新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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遅くなりましてすみません。
仕事が大変すぎて、これからは落ち着きそうです。

よろしくおねがいします。


第五話「サウザンドアイズ」

 夕刻。陽が暮れはじめ、ここトリトニスの大滝の河口には、水飛沫が舞い半円の虹が彩る。

 そんな中、二人と一人は無言で向かい合っていた。

 二人は十六夜と黒ウサギ、一人は亜音。

 

「ここで、待ってたのか?」

「まあ、うん。............とりあえず、飛鳥さん達と合流しようか?」

 

 そう亜音が言った瞬間、

 

「も、申し訳ございません!!」

「「おう!?」

 

 突如の猛々しく見事な平謝りに、十六夜と亜音は同様に驚き、恐らく人生で最初で最後の光景を目の当たりにしていた。

 黒ウサギは、ウルトラハイパー最強フル全開の土下座を見せ付ける。

 その行動に亜音は一時呆気に取られていたが、黒ウサギに歩み寄り、しゃがみこんだ。

 

「顔をあげてくれ、黒ウサギさん」

「は、はい.........本当に、黒ウサギは申し訳なく、」

「わかっているさ.........俺は黒ウサギさんのような、毎日命を張り、必死に、無我夢中に生きてきた者たちを見てきた。貴女のしたことは詐欺かもしれない、でも結果的にその話をして十六夜さんはコミュニティに入ってくれた、つまり、罪に問われることではないんだ、罪だったとしても彼も、そして僕も許したんだ」

 

 まるで、天使の声、神の声、太陽の眼差しでそう言われた気がした。

 でも、何故だろうか、あまり腑に落ちない黒ウサギだった。何というか、神と人、それぐらい自分と亜音、二人の距離が隔絶してるような、心が、真意が何一つ見えない。

 嘘を言っているとかではない。何か他にも、と黒ウサギが思考した時、意外にもその答えは直後に出された。

 

「それに俺は、いや自分にとってどのコミュニティを選ぼうとも、“出身”を選ぶ事と等しいですから」

「え、出身……??」

「…………なるほどな、そういう事か、つまり最初からコミュニティはどこでもよかったんだな?、悪の手先みたいな奴らだった場合は、もっと都合がよかった事になるよな」

 

 十六夜が口角をあげるが、目が笑っていない。

 黒ウサギはそのやり取りが理解できなかった。パニックのせいでもあるが、亜音がいったい何を考えてるか、それを理解するには隔絶され過ぎていた。

 十六夜はさらにケラケラしながら、付け加える。

 

「お前ぐらいの強さならこの世界の足掛かりが向こうからやって来たようなもんだろ、内側からコミュニティの消滅、または騙されたふりして組織改革、どっちにしろ、後者、いや正確に言えば、後者の前者のほうが都合がいいよな 。いつか、必ず出て行くならな。後腐れもない」

 

 後者は悪の手先のような奴ら、前者は内部崩壊のことだろう。

それでようやく、黒ウサギは理解した。目の前に座り込んで、微笑む亜音を見て、呆然とした。

 亜音は指摘されると立ち上がり、 まるで、二人との明確な心の距離を示すかのように、亜音は川辺の終わりのほうに歩く。

 そして、少し夕陽を眺めた後、二人に笑みを消しながら振り返り、風が鳴り止むのを待って一言。

 

「自分はいつか、必ず出て行く。………“十六夜”の言う通りだよ」

「ど、どうして.........なのですか?」

 

 黒ウサギは立ち上がり、不安で顔を染めながら亜音に疑問を投げ掛けた。弱々しい声、風で吹き飛ばされそうだった。

 そんな黒ウサギの視線から逃げるように顔を伏せかけた亜音だが、すぐに笑みを浮かべて、

 

「大丈夫だよ、黒ウサギさん」

「え?」

「コミュニティの再興は、目処が立つまで手伝う、だから何も俺の事について考える必要はないよ 、心配しなくていい」

「...............フン」

「それは.........」

 

 黒ウサギはそこまで頭のいい方ではない。

 この時点では、明確な拒絶に近いものが含まれている事に黒ウサギは気付かなかった。今だに呆然して、納得してないかのように俯いていた。そんな、黒ウサギに声を掛けながら、歩こうとした。

 

「さあ、もう遅いから行こう。お互いこれから頑張ろうね、黒ウサ」

 だが、亜音が言い終わる前に、

「........................気にイラねぇ」

「い、………十六夜さん!?」

 

 小さな声ではあったが、確かに聞こえるように放たれた十六夜の怒気。

 亜音は無言で、十六夜を見つめる。

 

「あー気にイラねぇ、何が気に入らないかって?別に亜音がコミュニティを出ていく事じゃねぇぞ 、俺が気に入らないのはな」

 

 亜音は、十六夜の言葉を聞いても、笑顔で十六夜の言葉を待っていた。

 

一応(・・)聞くが、どうしてお前は俺を引き止めようとしなかった? コミュニティ再興を望むなら、戦力は必要だ。自分に代わる強者を残して出ていきたいと思うのが必然だろ。よりいっそうコミュニティを抜けやすいしな」

 

 一応、それはつまり問いに対し既に解答を出しており、今は答え合わせをしているという事だ。十六夜はその亜音の複雑な意思から、単純 なある一つの計算と事実が気に入らないと言っている。それを亜音は、簡単に理解していた。亜音はこれまであらゆる人種と話してきた。だから彼の人を見る目は、その辺の人とは天と地の差がある。十六夜の思考パターンも簡単に把握できるだろう。しかし、それも十六夜の気に入らない事実に入っている。

 

「ここで待ってたのは、話を聞く必要がなかったのもあるけど、十六夜さんは彼女を問い詰め、そして、その後話を聞くと言った、そこで自分の中では八割方、十六夜さんが彼女のコミュニティに入ることを確信したんだ。残りの二割のほうに傾いたとしても“俺一人”でできることをして何とかしていたよ、それに最終的に決めるのは自分だ、自分にその権利は無い」

 

 そこで、亜音は一呼吸し、

 

「で、十六夜が気に入らないのは、その二割の判断でしょ?」

 

 わかっていても十六夜は、何もかも見透かされている気分に気持ち悪さを感じていた。余計に機嫌が悪くなる。

 

「ああ、気に入らないね、気にイラねぇよーーーーその物言いはまるで、俺より“強い”と言ってるように聞こえるぜ?」

「それは偏見だ、優劣なんて戦わないと分からないじゃないか?」

 

 これが決め手になった。

 

「戦わないとわからない、ねぇー」

 

 つまりそれは、フォローであって、フォローではない。強者にとっては。

 十六夜の意識では自分の方が少なからず人類の誰よりも上と認識している。そんな人に戦わないと分からないは、挑発行為だ。十六夜はそこで、ようやく、軽薄で不敵な笑みを浮かべる。

 

「なら、試してみるか?亜音」

 

 その言葉でようやく黒ウサギは、二人のやり取りに放心していた意識を取り戻し、馬鹿力を振り回す十六夜の前に立つのではなく、温和で優 しそうな亜音の前に立とうと少し跳躍し近づこうとしたが、

 

「だ、駄目です!ーーーキャ!?」

「っ?」

「は?」

 

 十六夜は初めて見た。こんな悲劇があるのだろうか、そんなこと思っている場合ではないが、しかし、驚愕が思考を支配していた。

 黒ウサギは跳躍し、走り寄ろうとしたが、絶賛、石につまづき、亜音に飛び込んだ。そこまではフラグだ!みたいに、笑えてよかった。

 しかし、黒ウサギを亜音は受け止める素振りを見せない、それどころか。

 一瞬、亜音の体が“震えていた”ように、十六夜は見えた。そこで、悪い予感に駆られる。

 

 案の定、黒ウサギはーーーーー亜音を世界の果て、無限に広がる空へと突き落とした!

 

「お、おい、冗談だろ?おい!!マジで冗談じゃないぞ!」

 

 十六夜は叫び、爆走を開始する。

 黒ウサギは地に転がり、目を開けた。

 黒ウサギの目には、ただーーーーーーーー不気味なほど穏やかな絶景しか映ってはいなかった。

 十六夜は川辺の先端に立つが、遅かった。水飛沫や雲、虹が邪魔で亜音の姿が見当たらなかった。

 十六夜と黒ウサギは蒼白する。冗談抜きで、冗談じゃない。

 

「く、黒ウサギは...............なんて、ことを」

「くっ 、亜音...............っ」

 

 そこで、十六夜はあることを思い出す。

 最初に会った頃、亜音は一人だけ濡れずに済んで、お嬢様に謝っていたことを。

 

「黒ウサギ、安心しろ」

「......ぅう......え?」

「あいつは空を飛べる」

「そ、そうなのですか?!」

 

 しかし、そこで、新たな疑問が生じる。

 なぜーーーーーーーーー飛んでこない?姿が見えない?。

 十六夜は冷や汗をかきながら、〝世界の果て〞の先、朱色で染め上がる空を覗き込み、亜音の姿を探すのだった。

 黒ウサギはというと、ホッと息をつき、落ち着こうとしていた。

 

 

 

######

 

 

 

 

 落ちる少し前、亜音は黒ウサギが飛び込んできたので、驚きながらも受け止めようとした。だが、そこで、意識が切り替わる。

 亜音の目に映る世界が変わったのだ。

 フラッシュバックする記憶。

 ・シスターの白い服を身に纏う少女が亜音に両手を広げて飛び込む。

 ・教会、聖なる場所に入ってすぐ、亜音さえ恐怖を抱いてしまうほどの憎悪を露わにしながら隣に立つ少女。

 ・灰色の空の下、煉獄の黒き焔の中、亜音に笑顔を向けるうさ耳が特徴的な少女。

 

 そして、亜音は声と姿を妄想して、創造してしまう。

 聖なる服を身に纏う少女と抱き合うほど近くにいる光景。

 その少女は呟く。

 

「どうして、私達を守ってくれなかったの?」

「守るんじゃなかったの?」

「無理なら無理といえばいいのに」

「期待して損したね」

「でね 、一つ疑問があるの〜。とても不思議なことなのですが」

 

 

「なんで、貴方は生きているの?死んでよ、早く」

 

 

 まるで、黒ウサギに乗り移った少女が言っているように聞こえた。声も同じだから余計に何が現実なのか、亜音には判断できなかった。

 迷い、悲しみ、怒り、それらは亜音の体を縛っていく。

 

 

 

####

 

 

 暴風と水飛沫を浴びながら、亜音は〝世界の果て〞の奥底、朱色の無限空へと落下していた。そして、亜音は胸を抑え、息が荒く、心臓 は息と比例して激しく脈動する。

 

 

「ぐっはぁ、ハァハァ 、ヤバイ、ハァハァ、このままだとーーーっ!」

『おいおいおいおい?!しっかりしろ!!本気で死ぬぞ!』

「こんな時に...............が............発作が.........っ!」

『おい、かわれ!ワシが』

「いや、無理だ!ハァハァ、君の意識じゃあ俺の力は使えない!............くっぐ!フンぬ ぐぁああ!!」

 

 視界はモザイクがかかったようにはっきりと見えない。どれだけ落ちたか、考えたくもない亜音だった。

 亜音はその中でも諦めない、諦めるわけがない。

 

 その理由はーーーー三つある。

 黒ウサギに罪悪感を作らせたくない

 恨まれていても夢を叶えるまで死ねない

 友を心中させるわけにはいかない

「以上だ!俺の馬鹿野郎がぁ!!」

『亜音、お前』

 

 飛べない状況の中、亜音は一ミリたりとも諦めを見せない。

 内なる者は、これほど精神が強い者を見たことがなかった。幻想は意識せずに見させられるが、実は大抵、自分から隠してきた罪なのだ。

 だから、見たことのない、言われたことがない、と錯覚している。

 そして、亜音は信じてきた自身の力が正常に使えず、周りがどうなっているかわからない状況下で、自分の決意、覚悟を表明し、恐怖と自分自身をねじ伏せようとしている。

 

『死んだら、許さねせぇぞ!亜音!!』

「ぐっぁああああああああああああああああああ!くっ!?」

 

 頭に青筋を何筋も立て、顔を赤く煮えらせながら、意識と力を同調させる。

 目が見えないなら、いっそ、と亜音は死ぬ恐怖を押し殺し、静かに瞳を閉じる。

 この方がイメージしやすく、余計なモザイク画が重ならないからだ。

 

 そこで、ようやく浮遊感を感じた。

 

「だぁっはぁ ............ハァハァ、ようやくか」

『このまま死んだら、幽霊になって世界滅ぼすとこだったぜ」

「確かに、ハァハァ、絶対に死んでも死にきれなかったな、笑えないよ、 まったく」

 

 

 亜音は苦笑と満遍の笑みを合わせて笑い、深呼吸をした。 そして、ゆっくり瞳を開き、横に流れる豪水の音をBGMにして、朱色の空を見上げるのだった。

 亜音の『笑えないよ』は、二つの意味を持っていた。一つは死に方に対して。

 そして、もう一つは、

黒ウサギとあの子に、『死んで欲しい』と言われたら、に対してだった。

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

あれから、息が整うまで隠れていた亜音は、落ち着きを取り戻し、二 人のいる川辺へと降り立った。十六夜は大きく息を吐いて苦笑いを し、黒ウサギは「どこに行ってたのですかぁ〜うう」と泣きじゃくって心配していた。亜音は苦笑、内なる者は黒ウサギの泣き顔に爆笑、 少年は頭が痛くなる思いだった。

 事の顛末は、亜音が抱えている発作なのだが、それを亜音は話す事はなかった。

 亜音はまた「セクハラで訴えられたくない」という見苦しい言い訳をした。黒ウサギと十六夜は、疑いつつも問い詰める点と理由がなかったので、今回の件は水に流すことになり、三人は飛鳥達と合流すべく、街道を爆走し競争するのだった。

 日が暮れた頃に噴水広場で合流し、ガルドの話を聞いた黒ウサギは案の定。ウサ耳を逆立てて怒った。黒ウサギは怒涛の質問と説教を 連打するが、ジン、飛鳥、耀の三人の解答は、

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省しています。」」」

 

 口裏を合わせたかのような解答に、そこからさらにヒートアップ。 亜音は終始見物、十六夜が助け舟を出していたので、必要ないという のが理由だ。しかし、十六夜も十六夜で、他人の喧嘩に割って入る気はないらしく、無粋といって黒ウサギを切り捨てた。

 そんな問題児達に黒ウサギは疲弊し、うなだれていた。亜音は、それをみて、一言。

 

 

「色々と............ドンマイだね」

 

 

 

######

 

 

 

 夜の街、ジンを先に帰らせた黒ウサギはこれからの予定を皆に伝えた。

 

「これから皆さんのギフト鑑定をするために〝サウザンドアイズ〞に行きます」

 

 夜のベリベッド通りを歩きながら、飛鳥と春日部は隣を歩く黒ウサギに首を傾げて、問いかける。その後ろを十六夜が歩き、さらにその後ろを亜音がついて歩く。

 

「“サウザンドアイズ”?コミュニティの名前?」

「YES。“サウザンドアイズ〞は特殊な“瞳〞のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに流通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし─────」

 

 亜音は、少し反応する。

 

(............瞳か)

「ギフトの鑑定というのはどういうことかしら?」

「勿論、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 同意を求める黒ウサギに問題児三人は複雑な表情で返し、亜音はただ笑うのみだった。思う事はそれぞれ有るのだろうが、拒否する声はなく、黒ウサギ、飛鳥、耀、十六夜、亜音、と三毛猫、五人と一匹は“サウザンドアイズ”に向かう。

 ベリベッド通りは主に石造りで整備されており、脇を埋める街路樹 は桃色の花を散らして新芽と青葉が生え始めている。

 亜音は、そんな生命の木を見つめては、笑う。ちなみに紺色のコー トは脱いで手に持っている。服装はコートより薄い紺色のズボン、白の無地Tシャツ、その上に青い長袖ワイシャツを着て、締めには背中に黒のリュックサック、左腰側のベルトに刀が入った鞘が差し込まれている。

 

(異世界でも四季の変化はあるようだな、)

 

 問題児の三人もその風景に疑問をおとす。

 

「桜の木............ではないわよね 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ 。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「............... 今は秋だったと思うけど」

 

  ん?っとやはり噛み合わないか、と亜音は三人のやり取りを見つめ、三人は揃って首を傾げる。黒ウサギは笑って説明した。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

「へぇーパラレルワールドってやつか 」

「近しいですね。正しくは立体交差並行世界論というものなのですけども............今からコレの説明を始めますと一日二日では説明しきれないので、またの機会ということに」

 

 曖昧に濁して黒ウサギは振り返る。どうやら店に着いたらしい。 商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が描かれて いる。

 あれが、“サウザンドアイズ”の旗なのだろう。

 日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップをかける。

 

「すいませーん!まっ」

「待ったなしですお客様。うちは時間外営業はやってません」

 

 ストップをかけることはできなかった。

 黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつけるが、流石は超大手の商業コ ミュニティ。

 押し入る客の拒み方にも隙が無い。

 

「なんて商売っ気のない店なのかしら!」

「全くです!閉店時間の五分前にお客様を閉め出すだなんて!」

「文句があるなら他所へどうぞ? 貴方方は今後一切の出入りを禁じます。“出禁”です」

「出禁?!これだけで出禁とか御客様舐めすぎなのですよ!」

「なるほど?“箱庭の貴族”である兎の御客様を流石に無下にするのは失礼ですね。では、中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいですか?」

「............ぅ、」

 

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。しかし十六夜は何の躊躇いもなく名乗る。

 

「俺達は“ノーネーム”様ってコミュニティなんだが」

「ほほう。ではどこの“ノーネーム”様でしょう 。良かったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 ぐっ、と黙り込む一同。黒ウサギが言っていた〝名〞と〝旗印〞がない コミュニティのリスクとはまさにこういう状況の事だろう。

 亜音も苦笑して見ていることしかできなかった。何せ、亜音は100%、女性店員が言っている事が正しいと知っているからだ。

 亜音は今まであらゆる国々を訪れ、無法地帯や紛争地域を見てきた。こういう場面もよくあった。宿が特に多かった。住所や身分証明書を持たない者が宿を訪れ、お金は後払いでちゃんと払い情けで泊まらせて貰っていた。しかし、そのあとが問題だった。

 それを見ていた、知った明らかにタチの悪そうな無法者や身分証明書を持たない他の者達まで自分も泊まらせろと言ってきたのだ。ここの宿だけが入れてくれると瞬く間に噂で広がり、無法者が集い、支払いを済まさずに逃げていく者が多くなっていき、やがて経営破綻、宿は潰れてしまった。〝一人 だけなら〞、その考えは何より自身の身を滅ぼす。時には家族の命さ え失う事もある。

 おそらく店員は店の規定に従って、〝ノーネーム〞を追い返しているのだろう。さらにその規定は上司達が経験や箱庭の社会事情を加味し何時間もかけて作り上げた、命、生活を守る盾なのだ。先ほども言ったとおり、店員はあくまで従っているだけだろうが、店員にしたって生きるために働いている。店員に無茶ぶりするのはただの最低なクレーマーでしかない。

 

 だが、亜音はそれでも言いたいことがあった。

「あのーすいません、いいですか?」

「何か?」

 

  冷たい視線を受けながらも亜音は笑顔を絶やさず伝える。

「〝サウザンドアイズ〞の店員さんは分かっててお客様に対しそのような事を言う“大人気ない”集団の集まりなのですか?」

 

 この一言には、さすがの店員も表情を崩さずにはいられなかった。 自分を馬鹿にされるならともかく、コミュニティを馬鹿にされたの だ。それも自身の大人気ない行動でだ。しかし、ここで引けば、こちらが謝罪する事になってしまう事は目に見えていた。だから、店員は 引かない。

 

「そ、それはですねー」

 

 しかし、亜音の言葉は止まらなかった。

 

「勘違いしないでください、俺達は〝ノーネーム〞その辺のゴロツキと変わらない。それは皆さんの“知るところ”でもあります、それは貴方 も分かっていることでしょう??だから黒ウサギにあれほどまでにあからさまな拒絶、 冷たい態度で突き返したん“だろ”?」

「っ、」

 

 亜音の優しい笑顔とは裏腹に、すざましいほどの的確な言語をスラスラと怒気を少し含めて、周りにいる人達にもしっかり聞こえるように話す様は、まさに鬼だった。問題児三人と黒ウサギも、優しさの裏にあるこの“鬼”に圧倒されていた。敵じゃないことが幸せだと思えるだろう。

 そして、最後に強烈なダメージを与えた。

 

「〝サウザンドアイズ〞の店員さんは分かってて、冷たい態度で、そのようなを発言をした。それが〝サウザンドアイズ〞の“やり口”なのでしょうか? 、違うなら貴方は何か“個人的”な感情で“黒ウサギ”を突き返したのですか?黒ウサギさんは献身的で悪い人ではない、〝箱庭の貴族〞という……身分を持っていることを、貴方は知っているのに?、どちらにしろ、分かっていたなら、いや分からなくても、最初は一言で済んだのではいですか?ーーーー『すいませんが、身分が未確定な人に商売することは当店では禁じられています』、貴方の知る黒ウサギさんだったら、尚更、それで済んだと思うのですが、俺が間違っているだろうか?」

「.........っ 」

 

 店の周りに少し人集りが出来始め、ヒソヒソと話している。店員は顔を真っ赤にし、握り拳を作っていた、そこで、ようやくあることに 後悔した。その様子に亜音は満足した。

 しかし、亜音は、いつもの自分ならここらで店員さんをフォローするのに、理不尽な環境の中で貶められて悔しがる黒ウサギを思い出す と、口が勝手に動いてしまう。

「俺達は帰ります。貴方のおっしゃるとおり〝ノーネーム”ですから、しかし、最後に言わせてください」

 

 これ以上、何を言うのだろうか、店員は少し震え、周りにいる人集りも少しずつざわめきが大きくなる。流石に言いすぎだと思ったのか、ハッと我に帰った黒ウサギが止めに行こうとするが、数秒遅かった。

 亜音はこれまでの笑顔を引っ込めて、全世界に声を静かに響かせる。

 

 

「“サウザンドアイズ”という大きな名を背負う者の一人なら、いや、 最低限の理性を持ち、しっかりと身分を証明できる者達は少なからず─────」

 辺りは自然と静かになり、亜音の声だけが皆の耳に聞こえる。

 その言葉はまるで、自分達にも言われてるような気がした。

 そしてその瞬間だけ、少年の顔から笑みが消えた。

 

 

 

「 “口に出した言葉” に責任を持つべきだ」

 

 

 ここにいる者、全ての者が、亜音の言葉に圧倒された。

 住む世界が違う。

 ありふれた言葉、誰もが一度は聞いたことあるようなセリフではある。故にだからこそだろう。

 だからこそ、この瞬間、この相手にこの言葉が出てくる、それが凄いのだ。

 自分たちがガキで、子供だと自覚し思えてしまうほど、少年の姿は大きく見えた。経験値の差が、天と地の差があることを彼はこの場にいる全員に思い知らせた。

 女性店員は身体を震わせていた。真正面から罵倒され、精神が崩れてしまったのだろう。なんとか立っているのが精一杯のようだ。そして、そんな店員さんを助けようとする者、助けられる者は、この場には誰もいなかった。

 皆も思う所があるのかもしれない。亜音の言葉は皆に罪の意識を、 言葉の重みをただの一連の出来事で伝えた。

 その頃、亜音は思い出していた。

 生まれた場所が紛争地域の人達、その人達は身分を証明できるわけがない。身分を証明できる物を持つのが一体どれだけの幸せなのだろうか、存在を証明してくれる “(セカイ)” があることはどれだけ大きなことなのだろうか、亜音もそんな人達の前で軽率な態度を取ってしまったことにひどく後悔していた。

 そして、それと同様の奇遇にいる黒ウサギが貶められた。そんな悲しい真実があることを知っているのに、理不尽を許してしまう正当化してしまう自分とこの世界が憎い。

 身分を証明できる物を持たない人々を追い返すのも正しい、でも運が悪くて戦争のせいで、自分は悪いことはしてない、身分がないことが 当たり前の場所に生まれてしまっただけで、無法者の同類として突き返してしまう、それは全くもって理不尽だ。

 

 ────亜音はまた理解する。自分の夢との距離の長さに。

  そこで人集りが急にうごめき始め、ざわめく声が聞こえた。

「こ、このお方は!」

「し、白夜叉様!?どうして、こんな下層に!」

 

 人集りが一人の和服を着た銀髪の少女を見て、そう言い道を開けた。

 その姿を見て、黒ウサギは声をかけようとした。しかし、その少女は前に手をかざし、『黙っておれ』と仕草で伝えていた。

 そして、少女は女性店員と亜音の間に立つと、自己紹介よりも先に頭を下げた。

 

「申し訳ない、〝サウザンドアイズ〞の者が失礼を働きました。心より謝罪を申し上げる」

 

 その行動に皆が驚愕し、驚天動地のリアクションを見せていた。黒ウサギに至っては、もう意識が飛びかけていた。

 問題児三人は、そんな周りの様子に疑問を抱く。『そんなにこの少女《ロリ》は偉い《エロい》のか』と。《》は十六夜である。

 店員さんはもう、どうしようもないことを悟ってか、無言で肩を震わせていた。

 亜音はそんな状況でも丁寧な素振りで、少女に言った。

 

「何処の方かは存じませんが、おそらく〝サウザンドアイズ〞のお店から出てきたところから察するに、〝サウザンドアイズ〞の関係者とお見受けします、そちらは巨大かつ正式なコミュニティ、それに対して俺達は“無法者”の同類〝ノーネーム〞、頭を下げる必要はありません。第一お客様を選ぶ権利を貴方がたは有しているのですから」

「いやこれは、〝サウザンドアイズ〞一員としてだけではない、人としてのお詫びの気持ち。そして、〝サウザンドアイズ〞幹部、いわゆる上の者として下の者の責任は取らねばならん、本当に申し訳なかった」

「────お名前を伺ってもよろしいですか?」

「〝サウザンドアイズ〞幹部、箱庭東区画の階層支配者、白夜叉だ。こちらも其方の名を聞いてもよいか?」

「ええ、“名乗る価値”もない男ですが、〝ノーネーム〞所属の榊原亜音です」

 

 ピクリとその紹介の仕方に女性店員が反応する。────内なる者からもそろそろ止めろ、と制止の声が上がっていた。

 亜音が名乗り終えると、白夜叉は顔を上げて、野次馬に声をかけていった。

 

「さあ、時間ももう遅い、自分のコミュニティに帰るがよい」

 

 白夜叉のその一言で野次馬は解散していく。そして、ひとしきり落ち着くと、白夜叉は女性店員を連れて、問題児の三人と亜音、黒ウサ ギ、三毛猫、に声を掛ける。

「続きは中で話そう、ついてきてくれ.........ほらゆくぞ」

「............はい」

 

割烹着の店員さんは、もしかしたら再起不能の傷を負ってしまった かもしれない、それが目に映るほど彼女の背中は、痛々しかった。

 その様子を見て、亜音は初めてやり過ぎたことに気が付く。内なる 者がそんな亜音に声を掛ける。

 

『亜音、今日はお前らしくなさすぎだぞ。いつもなら、あの割烹着の女に対してあんな風に皆に聞こえるように声のトーンを上げることはせずに、耳元で伝えるか、小さく言うか、とにかく亜音がさっき選んだ行動は、普通の亜音なら絶対に取らない、お前は誰に対しても平等だしな、例外としてワシは除くとして。少なからず割烹着の女を傷つけることを亜音は 絶対に、決してしなかったはずだ。....................................亜音、お前、まさか』

 

 

『今は....................................そっとしておいてくれ、俺も少し冷静になる』

 

『...............分かった、じゃあワシは寝とるぜ 』

『......うん』

『............』

 

内なる者は、少し心配になるが、それ以上何も言えることはなかった。もし、自分が亜音だったら気の利いたことを言えただろうにと内なる者は、口に出さずにボヤくのだった。




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