ちょっとふしぎでちょっとへんてこ、そんな幻想郷。

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うみのひ

 例えばの話だが。

 

 幻想郷に海はあるかと訊ねた場合、問われた人妖の十中、八か九までが「ない」と答える。残りの二の内の一は湖ならあると答える。さらに残った一についてだが、これは質問者が人間かつ返答者が人外の場合、問われた側が問うた者を驚かせようと無駄な努力をしたり襲いかかったりしてくるので状況に応じて驚いたり驚いたふりをしてやったり逃げたり追い払ったり丸め込んだりに忙しく質問にならない。

 

 とはいえ不毛な質問ではある。山に囲まれた隠れ里のようなところにそんなもんあるわけがない。

 

 しかし海を見たことがあるかという質問に対する答えはどうかといえば、これが奇妙なことに十中六か七までが「ある」と答えたりするのだ。なお残りの三か四の内、さらに一はやはりと云うべきか話も聞かずにこちらの頭に齧りつこうとしたり手足にかぶりつこうとする輩なので逃げ足か腕っ節のどちらかに自信のある者は相応した対処を取るがよろしい。

 

 在りもしないものを見たことがあると言う。前後矛盾(ぜんごむじゅん)もはなはだしい話ではあるが、しかしてそれを、おかしいだの理屈に合わぬだの問い詰めるは愚かしい。むしろ珍奇な生き物を見るような顔で返されるばかりだろう───それの一体、なにがおかしいのか。

 なにせここは《幻想郷》。本来ならば在りもしなけりゃ有りもしない、そんな輩に物どもが売るほど飽きるほど捨てるほど彷徨(うろつ)きのさばる場所である。ないはずの“もの”のひとつやふたつ十や百、あったところで不思議でない。

 

 つまるところ、これより先の話にしたところで《幻想郷》に住まう人々と人外共にとってはささやかな日常の風景でしかないということである。

 

   *

 

「……あー? なんだこれ」

 

 その日の朝、目を覚ました博麗の巫女が発した第一声がこれであった。

 

 花も恥じらう乙女の寝起きとしては、あまりにもあんまりな気もするがそれも仕方なしと大目に見るべきではある。なにせ目を開けたら視界が、まるで白煙のような濃霧によって真っ白に染まっていたのだ。そりゃあ、こんな声も出ようというものだ。寝床から身を起こした博麗の巫女は半眼の視線を霧に包まれた寝室へと巡らせた。胡乱げではあるものの驚いた風でないのはさすがというべきであった。あるいはまだ寝惚けているせいで頭がよく回っていないのかもしれないが。

 

「最近は静かだったけど、またぞろ異変でも起こったのかしら」

 

 めんどくさいわねー。ひとくさりの文句と一緒に“ふぁあ”とあくびをこぼして少女は起床する。今日は一日、忙しくなりそうだ。

 

   *

 

 床を片付けた少女は神社の片隅にある台所に向かった。音に聞こえし博麗の巫女といえども腹が減っては戦もできぬは常人と変わりない。かまどに火を入れ、慣れた手つきで朝餉の準備をしていく。

 しばらくして、支度を終えた少女は居間に料理を運び、少し前から一緒に暮らしている小人の少女を起こしてやり一緒に朝餉(あさげ)をとった。今朝の献立は豆腐と油揚げの味噌汁に刻み葱を混ぜ込んだ炒り卵、これに小茄子と胡瓜の漬物が付く。

 漬物と炊きたてのご飯だけで生きていければいいのにな。そんなことを考えながら舌が焦げそうなくらい熱い味噌汁をすすっていると、小さな同居人が話しかけてきた。小人だけに小さな云々は喩え話でなく、手のひらサイズに小さい。

 

「ねえねえ、この霧ってやっぱり《異変》なの?」

「んー、どうかしら。《異変》というより“変”だけど」

「あのね、これ私のせいじゃないよ」

「判ってる。そんなことより出かけてる間のお留守番お願いね」

「はーい。ところでそのお漬物、少しちょうだい」

 

 あいよ。短く応え、巫女の少女は胡瓜の漬物をつまみ、小人の少女の口元まで運んでやる。これが他人の頼みなら断るところだが、どうせこの少女では半切れも食べられないので気前が良くなろうというもんだ。

 

   *

 

 食事を済ませ、片付けの後に食後の茶なぞを喫しているところで客人が訪れた。

 

 客はモノトーンのエプロンドレスに真っ黒なとんがり帽子という、おとぎ話に出てくる魔法使いを可愛らしくアレンジしたような装束に身を包む少女の姿をしていた。ご丁寧なことに箒まで手にしているときたものだ。

 少女は巫女の知人であった。石を投げればファンタジーな輩に“こつん”と当たる幻想郷にあってさえ珍しい、古式ゆかしい魔女的スタイルをつらぬく彼女は見ての通りに《魔法使い》を稼業としている。友人というほど仲が良いわけではないし、時と場合によっては商売敵として弾幕を叩きつけ合うこともあるが、それでも付かず離れず距離を保った腐れ縁。そんな程度の間柄。

 

 緩く波打つ金の髪、透き通るような白い肌、琥珀の煌めきたたえた瞳という、魔女にたぶらかされる乙女の役柄こそが似合いそうな風体の少女は“にか”と笑ってみせた。

 

「や、おはようさん───などと言うにゃ、ちと遅いかもしれんけどな」

 

 瑞々しく少女然とした風貌からは想像もつかぬ、えらく“がらっぱち”な口調であった。黙ってさえいれば深窓のご令嬢然としたみてくれなだけに、初対面の者は大抵がそのギャップに面食らう。そしてこの少女は黙っているということがない。少なくとも巫女の少女は彼女が野辺に揺れる一輪の花のように静やかな佇まいでいたところなぞ(想像するだに気色の悪い光景だ)見たことがない。

 魔法使いの少女は薄紅色の慎ましやかな口に笑い猫よろしく遠慮とは無縁そうな三日月の弧を描かせた。

 

「ところでお前さん、もう朝食は済ませたかい」

「当たり前でしょ。今、何時だと思ってんの」

「まあそうだろうな、残念だ。もう少し早く到着してりゃ、ご相伴にあずかることもできたのに」

 

 ああ、残念残念。わざとらしい嘆きをこぼす魔法使いの少女へ、巫女の少女は呆れたような視線を寄越した。

 

「言っておくけど、あんたのためにご飯を作り直したりなんてしないから」

「わかってるよ、それくらい。でも遠路はるばるやってきたお客に、茶の一杯くらい出したってバチは当たらんよね」

「招かれざる客だけど」

 

 つれないなあ。魔法使いの少女は血色のよい唇を尖らせた。

 

「こちとら家からここまで“えっちらほっちら”走り通しだったというに。ちっとは温かみのある言葉くらいほしいもんよね」

「空、飛びなさいよ。あんたならここまでひとっ飛びでしょうに」

「馬鹿を言いなさんな。こんな濃い霧の中でそんな真似してみろ、どこに到着するか知れたもんじゃない」

 

 そりゃそうね。巫女の少女は肩をすくめ、形のよい顎を居間のある方へとしゃくってみせた。

 

「まあいいわ、いくらか聞きたいこともあるし上がってきなさい」

「そいつはありがたい。あと、茶が出るならせっかくだし、一番いいやつを頼む」

「あんたの分は白湯でいいわね」

「せめて粗茶にしておくれな」

 

   *

 

 一番いいものとまではいかなかったがまともな茶が出た。出涸らしくらいでお茶を濁されるかなと思っていただけに嬉しいものだ。魔法使いの少女は「ありがたいありがたい」と大仰に手を合わせてそれをいただいた。

 熱すぎず濃すぎず、程よい淹れ具合の茶で喉を潤した魔法使いの少女は茶請けの煎餅(せんべい)に手を伸ばして訊いた。ちなみに魔法使いの少女が手土産として持ってきたものだ。

 

「で、こいつはやっぱり《異変》てことでいいんかな?」

「状況だけ見ればそうなんだけど……よく判らないのよね」

「なんだ、お前さんにしちゃ随分と奥歯に物が挟まったような言い方じゃないか」

 

 それとも煎餅でも喉につまらせたんか。からかいながら魔法使いの少女は煎餅をかじった。“ぱりん”と響く小気味よい音と軽口をまとめて聞き流し、巫女の少女は自身の言葉を吟味するように口を開いた。

 

「少し前に起こった花の異変のことは憶えてる?」

「んあー、季節外れの花がそこかしこで咲きまくったやつか」

「あれと同じなのよね。あからさまにおかしなことは起きているけど、それを妙だとは感じない───ついでに、ほれ」

 

 巫女が言葉を切って外を指差した。濃霧のせいでまったく見えないのだが、繊指が示す先には背中に羽をはやした数名の小さな少女達(小人よりやや大きいくらい)が空に遊んでいた。

 

「これだけ妙なことが起きてるのに妖精連中は平常運転、騒いでるやつも暴れてるやつもおりゃせんでしょ」

「ここに来る途中、騒がしい氷の妖精が喧嘩ふっかけてきたぞ」

 

 真面目に相手するのも面倒くさかったので少し前に拾った知恵の輪をくれてやり、それに夢中になってるところで“すたこらさっさ”と難を逃れたそうな。

 

「平常運転ね」

「だな」

 

 巫女の少女は湯呑みを傾け、魔法使いの少女は新たな煎餅に手を伸ばした。しばし無言、食卓の上を煎餅をかじる音と茶をすする音だけが行き来する。

 でもさぁー。しばらくして巫女の少女が何かを思い出したように言った。

 

「割と最近、似たようなマネをやらかしてくれたやつなら心当たりがあるのよねー」

「奇遇だ、私もだよ」

 

 あはは、うふふと笑い合う二人の少女の脳裏には《霧の湖》と呼ばれる場所の近くに居を構える共通の知人の姿が思い描かれていた。正確には《人》ではないが。魔法使いの少女は煎餅を口にしたまま首を傾げた。

 

「でも“あいつ”も飽きっぽいからなー、二度も同じことをするかね。それにあのときは真っ赤な霧だったじゃん」

「今日は白の気分だったんじゃないの」

「ああ、そうかもしれんね」

 

 魔法使いの少女が“したり顔”で頷いてみせた。もちろん二人共、これだけで件の人物が下手人だとは思ってはいない。ただ無条件で信じられるような連中でないと知っているだけで。

 湯呑みを“ぐい”と傾け、茶を片付けた巫女の少女は億劫そうに立ち上がった。

 

「なんにせよ、聞いてみりゃ判りそうなもんよ。ちょっと足を運んでみるわ」

「下手人だったとしても、素直に吐いてくれるようなタマとも思えんけどな」

「でしょうね。そうなりゃ腕ずく弾幕ずく。どの道やることに変わりなしよ」

 

 乱暴なやつめ。普段日常における自らの行いをえらく高めの棚に置いたようなことを言いつつ、魔法使いの少女も最後の煎餅を口に押し込んだ。

 口元を押さえて勢いよく咀嚼し、残りの茶で流し込もうとした少女だったが、そこで“はた”と気付いて巫女の少女を呼び止めた。

 

「おおい、ちょいと待ってよ」

「なーに?」

 

 魔法使いの少女は空の湯呑みを掲げてみせた。

 

「もう一杯おくれ」

 

   *

 

「だーっ。こりゃすごい、文字通り『一寸先も見えぬ』ときた」

 

 境内を出た巫女の少女はたちこめる《霧》に驚きとも呆れともとれる声を上げた。

 

「しかも妙に冷えるし……つーか寒い」

 

 忌々しそうにごちた巫女の少女は両の腕を掻き抱く。《霧》のせいでお天道様が顔を出せずにいるせいか、夏の真っ盛りのはずなのに少女の珠肌には鳥肌さえ立っている。

 

「あんたも、よくこんな有り様でここまで辿り着けたわね」

「ふふん、ちっとは見直したか」

「仮にも《魔法使い》が、目をふさがれた程度で迷子になってりゃ格好もつかんけどね」

 

 実際のところ、霧自体には何かの“みょうちきりん”な《力》が働いているわけでもなく、やたらめったらな濃さを除けばただの濃霧以外の何者でもないのだ。目に見えぬものを視、音に聞こえぬものを聴く《魔法使い》がこれくらいで道に迷子では様にならないこと甚だしい。

 

「ちぇー、少しくらいは感心しろよな」

「この状態でも空飛んでこられりゃ話も違ったかもね。出来ぬようではまだ未熟」

「ほほーう、かく言うお前さんはどうなんだ」

「今日は歩きたい気分なの、私」

 

 “しれっ”と言い切り歩を進める少女であった。

 

 それからしばしの間、これからの方針に世間話なぞを交えた会話をしながら目的地へと進んでいると、不意に魔法使いの少女が、「そういや少しばかり前に《里》の貸本屋で立ち読みした外来本に、これと同じようなシチュエーションのがあったっけなあ」などと、話のネタを振ってきた。

 

 なんでも《外》の世界の人里を突然、濃霧が覆い、そこから妖怪(と思しきなにか)が襲いかかってきたという内容の本だったそうな。ちなみに彼女が口にした外来本というのは、幻想郷の《外》の世界からなにかの拍子で流れ着いた稀覯本の類である。単品で手に入る場合もあれば、“持ち主”もろともやって来てその遺品として流通する場合もあったりと、安定入手には難があるのが特徴の一つだ。

 

 興味を惹かれたらしい巫女の少女が無邪気な面持ちで続きを促した。

 

「へえ、その後どうなるのよ。私らみたいなのが異変を解決してハッピーエンド?」

 

 さあてなぁ。魔法使いの少女は曖昧に笑うのみで応えない。

 

   *

 

「ちゃうわ」

 

 問い詰められた少女の返答である。可憐な口元に手を添えて、永遠に幼き佳人は“ふわ”と小さなあくびをこぼした。

 

「寝付いたところを朝も早よから叩き起こされ、何を訊ねてくるのかと思えばそんなこと」

 

 あなた達でなきゃ、首刎ねとったぞ。愛くるしい姿から飛び出したものとは思えぬ物騒な台詞を少女達は聞き流した。たかがこれくらいで目くじら青筋立てた日にゃ、この少女とは三日と付き合えない。銀糸の髪に紅玉の瞳、白磁(はくじ)の肌で形作られた華奢な体という、おとぎ話の姫君のように“あえか”な見た目からは想像もつかぬのだがこの少女、吸血鬼というかなり物騒な輩なのだ。

 

 神社を発った少女二人が赴いたのは、屋根から壁まで全部が真っ赤という目ン玉に優しくない色合いをした館であった。なお真っ赤なのは外だけではなく内部に到るまで、挙げ句に名前まで真っ赤というあたり、家主が相当な真っ赤っ赤好きだろうことは想像に難くないお屋敷である。

 

 赤黒い闇で満たされた応接室で相対する、館の主であるところの吸血鬼の少女は、紅白黒白の少女達へ不機嫌そうな態度を隠さなかった。無駄に可愛らしい“みてくれ”と寝ぼけまなこのせいで迫力も凄みも皆無ではあるが、吹きつける悪感情は常人ならば晒されただけで体調を崩す代物だ。

 

「前に似たような異変を起こしたからお前が怪しいときた───短絡にも程がありすぎて(わら)う気にすらなれんよ」

「毎度毎度、異変起こされてる側としちゃ笑い事にさえできんわい」

 

 巫女の少女も負けじと半眼で返す。前述の通り、目と心に優しくない館のこれまた目にも心にも穏やかとは云えない印象を与える内装の応接室に通されたにも関わらず、少女達には気圧された風もない。心臓に生え散らかした毛の量と面の皮の厚さに関しては、彼女らのどちらも中々のものであるらしい。

 

 そんな少女二人へ、面白くもなさそうな面持ちで吸血鬼の少女は訊いた。

 

「───ふん、ところで仮に私がやったとしたら、一体どうしてたのかしら」

「私らも鬼じゃないから、選択肢くらいなら用意してたわ。ボコボコにしてから謝らせるか、謝らせてからボコボコにするかだけど」

 

 あんたが下手人だってんなら、さっさと好きな方を選びなさいよ。急かすでも冷たくでもなく、それこそ世間話のような口調でひどいことを言い放つ少女に呆れたような溜息が返された。

 

「あの世で咎人(とがびと)をいびる鬼のがよっぽど慈悲もありそうだ」

「悪魔に言われちゃおしまいね。あんたどうせ殺して死ぬようなタマでもなし、いいじゃない」

「そりゃあね、死ぬような目に遭わされたところでいまさら死ぬもできぬ身ではあるが……」

 

 話が脱線しかけたところで吸血鬼の少女が軽く首を振った。

 

「なんにせよ私は関わっとらんぞ。件の《霧》のことだって、今しがた知ったばかりだしな。解決したいなら他所に行くことよ」

 

 信じるかどうかまではお前達の好きにするがよいさ。ひょっとしたら眠気が抜けきっていないのだろうか、吸血鬼の少女はずいぶんと投げやり気味な態度で言い捨て手にしたカップを優雅に傾けた。

 にべもない返答に、少女二人は似たような形に眉根を寄せた顔を見合わせた。

 

「だとさ、どーしたもんだろ」

「どーにもなりゃせんわよ、ここまで予想通りじゃ。振り出しに戻るってとこね」

「言うて、今日はこれ以上歩きたくないし、もう面倒くさいからこいつが犯人ってことにしてぶっとばすとかじゃダメかな?」

「私だってそれでいいならそうしたいわ。でも無駄骨ならフクロにするだけ損じゃない」

「お前ら、そういう話はせめて聞こえん場所でせえ」

 

 招かれざる客人達が“あれやこれや”と話し込みはじめ、手持ち無沙汰になった吸血鬼の少女は自身のやや右斜め後ろへと目配せをした。

 

「ところで貴女は何か、心当たりになりそうなものはないの?」

 

 問いかけられたのは、いつの間にやら傍らに控えていたメイドの少女であった。ティーポットを手にしているので、どうやら茶を注ぎ足しに来たらしい。なお、吸血鬼の少女のみならず自分らにも供されている茶や茶請けの“中身”に関しては巫女の少女も魔法使いの少女も悉皆承知(しっかいしょうち)しているが、それを別段どうとは思わない。虎や狼に向かって菜食主義に転向しろとぬかすほど阿呆らしいことがこの世にあろうか。

 

「そうですね……」

 

 特に期待もされずに主から訊ねられたメイドの少女は小さく前置き、立てた人差し指を唇に当て小首をかしげた。触れなば斬れんとばかりの怜悧な美貌とは裏腹な可愛らしい仕草であるが、それをどうと思うような感性の持ち主はここにはいないのが残念だ。

 

「お嬢様がご就寝あそばされた少し後に、霧の湖のど真ん中にそれはそれは大きな船が現れまして、前後してその周りから一寸先も視えなくなるくらい濃い霧が発生して“あちこち”に拡がっていったくらいでしょうか」

 

 あの勢いならほんの半刻で幻想郷一帯に拡がったでしょうね。それを聞いた少女達は皆、一様に口へ岩塩でも詰め込まれたような顔をした。間違いなく“それ”が原因だ。吸血鬼の少女が苦り切った声を絞り出した。

 

「言わんかい」

「訊かれませんでしたので」

 

 メイドの少女は微塵も悪びれなかった。

 

   *

 

 言いたいことは山のようにあったが、まずは異変解決が先である。紅白黒白の少女二人は館を辞去して湖へと向かうことにした。すると、せっかくだからということで、吸血鬼の少女も一緒に行くと言い出した。この少女、齢五百を数える身のくせに興味を惹くもの、面白そうなものへの好奇心は見た目相応なのだ。館が湖に面したところにあるので、気まぐれに足を運ぶくらいには丁度いいのもあったのだろうが。

 

 吸血鬼の少女はついでとばかりにメイドの少女にも同行を命じたのだが、こちらはすげなく断られた。なんでも突如として“やる必要もない壺磨きを無意味に手間と時間をかけてやる急用”ができたとのことだ。興味もなけりゃ行きたくもないからお前ら勝手に行けということである。実際、メイドの少女が有する愉快能力を用いれば文字通りに“まばたきひとつ”で終わらせるような雑事なのだ。仕方ないので次に声をかけた図書館の住人には急性の仮病を発症したと見向きもされずに追い返され、門番に付いてこいと命じれば職務放棄をさせる気かとたしなめられる始末である。

 

 ───まったく、なんてやつらだ。館を発ち、湖へと伸びる小路を“ぶちぶち”文句垂れ流して進む吸血少女の背中へ、呆れたように魔法使いの少女は言った。

 

「前から思ってたんだけど、使用人を雇い直すか友達を選び直したがいいのと違う?」

「数百年ばかり生きてきた中で、“あれ”らより優秀なのがおらんのよ。友人も一人しかできなんだし」

 

 なので下手なこと言ってヘソ曲げられたらこちらが困る。数百年の時を閲した者にのみ許される威厳に載せられた、実にしょうもない“ぼやき”であったという。

 

 湖まで後少しのところで巫女の少女は可愛らしく小鼻をひくつかせた。

 

「ところでここに来る途中でも気になってたのだけれど、この匂いって何かしら?」

 

 嫌ってほどじゃないけどヘンな匂いね。仔犬のように“すんすん”鼻を鳴らす巫女へ、吸血鬼の少女が応えてやった。

 

「“しお”の匂いだよ」

「塩? あれに匂いもなにもないでしょ」

「そっちじゃない、さんずいを付ける方」

 

 言うても山育ちのあなた達にゃ馴染みはないし、判らんのも仕方ないか。吸血鬼の少女が云うところによると、なんでもこれは海の匂いそのものであるとのことだ。

 

「大方、この《霧》に関わるものなんだろうが、なぜにそんなもんをここで嗅ぐことになるのやら」

 

 言いながら背筋も凍るような流し目をくれる。心当たりを言外に問われた少女は肩をすくめた。

 

「私らだって生まれてはじめて嗅いだのに、判るわけないじゃん」

「今に始まったことじゃあないが、あなた所々でからっきし役に立たんね。そんなじゃ博麗の巫女の名が泣く」

「泣くのは私じゃなし、どーでもいいわ」

 

 要所さえ押さえていれば、後は野となれ山となれが信条の少女にとっては屁でもなかった。

 

   *

 

 こじんまりとした湖の畔には三人の先客がいた。

 

 ひとりは艶やかな緑の黒髪を腰まで伸ばして巫女っぽい装束に身を包んだ少女、もうひとりは仕立てのよい日傘を手にしたやわらかく波打つ萌葱の髪の女、最後に烏の濡羽色という言葉がしっくりくる艷やかな髪に同じ色の翼が生えた女。少女達にとってはどれも見知った顔ばかりだが、こいつらが一堂に雁首揃えて会するのは珍しい。

 

 また厄介な連中が。魔法使いの少女がさもいやそうな顔をし、巫女の少女も柳眉をしかめる寸前にまでひそめさせた。

 

「こんなとこで何してんだ、あんたら」

「あらまあ、二人ともこんにちは。ご覧の通りよ、皆で海を見てるの」

 

 穏やかな微笑みとともに会釈をしたのは日傘の女である。茫洋とした印象を与えるやわらかな美貌にいつでも小春日和の笑顔を絶やさぬその姿は、さながら百花繚乱の季節を司る女神と見紛うようでさえあるが、残念ながらこいつはそんな御大層なもんではなくタチの悪さで知られる妖怪であった。

 

「あー? なんだそれ」

 

 巫女の少女が思いもよらぬ返答に首を傾げていると、黒翼の女が応えてくれた。

 

「おや、ご存じない? 今日は“海の日”ですよ」

 

 茶目っ気のある面にはさも楽しげな色が浮かんでいる。裏表とは無縁そうな、人懐っこい笑顔をたたえるその姿はさながら羽の色を間違えた天使のようであるが、残念ながらこいつはそんな御大層なもんではなく天狗というあまり関わりたくない種類の妖怪であった。

 

「あやや、もしかして海というやつを知らないので?」

「馬鹿にすんな、それくらい知っとるわ。少し前に《外》からやって来たタヌ公が言ってたやつでしょ、でかくて広いやつ」

 

 実物だって見たこともあるもん、月で。控えめな胸を大きく張る巫女の少女へ胡乱げな視線を寄越したのは、もう一人の巫女的装束に身を包んだ少女であった。あくまでも“的”、であるのがミソだ。

 

 月の海ってあれかしら、理科の授業で教科書に出てたやつ。仕える神のイメージに沿ったものか、白地に緑と青の色をあしらった装束の彼女は“風祝(かぜはふり)”という、博麗神社とは別口のお社に遣える巫女のようなもんである。なおどこがどう違うのかは判らないし、本人にも判ってはいない節がある。

 

 ───まあ、いいや。空飛べるんだから月まで行く程度はできるんでしょう。しばしの間、眉をひそめていた風祝の少女であったが無理くりに納得して視線と意識を湖に向け直した。ついでとばかりに月云々のことも頭の中から消した。常識にとらわれては3日と保たぬ《幻想郷》に順応しすぎた結果なのかもしれないが、最近この少女は相当な大事でさえ面倒くさくなったり興味を失くせば流してしまう悪癖を身につけつつある。

 

 風祝の少女の横では巫女と天狗の二人が“のらりくらり”とした問答を続けていた。

 

「とはいえ決まった日にあるわけじゃあないですから、知らないのも無理はないでしょうが」

「どーゆーこっちゃ」

「ここでネタばらしをしてもいいのですが、それだとちょいと面白味に欠ける。ここは大人しく待っておくがよろしいですよ」

 

 もしくは明日の新聞をお読みになられるがよろしいかと。さりげなく営業をする天狗の女。こいつをはじめとした天狗連中は幻想郷で起こった不可思議な事件異変をネタにした新聞を発行しているのだ。生業や“たつき”の道というよりは趣味道楽でやってるようなもんなので、発行は不定期だわ情報源としても信用ならないわと、真面目に読むような奴は酔狂者かさもなきゃ阿呆と云われる代物なのが困ったものだ。

 

「燃えるゴミなら間に合っとる」

「つれないですねー」

 

 かなりひどいことを言われても、天狗の女が面に貼り付けた笑みは変わらずのまま。笑顔という名の鉄面皮がこいつの特技だった。

 巫女たちを横目に魔法使いの少女は、少し離れたところで退屈そうにあくびを噛み殺している風祝の少女へ声をかけた。

 

「あの二人は今日、何が起こるのか承知した上で来てたみたいだが、お前さんもそのクチかい?」

「まさか。新参者が知ってるわけがないです。そりゃウチの神様に調べてこいとせっつかれはしましたけど、私は興味なかったんで様子見するつもりでしたよ」

「じゃあなんでここにいる」

「《里》の甘味処でサボってたら、あっちの天狗さんに誘われちゃいましてね」

「へぇ、お前らそんなに仲が良かったんか」

「いや、良くはないですよ。悪くもないけど」

 

 あんみつ(おご)ってもらったから、その分くらいなら付き合ってもいいかなって。風祝の少女は心底どうでもよさげだ。興味ない云々は“ふり”ではなく本音であるらしい。

 

 日傘の女とは道中で合流したとかではなく、最初からこの湖畔に“ぼけーっ”と突っ立っているところを見かけて声をかけたということだ。風祝の少女や天狗の女としては正直なところ関わりたくはなかったのだが、無視したことで何をされるのかを考えたら選択の余地はなかったとか。この女、見た目だけなら無駄に優雅で温和な印象しかないが、迷惑さと悪質さでは天狗も鼻白ませるほどの輩なのだ。

 

 そんな日傘の女が語るところによればなんでも今日、“ここで起こること”に勘付いて昨日の夜から待機していたそうな。暇を持て余した妖怪ならではの奇行を、アイドルの出待ちか何かの即売会の迷惑行為みたいですねと評したのは風祝の少女である。

 

「てことは、あんたもここで何が起こったのか知ってるんだな」

「もしかして教えてほしい?」

「教えてくれるんか」

「教えてあげなぁい」

 

 そう言うと思ったよ。魔法使いの少女がため息を吐くと日傘の女は「ふふー」と、満足そうに笑った。

 

   *

 

 少女達が情報交換、とも云えない不毛なやりとりを続けていると、不意に巫女の少女が湖を指差した。

 

「ねえ、あれがメイドの言ってたやつじゃないの」

 

 少女の繊指が示す先にあったのは一隻の大きな船影。湖上に浮かび、徐々にこちらへと近づいて来るその威容に風祝の少女が感嘆の声を上げ、それに巫女の少女も軽く頷いた。

 

「うわ、大きいですよ」

「そうね、こないだの宝船よりも大きいんじゃないかしら」

「図体はともかく見てくれは大分に貧相だがな。ひどいオンボロじゃん」

 

 空も飛んでないしな。素直に感心する巫女二人とは対象的に、魔法使いの少女は冷めたものである。実際、古めかしい木造船は大きさはともかく船体のあちこちがろくに手入れもされていない様子で汚れ放題の荒れ放題、張られた帆も襤褸をくくりつけたとしか見えない有り様で、これでは宝船というより幽霊船と云うべきである。

 

「あんな有り様じゃ、中を調べてみてもお宝にゃ期待はできんね」

「またぞろ盗掘でもする気だったのか、あんたは」

「そこはアカデミックに調査とか探索と言ってもらいたい」

「どこの世界に人様ン家へ無断で押し入って、家財を漁ったりちょっぱったりするアカデミックがあんのよ」

「発掘と回収と云え、アカデミック的に」

「そんなことより二人とも、なにか聞こえてきません?」

 

 風祝の少女が言う通り、幽霊船(仮)のあたりから“ぎいぎい”という、何かが軋むような音が聞こえてきた。そちらに向けて目を凝らせば霧の向こうからボートだろうか、影から察するに数名ほどの人(あるいは人っぽい何か)を載せた小さい船影が近づいてくるのが見えた。この軋むような音はオールを漕いだときのものであるらしい。

 

「《外》の幽霊船ならこういうときにやって来るのはガイコツ船長と相場は決まってるんですけど、ここだと何が来るんでしょう」

「さあてね。骨に肉が付いたやつでも来るんじゃないの」

 

 未知なるものとの遭遇に風祝の少女は少しだけ声を弾ませる。巫女の少女はいたって平静というか興味がなさそうだ。

 少女達が注視する中、果たしてやって来たのは数名の船乗りらしき男達。その先頭に立つのは船長と思しい装束に身を包んだ恰幅の良いドクロ顔であった。あまりにも期待を裏切らぬ展開に少女達の声が露骨にトーンダウンした。

 

「うーん、定番すぎて“ひねり”がないです。やり直しの要求はできるんでしょうか」

「犬ころなら喜びそう。でかいから齧り甲斐ありそうだし」

 

 さして面白くもなさそうな少女達の感想をどう思ったものかガイコツ氏は肩をすくめた。

 

「前に来たときもそうだったけど、やっぱし幻想郷の住人はこれくらいじゃ驚いてくれんねー」

 

 えらく渋いバリトンでぼやいたガイコツ氏は、自分の顔に手をかけてあっさりと引っ剥がした。ドクロ顔はマスクであったらしい。その下から現れたのは頑丈そうな顎に立派な髭をたくわえた四十ほどのおっさんの顔であった。よく日焼けした肌は健康そうでまだ三、四十年は骨になる心配がなさそうだ。

 

 なんなんだいったい。呆れ返る少女達のことなぞどこ吹く風、船長っぽい風体のおっさんは、

 

「ご挨拶代わりのちょっとした冗談だよ。それはさておき───お前ら、ぼさぼさするな。さ、急げ急げ」

 

 と、ボートに乗った残りの船員らしき連中を促した。声に押された船員達はボートから引っ張り出したシートを地面に広げ、そこに様々な物品を手際よく並べていく。

 しばらくしてボートの積荷をあらかた並べ終えたところで船長(?)のおっさんが少女達に声をかけた。

 

「さ、そこな少女諸君。《外》のさまざまな品物を見ていかんかね」

 

 あっけにとられる少女達を前に、船員(?)連中が陳列された品々を手に声を張り上げた。

 

「さあさあ、今をときめくアイドルグループ『おニャン子クラブ』のブロマイドセットいらんかねー」 「時代の最先端を行く娯楽、その名もファミリーコンピューター! 今なら安くしておくよ」 「結構毛だらけ猫灰だらけ…」 「伝説の勇者も使ったひのきのぼう。二本で千円、三十年前のお値段です」 「このツボはいいものだよー」 「お嬢さん、狂王トレボーが6歳の頃のしゃれこうべ買わない」

 

 少女達は顔を見合わせた。なんだかよくは判らないが、ひとまず無害な連中ではあるらしい。日傘の女や天狗の女は訳知り顔で急ごしらえの露天を廻り商品を品定めしている。巫女の少女らもせっかくだからということで露天を見て回ることにした。

 

 一通りの品を物珍しそうに見渡していた風祝の少女が、ふと目についた“最新”電脳遊具とやらを手に取り首をひねった。

 

「なんだか、妙に古臭いというか《外》で云うところの三十年ばかり前のものが多くないですか?」

「そりゃそうだろうさ。『前回』、仕入れたものだからね」

「はい?」

 

 不審の形に眉をひそめる風祝の少女。次に目についたのは隣の露天に展示されていた“物品”のひとつであった。それを指差して、

 

「あのー、この小っちゃなお猿さんも売り物なんですか?」

「そだよん、可愛いだろう。ペットにでもどうだね」

「いや、そうじゃなくて。名前は忘れちゃったけどこういうのを取り扱う法律とかがあって、それに違反してると思うんですけど」

「仕入れたときにゃまだ条項に無かったはずだから大丈夫だよ」

「はい?」

 

 本当に大丈夫なのかしら。しばしの間、納得いかぬ面持ちでいた風祝の少女であったが、結局は「まあいいや」と無理くりに納得することにした。ついでとばかりに憶えているとマズそうな記憶も消して、近くにいたおっさん相手にツインファミコンなる品の値引き交渉をはじめた。

 

  *

 

 少女達が《外》の珍品の数々に触れてしばらくしていると、霧の向こうから大勢の人影が“ぞろぞろ”と姿を表した。やって来た方向からするに《里》の連中だ。先導しているのは少女達の顔見知りでもある、里の寺子屋で教鞭を振るっている獣人だった。この女、妖怪とは思えぬほどに良い奴なのだが、遊びたい盛りの餓鬼共にとってはありがた迷惑の権化としてしか認知されていないのが悲しいところだ。

 

 巫女達の姿を認めた彼女は会釈を寄越した。

 

「あら、やっぱりあなた方も来てらしたんですね───しかし今回に関しては出番がないですよ」

「でしょうね、出る気もやる気もとっくに失せてたけどさ。かく言うあなた達は何しにここへ?」

「もちろん《海》見物に。もっとも私は里の人達への道案内も兼ねていますが。並の人間がこの霧を進むのは厳しい」

 

 見物ときた。巫女の少女は肩透かしでもくらった気分で嘆息した。どうやら知らぬは自分達ばかり、一連の現象はある程度長く幻想郷に住むものなら周知のものであったらしい。

 

「ならやっぱし、これは《異変》でもなんでもないってことか」

「あえて云うなら風物詩ですね」

 

 幻想郷らしく珍妙この上ないですけれど。獣人の女が言うには、今日は霧の湖が《外》の海と繋がる日とのことだった。頻繁に起こる現象ではなく、大まかには30年に一度くらいの周期でやってくるものだという。

 ちなみに例の船は『海の日』のオマケとして付いてきたのではなく、実は原因そのものであり海はむしろ巻き添えのような形で現れているだけなのだとも。巫女の少女と魔法使いの少女が顔を見合わせた。

 

「なによ、それ」

「変だぜ」

 

 少女達の視線が件の船乗りらに注がれ、船長のおっさんはなんてことないような口調で言った。

 

「そだよん。私らの船は30年に一度、一週間しか陸に上がれないのだ───ちょっと呪われちゃってな」

 

 他人事のように気楽な調子でかなり深刻な話だった。なんでもかつての航海中に神様へバチあたりなことを言ったのが原因らしい。そんな彼の後ろで船員達が“しくしく”泣いていたが、それについては船長含めた皆が無視した。

 ふふん、なるほどね。どうやらこっそりと聞き耳を立てていたらしい、吸血鬼の少女が合点がいった様子で厭味くさい声を船長にくれた。

 

「以前、どこかで耳にした。辛苦を極めた航海の途上、勢い余り天に唾した報いを受けて永遠の海原を放浪する劫罰(ごうばつ)負うた和蘭陀人───お前がそれか」

「そーゆーこと。いやー、神様に悪口なんて言うもんじゃないなあ。君らも気をつけたまえよ」

 

 嘲弄(ちょうろう)の言葉に憤慨するどころか堪えた様子もなく船長氏は忠告を返してくれた。まったく悪びれも後悔も感じさせぬ風情ではあったが、その台詞には無用なまでの説得力があったそうな。

 

   *

 

「人が増えたせいか、なんだか縁日みたくなってきたわ」

 

 巫女の少女が口にしたごとく船員達の露天に混じって、いつの間にやら里の連中が建てた出店に屋台が開かれて負けじと声を張り上げていた。こんなときでさえ商魂たくましい連中だ。それらには目もくれず釣り竿と魚籠を手にして湖へ向かって行ったのは、今日という日にしかお目にかかれぬ獲物を求めてやってきた里の職漁師や釣りキチ共だろう。なるほど、風物詩とは言い得て妙である。一人納得していると、ごった返す衆生の群れから風祝の少女が抜け出てきた。

 

「いやー、儲けました」

 

 彼女は一抱えほどの大きな紙箱と、それに載っけたいくつかの小さな紙箱や平べったい箱を抱えて“ほくほく顔”だった。少し離れたところにいる日傘の女は“つるり”とした素材でできた珍妙な造花を買っていた。声をかけると“うねうね”踊るその造花を手にした彼女はいたく満足の様子であった。天狗の女は買い物には興味はなかったようで、風祝の少女に買ったものの使い方などを聞いている。どうやら彼女が風祝の少女を誘った理由がそれであったらしい。明日の新聞のネタは、海の日特集で決まりのようだ。吸血鬼の少女は亀すくいに夢中になっていた、というより獲れずにムキになっている。見かねた店の親爺が一匹ならオマケでやると言うのを侮辱と捉えたらしく、少女は水槽すべての亀を獲ってみせようと宣言し、親爺はものすごく迷惑そうな顔で早よどっか行ってくれと嘆いた。

 

 彼女らと出店の喧騒とを交互に眺めつつ、巫女の少女はりんご飴をかじった。

 

「珍しいものばかりだし、私もなにか買おうかしら」

「そうかー? 大して面白くもないもんばかりだったぞ」

 

 ───そりゃー、あんたにとっちゃそうでしょうよ。イカの姿焼きを手にした魔法使いの少女が首を傾げるのを、なんともいえない目つきで見やった巫女の少女は声には出さず呟いた。

 

 知らぬは当の本人ばかりなのだがこの魔法使いの少女、意識もせずにとんでもないお宝を拾ってくるという奇癖持ちであった。なにせ彼女の住まいときたら神代の時代に名を馳せた王様だか神様だかの佩刀(はかせ)にはじまり、どんな物質をも吸収する真っ黒い鏡だの、描かれた人物が日を追うごとにブサイクになっていく絵画だの、一定周波の振動を与え続けると山すら消し飛ばす謎ビームを発生させる水晶ドクロだのといった、曰く因縁にこれでもかというほど括られた物品で溢れかえっており、それがために一種の魔窟のような有り様になっているくらいなのだ。そんなもんに囲まれて日々を過ごしていれば、多少珍しい物を見たくらいでは動じない程度に目も肥えようというもんだ。

 

 熱さに手こずりながら姿焼きを頬張る魔法使いの少女を残し、同居人への土産を見繕うべく巫女の少女は手近な露天へと足を運んだ。さっき見つけたゼンマイ仕掛けの組み立て式おもちゃトカゲなんて良さそうな気がする。

 

   *

 

 そんなこんなで一週間。幽霊船はまた30年のに航海に出かけていき、それとともに幻想郷一帯を覆い尽くしていた霧も“きれいさっぱり”消え失せたのであった。ついでに人里のおかみさん連中もこれで洗濯物が干せると一息ついたりつかなかったりしたのであった。

 

   *

 

「……あちー。なんじゃこりゃ」

 

 幽霊船が出港した翌日の昼、博麗神社の縁側に腰かけ手土産のスイカに齧りついた魔法使いの少女が発した声がこれである。

 

 服をだらしなく着崩し、水を張ったタライに足を突っ込んで呻くその姿は、花も恥らう乙女のものとしてはあまりにもあんまりな気もするがそれも仕方なしと大目に見るべきではある。常識にとらわれぬ幻想の郷とて夏が暑いは変わりなし。むしろ昨日まで立ち籠めていた霧のせいで涼しかった分、余計に暑く感じるのだからそりゃあ、こんな有り様にもなろうというものだ。四方八方から聞こえる、暑気も熱気もなにするものぞとばかりに騒ぎ立てる蝉の声もかしましく、それがまた一層の暑苦しさとなって少女を辟易(へきえき)とさせる。

 

 《船》が居座っていた間、顔を見せられなかった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように景気よく陽光をお恵みくださるお天道さま目掛け、スイカの種で弾幕を張る少女は額の玉汗をぬぐいぼやいた。

 

「霧が晴れたのはいいが、おかげですっかり暑くなった」

 

 これからもっと暑くなるのを考えると、ちとウンザリだ。少し離れたところで(ほうき)を手に、境内を掃除しているふりをしていた巫女の少女が肩をすくめてみせた。

 




 登場人物

巫女の少女

聖林檎楽園神社の巫女さん。あるときはツンツンあるときはデレデレ、またあるときはひんちちあるいはきょちちと、斑鳩ばりの属性変更を虹界隈で強いられる少女。ウチの薄い本だけでも軽く10以上の属性あんぞ。

魔法使いの少女

魔法を使う少女。もうちょいぶっきらぼうな口調でもよかったかもしれないんだぜ。

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