新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
この積み重ねが今の亜音です。
共感力があり、礼儀があり、人見知りはせず、自然を愛し、誰かと遊ぶこともせず勉強と習い事をこなし、親の期待に応えようと努力する少年。
誰もがその才能に喝采し、神童と、救世主と言いました。
その始まりの一端をご覧ください。
──────200X、12月25日、東京都、時刻13時半。
ホワイトクリスマス。
12月24日、25日という特別な二日間に積雪があることを指す英語。
周りを見れば誰もが空を見て笑みをこぼし、大切な人たちや家族との時間を有意義に過ごす。
各地のテレビではいつもより声が高くなった女性アナウンサーが仕事をしている。
「うわ、まっしろだぁ」
一人の男の子がそう言って、空に手を伸ばす。
触れてしまえば雨のように冷たいが、その目に写る景色は幻想的だろう。加えてその子供はまだ生まれて五年近くしか経っていないため、稀に起きる自然界の現象を見る機会は少ないと言える。
そんな男の子は、塾校舎の入り口から出てきて、少しの間、その雪化粧を見つめる。
「す、すごい………つめたい!」
男の子は年相応に目を輝かせ、足元に積もっている雪を道の真ん中でしゃがみ込み、遊び始める。
定番である雪だるまや雪兎を作ろうとするが、初めてのことで丸めることすら叶わず、少しむきになっていた。
「ぅ、うー…………ぜんぜんできないっ!」
「こ、こらー亜音くん!道の真ん中でなにしてるの?!」
たまたま外の様子を見に来た一人の三十代の女性が、男の子を亜音くんと呼び、声をかける。
流石に往来の真ん中で、本格的に遊び始めようとしていたので、止めにきたのだろう。
亜音は手に持っていた雪を捨て、すぐに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
「もう、風邪引くから早く帰りなさい。それに今日はお父さんとお母さんの三人で遊園地に行くんでしょ?」
「うん!きょうはかえってこれるって言ってたから、急がないと!」
「急ぐの?十五時に遊園地の入り口って言ってなかった?」
そう不思議そうに女性が聞くと亜音はポケットから一枚のレシートと予約票を取り出した。
そこにはクリスマス当日に取りに来るよう書かれた予約の商品名が書かれている。
「じゃーん!おこづかい貯めて買ったんだ!」
「へー!凄い頑張っ……………え、結構高いわね、」
レシートには商品名の横に値段が書かれいたのだが、諭吉さんが普通に四枚ほど必要な程である。
もうすぐ小学生になるとはいえ、それでも金額がかなり高い。
滅多に仕事で会えない二人のために我慢して頑張ったことがよくわかる。
故に女性は少し鼻を啜りながら、亜音の小さな肩に手を置いた。
「ほんとにがんばったのね、」
ちなみにこの女性は榊原家と少し縁がある。
時折、亜音の家にも掃除や生活の様子を見に行っていたりもする。加えて榊原裕子、亜音の母とは昔からの付き合いがある。榊原の家柄や秘密に少し足を踏み入れている数少ない関係者だ。
でなければ亜音の先生などしていないだろう。普通の人間が近くで接するにはあまりにもその子供は“怪物”なのだから。
だが亜音は生まれた時から才能や性格に恵まれていた。誰かに暴力を振るうこともなければ、喧嘩もしない、やり返したりもしない。苦手な虫はなく、花や自然が好きな穏和に育っていた。
その亜音の成長に関わってきた女性からすると、一周回って特別な男の子といえる。本来ならあまり帰ってこない父と母に我が儘言ったり、困らせたり、問題を起こしたりするだろう。だが亜音はこの年齢にして既に悟っているように見える。それらの行いが全て無駄なんだ、と。
しかしその時、亜音の様子がおかしいことに気がつく。
「……………あのん、くん?」
「…………………」
呼びかけても反応はなく、ただいつのまにか手に取り出していた携帯電話の画面を亜音は静かに見つめていた。
連絡用に持たされているためか、電話以外の機能がない折りたたみ式で文字が小さく見えにくい。
女性は亜音の後ろにまわり、覗き込んだ。
メールの受信ボックスには未読のメールが二件来ていた──────そして、そのどちらも件名には“ごめんなさい”と。
「ぅ…………そ」
「……………………」
亜音の手から予約票が滑り落ち、雪の中に消えていく。
女性は口元を抑え、動揺を隠すように深く息をした。自分まで動揺しては亜音に悪影響にしかならないからだろう。
だが、その心配は杞憂に終わる。
亜音は突如、素早く携帯のボタンを操作し、返信用の文面を二通作り、送り終える。
その文面をみて女性は本当に泣きそうになる。
【ぼくは大丈夫。ともだちと遊園地であそんでくるから!】
絵文字も入れて送り、その文面を見たら誰もが心配は杞憂だったと思うほどに。
だが女性は違う。これまでの亜音の生活を見てきたから分かる。お小遣いだって大して使わず貯金して、家にも友達を呼ぶことすら禁止されている。習い事も有れば自分でも勉強している。夜は門限を守り、四季の変わり目に少しはしゃぐぐらい。友達を作れる時間、機会はない。
亜音に友達なんているわけない、作ろうとしても話が合わないのがオチだろう。
そして何より亜音は、父と母が何よりも大好きである。誇りにさえ思っている。それは勉強の熱心さを見れば女性にも充分伝わっていた。
しかしそんな亜音でも、その無理が来てしまったように──────目を見開いたまま、頬を濡らし始める。
「ぼくはだいじょぶ、…………だいじょぶだよ、……だいじょぶなんだよ、」
女性はすぐにポケットからハンカチを取り出して、涙を拭き取ろうとするが止まらない。
いや止めてはいけない、と女性は思った。今までの無理が、我慢が、寂しさが溢れてしまった結果ならば、出し切った方がいいのだと。
だから女性は地面に膝をつけて、何も言わずに抱きしめる。
だがその女性の温もりは亜音には一切届いていなかった。
瞬きすら忘れて、瞳を見開いたまま涙を流す亜音。
(暗い………………見えない、……………何も見えない…………何も)
見開いた瞳は紫色に染まり、輪廻を複数描き始めるが、亜音の視界は“失明”したように真っ暗だった。
女性の声も、温もりも、雪の冷たさも、何も感じなくなっていた。
いや感じなくなったのではない、感じることから亜音が逃げ始めていた。
(だい……じょ………ぶ……………だ…………って……………)
亜音は心で理解していた。
この感情や想いをこのまま抱えてしまえば、抱えきれず、最悪暴走してしまう、自分が変わってしまうかもしれないと。
だから“少年”は、告げた。
(いらない………………こんなぼくはいらない)
そう言った瞬間だった。
真っ暗な世界に取り残された亜音の胸から、一つの蛍火が生まれる。
それと同時に胸を圧迫していた重いものが抜け落ちたように消え、亜音は無表情で蛍火を見つめる。
少しの間、宙を泳ぐように浮いていたが、やがて蛍火は静かに下降し始めた。
亜音はその様子に手を伸ばすことすらせず、ただ見送る。雪が降っていた時はあれだけ喜んで伸ばしていたのにも関わらず、だ。
その過程で亜音の足元が沿うように照らされるが、すぐさま蛍火はその足元より下へ落ちていき、暗闇に飲み込まれていった。
それを見送った亜音は、とりあえず前へ歩き始める。アテのない暗闇の中のはずが、迷う素振りは見せない。
(ぼくは救世主、………いらない、あんなのは僕じゃない)
亜音は暗闇の中をその輪廻を描いた瞳でかき分け、歩いていく。
そんな亜音の後ろの方からは小さな子供の声が響いてきて、“誰か”が大声で泣いているようだった。
(一人で泣いていればいい……………勝手に泣いていればいい、僕は大丈夫なんだ)
そう心の中で呟いて再度目を閉じて開けば、先ほどの雪化粧が映り出され、亜音は女性に抱きしめられていた。
そんな女性から少し離れた“少年”は、笑顔で言った。
「もう大丈夫です。ぼくは“救世主”だから」
まるで泣いていたことがなかったように五歳の男の子は、笑っていた。
往来の真ん中で少年は、救世主と名乗るのに躊躇いはなかったのだった。
この物語は、少年が【自分から逃げた】結果にできたお話です。
間違えることを恐れ、世界の期待を裏切ることを恐れた。
その最悪の結末はどんな未来になるのでしょうか?
次回もお楽しみください!!
感想お待ちしてます!!