新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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・オープニングテーマ《青い未来》参照先アニメ《ブルードラゴン》

・激闘・戦争イメージソング《Meteor-ミーティア-》参照先アニメ《ガンダムSEED DESTINY》






第十六話「 裏で動く何某・二日目は北。魔王の住処を浄化する権能」

 ──────東○○○○○○○外門。草水の街。

 

 

 草と水の街。芝生が整備され、綺麗な石畳の道が張り巡らされており、本来なら涼しげな風が街々を吹き抜けるのだが、今は口が乾くような熱風と砂塵が舞い散る戦地と化している。欠けた月が雲に遮られながらも映え、星々が垣間見える夜空。それに比べて、街々からは本来の住人達の営みではなく、怪物達が蹂躙した証である破壊の火が立ち上り、ほんのりと辺りを照らしていた。火とは基本、温もりや熱を与えるものであるはずなのに、この場に燃え盛る火花は見えない死の冷たさを誘っていた。

 そんな天と地の間の宙で疾駆する二つの影。

 

「待てゃゴラァアア!!このくそトカゲッ!!!」

「GYAAAAAEEEEEEEAAAAaaaaaaaa!?」

 

 舞夏はチンピラのような怒声を上げながらカットラスを二本抜き放ち、素早くぶん投げる。その二刃は見事、双頭龍の二翼に風穴を開けて突き刺さった。双頭龍は翼の浮遊力を失い、一時的に動きが止まる。

 そこへトンネルを走り回るが如く、上下左右に四回ほど大気を踏みしめて突貫する舞香は一匹の蛇を背中から生やし、その蛇の口から出てきた刀の柄を掴んで抜き放った。

 

「〝草薙剣(くさなぎけん)天叢雲剣(あめのむらくも)〞ッ!」

 

 あと一歩まで肉薄した舞夏だったが、最後しっぺの如く双頭龍の顎が開き、ねっとりとした紫液の光線が視界を染めた。

 それでも舞夏は、その毒液と同性質もしくは上位互換の霊格を起動させ、〝草薙剣・天叢雲剣〞を翠色にライトエフェクトさせると、敵の攻撃を縦一閃に斬り裂いた。

 毒液は霊格と恩恵を失ったかのように煙となって霧散し、その奥より舞夏が疾駆する。

 

「地に還れ!双頭龍ッ!!」

「GAAaa!!!」

 

 薄翠に揺らめいていた〝草薙剣・天叢雲剣〞は、その上からさらなる白き光を迸らせ、周囲に精霊の粒子を漂わせる。刀の鋭さはさらに高まっていく。そして舞夏は大気すら別つほどの勢いで白閃の斬撃を横薙ぎに放つ。その余波で純白の波動が大気を突貫し、街は一瞬、閃光に包まれた。

 

「────── GYAAAAAAaaaaa............a......」

 

 刀に霊格を食われ、真っ二つにされた双頭龍は、断末魔を上げながら白い煙となって跡形もなく霧散する。

 それを見送った舞夏は宙で数回ほど前転して芝生に着地し、〝 草薙剣・天叢雲剣〞を青い粒子にして還した。

 そしてすぐに肩で息をしながらも周囲に探知を張り巡らせて、警戒をし始める舞夏。これは余談だが、この探知には個人差がある。亜音は外門区画まるまる探知できるが、舞夏はせいぜい直径二、三キロ圏内って所だ。だが、同時にこれには裏技がある。探知する際、薄い膜を円形にし拡大させて周囲を把握するが、その際、イメージを円形ではなく長方形にして細長くすれば探知できる距離を増やせるのだ。

 舞夏は長方形のレーダーを放ち、360度回転させて外門区画全体を視覚情報として把握した。一瞬だけしか分からず、正確な位置を随一把握できないが、今はその必要はない。怪物がいるかいないかだけ分かればいいのだから。

 

「ハァ.........境界壁までもうすぐだけど......ハァ...ァ...っ、もぅ、ダメ.........げんか、ぃ」

 

 今の時間帯は深夜、明日になろうかという時間帯。

 舞夏と亜音は正午からずっと戦い続けてきた。

 つまり約十二時間、 ぶっ通しで戦闘していたのだ。白い羽衣を霧散させ、虚ろな瞳を明滅させながら舞夏は前のめりになり、

 

「──────おっと!............セーフ」

「.........あ......のん.........?」

 

 倒れそうになった舞香を亜音が瞬時に現れて抱き支えていた。

 亜音は小さく微笑んで、腕の中の舞夏に告げる

 

「ご苦労様、よく頑張った。今日はもう休んでいいよ」

「......あはは......〝今日は〞......ねぇ............最あ、く」

 

 舞夏は悪態を吐きながら寝息を立て始めた。

 先ほど、数十分前にすれ違った時、舞香は退治した数を〝二千体〞 は超えたといっていたので、そろそろ舞香の体力が限界だと亜音は悟ってここに来た。しかし亜音の顔にも隠し切れないほどの疲れの色が見え隠れしていて、額と首筋には汗が滲んでいた。──────自分は総勢、約一万体って所だろうか。途中から数えてはいないが、探知で捉えた時の数を合わせればそれぐらいだったはず。探知した奴を逃がした覚えもない。故に誤差はあまりないはずだ。

 亜音は舞夏をお姫様抱っこして抱え、口惜しそうに北に見える巨峰のような遠い影の境界壁を見つめた。

 

「......フゥ.........とりあえず、舞夏を〝サウザンドアイズ〞に預けるか」

 

 亜音は月の光を浴びながら、舞夏を抱えて空を舞う。

 

 

 

 

#######

 

 

 

 

 

 ──────東二一○五三八○外門、〝サウザンドアイズ〞 支店。

 

 

 現在、東の最前線は北と東の境界壁あたりまで回復していた。だが亜音と舞香の二人だけでは流石に全ての戦場領域を回ることはできない。いつかの話で東から北に行くのでさえ途方もないと言っていたように、あまりに広すぎるのだ。ではなぜそこまで戦線が回復できたかというと、結果的に亜音と舞香の力任せな無双のおかげで怪物達が戦線を引いていき、これほど戦線を回復させることができたのだ。

 そして何より亜音と舞香の足を支えてくれたのが、〝サウザンドアイズ〞の権力。境界門の無償起動。そのおかけで一人で約一五十箇所もの外門をカバーすることができた。その上で他のコミュニティも参戦し、巨龍の眷属と三頭龍の分身体、第四世代以降を相手してもらって──────それで、ようやく東区画から境界壁まで魔王を追い出せたということである。

 残るは──────発生源の場所である境界壁と北区画──────明日もこれぐらいの労力を消費することを覚悟しておかねばなるまい。

 亜音に促されて渋々、舞夏を受け取った白雪姫。女性店員には白雪姫を店内に先導する役目と舞夏の休む床を準備して貰う必要があるからであり、勝手知らずの余所者にその辺を歩き回せるわけにもいかないからだろう。故に白雪姫もすぐに受け入れて、不意に亜音の全身を眺めて、告げた。

 

「境界壁に逃げ延びた魔獣共は我らに任せろ。少しは休め、今の貴様は見ていられん」

「水神様の言う通りです。亜音さんも限界です。避難は進んでいますし、防衛線も完璧に築かれている頃でしょうから.........とにかく今は休んで下さい、お願いします」

 

 すぐに引き返そうとした亜音を二人は強く引き止める。

 亜音は右手を広げたり握りしめたりして、程度を確かめながら最後の抵抗をしていた。

 確かに戦地を駆けずり回っていたこともあり、血や硝煙、獣の匂いが酷く、顔は黒ずみが付着し、目はクマが酷く出ている。精神的な疲れが限界突破しているのが目に見えているのだ。心配もさせてしまうだろう。それでも亜音は具合を確かめ続けていた。

 しかしそこへ女性店員の両手が亜音の手に伸び、少し頬を染めた女性店員が上目遣いで真剣に懇願した。

 

「お願いです............亜音さん............ここで無理をすれば、救える者さえ救えなくなってしまいます」

 

 亜音は変に静まり返った空気と女性店員の懇願に、目を丸くして髪を掻くと、諦めたように全身から力と緊張を抜き、小さく微笑んだ。

 

「フゥ............ごめん...............困らせるつもりはなかったん、だけ、ど......」

「あ、亜音さん!?」

 

 女性店員は慌てて亜音を抱き留めた。やはり相当な疲れが溜まっていたのだろう。多少なりの重みを感じることから亜音が本気で疲れていることが分かる。緊張が解けた瞬間に、疲労が押し寄せたようだ。

 亜音の吐息を首元で感じ、女性店員の口元がピクピクと動いていて、白雪姫はやれやれと頭を振っていた。

 亜音は少し申し訳なさそうな表情を浮かべて、

 

「ぁはは.........少し気を抜いたら......これだもんな...............ごめ、んなさい」

「そ、そんなこと............亜音さん?」

「………… ──────スゥ」

「やれやれ、人間のくせして背負い過ぎだ。本当に箱庭全土を救う気だぞ、此奴は」

「............っ............」

 

 女性店員は眠る亜音の横顔を眺めて口元をギュッと結ぶ。北の一 件を知っていて、そして今もこれほど近くに寄り添っているのに、赤の他人でしかない自分に歯がゆかった。亜音のことを何も知らない、何を考えていて、影でどれくらい頑張っているのか、どれだけ考えても分からなかった。ただでさえ表向きな亜音の功績や気遣いは目を見張り、唸るものばかりだ。だが、そんな表向きの〝鉱石〞を裏返せば、出てきたのはさらに北の一件のような〝影の気遣い〞。それも〝 誰か〞が言わなければ誰も気付かないようなことばかり。気遣いとはそもそも、前提として見返りや絆の為に行うもの。たとえ口で見返りを求めていないと言ってもだ、どんなに頑張っても気付いてもらえない優しさは──────〝闇〞を生む。光が影を生むようにそれ が必然。回避するには、気付いて貰うか、見返りを求めないことを〝 前提〞にしてか、だけだ。

 何より見返りを求めない思考回路を生み出す感情は─────周囲への諦めと断絶だ、とても寂しいものでしかない。

 それ以上、考えるのをやめた女性店員は亜音を背負って白雪姫を先導しながら店内の廊下を歩き始める。その間ずっと女性店員は暗く、深い闇に染まった床を見つめていた。

 

 亜音は微かな意識を保ちながらも、揺れるゆりかごの中で思考を働かせていた。

 そして亜音が焦っていたのには訳があった。

 東区画といってもさっき言った通り、途方もなく広い。故に今日一日では亜音と舞香ですら、境界門を利用しても回りきれなかった。まぁ当然のことだろう。だがしかし、そこでふと疑問が生じる──────そもそもの話だ、〝魔獣や三頭龍の眷属達はそんな途轍もなく広い区画を一体どうやって一夜で襲うことができたのだ〞。北と東の境界壁から始まったとされる戦争だが、境界壁から〝ノーネーム〞の本拠地までの 〝外門区画〞の数はなんと、約〝百八十万〞箇所近くにも及ぶ。日本で言うなら市内が、東の半分以下で百八十万箇所って途方もないだろう。同時に亜音は一日で戦線が回復したことと、何も襲われていない区画が大半で、地域支配者による被害報告のあった場所は小中大関係なくせいぜい五百箇所程度、ということにも納得した。──────間違いなく、裏で手を引いているものがいるのだろう、と。それも相当“厄介な奴”だと思われる。──────距離と次元を超え、魔獣や三頭龍を瞬時に召喚出来る何某。白夜叉や北の階層支配者達と連絡が取れない理由もおそらく、その何某かが裏で立ち回っているせいだろう。距離と次元を超える〝瞬間移動〞が使えるのは、亜音の出会った〝 生来の女神〞以外だとすぐに限られた。

 その力の名は──────〝境界門〞の開錠権利。それを持つ者は自由に空間を飛ぶことが出来るらしい。

 

(また東に召喚される前にそいつを倒さないと............っ、)

 

 これ以上の犠牲は勘弁だと、吐き捨てる。

 亜音はそう心の中で呟いて眠りについた。

 

 

 

 

 

#######

 

 

 

 

 

「こら、そろそろ起きなさいよっ!」

 

 突如、女の叫び声が脳裏を突き抜け、顔のど真ん中に言語化不能な衝撃が迸った。

 これ自分じゃなかったら重傷レベルだよ、とか冷静に考えられるだけの余裕は一応あって、何より自分にはそこまでのものではない。だが、〝見逃せない事柄〞というものがどうしてもあるだろう。例えば、人を起こすのに全力で顔面にトンカチを投げるとか、殺す気しかないだろう。故に亜音は青筋を立てて瞬時に上半身だけを起こし、普通に我を忘れて叫んだ。

 

「イテ...じゃねぇ!.....おい、セラリアぁああああ!......起こすのに、トンカチを使う、ていうか顔面に投げんじゃねぇよ!殺す気かッ!!」

「だって、亜音に触れたら思いっきり投げられるんだもん、なら起こす方法は自然と遠距離からに」

 

 正直な所、トンカチを投げられたとしても小石を投げられた程度のものだが、いかんせん普通の人なら致命傷だ。故に理性を失ってマジギレするのはしょうがないはすだ。

 対して──────純粋な瞳に、舞い踊るキラキラ星──────喧嘩売ってるとしか思えなかった。

 亜音は寝床のそばに置いておいた大きなリュックサックより救急箱を取り出し、何重ものガーゼを鼻に押し付けて、その全てを赤く染めた後、鼻に丸めたティッシュを突っ込んで治療を終えた。

 少し熱を持った鼻をさすりながら、鼻声で亜音は吐き捨てた。

 

「しれっと言うなよ。............ったく、なんで俺がマジギレでツッコミしなくちゃいけないんだか、こんなの生まれて初めてだぞ............はぁ、かえりてーな」

「初体験ね、初々しい。キャハ!」

「うざ............マジでボコボコにするぞ?」

「ああ?.......ああん?!

 

 メンチにメンチを............もうヤダこんな朝。朝という時間はこんなにもゆとり感がなかったものなのか、本当に毎朝が時間が足りないほどに忙しい。シスターの服を纏い、シスターを自称しながらも悪魔のような所業しかしないアホ野郎をとっちめるのに、本当に忙しかった。

 教会の小部屋から亜音とセラリアがガミガミしながら睨み合いながら時には拳を交じり合いながら一緒に出てくる。

 そんな二人をほんわかな微笑みを浮かべるおばさんシスターが出迎えた。どうやら祈りを捧げていた途中であったようだ。──────普通に申し訳ない。

 亜音の顔を見て何かを悟ったのか、おばさんシスターはホホホと笑うと、言った。

 

「いいのよ、気にしなくて。所詮は神も紙なんだから」

 

 シスターおばさんはそう言って難しい言語が並んだ紙束を適当にぶら下げて乱暴に振るっていた。

 

(この人も大概だな.........)

 

 セラリアもセラリアで、一応祈りなさいとおばさんに言われてズカズカと〝お前は神より偉そうだな〞と思うくらい図々しく歩んでいき、十字架と人物像の前に立ったら立ったで柏手を二回打って合掌。そんな適当でいいのだろうか、神もおそらくこう突っ込んでいることだろう──────“誰にお願いしているつもりなのですか?アホですか?”と

 亜音は苦笑するしかなかった。

 しかしそんな彼女ではあったが、自分を驚かせるようなことを何回か言ってきたことがある。

 だが、それも──────、

 

「どうか亜音に天罰を、ははぁ〜〜〜我の神に祈りを」

 

 どこの悪の下っ端だよ!

 本当にため息しかリアクションできない。

 亜音はセラリアを無視し──────後ろから飛んできたトンカチを粉砕して教会を出た。とはいえ、出会い頭に、事故だったが色々触ってしまったし、接吻まで…………少し後ろめたさが……………ないな。

 今日も空は快晴、しかし何故か殺意色に染まっていた。さあてどんな仕返しをしてやろうか............ディザスターの申し子め。

 

 朝食を教会とは別の建物の屋敷で済ませた後、いつも通りの日課、 子供達の相手をしたり、洗濯を手伝ったり、狩りをしたり──────その裏ではまた別のこともしていた。

 この辺、十キロ圏内は森林に囲まれて小さな川がそれを両断して一種のオアシスを築いているが、一歩森の外を出たら、砂漠地帯が広がっている。亜音はそんな広大なオアシスを走り回り、最終的には外郭を一周して敵がいないかを探索する、亜音の足でも一時間以上掛かる作業だった。なにより子供達に変な恐怖を植え付けない為に皆には内緒の作業、暇だから散歩とも言い訳を用意していた。だが、初日から含めて毎日その作業から帰ってくると、屋敷の入り口前でセラリアが頬を膨らませて待っていた。

 

「............お疲れ様、フン」

「.........ありが、ふんだ!」

「〝今日〞は少し遅かったわね......ふぅーん」

「............私も.........その、一緒に.........な、なんでもないわよ!ふんっ!」

 

 そして今日は、

 

「............どうして私に...もういい!」

 

 本当に不器用だな、と亜音は笑って屋敷の中に戻っていくセラリアを見送った。

 だが、そんな不器用な所を毎回見た亜音は決まって、〝自然〞と胸を押さえて小さく笑った。

 

「ったく............」

 

 ──────ただ暴力を振ってくる子供、だったら楽だったのに。

 亜音にはわかる、彼女は自分に歩み寄ろうとしてくているのだと。

 言いようのない暖かな感情を亜音は、その場に立ち尽くしてほんの りと味わうのだった。

 そんな作業を終えて、夕方頃になった後も亜音には仕事があった。亜音は暇そうに屋敷内や教会内、建物の外郭を歩き回り、観察していた。いわゆる老朽化している所を探していたのだ。一応、そういう専門の本を読み漁ってからここに来ているので最低限は把握できていた。

 亜音はそんな老朽化を見つけては静かに作業をこなして、建物を修繕した。ないよりはマシな程度ではあるが、もう何十年かは持ちそうな所まで立ち直り、亜音はその作業の全てをちょうど、今日終わらせた。これもまた皆には内緒で、彼らにお礼ができる余裕はないから、気を遣わせたくなかったのだ。

 だが、そんな亜音を教会の小部屋、現在は亜音の自室で出迎えたのはやはりぶっきらぼうな顔をしたセラリアだった。偉そうに丁寧に畳んでおいたはずの布団の上で踏ん反り返っている。

 

 亜音は小さくため息をついて、

 

「またイタズラか.........そろそろ七月の中旬も過ぎる、もうやめ」

「うるさいわね、蹴るわよ?!」

 

 そう言ってセラリアは石を投げつけてきた。

 亜音は余裕で交躱しながら、頭を振り、部屋の隅にリュックを下ろす。

 もうツッコむ気にもなれなかったので無視することにしたのだ。

 

「............ねぇ、私の部屋に入った?」

「え?」

 

 突然の問いに胸がドキッと跳ね上がった。

 やばい、バレたら血祭りが開催される。故に亜音はクールに決めようと──────が、セラリアはスクっと立ち上がって亜音の横を沈黙して通り過ぎて行った。

 

「............セラリア?」

 

 え??何もしないの と自問。

 亜音は少し怪訝そうな表情でセラリアの背中を見つめ、セラリアは扉の取っ手に手をかけて不意に立ち止まった。

 そして今まで見せたこともないような女神の笑顔を不器用に作っ て、

 

「あ、ありがとう............おかげで、隙間風に悩むこともなく眠れるようになった......そ......それだけよ」

 

 じゃ、と言って姿を消したセラリア。

 亜音は信じられないとでも言うかのような表情でその場に立ち尽くす。

 そしてこの部屋は暖房もクソもないので肌寒いが、亜音の体は今、 とてつもなく火照っていた。

 ──────そっか、そっか、そっか、と呟きながら亜音は遠い過去を遡り、ふと微笑みを浮かべながら頬を一筋濡らした。

 亜音の頬を伝ってポタポタと雫を静かに床へ落ちていき、温もりは 雨がやむまで残り続けるのだった。

 

 

 

#######

 

 

 

「ハッ............ぁ.........っ、」

 

 

 チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえ、亜音は勢いよく目を見開いて起きた。

 外は薄く明るいが、この部屋は襖のおかげで影が差したように薄暗い。

 少し肩で息をしながら首筋や額に汗を滲ませ、再度右側に別の布団 で寝ている舞夏を見て起き上がった。

 

 

 ──────〝サウザンドアイズ〞支店。客間の和室。

 

 

 亜音は汗を乾かした後、薄着から昨日と同じ服装でマントを羽織り、黒い羽衣を纏いて何気なく探知を開始する。

 この外門区画全土を把握し、敵がいないことを瞬時に確認した後、 羽衣を霧散させた。

 そこへちょうど昨日とは違って見事に整った和装と割烹着を着込 む女性店員が、礼儀正しく襖を開けてやってきた。一時的に床に置いた配膳には、大きな皿に約二十個もの綺麗な三角形を描いたおむすびが並び、漬物が片隅に彩っている。

 

「っ ............おはようございます、亜音さん。朝食をお持ちしました」

「ありがとう...............そういえば白雪姫は?」

「水神様でしたら、北と東の境界壁の戦線に参戦していると思います。一応長引いたとしても朝方には帰ってくると言ってましたが ...............あと、こちらタオルを。」

「やっぱり匂うか?」

「匂いはしませんが、少し汗のあとが目立ちます。............何か〝悪 い〞夢でも見たんですか?」

「いや.........ただの寝汗だと思う」

「そうですか............ならいいのですが.........」

 

 女性店員から冷んやりと少し湿ったタオルを受け取り、背中や首、筋、額、顔全体を爽快に拭いていく。

 そして和室の襖を全部開いて解放し、日光を招いた。

 

「...............んっ!..............まぶ.........しぃ、 」

 

 舞夏が目をシワシワにして呻き、ゴロゴロし始める。

 それに二人は笑いながらも、各々の準備を終わらせた。亜音は布団を畳み、女性店員は配膳を和室の中心に置いて、おしぼりを四つ用意した。

 

「亜音さん、舞夏さんを起こしてくれませんか?」

「うん、分かったよ」

 

 だがそんな彼らの前に──────途轍もなくげんなりとした白雪姫が、ドタ、ドタと現れた。

 女性店員は最初は嬉々に挨拶を交わそうしていたが、すぐに空気を察して口を噤む。

 代表者として亜音が白雪姫に寄り添って、肩を貸した。

 

「とりあえず、落ち着いてから話をしよう。──────お水、お願いできる?」

「は、はい。分かりました!」

 

 女性店員は素早く和室を出て水を取りにいき、亜音は畳んである布団に背もたれできるように白雪姫を下ろした。

 亜音は耳元に囁くように小さく問う。

 

「境界壁で何かあったのか?」

「とりあえず.........水を.........水を.........喉がからから......なのだ.........ぐぅっ!」

 

 頭を抱える白雪姫に介抱しながら寄り添う亜音は襖の方を見つめ て、顔を歪める。

 だが、同時に白雪姫にも異変が起きた。

 

「...............ごめん、もう少し待っ「お、おお!?貴女様は.........水の大精霊......水を...水をどうか、どうか我と口付けを──────!!」

 

 何語ですか?!と問うべきか、いやそれは今、得策ではないと亜音の中でアラームが鳴り始める。

 眼前に迫る──────少し火照っているあどけない白雪姫の表情。

 花魁のように絶妙な加減でゆるんでいく和服は、白雪姫の穢れを知らない首筋や胸元をさらけ出し、白い肌を一雫の汗がスッーと視線を谷間へと誘導するように滴っていく。

 そして微かに開かれている瞳はゆらゆらと揺れており、ついに少し羞恥を帯びてゆっくりと瞳は閉じられた。

 亜音は唖然とその光景を見つめていた。本気で意味がわからなかったのだ──────脱水症状ってこんなんだっけ?!と自分に問うぐらい。

 

「は???おい、ちょと待て!........俺は違うッ!違うよ!!や、ヤバ──────はっ!舞夏!起きてるんだろ!?早く!早く白雪姫を取りおさ」

 

 ガタンッ!と二人は盛大に倒れこみ、亜音はマウントポジションを白雪姫に取られた。

 キラン!と光る眼光。やばい、どんだけ頑張ったんだよ!水神様!!というぐらいまでに狂気じみていた。

 亜音は舞夏の方に首を振り、掛け布団の隙間から見える舞夏の邪悪な笑みと視線を交わす。まるっきり助ける気がないことが判明した。

 さらにこのままでは、〝正気〞に戻った白雪姫に殺すほどの恨みをもたらせてしまう。自分全然悪くないのに殺されるとか、マジあり得ない話だ。冗談じゃない。

 ここで動かねば、死ぬ──────故に決死の思いで亜音は動いた。

 亜音は白雪姫の腰の付け根、肘関節を上から軽く叩いて態勢を崩し、逆にマウントポジションを乗っ取ることに成功した。

 

「よし──────後は店員さんがお水を持ってくれば」

「何をしてるのですか?亜音さん?」

「何って、白雪姫を取り押さ──────」

 ヒィィン!と、風を切るような鋭い高音が鳴り響き、首元には薙刀の刃がギラン!!と煌めいていた。

 えぇえ??どうして?と、戦慄しながら亜音は、横目で刃を見つめる。

 そして、最後忠告のような重さを纏った問いが耳元に掛けられた。

 

「今すぐ水神様から離れてくれませんか?亜音さん」

「そ、それはダメだ......、今離したらまた俺が“襲われ”」

 

 語尾に強く反応した女性店員の次の行動は電光石火だった。

 

 

「亜音さんの馬鹿ッ!!死ねぇえええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

「いや待っ────」

 

 幸いだったのは、刃に〝表と裏〞があったことだろうか。なければ首がその辺に転がっていたことだろう。

 シャレにならん。女の誤解や妄想、幻想は時に狂気と殺意を生むらしい。よく覚えておけ。

 亜音は首をゴキボキと鳴らしながら踏ん反り返って、本気で怒りかけたような顔をしていた。

 女性店員は少し肩をビクつかせて、白雪姫には薄っすらと冷や汗が額に浮かんでいる。

 舞夏の頭には風船のように膨らんだ拳骨が浮かんでいる。白雪姫と女性店員はしょうがないにしても舞夏は真犯人レベルの罪人だから罰せられたのだろう。

 四人は配膳を囲むように円を作っておにぎりを食べながら、空気を重くしていたが、亜音が少し嘆息をこぼして白雪姫に再度、訪ねた。

 ──────ちょうどその時、あからさまにホッとする女性店員を見ると憎めなくなるのは仕方ないだろう。

 

「境界壁の状況はどうなってるの?」

「あ、ああ。──────東からは“確認された”だけなら一匹残らず魔王を駆逐できた。しかし北は〝地域支配者〞からの被害報告だと、東の半分程度でしかないが、それでも六桁階層の境界壁にも被害が及び、二四六箇所もの外門が襲撃を受け、敵に支配されている。なにより北七桁の境界壁の都市はもはや奴らの巣だ。土地そのものさえも支配され、一種の城塞と化している」

「土着神............つまり、神霊級の奴が外門区画全域に根を張ってるわけか」

「其奴を倒さん限り有象無象は無尽に増え続けるばかり............ラチがあかんのだ」

 

 白雪姫は頭を振ってため息を零す。

 そして亜音は同時にそれらのことから思考して、焦りを見せた。

 

「少し急がないとやばいかもしれない............」

「我も同意見だ」

「どういうことでしょうか?」

「舞夏にも教えろ!」

 

 女性店員と舞夏の問いに難しそうな顔をした白雪姫が亜音の代わりに答える。亜音にはこれからの戦術や日程を考えてもらわねばならないからだ。

「霊格には限りがある。それは当然のことだろう?故に我らは尽きるまで戦い続けた。しかし奴の分身体は無尽蔵に増えるばかり、加えて奴は土地と一体化しておる。これが意味する所は」

 

 そこで亜音が結論付けた。

 

「別の場所からの霊格供給、吸収を行っている。このまま放っておけば知らず知らずに箱庭の土地が枯れていく。なにより、分身体の程度からして確実に自我へ多くの霊格を吸収しているはずだ。」

「じゃあその分身体は質量だけでいえば普通の〝神霊〞さえも超えてるかもしれない、ってこと?」

 

 コクン、と舞夏の疑問に肯定し頷いた亜音はすぐさま立ち上がり、 鬼神の覇気で告げる。

 

「これ以上、奴が強大化する前に叩く。白雪姫と店員さんは東の軍勢と合流、舞夏は北の下層を掃除してくれ。──────俺が奴を仕留める」

 

 白雪姫と女性店員はすぐに頷き、舞夏は少し機嫌悪そうにだが同じようにはいはいと返事を返して、各々の戦場へ疾走するのだった。

 

 

 

#######

 

 

 

 

 ──────東と北の境界壁。四○○○○○外門・三九九九九九外門。

 

 

 朱色の街と曇天の空。天を衝くかという巨躯の赤壁。

 そこから立ち上る灰塵が戦場だとはっきり物語っていた。

 しかし決して敵に遅れをとっているわけではない。ここは六桁。こう言ってはなんだが七桁とは一線を返しており、軍隊や騎士団を〝 精霊〞、〝鬼種〞などの悪鬼羅刹が築き、旗揚げをしているのだ。少し見れば東では見ることさえ叶わないような幻獣や悪魔、巨躯の鬼が双頭龍の分身体をなぎ払っていた。しかしやはりというべきか、味方に対して敵の数が多すぎる。

 そしてその中でも一際、激しい闘争をしている二名。

 全身を古びたマントで隠す男とゴシックロリータの少女。全身を隠す男の特徴は分からないが、少女はとても特徴的だった。甘々なベビーフェイス、小さく波打つモフモフなツインテール、そんな幼さから予想もつかないほどの魅力的なボディライン。なにより胸の膨らみが尋常ではない。その上で柔肌な胸元と美脚を露出しているのだ。もはや男性を誘うための外見といっても過言ではない。彼女が只者ではないことは、尖った両耳と従える地獄の炎から悟ることができる。魅惑的な小悪魔の偶像に、絶大な煉獄の力。誘いに乗って触れたら、火傷程度では済まされない。

 そして今も彼女が手に持つ手製の杖に導かれて蒼炎が細い龍と化け、一陣、二陣、三陣と周囲に吹き荒れ、大気を突貫していく。

 全身をマントで隠す男は、小さく嘲笑すると両手を横薙ぎに広げるようにふるって吹雪と熱を生み出し、温度差で生まれた爆発的なエネルギーで蒼炎を相殺した。ツインテールの少女は、これまで引いては突撃し、引いては突撃しを繰り返してこの男を抑えていた。

 だが、最悪なことに自分と同じことをストーカーは考え、同じ目的を反面鏡のように持っていたのだ。

 

「東と北の階層支配者の元へ援軍を送る。そして君を押さえておくのも私の仕事だったのだよ、でも残念だった。同じことを考えていたなら一緒にやればよかったよ」

「...............死ね」

 

 少女はうわ、マジ最悪みたいな表情を浮かべていた。

 しかし彼女は強気な態度を見せてはいるものの、ここより下方の位置から途轍もない霊格の膨張を感じ取ってビンビンに焦りの汗を垂らしていた。なにより、最強種が顕現した南には我が同士がいるのだ。

 チンタラしているわけにもいかない。──────しかし、この目の前の男は前より格段に強くなっている。

 街ごと吹き飛ばそうとも考えたが、そうもいかない。

 ツインテールの少女はただただ歯ぎしりをするのだった。

 

 

 

 

#######

 

 

 

──────第七桁、東と北の境界壁。四○○○○○○外門・三九 九九九九九。外門

 

東と北を区切る、天を衝くかという巨躯の赤壁。境界壁を削り出すように建築したゴシック調の尖塔群のアーチと、外壁に聳える二つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

 境界壁の影に重なる場所を朱色のペンダントランプが照らす黄昏の街々。

 かつてここは〝火龍誕生祭〞が行われた場所である。

 そして現在、この場所は〝魔王の宴の始まりの場所〞、〝魔王の巣 〞となっているらしい。報告が疑問系になってしまうのは無理もない。この場所はもうすでに避難が済んでいるのか、それとも虐殺済みなのか、人影一つすらなく既存の住人たちの姿は一切ない─────ただそれだけだった。不自然なほどに綺麗な街、多少の崩壊や血痕は見られるが、他所とは比べることすらバカバカしい。土煙すら立っていないのだ。しかしどこからともなく聞こえる鈍音。

 ドクンッ!ドクンッ!街路が脈打ちグニャリと歪み、硬い街路がゴムのように柔らかく伸び、盛り上がる。

 そして形作るのだ──────新たな生命体を。静かに製造された生命体は、それぞれ人と同じくらいの大きさの怪物。純白のサソリ、毒と火炎を撒き散らす紫のリザード、ゴツゴツと割れた岩の体表を持つ双頭の邪竜。それらが全部、流動体、液体のようにボヨンと建物や街路から溢れ出てくる。 成る程とこれだけこの場所が綺麗なことに納得できた──────そりゃ、自分たちの巣を自分で荒らす馬鹿はいないだろう。

 巣より生まれた怪物たちはゆったりとした凱旋で、境界壁に配備された凱旋門を潜ろうと、東を目指した。

だがその時だった──────凱旋門のトンネルを覆い尽くすほどの蒼炎が吹き荒れ、暴虐に怪物たちを押し返しながら、塵芥の如 く蹴散らした。その余波たる蜃気楼の爆風が轟音と共に大気を突き抜け、遥か後方で生まれたばかりの怪物たちでさえ軽々吹き飛んでいく。まさに破壊神の力と言えよう。一動作のスケールでさえ人智を超えている。

 凱旋門に続く石畳みのアーチ橋。その先の東側に、大軍勢の筆頭のように仁王立ちする一人の少年、黒衣のマントを羽織りし榊原亜音と、追従するように二人の女性、白雪姫と女性店員が後ろに立っていた。

 

「...............ふむ、さすがは我が元領地を荒らし回った男なだけはあるな」

「ですが亜音さん、本当に一人で行く気ですか?この正真正銘、魔王の巣に」

「ああ。というか一人の方がかえって好都合。どこから生まれてくるともわからない敵と味方を区別するのは、はっきり言ってめんどくさい。それに俺の仕事は大元を叩くこと。白雪姫達は東に入れさせないようにしてくれればいい」

「──────わかりました」

「了解した。せいぜい死ぬなよ、亜音」

 

 重苦しくも了承した女性店員とフン、と笑って悪態を吐く白雪姫に軽く手を上げて、後方に控えるその他コミュニティの軍勢にも軽い会釈をすると背を向けて──────、

 

「亜音さん!」

「ん...........?」

 

 咄嗟に女性店員は呼び止めたものの歯がゆそうに言葉を探し、思考を狂わせ、目に見えるほど戸惑っていた。

 亜音そんな自分を心配する彼女を見て微笑むと、しっかりと告げる。

 

「必ず帰るよ。だから後ろは頼む。任せてもいいよね?」

「は.........はい!」

 

 女性店員の気合いを受けて亜音は霞の如く疾走して姿を消した。

 ちょうどその時、橋の隅から怪物たちが這い上がってきた。先ほどの亜音の攻撃を受けながらも数の壁でどうにか死だけは免れた者達なのだろう。少し肉が焦げたような異臭が鼻の奥を突き刺していた。

 女性店員はギフトカードから薙刀と一緒にハンドボールぐらいの光球を召喚する。

 そして薙刀をしならせるが如くブンブンと振り回して華麗に構えると──────、

 

 

「精霊の御霊よ、私に力を──────吹け、〝風の精霊・エルフ〞──────ッ!!」

 

 フォンッ!と大気を断つ風が薙刀の一閃と共に放たれ、眼前のリザードの首を斬り落とした。その先陣ぶりに後方から唸り声がある。

 さすがは〝サウザンドアイズ〞の一人なだけはある、よく鍛えられている武芸だった、と白雪姫も感嘆を心の中で零し────その場から軽く跳躍し、指揮の役目を果たす。

 

(まずは指揮が先陣を切り、手本を見せ、士気を高めさせるッ!!)

 

 白雪姫は五mもの跳躍を見せ、水流を周囲に爆散させて水しぶきを帯同させ従わせる。

 怪訝になる怪物達だったが、直後に白雪姫の霊格が膨張し、神格が露わになった。

 ただの一雫でしかなかった水しぶき達は、白雪姫の力を受けてその量を増やし、一つ一つが鋭利な長槍と化す。

 

「〝五月雨・槍水〞............我ながら嫌になるほど決まった名だろう?存分に味わえッ!!」

 

 一つ一つが大地を抉るほどの威力を持っており、第四世代ほどの霊格では流石に耐えられるはずもなかった。流動体のくせして岩石の体表さえも鋭く射抜き、有象無象を蜂の巣と化していった。

 二人の逞しくも美しい舞姫のような戦いぶりに自然と後陣にも火が灯り始め、大気を揺らすほどの雄叫びを上げ、最後の戦いが幕を上げた。

 

 

 

 

########

 

 

 

 

 嫌な静けさが漂う朱色の街と街路。 亜音にとっては少し懐かしくもある場所ではあったが、そんな昔のこと今はどうでもいい。

 そして亜音は数多の輪廻が描かれ紫に染まった輪廻眼で辺りを見回し、ふと気付く。

 

「土着した............ならこの街そのものが奴の器のはずだ、........だが、これは......」

 

 そう、どんなに亜音が〝器と魂〞を見定める瞳で辺りを見回しても、一向に奴の影すらかすりもしない。街と一体化し、魔王の巣を作り、分身体を量産、この行動に何か──────目的があったとしたら、 わざわざ、下層の者達でも相手取ることのできる有象無象を何万体と生産した理由。

 

(冷静に考えろ............俺が奴の立場なら.........霊格を吸収するために、魔王の巣を............そうかッ!...........霊格を吸収するため.........〝己〞に霊格を吸収するため、生来の最強種並みの器と霊格を手に入れるために、節約し、数で時間稼ぎしたのか!そして今、街と一体化している必要はなくなった、............なら奴はもう──────)

 

 

 ふと辺りが暗くなった──────それも〝一瞬〞でだ。シーンと静まり返る戦場。すぐにおかしいと悟った亜音。なぜなら先ほどまで猛々しいほど の雄叫びがここまで振動させて爆撃音を鳴らしていたのだ。しかし、 今は本当に静かだった。風すら吹かない、一瞬時が止まったかとも疑うほどに不自然な世界の静止。と同時に遠くから、始まりを告げる叫び声が響いた。

「ば、ば、ば、.........ば...化け物だぁああああああああああああああああああああああ!!」

「おい、なんだ、これはッ!............境界壁から何か生えて.........っ」

「こんなのありかよッ!?」

「...こ.........こ...こいつは.........で、デカ過ぎるッ!!」

「もしかして“最強種”.........なのか.........?」

「終わりだ............こんなの倒せっこない............ッ!」

 

「全員逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 何千人という数の声が重なって大気を弛緩させるほどの怒号を響かせた。

 亜音は少し冷や汗を額に見せながらも無表情に、背後へ否、空を見上げる。

 簡単に言えば空から降り注ぐ日光を、二つの〝顎 〞が完全に塞いでいた。

 何処かのテレビゲームで見覚えありそうな巨躯。何より信じられないことに境界壁の近くにあった─────〝かつての祭典本陣営と舞台〞 ──────その場所をたった一歩で今、丸ごと叩き潰したのだ。その余波であるただの風塵でさえ爆風の波となって街々を粉々に瓦解させていく。 天を衝くかという境界壁からゴムのように赤壁が伸び、超強大な怪物が街を踏みしめる。それだけで都市を半壊させながら、その生命を自ら作り出していく。箱庭全土を揺らすような大震を放つ双頭の邪竜。白き柔肌はその全てをほぼ影に染め上げて、その下にある街には闇が生まれる。二つほどの山が並んで動いていると言えば分かりやすいのだろうか、それほどまでに大きい。〝一体どれだけの霊格〞を貪ったのか、末恐ろしくて考えられない。おそらくは箱庭の外にまで根を生やし、かつ邪魔されないよう箱庭の中でも未踏の地の自然を食らったのだろう。幸いなことは白雪姫達が戦っていた眷属達もデカイのに合流して消え去ったことだろうか。

 そして一人の少年は、だからなんだ─────と言ってその手に力を込め、怪物に一瞬で肉薄すると、黒き羽衣を纏いて同色に染まった刀を鋭く横薙ぎに振るった。

 

「─────誰が待ってやると言った!!」

 

 亜音はすぐに化け物からバックステップで大気を蹴りながら距離をとり、双頭の鼻先より百メートルほど離れた場所に滞空し、日光を浴びる。久方の日光に目を細めながらも、少し遠めの目下にいる超強大な双頭龍を睨みつけ、戦果を確認した。そして亜音の放った斬撃は見事、大樹のような右前足を両断し─────だが、その直後、切り裂かれたはずの切断面がグチュウ!と繋がり、亜音の攻撃は無駄に終わった。 圧倒的な治癒能力と日天を塞ぐほどの巨躯。流石に規模が違いすぎる。白雪姫と女性店員は影で見守ることしかできなかった。

 だが、そんな時でも亜音の表情は、不敵な笑みだった。

 

「───── GYAAAAAAEEEEEEEAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!」

 

 怪物はそれが気に入らないのか、言語化不能な雄叫びを視認できるほどの振動の波にして大気を震わせ、六つの脚と長柄の尻尾を持って、無理矢理この地に降誕する。

 そして完成された霊格を見せつけるかのように双頭の、巨大な家屋を一飲みできるほどの顎が開き、口内の奥より紅き閃光が迸っていく─────間違いなくブレスだろう。

 あんな巨体の生成した熱線ブレスがこの場に炸裂した場合、爆風だけで都市は吹き飛ぶ可能性がある。故に亜音は再度、呆れたように告げた。

 

「だから、誰も待ってやるとは言ってないぞ─────来い、“零・破滅の蒼穹(ピナーカ)”!」

 

 亜音は右手を前に出し、禍々しくもシンプルなデザインの光沢を持つ蒼穹の弓をその手に召喚した。その召喚の余波だけで大気が暴発し、刹那に辺りの建物が瓦解した。理由はおそらくこの弓の圧倒的な性能のせいだろう。簡単に言えばこの弓の役割は〝力を正確な場所へ伝える〞ことであり、破壊を世界へ正しく公平に振りまくためもの。故にこの弓は、〝距離〞という概念を破壊し、もう一つは。

 そして続けざまに亜音は最後忠告と一緒に唱えながら、全く明後日の方向─────巨躯な双頭龍より遥かに離れた場所を見定める。

「所詮は寄せ集めの集合体。お前の敗因は最後まで〝己の保身〞だけを考えていたことだ、よく覚えておくといい。顕現─────“霊槍・絶対物理破壊(トリシューラ・レプリカ)” ─────“霊格階位・青天(オリオン)”」

 

 矢として打つために小さめの柄、純粋な青空の色をモチーフにする二又の槍が蒼炎に精錬されて亜音の左手にしっくりと収まった。

 そしてそのその槍を矢として弓に装填し、輪廻眼と槍の矛先で狙いを定める。

 フゥ............と息を吐き、力を抜いた最後の瞬間─────おもいっきり息を吸い込みながら最大まで蒼炎の弦を引き絞り、見開いた輪廻眼を点を定めるが如く鋭利に細め、同時に破壊の権能を宿した矛が解き放たれる。

 

「“三分槍・ 射 出(トリプル・インジェクション)”起動。撃て─────“零・破滅の蒼穹(ピナーカ)

 

 〝零・破滅の蒼穹〞のもう一つの力は、槍の権能を分割してなおつその際に生まれる出力の低減を八割ぐらい抑えて撃ち放つことができる。いわば同時に複数回、撃てるということである。今回は狙いの場所が違いすぎたために、時間差をおいて撃った。だが何より三つの槍を同時に生成する必要がないことが利点だろう。穿たれた二陣の青天の矛が大気を鋭く貫き、そして秒数を刻むその前に双頭龍の紅く染まる口内に突貫した。口内に溜まっていた熱は槍より吹き出す蒼炎に食われ、徐々に膨張し始める。そして亜音はその様子を見ることさえせず、遥か彼方─────先ほど見つめていた場所─────正確にはその下の地中にいる本体、巨大な霊格を安全な場所で操るために一時的に分散し街と一体化していた本体。

 亜音がその本体に気付いたのは、右足を切断する時だった。輪廻眼は魂と肉体さえも見定める瞳、故に右足を切ろうとした瞬間に魂が消え、街全体が器となった瞬間を嫌でも見ることになった。

 

「生まれて早々悪いな─────これが最後の矛だ」

 

 完全に亜音の意識にも〝零・破滅の蒼穹〞にもロックオンされた地中の本体は断末魔を上げることなく、音速さえも超えた破壊兵器に貫かれ、天を指すほどの蒼炎の柱が生まれて地面を抉っていく。抉られた大地と共に地上の空へ撃ち上がった双頭龍は刹那で火焔に燃やし尽くされた。

 同時に別の場所でも二柱の蒼炎が爆裂し、超強大な双頭龍は内側から破壊され、分身体を生み出すこともなく塵となって空を舞うのだった。

 

 

#####

 

 

 東と北の境界壁、凱旋門の前で亜音は白雪姫と女性店員、その他のコミュニティの軍勢と合流した。

 そして亜音がすぐに次へ、と言おうとした矢先、周囲からぼそぼそと亜音の力についての話題が上がり、話し始めてしまった。

 やれやれと亜音は頭を掻きながら、やはり亜音を見て驚く二人と相対していた。

 

「我は流石に言葉もでぬぞ............十六夜という小僧以上に貴様はデタラメだ」

「もしかして亜音さんは.........かのヒンドゥー教の最高神、宇宙の破壊を司る神、元の名を“シヴァ神”。現在は仏門に帰依して名を〝大自在天(マヘーシュヴァラ)〞と変えられている神の、その眷属なのではないですか......?」

「まぁ眷属の分類に入るんだろうけど............とりあえず二人とも話は終わりだ。舞夏一人じゃ回り切れないだろうし、すぐに六桁にも行かないと」

 

 〝零・破滅の蒼穹〞─────これは〝霊槍・絶対物理破壊〞より生み出すのに体力を使い、加えてその場に召喚したまま維持し続けるのに知らぬ間に体力を浪費する。さらに〝零・破滅の蒼穹〞を使う時は自然と〝霊槍・絶対物理破壊〞と併用する場面にしか限られない。故に同時使用や単品でも多用はできないのだ。さらに仙神の力は単純に霊格の上乗せでしかなく、亜音の基礎霊格の質量が増えたわけではない。〝気〞はそれとはまた別のエネルギーにカテゴリーされ、上記の神具や〝蚩尤〞の力を生み出す、それらの元になることはできない。─────でも、と亜音は不敵な笑みを浮かべて、黒い羽衣を纏う。

 そんな未熟な部分を補うための戦闘技術─────それが〝仙法〞だ。

 亜音は皆が息を飲んで後ろを指差し叫んでいる中、右手に小さな蒼炎の火花を生み出す。その火花は粉のように舞い、影を刺したように黒く染まると質量を拡大させ、火焔を右手に渦のように迸らせる。

 そして残り数メートルの間合いで、亜音は残像すら残さず地を駆け、振り返り様の勢いで右手の手刀を鋭く突き出した。

 

「〝神速流星”・“ドラゴンランス” ─────フゥンッ!!」

「GYAAAAAAaaaa.........aa............ッ!」

 

 片腕のリザードの心窩を鋭く射抜き、そこから吹き出す黒炎が瞬く間にリザードを灰にした。亜音の今の技もそうだが、ほぼノールックからの正確に敵の位置や行動を把握してのカウンター突き。後ろに目でもあるかのような神業に皆が同様に口を閉ざした。

 そして〝神速流星〞その名通り、近距離戦でしか使わないものなのに遠距離から使った方が威力が増す、しかしそれでも充分な威力を誇るという亜音のオリジナルの仙法である。大気さえも走ることができるようになった亜音は第三宇宙速で飛来することができ、他の者達からとって見ればその突撃だけでさえ必殺の一撃になりかねないもの。つまり亜音はいつでも、天災の〝隕石〞になって大地を破壊できるのだ。

 榊原亜音。彼の背に靡く─────〝仙神〞の名の前では、神格保持者の水神である白雪姫と女性店員の二人を含めた誰もが眼前で立ち止まり、戦慄して口を閉ざすことでしか反応できなかった。

 

 

 






・エンディングテーマ《Blizzard》歌:三浦大知
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