津島善子は、自室で笑いを噛み殺していた。
「ククク……本日は我がリトルデーモンの誕生の日……。我が魔眼を持ってすれば、特定など容易い事!」
芝居がかった口調で得意げに喋る善子だが、そんな相手のミカン大好き幼馴染が昨日からソワソワしっぱなしだったので、誰であろうと気付く。
「──って、早めにバス乗って待たないと。待ち構えて盛大に祝うプランなんだから」
時計を見た善子は、素に戻ると慌てて鞄を手に取った。
「クックック……見てなさい曜。今日こそはあなたの驚いた顔を激写してやるんだから。やられっぱなしなんて、私が許さないんだから!」
半ば目的がすり替わっている善子は、足取り軽くマンションから出た。
「──善子ちゃん、おはヨーソロー!」
「うひゃあぁぁぁ⁉︎」
そして出口で敬礼してきた件の先輩の声で、盛大に尻もちをついてしまう。
「うわ、善子ちゃん大丈夫?」
「え、ええ……。そこまで痛くはなかっ……じゃなくて!」
慌てて立ち上がった善子は、目の前の相手に詰め寄る。
「何であなたがここにいるのよ!」
「いや〜、善子ちゃんも私の誕生日には気付いてるだろうし、多分『家の前で待ち伏せして、サプライズで何かして驚いた顔を撮ろう』とか考えてるんじゃないかと思って」
「能力者なの……⁉︎」
あまりにズバリ言い当てられた善子は、驚愕の表情を浮かべる。
「善子ちゃんが分かりやすすぎるだけだと思うけどね。──ルビィちゃんと花丸ちゃんが、『善子ちゃんがブツブツ誕生日がどうとか呟いてた』って言ってたし」
「ルビィ〜っ! ずら丸〜っ!」
身近なスパイに届かぬ声を飛ばしたところで、
「……それで? 善子ちゃんは、どんなサプライズをするつもりだったのかな〜?」
「うっ……そ、それは……」
目の前の楽しそうな笑顔に一歩後ずさる。
あまり褒められた内容ではない上に本人にバレてはサプライズも何もないので、善子は目を逸らして言い淀む。
「それは?」
「──我が闇の結界に封じられしチカラを解き放」「曜ちゃん先輩の必殺コチョコチョ地獄!」
「うひゃあっ⁉︎」
適当な発言で逃げようとした善子を、容赦ないくすぐりが襲う。
「ちょ、やめ……っくすぐり弱いんだから離して──って力強っ」
引き剥がそうにも、筋力で敵わない善子はされるがままになってしまう。
「──こんなところか。さあ、早く白状するであります!」
「はぁ……はぁ……はぁ……。容赦ないわねこの人……」
グッタリと地面に倒れ伏した善子は、ヨロヨロと起き上がる。
「…………」
それから、無言で何かを差し出した。
「……チョーク?」
曜の手には、一本の白いチョーク。新品なのか、綺麗な円柱状のままである。
「これが誕生日プレゼント?」
「そんな訳あるか!」
思わずツッコミを入れた善子は、小さく息を吐いた。
「ああもう、ホントにこの人と一緒だと予定通りいかないわね……」
「善子ちゃん?」
「返して」
首を傾げた曜の手から、チョークをひったくる。そして、コンクリートに何かを書き始めた。
「ホントは家の前まで行って、もっと大規模なの書く予定だったのに……」
ブツブツ言いながら善子が書き上げたのは、
「……魔法陣?」
直径三十センチほどの、複雑な紋様の魔法陣だった。描かれた記号や文字に意味があるのかはたまた適当に書かれただけなのかは、曜には分からない。
そして善子はそこに黒い布をかぶせると、
「我が秘められし力を解き放ち、眷属の装具をここに、召喚!」
いつものよく分からない台詞を高らかに叫んだ。まだ朝も早いので通行人は少ないが、これ以上注目を集めるならもう一度くすぐりの刑も考えねばと曜は思う。
「リトルデーモンへの貢ぎ物、感謝するといいわ……」
そんな事はいざ知らず、善子は布を取り除く。するとそこには、
「わ……」
「クックック……我が心眼をもってすれば、全てお見とぉぉぉおぅっ⁉︎」
「善子ちゃん大好き!」
いきなりハグをかましてきた曜の勢いに堪えきれず、善子は二回目の尻もち。
ジワっと涙を浮かべた善子に気付かず、曜は強く抱きしめる。その右手には、白を基調にした制帽が。
「これ、ちょっと前に売り切れになって買えなかった制帽! あの時はショックだったんだよね……。でもどうして善子ちゃんが?」
「クック……我がリトルデーモン達を集結させれば、不可能などないわ!」
「あ、動画の視聴者さん達に売ってるお店訊いてくれたんだね」
「わざわざ言い換えるな〜っ! ──ムグッ」
憤慨した善子の口に人差し指を当てると、曜は爽やかに笑う。
「とにかくありがとっ! 大切にする!」
「…………。当然よ」
勢い削がれたのか、善子は苦笑して肩の力を抜く。
「よーし、それじゃ早速千歌ちゃんと梨子ちゃんに自慢しに行こう〜! その後は、学校のみんなに!」
「えちょっ……⁉︎ お願いだからそれはやめて〜っ!」
駆け出した曜を、善子は慌てて追いかける。
「そーいえば言ってなかったわね! 誕生日おめでと!」
「あはははっ。このタイミングで言うなんて、善子ちゃんやっぱり面白いね!」
「いいから止まりなさいよ!」
蒼く染まりつつある快晴の空に、賑やかな声が吸い込まれていった。