氷づけの世界の中で、笑って暮らす少年少女の話

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終末世界で一杯のスープを

 

 

「あー寒……マジでこの仕事やめてえ」

 

 体を抱き締め、今日のご飯だとか次の仕事だとか、そんな楽しそうなことを考えて、ウキウキしながら、凍えながら急ぎ足で進む。本当なら駆けていきたいくらいだが、こけて頭でも打ったらシャレにならんので、無難に歩く。出発からきっかり一時間。いつも通りのポイントに到着。()()を見つけ、にやりとほほ笑む。

 

「悪いな、今日もちょっくら狩らせてもらうぜ……!」

 

 

 

            *

 

「ただいまー、今日も大漁だったぜ!」

 

「おかえりー。うわほんとだすごい、気持ち悪いからさっさと処理してきてもらえる?」

 

「相変わらず酷いな、これから夜ご飯になるヤツなんだから、もっと感謝と尊敬の念とかそーいう殊勝な気持ちで拝め? そして激闘を制したオレにもそうしろ?」

 

「え、今後一生軽蔑と侮蔑を込めてハヤトを見下せってこと?」

 

「ははは、やめろ、早速デモンストレーションするんじゃねえ、それは人間が人間に向けていい目じゃねえよ、ここは世紀末か何かか?」

 

「いや、世紀末でしょ」

 

 教養のないバカはこれだから、とリーシャが蔑むように笑う。会話の通じないバカよりましだぞ、と教えてあげたほうがいいかもしれない。残念、通じないか。

 

「西暦二千百年。地球は氷河期に突入した。大地は凍土となったし、海は氷河と化した。そして百年たった今、二千二百年。限りある資源を温存するため、私たちが今ここでこうしてエコなサバイバル生活を送っているんでしょう」

 

「一つ間違ってるぞ、サバイバルしてるのは私たちじゃねえ、オレだ。オレがサバイバーだ食料獲ってきてるの誰だと思ってんだよ、お前は一人家でぬくぬく過ごしてるだけだろ」

 

「あー出た出た、そういう前時代的なマウントの取り方。今時流行らないよそんなの? それ言い出したら私、衣食住でいう衣と住の部分支えてるんですけど? 割合的に勝ちだよね?」

 

「は、でもお前オレがコイツら狩ってこなきゃ生きていけないだろ」

 

「そうだねそうだね、じゃあこれから緩やかに餓死するから狩ってこなくていいよ。代わりと言っちゃなんだけど、さっさと身ぐるみ全部置いて氷点下の世界でサバイバーしてろよ」

 

「すまん、オレが悪かったから一緒にご飯食おうぜ、な?」

 

「いつもそう素直にしてりゃいいのに」

 

 そいつはどーも、と返して調理に取り掛かることにする。獲物の運搬用に広めに作ってもらった玄関を抜け、すぐ左のキッチンにあざらしを投げ込む。既に軽く解体してはいるが、それでも三頭となると中々のボリュームがある。一頭で一週間はもつので、三頭いれば単純計算三週間はあざらしだけ食って生きていける。まあ流石にそれは飽きるし、賞味期限的問題で一週間が限界だが。残りの二頭は、市場に流して小銭稼ぎである。

 

「よっしゃ、できたぞ」

 

「おー、今日も今日とてすっごくまずそう!」

 

「ほっとけ、食えるんだからいいだろ」

 

 適当にぶつ切りにした肉と冷蔵庫の中身を鍋で雑に煮詰めるという、ここ最近の定番メニューである。寒い屋外からとてつもない苦労を重ねて帰ってきたのだから、あたたかいスープを欲するのは当然の心理だ。

 

「いただきます。うん、今日も今日とて美味いな!」

 

「いただきます。うん、今日も今日とてまずい!」

 

「「は???」」

 

 いつも通り、どちらの声も同時に響いた。そしてこれまた平常通りの口喧嘩が始まる。

 

「いやいや今日のは一段と美味いだろ。めっちゃ脂乗ってるし風味も強いし」

 

「いやいや今日のは一段とまずいよ。脂でテカテカギトギトだししつこいし、臭みがやばい」

 

「栄養価高いから全部食べるけどね。あー、青汁飲んでた人とかもこんな気持ちだったのかな」と、各方面にめちゃくちゃ失礼なことを言いながらスープの一気飲みを始めるリーシャである。

 

「いやお前、ほんとマジで食材に感謝しろよ……クソ疲れるし死にかけるし、ここに就職したことを幾度となく後悔したけど、おかげで『いただきます』って言葉の重みを知れたわ」

 

「へー、やっぱりかわいいあざらしさんを狩ることに罪悪感を覚えちゃうの?」

 

「ちげーよ、ってかなんだその白々しい呼び方。あいつらはそんな生易しいもんじゃねえんだよ……!」

 

 この辺りでリーシャは、しまったと言いたげな顔をした。俺の中にある小さな地雷――それを踏み抜いてしまった、と。

 

「いいか。お前の言う可愛いあざらしは本とか映像記録とかに残ってるゴマフアザラシだ。そんな奴らはもうとっくに生存競争に負けて絶滅した。お前、あざらしを漢字でどう書くか知ってるか。海豹だぞ、海豹。普通に考えてやべーだろ、海の豹なんて。そりゃ種の性質とかにもよるけどさ、俺が狩ってるあざらしはやべーぞ。だってこの氷河期の中の生存競争を勝ち抜いてる奴等だぜ、強いに決まってるだろ」

 

「あーはいはい、なるほど」

 

 食事を終えたリーシャは既に興味をあざらしからパソコンへと移していた。聞いているのか聞いていないのか判別のつかない様子でキーボードを叩いているが、気にせず話を進めることにする。

 

「氷河期になって環境が変わり、海の生態系も大きく変化した。旧人類の見慣れた海産物が姿を消し、見慣れない、食べられない新種が増えていく中で、あざらしは貴重な古き良き食料資源なんだよ」

 

 うんうんそうだねー、と明らかに適当な相槌を打ちながら、リーシャはあざらしの画像を眺めていた。さっきまで食べていたものを眺めながら、「はーかわいい……」とうっとりした微笑みを浮かべて言うのは、普通にサイコパスだと思った。

 

「しばきたい……」

 

「マジでサイコパスじゃねえか」

 

 しかしかわいいというのなら、何故俺が持ち帰ってくるあざらしはダメなのだろうか。死んでいるから忍びない、とか? いやいや、コイツに限ってそれはない。

 

「そんなわけないじゃん。ハヤトの持って帰ってくるあざらしがグロいからだよ」

 

「あー。まあ解体しちゃってるししゃあないよな」

 

「んー、そういうことじゃなくて、ハヤトが持ってくる子はみんな顔がキモイ」

 

「それもしゃあないなあ、俺の狩りのスタイルの問題だから」

 

「普通に武器とか使ったほうが効率も上がるし、安全だと思うんだけど?」

 

「いいや。これだけは変えられないね。っていうか武器なら持ってるだろ」

 

「あの木の棒を武器と言い張れるのは弥生時代の人間だけだよ」

 

 石器時代があることを考えれば、木の棒なんて縄文人以下かな? と、とてつもない煽り顔で言うリーシャ。お前の顔面もしばいてやろうか。

 

「命の奪い合いをする以上は、しっかり近づいてしばくってのが俺の流儀なんだよ。だから顔とかを執拗にしばく。あ、じゃあ素手でいけってのはなしな!」

 

「私はそれよりも氷点下でも凍らない木の棒の方が気になるけどねー、今度研究させてよ」

 

「ふん、考えておいてやろう」

 

 リーシャ・アルノイド――氷河期研究に没頭するあまり、氷河期の()()()に住むようになった女はやっぱり違うな、と感心するのだった。まあコイツがまともに研究している姿を俺は一度も見たことがないんだが。

 

「あ、窓の外に巨大あざらしが!」

 

「え、マジで!?」

 

「へーい隙ありぃ!!」

 

「あ、こらオレの愛棒を取るな!!!!! しばくぞ!!!」

 

 狭い部屋の中をドタバタと駆け回る。氷づけの世界の中の、いつも通りのそんな日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに数年後、氷の上で育つことの出来る木々の発見によって、人々の暮らしは向上したとか何とか。



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