新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ 作:行くよ!!!!
晴天が今も燦々と煌めく大楼閣の中庭。
少し前までその場所には吹き上がる甘い香りと共に、桃源郷を彷彿とさせるような花びらが舞い上がっては華やかな景観を見せて、何より全力で走り回れるほどの広さもあって解放的な空間だった、少なくとも数分前ぐらいまでは。
元々は現実味がありながらも幻想的な感傷に浸れる場所だったのだろう。ここに来てしまうと夢と現実の区別が曖昧になりそうであ。
しかし今はその全てが失われている。
綺麗に整備されていたお花畑は跡形もなく、落雷の跡のような焦げ跡を有する、逆に壮観してしまう程のクレーターが深々と刻まれている。吹き付ける匂いすら既存の、ほんのりとした香りではなく硝煙のような焦げ臭さが鼻を強く突いてくる。
だがそんなことはとうに受け入れられた現状であり、この箱庭ではあまり珍しいものでもない。それよりも先ほど彼女たちの前で行われた神火を用いての神争の方が、より深く濃く戦慄と現実味を際立たせていた。だがそれは無理もないことなのだろう。なにせ、護法十二天にさえ匹敵すると言われる神を完全な形ではないとはいえだ、種の中でも弱小な分類に入るはずの身で神を超えたのだ。逆に戦慄しないほうがおかしい。
漆黒に乱れし炎は金色に迸る神性ごと飲み干しては圧縮し、跡形もなく去っていく。
心臓を射抜くような刹那の煌めきは、幾多の輪廻を描いて世界観を映し出す。
そんな一連の出来事でこの場は針が壊れたように時が止まっていた。
だがその時、
──────パァッン!!
「「「...............っ??!」」」
「…………………」
不意をついたような柏手は、皆の視線を急速に白夜叉へと集めさせた。
そして亜音より前に出た白夜叉は穏やかな笑みを浮かべたまま、事を進め始める。
「土地の修復は〝サウザンドアイズ〞が責任持って弁償させてもらおう。故にその件は水に流してやってはくれぬか 兎にも角にも私には時間がないのだ........................頼む」
「──────…………、分かりました…………この件について私もこれ以上の追求はしないわ」
鵬魔王は亜音に訝しげな視線を送り続けてはいたのだが、彼女とて別に弁償すると言った、それも魔王の中でさえも偉大な人物のお願いを無下にするような真似はしない。確かに彼女自身二度も白夜叉を形式的に殺そうとはしたが、殺せるとも思ってはいなかったのだ。なら本当に困っているのであれば、ここで妥協しておくのもいいだろう。
彼女が嘆息とともに零した言葉を受けて白夜叉は、少し声のトーンを落とし軽く会釈をした。
「すまんな、助かる。でだ、私がここに来た用件……なのだが──────…………… ふむ、先にあの事を話すほうが良いのか、この場には亜音や黒ウサギもおるしの………」
「……………?」
一人で悩み納得する彼女に全員がクエスチョンマークを浮かべる。
そして彼女は扇子をぱたっと閉じると、スッキリとした面持ちで空を見上げ...............、
「私はしばらく─────………………階層支配者を退く事となった」
「なっ...............、」
「え、」
突然の告白に鵬魔王と黒ウサギが同時に声を漏らし、驚愕に顔を染めた。
その隅で亜音もピクんっと肩を揺らす。少しばかりその瞳も大きめに開かれているのは気のせいではあるまい。
しかし、ふと考えてみれば当然なのかもしれない。
あれほどの──────鵬魔王の炎をにべもなく握り潰せるほどの絶大な力を持ちながら、彼女は〝魔王〞として過去に大暴れしたことがあるのだ。故に野放しにしていい存在ではないだろうし、自由を縛る事も当時は難しかったに違いない。そんな彼女がどんなに改心したと言っても誰が信じるだろうか、大量殺人者の言葉などに耳を貸すなどまずあり得ない。故に彼女は信用を得るために代償を支払ったのだ。
魔王としての自由を、太陽神としての力を...............仏門に帰依し縛られることによって。
そうすることでようやく彼女は善神として保証され、下層への干渉を認められた。
すなわち今の彼女は立場的に脱獄した大量殺人者と大して変わらないのだ。そのまま放っていけば、いずれ天軍が下層へ押し寄せてくることは目に見えている。もちろん彼女にそんな野心はない、だからこそこの場にいるのだ。
そして彼女はいずれ自ら行動を制限するだろう。
しかしそれでも……………いやまさか、ここでそんな事を聞かされるとは亜音達は思いもよらなかったのだろう、驚くのも致し方ないといえるし、当然とも言える反応だ。
だが女性店員だけはあらかじめ聞かされていたのか、それともそういう事を事前に把握し悟っていたのだろう。彼女はいつも通りの毅然とした態度で静かに佇んでいる。流石は白夜叉の補佐を務めているだけはあった。
「故に必要なのだ。私の後釜を任せられる練達者であり、責任感のある..........〝階層支配者〞がな。今すぐにでも.........っ」
そう告げる彼女の視線には、いつもの悪ふざけは一切ない。それだけでも本来の彼女がどれだけ責任感のある人物なのかが伺えるだろう。
垣間見える断固たる決意、意志、気迫…………そしてその上には責任と重圧が籠っている。
その気迫に流石の鵬魔王も息を飲んだ。いや彼女だけではない、亜音を初め黒ウサギもまた緊張気味な様子で彼女たちのやりとりを伺っていた。
「では、〝階層支配者〞を解任したら...............今の四桁ではなく本来の階層に戻る...............ということかしら 」
「すまぬがそれは教えられん。............それに私の進退を問わず、優れた〝階層支配者〞が必要だとも思っておるから.........尚更な」
「というと?」
「確かに南で新たに大連盟の階層支配者が発足したが、今回の件で思い知った............今の世情からはっきり言えば、私でも手が回らなくなるのは必然じゃよ」
今の階層支配者は中層では屈指の実力者であり、兵力も半端ではない。
しかし魔王に数だけ群れても意味は成さない。さらに言えば今回のように複数の襲撃に合えば、十中八九、苦戦を強いられることになるだろう。
そんな下地さえも無い状況の中で白夜叉が抜けるのは、余りに危険すぎる。
「なればこそ..........今最も求められているのはおんしの義兄のように、魔王とのゲームを熟知した古強者なのだ」
白夜叉の真摯たる告白に流石の黒ウサギも空気を読んだ。色々と突っ込みたいことが山ほどあるが、少なくとも今は我慢するべきだろう。しかしやはり彼女の胸中は不安で溢れかえっていた。今までノーネームを含めた下層のコミニュティは、程度の差はどうであれ白夜叉からあらゆる支援をうけていた。それが無くなるのが嫌だからというわけでは無いが、それでも不安にならざるを得ないほど彼女はなくてはなら無い存在なのだ。
しかし、今度は逆に白夜叉が驚かされた。
「そういうこと、...............でも悪いけど、長兄は今ここには居ないわ」
「な............なんじゃ、と.........っ!」
そこで亜音は前に、鬼姫連盟からの使者から聞いたことを思い出す。
確か彼、牛魔王は先の一件の際、鬼姫連盟の元へ救援に行ったとのことであった。しかしあれから既に結構な時が流れている。なのに、本拠に居ないというのはどういうことなのだろうかと思っていた亜音だったが、鵬魔王曰く、遊び歩いているにすぎないらしい。
白夜叉もそれには呆れかえっていた。
確かに彼女も援軍に向かったことは此処へ訪れる前から知っていたことだが、すぐに連盟から出て行ったとも報告をうけていた。なのでてっきり本拠に戻っているものとばかり思っていたのだ。
「ではおんしが平天の旗本へ足を運んだのは、」
「ええ。長兄に代わって貴方を歓待してほしいと、此処の宰相に頼まれたからよ。一応、酒席も用意してあったのだけど............まさか仏門の畜生を連れてきて、本拠を破壊されるなんて思いもよらなかったわ。それに………」
鵬魔王がギロリと視線を亜音へ移し、しかし亜音はそれでも怯むことなく佇んでいた。それ相応の覚悟を少年が秘めているが故に。
少しの間、張り詰めた緊張感が漂い、黒ウサギと女性店員が腰を軽く落とす。いつでも前に出られる態勢なのだろう、今度こそ抜かりはしないという覚悟が垣間見えた。
だがそんな緊張は意外にも当事者の手で幕は降ろされる。
一切の覇気の揺れを感じさせない少年。緊張している様子も無い、
つまりはこれぐらいの緊張感など朝飯前、とっくに通った道ということなのだ。であれば、これ以上粘ろうとも彼がボロをこぼすことは無いだろう。
鵬魔王は諦めたように角を抜いて嘆息をこぼし、張り詰めた緊張感が薄らでいった。
同時に黒ウサギと女性店員もいつの間にか止めていた呼吸を大きなため息と共に始め、胸を押さえていた。
しかし場は落ち着いたものの、話は何も解決していなかった。
結局、白夜叉の後釜は決まっていない。
どうしたものかと、白夜叉は口元に扇子を置きながら考え込んでいたのだが、奇しくもまたもや彼女の手によって、
「まぁ............其処までの事情があるのであれば、隠し立ては不義理なのでしょうね」
「何だと?」
鵬魔王は観念したかのように一枚の封書を取り出し、フィっと白夜叉へ投げ渡した。
「宰相からの伝言よ。『その手紙は牛王陛下が、助勢に発つ前に白夜叉へ宛てたもの』ですって」
大して凄くないような、簡単な物言いであったが、白夜叉や黒ウサギ、女性店員、亜音にとっては驚愕のことだった。
今度こそ亜音も小さく声を漏らしていたのだ。余程のことであり、というよりは助勢に行った時期を正確に知っていたが故の反動だろう。
声を漏らした後は、全員もれなく絶句であった。
(私の来訪を先読みしていたというのか.........?!)
白夜叉は眉を顰めて封を切り、亜音はそれを横目で確認する。黒ウサギと女性店員はさすがに離れすぎていて見えず、その場でもじもじしていた。流石に人の手紙を許可なしに覗きに行くのは礼節に反するだろう。我慢するしかあるまい。
そして、その中にはただの一文、走り書きのような字で、
『南の大樹にて、後継の芽在り。心躍らせて参加されたし』
──────と。これ以上ない程に明確かつ簡潔に記されていた。
二度、三度と短い文面を読み直した白夜叉は、先ほどまでの鬱屈とした表情を何処ぞへ吹き飛ばし─────心底、愉快だとばかりに声をあげて嗤う。
「クッククク.........コイツはいい.........!! いやはや、千里より彼方から未来を見るか、〝平天大聖〞よ!あの悪童め、二つ名も悪知恵も全然錆びついておらんようだの 」
..............やはり己の目に狂いはなかった。先程はマジで呆れ返っていたが、ふむと思い直すべきだろう。再度自分の目に狂いはなかったと確信した白夜叉は、そのことを瞳を閉じて噛み締め、
「あのー白夜叉様」
「ん、なんじゃ亜音? ............ って、あ!そうか、そうだったの!おんしもまた話があったのだっ──────」
「いえ、ただ今はそれよりも─────………………白夜叉様の後継者ってそこに居る人、鵬魔王じゃダメなんですか?」
直後、森羅万象を含めたその場の全てが凍ったように止まる。
いや、本当に〝凍った〞というべきほど、瞬間的に四人は一人の少年を残して絶対零度に会っていた。
全くの予想だにしなかった………疑問でもないが、少なくとも触れていいところではなかったであろう。
まさに少年の一言で全てが、全てのやり取りが台無しになった。
なんというか.............うん、怖いもの知らずというのも大概なものだな、としみじみ思わされる瞬間だったのかもしれない。
〝いや、お前馬鹿だろ、空気読んどけよ、コラ〞.........と、空気を読むことをしない問題を起こすことを信条としている十六夜でさえこの場にいればそう突っ込んでいたであろう。
####
──────そこに居る人じゃダメですか?
──────鵬魔王じゃダメなんすか?
──────鵬魔王じゃダメなんですかねぇ?
つまりそういう物言いだ、大して変わらないし、どこにでもありそうな何気ない一言だ。
気兼ねもなく、重くもなく、ただ一人の少年がふと純粋に抱いた疑問であり、自然に零した言語でしかない。
いや確かに黒ウサギ達も思ったことであり、白夜叉とて候補として一回は考えたはずだ。
だが黒ウサギと女性店員がそれを口にしなかったのは、単純に白夜叉が彼女を選ばなかったからであり、白夜叉も公私混同したわけでもない。
全員が不動、沈黙を守る中、怖いもの知らずの青少年はまたもや、やらかしてくれた。
「そうか、彼女は魔王である前に............ただの家出した 〝子供〞だったか、それは酷な話だね」
─────ひぃやああああああああああああああ!!!
黒ウサギと女性店員、もちろん白夜叉も心臓を飛び上がらせ、しかし今動けば事態は急速に動き始めることを悟って、なんとか静止している。
しかし、ていうか..................、
「おんしはアホかぁあああアアアアアアッ!!!」
((終わった.....................私の人生))
白夜叉は我慢できなかったようである、黒ウサギよりも鋭く突っ込みを迸らせた。
一方、黒ウサギと女性店員の瞳は既に色がなく、まるで屍のようだったが、しかしなおも二本足で立っているという超テクニック??をひろうしていた。息しているのか??
一方の亜音は、はたかれた頭をさすりながらコクリ と首をかしげて、白夜叉に向き直る。
「何をするんですか、白夜叉様」
「それはこちらのセリフだ!!おんしは口に出していい言葉の区別もつかぬ奴だったのかッ!?」
「いやいや、照れますね」
「其処照れる所ではないし、第一褒めてもおらんわッ!!」
「もういいじゃないですか、その話はもう終わったことですし、」
「ぜんぜん終わっとらんわぁあああああっ!!」
白夜叉の怒鳴り声に亜音は両手の人差し指で耳を塞ぎ、顔を顰める。
それほどまでに白夜叉が怒っていた。彼女の何かに触れてしまったのだろうか、いや自分のせいで話が無くなるかもしれない事態に対して純粋に怒っているだけなのかもしれない。
だから鵬魔王と邂逅する前に言われたことを加味しながら、
「大丈夫ですよ。もちろん最悪の場合は、俺が〝責任〞を取ります」
「ほう、責任を取るか。ではどう取るのか、きめ細かに教えもらおうかの。のぉー?亜音?」
ゴキゴキと拳を鳴らす白夜叉。
そして気のせいだろうか、だんだん黒ウサギと女性店員の二人が離れて行っているような、先ほどよりも自分達との距離が大きいような気がする。
亜音は二人の不動する姿を軽く一瞥した後、告げた
「俺が階層支配者になります」
途端だった。
その場に亜音を小馬鹿にするような、それでいて優雅さが薫りし抑えられた嗤いが静かに響く。
「クッ、ククク.........フフフフフ.............ハッ、お前が階層支配者だと .........笑わせてくれるわね、ただの人間如きが………」
語尾の方を強調しているのだろう─────最後の方の声音は極寒を催すほどの冷徹さが感じられ、彼女自身の奥にあった本性の様のようだった。
しかしいつも通り亜音は飄々と肩をすかすだけで、誰にでも分かるような愛想笑いさえ浮かべている。
「耳が痛いですね。まさにその通りですが…………少なくとも貴女よりはマシだと思います」
オイオイオイ、何喧嘩始めてんですか!?と突っ込みたいが、二人が他の加入を許すことはなかった。
一方は口元を妖艶に隠しながら、もう一方はかたっぽの手をポケットに突っ込みながら、二人は威嚇し合うように視線を交わせている。
両者の間でメンチがぶつかり合っているのが、容易にイメージができそうだ。それほどまでに二人の覇気がただらぬ方向に向かっていた。
「ど、どうします?」
「どうするも何も、今の私達には」
コソコソと少し離れた場所で話す黒ウサギと女性店員は、どうすることもできないという結論に至ったのだろう。ただ成り行きを見守り始めるように口を閉ざす。
白夜叉はというと、もうどうにでもなれとでも思っているのかもしれない。こんな状況の中でさえ小さく笑っていた。口元が若干ヒクヒクしているのは気のせいかな?とはいえ流石に亜音の考えを少し理解した故に傍観しているともいえる。
「そういえば、確か斉天大聖・孫悟空様も白夜叉様と同じように仏門に帰依してるんだったかな?」
「それがなんだ?」
「いやなにふと思っただけだよ。彼は迷惑しているだろうなーとか、目の上のたんこぶが邪魔なんだろうなーとか、お前はたらけよとか、お荷物を背負うことになって可哀想だなーとか...............彼には素直に同情するよ」
「貴様─────どういう意味だ...............ッ!」
聞くまでもないだろうに。
いや彼女はもう分かっているのだろう。
その証拠に彼女の周りには蜃気楼が昇り始め、何かがスパークし、空気が弾け飛んでいく。
静かな怒りをフツフツさせる鵬魔王を前に、しかし彼が怖気付くことはなかった。
それどころかエセくさい笑みさえ引っ込めて、彼女の心臓を射抜んとするような眼光を迸らせた。
「フッ……はは、意味だなんて、そんな深くもないし難しくもないよ。ただ単純に彼は君たち兄弟にこう言いたいんだ。“愚鈍かつ足手纏いの兄妹達へ、とりあえず邪魔すんな、こちとら便宜測るのに気を使ってんのに、テメェらが魔王やってたらパーだろうが、解ってんのかーコラ”─────」
馬鹿にしたような声を平然と言う亜音に比例して、鵬魔王の周囲がさらにスパークしていく。
なのに、亜音は止まることを知らない。
「だからさ.......いい加減、目障りな因縁やプライドなど捨てたらどうだ、迦陵ちゃん?」
確かに今、何かがブチッと切れたような音がした。
黒ウサギと女性店員、もちろん白夜叉もここまでくれば流石に亜音が何をしようとしているのか────── 〝一戦〞交える気だということは簡単に悟ることができた。
鵬魔王とてそれは例外ではなく、先ほど以上の霊格エネルギーが彼女から伝わってくる。おそらく、彼女は魔王としての本性を見せるつもりなのだろう。
しかし亜音の口は、なお止まることはなかった。
「─────君は知っていたか?斉天大聖・孫悟空様は、性別を確認するために人の股間をパンパン叩いて確認するんだそうだ。この親にしてこの子あり............彼にして君達ありと言い直すべきか─────所詮は魔王だから〝しょうがない〞と、子供扱いにでもしてやろうか?」
ドゴッ!!!
地盤を踏み抜いた鵬魔王は、背より金翅を生やし、その瞳はもはや血の色、言うなれば魔王として既に本性を見せているのだろう。だが、それだけが魔王の本性ではない。
その証拠に彼女の手には、端から発火している一枚の羊皮紙が握り締められていた。
そして彼女は途轍もなく静謐な声で、押し殺すように喉の奥から告げる。
「私たちの姐さんは誇りだ。………………… これ以上の侮辱は絶対に許しはしない。私達の姐さんは誰よりも尊敬できる人なのだからッ!」
彼女の右手には羊皮紙が、左手には炎の渦が、もはや彼女も止まることはないだろう。
だがその時、今日初めて亜音が声を張り上げていた。
「ではなぜ、君達は〝彼女〞の背中を見ない?彼女が頑張っている間、一体何をしていたッ!」
「……………っ、」
亜音より溢れる自然のエネルギー。
それは彼の声とともにさらに濃密に圧縮され、強大になっていく。
黒き羽衣を漂わせ、黒い霧を大樹のように地盤から吹き立たせる。
「あなた方に何が起きて、どういう事情があるのかは知らない。けどこれだけは俺にもわかる。世界に溢れた彼女の逸話、悲劇も有れば悪童としての一面もある、それでも負けじと笑える話もあり、勇気がもらえるような英雄伝のような逸話もある……………彼女は誰かの為に努力していること、君達がお姐さんに甘えているだけなんだということが。魔王として生きていられるのも彼女のおかげだというのが、...............それは尊敬とは呼ばない。同士と呼ばない、兄弟とは言わない、そんなのみんなが認めても俺は絶対に認めない──────…………….ッ!!」
「ッ..................私は、」
戦争に対して責任を果たそうとしている者を何故助けてやれない?なぜ私欲と憎しみだけで動くことができる?
亜音の言葉で少し戸惑いを見せ始める鵬魔王。というよりも、己自身で既に感じていたことなのだろう。それをただ亜音に表に出されただけなのかもしれない。
(なるほど、亜音、おんしは............おんしのなかでは......... 仲間や兄弟、同士という言語はとても深く重い言葉なのだな......... おんしという奴は誠に.........っ、)
普段、そういった熱を見せない亜音だからこそ、その重さは計り知れないものがあると白夜叉に感じさせている。
白夜叉は背後にいる黒ウサギを見て、何かを隠すように扇子を口元で広げる。
伏せられた瞳が少し水晶のように揺れ、憂いているように見えたのは、彼女は思って、悟ったからなのだろう。亜音が失ったであろう過去を──────そしてそんな亜音が〝同じように〞落ち込んでいたであろう自分を慰めてくれたことを思い出すと、胸の奥が暖かくなる。この身は人ではないのに、因果によって作られただけの歯車一つに過ぎないのに──────私は〝本当〞に彼のことを.....................噛みしめるように白夜叉は小さく微笑んでいた。
その時、鵬魔王がその足を亜音へと向けて動かし始めた。
「もういい、貴様が言いたいことはそれだけか であるなら〝榊原亜音〞、貴様だけは私が必ず殺し────」
「いや俺ももういいや」
「──────………は?」
鵬魔王が素っ頓狂な目にあったようなポカンとした顔で、声を上げた。いやそれも仕方ないことだろう。何せいきなり亜音が纏っていた覇気を捨てて、今までのことをなかったことにするかのような物言いをしたのだから。
そして今日一番の声が──────、
「全員にっ──────げろぉおおおおおおおおおッハー♪♪♪」
「は?」
「「へ、ぇえええええ?!」」
「なん、なな、なんじゃとぉおおおおおッ!?」
なんだってえぇぇぇえええ!?
ここまで来て逃げるのかよぉおおおオオオオオ!!
──────という声にならない突っ込みが空気だけで構成された歴史的瞬間だった、かもしれない。
そのことに彼女らが呆気に取られている内にも既に亜音は女性店員や黒ウサギの所まで後退し終わっていた。
「黒ウサギは自分で逃げれるから貴方は俺が運びますね 」
「へ 私ですか いえ、で、でも私よりし、しろ──────ひゃっあ?!」
「っと よし、これでいいかな あ、できれば僕の首に手を回してくれ。しっかりつかまんないと落ちちゃうから」
「...............は、はいっ!」
なるがままに女性店員はお姫様抱っこされ、言われた通りに嬉しそうな声で返事をした後、えい!と亜音の首に手を回した。
その光景を前に白夜叉は戦慄し、黒ウサギも唖然とするしかなかいようだった。
そして亜音が空へ駆け出した瞬間──────鬼さんこちら と、鬼が目覚める。
「「逃すかぁあああああああああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」」
鵬魔王と白夜叉の行動は早かった。
亜音を追うように鵬魔王は金翅を羽ばたかせ、白夜叉も地盤を踏み抜いて空へ踊る。
「ちょ、し、白夜叉さま!?」
「どうして白夜叉様も追いかけてくるんですか!」
「は?知らんわそんなことっ!自身の胸にでも手を置いてみたらどうじゃあああ!!」
白夜叉の方より真空を纏いし無限の槍が吹き出してきて、ジグザグに宙を舞う亜音達を襲う。
そしてそれにプラスするように火の鳥がそらを駆け抜け、亜音を狙っ──────っしかし亜音の策略に嵌められ、白夜叉の槍とぶつかって大爆発を引き起こす。
「オイ、家出娘ッ!私の邪魔をするでないわッ!!」
「黙れッ!貴女こそ私の獲物を横取りする気ならそのアホ面のまま火達磨にするわよ!?」
「ほう、この私とやろうというのか?」
「は、勘違いしないでほしいわね──────私は別に駄神を相手にする気なんて一欠片もないわ!いつも通り、あそこで取り残されている玩具にでも構って貰えばいいんじゃない、駄神様?」
「おっしその喧嘩ァ!この私が買ったッぁあああ!!」
金翅の炎と真空を纏いし槍が空で激突し、魔王と呼ばれる馬鹿と天災が紙一重な者達によって天体法則がねじれていく。
一人地上に残された黒ウサギは、ただ棒立ちしたままそれを見上げてるしかなかった。
いやふと、彼女は我に返ったように亜音と女性店員が消えた方向に視線を向ける。
そして胸の前で小さく拳を握りしめ、何かを不安げに見つめていた。
(............亜音さん、私は............、)
こうしてシリアスな状況を作って、亜音はこの地を去ることになったのだった。