新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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第二話「告白と日常と支度」

 

 

 〝ノーネーム〞本拠地、別館前の芝生。

 この辺の庭は少し前まで荒廃した空気が充満し、芝生もはげていたのだが、亜音の事を気遣ってなのだろうか、知らぬ間に寝転ぶこともできるまで整えられ、荒廃した空気は洗浄されたように涼しげな風が髪を揺らしていく。気持ちばかりここから見る空の景色も華やかになっているようだ。

 まだ少し起きるには早いが、これなら早起きを勧めるのも悪くない、体を刺激する朝陽に亜音は目を細めながらも準備運動をしていく。

 今日から亜音は新たな訓練を取り入れていた。

 確かに〝気〞を取り入れたことによって長期戦闘も瞬間的な力の規模もグーンと上がった。

 ノラ様曰く、“気を扱うということは自己観測能力と自己補完の極地である”と言っていた。すなわち器量が大きければそれだけ霊格の密度を向上させることができ、本来なら万年の鍛錬が必要な密度も、千年になる可能性があるということだ。そしてそれは鍛えることのできる、限りある時間を有する生命の特権とも言えるだろう。故に亜音の力の規模は、予想以上に膨れ上がった。

 しかし、独り立ちした時、ある理由によってノーネームが余計な敵に襲われる可能性がある。いや、魔王だけならば十六夜達だけでもなんとかなるだろう。だが、その余計な敵が 〝神群〞 ともなるとそうもいかなくなる。

 勘違いしてはいけないのだ、彼ら神群は正規とは名乗っていても、それを貫くためなら、いや自身の保身を考えた時、手段を選ばないだろう。たとえその時すでに亜音が〝ノーネーム〞に所属していなくても、彼らから見れば仲間であり、いくら白夜叉といえども援護も難しくなる。つまり、今の力だけでは不十分なのだ。ましてや世界を変えるなら、遅かれ早かれ、形式はどうあれ、〝彼ら〞とは戦わねばならな 時が来るだろう。

 だから、亜音はまた求めるのだ──────次の力は、

 

「〝神群〞と〝戦争〞ができる力.........、」

 

 我ながら物騒だな、と亜音は苦笑いを浮かべつつ、フワーと黒い霧を周囲に展開し始める。そしてそのまま立ち昇らせて空に黒い霧状の雲を作り、そこから数本刀を生成し降らせた。

 その真下で待ち構える亜音は瞳を閉じ、一本の刀を下に向けるように右手へキリッと携える。雑音の中に混じる、風を切る音だけを抜き取り、その音だけで落下の順番と座標を予測するのだ。これはまさに、今度は〝気〞さえも使わずに戦うことを想定したもの、新たな力を温存するというレベルアップを図る。

 途端、亜音の姿が掻き消え、すぐ近くで芝生が揺れる。小さな木の葉が舞い、疾風が渦巻いていた。

 

「っオラ!」

 

 バギンッパギンパギン!!と甲高い破裂音が鳴り響き、降ってきた刀は柄だけ地面に残してガラス細工のように砕けた。少し経つと芝生に散りばめられていた刀の残骸は掃除する必要もなく、黒い霧となって霧散していく。

 そして最後は、空に展開したままの黒い霧を集合させ、そこから赤い光が漏れ、熱気が充満し始める。圧倒的な霊力から作られし炎帝の神火が、どんどん溢れては濃縮されていくのが遠めからでもはっきりとわかるほどに、気温が高まっていた。しかもそれは地上から一キロも離れた空からなのだ。いくら芝生を焦がさないためとはいえ、これは一歩間違えればこの辺の土地が吹っ飛ぶ規模、さらに気のせいなのか、森の方からざわめきが聞こえてくる。おそらく空の異常事態に魔王か何かと勘違いして避難しているのだろう─────可哀想に。

 そして当人の亜音はというと、今度は黒い羽衣を纏って気を己の霊格に練り混ぜていた。

 右手にはいつの間にかギフトカードから取り出されていた 〝雷帝・鬼丸〞が、握られている。気持ちばりの青白い稲妻が空気を灼く。

 

「さあ─────来い、〝炎帝〞の火よ」

 

 途端、落雷のような火柱が空から迸り、残り数秒で地面を焼き尽くそうしていた。

 だがタイムラグなしで立て続けに亜音の声が響き、黒く染まった稲妻が刀から漏れてくる。

 そして躊躇なく刀を空に向かって振り上げた

 

「仙法・刻天神威─────ッフ!」

 

 炎帝の威光が一筋の雷鳴、黒き稲妻の槍で容易く切り裂かれ同時に空の景色も一変、溢れていた暗雲も火柱ごと掻き消された。

 爆音と共に雷鳴が大地を揺らし、その振動が本拠地と別館にまで届こうとするが、何か透明な幕が張られていて、それが叩かれるように揺れるだけに終わる。これは亜音が最初から展開していた結界、マクスウェルに使っていた結界とは別種の物。故に対して体力も使わないし、物理に対しては丈夫だ。しばし爆煙が充満していたが、森林からくる風で数分程度で換気されていった。

 

「ふぅ............」

 

 と嘆息を零しながら、〝雷帝・鬼丸〞をタオルと入れ替えてギフトカードに仕舞い、汗を拭く亜音。特に額の汗が酷かったので、よく顔をゴシゴシと拭っていた。

 タオルを首にかけると、亜音はムッと眉をひそめる。

 

「................................やば....こげくさ」

 

 いや本当に焦げ臭いのだ。これではまたリリや黒ウサギ、レティシアに怒られてしまう。前にも怒られていたのだが、いかんせん反省していなかった。というより、結構前のことだったので、忘れていた。

 どうしたものか、と思考を巡らせていると、リリが別館から出てきて欠伸を─────、

 

「え なに.........焦げくさい?!─────って亜音さん、またですか?!」

「おはようリリ服似合ってるネェ」

「本当ですか?じゃなくて、ふざけないでください!」

 

 おぅ!?リリ様が珍しく怒ってらっしゃる、と亜音はたじろぐ。でも────、

 

「かわいい」

「ご、誤魔化さないでくださいっ!」

 

 間違えて口に出していた。

 そのせいで余計リリを怒らせてしまった。

 理由はおそらく農園にあるのだろう。

 

「ごめんリリ............これで不味くなちゃったら俺のせいにしていいから、加えてみんなのご飯は弁償して、不味くなちゃったのは俺が全部食べるよ」

「.........え......ぇ、えーと、でもこれぐらいなら大丈夫だと思いますので、次から気を付けてください」

「うん、ごめん」

「たぶん.........大丈夫、だよね.........亜音さんにはおいしぃおべんとうを.........」

「リリ、どうかしたの?」

 

 ブツブツと呟いていたリリを心配して亜音が声をかける。

 それに対してリリはピョンと狐耳を立てながら、手を必死に降振り、否定した。

 

「ぃ、いえいえ大丈夫ですよ?!それより.........亜音さん、少し屈んでもらっていいですか?」

「え?うん...いいよ」

 

 亜音はゆっくりと膝を曲げ、リリの隣で座り込もうとするが─────その途中で頰に何か柔らかいものが、

 

「チュ、んぅ」

「ん...............?」

 

 気が付けば亜音の頰にリリがキスしていた。

 いやいや、何が起きているんだと亜音は目を見開きながら唖然とする。

 その間にリリは離れていき言った。

 

「この前のおかえし、です...........あと今日のことちゃんと反省してくださいねっ!」

 

 照れ臭そうに小さな笑みを浮かべ、さらに頰をほんのりと染め上げ手を後ろで組み、少し前のめりになって言う狐耳の少女。

 結婚できるまであと何年ぐらいだろうか.........と、つい計算してしまった亜音は悪くないはずだ。なんで、こんな健気なのだろう。なんで、こんなに純粋なのだろう。なんで、こんなに可愛いのだろう───── 暗算で計算して............結果、今すぐするべきだ!!というのは冗談で亜音が我に帰る頃には、リリは駆け出していた。

 コテっと転びそうになるが、堪えている。

 遠巻きにそれを見る亜音は、惚けたように地面に座り込み、空へ向けて息を吐く。

 

「あれはズルいょ............ねぇ」

 

 反省しないわけにはいかないだろう。

 だって頰にはまだ柔らかい感触が灼き付いているのだから────はぁ、これが恋かって、こんなこと考えるとまた内側から小言を────、

 

「.................そうだった、みんなは………」

 

 内側に呼びかけても、返事はない。

 それどころか、あの世界に降り立つことすらできなくなっている─────まるで、鳥が飛び方を忘れてしまったかのように。

 入口すら少年には見えない。少年の心は、一人だった。

 

#####

 

 

  相変わらず〝ノーネーム〞の風呂はでかい。

 露天風呂があれば完璧だったろう、亜音は大浴槽に浸かりながらそう思う。

 

「朝風呂はやっぱりいいなぁ.........ふぅ」

 

 濡れた髪を後ろに掻き上げて、湯気が立ち込める天井を仰ぐ。

 今思ったが、ようやくひと段落したところだな、と亜音はこれまでの事を振り返った。いやよくよく考えると運が良かったのだ。北の件然り、南も然り、南は間違いなく十六夜達が居なければ自分は死んでいたかもしれない。北も似たようなものだろう..................なんだかんだ言って、一人じゃ何もできてはいなかった。

 拳を天井に向けて突き上げ、見つめる亜音。

 

「まだ足りないのか..............................もう疲れた」

 

 亜音の場合、休まないことより結果が伴わない方が疲れる。なぜならトレーニングで鍛えたもの、これまで積み上げたものの意味が全くないからだ。

 はっきり言うが、ノーネームの事は早々に 〝見捨てたい〞。力が神速で集まりすぎている分、事態が急変しすぎていて、逆に大変になっているのだ。もちろんその分、彼らは成長しているし、彼らの向上心ややる気には目を見張る。

 だが、同時に敵が増えてきている。敵の質と規模が大きくなっている。これでは亜音でもいざという時に手が回らない。抜けた後なんてなおさらだ。力技が必要な時、十六夜達だけでは難しい。階層支配者は兵力はあるが、質が低い事は今回の件で分かった。このままだと今度こそ間違いなく、〝ノーネーム〞から被害者が出るだろう。

 力をつける以外の方法─────味方を作るしかない。

 

「魔王と戦える強者で、神群共張り合える勢力。なおかつ〝神群〞ではない、独立したコミュニティ...............」

 

 そんな都合のいいコミニュティがあるわけがない。

 あったとしても見つけるのも困難だし、アポイントを取るのも難しいだろう。人間が 〝神に会わせろ〞 と言うぐらい無謀だ。

 

「はぁ............どうしたものいや、待てよ............いるじゃないか、そんなコミニュティを知ってそうで、アポイントも取ってくれそうな........そんな人物が────!」

 

 

「呼んだか?」

 

 

 

「…………は?」

 

 バシャァン!と亜音が後ろを振り返れば、そこには亜音の思い描いていた────白銀の髪を濡らして、豊かな胸をも包み隠さず揺らす、不法侵入者こと、元魔王こと、駄神こと、大人のスタイルを持つこと、白夜叉がそこにはいた。ちなみに思い描いていたのとは別の人物だ。

 優雅に腕を広げ、肩を預けて浸かっている白夜叉を見て、亜音は...........。

 

「今すぐ帰ってください、白夜叉様」

「いやいや、お主が呼んだのではないか、私が必要なのだと」

「ごめんなさい、さっきのは白夜叉様のことではないのです」

「なん.........じゃと?」

「戦慄したような顔をしていてますが、当然でしょう。白夜叉様も分かっているはずですよ?そろそろ、勘付かれていてもおかしくは無いって。その相手に目をつけられれば白夜叉様にも刃が向かう。であるなら、白夜叉様を頼ることは得策じゃないのです」

「だから箱庭の外に本拠を構えるコミニュティ.........か?」

 

 白夜叉は真剣な表情で問うてくる。

 亜音はというと大事な所をタオルで隠しながらもう一度浸かり、断言した。

 

「なので、俺が.........私が白夜叉様を頼ることはもうないでしょう。 ............この際だからはっきりと言いましたが、〝ノーネーム〞の事は............」

「分かっておる、前にも言うたようにそこまで器は小さくはない。だが、納得はいかんな」

「なんでですか?」

 

 亜音の視線に視線をぶつける白夜叉はそのまま告げた。

 

「私がおんしのことを好いておるからだ」

「分かっています、そのことは本当に嬉しいですし、ありが」

「いーや分かっておらんな、私はこう言ったのだ─────お主を伴侶にしたい、と」

「..................」

「何も言わんでいい............私はおんしが好き以上に、おんしを困らせたくもない」

「はい」

「でも、おんしの力にはなりたい」

 

 目を一切逸らさない白夜叉に亜音はつい逸らしてしまい、同時に負けたことを悟った。

 ─────断れない、白夜叉様は本気だ。

 亜音は湯船から上がると 地べたに正座して、土下座まではせず腿の付け根に手を置いて頭を下げた。

 

「お願いします.........」

「亜音は真面目じゃのう...........................本当に、」

 

 白夜叉はその他人行儀な亜音に少し寂しそうな笑みを浮かべて立ち上がり、頭を下げたままの亜音の横を通り過ぎていった。

 もちろん亜音はしばらくそこに正座したまま、不動を貫くのだった。たとえ脱衣所から服の擦れる音が響いてこようとも。

 

 

 

#####

 

 

 ここまで来て亜音は迷っていた。

 亜音の個人的なトラブルに巻き込まれない程度の縁で、もし故郷がピンチに陥ってしまった時は、交渉できる相手。なおかつ神群とは縁のないコミニュティ。

 主に中国神群に対抗できる勢力が必要だ。なおできれば仏門と縁があるコミュニティ。神群とはいっても仏門であれば大丈夫だ。中国に精通していることやそうした件で、当初は白夜叉ではなく 〝仙境蓬莱〞のノラ様を頼ろうしていたのだが、白夜叉様は本気だった。

 そんな白夜叉様の本気は─────最低だった。

 

『彼奴は女好きだからのう、仏門嫌いとはいえ黒ウサギを連れて行けばイチコロよ......ヒャはははは!!』

 

 ─────うん、最低だ。

 亜音の前、本拠地の館からは二人の声が響いてくる。

 

「嫌です!嫌なのですゥ!!」

「いいではないかぁ!ほら、見てみるのだ!このへそと谷間を象徴とした最強の衣装をッ!!」

「白夜叉様は何をもって〝言わなくていい〞と言ったのだろう.........?はぁ」

 

 先の白夜叉の口ぶりは、自分の〝こと〞を分かっていたような感じで諦めると言ったような気がしたのだが、それとも嫌がらせなのだろうか、八つ当たり、か それだったら白夜叉にも可愛いところがあるな.........しかし、やり過ぎだ。かれこれ亜音は三十分以上待たされている。いや、その間ずっと追いかけっこをしている彼女たちの精神には逆に感心してしまうほどだった。

 だがもう限界だろう、少し黒ウサギの事を思った亜音は溜息を零し、しょうがないので白夜叉様を止めるべく館内に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ亜音さん...んはっぁはぁありがと、ございます......はぁはぁ」

「すまん、はぁはぁ助かった......はぁはぁ」

 

 ─────本気かっ!この二人本気で鬼ごっこをしていたみたいだ、はっきり言って阿保だろう。

 レティシアも自分の隣で苦笑いを浮かべている。

 と、そこでメイド服を着たレティシアが口を開いた。

 

「それで白夜叉様は、これからどちらへ?」

「ふむ、それはだn」

 

 と白夜叉様はふと何かを思い出して、

 

「ヤバイ約束まであと..................五分しかない.........ッ!?」

「阿保ですかっ!」

「阿保とはなんじゃ、隅に置けないエロウサギめ!」

「へ.........隅に置けない??えろ?」

 

 黒ウサギは白夜叉の反論に首をかしげ、はて?と呟いていたが、次の瞬間、雑にも黒ウサギの大事な耳を掴んで、神速で駆け出した。

 

「ちょっと平天の旗本へスカウトしてくるので、少しの間黒ウサギを借りてくぞぉおおおおおおおお!!」

「ちょ、ウサ耳、ウサ耳ウサ耳ウサイテテテテテテテ痛いいたいイタイお願いですからウサ耳だけはウサ耳だけはぁあああああああああ!!」

 

 ビューと行ってしまう二人をレティシアと一緒に見送っていた亜音だったが、ハッと我に返って、

 

「不覚.........っ!じゃなかった、じゃあレティシア行ってくるね?」

「う、うむ、いってらっしゃいませ」

「ああ、それとレティシア? 収穫祭で荷物持ちよろしくね?」

「へ .........あ、亜音、それはどういう────、」

 

 しかし亜音はレティシアの返事を待たずして走り出してしまい、彼女の声が届くことはなかった。

 でも返事なんていらない、どうせ必然的に行かなければならないからだ。そんな亜音の気遣いに、レティシアはほんのりと頰を染めて、 空を仰ぎ、メイド服のスカートを揺らした。

 

「今日は少し.........熱いなぁ、本当に.........フッ」

 

 年の差は関係ない.........よな?と、そう空に確認したレティシアは、館までスキップしながら戻るのだった。もちろんそのあと、ペストから二度目のからかいを受けたのは言うまでもないだろう。

 

 

####

 

 

 

 ─────気が付けば、巨龍の戦いから半月が経過していた。

  〝ノーネーム〞の面々も穏やかな日々の中で個々の活動に専念し始めている。

 魔王としてゲームの渦中にいたレティシアも正式に従僕となり、今はメイド三人で年長組を仕切っていた。

 そして延期されていた収穫祭も有志の援助と〝サウザンドアイズ 〞の手広い広報により再開の目処も早い段階でたてることが出来た。

 魔王とはまさに天災なのだ。その魔王を撃退した功績は、英雄並みの箔があるもの。

 それを踏まえた上で、南側に新たな〝階層支配者〞が誕生することを正式に発表し、多くのコミニュティへ集客を図る。結果、効果は絶大だったということである。

 レティシアはこうしてまたメイドとして働けることに晴れやかな笑みを浮かべ、本拠の入り口前で年長組と別れた。

 隣には同じメイド服を着込むペストがいた。そんなペストを見て、ちょうどいいと思い、気分が良いもう一つの理由である、輪ゴムで纏められた手紙をレティシアは手渡した。

 

「なにこれ?」

「これか?.........これはなぁ、亜音に向けたラブレターだよ」

「なに?............って、これ男の子からのもあるけど?」

「嘘に決まってるだろう?」

 

 不穏な空気がペストからたれ込むが、そこでふとペストは疑問を抱いたように一通の手紙を開けた。

 そこにはまだ字を習ったばかりなのか、少し小汚い文章が書き連ねられていて、でもどうしてか、最後まで目が離せなかった。

 

『ぼくはまおうにいもうとをころされました、とてもなきました、だれかにたすけられたけど、うれしくなかった、だってひとりぼっちだから、これからずっとそうなんだ、とおもってました。だから石をなげました、さけびました、きれいなさくらのしたをあるくお兄ちゃんに。 でも、お兄ちゃんはいいました。〝おまえたちにもせきにんがあるのだ〞と、そして〝きみたちは生きている〞と、〝もういちどはじめら れるのだ〞と、ぼくはじぶんのじゃない、でもぼくの旗をみて、決心しました。またはじめたい、はじめるんだ って。そしてそうおもっていたのはぼくだけじゃなかった、みんなもそうだった、気がついたらしぜんにみんなで円をつくってました、みんな同じなんだなっておもいました、そしてはじまったのです。まだみんなぎこちないけれど、また旗をかかげて、こんどこそみんなをまもるって ...........................、ほんとうのことをいうと、ぼくにいったいなにができるのか、ぼくにはいっせんちも、いえなにもわかりません............けどみつけたい、いえ見つけてみせます。ぼくのできることを...............だからお兄ちゃん、あの時はごめんなさい。あのときはありがとうございました。おかげでまた自分の足で立てました、 また歩くことができます』

 

 その手紙を読み終わって、というかよく見たら全ての手紙に同じ旗印が記されていて、つまりは〝そういうこと〞なのだろう、とペストは彼らの経緯を全て悟った。おそらく手紙を寄越した人々は元々難民で、そして彼らは亜音に反発して返り討ちに遭い、挙げ句の果てに亜音の言葉に刺激され、同じ痛みを背負う者で支えあうように、一つの旗を掲げたのだ。

 ペストは一通の手紙を封に仕舞い、無表情のまま口を開く。

 

「ふぅーん............長いわね」

「はは、でも彼の気持ちがすごく伝わってきただろう そして改めて亜音がどれだけ凄いかも、な」

「いや何言ってんの?─────前々からそうじゃない。いつだって見透かしたようなことを言って、そのせいで私は内心をバラされたし、神群には歯向かうし、龍は殴るし、何もかもがデタラメで、ピー チクパーチクなんだよ」(まぁあ?そこがいいんだけど.........ね)

 

 隠れて小さく笑うペストを他所にレティシアは顎に手を当て、感慨深く眉を顰めていた。

 

「そうだな、そして思ったのだ、亜音には魔王の魔性、奥底に鍵を閉めて隠したはずの根元を、一切合切さらけ出させるとてつもなくえげつない才能があるのでは?とな。ちなみに私も彼の前では理性を保てなかったよ」

 

 レティシアは万遍の笑みでやられちゃったアピールであるように肩を竦め、ペストは頰を膨らませる、なんかずるい、と零しながら。

 そして何よりこの手紙はなんか気が触って、ペストは苦虫を潰したような気持ちになっていた。理由はわからないが。いや、少しだけ心当たりがあった。この手紙はつまり、過去を捨てるということなのだ。その反面ペストは過去を尊い、忌み嫌い、それを変えるために戦っている.........故の反発だろうと自身で悟っていた。何より、彼らとは目的や理想は違うが、自分の経緯と彼らの経緯が少し似ているのもあるかもしれない。特に赤の他人で同じ痛みを知っている集まりというところが。

 まぁどうでもいいけどね? とペストはふと思い出したように、レティシアへ振り向いた。

 

「ねぇ、朝から亜音の姿見ないんだけど、どこにいるの?」

「............うん、ああ、うん───── なんというか、うん」

 

 歯切れの悪いレティシアに、ペストは少し額にしわを作る。ついでに腕を組んだ。

 加えてさらにもう一人の存在を思い出し、嫌な予感に駆られたように若干青ざめた表情でペストは、

 

「黒ウサギは.........ぁ?」

「もういいか─────なぜかはわからんが、白夜叉様がき─────やはり、説明めんどくさいな」

「オイッ!私に対して雑すぎでしょッ!全身マダラ模様にしてやろうか、コラ」

「できないことは言わないほうがいい、格が知れてしまうぞ?」

「─────殺す」

 

 瞬間始まったメイド同士での鬼ごっこ。

 この際だから上下関係はっきりさせておくか、と思いつつもレティシアは少し不安に駆られていた。もちろんペストに負けることではない。黒ウサギと亜音の事だ。

 平天の旗本といえば、箱庭広しといえどもそのように呼称されるコミニュティは一つしかない。それも自分みたいな紛い物とは違い、今でも現役で存命を許されている魔王。それも超がつくほどに仏門を毛嫌いしている彼らだ。いったい何を考えているのやら.................ふむ、思考を奔らせてみたが、白夜叉の事だから〝きっと〞、深い考えはないのだろうと結論付けた。やけに日差しが眩しいが、気のせいか。

 それに何より、亜音だ─────現役の魔王を相手にした彼はろくな事はしない。さすがに上層に居を構える彼らに向かって、〝 ヘーイユー俺の仲間になれヨ、なっちゃいなヨウ、フォッウ! 〞 とは言わないだろう。

 だが、もし彼の才能が万が一にも彼らの前で発揮した場合........................戦争は勘弁して欲しいな。

 ようやく魔王との戦いを終えた矢先に、妖王を相手取らないといけないとか、マジ勘弁して欲しい。十六夜なら喜んでヤハハハハハハと向かっていくだろうが、飛鳥と耀、レティシアには荷が重い。

 故にレティシアは手を合わせた。

 

「どうか、王よ...............戦争だけはやめて下さい、お願いします」

「誰の王だって?!言っとくけど、亜音は私のだから!」

 

 はっきりとした物言いにレティシアの雰囲気が少しピリ付き、空気に熱が走り始めた。

 そして曇天でも背にしたような迫力でメイド服を揺らし、レティシ アは漆黒の翼で宙に佇む。

 少し離れた向かいには怨嗟を纏いし、不敵な笑みを浮かべたペストがいた。

 レティシアは紅き瞳を鋭利にギラつかせて、問う。

 

「..................手加減は必要あるまいな?」

「安心しなさい、私は手加減してあげる、〝ご年配〞 吸血鬼さん♪」

 

 途端、その場の空気が爆発し、レティシアの何かがブチッと鳴って─────、

 

「てめえは今一番言っちゃいけねぇことを言ったぁあああッ!!」

 

 淑女に年齢を突きつけるのはタブーみたい。キャラまで壊れているのは気のせいではあるまい。

 元魔王の二人の覇気が影となり世界を包み込み、秒針を刻むごとに気象が変化していく。

 そして龍の巨影と黒い怨嗟が嫉妬の渦を巻き起こし、本拠地から子 供達の悲鳴が木霊するのだった。

 

 

 

#####

 

 

 

 ─────シャラン、と軽やかで怜悧な鈴の音が響き、共に彼女の銀髪が揺れる。

 ─────ヘぇックション 、と同時に一人の青少年からくしゃみの声が響く。

 太陽が高い場所にある時間帯、お昼が過ぎた頃だろうか。風邪を引くには難しい天候だろうに、運が悪かったとしか言えない。亜音は少し肩をさすって、首をコキコキ鳴らして体調を確認するのだった。軽く周囲を見渡すと、口紅のような紅い塗装がされた瓦屋根が目立つ市街地が眼前に広がる、和風の街並み。

 そしてそこらを吹き抜けていく風は桃源郷を彷彿させた、甘い花の薫りを運んできては訪れた者の鼻腔を悪戯にくすぐり、街がその悪戯に微笑んでいるかのように、人々の喧騒で賑わっている。その大通りを抜けると、先の大楼閣には此処の外門を収めているのであろうコミ ニュティの大きな旗印が猛々しく聳え立っていた。

 そう此処は箱庭第四桁─────六二四三外門。

 〝平天大聖〞 の旗印が靡く上層階。

 元の世界では失われた景色、その光景を、畏怖堂々とした旗印を前に亜音は思わず、立ち尽くす。

 

(閉店............態勢?なわけあるかっ!............だめだ、思い出せない)

 

 どこかの本に乗っていたような気がするが、いかんせんだいぶ前のことなので忘れてしまったようだ。

 そんな亜音の前には、紫の着物を羽織りし陽光のような美麗を放つ白夜叉と、やや緊張気味の女性店員、何かに怯えているかのように肩を震わせ、哀れにも変な方向に曲がってしまったウサ耳を撫でている黒ウサギがいた。

 亜音が思考の海に飲まれている間にも話は進んでしまったようで、 白夜叉が憮然とした態度で辺りを見回し、ぼやいていた。

 

「─────しっかしまぁ、迎えの使いも寄越さぬどころか............ 門前でさえ無人ではないか。酒宴を用意しておけと一報を入れておいたというのに、気の利かん奴だ」

 

 フン、と少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。それに対して亜音は、今から会う人は少し〝変わった〞人物なのだろうか、と思っていた。

 だがその時、前の黒ウサギから亜音のすべての疑問を解消する声が上がる。なのに、気持ちばかり彼女のウサ耳はへにょりと萎れていた。

 

「し、白夜叉様.........その、当然ではないでしょうか? 〝牛魔王〞 の〝仏門嫌い〞はウサ耳に挟むまでもなく有名なお話。帝釈天さまの眷属であるこの黒ウサギはもちろんのこと、白夜叉様の来訪も快く思わないかと............」

 

 ピクンピクンとウサ耳を揺らしておびえる黒ウサギ。

 それに比べて亜音はようやく全てに合点がいったような顔で、再度旗印を見上げていた。

 

(そうか.........あの西遊記の牛魔王か ............ただ仏門嫌い、か。 .........一悶着ありそうだな)

 

 例えば、自分と黒ウサギ、女性店員の三人を白夜叉と分別させた後、 一気に妖王たちが三人を囲むとか?うわ、怖いな、そのまま戦争に発展しそうとか亜音は思いながら、白夜叉の言葉に耳を傾けた。

 

「違うな。だからこそ今なのだよ、黒ウサギ。御覧の通り、今の私は仏門に神格を返上しておる。アヤツと腹を割って話すには今しかないのだ」

 

 神格を返上したのはおそらく、あの戦争の時、亜音と別れた後の話だろう。その援軍がなければ、南は大変な事になっていたからこれ以上のわがままは言わないが、やはり残って戦いたかったと亜音は思う。しかし今となっては結果オーライなのだろう.........か。ただそれが自分だけに対してだけなような気がして、歯がゆい。

 

「下層では今、未知の脅威が迫っておる。平安を守るためには、上層の実力者............牛魔王の力が必要不可欠となるであろう。その身一つで六人もの魔王を纏め上げた、〝平天大聖〞の力が。そのためにも、黒ウサギ、亜音。おんしたちの身を貸して欲しい」

 

 ふと立ち止まった白夜叉は振り返り、黒ウサギから亜音へとゆっくりその真剣な眼差しを向けていく。

 前からしっかりとした佇まいをしていた亜音は静かに頷き、黒ウサギもそれに釣られて姿勢を正し、ウサ耳を立てて、首肯する。

 

「わ、分かりました。箱庭の平安の為と聞いては退けません。この 〝月の兎〞 、一肌脱ぐつもりで臨ませていただきます」

「ふふ。その心意気で臨んでくれると助かるぞ」

「YES♪ して、黒ウサギたちはどのようなことをすればいいのですか?」

「おお、そういえばまだ説明しとらなんだな それでは黒ウサギは─────この衣装に着替えよ」

 

 パンパン、と柏手を打つ。

 途端に全員の眼前の光景が空気が戦慄し、亜音と女性店員が同時に呻く、Ohぅと。

 当人の黒ウサギはというと、思考とウサ耳を真っ白にして目の前に並ぶ、─────卑猥 卑猥 卑猥 卑猥 卑猥 卑猥な数々の衣装を指差して問う。

 

「し、白夜叉さま?!こ、この衣装は?!」

「ええい!無駄な問答は必要あるまい!!さあこの数々の戦術を用いて牛魔王を籠絡させるのじ────」

「黙りやがれなのですよこの駄神様ッ!!」

 

 ─────スーパーコンーッ!と黒ウサギの愛用ハリセンが鋭く迸った。

 

「もう!!こんな場所まで来てお馬鹿なことを言っている場合ではございませんっ!さあ黒ウサギを連れてきた本当の理由をお聞かせくださいっ!」

「馬鹿野郎!!私は天地鳴動を従えし最強のフロアマスター〝白夜叉〞だッ!天地神明に誓い、何時如何なる時も本気だ!全力だ!悪ふざけにも渾身だッ!!」

「お馬鹿ぁあああああああああ!!!」

 

 なっ、音速を超えグハァアアアアアア!ズドバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッ?!というかつてない気迫のやり取りの結果、白夜叉は数回乱回転をしたのち、逆さまでアホな格好で外壁にめり込むのだった。

 

「亜音さん、この前以来ですね?お元気でしたか?」

「え?うん、おかげさまでね。今日はご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「い、いえいえこちらこそよろしくお願いします、亜音さん」

 

  一方の女性店員は二人きりになったのを利用して亜音と挨拶を交わし、心の中でガッツポーズをするのだった。

 

(ようやく、挨拶ができた!やっぱり礼儀正しくて.........すごいなぁ)

 

 

 

 

 

「ふむ、危うく昇天してしまうところだった」

「ならもうふざけるのはやめたらどうですか?」

 

 亜音は白夜叉を壁から引っこ抜いて、埃を払いながら説教する。

 それに対してただ白夜叉は、うむ、と言うだけで、何も示すことなかった。何を考えているのやら。

 

「ああ、亜音.........今回の件を利用しておんしに機会を与えはするが、そこからはおんしだけで話を進めよ」

「え?」

「おんしがどうしたいのか、どういった関係に持ち込みたいのか、そういうことは私には分からんからのぅ。ただしだ」

「はい......」

「もし、おんしの件でこちらの方の話までこじれた場合はそれなりの責任を取ってもらうぞ?」

 

 白夜叉は口元で人差し指を立てそう言い、亜音は少し肩を揺らす。責任という言葉に緊張でもしたのだろう。それを見抜いたかのように白夜叉は小さく口門を上げ、続きを────、

 

「何を話しているのですか?」

「ああ黒ウサギの衣装について話し」

「もうそのネタはいいのですよっ!?」

 

 スパァーン!と飽きもせずにふざける白夜叉へハリセンを迸らせる黒ウサギ。

 よっこらせと白夜叉は叩かれた頭を撫でながら立ち上がり、気持ちを一新に、

 

「さあ行くぞ!牛魔王を黒ウサギにろうら」

「それ以上言わせるかぁあああああああああぁあああああああああ!!」

 

 やれやれと、亜音と女性店員は同時にかぶりを振って呆れ返る。

 空へと昇っていく白夜叉を見送りながら...........................ホームランかな?

 

 

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