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イラク王国軍の
それは、国際連盟安全保障理事会の
即ち、ドイツ戦争終結後に開かれた国際連盟総会の場で決議された
その事を一番に歓迎したのはソ連であった。
国土の東西に
それが、自分から手を出さない限りは大丈夫であると考えられる状況になったのだ。
ある意味で安堵するのも当然の話であった。
国家指導者であるスターリンは、腹心と共に久しぶりに
そして、そうであるが故に国際連盟の場でソ連代表は、イラク王国への懲罰行動が選択された際には
この、
――南アメリカ大陸
軍拡競争が繰り広げられている南アメリカ大陸の国々。
そして、そうであるが故にイラク事変への国際連盟の対応状況を注視していたのだ。
そこにはイラク戦争に参加しなかった ――
イラク戦争は、国際連盟安全保障理事会と総会で決議されて以降は主導する
安全保障理事会に出される情報は全てが事後報告であり、そこには議論の経緯や各国の判断や認識などは余り記載されていなかったのだ。
その事を今回のイラク事変を主導的に処理する場となった安全保障理事会で思い知る事となった。
日頃は高圧的な態度を見せない日本と皮肉を飛ばす事を趣味にしているブリテンが、共にブチ切れにキレた態度で議論を進めていたのだ。
フランスすら理想論で茶々を入れる事無く真剣な態度で終始している。
さっさとチャイナ問題を話し合いたいアメリカも、不機嫌さを隠す事の無い態度であった。
そんな4ヵ国の視線の先に居るイラク王国代表は滂沱の汗を流していた。
責任の所在や責任者の処罰で針のむしろとなっていた。
だが機嫌の悪い
流石に軍事オプションが真剣に検討される事は無かった*1が、イラク王国の国際連盟での全権利の停止と
取り敢えず、死ぬ寸前まで成ってみる? と言う所である。
勿論、そんな事になればイラク王国の経済は滅茶苦茶になるし、イラク王国の国体が終わる危険性すらも孕んでいた。
故にイラク王国の代表は、例え熱された鉄板の上であっても土下座する勢いで頭を下げるのであった。
そんな国際連盟安全保障理事会の空気に参加国はドン引きの状態であった。
その事を満天下に知らしめているとも言えた。
だが、
面子の為の、政治的な軍拡をしてはいたが、戦争をしたい訳では無い。
例え戦争をしようと思った国家が居ても、このイラク王国の惨状を見れば戦意は失われるであろう。
そういう話であった。
南米諸国は、ある意味で実に呑気であった。
当事者では無いが故の、と言うべきかもしれない。
それは
そして、
だが、今はまだ気づく事は無かった。
――中東諸国
イラク王国の一部軍/軍閥によるクウェート国侵攻は、様々な波紋を中東の国々の政府と国民に投げかける事となった。
特に、正しい情報が伝達され辛い各国の一般的な市民は、断片的な情報から状況を
比較的真っ当なモノであれば、イラク王国軍がクウェート国を侵略したという説があった。
これは、イラク王国とクウェート国の歴史を知って居れば簡単に納得できる説であった。
実際、事実関係はほぼその通りであったし、その説を補強する話も流れて来るのだ。
多数派が支持する説となっていた。
だが、反
クウェート国は勿論だが、イラク王国も
特に酷い
関係者各位、噴飯物の説であり、ブリテンの連邦加盟国に駐在している情報工作員は真面目に頭を抱える有様であった。
問題は、現時点で少数派の意見に対してイスラム教の関係者が好意的な宣言をしているという事だろう。
これは、政治と言うよりも宗教的情熱に由来する話であった。
イスラムの民の連帯、
反
植民地として支配された時代から続く感情、その発露と言えた。
そして、感情に由来するが故に根深いモノであるが為に極めて厄介であった。
今は良い。
まだ、少数派の尖った人間のみの主張であるから。
だが将来まで、少数派となる保証は無い。
否。
特に日本からの
ブリテンは頭を抱えた。
近年のブリテンは、中東のみならず連邦加盟国の全てに対して
それは、ブリテン国王/皇帝を頂点とした統治では無く、有志の連邦加盟国による共同体化が目的であった。
勿論、ブリテンと言う島国の
ブリテンと言う国家は1930年代からの日本からの技術支援や、
失われつつあった重工業は復活し、金融面でヨーロッパに大きな影響を持つ様になっていた。
――ブリテン
侵略行為に対する国際連盟の団結は、
交易によって利益を得ている海洋国家たるブリテンにとって、自国の巻き込まれない戦争であっても迷惑千万であるからだ。
又、ブリテン連邦は世界中に加盟国を抱えているのだ。
である以上、どこの地域の戦争であっても迷惑を被る可能性が大きかったのだ。
それが抑止されるのだから喜ぶべき状況であった。
だが、諸手を挙げて喜べないのは、今回の侵略行為を図った国家がブリテン連邦の加盟国と言う事であった。
侵略被害を被ったのもブリテン連邦加盟国であったとは言え、それが免罪符になるという話では無かった。
一応、イラク王国が国を挙げての馬鹿をやらかした訳では無いというのが救いではあったが、とは言え、イラク王国を無罪放免とする訳には行かないのだから。
現在の秩序体制を維持する為、適切な罰が必要であるのだから。
しかしながら罰を与えすぎればイラク王国は反ブリテンの色を強くするだろう。
或いは、民衆が反発しクーデターなどが起きる可能性があった。
実際問題としてイラク王国南部の諸部族 ―― 軍閥は、今回のクウェート国侵攻で貴重な若手労働力をかなり喪失しており、その原因を無視して、実行者である日本やブリテン、クウェート国を憎んでいるのだ。
生半可な対応が赦される状況に無いというのが実情であった。
この為、ブリテンは
軍事的対応は保留との合意が為されていたが、議題となっていた際にソ連を筆頭に、イタリアやその他の国々は、国際連盟安全保障理事会で軍事的懲罰が決定された場合には参加する旨の宣言がなされていた。
現実的な軍事オプションが選ばれないと判っているからこその
相対的弱小国家の悲哀とも言えた。
ブリテンにとって頭の痛い地域としてはアフリカ大陸も存在しているのだが、エチオピア帝国を出汁にして日本を巻き込み、ガッツリと協力させ、それなり以上の
治安の維持。
そして教育水準の全体としての向上。
これが経済活動の安定化と、民族資本の勃興を強く後押しした結果であった。
抵抗運動等と称する暴動その他は、守るべきモノが無いから出来る遊びであり、であれば誰もがそれなりの生活が出来る様にして、
聊か露悪的であるが、日本からのアフリカ開発支援スタッフは、そう言って笑っていた。
実際、エチオピア帝国の発展と言う実例が示されており、説得力がある為、ブリテンも同意し、ブリテン連邦加盟国への対応に採用するのであった。