新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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遅くなりました。
よろしくお願いします。


第三話「前夜祭、一日目」

 

 

 ─────貴女にわたし達の、彼の夢を届けましょう。

 

 

 

 ここはどこなのだろうか 意識が朦朧として曖昧なせいか、視界が定まらずやけに見にくい。

 それでも場所は分かる。

 もう半年近く暮らしてきた場所なのだから、嫌でも記憶している.......嫌ではないけれど。

 毎日が初体験で、悩んで悩んで悩んで………笑って、私は今確かにハッキリとした充実な日々を過ごしている。

 でも何か............胸が息苦しく、思わず眉を顰めたくなるような感じがする。

 そして時折、明滅するかのように、子供達の声が断続的に聞こえて、見下ろした途端、私は息を飲む。

 レッドカーペットが豪奢に敷かれ、植木鉢が脇役のように綺麗に並んでいた廊下。

 活発すぎる子供達がいそいそと走り回っていた場所だ。

 しかし私は気がつけば喉を鳴らしていた。

 赤いはずのカーペットがその上からさらに深い紅で染められていて、やけに生暖かい熱気が漂い、水気を感じる。植木鉢は割れて、土臭さも薫っていた。

 一歩踏み出せば、水溜りでも踏んだかのように、ピチャリと耳の奥を刺激する。そして紅い液体で塗られていたのはなにも、床だけではなかった。廊下の壁際、滴った痕跡を下に向かって追っていくと、壁に背を預け足を伸ばし手を無造作に転がし─────血の噴水でも正面から浴びたかのような─────鮮血の花を咲かせている〝久遠飛鳥〞がそこにはいた。─────馬鹿な、と私は腰を落として彼女を抱き上げる。一瞬、自分の視界が明滅した。だがすぐに視界が元のぼやけた感じに戻る。

 その時ちょうど目下の彼女はゆっくりと瞼を左右不対象に上げた。もう満足に瞬きも出来ないようだ。

 それでも彼女は必死に口を動かそうとする。

 しかし残念ながら彼女の口から出てきたのは黒い液体だけだった。

 もちろん向かい合ってた私はその吐物を真正面から浴びて─────、

 

 

 

 

#####

 

 

 

「んぁ────か、はァッ?!」

 

 飛鳥は目を見開いてすかさず飛び起きた。

 そして思わず息をするのも忘れて胸を弄る。

 ネグリジェの下に手を入れて────確認し終わると、ようやく息を吐いた。

 

「ぷっはぁぁ〜.........んっ、はっぁ.........はぁはぁ」

 

 息を止めていたせいか、胸に手を置きながら苦渋な表情で肩で荒々しく息をし、喉からヒューヒューと乾いた音が響く。そこで彼女は自分がかなりの汗を掻いていたことに気がつく。頰から顎に垂れていくこそばゆい感覚がさらに気分を下落させた。

 ふと後ろを振り返れば、枕が少し湿っているのも伺えた。淑女の一人としてはあまりよろしくない。

 自分たち〝ノーネーム〞は主賓ゆえ、お昼頃この部屋を掃除しに使用人がやってくる。仕方ないとはいえ、汗だくの布団を見て、下品とは思われたくないのだ。だからと言って、布団を干す、ということはまた変な意味で取られてしまいそうなので、出来ない。

 飛鳥は少し眉を顰め、諦めたように嘆息をこぼす。ネグリジェをキュッと整えながら立ち上がった。

 まずは水分補給を、と少し離れた木製のテーブルに歩みながらネグリジェに鼻をつけて、クンカクンカ。

 

「...............ちょっと臭うかしら?」

 

 ちょっとならいいかしら?と思ったが............いやダメだ、と改めた。

 なぜなら我が親友には幻獣並みに鼻がきく、臭いセンサーがいるのだ。

 もしこれでシャワーも浴びず外に行ったら、無頓着な彼女は鼻をつまんでこう言うだろう。

 

『アスカ、チョットニオウノォウネェ〜』

 

 ある時は大衆の前で、またある時はサラ議長の前で、またある時は十六夜の前で、またある時は箱庭の貴族(恥)の前で、最悪十六夜にでさえ気付かれて────、

 

『ん ......なんかにおっ?..................ォゥオウオウ。ノンノンっダゼ?お嬢様。マジでチョットヤバイじゃん? ヤバイんじゃネェ?ゴメンクッサイネェハハハハハハハハマジでコッチコナイデクレ、ヨ』

 

 最悪、命を取らないといけないかもしれない。

 それ程までに自分で妄想した────チッチッと指を振って鼻をつまむ十六夜が憎らしくて、ムカついた。いや、殺したい。

 だがまぁ、実際には彼に罪はない。あったとしたら、存在が罪、ぐらいに理不尽なものになるだろう。

 グラスにボトルの水を注ぎ、一気に飲み干す。本来ならゆっくりと飲む筈だったのだが、いかんせん、いろいろと機嫌が悪く、体調も悪い。喉が水をヨコセと言っているのだ。当人としてはその期待に応えるべきだろう。

 

「...............はぁ」

 

 これ以上の醜態は晒すまじ。

 ゲップだけはプライドにかけて飲み込み、一息つく。

 椅子に腰掛け、カーテンの閉まっている暗がりな部屋でふとぼーっとする。

 そして呟いた。

 

「さっきの夢はまさに悪夢ね............」

 

 誰の視点かは分からないが、それでも自分で自分の死に際を看取るというのは、なんというか気持ち悪いし、とにかく嫌なものだ。それもあれはおそらく、というか十中八九、他殺だろう。

 それも〝ノーネーム〞の本拠地内でのことだ。仲間を疑いたくはないが、一応、自分に恨みがありそうな人物と、己の過去を振り返る。

 

「十六夜君はないわね、あんな面倒で派手な殺し方はしないわよ。春日部さんは............最後の一口の恨みとか ぷぷ、ありえるかも────ってちょっと悪ふざけが過ぎたわね、もうやめましょう」

 

 ────くだらないわ。

 髪を揺らしてバッサリと切り捨てる飛鳥。何せこれからみんなでお祭りを楽しむのだ、広大な大地と巨大な水樹の舞台で。

 魔王という天災を乗り越えて、なおお祭りの再興までこぎつけたのに、悪夢にまで水を差されるのは御免こうむりたい。

 悪夢は所詮、悪夢。悪夢を見てしまうのは、今が幸せだからこそなのだから。ん?それなら大歓迎かしら────まぁ、所詮はおつまみの塩分程度の脇役、いやそれでも優遇しずたかもしれない。

 ゆえに────あまり出しゃばらないでくれるかしら?と悪夢に叱責しながら、飛鳥はふんふ〜んとロンドを踏み、出かける準備をするのだった。

 

 

####

 

 

 

 

 

 ────〝アンダーウッド〞売店市場。

 

 

 それから数時間経って、お昼頃。

 ということで収穫祭の喧騒で賑わう市場に久遠飛鳥はやってきて いた。

 もちろん隣には春日部耀もおり、女子二人で仲良くショッピングである。さらにもちろんのこと、誠に残念ながら飛鳥はシャワーを浴びてきている。何が残念なのだろうか────理由はそれぞれ性別よりけり、趣味よりけり 彼女達が物色しているのは、地方特有の装飾を施してある生地や織物、衣類の女性コーナーの市場だ。

 少し大胆に.........ふふと笑い......気分も回復してきたので、飛鳥は勢いで服を取り...............だがすぐ我に帰った。

 

「ぅ、こ、これは............流石にないわ」

「え?飛鳥なら普通に似合うと思うけど、ちょっと大胆で」

(どこがちょっとなの?!)

 

 昭和女子代表取締役は腰の付け根から太ももまでのスカートの割れ目を戦慄しながら覗き見る。

 見えてしまうでしょ、コレ。いや見えちゃう、歩くだけで気苦労しそうだ。

 サッと元の場所へしまう飛鳥。あぁ〜、と男性陣から気落ちした声が上がったような気がするが、 そんなことはつゆ知らず二人は早々に露出度の高いコーナーから去っていた。男性陣は床に手を置いて落ち込んでいることだろう。

 

「そういえば亜音は何処にいるの?」

「あら?春日部さん、亜音から聞いてなかった?」

「聞いてないよ?」

「確か亜音君は今、ジン君達と一緒に本拠に戻ってる筈よ」

「ふーん、ひゃんで?」

「何でって............春日部さん、いつの間に.........」

「ふぇ?」

 

 イカの串焼きにかぶり付いて首を傾げる耀。

 食欲か知識欲、聞くか食べるか、どちらかにして欲しい。

 やれやれと、とりあえず飛鳥もイカの串焼きを────

 

「おっ?お嬢様と春日部か」

「あら、奇遇。それにリリも一緒だったのね?」

「キャひぐうキャへゴ、ゴホッごほヘッ?!」

 

 耀は食べながら喋ってしまい、むせてしまう。相変わらずだ。

 そんな様子を三人して苦笑しながら、口を開く。

 

「で、二人とも買い物か?」

「ええ。少し手が空いしまって、それと例の計画も」

 

 飛鳥は視線だけ動かして小物売り場を指す。

 それに誘導されて二人も視線を動かし、リリは狐耳を立てて笑う。

 

「黒ウサギのお姉ちゃん............プレゼント、喜んでくれるかなあ?」

「それは各自の努力次第だな。ちなみに女性陣は何を?」

「ふふ。水樹の幹から削り出した、紅塗りのクシよ」

「これで寝癖もバッチリ!といううたい文句に目を惹かれちゃって、」

 

 いや、君が使うんじゃないんだからね?十六夜はまたまた相変わらずの彼女に笑みを浮かべて、そして決めかねていた自分にとって予想外に良い物を選んだ二人に感心した。────後で、自分も買うか。

 寝癖を弄りながら、十六夜は返答した。

 

「現地の高級品、ねぇ。まぁ悪くないチョイスだ。幾分捻りはないが、 王道だわな」

「上から目線でどうもありがと。それで、十六夜君は決めたの?」

「いいんや、まだだ。市場には別件で足を運んだからな」

 

 ────ん?と小首を傾げる二人。

 すると、すぐに側にいたリリが補足した。

 

「十六夜様が、パンプキンキッシュをご馳走してくれるというので.........お二人もご一緒しませんか?」

 

 健気に尻尾を振って二人を誘うリリ。

 飛鳥と耀はあまりに意外な返答に目を丸くして驚くも、すぐにニヤリと笑った。

 

「ふーん 十六夜君が料理、をねぇ。本当に作れるの?」

「当然だ。きっと二人よりも上手いと思うぜ?

「む、.........それはちょっと聞き捨てならない」

 

 十六夜の挑発にかちん、と頭にくる二人。

 女性陣としては引き下がってはいけない事柄だろう。

 しばし三竦みのように睨み合った三人は、

 

「────種目は?」

「欧風だな。メインはキッシュだから、残るは前菜とスープ」

「了解。行こうあす────あ、待って」

「ん?」

 

 耀の静止の声で、勢いを削がれた二人は少し訝しげになる。

 だが、彼女はそんなことはどうでもいいかのように、すぐに続けた。

 

「そういえば誰か亜音に言った?黒ウサギにプレゼントすること」

「んぅと────オレは言ってねぇな」

「私が言ったわ。だから大丈夫よ、春日部さん」

「なら良かったじゃあ────」

「でも、」

 

 飛鳥の囁きは小さすぎて走り出した耀とリリには聞こえなかった。

 唯一、聞こえた十六夜は少し眉を顰めて、あまりいい予感はしていなかった。 だが、聞いておくべきだろう。なにせ、もし自分が亜音ならこの機会は丁度いいと思うかもしれないからだ。────いつだって奴は、そういう予感をわざと皆に感じさせていたからな。耀はその辺疎いから気づいてないと思うが、少なくとも自分と、飛鳥もこの様子だと感づいているだろう。

 だが聞く────こういうのははっきりとさせておきたいからな。

 

「でも、なんだよお嬢様」

「............私がプレゼント企画のことを亜音に伝えた時、彼は即断で言ったのよ」

 

 ────黒ウサギの好きな〝食べ物〞って知ってる?

 

 ────この際だから〝南の料理〞を作るか。

 

「ふぅん」

「あ、あははは、ははぁ、うん......と。...あ、亜音にしてはセンスがないわ.........よね?十六夜君っ?」

「ああ、マジで〝残念〞でならなねぇな────クソマジで〝参ったわ〞」

 

 喧騒の中でさえ、二人の間に明確な沈黙が流れる。

 その間十六夜は青空と大樹を見上げ、飛鳥は行き交う人々の足元を見下ろしていた。

 そんなやりとりを終えたように、体感では数分後、実質は数秒後に飛鳥が毅然としたいつもの態度で踵を返す。

 

「────じゃあ十六夜君。.........私負けないから、首を洗って待ってなさい」

「おう」

 

 彼女の背中に向けて返事をし十六夜は、

 

「ふぅっーん........................」

 鼻から嘆息を零し、前髪を軽くたくし上げて、ふと喧騒を眺める。

 目の前を色取り取りの服が飛び交い、普通目で追うのはたいへんな はずなのだが、十六夜は平気な顔で彼ら達を見送っていた。いや恐らくは風景すらも霞むほどに深く、濃く思考の海にでも潜っているからなのだろう。

 案の定、十六夜は舌打ちしてホロリと零した。

 

「〝この際〞、〝南の料理〞、〝食べ物〞、〝贈り物〞............ハッ予想通りすぎて肩透かししたぜオイ」

 

 これが 〝後の祭り〞 となるのは遠くない未来かもしれねぇな、 と上手いことを言いながら十六夜は喧騒に消えていった。

 

 

######

 

 

「あの............ちょっと宜しいでしょうか?」

「はぃ.........なんでしょうか?」

 

 少し緊張気味な黒ウサギと出迎えが一切ないことに不機嫌な白夜叉、前を歩くその二人には聞こえないように小さな声で女性店員が亜音に声を掛けた。

 だがそんな彼女の声音にも黒ウサギと同様に緊張の色がうかがえる。

 今四人は大楼閣の中を静かに歩いている。床や壁などはとても綺麗に塗装されていて、やけに広く感じるこの場所。

 不気味にも人が居た痕跡、生活感が残っていながら人一人っことしておらず、隠れているというわけもなく────全く気配もない。まるで嵐の前の静けさのように。亜音は蚩尤と戦った時の、街の様子を脳内に彷彿させる。

 そして女性店員の顔色をよく見れば、小さな冷や汗まで掻いていて、恐る恐ると口を開いた。

 

「その.........い、今白夜叉様は見ての通り神格を返上して本来の力を扱うことができるのですが、............牛魔王の仏門嫌いは常軌を逸しているという噂もあって、......き、危険が伴うかもしれません。 ............なのでその......いえ本来なら亜音さんにこんなことっ、危険を承知しながら、なお亜音さんに頼むのは..............でも、やはり私と彼女だけでは.....なのでそのっ、......万が一の時は 〝箱庭 の守護者〞 として謳われる亜音さんのお力添えをね、願いたく .........っ、」

 

 いつもハキハキしている彼女にしては珍しく、縮こまっていた。

 何がそうさせているのか亜音には分からないでいた。なにせお世話になっているのは〝ノーネーム〞の方であり、〝箱庭の守護者〞というのにも間違いなく尾ひれがついている。何より〝サウザンドア イズ〞と彼女の力なくして、あの勝利はなかった。彼女たちの支援が前提を占めているのだから当然だろう。

 だから亜音は当然とした態度で、告げる。

 

「分かりました。〝サウザンドアイズ〞には沢山お世話にもなりましたので、お安い御用............とは言えないですが、弱卒で微力ながらも.........」

「そ、そんな、亜音さんが弱卒なわけ────」

「むっ────」

 

 だがその時、急に亜音が眉を潜めて、何かを探すように周りを見渡し始めた。

 女性店員はその不自然な行動に、首を傾げながらも同じように視線を周りに、

 

「ど、どうかし」

「シっ、静かに────…………白夜叉様」(───上か)

 

 亜音は口元に指を当てたあと、白夜叉に向き直っていた。

 そして白夜叉はふむ、と閉じていた瞳を開くという首肯をすると、

 

「分かっておるよ...............おんしらはもう少し下がっておれ」

 

「「へ............?」」

 

 二人の意味不明なやりとりに、もう二人は首を傾げて途端、吹き下ろしの熱を帯びし衝撃波が中庭一帯を襲い、嵐のように渦巻くと轟音と共に吹き抜けていく。咄嗟に女性店員と黒ウサギは髪を押さえてやり過ごそうと────しかしふとして圧力と風が掻き消えた────のではなく、いつの間にか亜音が三人の前に立って────何かドーム型の透明な幕が四人を包み込んで、吹き付けてくる突風に叩かれて揺れていた。ゆえに透明でも視認できた。

 

「ふむ、おんしのそれは仙人としての力か────中々に便利そうだな」

「そうでもないですよ。────(仕方ない.........か) ────…………正体を探るため、一度〝結界〞を解きます、二人とも陽射しと風に気をつけてください」

 

 結界がふわっ、と解かれた瞬間、亜音の言った通り、中庭から見える晴天より尋常ではない強さの陽射しが差し込み────それは突如として肌を焦がす程までの炎熱へと変わっていく。

 ふと見上げれば熱源だとされる人影が見え隠れしているが、なにぶん陽射しが強すぎて、はっきりとした姿かたちがわからない。

 しかし姿形、術技が分からずとも────これが襲撃だということは明白だ。

 身構えて緊張していた自分たちが、亜音と本来守るべきはずの対象の白夜叉よりも出遅れ、そんな醜態を晒したことに黒ウサギと女性店員は羞恥していたが、今はそんなことどうでもいいだろう。

 

「くっ、やはり待ち伏せていたようです............っ!」

「白夜叉様、お下がりください!」

 

 二人はすぐに白夜叉の前である亜音の横に並び立ち、各々の武具をギフトカードから召喚した。

 しかし当の白夜叉は腰に手を当てたまま警戒する素振りすら見せず襲撃者を見上げている。彼女にとってこの程度の日光など霞程度なものなのだろう。そんな空からは陽炎とともに一枚、二枚、三枚、と、金色の輝きを放つ羽毛のようなものがヒラヒラと舞い落ちてくる。

 白夜叉はその羽で何者かを悟り、彼女の表情は見る見るうちに驚きへと変わっていた。

 当の亜音は、

 

(あの羽、............消去法だから、まず間違いない。襲撃者は────〝天を混沌へと貶める者〞、鳥の名を冠する〝鵬魔王〞だろう、だが............なんだ....?)

 

 思わず眉を顰めて、〝震える〞手を見下ろす亜音。

 いや震えているのは肩や手だけではない............胸も何故かざわざわしていた。

 故に亜音は理由を探るべく、辺りに漂う炎熱をわざと受け入れて、思考していく。

 

(なんだろう.........この炎からは何か神性的なものを感じる、それでいて何か......己の...何かが震えている.........震わされているのか)

 

 そして刹那、陽光が吹き飛ばされるほどの熱線と閃光が一帯を包み込み、強制的に亜音は思考を中断させられた。

 ────なんという力だ、火力だけでも蚩尤の炎神・炎帝としての、〝一国〞規模の兵器以上。蚩尤の兵器は二○○○年代 〝でも〞 一国規模の力を有していると誇っていいものだ。蚩尤の性格が悪かったらと思うと、それだけで亜音は戦慄する。

 ふ、と連絡の途絶えた友を思って口角を小さくあげる亜音。

 そこで亜音の耳に白夜叉の声が響き、長くそして一瞬に等しい追憶を終えた。

 

「────驚いた、おんしに来訪の書欄を届けた覚えはないのだが?.........義兄が仏門の関係者と会うことがそれほどに気に食わんか、鵬魔王よ」

「え...............?」

「フン────白夜の王よ。来客が貴女一人だったなら、私もこのような無粋はしなくてよ」

 

 次に響いたのは、高圧的な女性の声だった。

 やがて降り注いでいた熱線は光とともに凝縮し渦巻くと、爆散して中庭一帯を包み込むようにほとばしって、蜃気楼まで立ち上っていた。

 そして陽炎がおおきく円陣を描き、白夜叉達を包囲していく。遅れてヒラヒラと舞い散る羽毛────否、炎で形成された金翅を鱗粉と一緒に吹雪かせ、襲撃者は其処に顕現した。どこかの神道を唄うような黒髪を結い上げ、肩から背中にかけて大胆に開いた雅な柄の衣服を着込む彼女は、その背中から炎の金翅を生やしている。時折、バチバチと鱗粉が弾けて、火の粉を撒き散らしていた。

 白夜叉が後ろから歩み、亜音は道を開ける。

 そんな前に出ようとしている、いや出た白夜叉を止めることもせず、黒ウサギと女性店員は、襲撃者の本当の正体に戦慄し、青ざめていた。

 

「人の姿に......こ、金翅の炎.........まさか、大鵬金翅鳥?!」

「そんな 護法十二天にさえ匹敵する最高位の神鳥が、魔王に落ちたと........!?」

 

(そうか...............龍と神を踏みつけし鷲、............ならこの震えは........)

 

 属性的なものでの震え。

 亜音は思わず目の前の存在に目を奪われていた。なにせここまでの恐怖を感じさせてくれた者はこれまでにいない。もちろん彼女より強い奴はごまんといるだろう。だがそれでもこれは、亜音にとってまた新たな出会いであり、初体験だった。何より彼女は子供のような容姿を隠していて美しい。

 そんな亜音を他所に白夜叉は、パンパンと柏手を打って女性店員と黒ウサギを落ち着かせる。

 

「これ、二人とも落ち着かんか。確かにアヤツはガルーダだが、純血というわけではない。アレはただ、家出中の姫君でしかないよ」

「.........は?」

「い、家出中の.........?!」

 

 鵬魔王が?!と、二人が素っ頓狂な声をあげてその姿を見る。

 幼い素顔に着飾った、雅な装飾。 気品の上に被せた、妖艶な素振り。 相反する魅力は魔的であり、蠱惑的であり、背徳心にも似た劣情を 誘発する。異性なら数秒と持たず、何かが駆り立てられていることだ ろう。

 そこで女性店員と黒ウサギ、白夜叉は、ハッと何かに同着で気がつき、この場で唯一の異性たる亜音に視線を向けた、そして────、

 

(((ぎゃあああああああああああahAaaaaaaaaa#@&# @@#@&@#@&@%!?)))

 

 刹那、稲妻が迸り隕石が彼女たちの心へ墜落した。

 肩を少し震わせる(属性的なことで)、惚けたように口元を開けている(初体験に唖然としている)亜音を見て、彼女達は彼との初めての出会い、馴れ初めを走馬灯のように掘り起こし思い出していた。

 そして余計に思い知らされたのだ。間違いなく自分たちに対する反応とでは、天と地の差がある、と。

 そのことがやけに〝女〞としてのプライドに、ズガズガと突き刺さっていく。

 黒ウサギは〝箱庭の貴族〞という拍にヒビが走るのを確かに聞き及び、何より自分がそのステージで負けるとは心の何処か(女のプライド ) で思いもよらなかった(だって司会として仕事をしてても .........ねぇ?)と思っていた────こともあってうさ耳が余計に消沈。女性店員はというと────あらら、もはや息すらしていないかもしれない────昔の少女漫画にありそうな顔、白目で撃沈中である。なにせ彼女は出会って数分で亜音に泣か────可哀想だから、これについて追憶するのはやめておこうか。それに比べて、白夜叉はまだ救いがあった。彼女の真なる姿を見せた時────亜音は私を.........あっ//、と白夜叉は何かを隠すように俯き、扇子で首元を仰いでいた。

 そこで亜音は我に帰る。するとそんな三人を一瞥したら────は何コレ?!だった────意味わからん。どうして襲撃されて、敵の正体に戦慄させられた状況から、こんな意味不明な状態になっている───???しかしそんな茶番な雰囲気は、眼前の姫に一喝された。熱風が空気を破裂させ、四人を叩く────遅れて容赦なしに囲んでいた金翅の炎が白夜叉たちに向かって集まろうとし、襲いかかる。

 さらに亜音の推察通り、金翅の炎には〝対神・対龍〞という最上位の恩恵が宿っていて、触れれば魂魄すら残さず形あるモノとして容赦無く灰に帰すだろう。

 神の存在すら許さない金翅の炎はしかし────亜音が動くよりも先に白夜叉の、透き通った五指の中へ収束させられ、光の屈折すらも残さず吸収していた。

 

(────凄いな、てかそれで済むの?)

 

 亜音は目を点にしながらも、静かな佇まいを貫き通す。少し体が火照っているのは気のせいだろう、気のせいだ。断じて、 身構え過ぎたことを恥じているのではない。故にここはクールに行く。その間にも煉獄もかくやという代物を白夜叉は、風船を握り潰すように両手の中へ縮小させて行き、木っ端微塵に爆散させた。

 ────彼女を人類が打倒したのは本当なのだろうか?熱波だけで倒れていた黒ウサギと女性店員は、眼前で起きたやり取りに息を呑む。

 魔王の格を持つ者が顔を合わせれば、戯れ一つで命を落としかねない。

 全くもってとんでもない所に連れてこられたと、今更になって後悔する二人。女性店員もただのお供でしかないのだ。

 一方の鵬魔王は、美麗な眉を歪ませて青筋を立てているが、それでも威厳を保ったまま吐き捨てた。

 

「............相変わらず化け物ですね、白夜王」

「そういうおんしもお転婆なままだの、迦陵ちゃん」

 

 フフン、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべる白夜叉。

 ますます青筋を浮かばせた鵬魔王だったが、これ以上繰り返すのも 無意味かと諦めた。背中に生えていた金翅を燐のように霧散させる。

 一連のやりとりで腰が抜けたようにへたり込んでいたお供二人だったが、我に帰った途端に紅潮しながら立ち上がって姿勢を正した。

 

(し、しかし、よもや金翅鳥の一族の姫とは。鵬魔王は七大妖王の中でも中堅程度と聞いていたのですが............、)

 

 では果たして、残りの六人の魔王はどれほどの怪物だったというのか。

 これから会合する七大妖王の長────〝平天大聖〞 とは、如何ほどの実力者だというのか。それを想像するだけで、震えが止まらなくなる。鵬魔王は横柄な視線で黒ウサギを確認した後、順に白夜叉、女性店員............そしてふと一人の少年で視線が止まった。亜音は視線を交錯させながら眉をひそめ、震えは根性で止めていた。止めなければ白夜叉が恥を書くことになるからだ。何が何でも止めなければならない。そんなやりとりを終えて、鵬魔王は視線を白夜叉へと戻した。おそらくこれからの話をまとめ、切り口を決めたのだろう。その証拠に、 彼女から口を開き始めた。

 

「それで、長兄に如何なご用件でしょうか。神格を返上している貴女だけならともかく、平天の旗本に帝釈天の玩具を連れてくるなんて...............それにそもそも」

 

 ちらっと鵬魔王は亜音を一瞥し、

 

「そこの男で間に合ったのでは?────なのに、貴女と玩具が来た────それはつまり」

 

 鵬魔王の瞳が妖艶に細まり、赤い何かが迸った。

 だがそんな殺意を物ともせず、白夜叉は和やかに笑って、

 

「あーすまんすまん。というか────知っておるのか?」

 

 白夜叉も鵬魔王と同様に視線だけを亜音に向けて、それだけで済ませた。

 なんかぞんざいな感じがするが、亜音は顔には出さず、成り行きを見守る。

 

「いいえ。ですが、先のやりとりだけで大体はわかりました、中々やるようですね」

「ふぅん、中々、か────カッカッカァ、ならおんしはまだまだ未熟だなぁ?」

「は?なんですって?」

 

 白夜叉の高笑いに、青筋をまた増やす鵬魔王。しかし白夜叉は彼女の怒りに一切気を傾けず、ドヤ顔で告げた。私だけが知っている、とでもいうかのように。

 

「ふっふふ............おんしもここ最近で聞いとるはずだぞ 、フロアマスターを差し置いて箱庭を救った〝箱庭の守護者〞の名をな」

「なっ...................そんなまさか、此奴が?」

 

 なんか変な流れになって来てないだろうか。

 亜音は別の意味で手が震えていた。尾ひれの全容がまだあるみたいな、そんな感じがする。

 ごくり、と喉を鳴らした亜音を他所に鵬魔王は告げた。

 

「あの三頭龍の眷属と巨龍の眷属の混成軍、十万体を〝一人〞で殲滅。無限の霊格を保有した神霊を一撃で焼き尽くしたあと、新手の魔王をも吹き飛ばし、その後、〝鬼姫連盟〞、〝サラマンドラ〞、 白夜叉の命を受けた守護者は南へ赴き、純血の龍種さえも一人で打倒────」

 やな予感が見事に的中したというべきだろう。

 人の功績を八割ぐらい奪っている。やだよ、皆に睨まれたくない、 特に十六夜は口を開けば罵詈雑言だから、この話題だけでご飯三杯は食べられちゃう。

 亜音は思わず天を仰いだ────

 

「何よりかの最強のフロアマスターである────」

 

 え、まだあるの?!と亜音は空に視線を固定させまま、聞き耳をたてる。

 黒ウサギは何かに気が付いたように、ん?と声を漏らし、女性店員はただうんうんと頷いていた────尾ひれの部分の犯人はコイツではないだろうか?白夜叉もなぜか満足げに頷いていた、共犯か?

 そして鵬魔王は言った。

 

「である彼女、白夜叉を────初対面で土下座させた前代未聞のクレーマーと称さ」

 

「「おい、ちょっと待てぇぇえいッ!!」」

 

 思わず亜音も白夜叉と一緒に突っ込んでいた。

 しかしそのことを後悔する前にやりとりは進む。ていうか、鵬魔王もなんか狙っていたみたいだ。何となくだが、この話をし始めてから彼女の雰囲気が柔らかくなっている。

 まぁ唯一、白夜叉を弄れるネタが目の前にあれば誰もが嬉々に飛びつくものだろう。

 黒ウサギと女性店員は、〝左右対象〞に俯いて肩を震わせ、口元を抑えていた。殴っていいと思うよ、亜音君。

 鵬魔王はわざとらしく、あざとらしく口元を隠して悠々ととぼけた。

 

「ん 、なんだ もう一度か?」

「ふ、ふむ、もう一度聞かせてくれ.........最近耳掃除していないせい か、変な妄言が聞こえてな」

「それはいけないわ、白夜王。ならもう一度言いましょう」

 

 なんだろう、妙に演技かかった鵬魔王の態度に亜音は悪意を感じる。

 いや十中八九、悪意しかないだろう。

 もう諦めたように亜音は瞳をも閉じて、

 

「白夜王を初対面で土下座させた前代未聞の貴族と言われ」

「────くっククククククククククハッハハハハハハハハハハハハハッいい度胸だッ!今すぐだ............今直ぐに噂を流してくれやがった者を、この私が直々に消し炭にしてやるわッ!ああ、やってやろうとも、この際だからのう復活の魔王として血の・祭りを開催してやるッ!...........異論はあるまいな、亜音?!」

「もちろんです!クレームと無縁なこの俺がクレーマー とか心外なのですよ────ねぇ?!」

 

 亜音に振られた女性店員は咄嗟に────

 

「...............フイ」

 

 ただ目を伏せるだけだった。

 その瞬間、亜音の目から生気が消えかけた気がしたが............気のせいか、いや気のせいではないだろう。だがそれも一時的なものだった。

 とりあえず...............亜音はギフトカードを取り出して、黒ウサギに言った。

 

「いいだろう、もはや尾ひれにも限度があったが、それももう終わったッ! 上等だコラァッ!下層まとめて戦争だ!宣戦布告をしてやるッ!!」

「オウよ────さあ黒ウサギぃぃいいいい!今すぐ審判権限を派手に使うのだ!!」

 

 亜音と白夜叉はギターを持ったロックミュージシャンのように、いや馬鹿みたいに雄叫びをあげる。

 そんな箱庭版・魔王職の職権乱用を試みようとする二人を前に黒ウサギと女性店員は............目を点にして見つめていた。

 ふむ、と黒ウサギは亜音に対しても容赦なく突っ込んでいいものか、と............迷った挙句に、女性店員に視線を送ったら────すでに女性店員は薙刀を携えていた。

 

「────黒ウサギ殿は白夜叉様を、私は亜音さんを............殺ります.........ッ!」

「りょ、了解な...の............ですッ!」

 

  決死の覚悟をした表情でアイコンタクトしあった二人は────鬼気迫る、滝修行を終えたような漢気の顔で雄叫びをあげる。

 そして薙刀とヴァジュラを構えて魔王二人に突っ込んだ。

 

「「「「うおおおおおアァァァァァァアアアアアア!!!!」」」」

 

 雷鳴と突風が渦巻き、天体観測が狂い始める……………果たしてそんな四人の運命はいかに────。

 そんな光景を鵬魔王は冷静に見つめて、ただただ嘆息をこぼした。

 

 

 ────早く帰りたいのだけど。

 

 

 

 

#####

 

 

 〝アンダーウッド〞 、六本傷の酒場。

 

同時刻の酒場は、仕事休憩のおっさん達が汗臭くやってきて、隠れて酒を飲む。

 ドンッと、ジョッキでテーブルを叩く音が休む暇なく響き、下品な笑い声が響いていた。

 

「相変わらず酒場はうるさくて、ちょうどいい馬鹿さ加減だ」

「マーラ様、これからお仕事なのですからお酒はお控えくださいまし。特に兄様」

「ぅぇーい!────妹よ、ここはどこだ?酒場だ、酒を飲む、故に飲むッ!!」

「天井知らずのアホ兄に思わず戦慄を覚えます」

 

 黒い髪をボブに切り揃え、その毛先は黄色く燃えている。

 茶色いマントで全身を隠す、そんな背丈の小さな少女は相席している男に対してやれやれとこめかみをおさえていた。

 そんな少女の肩を叩いて慰めるもう一人の男もまた茶色いマントを羽織り、でも少女とは違い、頭までフードを被って隠していて、軽やかな声を響かせた。

 

「まだ仕事じゃないんだ、それぐらい許してやれ。君が立派なのはある意味この兄があってこそじゃないか?ん?」

「んああ!?なんじゃってぇ!?」

「..................」

 

 途端、辺りにガラス細工の破片のような紅黄色く煌めくチリが出現直後、遠くの席で爆発が起きた。

 

「きゃあああああああああ!?」

「おい、どうした!?」

「いや、なんか急にコップが爆発して............」

「死亡してる、どういうことだ、いったいなにが────?!」

「とりあえず、〝龍角を持つ鷲獅子〞連盟に報告だ、急げ!」

 

 バタバタと酒場が慌ただしくなる中、少女は興味なさげに飲んでいなかったお酒を煽る。

 慰めていた男は、額を抑えているのか、頭を抱えているのか、よくわからないが、呆れているのは確かだろう。

 

「かさぎちゃん、やりすぎだぜ?頼むからこれ以上は............な?」

「分かってますよっ、でも...............なんかムカつく」

「気持ちは分かるよ.........魂を同じくしている者がドカスだと、殺意湧いちゃうよな?」

「グッヒャハハハハハハ、お前らぁああ......ぁヒック、元気でぇしゅかぁー 」

 

「「.....................」」

 

 二人は周囲にはわからないアイコンタクトをし、ふと立ち上がった。

 目下の男はフードで顔が隠れてはいるが、酔っているのが刹那で分 かるほどに、何もかもが薄汚い。

 立ち上がった二人の周囲から蜃気楼が立ち上り、突如酒場は沸騰し たように小刻みに揺れ始めた。

 

「なんだ?地震かぁ?」

「おいおいおいおい、不審死の次は天変地異かぁあああん?」

「お前変なこと言ってんじゃねぇ もしそれで最悪な事態になっ────」

 

 瞬間だった。

 アンダーウッドから六本傷の酒場支店が無くなった。

 奇跡にもさっきの不審死以外、死人は出なかったため、その場に居合わせた人の証言だけが一人歩きすることになる。

 皆は〝龍角を持つ鷲獅子〞に駆け込んで、一斉に言った。

 

「爆発して無くなった!」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 

 そうして、この南に新たな都市伝説が刻まれた。

 酔いし者が天に召された時、一緒にその聖地も返還される、と。

 それから数時間後、街から少し離れた林では、先ほどの怪しげな三人がたむろしていた。

 

「─────ねぇ、人類って馬鹿なの 酒場が聖地ってどんな発 想ですか」

「いや面白くていいじゃねえか?それにそのおかげで俺たちもこうして身を隠せていられるのだからな」

「ぐがが..................あひゅぅ」

 

 あんな爆発の直撃を受けてなお寝ていられる神経に、妹である少女も男も、もはやなにも言わなかった。

 ちなみに運んだのはもちろん二人である。

 

「化け物兄様は.........相変わらずですね」

「ああ、手加減してやったとはいえ、俺たちの神火を受けて、無傷とは.........己の霊格が偽物ではないかと疑いたくなる」

「はぁ.........もうこの話はやめましょう。それでどうします?バ ラキエルからの情報だと速く動かないといけないらしいですが............」

 

 少女は小枝で地面にドラえ○んの絵を描きながら呟き、もう一人の男は寝ている男をシート代わりにして腰を下ろした。いやそれはさすがに酷いだろ。だが、それでも彼は起きないのだから、逆に困ってしまう。

 

「そうだな............だが、率直に言って俺は奴が嫌いだ」

「どうしてです?」

「キモいからに決まってるだろう?それに奴の欲が、本当の霊格が見えないから、尚更不気味じみてキモい」

「そうですね、でも彼にとってみれば〝ウロボロス〞は間違いなく邪魔者だと思いますよ。だからその点からしてみれば少しは信用していいと思います何せあの連盟はそもそも魔王連盟では─────」

「─────んなこと、マジでオレ達にはカンケーねぇなあ............違うか?我が妹よ」

「あれ、起きたていたのですか?兄様」

「まあな.........で、いつまで乗ってんだよ、マーラ」

 

 土台にされている男はもう一人の男、マーラの尻をタップして、退くことを促す。

 ようやく起きたかと、マーラは逆に安心したように呟きながら立ってすぐに退いた。

 そして寝ていた男はその場であぐらをかくと、宣戦布告を告げるよ うに獰猛に笑い、声を響かせた。

 

「六道を回収し、ウロボロスもまとめて皆殺しにする、気にいらねぇならバラキエルも殺すさ─────……………フン、それでゲームエンドだろうがよ。なんなら俺一人でやってやる、腰抜けは寝てな!」

 

 そう言い残した彼は一人、炎の疾風を薫らしながら姿を消した。

 残された二人はやはりやれやれと首を振って肩を落とし、せっかちな彼の後を追うようにその場から去る。

 その時、少女から溢れた一つの綺麗な羽がふわりと舞い落ちていき、熱風を掻き消すように爆散し、ドラえ○んの絵も消し飛ぶ。

 彼らがいた痕跡は跡形もなく残りはしなかった。

 

 

 

 

#####

 

 

 

 ─────アンダーウッド。

 

 静かな店内には、いくつものアクセサリーが展示され、それぞれが金ピカで華やかな輝きを放っていた。

 それでいて店内はやけに落ち着いていて、この静けさが逆に来る者を心地よくしているのだろう。

 だがそれも、次の瞬間には─────、

「─────ゥ雄々オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「─────きゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 うふん、おふん、あはん、ムキッ!!?ブリーフパンツ一丁の筋肉メンズ達。

 確かに漢達の理想を体現してはいるのだろう、しかし限度というものがある。

 何より彼らは、口がカタカタいう人形だ。

 それなのにも関わらず彼らに秘められし隠しきれない肉体美には一切の偽りが感じられなかった。

 ピクンピクンと胸筋が跳ね、太ももの筋肉が脈動する姿はまさに漢だった。

 だからこそ、飛鳥と耀は全力で走りながら叫ぶ。

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 もはや彼女達の叫び声すら雄々しい。

 よほど精神に堪えたのだろう。

 少し遅れて店外に向け走っていた十六夜は、やれやれと頭を振る。

 彼の肩にはリリが乗っているが、彼女の意識は既に無かった。刺激が強すぎたのかもしれない。

 此処リリが見つけたてきた店の、とあるゲームの危険を探るために 十六夜達とそれについてきたはずのフロアマスター、サラ。彼女でさえ黙して店外に逃げ延びていた。フロアマスター降りたほうがいいのでは??ぐらいのレベルである。いや彼女もそう自分を責めている頃だろう。だが、それでも生理的に無理なのものは、無理なのであろう。

 

「一体欲しいな」

「「死ね!!」」

 

 容赦ない女性陣二人に十六夜もさすがに首をすくめて、前へ向き直る。

 結局彼らは、謎の変態人形に数時間も鬼ごっこをさせられるのだった。

 だが、それはただのきっかけであり、しかしそれでも立派なきっかけだった。店内の奥に眠る人形の、さらなる奥に蠢く影。

 それがある限り、人形たちは笑うことすらできないだろう。

 その代わりに誰かが笑っていたように見えたのは気のせいだろうか、いや気のせいではあるまい。

 生命の輝きを見て、彼は笑うのだ。

 うまそうだ...............と。

 

 

 

######

 

 

 

 

「コホン............は、話を戻そうかの」

「え、ええ、それがいいでしょうね.........じゃないと.........」

 

 

亜音が囁きながら背後に視線をやり、白夜叉もつられて背後を見 た。二人とも同様に冷や汗を掻き始め、様子がおかしい。いや当然の反応なのだろう。なぜなら二人は下層を消し炭にするというアホな 立場だったのに、なぜか自分たちが消し炭にされそうになったのだから。

 .................どデカイ落雷でも落ちたのでしょう、二人の見る景色は地面に大きなクレーターができている様だった。

 

「貴方は馬鹿ですかっ!確かに、余程のことをしなければ二人は止まらなかったかもしれませんが、ものには限度というものがあります。神格を解放したヴァジュラを穿つなんて、アホですか貴方はッ!?」

「ちょ.........も、もちろん直撃させるつもりはなかったのですよ?!」

「そういう問題じゃねぇだろうがっ!」

「ひぃいいいっ!」

 

 女性店員がマジ切れしていた。

 薙刀の矛先を黒ウサギに向けて、ギラつかせる。余程何かが彼女の腹に据えかねたのだろう。概ね予想はできそうだが。

 それにしても、女性店員はなんか、過去にスケバンでもやってたことがあるのだろうか。彼女の放つ覇気がまさにそれだった。

 と、その時だった。

 さすがに彼女たちはやり過ぎたのだろう、怒りの声が静かに響く。

 

「やりすぎだ貴様ら..............!」

 

 仏門をゴキブリ以上に毛嫌いする魔王の前で仏門の使徒が暴れ、あまつさえ信じて任された兄の土地を破壊されこちらに謝罪もなし、加えて彼らには戦争を仕掛けに来た、という疑いがかけられていたところである。

 全てが当然のことだ、故に彼女は悠然に告げた。

 

「帳を坐せ、〝金翅鳥〞.........ッ!」

 

 深淵より溢れ出す七色の光。天から降っていた日光と混ざり合い、 彼女に収束されていく。

 そして一瞬、嵐の前の静けさのように音や風が全くない状態になったが、彼女の真後ろに大きく白光の日輪が描かれた瞬間、爆発したように神火が噴き出した。

 火、書いて字のごとく踊るように吹き荒れる嵐は金翅に瞬いては、空気をバチんと破裂させていく。更に周囲の光を容易く屈折させ、蜃気楼が彼女の姿をさりげなく隠し、神秘を映しだす。

 さすがの白夜叉もこれには焦る。防ぐこと自体にはあまり問題はないのだが、そう容易いものではない。ここには巻き込んでしまう者たちもいる。それが彼女の狙いなのも理解できた。

 白夜叉の心境を察してか、妖艶な笑みを浮かべた鵬魔王は告げた。

 

「白夜王............せめて、貴方以外の命で許してあげるわ」

 

 鵬魔王が右腕を伸ばし、その手で指を鳴らす。

 パチンィィン!─────と、凜とした音が響いた途端、鳥の鳴き声とともに炎の濁流が鋭く旋回、刹那に彼女たちへ襲いかかった。

 見た目的にはそれほどでもなさそうだが、質はさっきとは桁違いだ。

 誰の目から見てもわかるほどの神性を帯び、触れればどんな物でも灰に帰されてしまう。それほどのものが迫る中、白夜叉が叫んで前に出ようとしたが、黒ウサギと女性店員は引くことはしなかった。圧倒的な力の差は理解している、だが彼女たちとて引けぬ理由がある。言語を口にする暇もなく視界は真っ暗になった。

 と思いきやその数秒後、何かと何かが衝突したような轟音と地響きが響いて、三人と鵬魔王は刮目することになる。

 何せ津波のように押し寄せた炎を、同じ炎が押し返そうとしていた。

 確かに彼は箱庭の守護者と呼ばれ、偉業を為したものなのだろう。だが、鵬魔王はそんなこと一切信じていなかった。なぜなら奴は所詮、人間だからだ。底の小さい彼らだ、鵬魔王からしてみればまさに彼は蟻だった。蟻がいかに背伸びしようと神の領域に至ることはあり得ないだろう。

 なのに、神霊殺しの鵬魔王の炎を白夜王がではなく、その人間がしかも同じ現象である炎で防いでいた。

 だが、すぐに均衡が崩れ、フッと小さく鵬魔王は笑う。

 やはり所詮は人間、この程度だろう。

 炎帝の火が鵬魔王の金翅に染まり、食い散らかされていく。

 

「ぐっ............うっおおおらっ!!」

「っ!?」

 

 だが、少年の雄叫びが響くと食ったはずの炎が息を取り戻すように金翅の中で吹き荒れ、昏い青天から舞い降りてきたような煌煌しさを放ち、何より見た目が劇的に変化していた。

 赤い炎は青色の火花を散らすと、刹那で蒼く染まって、淡く輝き始める。当然の如く、蒼炎に強化された火炎は戦況を持ち直し、 一気に金翅の炎を押し戻していく。その様はまさに火の演舞のようで、黒ウサギと女性店員は口を開くことも許されないかのように唖然としていた。対して白夜叉はそれでも余裕のある不敵な笑みを見せている。

 

(奴の力............生半可な恩恵ではないっ!それも気のせいか二種類の神気を感じる。まさか、奴の背後には二体もの神霊が付いているというのか.........ッ?!)

 

 本来、二種類の神格は共存することが難しく、本来の霊格を封するために用いられることが多い。だがその常識をただの人間が覆している可能性がある。鵬魔王は驚愕しながらも炎の手を緩めず、そのまま均衡を保たせる。

 白夜叉はというと、戦況の見聞を心の中で零す。

 

(うむ、シヴァの権能に蚩尤の開拓............本来ならば亜音の圧勝じゃろう。しかし相手は神・龍殺しの恩恵、金翅の神火。既存の力を発揮させては貰えまい........さあ、どうする?)

 

 もうすぐ三十秒近く経つ頃、さすがに痺れを切らしたのだろう。

 鵬魔王は誇りと見栄を捨て、三分の二まで出力を上げるように、背負う日輪を淡く輝かせた。

 

「金翅の炎よ、眼前の敵を焼き払え│.........ッ!!」

 

 それまであった、均衡が吹き飛ぶように蒼炎が先の方から弾け飛んでいく。

 その様子に白夜叉はすぐ、右手の裾を捲った。さすがの亜音も此処までなのだろう。いやよくやった方とも言える。

 蒼炎が弾け飛んでいく様は周りに、かなりの危機感を煽る。それほどまでに金翅の炎には力があった。例え、二体の神霊を携えようとも神霊殺しには敵わない。

 所詮は人の器、有象無象、という笑いがつい溢れる鵬魔王。

 だが、同時に彼女は何かに鋭く射抜かれ、心臓を鷲掴みされたように震え上がった。

 そして幻覚を見る。

 輪廻と紫、世界の核を内包した殺意が、眼光が迸り、世界は一瞬で昏い闇に誘われたのだった。

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 大鵬金翅鳥の対神・対龍の恩恵により、亜音が押される。

 常識的な神と人の構図であったが、やはりあの亜音が押される所が二人には想像できなかった。

 故に黒ウサギと女性店員は慌ててギフトカードを手に取り、

 

「亜音さんっ!」

 

 二人の顔に垣間見えるのはもちろん絶望だった。

 このままでは同士が、大事な人が神に殺されてしまう。神の威光に焼き尽くされてしまう。

 だから叫んで走り寄ろうとするが、吹き荒れる爆風の重力が彼女たちの身動きを一切許しはしなかった。

 ちょっと油断すれば、遥か後方まで吹き飛ばされてしまうだろう。もはや戦っているステージの次元が違うのだ。

 その横を通る白夜叉は笑みさえ浮かべ、右手は白く瞬く。

だが、その瞬間、亜音の閉ざされていた目が見開かれ、世界は刹那の間に黒く染まった。

 同時に鵬魔王は、幻覚を見る。

 暗闇に光る眼光........幾千もの輪廻と世界の核、紫色の世界観それらを内包した、見えぬものを見る瞳、その威圧が容赦なく彼女の心臓を鷲掴みした。

 そして少しのタイムラグと共に、黒ウサギ、女性店員、白夜叉、鵬魔王の四人は今度こそ声をあげて驚愕する。

 

「「「............は?」」」

「なっ.........馬鹿な!?」

 

開拓と破壊の神の合成恩恵である気焔。それさえも食い散らかしていた金翅の炎だったが............... 金の鱗粉を撒き散らす火の束で焼き尽くされていた、そのはずだった神火は黒い渦となって、鵬魔王の力ごと全てを飲み込んでいったのだ。

 その光景にはさすがの鵬魔王、千年以上生きてきた彼女も戦慄せずにはいられなかった。これまで数多の戦場を、恩恵を見てきた。それでもこの光景に戦慄している理由は、ひとえに亜音がこれでもただの人間でしかないからだ。

 鵬魔王は再度、思わず口から戦慄を零していた。

 

「ば............ばかな、私の炎を............っ」

 

 やがて金翅の炎は跡形もなく消え去り、その場に残された黒い炎だけがひとりでに圧縮され、爆散していった。

 そう、いきなり視界もろとも己の炎が黒く染まったと思ったら、

 全てが一点に集められて霧散させられていたのだ。まるで、強制的に全ての炎を従えていたたかのように。

 

(コイツはたまげた!............まさか人の身で神を......それも同じ長所で圧倒するか.........ッ)

(すごい...............亜音さん、凄すぎます.........っ!)

 

 女性店員は外見上、凛々しくギフトカードを携えたまま身構えているが、内心は大はしゃぎである。本来なら味方とはいえ戦慄しているはずだが、少年をよく慕っているのがわかる。

  一方の黒ウサギはというと、ウサ耳を赤く色付けるのも忘れて唖然としていた。

 そして彼女は只々、呟く。

 

(...............強い)

 

 黒ウサギは生物として自然に彼が強いことを認めているのだ。

 戦えば負ける、圧倒的な絶対感が彼にはあるのだろう。

 背に靡き、踊るは 〝黒き破壊の運命〞 を背負った仙神の二文字。逞しくしまった肉体は静かに脈動し、押さえ込まれていた覇気が空気を張り詰めさせ、世界を止める。

 彼の決意が、覚悟が、意思が、力が世界に少しずつ影響を与え始めた瞬間だった。

 いや、すでに彼を中心に世界は回り始めているのだろう。

 

 ただ彼は選択肢いるだけなのだから。

 

 

 






次回も今年中に更新します。
よろしくお願いします。
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