新・問題児と人の神が異世界から来るそうデスヨ   作:行くよ!!!!

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小出しにしていたセラリアの過去編をまとめたものになります。
よろしくお願いします。



セラリア《過去編》総集

 

 

第一章九話

《1日目》

始まりは、高校二年の夏だった。

 医学を少し噛んでいた“俺”は、両親を追いかけて紛争地域へ、飛行機を乗り継ぎ向かった。

 両親を追いかけて、というのは“目標”として追いかけて、だ。

 俺は単独で森林のジャングルを抜け、砂場地帯に立つ豪邸な屋敷と教会に辿り着く。

 俺の手には募金箱と自分の荷物、食糧、薬を携えている。

 屋敷を尋ねてみると、扉が開き、中からまだ小学生にもなっていなそうな肌が黒い少年と白い少女が出てきた。

 

「日本語わかる?」

「「……うん」」

 

 俺は素直に関心する。前もって聞いてはいたが、異国のしかも紛争地域で日本語が喋れるなどほとんど聞いたことがない。俺とてここに来るまでに、英語、ドイツ語、ラテン語、などの言語を学んできた。だから知っている。日本語がすごく難しいことを。例えば、いいね、という言葉でも、いいね?…………いいね!とでニュアンスが変わるし、使い方も日本人では様々である。

 

「えーと、大人はいるかな?」

「うん、ちょっと待ってて」

 

 そう言って、二人は中にトトトト!と戻っていった。

 少し経って、俺が紛争地域にしては綺麗だな、と思った森林を眺め終わると、ちょうど扉が開いた。

 

「えーと、どなたでしょうか?」

「............」

 

 一目惚れだった。白いシスター服を着ているから身を隠しているものの、豊かで弾みのありそうな胸、そこから谷のようなくびれ、柔らかそうな肉付きをして、布を張るぐらい大きな臀部。顔は肌白く、唇は小さく桜色、赤と青が混ざり合ったような混沌の瞳、赤い髪を長く胸下あたりまで垂らしている美少女シスター。おそらく年は同じくらいだろう。

 

「あの〜、どうかしましたか?」

「あ、いえ、すいません。俺は、榊原亜音です。ボランティアで薬品と食料を提供しに来ました、これは食料です。受け取ってください」

「えーとすいません、信用できない人からは受け取ることは、」

「そ、それなら、怪我人を治療します! 中に入れてもらえませんか?」

「ダメですっ、それに怪我人もおりませんので帰っていただいて大丈夫ですっ!」

「ぐぬっ、」

 

 俺は予想外だった。いやまさか、ボランティアに来た人をここまで頑固に拒否するなんて思いもよらなかった。他のところは歓迎してくれたのに。

 だが、ここで引く俺ではない。ということで、話し相手を変えることにした。

 

「他にちゃんとした大人の方はいませんか?お話は団体の方から言ってるはずですが、」

「そんな話聞いてませんし、て!わ、私はちゃんとした大人なのですよ!ガキが!」

「が、ガキ?!.....ふぅー...ふざけないでくださいよ、............ちゃんと言葉が通じる人は他にいませんか?この際、あなたより少し年上でもいいです《精神年齢》……がッ!」

「アハ!喧嘩売っているようですねーニパァ!、その喧嘩、ちょっと生ゴミの様に腐った相手ですが買ってあげますのですよッ!!」

「ほう?、やろうってのか?。これでも俺は」

 

 刹那、俺の頬を拳がかする。

 俺はその鋭さに賞賛しながら、その腕を引き込み、そのまま背負い投げをしようとしたが、そのシスター少女は予想外に跳躍した。

 

「やるなーだけどーーーーってうわっ!」

「えっ?キャっ!」

 

 シスター少女が跳躍したせいで、俺は後ろに引っ張られ、十段以上ある扉の前の階段で二人一緒に転び落ちそうになる。

 

「ちっ!」

 

 俺はシスター少女を馬鹿力で無理矢理引っ張り抱き寄せ、彼女を庇う。

 俺が主に階段で体を打ち付けるが大して痛くはない。

 最後、砂地に着陸し、俺は一息をつき、胸の中のシスター少女に声を掛ける。

 

「………すまない、俺が悪かった。でも大丈夫だから君達に信用して欲しいんだ」

「あ、............は、はい」

 

 シスター少女は頬を染めあげながら俯き、俺は元気な姿を見て安心する。

 そこへ声を掛けるものがいた。その者も同じくシスター服を着ていて、おそらくこの屋敷で一番年が逝ってる人だと俺は予測する。

 普通にシスター服のおばさんだった。

 

「あらら、昼間からお熱いですねーセラリアちゃん?」

「ぬっ!こんの!!いつまでセクハラしているつもりですか!」

「えっ?ーーーぐっぉ!」

 

 男の大事な所をシスター少女は、躊躇なく膝蹴りする。

 少し痛い、鍛えることはできないから仕方ないのだ。

 そんな方法があるのなら教えてほしいね。

 俺は痛い素振りを見せず、立ち上がった。視線を動かすと、いつの間にか、俺と屋敷から離れた場所にシスター少女は立っていた。

 そして、一言。

 

「むむ、も、もしかして、貴方は............本当は………!」

「や、やっと分かってく」

 

 

「○○こないんですか?それとも矯正された男の娘?」

 

 

 矯正とは、欠点を正しく改めさせること。

 あながち間違ってないかもしれないが、男としてこれは認めてはいけない気がする。ある意味で沽券にかかわるわ!

 ちなみにそれを言うなら、去勢だろ!!!と色々言いたいが、とりあえず、

 

「黙れッ!!このくそ変態シスター!シスターの名が聞いて呆れるぞ!!神は今ごろ泣いているぞ?、変態野郎!」

「はぁー?私は野郎じゃないからッ!! この○○こを持たない男の娘に言われたくないわッ!このセクハラ不審者!」

 

 結論──────お互いに!

 

 

「「お前に言われたらおしまいダァッ!!!」」

 

 

 その後、三十分くらい俺達は出会ってすぐの相手に、下ネタを混ぜた最低級の侮蔑の言葉を、教会と幼い子供達の前で、言いふらしあうのだった。

 これが俺と初恋の少女との出会いだった。

 今、思えば、夢のような儚い刻だった。

 

 

 

第二章プロローグ

《初日》

 

 晴天の下にある森林、豊かな自然に囲まれ日向を充分に浴びる教会と屋敷、だいぶ紛争から遠ざかり、静かな平和を自然な光景が高らかに謳っていた。

 そんな屋敷の右横にある教会の聖なる部屋で、俺は皆の前に立ち、

 

「初めまして、俺は榊原亜音といいます。今日から一ヶ月半、お世話になります」

 

 そう言うと、一番前の席に座っていたシスターのおばさんが笑って 言ってくる。

 

「お世話になってるのはこちらの方ですよぉ。本当にありがとうございます」

「いえいえ、当然のことです。それに俺も此処に泊めさせてもらうので」

「はぁーあ」

 

 俺の言葉に対して、あからさまなため息を零したのは、此処に訪れた際に現れた希少種の女子。ものすごい美人なのだが、反比例した中身がアレで男の活力を意図も簡単にしならせる。

 そんな女は、現在、絶賛俺にメンチ切っている。

 

「シスターじゃなくて、ディザスターだろ、この女」

 

 ちなみにディザスターの意味は────大きな不幸、または災難である。

 もちろん、その場の皆も理解している。だからこそ、目の前の女は、青筋を立て、俺の眼前に立っている。

 

「さきの続きをご所望かしら?それとも救いという名の地獄行き(アーメ○)が欲しいのかなぁ?」

「なるほど、この異様な覇気、君はもしや冥王ハデ“エロス”か」

 

 こんなことを口走る自分の頭が心配になるが、

 

「はぁっー私がハデス .........なるほど、相当目が腐っているようね、 私の服装を見てよく」

「腐っているのは君の耳だろ。俺はハデエロスと言った。エロスを忘れるな、下ネタ大好きシスター(笑)処女よ。間違えた少女よ」

 

 外見は大人に近しい二人が子供以上の暴言を吐きくる姿は、子供達に大受けらしく、そこかしこから小さな笑いが聞こえてくる。

 しかしそんなのは気にしてはいられない、相手が相手である。

 

「こんのっ!!い、今すぐぶっ殺してやるんだからッ!この童貞野郎!!」

 

  とそこで、女の後ろから一人の子供が見兼ねたように飛び掛かる。

 

「ケンカはめー!」

 

 しかし、その可愛らしい声とは裏腹に、大事件が発生する。

 先の暴言が嘘かのような、俺は仄かな甘い香りと柔らかい感触を口で味わっていた。

 そう、俺は今、先まで罵詈雑言を吹き出していた口と接吻をしてしまっていた。紛争地域に来て、キスとか、なにそれ?俺は此処にナンパしにきたのかと思ってしまう。

 俺の目の前には目を見開く女の赤面した顔がある。おそらく俺も 同じように赤面だろう。

 そんな中でも、マイペースなおばさんは落ち着いた表情で、言葉を紡ぐ。

 

「おめでたね?セラリアちゃん」

 

 とそこで、二人は臨戦態勢に入る。

 口を離し、セラリアという女は平手打ちを、俺はそれを迎撃すべく平手打ちに平手打ちを喰らわす。

 そのまま握手し、セラリアは自己紹介する。

 

「私は此処のシスター、セラリア・アストラーリ。夜露死苦(殺してやる)

「あはは............どうも」

 

 

 俺とセラリアは、何十人という子供たちとおばさんの前で、仇敵を見つけたかのようにしばし睨みあうのだった。

 次の日、正確には夜中の二時。

 俺は屋敷ではなく教会にあるとても小さな何もない部屋で一人寝ていた。少し肌寒い。布団を借りようとはしたのだが、セラリアに取り上げられた。だが、季節のおかげで助かった。その時、小屋の古い木製のドアが軋む音を響かせる。

 

「何の用だ?────ディザスターの申し子よ」

「ちっ、起きてたのか」

「今ちって言ったよね?まあ何する気だったかあえて聞かんわ。それと少しは女の子らしくしろ、で、話があるんだろ?

 

 俺は半身を起こし、胡座をかいて薄い敷布団に座る。そして、俺はセラリアに同じく敷布団の上に座るよう指で指して促す。

 少し嫌な表情を、頬を膨らませていたが、仕方なくのようにセラリアは“正座”する。

 そうしていれば、世界一可愛いと言えるのだが、

 

「ケッ」

 

 これだからな。

「一つ............聞いてもいい?」

 

 セラリアは唐突に口を開く。この子、天然で空気を読めないようだ。

 俺は戸惑いつつも、うなづく。

 

「貴方.....................何者ですか?」

 

 声が真剣だった。

 いきなり、取調室にワープしたような錯覚を俺は感じ取る。

 それほどまでに、セラリアの纏う空気は激変していた

 

「貴方は屋敷の戸の前で私の攻撃を軽々避けた、単純な攻撃だったけど、ただの人間にあれは避けられない。完璧なタイミング、速さだったもの。しかも、反撃まで。それに私を庇った時も、階段から落ちて全く痛がる様子もない。冷静に考えたら、あり得ないわ」

 

 俺は心臓を握り潰された。と思うが、少し落ち着こうと上に息を吐き捨て、バラすかバラさないかを考える。どちらでも良いのだが、目立つのはあまり良くない。特に紛争地域ではな。争いの種になり得るかもしれない。

 だから、まずは、その判断材料を集めることにした。

 

「それは逆に君も────ただの人間ではないと言っているものだが、」

「ぬっ!」

(その顔...............この子、アホなのか?おいおいそれじゃあさらに、宝の持ち腐れに拍車をかけてるぞ。まったく)

 

 互いに普通の人間ではないと把握した。俺はそう思っているが、相手はあのアホ(会って二日目)だからな。

 セラリアは自分のことはまだ疑われているだけと思っているかもしれない。そんな中、何を思ったのか、突然シスターの髪を隠している部分の白い生地のベールを後ろに脱ぎ去った。

 

「う、うさ耳??」

 

 俺は小さな声で驚く。まさに俺の言ったとおり、目の前には絹糸のように艶のある赤髪とバニーガールがつけているようなウサ耳が生えていた。もちろん、頭上からだ。飾りだとは思ったが、にしてもあまりにも逆に違和感がない。

 

「そうだ、私は“月の兎”に関わる力を持ってるの」

「………だから、ウサ耳が…………それで?」

「え?」

「え、じゃなくて、何か理由があって、そんな可愛らしいウサ耳を見せたんだろ?何を怯えてるかは知らんが、」

「か、可愛らしい?!」

「ああ、普通に可愛い。てかよく似合ってると思うぞ、しかしお前の中身がなー」

 

 セラリアは某然と亜音の反応を見ていた。亜音の最後の方は耳には入っていない。

 彼女は我に帰ったように、口を開く。

 

「こ、怖くないの?」

「逆に聞くけど、どこが怖いの 、まぁ他の人はビビるかもだが、俺は別に…………ちなみに…少し触っていいか?」

「え、あ、うん」

 

 あまりにも急展開すぎて生返事しかしない。本当に触って大丈夫かよ。

 それになぜか頬を赤らめて、少し頭を俺に下げてきた。マジでいいのかよ。

 俺はなんとなくセラリアが、ウサ耳にコンプレックスを抱いていることを感じ取り、できるだけゆっくり優しく触れていく。ただ手をお くようにスーと赤いフサフサの耳をなぞっていった。少しくすぐったそうな彼女は少し愛らしく見える。

 

「もういいよ、ありがとさん」

「う、うん。………」

「それで、このこと、────皆知らないんだな?」

 

 知っているなら先言っていたんだろうな。

 

「言えるわけないよ。だって、私は“人間”じゃないかもしれないのに」

 

 セラリアは声のトーンを小さくして、そう呟く。本当に昼間の女の子と同一人物か疑わしくなってきた。普通に可愛らしい女の子にしか見えない。

 そのせいで、俺は彼女を意識せずにはいられなかった。

 だからこそ気になった、たった二日目の対面しかしていない俺なんかに、

 

「それをなんで、俺には見せたんだ?」

「............なんとなく」

 

 これは嘘だな。

 いつもならこの嘘をそのまま鵜呑みにしてやれる器用な自分だが、今回は余裕がない。

 

「嘘を言うな。俺もただの人間じゃない、そう思ったからなんだろ?」

「ごめんなさい.........」

 

 即答の謝罪に少しがっかりする自分にビシッと心の中に喝を入れ、口を再度開く。

 

「ま………まぁ、その通りだけど、詳しくは言えない。俺一人の問題じゃないからな。」

「つまり、家族も?」

「そういうことだ」

 

 

 セラリアはホッと息を吐いていた。彼女は自分だけだと思っていたのだろう。

 残念だが、君だけだよ。そんな男のハートをど直球でぶち抜く武器を持っているのはな。

 セラリアはベールを被り直し、立ち上がった。何も言わないまま、出口に向かっていくのを見て、俺は呆気なさを感じつつも、黙って寝っころがろうとした。そこで、セラリアは扉の取っ手に手を掛けたまま立ち止まり、俺に声を掛ける。

 

「ねぇ............寒くない?」

「布団をとった本人がそれを言うか?」

「............」

「............大丈夫だ。それにこの方が涼しくていい」

「そう...............おやすみ」

 

 セラリアの小さな呟きは、俺には届かず、セラリアは扉の向こうへ と姿を消すのだった。俺はというと、幻聴だったのか、と疑問を抱くが、とりあえず眠かったので、周囲を警戒しつつ眠りにつくのだった。ここは平和と言っても、紛争地域だ。警戒するに越したことはない。

 それにしても、昼間と今、どっちが本物のセラリアなのだろうか、二重人格で納得してしまいそうなほどまでに落差がある。そんな疑問 を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

第二章八話

《2日目》

 

 紛争地域、教会と屋敷の立つ森林。

 榊原亜音こと、俺がこの教会に来て初めての夜を過ごした次の日。

 朝から早く俺は子供達の手伝いをしていた。

 手伝いとは大量の洗濯物を干すことである。この教会には多くの子供達が引き取られて暮らしている。そうなれば、あらゆる運動量、物量が増えるのは自然なことだ。

 教会の右側面にちょっとした広場があり、そこに物干し台が置かれている。そこで俺は子供達と一緒に洗濯物をパンパンとシワを伸ばし、物干し竿にかけていく。

 そこで俺はやばい物を見つけてしまった。そのブツは、洗濯カゴにあった。

 黒と赤のレース、バキューム!!!

 

「こ、これは............もしや!」《セラリアの?》

 

 そこで隣にいる子供が俺に声を掛ける。

 

「あ それ、おばあちゃんのだぁ!!」

 

 はい、デンジャーと俺は静かに洗濯カゴに戻した。

 しかし、そんな俺に子供は厳しい発言をしてくる。

 

「何をしてるんですか?、干さないと洗った意味がないじゃないですか」

「あ、ああ、うん。............ついな」

 

 女の子はそう言い、バキュームを洗濯バサミに挟んでいく。

 俺はそれを見て吐き気を覚えるがなんとか平静に耐え、次の物を適 当に手に取るが、

 水玉の白いショーツ ーーーーーーって。

 

「子供のか.........」

 

 そう思うと自然に下着のシワを伸ばせることができ、洗濯バサミに挟もうと俺は手を動かそうとした。

 途端、俺の目の前を疾風の影が突き抜けた。追い風に視界を奪われてはいたが、それでも手に持っていたはずの下着のショーツが無くなっていることには気が付く。

 俺は両手に視線を移し、ついでに芝生の地面を見渡す。落としたのではないことを把握し、すぐさま風が吹いた方向に視線を動かすと、そこには顔を自身の赤い髪以上に染め上げていたセラリアがいた。

 その手には握り潰すつもりほどの迫力で、水玉のショーツが握られていた。おまけにセラリアの目は少し涙目だ。

 俺は馬鹿ではない。大体は察したので、なんとか被害を減らそうと声を掛ける。

 

「か、可愛い下着だな?」

「............さっき」

「ん?」

 

 セラリアはなぜか、フルフル肩を震わせ始め、顔を俯かせていた。

 俺はすぐに嫌な予感に刈られるが、時すでに遅しだった。

 

「さっき子供っぽいって思ったでしょ!このチンなし野郎!!」

 

 

 そこから一日期間の特別サービス〝鬼ごっこ〞が始まり、最終的にセラリアが根負けてして大泣きしてしまい、俺は罪悪感に襲われセラリアに謝ろうと近づいた。だがそれは罠で、顔面に本気のめり込みパンチを喰らい、俺は絶賛、 鼻血ブーブーになるのだった。

 そして、この日の夜は、俺の歓迎会として外でバーベキューをすることになっていたのだが、俺は火元を見る係になっていた。炭火の加減を確認しながら、歯ぎしりをする。別に自分の歓迎会なのに雑用という待遇に怒っているわけではない。 その原因は、お婆さんと俺の二人で火元を見ているので二台あるの だが、俺の前で俺の分の肉をかっさらっていく鬼が、俺の台に取り憑 いていたからだった。

 

「あのーセラリアさん ?........俺の歓迎会なんだけど」

「ああん?.........雑用は黙って、火だけを見てなさいよ」

 

俺は両手に軍手、右手に火ばさみトング、左手に団扇という完全装 備、食べる暇などない。

 つまり、言われたとおり黙るしかなかった。

 目の前でうまそうに甘味が効いた焼肉ダレをつけて肉を頬張る様は、俺に殺気を帯 びさせるのに充分だったのだが、

 

「おいしい〜 ふふ」

 

 セラリアの笑顔を見てしまうとその殺気も自然と萎えてしまった。

 それに子供達も幸せそうに食べていたので、余計に勢いも削がれていく。

 此処へ大量に食材を持って来て本当によかったと思いつつ、これだから人助けはやめられないと気合を入れて叫ぶのだった。

 

「どんどん食えよ!」

 

 俺は食べるのを諦めて、赤いプラスチックの箱を椅子にして座り込み、皆の様子を眺めていた。腹が減って胃がキリキリするのを我慢するのは骨が折れる。

 

「亜音.........」

 

 そこへなぜか、視線を合わせないセラリアが俺の横にやって来ていた。

 両手は後ろに行っており、モジモジと身体を少しよじらせている。

 

「もう限界か、鬼さん?」

「う、うるさい!.............はい、コレ」

 

 セラリアは肉や野菜が彩る『おそらく自分の皿』を俺に差し出してきた。

 どうやら、先ほどの俺と同じように罪悪感を感じて小さな優しさを提供したいらしい。

 だけど、俺の手は埋まっていた。

 

「また後で食べるから、セラリアが食べていいよ」

 

 セラリアも俺の両手を見て何かを悟ったのか、俺の右手から火ばさみを無理矢理奪い取ろうとする。

 

「あ、馬鹿!」

「あ、熱!......イッっ!」

 

 案の定、火元に近過ぎて、弾け飛んだ熱々の肉の油がセラリアの指を焼いた。

 

「馬鹿 、そんな態勢で無理に来るな!火に突っ込む気か!」

「ぅ.........うう......ひへぇ?!」

 

 俺はすぐにセラリアの指を口に含む。すぐに冷やさないと火傷の後がくっきり残ってしまうのだ。

 少し離れた所には大量の水が入ったバケツが置いてあるが、火元を離れる訳にはいかない。ここでできることをするしかない。

 

「あ............ああ.........、」

「...............よし、後はバケツに指から痛みがなくなるまで入れとけ、いいな?」

「....ぅ.....うん、分かった」

 

 セラリアは少し落ち込んだ様子で大人しくバケツが置いてある影に消えていった。

 その背を見送り、すぐに地面に置いておいた火ばさみを手に取った俺は、ついため息を吐いてしまう。

 正直にちょっと強く言い過ぎたことを反省した。

 だが医者の経験がある者からすると跡が残るか残らないかは、特に女性のケースの場合は敏感になっていく場合が多い。しょうがないとも思ってしまう所はまだ子供だなと再度反省するのだった。

 

 

 

 

 

 

第三章16

《一週間経過後》

 

 

「こら、そろそろ起きなさいよっ!」

 

 突如、女の叫び声が脳裏を突き抜け、顔のど真ん中に言語化不能な衝撃が迸った。

 これ自分じゃなかったら重傷レベルだよ、とか冷静に考えられるだけの余裕は一応あって、何より自分にはそこまでのものではない。だが、〝見逃せない事柄〞というものがどうしてもあるだろう。例えば、人を起こすのに全力で顔面にトンカチを投げるとか、殺す気しかないだろう。故に亜音は青筋を立てて瞬時に上半身だけを起こし、普通に我を忘れて叫んだ。

 

「イテ...じゃねぇ!.....おい、セラリアぁああああ!......起こすのに、トンカチを使う、ていうか顔面に投げんじゃねぇよ!殺す気かッ!!」

「だって、亜音に触れたら思いっきり投げられるんだもん、なら起こす方法は自然と遠距離からに」

 

 正直な所、トンカチを投げられたとしても小石を投げられた程度のものだが、いかんせん普通の人なら致命傷だ。故に理性を失ってマジギレするのはしょうがないはすだ。

 対して──────純粋な瞳に、舞い踊るキラキラ星──────喧嘩売ってるとしか思えなかった。

 亜音は寝床のそばに置いておいた大きなリュックサックより救急箱を取り出し、何重ものガーゼを鼻に押し付けて、その全てを赤く染めた後、鼻に丸めたティッシュを突っ込んで治療を終えた。

 少し熱を持った鼻をさすりながら、鼻声で亜音は吐き捨てた。

 

「しれっと言うなよ。............ったく、なんで俺がマジギレでツッコミしなくちゃいけないんだか、こんなの生まれて初めてだぞ............はぁ、かえりてーな」

「初体験ね、初々しい。キャハ!」

「うざ............マジでボコボコにするぞ?」

「ああ?.......ああん?!

 

 メンチにメンチを............もうヤダこんな朝。朝という時間はこんなにもゆとり感がなかったものなのか、本当に毎朝が時間が足りないほどに忙しい。シスターの服を纏い、シスターを自称しながらも悪魔のような所業しかしないアホ野郎をとっちめるのに、本当に忙しかった。

 教会の小部屋から亜音とセラリアがガミガミしながら睨み合いながら時には拳を交じり合いながら一緒に出てくる。

 そんな二人をほんわかな微笑みを浮かべるおばさんシスターが出迎えた。どうやら祈りを捧げていた途中であったようだ。──────普通に申し訳ない。

 亜音の顔を見て何かを悟ったのか、おばさんシスターはホホホと笑うと、言った。

 

「いいのよ、気にしなくて。所詮は神も紙なんだから」

 

 シスターおばさんはそう言って難しい言語が並んだ紙束を適当にぶら下げて乱暴に振るっていた。

 

(この人も大概だな.........)

 

 セラリアもセラリアで、一応祈りなさいとおばさんに言われてズカズカと〝お前は神より偉そうだな〞と思うくらい図々しく歩んでいき、十字架と人物像の前に立ったら立ったで柏手を二回打って合掌。そんな適当でいいのだろうか、神もおそらくこう突っ込んでいることだろう──────“誰にお願いしているつもりなのですか?アホですか?”と

 亜音は苦笑するしかなかった。

 しかしそんな彼女ではあったが、自分を驚かせるようなことを何回か言ってきたことがある。

 だが、それも──────、

 

「どうか亜音に天罰を、ははぁ〜〜〜我の神に祈りを」

 

 どこの悪の下っ端だよ!

 本当にため息しかリアクションできない。

 亜音はセラリアを無視し──────後ろから飛んできたトンカチを粉砕して教会を出た。とはいえ、出会い頭に、事故だったが色々触ってしまったし、接吻まで…………少し後ろめたさが……………ないな。

 今日も空は快晴、しかし何故か殺意色に染まっていた。さあてどんな仕返しをしてやろうか............ディザスターの申し子め。

 

 朝食を教会とは別の建物の屋敷で済ませた後、いつも通りの日課、 子供達の相手をしたり、洗濯を手伝ったり、狩りをしたり──────その裏ではまた別のこともしていた。

 この辺、十キロ圏内は森林に囲まれて小さな川がそれを両断して一種のオアシスを築いているが、一歩森の外を出たら、砂漠地帯が広がっている。亜音はそんな広大なオアシスを走り回り、最終的には外郭を一周して敵がいないかを探索する、亜音の足でも一時間以上掛かる作業だった。なにより子供達に変な恐怖を植え付けない為に皆には内緒の作業、暇だから散歩とも言い訳を用意していた。だが、初日から含めて毎日その作業から帰ってくると、屋敷の入り口前でセラリアが頬を膨らませて待っていた。

 

「............お疲れ様、フン」

「.........ありが、ふんだ!」

「〝今日〞は少し遅かったわね......ふぅーん」

「............私も.........その、一緒に.........な、なんでもないわよ!ふんっ!」

 

 そして今日は、

 

「............どうして私に...もういい!」

 

 本当に不器用だな、と亜音は笑って屋敷の中に戻っていくセラリアを見送った。

 だが、そんな不器用な所を毎回見た亜音は決まって、〝自然〞と胸を押さえて小さく笑った。

 

「ったく............」

 

 ──────ただ暴力を振ってくる子供、だったら楽だったのに。

 亜音にはわかる、彼女は自分に歩み寄ろうとしてくているのだと。

 言いようのない暖かな感情を亜音は、その場に立ち尽くしてほんの りと味わうのだった。

 そんな作業を終えて、夕方頃になった後も亜音には仕事があった。亜音は暇そうに屋敷内や教会内、建物の外郭を歩き回り、観察していた。いわゆる老朽化している所を探していたのだ。一応、そういう専門の本を読み漁ってからここに来ているので最低限は把握できていた。

 亜音はそんな老朽化を見つけては静かに作業をこなして、建物を修繕した。ないよりはマシな程度ではあるが、もう何十年かは持ちそうな所まで立ち直り、亜音はその作業の全てをちょうど、今日終わらせた。これもまた皆には内緒で、彼らにお礼ができる余裕はないから、気を遣わせたくなかったのだ。

 だが、そんな亜音を教会の小部屋、現在は亜音の自室で出迎えたのはやはりぶっきらぼうな顔をしたセラリアだった。偉そうに丁寧に畳んでおいたはずの布団の上で踏ん反り返っている。

 

 亜音は小さくため息をついて、

 

「またイタズラか.........そろそろ七月の中旬も過ぎる、もうやめ」

「うるさいわね、蹴るわよ?!」

 

 そう言ってセラリアは石を投げつけてきた。

 亜音は余裕で交躱しながら、頭を振り、部屋の隅にリュックを下ろす。

 もうツッコむ気にもなれなかったので無視することにしたのだ。

 

「............ねぇ、私の部屋に入った?」

「え?」

 

 突然の問いに胸がドキッと跳ね上がった。

 やばい、バレたら血祭りが開催される。故に亜音はクールに決めようと──────が、セラリアはスクっと立ち上がって亜音の横を沈黙して通り過ぎて行った。

 

「............セラリア?」

 

 え??何もしないの と自問。

 亜音は少し怪訝そうな表情でセラリアの背中を見つめ、セラリアは扉の取っ手に手をかけて不意に立ち止まった。

 そして今まで見せたこともないような女神の笑顔を不器用に作っ て、

 

「あ、ありがとう............おかげで、隙間風に悩むこともなく眠れるようになった......そ......それだけよ」

 

 じゃ、と言って姿を消したセラリア。

 亜音は信じられないとでも言うかのような表情でその場に立ち尽くす。

 そしてこの部屋は暖房もクソもないので肌寒いが、亜音の体は今、 とてつもなく火照っていた。

 ──────そっか、そっか、そっか、と呟きながら亜音は遠い過去を遡り、ふと微笑みを浮かべながら頬を一筋濡らした。

 亜音の頬を伝ってポタポタと雫を静かに床へ落ちていき、温もりは 雨がやむまで残り続けるのだった。

 

 

 

 

 

第三章6

《一週間経過後》

 

──────紛争地域、教会と屋敷の立つ森林。とある倉庫。

 

「やばい、そろそろ食料が底を尽きる…………っ、」

「すまないねぇ、子供達の人数も多いから…………」

 

 シスターおばさんからの謝罪に、いえ、と軽く返事をしながら、唸る。

 何せまだここに来て、いち二週間も経っていない、にもかかわらず、1ヶ月分の食料が吹っ飛んだ。

 あとは元々自分が来る前に貯蓄に回されていた加工系食品や保存の良いものだけ。

 あまりの速さに、よほど俺を追い出しいたいのか、と心の中でぼやいていた。

 食糧庫の扉を閉め、シスターおばさんと話しながら、教会の方へ歩いていく。

 

「そちらの方で援助の伝手は?」

「うーん、………むずかしいだろうねぇ。なにせここまで来るには中々に骨が折れる、」

 

 顎をさすりながら、子供達を一瞥するおばさん。

 その目は本当に子供達を思っている優しい目だった。

 どうにかしてあげたい、と考えをまとめた、その時。

 俺の視界が真っ暗になると同時に、顔面に走った衝撃で軽くのけぞった。

 

「…………………、」

「おやおや、物騒な流れ弾だねぇ、」

 

 何を呑気な、と。

 これほど穏やかな殺意をいだいたことがあっただろうか。

 顔面にへばり付く泥が、口の中に入ってくる。

 俺は無言で、唾液と一緒に砂を吐き捨てた。

 静かな怒りを纏って、犯人を気配で探すが、あらやだ、あちらから来てくださったようだ。

 

「バァあああアカ!!アハハハ、ウケる〜ウケる〜ッ!」

「セラリアちゃん、あんまりはしたない笑い方しないの」

 

 おいおい、シスターおばさん、開口一番怒るところ其処ですかー。

 と、突っ込みながら自分のハンカチで顔の泥を拭っていく。

 拭おうとするたびに口に入る泥はとりあえず無視し、顔の泥を拭い終えたら、唾と一緒に吐き捨てる。

 

「ぺっ、ぺっ、ぺっ!ったく、セラリア姫?このような物騒な流れ弾もございます、早々に屋敷の中へひっこんで、じゃなくて、引きこもっていただけますか?」

「ああ?何いちゃってんの?あなたと違って私は強いの!わかる?それに私には絶対に当たらないわ?なぜか知りたい?知りたい?」

 

 うふふふ、と笑いながらドヤ顔のセラリア。

 聞かないと話が進まなそうだ。

 

「ワタクシ、シリタイデース」

「そう知りたいんだぁ!なら教えてあげる!──────私が投げる側で、あなたが当たる側だからよ!!」

 

 頭の悪い貴族のクソガキ娘のような模範的な回答。

 ブチっと、頭の血管が切れそうだった。

 手にナイフがあったら、顔面に躊躇なく刺していたところだ。

 

「あぁ神よ、なんでこんな子に育ってしまったの、か」

 

 シスターおばさん、あんたもグルか?ああん??!

 とりあえず、これ以上この件を引っ張っても俺だけが面白く無いので、話を戻そうとするが、

 

「とりあえず、シスター。食糧の件に関しては──────」

「あらちょうどよかったわぁ〜二人の“相性”と“仲の良さ”と“足”があれば、買い出しもへっちゃらねぇ〜!」

「カイダシ??なにそれ!新しいアニメ?!」

 

 おっかしいなぁ、シスターおばさんの言っていた条件、二つも最悪なのに。

 事実を捻じ曲げられている、冤罪ってこんな感覚なのだろうか。一種の諦めという奴だろう。

 ちなみに急速に進化?悪化している?セラリアの性格と口調だが、俺が持ってきた娯楽、アニメ映像によるものだった。

 なら、俺が悪いと最初は少し思ったが、勇者とヒロインの影響を受けた他の子供達を見ているとアレおかしいなぁ、俺がわるいのかなーっておもってしまうのだ。

 好き嫌いはしない、行儀良く食べる、いじめはしない、とかねー。

 なのに、なのに!!あのクソガキは日に日に馬鹿になっている、唯我独尊。問題児まっしぐらだ!シスターおばさんも呑気に、げんきにそだってくれてるわねーとか頭の中、お花畑か!!

 前なんか、いじめっ子の真似をして、俺の部屋の扉を開かないようにして、仕方なく扉を壊して出れば、タイミングを狙ったようにチクリ、シスターおばさんや子供達から説教を受ける羽目になった。

 もうアイツがなにを考えてるか、俺にはわかりません。最初のドキッを返して欲しい。

 

「おーい!なにブツブツ言ってるの!病気?」

「病気じゃねぇわ!!少し待ってろ!………………本当に二人で行かないと行けないんですか?」

 

 少し本気で怒鳴り、セラリアを待たせる。

 シスターおばさんに問いかけながら、横目でセラリアを見れば、頬を膨らませながら石を蹴っていた。

 

「……………」

「この辺の土地は、人攫いや殺人、薬と治安が悪い。俺一人ならまだしも、」

 

 先進国は平和だ。

 其処へいく、というのであればここまで否定的ではない。

 だが、紛争地域は憎しみ、怒り、焼けた肉の匂い、鉄の匂いが漂い、対話が成立しない世界だ。

 隙を見せれば、一つの街が戦場になり、巻き込まれてしまう。

 特にセラリアは、内面はともかく、外見は美麗だ。──────金になる、捌け口にもなる。

 ピラニアの池の中に血だらけで突っ込むようなものだ。

 たが、それでもと、シスターおばさんは伏せていた目を、空に向ける。

 

「“セラリア”はまだ何も“知らない”、見れていないの…………“私”とは違って」

「………それは、どういう」

「セラリアちゃんは“記憶”がほとんどないわ、何処で生まれたのか、何者なのか、“何年”生きていたのか──────彼女の世界は此処だけ」

「記憶が、…………ない?」

 

 以前、月の兎にまつわる者かもしれない、とは聞いていた。

 そしてそれをみんなに隠していることも。

 ──────本当に無いのか、それとも、そういうことにしているのか。

 ちらっと、横目でセラリアを見る。

 

 ──────地面にある砂をかき集めて、何やら丸めている。

 

 いや、あれは本当に無いな。あったら、マジで親を呼べ。

 奴は危険すぎる。

 

「だったら、尚更一緒になんて、」

「──────なんで、彼女だけあんなにも違う方向に影響を受けているのか、分かりますか?」

 

 確信しているかのようにおばさんは、俺に問いかけてきた。

 いやわからんよ?なんで顔に泥を掛けられてるか分かる??わからなーいよね?

 

「ワカリマセン」

「フフははははは」

 

 俺の無表情な即答に、シスターおばさんはなぜかツボったように笑っていた。

 そして笑いながら優しい目で、セラリアをみつめると、

 

「まぁ、貴方からしてみれば最悪ないたずらっ子に映るでしょう。でも、私には──────“自由奔放”な子供にみえるのですよ」

「自由奔放、ねぇ」

 

 確かに彼女は何処か、縛られることをいつも嫌がっていた。好き嫌いもよくする、食べ物も人もねー!

 決まりも約束も嫌がった…………よくないね!

 納得のいかない表情の俺に、にこやかな笑顔を見せながら、お金の封筒と買い出し先の位置のメモを手渡してきた。

 

「どうか、彼女を、セラリアちゃんをお願いします……………っ」

「……………、」

 

 シスターおばさんの真剣な表情と言葉が重い。

 どうしようか、とそれでも悩むそぶりを見せれば、シスターおばさんはウィンクもつけてきた。

 これ以上、正直このウィンクは見たくはない。

 

「……………はぁ、分かりました。」

 

 とりあえず、封筒とメモをポケットに入れる。

 うんうん、とシスターおばさんは満遍の笑みで軽快にうなづいていた。

 これは色々と練らんとなぁ、と頭を掻く。

 そんな俺をその場に置いて、セラリアの元へと歩くシスターおばさんがふと空を飛ぶ鳥達を見て、足を止めた。

 

「きっと必死に抗い、色々なもの見て、ぶつかって、…………自由に生きることで、記憶のない鳥籠の世界から抜け出そうとしているのかもしれないわね」

「……………え、」

 

 どういうことだってばよ、と。

 シスターおばさんを追いかけようとした、その隙を狙ったかのように、俺の視界に迸る衝撃と泥のねちょねちょ。

 俺はのけぞることすら忘れ、非常口のマークのような姿勢のまま固まるのだった。

 

「あんま効いてないっぽいわね〜、ねぇおばさん!鉛とか余ってなーい?!」

「あら、セラリアちゃん、もう鉛に興味持ったの〜!すごいわね〜!」

 

 最近、俺の性格が変わってきたとすごい思う。

 何せ心の中で、本当にこいつらの頭の中、ネギでも刺さってんじゃねぇか、て暴言をほぼ毎日吐いている。

 そんな気がする、いや間違いなく毎日だな。

 少しデートの予感とか思っていた、俺の未熟さを呪いたい。

 

「戦争がしたいのかアンタたちはッ!!」

 

 こうして明日から三日間にかけて、俺たちのデート・オア・アライブが始まる。

 さあ、俺たちの戦争《激戦?デート?更生?》を始めよう!!

 とはいえ、本来の目的は生命線の確保、食糧の調達である。

 いかんいかん、我を忘れるところだった、とセラリアの頭を瞬足で掴み、握り潰しながら安堵の息をこぼす。

 

「あいててててていだだだだぁあああああ!ァアアアアアアアアアッ!」

 

 あー気持ちいい、とセラリアの頭を掴む腕の力を強めながら、口角を思わずあげてしまう。

 とりあえず家に帰ったら、精神科行こうかなぁ、と空を爽やかに仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章十一

《7月末ごろ》

 

 

XXXの紛争地域、教会と屋敷の立つ森林より、少し離れた河川。

 

 七月末頃。

 大きな岩に、俺、幼い女の子、セラリアの三人が並んで座り、川に向かって釣り糸を垂らしている。手作りと一目で分かる、竹の竿を手に持ちながら。

 俺の目の前に流れる川は、森林を横断して貫通している割にはとても大きく、横幅、向こう岸まで約三十メートル以上ある。けれど、流れは豊かなので、皆で泳ぐには最適な場所である。この前も皆で泳いだものである。その時に見せ付けられたセラリアの爆弾ボディを時々思い出す。特に歓迎会バーベキューの次の日に魅せたものは衝撃的だった。俺がセラリアにキツく言った事を本人に謝ると、嬉々にセラリアは自分を引っ張り川で泳いだのたが、その際のセラリアは途轍もなく機嫌が良かったらしく自信満々に白 いビキニとグラマーなボディ、濡れる赤い髪とウサ耳を見せつけてきた。

 

『お、お礼よ!ど、どうよ、この完璧な』

 

 そこで冷静に俺は、

 

『案外、単純なんだな、セラリアって』

 

 少し照れ臭く悪態ついてしまい、俺は川に沈められそうになった。

 それでも、やはり記憶には残ってしまうものらしく、何回も写真に残して置けばよかったと後悔した。それほどまでに彼女は美しく、可愛い“笑顔”だった。

 俺は視線を川に映る眠そうな自分に移したとこで欠伸をし、溜息を勢い良く吐いた。

 理由はこの灰色の、雨が降りそうな天候と釣りの成果が今の所ゼロということもあるのだが、一番の理由はーーーーー昨夜見た夢、確かに夢なのだが、それは現実に起きたことだった 。

 今日見た夢はーーーーーーー俺が中学二年の冬休み、初の、しかも麻酔なしの手術を成功させた本当の出来事。だが、麻酔なしとは言うものの、あの時の黒人の少年はもう痛みすら感じないほど重体で意識は無かったから、大して麻酔ありとは変わらなかった。 そして、成功したのは俺の中では当然、というより実感が何も無 かったから当然のようになってしまった、という方が正確だろう。 それは当然といえば当然だ。

手術後ようやく自分の顔、両腕、白いワイシャツが大量の赤い血で 塗りつぶされている事に気が付いたのだ。もはや別の誰かが代わりに手術を施してくれたような気さえしてくる。

 そして、何より医者の免許もない、手術の練習をしたという裏付けもない、手術中の時も反射的に意識を浮かせながら手術をしていたし、これまでも両親の手術や、紛争地域での手術に立ち合わせていただけであり、医療の本から適当に知識を詰め込んだのみーーーーーーー実感なんて湧くわけも無かった。それに自分はその時まだ中学生だった。湧く方がおかしいのかもしれない。加えて自分自身、みんなとは違う、自分の異質さには自覚があった。

 俺は中学二年の春より世界をボランティアという形で回ってきたが、その時すでに日本語を除いた三ヶ国もの言語を理解し会話できていた。まだまだネイティブにはいかない時もあるが。さらにこれまで自分に授業をしてくださった多くの先生方が自分の学力を目の当たりにして、その場ですぐに脱帽していた、と思う。だからさすがに技能、内面や性格も、周りとの違いはすぐに自覚できた。

 ーーーーそんな夢を見たせいで中途半端な時間帯に跳ね起きてしまい、寝不足だったのだ。 釣りという名の睡魔も強力なもの、欠伸をしてしまうのも、ため息をついてしまうのも、仕方ない事である。

 俺はそこで、視線を横に動かし口を開く。

 

「今日は諦めよう、そろそろ雨も降りそうだしな」

 

 でも、白いシスター服のセラリアと活発そうな女の子は精神が強いのか、慣れているのか、川から一度も目を離さない。セラリアはそのまま、返事をした。

 

「なら、先に行ってて。私達はまだギリギリまで粘るから」

「そうか..................わかった。じゃあ、できるだけ早く帰って来いよ」

「リョーカーイ」

 

 本当に了解したのか?と俺は不安になるが、とりあえず眠い。

 俺は屋敷の小部屋で一眠りすべく、林の奥へと戻っていった。

 

XXXの紛争地域、教会と屋敷の立つ森林より、少し離れた河川。

 

 

  亜音が去って、二時間近く経った頃。

 まだ残っていたセラリアと女の子は、身体をピクリともしないで川の一点を見つめる。

 そして、ついに女の子の釣竿に手応えがあった。ピクピク糸が引かれ、竹の竿が弧を描くようにしなる。しかし、釣り上げ、細い糸を手で手繰り寄せると、先端には針のみしか残っておらず、エサだけ取られてしまっていた。女の子はあからさまに落ち込んでしまい、ため息をつくが、そこでセラリアが義理のお姉さんとして笑顔で言う。

 

「大丈夫......もう一度だけ頑張ろう!」

「.........う、うん 頑張る!」

 

  女の子はそう言うと軽やかに大岩から飛び降り、大岩のすぐそばにおいてあった青いエサ箱に手を掛けようとした。

 だが、事態は最悪な方向に動き始める。

 

 

『ひゃあっはっはっは!捕まえたぁぜぇえ!子猫ちゃぁん?』

「いぁ.............いやああああああああああああ!!」

『子猫ちゃん静かにしないと、頭に風穴空いてーーーーーー死んじゃうぞ?』

「っ、...........ぅう」

 

 セラリアはとっくに釣竿を捨て臨戦態勢に入っていたが、平和ボケして油断していたのが仇になった。

 女の子は、ボロボロの迷彩服を着た中年の坊主頭の男性軍人に、黒い銃の銃口を頭に突きつけられて泣いていた。

 セラリアはその様子を見て盛大に舌打ちする。

 人質を取られては反撃する事はできない、それどころか、下手に動く事もできない。

 そして、さらに状況は悪化していく。

 

『こいつはいい女が居るじゃねーか!シスター服はそそるよなぁ?』

『へへへ、ぼ、僕は小さい女の子の方がいいなぁ、早く貪りたい、ぎひひ』

『ロリ趣味とか理解できねぇが、そのおかげであっちの女は二人で頂けそうだぜ』

 

 坊主頭の軍人以外に、二人がそこへやって来たのだ。

 セラリアを見てしゃべったのは、赤い帽子を被ったヒゲ面のボサボサ髮の男。

 人質に取られている女の子を見て獰猛な笑みを浮かべるのは汗臭そうな肥満の男。

 加えて彼らが交わしている言語はこの辺の国の言葉ではない、おそらく犯罪組織側の流れ者の可能性が高い。

 こんな奴ら、いつものセラリアなら瞬殺できるのだが。

  坊主頭の男は苦悶な表情を浮かべるセラリアを見て、さらにいやらしい笑みを深くする。

 そして、セラリアの隠しきれない女体と美貌を眺め、口を開く。

 

『さあて.........こっちは色々と溜まっちまってんだ、その体でたっぷりと慰めて貰おうか。それと言わなくても分かるだろうが、余計な事はするなよ?女の子の頭がすっ飛ぶぜ?』

 

 そう言うと、女の子のこめかみに強く銃口が押し付けられ、女の子は小さく声を漏らす。その際、ついでに坊主頭の軍人は女の子の口に手をあてがい黙らせる。

 そこにもう一人、ボサボサ髮の軍人が付け加えるように、セラリアへ告げる。

 

『大丈夫。ちゃんと優しく、激しく、気持ち良くしてあげるからよ〜』

 

 獰猛な笑みといやらしい視線に晒されたセラリアはただ黙って従い、大岩の上でへたり込む。

 女の子も目を伏せて涙を流すことしか出来なかった。

 でも、セラリアは反射的に一つの名を心の中で呼んでいた。

 

 

(亜音......亜音..................亜音っ!)

 

 

 助けて。

 

 

 

 

第二章十四話

《7月末ごろ》

 

 XXXの紛争地域、教会と屋敷の立つ森林より、少し離れた河川。

 

 

 ウサ耳を内緒にしていたセラリアだったのだが、皆とっくに気づいていたらしい。

 そして、シスターおばさんが子供達に口止めしておいてくれたそうだ。いつか、自分から言ってくれることを信じて。

 セラリアは泣き崩れて、ワンワン泣き、俺はそれを優しく抱きとめた。その様子を見て、俺は良かったと思った。なぜなら、俺がセラリア に言ったのだ。自分から言った方がいいと。でも、言うように勧めた、といっても不安が一切無かったわけではなかった。だから、とりあえずは一安心である。

 その後、シスターのおばさんは頬を赤く染め、子供達も俺たちを新婚さんのように煽った。

 そのおかげでセラリアは冷静になり、俺の首を締めにかかったのだが、いかんせん、セラリアの胸は爆弾級、マシュマロみたいに柔らかく張りがあって高反発、俺の頬は自然と紅くなる。それに気付いたセラリアも赤い髪のように、頬を紅潮させ、肉弾戦闘へと移行するのだった。

 皆が笑い、俺達はコメディのように鬼ごっこをする。 そんな幸せが俺が去るまでの間、ずっと続くと思っていた。

 

 だがそこでーーーーー晴天の世界は歪み、あの日へと姿を変えるのだった。

 

 結論から言うと、間に合ったと言うべきだろうか。

 服は刃物で破られたかのようにボロボロ、頬は叩かれたように赤く腫れ涙で濡れていたセラリアと女の子は先に教会へ帰らせておいた。

 本当は自分が教会まで慰めながら連れて行きたかったのだが、今はやることがある。でも、不安が募っていく。俺はそう思いながら少量の雨が断続的に降り注ぐ森林の地を歩く。俺の視界の先には、逃げ惑う三人の“ネズミ“。肥満の男と坊主頭は下半身を曝け出し、もう一人はナイフを持って走っていた。

 俺の手には、天下五剣の一振り、〝鬼丸〞が抜かれていた。シンプルなデザインの刀だが、とてもよく斬れる名刀、俺の愛刀である。

 天下五剣とは、数ある日本刀の中で室町時代頃より特に名刀といわれた五振の名物の総称。

 俺は一度、ポツポツと雨を降らす灰色の空を見上げる。そして、ゆっくりと逃げ惑う三人の背に視線を向けた時にはもう、 俺の目には殺意しかなかった。

 緊張した状況では、感情を殺すというより現実を遠ざける感覚に近い。俺はただ単純作業のように、力を全身に込める。途端、俺の足元から地面にヒビが走る。逃げ惑う男達にとっては、一瞬だったろう。軍人達は痛みも、後悔も、もう感じることはない、全員揃って首が宙に踊っていた。血の噴水が綺麗な水音を奏でながら湧き上がる。俺は刀を軽く振り、刀身についた血を払う。その後、慣れた手付きで元の鞘にカチンと抜き身を収めた。同時に後ろから誰かの頭のような、何かが落ちて地面を叩いたような鈍い音が聞こえ、その後に三人の身体が地面に倒れ伏した。

 俺の顔は少しばかり生暖かい赤い血で塗られ、そこへさらに雨粒が混ざっていく。

 後ろへ振り返ると、水溜まりが深紅に染まり、首が三つ、身体が三つ散乱していた。

 自分はこれまで明確な殺意を持って人を殺したことはない。実践は何回も経験はしていたが、命まで奪ったことは一度もなかった。実践を知り、人の殺し合いをこれまで何回も見て来たせいか、いざ、人を殺す時、心を押し殺し躊躇なく刀を振るって首を落とすのは、案外簡単だった。

 俺は最後に、赤い鬼火を周囲に顕現させ、死体を火葬する。雨に打たれてもその火は消えない。焼け石に水、もはや、燃え盛る隕石に水ぐらいの差がこの火と雨の間にはあった。俺はその火を見て思う。ここが日本だったら、俺は犯罪者であり、完全犯罪がいとも容易くできてしまうなと。俺は今ごろ自分が途轍もない程の化け物だという認識をした。

 自分は認識し自重しなければならない。でないといつか、人を斬る、人を殺すことに慣れてしまい、自分で気付かないうちに、人を救う医者、救済者側から堕天し、

 

 

 

 ただの殺戮者になってしまうのだから。

 考える事をやめ、殺意に従い人を殺すマシーンの完成だ。

 死体が骨も残さず灰となり土に還ったのを見送った後、俺は顔に付いた返り血を洗い落とすために河川にやって来ていた。岸辺に膝を付けて屈み、少し淀んでしまっている川の水を手ですくい上げ、顔に何回もぶつけて洗う。少し砂利ついていたが、血よりはマシだと我慢した。

 

 ふと俺は思った。

 逃がせば良かったのではないか、と。

 だが、すぐに自分で撤回する。 教会の場所を知られた可能性、人がここにいる事を敵軍に知られた以上、殺すしかないのだ。そのまま、生きて返せば、教会が血の海になることは目に見えていた。

 だから、自分は即断で軍人たちの首を切り落とし、痛みも感じさせず、それがせめてもの優しさだと、刀を振るったのではないか?、そう自問自答をする。

 

 

「人を助けに来たのに………………殺すことになるなんてな」

 

 皮肉げに呟く。

 今頃、襲われた二人は教会で怯えているだろう。こういう時こそ、年齢的にお兄さんである俺が慰めに行かなければならないのに。

 雨に隠れて涙を流し、曇天の空を仰ぐ事しかできなかった。ふと、自分の両手に視線を落とし、立ち上がる。

 血は全く付いていない。でも、確かに罪を着たような赤い血が両手を汚していた。あの時、以来だったと思う。手が赤で埋まるほどに汚れたのは。あの、初めて手術を成功させた時、だけど、今回とその時とでは、汚れた赤い手の持つ意味合いは全く別物だ。

 前回のは、人の命を助けた証、ならば。

 今回浴びた血は人を助けた証ではなくーーーーーー命を奪った証だった。

 思考は真っ白、いや真っ黒というべきだろうか、考える余地さえない。ただ罪に汚れ、涙を流す事しか、自分に許されていないかのように。胸の中にぽかんと穴が開いてしまったようなーーーーーーーー。

 だから、俺はーーーーーー荒れ始めた川に歩み、身を投げてしまったのだろう。

 途中、声が聞こえた気がしたが、振り返る、立ち止まる選択肢はなかった。

 もっと息苦しいと思っていたが、綺麗に瞼を閉じれるほどに安らかに眠れそうだった。

 解放された、“世界との戦い”から、“救世主としての重責”から、ようやく解放される、“もう誰も失いたくない”。これで………終わるんだ。

 俺は意識を閉ざし、流れに身を任せるのだった。

 

 

 意識が完全に回復した時、俺の目に映っていたのは、互いの鼻と鼻がくっ付きそうなくらい近くにあるセラリアの顔だった。

 そして、セラリアの柔らかい唇が俺の口に添えられていた。マウストウマウス、ではない。普通のキスである。

 俺は目が点になるほど驚愕し、セラリアはゆっくりと瞳を開けて、 儚げに揺れる目、頬を少し紅く熱を帯させたような顔を俺に見せてくる。そして今、ようやく岸辺で自分がセラリアに膝枕されているのに気が付いた。

 そんな時、ふと小さな声が耳をくすぐった。

 

「………ヤ」

「……?………セラ」

「イヤ、 ……死んじゃイヤだよ………死んじゃイヤなの………ぅ」

 

 セラリアは言葉にできない思いをなんとか言葉にしようとするかのように声を絞り出し、一変して、涙を流して泣き始める。忍び泣きが嗚咽に変わり、ぽろぽろ涙が零れ落ち、うわづった声を漏らす。セラリアの瞳が悲しみの色で染まり、目がしぼんでいく。

 そんなセラリアの涙が俺の頬を打ち、皮肉にも俺の身体にそれが一番よく効いた。

 虚無感で満たされた虚ろな心に、熱が戻ってくる。

 俺は儚げに笑い、言葉を紡ぐ。

 

 

「…………ありがとう」

「…………あんぽんたん、」

 

 セラリアはしわくちゃな顔で笑う。

 その笑顔を見て、ふいに寂しさを感じた。

 俺は自然とセラリアの頬に右手を添え、優しく撫でる。

 その行動にセラリアは目を見開いて驚くが、すぐに優しい笑顔を浮かべる。俺もそれに釣られるように微笑む。

 俺とセラリアは自然と唇を重ね、今までしてきたキスより、とても深くキスをした。悲しみを分かち合うために。

 濡れた赤い髪を撫でながら、俺はただ、セラリアの温もりを感じていく。セラリアもそれを受け入れるように強く俺を抱きしめ、背中をさすってくれた。

 だが、血の記憶が俺を正常にもどす。

 俺は顔を離して起き上がり、セラリアに背を向けたまま声を掛ける。

 

「…………こんな汚い手で、君にもう触れたくない…………帰ろう」

「イヤだ」

 

 即答かよと、ついツッコミそうになるが堪えて、震える声でセラリアに言う。

 

「ごめん、俺は」

「何も言わなくていいッ!」

「だが、これ以上」

 

 そんな俺の口をセラリアは回り込んで強引に塞ぐ。さっきの俺より積極的に唇を重ね、舌を入れてくる。

 ただ二人は“慰め合いたい”それだけだった。

 だが、俺はこれ以上我慢できそうになかった。………誰よりも君のことを愛してしまう。

 だから、俺は少々手荒く、セラリアの首裏に手刀を入れる。

 

「うっ!……あ……のん………」

「おやすみ、セラリア...............ごめん」

「.........ぃ、や」

 

 セラリアはゆっくりと俺の胸に倒れ込み、俺はそっと抱きしめる。

 それを境に雨は強くなっていく。目を開けるのも辛いほどに。

 俺は優しくセラリアをお姫様抱っこで抱えたまま立ち上がり、教会まで駆け抜けるのだった。

 教会へ帰ると、シスターのお婆さんが屋敷の玄関先で雨宿りしながら待っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が起きないまま、お婆さんにセラリアを預け、俺は先にお風呂に入る。

 心も身体も温まり、外見の汚れは落ちていったのだが、血で汚れた手にはあまり意味を成さなかった。

 お風呂から上がり、パジャマを着て洗面所を出ると、

 そこにはーーーーーーセラリアが後ろに両手を隠して俯き立っていた。

 俺は咄嗟に少し肩を揺らすも、重たい空気を押し退けながら静かにその横を通る。

 その時、少しだけセラリアの肩が震えていたように見えたが、俺は見なかったことにし、その場を後にした。

 次の日も、その次の日も、俺達はすれ違っても一切会話をすることは無かった。

 

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