。

 十六夜は無意識に左腕を押さえた。

 

 

(今は“アイツ”もいない、土壇場で来る保証もない、─────俺がやるしかない)

 

 

 最悪の事態を想定し、その覚悟を決める必要があったのだ。

 仮令その一撃が─────同士を殺すことになろうとも。

 

 

 

 

 

#######

 

 

 

 

 耀は持てる限りの力を費やして防戦に徹していた。

 敵であるグライア=グライフの狙いは、耀一人のため、皆の攻略の邪魔にならないよう、空中戦へもつれ込ませたが、格の差が歴然としていた。

 空中戦─────以前、貰った鷲獅子の恩恵により多少は人間だとしても動けてはいたが、相手は本物の鷲獅子であり、龍角を有する幻獣の概念を超えた超生物。中途半端な力ではかえって、致命的なミスにつながる。空中戦は長続きしないどころか、すぐに捕まるだろう。

 故に秒数をいくつか刻んですぐ耀は空から急降下、作戦を変えて市街地へ降りる。

 地に足をつけると一足駆ければ、五十メートル近くを飛び越えた。

 

(此処にきてから、調子がいい…………これなら、)

 

 廃墟を駆け回り身を潜めながら、戦闘を繰り返すことで、時間をかせぐことができる。

 加えて、ゲリラ戦になれば五感の優れた耀が索敵能力の分だけ有利になる。

 

(城下町の市街地なら簡単に見つけられないはず…………!)

 

 正直、グライアは真正面から戦って耀が勝てる相手ではない。今この南で勝てる見込みのある実力者は、十六夜だけだ。

 

(亜音は………………ダメだ、南に行きたいって来たのは私たち三人だ、………頼ってはダメだ)

 

 たとえ、亜音にとっては容易なことでも、死地に呼び込むことを同士としてはできない。

 それをしてしまったら、この先も─────亜音だったら、が口癖になっしまうほどの大馬鹿野郎になる。

 今回に限ってはせめて、ガロロたちが最後のかけらを見つけるまでは時間を稼ぎ、ゲームが終わったら、あの敵を倒すのではなく、撃退する方法を見つけ出す。

 

(次会う時は─────私が倒す)

 

 だが、そんな隠れ潜む耀を空から見下ろすグライアは嘲笑う。

 

『フン、時間稼ぎか。しかしこの程度のことで姿を隠しきれると思っているのか!?』

 

 高く吠えるグライア。刹那、黒い鷲獅子はその造形を激変させるように、ありとあらゆる骨肉を軋ませ始めた。

 胸に刻まれた“生命の目録”の系統樹が流転を繰り返し、彼の命としての在り方を壊し、変幻させていく。

 耀は物陰からその様子を窺っていたが、余りの事態に息を呑んで放心していた。

 

(な、何アレ………!?)

 

 鷲獅子の特徴であった嘴や黒翼がなくなり、首筋からは三つの頭と顎が生え、やがて巨躯の猛犬へと姿を変えた。

 原型が残らないほどに変化したグライアは、三つの頭を持つ猛犬となって地下街へ降り立った。

 

(あれ………あれじゃあ、まるで、神話に出てくる、……………ケルベロス!?)

 

 だとしたら、撃退どころかゲリラ戦に持ち込むことすら難しい。

 そして、気づいた時には遅く、三つの鼻頭をひくつかせたグライアはこちらの視線に気付く。

 

『………其処かッ!!』

 

 巨大な顎を開き、龍角を輝かせて炎の嵐を吹き出す。

 耀はなんとかギリギリのところで廃屋から逃げ出し、すぐに上空へ向かう。

 だが、瞬時に判断した故か、それは今までの事を無に返すほどに愚かな選択だった。

 

『愚か者がッ!!我ら鷲獅子の一族は翼がなくとも飛翔できるのを忘れたか!!』

「─────っ!」

 

 強靭な獅子で大気を踏み、一瞬にして耀との距離を詰める。巨大な顎が開き、鋭い牙が目前に迫ったが、間一髪のところでかわす。

 しかし敵は三つの頭を持つ猛犬、執念にも近い勢いは止まる事を知らず、間髪入れずに巨大な犬歯が光る。

 連続して襲う牙に左足が擦り、それだけで左足から大量の鮮血が舞い散った。

 距離を取らねば噛み殺される。そう悟った耀は相手の鼻頭を全力で蹴り締め、その勢いで急降下する。半ば叩きつけられる様に降りた耀の左足から、血飛沫が軽く舞い、身体中に走った衝撃と激痛に顔を歪めた。

 

「痛………っ、」

 

 だが、痛がっている場合ではない。

 なんとかすぐに立ち上がり、逃げようとするが、三頭の猛犬から鷲獅子に戻ったグライアがその行手を阻む。

 即座に構えを取るが、グライアは何故か訝しげな表情で耀を見つめた。

 

「……………?」

『…………解せんな。何故、“生命の目録”を使って変幻しない?そのギフトを使えば勝てぬまでも、防戦に徹することは不可能ではないはずだ』

「……変、幻?」

 

 肩で息をしながら問い返す耀

 グライアは一層不可解だと瞳を細めた。

 

『よもや貴様、そのギフトが何か知らぬわけではあるまいな?』

「え、………」

『その“生命の目録”は生態兵器を製造するギフト。使用者は例外なくキメラとなり、他種族との接触でサンプリングを開始する。まさか、知らぬまま使っていたのか?』

 

 キメラ、それは人外的な実験により生まれし合成された生物の総称。

 まさか、人の道を大きく外れた話が、自分に関わりがあろうとは思いもよらなかっただろう。思わず、“父”から貰ったペンダントを強く握りしめる。そんなはずはない、と。

 

「接触………サンプリング、」

『そうだ。先ほど組み合った時に発した剛力。それは巨人のものだ。お前にも覚えがあるはずだ、数日前にアンダーウッドを襲った時に戦っただろう?』

 

 覚えがあるも何も、巨人族に叩き落とされたあの戦いのことだ。まさかあの程度の接触で新たなギフトを得ていたなど微塵も考えもしなかった。

 ………いや、そもそも。前提として、この力は心を通わせた証では、

 

『………ふん。いっそ哀れだな、小娘。よもや己も知らぬ間に、父の手で怪物と化していたとは夢にも思うまい』

「─────っ、黙れ!!」

『このまま生きていたとしても、己が怪物性に目覚めて苦しむだけだろう。せめて最後は、貴様の父が造り出した業の片鱗を垣間見て逝け…………!』

 

 グライアの龍角から彼の体躯を包むように、灼熱の炎が渦巻いていく。

 その渦巻く炎の中で、体を変幻させていく彼はやがて、その全身を巨躯へと変え、別の怪物として組み上げる

 そして炎の嵐を晴らして、その姿、巨大な四肢と龍角を持つ黒龍が顕現した。

 

『これが貴様の父が造り出した業の片鱗。そして“生命の目録”が持つ、真の力だッ!!!』

 

 黒い西洋龍となったグライアは口内に炎を蓄積し、熱線として城下町を焼き払った。

 街の地盤を容易く抉るその破壊力を前に、耀はなす術もなく瓦礫と共に巻き上げられ、地面に叩き付けられる。

 なんとか旋風を身に纏っていたお陰で五体満足であったが、正直、運が良かったとしか言えない。

 それでも最後まで時間を稼ごうと力を入れるが、

 

(…………手足が、うごかない、!)

 

 皮膚が焼けるような痛みと少し動くだけで体全体に痺れや激痛が走り、正直死ぬほど辛い。これでは時間稼ぎもままらないだろう。

 グライアは程なく、目の前に現れ、耀の座り込んだ姿を見て、かぶりを振った。

 

『抵抗しなければ容易く死ねたものを。下手な足掻きは己の格を下げることになるぞ、娘』

「そんなこと言われても、困る」

 

 茶化したような、少し強がりな態度を見せるが、本当にそれぐらいしかできなかった。

 手足の痺れ、火傷の痛み─────鍛えられた体ではないため、残り少ない体力にも響いてきている。

 ─────自分は本当にただの人間、一人の少女でしかない、種としての格の差を思い知らされた。

 グライアは口内に炎熱を収束させ、やはり憐みの籠った瞳でトドメを刺そうと近寄り─────そのわずかな時間に。

 二人の間に割って入る幼い影があった。

 

「よ、耀さんから離れてくださいッ!」

 

 花の髪飾りが耀の眼前で揺れる。二人の間で仁王立ちしたのは、彼女を追ってきた樹霊のキリノだった。

 グライアは殺意に満ちた瞳でキリノを睨みつける。

 

『退け、小娘』

「退けません!耀様は、私たち“アンダーウッド”の恩人の一人!そ、その御方が討たれようとしているのに、隠れて震えているほど私たちの誇りは安くないッ!」

「キ、キリノ…………!」

 

 グライアは巨大な眼を鋭く光らせ、威嚇するように鼻を鳴らした。

 

『アンダーウッドは今宵滅びる。巨龍がじきに猛威を振るうだろう、半刻も持つまい。無駄な意地をはらず失せるがいいッ!!』

 

 己の何倍もある体格の者から恫喝され、すくみ上がるキリノ。耀とて間にキリノが入っていたとしても、その恐怖はしかと伝わっていた。しかしキリノは、それでも退かなかった。

 並々ならぬ胆力で、震えながらもグライアを睨み返した。

 

「それならば尚更です!私はアンダーウッドの同士です!そのコミュニティが滅びるのなら、私たちの命はその一瞬までが全てッ!ならその最後の一瞬は、コミュニティの恩人に尽くすのが恩義です………!!」

 

 耀はその価値観、覚悟に“改めて”眼を丸くせざるを得なかった。

 ─────、一片の未練もなく仲間を、家族を、居場所を、捨ててここにきた。そんな私を守っているのは、恩人だと最後まで叫び、私よりも力なき者だった。因果応報だろうか、と思ってしまう。力の差を前に諦め、膝をつけ、あとは任せるしかない匙を投げた私への当てつけだろうか。

 ─────このまま終わってしまってほんとうにいいのか、

 耀は瞳を閉じ、一呼吸する。

 その間にも、震えるキリノを見下すグライアは、止めていた熱の収束を加速させた。

 

『………よかろう!ならばその誇りと共に、炎に焼かれるがいいッ!!』

 

 ─────もう迷ってはいられないッ!

 耀は震える足に鞭を打ち、とにかくキリノの前に飛び込む。

 しかし、策などありはしない。

 多種多様な幻獣へと姿を変えるグライアの前では、耀は無力に等しかった。

 

 ─────だがそれでも負けるわけにはいかなかった。

 ─────いや、負けたくない。

 

 私と友達になって欲しいと、〝初めて〞言ってくれた人がいた。

 病に倒れた時にずっと、黙って傍にいてくれた人がいた。

 私を含めた皆を影から支えて、代わりにボロボロになってくれた人もいた 。

 私のことを、心から必要だと言ってくれた人達がこの場にいる。

 私に変わるきっかけを与えてくれた友達がいる。

 そして、今こんな自分を恩人だと、命をかけて尽くす、と言ってくれた新たな仲間がいる。

 

 ─────無駄にしたくない。これまでの功績を、思いを、苦しみを、その全ての軌跡を私は捨てたくない。

 ─────自覚した、私はもっともっと欲しいんだ!友達も、家族も、仲間も、みんなとの思い出をもっと─────その先へ!!

 ─────いつかみんなと並んで戦いたい!

 ちがう、いつかじゃない、今なんだ、今しかないんだ!!

 

 ─────父さんは、そんな(目録)を私に残してくれたんだ!

 

 負けない、お前なんかに─────!

 

「お前なんかに私は負けない─────!!」

 

 吹き荒れる炎熱。ジャックの煉獄すらかき消す龍の息吹。刹那で眼前を焼き払えるはずだった。

 だが、グライアの眼前に見えたその星の光の螺旋は新たな進化と系譜を投影する。

 光の中心にある生命の目録のペンダントに吸い込まれるように、炎熱は渦巻いていき、その光景にグライアは驚きの声を上げた。

 

『馬鹿な!─────違うッ!此れは私の知っている“生命の目録”ではない…………ッ!!』

(私が築いてきた軌跡を、己の生命に刻み、命の集大成を今ここに─────!!)

 

 グライアが驚いている間にも、耀の手に握られいたはずのペンダントは─────やがて一本の杖と変幻した。

 先端に大蛇の顎を持ち、翠の翼を装飾した大きな杖を耀は高らかに掲げる。

 すると、グライアの炎を受け止め切った刹那、先端から一筋の閃熱が鋭く放たれる。

 

『な、!』

 

 驚きながらも身を翻しかわそうとするが、その鋭さから逃げることはできず、容易く片翼を消し飛ばした。

 

『ォオオオオオッァアアアアアアアアア─────!!!』

 

 断末魔を上げながら城外まで運ばれ、地上へそのまま落下していくグライア。

 耀は朦朧とした意識の中で、グライアの気配がなくなったのを把握した。

 そして自身の確かな手応えと勝利を得て満足そうな笑みを浮かべたままその場で静かに崩れ落ちるのだった。

 

 

 

#######

 

 

 

 ─────〝アンダーウッド〞大樹の麓。

 

 

「無茶苦茶ではあるけど、やるしかないわね」

 

 ペストから聞かされた作戦に、飛鳥は苦い顔をしながらも決心する。

 黒ウサギやサラもそれに頷いて、各々準備を整えた。

 彼女達の眼前にある儀式場─────黒い風塵の中に民族風の巨 人とアウラ、バロールの影がいる。

 そして徐々に復活の時が近づくように、黒い光に死の気配に重みが増していた。

 緊張した空気が立ち込める中、ペストが合図として叫ぶ。

 

「じゃあ行くわよ ─────ッ!!」

 

 ペストは叫ぶとともに空へ飛翔し、黒い怨嗟を周囲に散布する。

 その黒い怨嗟は煙幕の役割を成して飛鳥やディーン達を覆い隠し、 自分もその中へ姿を消した。

 それを一瞥していたアウラは盛大に舌打ちする。

 

「チッ...............目くらましかッ!─────小賢しいわね........?〝 ブラックパーチャー〞!!」

「なんとでも言いなさいよ─────けど、いつまでその余裕が持つかしら?」

 

 直後、挑発めいたペストの声と共に黒い煙幕より紅き巨人の腕が伸び出て、儀式場を包んでいた黒い光を弾き飛ばし、豪快に突貫していく。狙いは─────民族風の巨人。

 しかし簡単に横へ避けられ、アウラは嘲笑を上げた。

 

「馬鹿ね、目くらまし如きでどうにかなるわけ─────」

 

 だが、そこへもう片方の紅き腕が突き出て伸び、先ほどの攻撃で黒い光が晴れた場所を通って、儀式場に再度、巨大な拳が迫る。

 この拳の狙いは、〝来冠の書〞を手に持つアウラだった。

 

「─────ヌルいわ、この戯けどもッ!!」

 

 アウラの怒声と共に疾駆する影─────民族風の巨人はすぐさまアウラの前に現れて、拳を防ぐのではなく、紅き腕を軽く横に押しのけることで、アウラの数センチ横へ的をずらし、後方へやり過ごした。

 二つの長く伸び切った紅い腕に挟まれる形になっているアウラと 民族風の巨人。

 だが、その時だった─────黒い煙幕より飛び出た一つの影。彼女、黒ウサギの手には〝マハーバーラタの紙片〞が握られていて─────途端、一枚の紙切れが、必然の勝利を与える槍へと姿を変えた。

 アウラはすぐに民族風の巨人を魔王バロールの眼前に向かわせようとするが─────そこに響く三人の声。

 

「あら、後ろがお留守になってるわよ 」

「我々を忘れて貰っては困るな」

「さっきはよくもやってくれたわね、巨人もどき」

 

「なっ............まさか、紅い巨人の手の中に............!?」

 

 アウラの背後に立つ─────飛鳥、ペスト、サラの三人。三人は信 じられないことにディーンの拳に息を潜めてこの場にやって来たの だ。少し衣服が乱れているのは〝押しくら饅頭〞したせいなのだろう。

 そして彼女達の作戦だが、ディーンの最初の拳は、死の光を跳ね除けることが目的で、彼女達を安全に運ぶためだった。で、その過程は─────全てこの状況を作るためのもの。アウラに突きつけられている選択、民族風の巨人を自分の守護に当てるか、それとも魔王バロールの守護に当てるか、どちらにしても戦いには決着がつくだろう。自分の守護につけた場合は魔王バロールの復活はなくなり、同時に〝バロールの死眼〞は破壊される。魔王バロールの守護に当てた場合は、飛鳥とサラ、ペストを同時に一人で相手をしなければならなくなり、飛鳥の力も目覚めたこの状況では確実にアウラは敗北する。

 故にアウラが最後に出来ることは、自分の命を守ることぐらいで、 最低でも魔王バロールの復活は阻止出来る。この作戦で一番ヒヤヒヤしたところは、三人が入った拳が死の光を浴びずに侵入したとこ ろ、一歩間違えれば三人一緒にあの世行きであった。しかしそれを入れてもこの作戦はよく考えられていたと言えるだろう。

 ちょうどその時、黒ウサギの凛とした声が響き─────加えてア ウラがファイナルアンサーを告げる瞬間がやって来た。

 

 

「穿て─────〝擬似神格・梵釈槍〞(ブラフマーストラ・レプリカ)─────!」

「─────後ろの三人を殺せ!!」

 

 

 黒ウサギから穿たられる必勝の槍。─────死の渦がディーンのおかげで晴れている場所から入り、魔王バロールの瞳へ進撃していく。

 同時に民族風の巨人はアウラの背後に立ち、飛鳥達と相対した。

 つまりこれで─────死眼は撃ち抜かれ、〝魔王バロール〞 は召喚早々死亡す─────だが、アウラと相対していた三人はアウラの、戦い始めと対して変わらない余裕の表情を見て、怪訝になる。

 袋小路に追い込んだはず、だと思い、ふと三人は魔王バロールの影と、大気を貫いていく必勝の槍へと視線を移した。

 そんな三人の耳に嫌な囁きが響いた。

 

「フフフフハハ!!.............言ったはずよ!私達は同じテツは踏まないってね!!─────必勝の槍の対策とて用意してあるに決まってるじゃない!!」

「なっ...............!そんな、まさか!............地中に巨人族を.........?!」

 

 黒ウサギは地に着地しながら、目の前の光景に驚愕する。 万全の体勢で穿たれた必勝の槍はしかし、〝大地〞から吹き出した五体の巨人族の壁に阻まれ、魔王バロールの瞳に届くことはなかっ た。

 やがて必勝の槍は壁になった巨人族と共に爆散し、火の粉が地に還るように降り注いだ。

 これには黒ウサギも、サラも、ペストも、飛鳥も、ジンも、息を飲んで戦慄するしかなかった。

 だが、その中でもペストだけは瞬時に動いた─────彼女が飛翔した先には、魔王バロールの瞳。

 

「まだ、終わってない!」

「─────フフフ、その判断力。本当に惜しい人材ね。だけど、甘いわ─────!」

 

 デジャブ─────なんかではない、これで二度目だった。ペストは背後より追尾していた民族風の巨人に無防備に殴られ、電気を浴びな がら死の風塵の外へと弾き飛ばされた。 偶然、晴れていた場所から弾き飛ばされたおかげで死の光を浴びることはなかったが、それでも─────。

 

「ぁあああああああアアアアアアア─────ガッ.........ぁ、っ」

 

 全身をなぶる電気の熱にペストは焼かれ、絶叫を上げて白目を向き、ディーンの横に無様に転がった。

 

「ペ、ペスト───っ!」

 

 黒ウサギはすぐに跳躍してペストに駆け寄り、抱きかかえる。

 もはや瀕死に近かったが、やはり元神霊なのか、生命活動はしっかり行わ れていた。

 その様子に安心しながらも、サラは飛鳥を抱き上げて叫ぶ。

 

「しっかり掴まれ!」

「わ、分かったわっ、」

 

 飛鳥は戸惑いながらもサラの首に手を回してお姫抱っこされ、サラは炎翼を羽ばたかせる。

 そして二人はまっすぐ─────ディーンのあけた死の風塵の穴に翔けていく。

 だが、アウラがそれを黙って見送るわけもなく、〝黄金の竪琴〞を 鳴らして稲妻を打ち下ろしながら、死の光をもう片方の掌中に溜めて撃ち放った。

 サラは不規則に加速と急停止を繰り返しながら旋回し、稲妻を避けつつ後ろに追いすがる〝死の光〞を意識する。

 サラは前を向いているために分からないのだろう─────飛鳥は叫んだ。

 

「駄目ッ!─────間に合わない サラ、相殺するしかないわ!」

「くっ.........駄目か............仕方ない.........っ、」

 

 サラは飛鳥を地におろしながら、炎翼をしまう。

 そんなサラに飛鳥 は半ば怒声の指示を叫んだ。

 同時に飛鳥は、龍角の欠片が配備された籠手を構える。

 

「私の後ろについて!!」

「あ、ああ、!」

 

「─────〝燃えろ〞ッ!」

 サラの返事を待ってなかったような即断の反撃。

 籠手より吹き出した火炎は瞬く間に膨張して、死の光を中和する。

 異なる威光の衝突は眩い混沌とした閃光を迸らせ、その場を染め上げていった。

 互角の競り合い─────しかしそこでタイミング悪く、紅い籠手にヒビが走り、火炎の出力が落ちた。

 同時に均衡していた衝突は徐々に押され、突風が飛鳥とサラに吹き付ける。

 

「くっ............ぅ、このままじゃ、籠手が持たないわ......っ!」

 

 そして紅い籠手は限界を達し、砕け散るとともに一時的に儀式場を包んでいた死の風塵を吹き飛ばすの衝撃波が辺りを襲った。

 アウラは民族風の巨人に守られてやり過ごすが、サラと飛鳥、外にいた黒ウサギやペストはまともに直撃し、地面に薙ぎ払われる。

 

「くっ............飛鳥さん.........ペスト.........サラ様.........っ」

 

 黒ウサギはボロボロになりながも膝をついて顔を上げ、周囲を見回す。

 そこには無様に転がる同士たち。ペスト以外は意識を保っているようだが、全身に痛みがあるのかその場で動けずに微動していた。サラはおそらく大丈夫だが、何より一番心配なのが飛鳥だ。彼女の生身は至って普通の少女、数メートル弾き飛ばされるだけでも重傷を負いかね無いほど脆いのだ。なのに今、それ以上の衝撃が彼女を襲った。

 黒ウサギは痛みに歯を食いしばって立ち上がり、飛鳥に駆け寄る。

 同時に〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の面々は、眼前の主力壊滅を目に収めて呻き、数人の同士が、サラへと駆け寄っていく。

 

「飛鳥さん.........ッ!」

「く......黒ウサギ......!」

「よかった......痛い所はありますか?」

「.........大丈夫よ、咄嗟にサラが............庇ってくれたから。私はまだ戦えるわ......っ」

「......飛鳥さん」

 

 飛鳥は体を起こし、サラが咳き込みながら同士に介抱されている様子を横目で確認して安堵する。

 

「黒ウサギ、私は大丈夫だから.........ペストを」

「わ、分かりました」

 

 黒ウサギはすぐにペストの元へ走って行き、飛鳥は埃を払いながら立ち上がった。すかさず現状を把握し始める。

 

「サラ、ペスト、黒ウサギの三人はもう頼れないわね...............残るは私とディーンだけ、」

 

 それに比べて敵は、儀式場を守護する死の光を復活させ、民族風の巨人は無傷、魔王バロールの影も健在。

 誰がどう見ても満身創痍だろう。

 飛鳥は思わず歯ぎしりし、その様子を見たアウラが不敵に笑った。

 

「フフ、残るは貴方だけね。.........どうする?」

「............っ」

 

 試すような問いかけに飛鳥は、沈黙するしかなかった。

 今ここでディーンを動かせば間違いなく民族風の巨人は、怪我人たちを襲い始めるだろう。

 攻め手がディーンだけである以上、一歩も動くことはできなかった。

 ─────飛鳥の頬を伝って落ちる、戦慄の汗。

 

「............GOoogGAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 儀式場に鎮座していた黒い影より発せられる巨人の雄叫び。

 其処から死の気配がさらに重く漏れ始め、〝バロールの死眼〞が混沌を明滅させて放つ。

 皆が感じていることをアウラはわざわざ─────告げた。

 

「もうすぐ復活するわ.........〝魔王バロール〞が............ッ!」

 

 背中に冷たいものが走り、四肢が重くなっていく。

 それでもなお、〝龍角を持つ鷲獅子〞は十年前の再現はさせないと奮起するが、数多の巨人族たちがそうはさせなかった。

 焦りは焦りを生み、戦況はさらに悪化していく。その中でも サラは怒声を上げて戦況を立ち直らせようとするが、喧騒が、恐怖が、復活までのタイムリミットが彼女の行動を無に帰する。

 人生を決める試練、残り数分のタイムリミット、震える手指、止まる思考、なのに未来の地獄に染まった光景を描く脳裏─────〝終わりだ〞、それだけが最後に残る。

 

 終わりだ。

 

 負けだ。

 アンダーウッドは落ちる。

 これまでの復興が、戦いが 、思いが、苦しみが、全て無駄だった。

 時が止まったような感覚─────そんなわけが無いのにそう錯覚してしまう最後の時。

 〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の同士の中から落ちる涙は乾いた地上 へと落ちていき、比喩では無いように絶望が〝アンダーウッド〞の大地を埋め尽くす。

 

 ある者は、荒れ狂う地で大の字で空を見上げる。

 ある者は、迫る巨人を前に武器を下ろす。

 ある者は、屍を抱きしめてうずくまる。

 サラはいつの間にか、その口を閉ざし、瞳を伏せる。

 ペストは、横になりながら、空に向かって手、ハーメルンのシンボルの指輪を掲げる。

 黒ウサギは、襲い来る巨人をいなしながら、同士の元へ駆けようとするが、徐々に包囲されていく。

 

「まだ、……………まだ私は、終われない、………のに!」

 

 久遠飛鳥は、震える手に無理やり力を込めるが、目の前の敵である、アウラ、民族の巨人、黒き巨人を眼前にして一人動けずにいた。

 だが、援護を期待して後ろを振り向けば、誰もが、その足を、手を止めていた。

 

「まだ、…………まだよ!…………私はまだ此処にいるわ!!」

「あらあら、往生際の悪いことね?でもいいの?周りはもうわかっているようだけど?」

「…………っ、」

 

 アウラは“落ち着き”始める戦場を見渡し、いまだに戦意を見せる飛鳥を嗤う。

 

「ふふふアハハハハ!!よく似合ってるわよ?知能の低い負け犬みたいでね?」

「……………、」

 

 言い返すこともできなかった。

 飛鳥は、それでもその肩の震えを、苦渋の顔を伏せることはしなかった。

 

 

 

「立ちなさい………………」

 

 

 

 静かに紡がれた言葉だった。

 それでも、近くにいたサラ、ペスト、ディーン、敵であるアウラ、巨人の兵たちにも聞こえていた。

 

「立ちなさい………立ちなさい、…………私は……」

 

 此処に来るまでにあらゆるものを捨ててきた。

 地位も、金も、居場所も、家族も、友達も、全てを断ち切って、新しい友達のおかげで此処に立っている。

 こんな所で終わることなんて、できるわけがない。

 それにこの世界に来て新たな自分を知った─────私は誰よりも負けず嫌いだ。

 

 

「私はあなたなんかに負けないわ」

 

 

 

 誰もがその純粋な戦意に、負けず嫌いに、闘志に刮目した。

 味方陣営は口角を上げ、再びその手に武器を取る。

 敵陣営は、特にアウラはいつの間にかその表情から嘲笑を消していた。

 そして飛鳥は、隣に立つ紅き巨人を一瞥し、

 

「─────奮い立ちなさいッ!ディィイイイン!!!」

「DEEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeNッ!!!!」

 

 耳を突き刺すような少女の甲高い声と巨人の雄叫び。

 その声がやまびこのように戦場へ響き渡ると同時に、辺りから勝ち鬨をあげるかごとくの雄叫びが上がった。

 

「「「ぅおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

 飛鳥の喝により、戦後の広場は再び戦場に戻る。

 黒ウサギはそれを見て、飛鳥の器の大成を見た。

 

(飛鳥さんは箱庭屈指のプレイヤーに必ず成る、そう確信できます、だから)

 

 黒ウサギは圧倒的な脚力で、一人の巨人の膝を蹴り飛ばす。加えて体勢が崩れた巨人の影に隠れた刹那を狙い、鋭く地を駆け、巨人の包囲を抜き去った。

 

(飛鳥さんは、此処で死んではいけない人です!だから、黒ウサギが守ってみせます!!)

 

 だが、そう感じ取ったのは、何も味方だけではない。

 敵であるアウラもまた、目の前の少女に焦りを覚えた。

 

(……………あの小娘は、死の渦を燃やしたこともそうだけど、………)

 

 垣間見せた霊格の肥大化の力に加え、さらにその力に見劣らずの器。

 ─────純粋な戦闘力なら箱庭の貴族どころか、木端魔王すら倒せないはず、しかしそれでもこの戦場の最前線に立っていられるのは、ひとえに器のその大きさ、俗に言うカリスマ性と言ったところ。

 

「……………なら、殺すなら今しかないわね!!」

「………つ、!」

 

「あ、飛鳥さん!?」

 

 駆けつけた黒ウサギの声が響いた。

 その近くではペストがなんとか立ちあがろうとしていた。

 しかし、距離的に間に入るのはもう難しかった。

 アウラの指示が飛んだ瞬間、黒き巨人の影から、死の渦が飛鳥に向かって放たれる。

 もう炎を出す恩恵は出し切っている、それでも飛鳥は目を背けなかった。

 

 

 

#####

 

 

 ─────諦めないでっ!!

 

######

 

 

 比喩なく、死の渦が刹那にかき消えた。

 その場の全員がふと肩を揺らし、空を見上げ、周囲を見回す。

 錯覚だったのか?そう切り捨てようとした時─────その瞳に奇跡が溢れた。

 アウラは目の前の光景に思わず、声を上げる。死の渦がただ消えたわけではなかった。

 

「な、なんだ、これは......ッ、............まさか、精霊......!?」

 

 そう─────大地より星の数ほどの小さな光球が噴き出し、ゆっくりと浮上していたのだ。

 幻想的な光景だ。〝アンダーウッド〞の大地が刹那に、絶望から精霊の軍勢に塗りつぶされ、寒気に震えていた手指がほんのりとした温もりに包まれていく。こんな光景、箱庭広しといえども一度たりとも見ることはできないだろう。まさに黄色い大地、稲穂のように溢れ、黄金より華やかに輝く大地。光と影、天と地、明暗が公転し、逆転し、 金色の火花のような光球が華やかに強く地を染め上げ、ほんのりと天を昏く照らしていた。

 突然の変化に皆が敵味方関係なく足を止め、様子を伺い、四方八方に瞳を奪われている。

 そんな中で、同士の肩を借りて立っていたサラが─────絶望の中に溢れる、希望の星屑を見上げて呟いた。

 

「まさか..................目覚めたのか、アンダーウッドの大精霊がっ!?」

 

 そして精霊達は〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の同士たちに寄り添い、 脳内に言葉を送る。

 

 ─────〝十年前の再現〞なんてやらせるんじゃねぇ!諦めなるな!それでもお前らは勇気を掲げる我らの同士かッ!!

 ─────私の意思を、〝十年前に散ってしまった私達の意思 〞を無駄にしないで!!!

 

 ─────まだ希望は残ってる!だから、負けないでッ!!

 

 それぞれの同士に送られた言葉と声は、各々が“聞き覚える”の声。

 つまり彼女達、精霊は十年前に散って行てしまった同士たちの意思と伝言を一部だけ引き継いで記憶し、皆に伝えてくれたのだ。

 精霊とは基本、自然災害などの不具合で散ってしまった命が転生したもの、あるいは自然発生のもの、その二パターンしか無い─────故に本人達では無いことは皆が悟っている。

 しかし─────涙を流せずにはいられなかった。拳を握りしめ、 空を見上げ、十年前に散った同士たちの笑顔と日々を思い返す。

 そして彼らは猛々しい雄叫びを上げて巨人族に生身でぶつかっていく。見た目とかそういうのは関係ない、どうでもいい、なんとしてでも〝アンダーウッド〞を守って見せると、その強い意志を思って彼らは立ち上がった。

 

「これは............精霊なの?」

「えっ、ええ、そうですよ!─────おそらくは〝アンダーウッド〞の大精霊が、小さき精霊達に力を貸したのでしょう。」

「でも、休眠中じゃなかったの?」

「これもまた予想ですが、〝魔王バロール〞に対しての因縁、彼の“死”の気配が、〝大精霊〞を一瞬だけでも目覚めさせた、あるいは」(飛鳥さんのギフトが、声が届いたのでしょうか?)

 

 集合していた飛鳥とペストを抱える黒ウサギは短い会話をやりとりし、状況を把握する。

 そして彼女達は気が付いた─────儀式場を守護していた死の風塵が綺麗さっぱり、完全に消え去っていたことに。

 その時、ちょうど儀式場から狼狽したアウラの声が響いた。

 

「くッ .........虫けらの分際でッ!」

 

 アウラは儀式場で〝黄金の竪琴〞を鳴らし稲妻を呼び込んで、民族風の巨人と魔王バロールの影に群がる精霊たちを追い払おうとする。

 しかし逆に民族風の巨人に稲妻が直撃し、民族風の巨人はひざまずく。

 予想だにしなかった援軍。それらが起こした行動もまた─────目を疑った。

 魔王バロールを形どる影に群がる微精霊。星と星を繋げて星座を描くように精霊たちが繋がれ、影の死の気配が極端に、飛鳥でも分かるぐらいに弱まった。

 その途端に響く、少女のような健気な精霊の声─────まるで皆に戦いが終わることを知らせるように。

 そして皆がその言葉に刮目する!飛鳥も、黒ウサギも、サラも、ジンも、ペストも、誰もがその目を見開いた─────!

 

 

 

『今です!撃って─────ッ!!!』

 

 

 

 ─────七七五九一七五外門。 フィル・ボルグの丘陵。

 

 

 避難民が多くひしめき合う外門前。

 その遥か何百メートル上空に一つの人影とそれに集う─────蛍火のように小さく光りし群体精霊。

 途端、人影より告げられる。人影の手には神具のような神々しい覇気を放つ蒼穹の弓。

 矢は─────黒々しくも蒼い槍、蒼炎が糸を引くように迸り、力を解き放つ!

 

「撃て─────────」

 

 耳を突き刺すような、ねじれた高音が響くと、熱波を吹き荒らして発射される一矢。

 下からは悲鳴の声があがり、空に帽子やら衣服が舞い上がってい く。

 そんな中で穿たれた一矢、深海より暗くも迸る蒼き閃光は、何十キロも離れた所から正確に真っ直ぐ進撃する─────。

 

 

 

 

 

 遠くより放たれた蒼炎の一矢。

 必勝の槍とはまた違う性質ではあるが、ある神の権能が宿っている。

 その権能とは〝ある霊格より質量が下の恩恵を破壊する 〞─────〝絶対破壊〞の権能だった。故に必勝の槍にも引けを取るはずもない。

 刹那に迫り来る巨大な存在を前に〝バロールの死眼〞は大きく刮目し、なんとか避けようて蠢くが、囲うように集う小さな群体精霊が見えない結界を張っているのか、一切の行動は許されなかった。

 もう二度と─────同じことは繰り返さない、やらせはしないと、彼女達の強い意思がこの場にいる全生命体に響いていることだろう。

 そしてついにその時が来た。時間にして刹那だったが、その時までがとても長く感じられ、皆待ち遠しかった。謎の一矢ではあったが、そんなことはどうでもいい。何かもがどうでもいいのだ。彼方より星の光─────流星のように天を翔け、万里より放たれた希望のカケラ。

 金色になびく大地を突き抜ける一陣の突風を前に、皆が高揚して息を吸い込み、瞬きを忘れた。

 瞳を横切る流星。

 神速で翔ける一矢は、万里の先にあった〝バロールの死眼〞を見事、ガラス細工のように真っ二つに引き裂き、貫いた─────!

 貫くと同時に消えた槍とその軌跡。結果は一目瞭然、〝バロールの死眼〞は破壊されたのだ。同時に大地から精霊たちが役割を終えたように姿を消し、幻想的な光景は夢だったかのように霧散した。

 だが、確かなものが、幻想や夢ではない現実がある─────それは悪夢の終わりだ。

 うおおおおおおおおおおおおおおお!!と目の前の光景に興奮を隠せずに雄叫びを上げる〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟と、参戦協力してくれたその他のコミュニティの面々。

 〝ノーネーム〞一同も天高く手を上げていた。

 

「や、やったー!」

 

 安全な位置で指揮を取っていたジンも、一人の少年のように純粋に舞い上がる。

 黒ウサギと飛鳥はハイタッチして笑みを交わし、そして気が付く─────ペストがいないことに。

 一方、眼前で崩れる儀式場と〝魔王バロール〞の幻影を見たアウラは、後ずさりながら信じられないと呻く。

 

「ば、馬鹿な.........ッ!............あともうすぐだった筈なのに!.......っ?!」

「ふふ.........誰かは知らないけど、どちらにしても終わりね?─────アウラ」

「〝ブラック・パーチャー〞っ!........ぐっ!」

 

 アウラがペストを睨みつけた途端に靡く黒い怨嗟。その怨嗟と呪いを受けた民族風の巨人は完全に地面に倒れ、沈黙した。あれだけ苦しめられたのに、呆気なさを感じていたペストだったがそれも仕方ないだろう。魔王バロールの解呪の恩恵も解け、さらに稲妻を何発も食らって 瀕死の状態だった所に、ペストの呪いが襲ったのだ。─────もう生きてはいまい。

 冷静に事を運んだペストは少しフラつきながらも悠然とした笑みで、口を開く。

 

「これで借りは返したわ............さあ、もう終わらせましょう?私、 帰って寝たいもの。まだピリピリするし」

「くっ.....................」

 

 めんどくさい、と呟き怨嗟の濁流をアウラへ放つペスト。

 とうとう追い込まれるアウラ。

 だがその時、影の中を泳ぐように疾駆した一人の少女、リンが間一 髪でアウラを拾った。

 

「アウラさん 大丈夫?」

「.........え、ええ。ありがとう、リン」

 

 呆然気味のアウラを心配そうに見つめながらもリンは、アウラと共に一瞬で姿を消す。

 ペストは黒い怨嗟で舞い上がった風塵が晴れるのを待つこともせず、盛大に舌打ちした。

 

「チッ............手応えが無い............逃げられたわね」

 

 そんなペストの元に黒ウサギと飛鳥が駆け寄ってきた。

 儀式場の面影が無い平地を見て、黒ウサギと飛鳥は瞬時に敵に逃げられたことを悟り、申し訳なさそうな顔をする。自分達が浮かれていなければ、と。

 ペストはその様子にめんどくさそうにため息を吐くが、途端体がぐらつく。その体を黒ウサギが支えた。

 

「大丈夫ですか!........ペスト!」

「ええ、大丈夫よ。だから、そんなに喚かないで────全身に響くから」

 

 疲れ気味に告げるペストに黒ウサギは安堵し、飛鳥は安心したように口を開く。

 

「善処するって言わなかったかしら?」

「忘れたわ.........そんなの」

 

 ペストはプイッと黒ウサギに背凭れながら飛鳥から視線をそらす。

 その様子にやれやれと飛鳥は首を振り、黒ウサギはなんとなくでペストの頭を撫でた。

 

「ちょ............わたし子供じゃ」

「そうですね......ふふ」

「何そのなま暖かい視線は............化け物のくせしてキモいわ」

「ば、ばっ、............キ、キモ?!」

 

  箱庭の貴族にして愛玩、箱庭に数知れずのファンを持つ彼女。生まれてこの方、キモいと切り捨てられたことは一度も無い。故に、感じたことも無い衝撃を受けて黒ウサギは絶句する。

 その隙に、黒ウサギからキチンと起き上がったペストは、黒ウサギを邪魔、と隅に押しやって呟いた。

 

「残るは、巨人族の残党ね。〝バロールの死眼〞の恩恵もなくなったし、軽く終わらせて─────」

「その傷でどうやって?」

 

 不意にドンっ!とペストの肩を掴む飛鳥の両手。

 直後、声にならない悲鳴を上げて全身をピンっ!?と跳ねさせ、ペス トは全身を迸った痛みに手指をワナワナと動かす。

 

「ボロボロのくせに」

「ぅう、飛鳥!!ぶち殺されたいの!?」

 

 ペストは涙目で飛鳥を睨みつける。あの悠然とした笑みを浮かべていた彼女が、本当に泣きそうな顔をしているのだから、本当に途方もなく全身が痛いのだろう。─────────彼女の泣きそうな顔も痛々しい。

 しかし飛鳥はそんなペストを華麗に無視し、明後日の方向を見ながら話を進める。

 

「巨人族は私とディーン、〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟の人達とで倒すから、ペストは黒ウサギと一緒に避難して。さあ、話は終わりよ────黒ウサギ!」

「こ、この私を無視するとはいい度胸ね...ぅぅ、っ......これが終わったら覚えてなさいよ.........、」

 

 紫色の暗黒を背に迸らせて痛みに呻きながら邪悪に笑うマジで痛々しいペスト。

 ペストは足と肩を微動させながらもなんとか最後まで強がり、飛鳥に復讐を宣告した。

 

「さあ、行きますよ!」

 

 そしてその直後、無理やり黒ウサギに抵抗することもできずに抱えられ、その場を去っていくのだった。

 飛鳥は小さな笑みを浮かべてそれを見送─────────、

 

「GYAAAAAAAAAAEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!」

「ッ ............そんな ゲームの再開はまだ............っ!?」

 大気を弛緩させるほどの絶叫─────────不意に空を見上げた飛鳥は狼狽して戦慄する。

 その瞳に映るは巨大な顎と暗雲を縫い割くような万里の胴体。

 雷雲ひしめく空から鎌首を下げ、その巨大な瞳で大地を見下している。

 そして山河を一飲み出来るほどに巨大な顎を開き、再度天地を揺るがす絶叫を上げ、空を泳ぐように大地へ降り始めた。

 

 

 

#######

 

 

 

  ─────────再配布された〝契約書類〞

 

 

『ギフトゲーム名〝SUN SYNCHRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING〞

 

 勝者・参加者側コミュニティ〝ノーネーム〞。

 敗者・主催者側コミュニティ〝 〞。

 

 ※上記の結果を持ちまして、今ゲームは終了となります。

 尚、第三勝利条件の達成に伴って十二分後・大天幕の解放を行います。それまではロスタイムとさせていただきますので、何卒ご了承ください。

 夜行種は死の恐れもありますので、七七五九一七五外門より退避して下さい。 参加者の皆様はお疲れ様でした』

 

 

 

 ─────────吸血鬼の古城・黄道の玉座。

 

 

 意味がわからなかった。

 目覚めた耀はその後、十六夜と合流して第三勝利条件を満たしたのだが、あらかじめレティシアから─────────死なない、大丈夫と聞かされていた春日部耀は 〝契約書類〞を穴が開くほど読み直し、ゆっくりとレティシアを見た。

 

「............コレ、どういうこと?」

「其処に書いてある通りだ。今から十二分後に箱庭の大天幕が解放され、太陽の光が降り注ぐ。その光で巨龍は太陽の軌道へと姿を消すはずだ」

 

 星空から現れた夜のように。巨龍は星海へと還るのだろう。

 しかし大天幕を解放するということは、太陽の光が直射するということになり──────、

 

「............レティシアは、どうなるの?」

 

  一間、沈黙。

 レティシアは瞳を閉じ、懺悔するように告げた。

 

「──────死ぬ、だろうな。龍の媒介は私だ。それにこの玉座の頭上は見ての通り水晶体。太陽が直射されることは間違いない」

「.........っ、だって、無力化されるだけだって、さっき............!」

「アレは嘘だ」

 

 にべもなく告げるレティシア。

 耀は堪らず彼女の胸倉を掴もうとしたが、その手は虚しくすり抜けて空を切った。

 

「な、何コレ.........!?」

「言っただろう?私の体は龍の媒介だと。この玉座の私は侵入者に対する疑似餌。いわば精神体のようなもの。本来なら私に触れると、影が撃退に現れるのだが............やはり十六夜が倒していたらしい」

 

 苦笑を十六夜に向けるレティシア。

  十六夜は瞳を細めるだけで、何も答えずにそっぽを向く。

 耀は玉座の前で項垂れたまま両腕を震えさせ、感情を抑え込んだような震える声を絞り出した。

 

「............このゲームは初めから............どの勝利条件を満たしても、レティシアが死ぬものだったの...?」

「ああ、それだけのリスクを背負わないと、あの凶悪なペナルティ条件を加えられなかったの“だろう”。主催者側の勝利を捨て、あらゆる救いを捨てて............最後は、命を捨てて朽ち果てる」

「.........っ.........!」

「二人ともすまなかったな。辛い役目を騙すようなやり方で押し付けて。でもどうか分かってくれ。“私”はもう二度と............同士を殺したくはないのだ」

 

 煌々と輝く金髪を揺らし、レティシアは肩の荷が下りたように笑った。

 とても安心したような穏やかな表情を見て、それ以上、誰も何も言えなかった。

 城の外は未だに雷雲が渦を巻き、巨龍の圧倒的な存在感を感じさせている。

 もしもレティシアが先に真実を告げ、勝利条件を満たすまでの時間が遅れていたら、それだけ長い時間、地上に居る飛鳥やサラに負担をかけることにもなっていただろう。

 一分一秒の躊躇いが〝アンダーウッド〞と〝龍角を持つ鷲獅子〞 連盟の存亡に関わることは明白だった。

 加えてレティシアは復讐を果たすために自ら必滅の運命を背負う魔王となったのだ。

 故にこの結末が、決断が、仲間を切り捨てることこそ、正しくて当然。

 しかしそれでも諦めきれないと───────そう決断した時だった。

 そこに現れたのは一つの人影────────大層なマントを靡かせ、“黒き羽衣”を脇に纏う一人の少年だった。

 

 

 

#######

 

 

 

  ─────────〝アンダーウッド〞大樹の麓。

 

 巨龍が姿を現した直後、大量の魔獣たちが地上へと散布された。

 多種多様な合成獣が大地を埋めたが、彼ら魔獣たちは統制の取れていない烏合の衆だったために、単純な作戦が簡単にまかり通ったのだ。

 しかしそれでも─────────無限に供給され続ける魔獣の群れ、森羅万象を揺り動かす巨龍。

 最早此処までかと覚悟を決めたサラは、飛鳥に逃げるように言ったが、飛鳥は簡単にそれを切り捨てた。なぜなら、まだ仲間が他の場所で戦っているのだ、自分だけおめおめと逃げるわけがない。だが、状況は反比例してさらに悪化し、飛鳥の蒼の籠手が軋み悲鳴を上げた。やはり神具に匹敵するものでなければ彼女の強化に耐えられないのだろう。

 それでもなんとか耐え忍んでいた中、、空から降り注ぐ羊皮紙。

 〝契約書類〞に記された勝利宣言は、全ての参加者の士気を高くした。

 少し休んで回復したサラは乱れた赤髪を押さえつけ、〝龍角を持つ 鷲獅子〞の旗を指して吼える。

 

「我々の勝利は決まったッ!!後はこの有象無象を蹴散らすのみッ!同士よ、これが最後の戦いだっ!死力を尽くせッ!!」

 

  オオオ!と上がる鬨の声が大樹の麓を揺らす。度重なる激戦で疲弊した同士たちもまた奮起し、魔獣の群れを押し返さんとする勢いで戦いに身を投じている。

 飛鳥もまたその一人だったが、彼女の士気の高さはまた別の所にあった。

 それは言うまでもない。大天幕の解放がレティシアの身に何をもたらすのかぐらい、彼女でも容易に想像がついた。

 しかしその上で、飛鳥は勝利も疑っていなかった。厳密には、誰も欠けない無欠の勝利を信じていた。

 

(十六夜君が............春日部さんが、レティシアを見捨てるはずがないわ.........!)

 

 結果として、レティシアを失うことになったとしても。

 それは死力を尽くした末の結果だ。

 その時にお互いが胸を張って向き合う為にも─────────飛鳥は、最後まで諦めるわけにはいかなかった。

 

「─────────み、見ろッ!また巨龍が降りてくるッ!」

「今度はかなり低いぞッ!?」

「まさか.........〝アンダーウッド〞に突撃するつもりかッ──────!」

 

 全軍に、恐怖と戦慄が走った。

 その中で飛鳥は一人、覚悟を決めていた。

 

 

 ────────私が受け止めしかない、と。

 

 

 大樹の天辺に避難していたペストと黒ウサギ。

 ブスッとした雰囲気を保ちながらも真剣な面持ちで見守るペストと、あわわと心配そうに空を見上げる黒ウサギ。下からの喧騒だけが此処を支配していて、微妙に静かな空気が漂っている。

 そんな時、黒ウサギがふと囁いた。

 

「それにしても、あの〝バロールの死眼〞を撃ち抜いてくれたのは、 いったい誰だったのでしょう?しかも黒ウサギの耳ですらその気配を把握できなかったのですから、果てしなく途方もない場所からそれも正確に───────なにより〝必勝の槍〞の代行を果たせるギフトまで............」

「はぁ〜...............。ねぇ、分かってて私に聞いてるでしょ、貴女」

 

 少し考えればすぐに分かることをイジイジと聞かれたようにペストはイライラし、半ば呆れたように嘆息をこぼしながら黒ウサギの背中に声を吐き捨てた。

 それに対して黒ウサギは、ぐいんっと首を素早く動かしてペストに振り返り、

 

「へ ............えっ?じゃあ、まさか本当に.........?」

「他にいないでしょ。──────わざわざ魔王がいる所に来て、さら に〝死眼〞を何十キロって離れた場所から正確に撃ち抜ける人なんて、どんなギフトか知らないけど、下層じゃあ間違いなく────────〝亜音〞だけよ」

 

 亜音にできないなら他の人には絶対にできないわ、とさえペストははっきりと告げた。ていうかそもそも〝ノーネーム〞は旗と名さえ持っていれば、中層に行けるほどの戦力がある。最悪でも最下層で鎮座していることはあり得ないはず。なので彼らが特別なだけであって、他の下層コミュニティは本当にたかが知れている。それこそ、何処かの大きなコミュニティの傘下に入って庇護を受けなければやっていけない世界なのだ。だから亜音がいなくても、下層の中に〝死眼〞を万里から穿つことの出来る者はいないと断言できる。そして今、それが出来る可能性があるのは変わらずただ一 人、〝榊原亜音〞だけだ。

 はぁー、とやはりため息をついて頭を振るペスト。

 黒ウサギはその言葉を聞いてすぐに彼がいるであろう場所に耳を傾け───────途端、ウサ耳を激しく揺らして、高揚を隠さずに呻いた。

 

「っ.........あ、ああ.........はぁ............ぅ...全く大遅刻なのですよ、亜音さん!」

「.....................埋め合わせ、か」

 

 ペストはふとそう囁きながら、待ち人を瞼の裏に思い描くのだった。

 最後に〝絶対〞と付け加えるのを忘れずに...............絶対よ。

 

 

 

######

 

 

 ─────────〝アンダーウッド〞より北西の森林。

 

「フゥー...............失敗した、どうすっかなー」

 

 血と泥で全身を汚したまま手製の煙草を口に咥えて呟くヴォルフ。

 彼は木の枝に胡座をかいて座り込み、遠くに見える空中城塞と巨龍を爽快そうに見守っていた。まるで仕事終わりのおっさんがリラッ クスしているかのように。

 

「それにこの気配─────────やはり来ちまったか.........力は此処で使ってないんだがな」

 

 ふむと顎をかいて悩むヴォルフ。

 どうしたもんかと思考を働かせ続けた。

 

「ってことは狙いは〝俺〞じゃねぇな。───────それが意味するのは何者かに使役、または〝システム〞自体を乗っ取られたか…………そしてこの南の地で狙う秘宝といったら──────」

 

ヴォルフは雷雲を泳ぎ、途端〝アンダーウッド〞に舞い降り始めた巨龍を見定める。

 

「やれやれ、俺に隠れてコスイことをしやがる............つーことでこれからの目的は決まった」

 

 ニヤリ、と犬歯を見せて笑うヴォルフ。

 銀色の星屑が渦巻く模様のギフトカード。其処から仕舞っていた私服を取り出してバサァっと着込むと、咥えていた煙草を握りしめて霧散させた。

 そして〝アンダーウッド〞から遠く離れた場所より、宣言した。

 

「邪魔するに越したことはない、いや邪魔したい───────お前らにレティシアは渡さん」

 

 ビョンッ!と木の枝から疾駆して姿を消し、彼は再度、彼女の元へと走り始めるのだった。

 

 

 

 

#######

 

 

 

 ────────〝アンダーウッド〞大樹の麓。

 

 巨龍はその凶暴な顎を限界まで開き、東南の平野の地平へと急降下。激突寸前の所で進路を変え、雄叫びと共に大樹へと突進を仕掛ける

 飛鳥とディーンは最前線に立ち、全霊の言葉で叫んだ。

 

「ディーン 限界まで巨大化するわ! 急いでッ!」

「DEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEEEEEENN!!」

 

 身の丈三十尺という巨躯が、飛鳥の命令に応じるように肥大化して行く。伽藍洞の体に熱と魂を注ぎ込み、瞬く間に大樹と並び立つ程にまで背丈を伸ばした。

 巨龍の頭蓋と同等に巨大化したディーンだが、それだけでは足りないことも飛鳥は分かっていた。

 

(私の命令じゃ、ディーンの重量は十倍以上にはならない............っ)

 

 そう。此れは既に実験済みだった。

 本来の神珍鉄はどれだけ肥大化しても本来の重量が変わることがない。しかし飛鳥の命令があれ ば、神珍鉄は最大で十倍の重量にまで膨れ上がる。

 だが、質量変化のギフトは飛鳥には相性が悪く、永続的な効果は見込まれないだろう。

 

「でも...............やるしかない.........!」

「やめろ、飛鳥ッ!正気か!?」

 

 サラが炎翼を羽ばたかせて飛鳥の隣に立つ。

 飛鳥の手を引っ張って逃げるよう促すが、はっきりと首を横に振って否定した。

 

「いやよ!私たちの後ろには〝アンダーウッド〞があるわッ!」

「分かっている!!それを承知で連れ戻しに来たんだッ!」

「私も承知の上よッ!」

「何を承知しているものかッ!お前のそれは自殺の他ならん!!」

「たとえ自殺まがいでもッ!此処で退いたら、生涯悔いが残るわッ!」

 

 サラの手を払い、凛然とした瞳で見つめ返す。

 

「もしも此処で巨龍が〝アンダーウッド〞を破壊したら............私の“友人”が全員悲しむわ。だから私は、絶対に退かない.........!」

 

 一度は捨てたものだ、しかしこの世界で自分はまた新たな出会いに恵まれた。

 黒ウサギも、ペストも、ジンも、耀も、サラも、そして加害者のレティシアと、ここに来れなかった亜音も、全員が傷を負う事を、なにより〝アンダーウッド〞が破壊されてしまったら此れまでの戦いも精霊が起こした奇跡も、全てが無に帰するだろう事を、飛鳥は分かっていた。そして見たくないのだ。滅びた大地を前にして───────何のために此れまで生きて戦ったと囁き、守れなかった罪に打ちひしがれる者達を!────────任された責任以上のものがある。だから退けなかった。巨龍に対する恐怖に屈するわけにはいかない。

 望むは一つの未来のみ、それ以外を選択することはあり得ない。ガルドの一件の、いつか必ず倒さねばならない敵もいるのだ。

 飛鳥の覚悟を真正面から瞠目して受け止めたサラは、静かに嘆息を漏らし、

 

「............退けないか?」

「退けないわ」

「............死んでもか?」

「............退くぐらいなら」

 

 断固たる決意で、飛鳥は言い切った。

 そして紅い鉄人形もまた主人の決意に応えるように臨戦態勢を取る。たとえ勝てぬ戦いでも、決して退けないのだと気迫だけで伝えていた。

 幾万の言葉を投げかけても、最早彼女達を止める事は出来ないだろう。

 〝アンダーウッド〞を守る為に、全てを懸けるだけの覚悟が、彼女達には出来ている。

 唐突に其処へ、不規則に吹き抜ける涼やかな風は、視線を斜め下方、足元のディーンに向けていたサラの赤髪を静かに揺らし、飛鳥のドレ ススカートも優雅に靡く。

 不動の両者──────その間に緊張した静けさが漂っていた。

 しばらくして、ならばこれ以上は何も言うまいと、サラも最後の決意をし、行動で示す。

 

「──────分かった。ならば、私も同じだけの決意を示そう! 」

 

 サラは帯刀していた剣を素早く抜き放ち、そのまま躊躇せず一族の誇りである龍角を切断した。

 赤髪が彼女の鮮血で濡れ、見る見るうちに真紅へと変わっていく。

 一瞬────────何が起こったのか分からず、飛鳥は唖然と固まっていた。

 

「............な、」

 

 何を、とは続けられなかった。彼女の覚悟を前に、そんな言葉は吐けなかった。

 サラは倒れこむように飛鳥に龍角を手渡し、激痛を堪えた声で伝えた。

 

「............龍角は、純度の高い霊格だ。神珍鉄にも溶け合うはず........!」

「で、でも、それで止められる保証なんてないのに............!」

「フッ……………絶対に引かない、ではなかったか?」

「…………っ、」

 

  悲痛な声をあげサラの肩を揺さぶる。

 しかしサラは朦朧とした意識の中で頭を振り、

 

「飛鳥なら...............きっと、止める............! 〝アンダーウッド〞を守ってくれ............!」

 

 その言葉を最後に、サラは意識を失った。

 飛鳥は震える両手で彼女を抱きしめ、彼女の龍角をディーンに捧げた。

 純粋な霊格としての力を解放した龍角はディーンの装甲と一体化し、伽藍洞の体から熱の籠った紅い風を噴出し始める。その熱に辺りの景色は歪み、蜃気楼が揺らめいていた。

 サラが二○○年もの時間を懸けて鍛えたギフト。

 その想いを無駄にすることだけは、絶対に出来なかった。

 飛鳥は意識を失ったサラを強く抱きしめ、万感の想いで叫───────、

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAEEEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeAAAAAAAAAAAAAAaaaaa!!」

「ぅ......ぁ............ッ!」

 

 巨龍は絶叫を放つと共に〝大きく息を吐き〞、見えない突風ブレスを引き起こしてディーンごと〝アンダーウッド〞の大地を吹き飛ばした。嵐さえ貫いて吹き飛ばす規模の突風が大気を突貫し、全てを薙ぎ払う。大地の地盤がブロック状に舞い上がり、雨のように街々を襲っていった。──────ただの大きい呼吸が、破壊兵器に等しいとは、 やはり最強の生命体なだけはあるのだろう。

 どうにか飛鳥とサラはディーンに庇われて墜落せずに済んだが、 ディーンから吹き出していた龍の熱が霧散し、同時に飛鳥の手が恐怖に駆られてふるえ始めた。彼女達の不屈の闘志もやはり巨龍の前では塵芥に等しいものなのか───────ディーンは主人の命令を待ち、主人である飛鳥は完全に勢いを絶たれて茫然自失となってい た。

 だが、そんなのお構いなしに巨龍は進撃を続け、ディーンと飛鳥の目前まで迫ったその時だった。

 

 飛鳥とディーンの斜め上を流れた一陣の魔星光線────────そして聞き慣れた青少年の声。

 遥か宇宙より来たる星の光となりて、大気を打ち破りながら第三宇宙速度を叩き出す流星。

 隕石のように、高熱を放つ青き炎の尾を空に描き、青白く光る一つの槍と成りて、さらに黒い霊気を糸を引くように渦巻いていた。

 

「仙法─────────“神速龍星”・ドラゴンメテオッ!!」

 

 刹那の間に飛鳥はハッと瞳に色を取り戻す。

 と同時に飛鳥の眼前で有り得ない光景が描かれていた。

 蒼と白と黒のコントラストの流星は巨龍の眉間に衝突し、雷鳴を掻き消す轟音を打ち鳴らしながらもその正体を一瞬現す。その光景とは─────────亜音が巨龍の顔に“飛び蹴り”を入れていた瞬間だった。

 

「あ、亜───────うっ、きゃあぁあ!!?」

 

 服装はいつもとだいぶ違っていたが、特徴的な癖を持つもふもふな黒髪と背丈と声で正体を悟った飛鳥だったが、途端に吹き荒れた突風に弾き飛ばされそうになって悲鳴を上げ、サラを抱きしめながらディーンにしがみつく。さらに数回にも渡って波紋の様に衝撃波がアンダーウッドの大地と空に放たれ、地盤が波にさらわれるように薙ぎ払われた。

 

「.........GaaagYAAAAAAAEEEEaaa......!......GYAOOOOEEEEEEEeeeeeeeeeaaaaa!!」

 

 巨龍のうめき声が大気を叩き、巨龍は遥か後方まで後退させられていた。

 そして巨龍を蹴り飛ばした張本人、亜音は巨龍との衝突の跳ね返りを利用して飛鳥の所まで跳躍し、舞い降りた。

 亜音は大層なマントを靡かせながら彼女達と合流を果たす───────が、亜音の瞳に最初に収まったのは───────龍角を失って気絶する一人の女性。〝アンダーウッド〞という大きな責任をその背に負い、堂々とその意思を最後まで貫いたサラだった。

 飛鳥は亜音の、悲しげな視線の方向を悟って口を閉ざす。

 亜音は少し瞠目した後、ようやく飛鳥に向き直り───────。

 

「─────────遅くなってすまない、飛鳥!」

「全くだわ。それに積もる話も聞きたいこともリアクションしたいことも山ほどあるけれど─────でも、これ以上の問答はいらないでしょ?」

 

 この状況でふざけられるわけがない。

 サラの決死を重く受け止めて、その口を開けと、その場の空気が言っていた。もちろん、飛鳥にもだ。先ほどまであった恐怖は何処かに消え去っている。もう止まらない、そう飛鳥の瞳が訴えていた。

 そして亜音は黒い羽衣とある神の名が刻まれたマントを靡かせて、 飛鳥の問いに静かに肯定した。

 

「ああ─────何が何でも巨龍を止めて、〝アンダーウッド〞を守り抜く」

 

 その言葉をつぶいた直後、遅れて一体の巨大な鎧の巨人が大地へ降り立った。

 軽くクレーターを作りながら着陸したそれは─────帝王の神装・アルカディアス。

 神経内部は魑魅魍魎の塊である黒い霧で構成され、黄金と蒼炎に彩られた装具を全身に纏った巨体の人形。

 それに対して亜音は飛鳥に目配せしながら、少し口角を上げて叫ぶ。

 

「─────蚩尤!“ミリ”!とりあえず今回は試運転も兼ねたテストだが全力でやってくれ!!」

「え─────、?ミリ?」

 

『オオゥよ!あんなウナギ野郎は、ワシの新兵器で蒲焼きにしてくれるわッ!』

『り、了解で、い、いえ!承知しました!!』

 

 戦場に響くスピーカー音声。飛鳥は呆然としていたが、

 

「よし!─────いくぞ!飛鳥!」

「う、うん!ってあとで色々きかせなさいよ!亜音!!」

 

 戸惑いながらも、飛鳥はディーンと共に再度気合を入れる。

 亜音は、そんな飛鳥に背中を向けたまま、手を軽く振り、返答した。

 巨龍はそれらを一瞥し、空を割るほどの雄叫びを上げる。

 

 ─────コレガ最期ダ、抗ッテミセロ!

 

 と亜音は聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 この地に集いし〝ノーネーム〞一同。

 吸血鬼の宇宙観を託されし巨龍にして、生命の創造主は全てを破滅させる一撃の準備をし始める。

 天地鳴動を掻き消すほどの絶叫と共に最強の生命体から放たれる巨大な覇気は、誰一人例外なく畏怖させ、この地にいる全ての生命に必滅を予感させた。まさに神の遊戯場、箱庭の世界において最強の生命体と崇められ、神話を紡ぎし存在だ。相手にするのすら馬鹿馬鹿しい。

 だが、それでも諦めない者が確かにこの地にいた。

 ある者は不倶戴天の真逆を掲げて、巨龍の前に立ち、不屈を示した。

 またある者は己の魂を削って、力を有志へ差し出した。

 またまたある者は瀕死の体で立ち上がり、囚われの同士を巨龍から救うと奮起した。

 またまたまたある者はそんな瀕死の肩を抱き支えて、迷わず手伝うと断言した。

 またまたまたまたある者はそんな彼らの闘志を火種に共鳴し、全てを守り抜くという意思を示した。

 そして今、絶望という名の鎖に縛られたレティシアを取り戻す、最後のゲームが幕を開ける。

 

 

 




エンディングテーマ《Blizzard》歌:三浦大知
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