「西木野先生、おはようございます」
「おはよう」
大学も無事卒業して、私はこの春からパパの病院で働き始めた。
コネなんてない、正真正銘自分の実力で掴み取った結果である。
……分かってない人も、結構いるんだけどね。
そして、
「西木野先生、お昼、どうしますか?」
「適当に食べるわ」
「そ、そうですか。もし良ければ、自分が買ってきましょうか?」
「え……いいわよそんなの。悪いわ」
「何か困った事があったら言って下さいね!」
「そう、ね……」
院内の人の、私に対する態度がどうしても気になってしまう。
分からなくはない。院長の一人娘だ。揃いも揃って、非常に腰が低い。“媚びる”というよりかは、腫れ物に触る感じ。別に何かあっても、パパに言いつけたりなんてしないのに。
誰にもバレないように小さくため息をついて、お昼を食べるべく病院のロビーに出る。
「──あれ、真姫ちゃん?」
不意に、名前を呼ぶ声が耳に飛び込んだきた。私は驚いて振り向く。この院内で、私をそう呼ぶ人なんてほとんどいないのに──。
「あ、やっぱり真姫ちゃんだ。久しぶり〜」
そこにいたのは、あの頃と変わらぬ笑顔を見せる、
「穂乃果……」
「いやー、まさか真姫ちゃんに会えるとは思わなかったな〜」
「私だって驚いたわよ」
せっかく出会えたので、穂乃果と一緒に近くのレストランへ。
「……何で病院にいたの?」
まずは、気になっていた事を。まさかとは思うけど……。
「ん? ──ああ、穂乃果はただの付き添いだよ」
そんな私の心を見透かしているかのように、穂乃果は笑う。
「お父さんがギックリ腰になっちゃって。さっき救急車で運ばれたの。症状は軽いみたいだから、すぐ良くなるってさ」
「そうだったのね……」
サラダを咀嚼しながら軽い口調で話す穂乃果に、私はパスタを口に運びながら小さく安堵の息を吐く。
「──あ、真姫ちゃんってこの後、予定詰まってる?」
「今日?」
「そう!」
脳内のスケジュール表を確認するが、特別今すぐ終わらせなければいけない用事は無かった。
「特に無いわね。ヒマって訳じゃないけど、穂乃果に付き合うくらいはできるわ」
「あれ、バレてる?」
目を丸くした穂乃果に、私は苦笑する。
「今の会話の流れで、それくらい予想できるわよ」
「そ、そっかあ。やっぱり真姫ちゃん頭いいなぁ」
変わってないわね。見た目は少し大人びたけど、ちょっとおバカな中身はそのまま。
「じゃあ真姫ちゃん! 一緒にお出掛けしようよ!」
──この強引な所も、変わらず。
「いいけど、どこいくのよ」
「んーっと……真姫ちゃんの行きたい所!」
「はあ?」
「だって真姫ちゃん、今日誕生日でしょ?」
「────」
「あれ、違った? 日付け間違えて覚えてたかな……」
そうだった。自分でもすっかり忘れていたが、今日は自分の誕生日だった。
「メッセージ送っても既読付かないから、忙しいんだねってみんな言ってたけど」
「え……メッセージ?」
そういえば最近、自分のケータイに触っていない。自室に置きっ放しだ。
「も〜! 自分の誕生日くらい、ちゃんと覚えておいてよ! 穂乃果が間違えたのかと思っちゃったじゃん!」
「ご、ごめん……」
頬を膨らませた穂乃果は、お冷を煽ると勢いよく立ち上がった。
「さ、真姫ちゃん行こっ!」
本当に、あの頃から何も変わってない。はつらつとした声も、強引な誘い方も。今の生活に感じる物足りなさ、もしかしたらコレが原因なのかもね。……こんな滅茶苦茶な人、一人いれば充分だけど。
「──真姫ちゃん?」
「まだ食べ終わってないから、待ちなさいよね。あとここお店なんだから、静かにして。いい大人なんだから……」
「う……はい……」
椅子に座って小さくなる穂乃果を眺めながら、残り少ないパスタを口に運ぶ。──うん、美味しい。
──どこへ出かけようか。ニヤけそうになる口元を隠す為に、私はパスタを咀嚼した。