久しぶりの投稿ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
ハッ…ハッ…ハッ…
息が苦しい。鼓動が激しくなるのがわかる。
ああ、僕はなんて愚かだったのだろう。あの時、あいつを信じたばかりに。いや、こうなってしまってはもう後戻りはできない。せめて、最期は君のことを想いながらーーー
そうして、僕は二度と感じることのない地面を踏みしめて、そして、飛んだ。
「…おい、起きろ。おい!」
頭上から声が聞こえる。目を開けてみると、そこには僕と同じくらいの男が立っている。
どうやら、長いこと眠っていたらしい。
「まったく、呑気なもんだな。こんなところでお昼寝かい?」
「ああ、風が気持ちよくてつい寝てしまっていたみたいだ。わざわざ起こしに来てくれたのか」
「その割には汗だくじゃないか。何か変な夢でも見たのか?」
そう言われて自分の服を見ると、汗で濡れている。まるで悪夢でもみたような感じだが、全く憶えていない。
「いや、それが憶えてないんだ。夢を見ていたのかさえ分からない。眠る前は心地よかったのは分かるんだが…」
ふと見上げるとすでに空は赤く染まっていて、夕暮れ時であることがわかった。
「まあいいさ。もう飯時だからな。お前だけがいなくて皆で探していたんだ」
「それは悪かった。急いで戻ろう」
そうして、僕たちは足早に家へと戻っていった。
「ただいま」
そう言って僕はドアを開けた。
リビングのソファに二人座っている。厨房から音が聞こえるので、今日の料理当番の彼女は調理中のようだ。
「こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ?」
「服に草が付いているね。大方、昼寝でもしていたんだろう?」
「はは、その通りさ。お陰で気持ちよく眠れたよ」
そうして僕も座って寛いでいると、探しに行っていたうちの二人が帰ってきた。
「なんだ、見つかったのか。てっきり森の方へ行ったのかと思ったんだが、見当違いだったな」
「じゃあ、あとはあいつが戻ってくるのを待つだけだな」
そうして僕らは思い思いにのんびりと過ごしていた。
これが僕らの日常である。何も変わらない日常。いささか退屈さえ感じていたが、それなりに楽しくやっていた。しかしそれは、一つのある偶然によって変わってしまうということを、僕らの誰が想像できただろうか。
バンッ!!
勢いよくドアが開かれた。
僕を含めたその場にいる全員の視線がそちらに向けられる。
そこにいたのは、僕を探しに出かけたであろう最後の一人だった。
「なんだ、こんな時間に騒々しいな」
一人が文句を言う。
「ああ、それは悪かった。でもちょっと来てみろよ!面白いものを見つけたんだ!」
そうしてそいつは全員に外に出るよう促した。
僕らは全員で外へ出た。それからそいつの案内するままについていくと、そこには桃の木が立っていた。
「あれ?こんなとこに桃の木なんてあったか?」
「さっき見つけたんだ。それよりも見ろよ。こんなところに穴が空いているぞ」
「なんだこれは?不自然なくらいに綺麗な穴だな」
そこには、まるでコンパスを使って描かれた円のように綺麗な穴が空いていた。
「不気味ではあるが、何故か興味をそそられるな」
「うん、なにか無視できないような不思議な魅力を感じるね」
「面白そうじゃないか。入ってみよう」
そうして、僕らはその穴に入ってみることにした。
穴の中は意外と広くなっていて、普通に歩けるほどだった。しかも、灯りとなるものがないのにはっきりとものが見える。
いったい、誰がこんなものを?
そんな疑問が脳裏に浮かんだが、日頃退屈していた僕らはこの穴への好奇心を抑えることができなかった。
そうして、穴の中を進んでいくと、出口が見えた。
穴から出てみると、そこは今までと同じような山の中の風景が広がっていた。しかし、ここは僕らがさっきまでいたあの山の中ではなく、全く別のものだということがなんとなくわかった。なんとなく、雰囲気が違う。そう、まるで、遙か昔の人間が空想した理想郷。中国には桃源郷という時間が止まったような理想郷の伝説があるらしいが、そんな雰囲気だった。
「おい、ここはどこなんだ?」
早速、僕らのうちの一人が口を開いた。
「さっきまでの場所と似てはいるけど、明らかに違うね。これは、なんだろう。今までに感じたことのない空気だ」
一人は冷静に現状を分析している。
僕はここに足を踏み入れてしまったことを少なからず後悔していた。だって、そうだろう。さっき抜けてきた穴がどこにも見当たらないんだから。僕らは引き返すこともできなくなってしまったようだ。
「とりあえず、どこか休めるところを探した方がいいんじゃないか?」
「そうだな。森の中に小屋でもあるかもしれないし、僕はそっちにいってみるよ」
「こんな真夜中に森に入るのは危ないんじゃないか?」
「大丈夫!森の中を歩くのは慣れてるからさ!」
僕が止めるのも聞かずに、僕らのうちの一人が森の方へ向かって歩き出した。そいつは僕らの中で最も好奇心の強いやつで、この不思議な世界に興味を抱いたのだろう。僕らは彼を追いかけたが、彼はよりいっそう足早に森の奥へと進んでいった。
そうして、僕らはついに彼を見失ってしまった。
「あいつの無鉄砲さにも困ったものだな」
「とりあえず、手分けして探そうか。流石にこんな夜中に森に一人きりでは危険だ」
そうして、僕らは二人一組となって彼を探すことにした。
探索を始めて小一時間が経過した。深夜の森の中は静まり返っていて、相当不気味である。僕は、不気味さを紛らわすためにもう一人の仲間と話をしながら森を進んでいた。彼は賢い奴で、少し鼻につくところがあるが、頼れる奴だ。
「ここはどこなんだろうな?見たところ僕らが住んでいた山とあまり変わらないようだけど」
「でも、 あそことは何か違う。全く別な場所に来たという感覚なんだよな」
「もしかして、パラレルワールドというやつではないだろうか」
「その可能性はあるね。あのトンネルはさしずめ異世界への扉というわけか」
そんな与太話をしながら歩いていると、地面に何か落ちているのを見つけた。
それは、酷く不気味に笑うピエロの仮面だった。
見たところ、ここに置かれてから時間は経っていないようだった。
「僕らの他にも誰かいるのかもしれないな」
僕らの中で緊張が走った。こんな夜中にこんな仮面を付けて森の中にいる奴など、まともであるはずがない。きちがいか、あるいはーーー
考えを巡らせていると、足に何かがぶつかった。僕はよろけながらもなんとか踏みとどまった。
なんなんだ?いったい…
そう思って足元を確認してみた。
どうやら、僕の想像は悪い方に的中してしまったようだ。
そこには、さっき森の中を一人で進んでいった奴の胴体が転がっていた。首から先が無くなっている状態で。
「ひっ」
僕は短く悲鳴を上げた。もう一人の彼も突然の事に呆然としていた。
僕は、この世界に迷い込んでしまったことを、再び後悔することとなった。
しかし、これは、この先起こる惨劇の、始まりでしかなかった。