【悲報?】ウチの鎮守府に三下なセントーが来たってよ【朗報?】   作:嵐山之鬼子(KCA)

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【Phase02.I'm Your Admiral】

 ニッチな単語だが、一部サブカル業界に「あさおん」なる言葉がある。これは、「朝起きてみたら女になっていた」の略で、そこから始まる悲喜劇(もしくはエロい煩悩まみれなアレコレ)を描写することで一定の支持層を得ているネタだ。

 

 それになぞらえて言うなら、俺こと上喜仁《かみき・じん》の場合は「あさかん」──「朝起きたら、艦これ世界で提督になっていた」とでも表現すべきか。

 厳密に言うと、大学からの帰路、電車の中で座ってついウトウトした……かと思ったら、次に目が覚めた時は、舞鶴駅から鎮守府に向かうタクシーに乗っていて、運転手さんに「少佐さん、着きましたよ」と起こされたところだったんだが。

 

 普段はあまり動揺を表に出さない(出さないだけで、結構テンパったりはしてるんだが)ことに定評がある俺も、さすがに慌てたね。

 ただ、実際に目の前に海軍基地らしき建物があり、さらに遠目とは言え複数の女の子が“水上”をスケートのように“航行”しているのも見えたこと、そして自分自身もいつの間にか白い海軍第二種軍装らしき制服を着ていたことで、さすがにドッキリとかそういう類ではないことは理解できた。

 幸か不幸かネットでこういう「●●入り」と言われる、現実からフィクション世界へと転移(?)するタイプのSSも読んだことはあったので、(半信半疑ではあるが)自分もそのテのハプニングに巻き込まれたのでは……という想像もついた。

 

 (ここで変に騒ぎ立てても良いことないだろう。激流に身を任せてこそ浮かぶ瀬もあれとも言うし……ん? 何か違うけど、まぁいいや)

 そういう打算も働いたので、俺は何食わぬ顔をしてそのまま基地の中心部に足を運び、基地の総司令である乃木大将と着任の挨拶をした後、「新任提督の上喜少佐」としてこの横須賀鎮守府で提督稼業を始めることになった。

 俺みたいなイレギュラーが紛れ込んで大丈夫か、とも思ったんだが、手にした革の鞄には、ここに赴任しろという旨の辞令が入っていたし、総司令も先任にあたる4人の提督たちも、俺が新たな提督として着任することは当然のこととして理解しているようだった。

 

 実はそれから2年経った今でも、あの日いきなり「舞鎮に着任する提督・上喜少佐」という立場が突然この世界にポップしたのか、それとも同様の立場にいたはずの同姓同名の誰かさんに憑依したのか、判明していない。

 身長や顔立ちその他は、確かに俺自身のモノだと思うんだが、どちらかと言うとインドア派で、大学に入って以来はロクに運動なんてしてないはずの俺にしては、随分と体が鍛えられてるんだよなぁ。

 一応高校時代は弓道部だったけど、アレもあまり激しいスポーツじゃないし、そもそも体格や身体能力が恵まれてる方じゃなかったし。

 

 ともあれ、いきなり始まった艦これ世界ライフだったけど、総司令を始め良き先達に恵まれたのと、戦況が比較的落ち着いていたこともあって、軍事のぐの字もロクにしらないような俺でもなんとか無事に提督稼業を続けてこれた。

 配下の艦娘もそこそこ増えて、そろそろ20人に届くだろう。意外にも俺の提督としての適性は、それなりに高いモノらしい。

 ゲームとしての『艦これ』の知識があったこともあってか、新米提督にしては艦娘指揮や作戦に関してもそこそこの良好な結果を得ることができた。

 そのおかげで、つい先日、中佐に昇進させてもらえたのはうれしかったなぁ。いや、別に高い地位が欲しいわけじゃないけど、やっぱり頑張りを目に見える形で評価してもらえるのってモチベ上がるじゃん?

 

 そんな感じで浮かれていたせいだろうか──いつもなら即座に却下したであろう明石の提案に、うっかりGOサインを出してしまったのは……。

 

  * * * 

 

 「明石さ~ん! 久しぶりに建造したいんだけど、ドックの方、今空いてる?」

 舞鎮で未だ一番若手の提督である上喜中佐は、それだけに立場も一番低い──と、本人は思い込んでいる。

 実際のところは、引き分けや撤退はいくつかあったとは言え事実上ほぼ無敗で、配下の艦娘をひとりも轟沈させない賢明かつ慎重な采配から、将兵・艦娘を問わず彼は一目置かれているのだが。知らぬは本人ばかりなりというヤツだ。

 もっとも、上喜は結構調子に乗りやすい性格(タチ)なので、下手に高評価されてると伝えない方が本人のためかもしれないが……。

 

 「は、はい、上喜提督。幸い今日は他の建造の予定は入っていません、よ」

 工廠の主たる工作艦娘・明石が、ちょっとオドオドした雰囲気を漂わせているのは、別段、上喜が乱暴だとか日頃から無理難題をフッかけてるからというわけではない。

 同じ艦型の艦娘は、外見や言動・性格が似通ったものになるのが常だが、時折、その枠に収まらない“個性的”な艦娘も現れる。

 舞鎮(ここ)の工廠所属の明石は、気さくでフレンドリーな性格の大半の明石と異なり、少々内気で小動物ちっくな気性の持ち主なのだ。

 もっとも、ヒキ・コ、ニートス、パジャマーンの三邪神に魂を捧げていそうな某吹雪型3番艦と異なり、ちゃんと勤労意欲はあるし、明石共通の「機械弄りが好き」という性向はしっかり備えている。単に、ちょっとコミュニケーションが苦手なだけなのだ……たぶん。

 

 それはさておき、ここ舞鶴鎮守府の工廠には、艦娘用基本艤装を作成できる建造ドックが5基設置されており、理論上は同時に5隻分作ることが可能となっている。

 ただ、「建造ドックは同時に複数稼働させると、そこで働く妖精さんたちの調子(コンディション)が下がり、レアな艤装が出来づらくなる」という俗説も提督たちの間では半ば公然と囁かれており、5基同時に稼働していることは滅多にないのだが。

 

 そもそも、ゲームの『艦これ』とは異なり、この世界に於いて艦娘(より正確には艦娘用の基本艤装)を建造するというのは、何気に難度が高い。

 基本艤装の中核(コア)たる“開発資材”は、非売品──大本営からの功績依存の支給品だ。ゲームのようにポンポン手に入らず、かなり積極的に上からの委託任務を遂行している提督でも、年間に2、3個入手できればよいほうだろう。

 ゲームで言う“艦娘(この世界では基本艤装)ドロップ率”もシブいが、それでも10回の出撃で1個くらいは手に入るのだから、遥かにマシだろう。

 

 さらに言えば、仮に基本艤装を手に入れても、その時の艦娘志願者の中に適合する者がいなければ、実際に艦娘として着任するまで長い時間待たされたりもする。

 2018年現在、日本海軍に所属する提督資格者は127人(予備役は除く)。実際に鎮守府や泊地に着任して提督として艦娘を指揮しているのは、そのうちの7割にあたる85人。

 それに対して、現役の艦娘はおおよそ1000人前後。艦娘の“艦娘としての寿命”が10年程度であることを鑑みても随分と少ない数だが、それだけ艦娘というのは(一般的な華やかなイメージと異なり)志願者(なりて)が少ない仕事でもあるのだ。

 

 それだけに配下となる艦娘の確保にはどの提督も熱心であり、かつて──“大反攻”終結以前の激戦期ならともかく、現在の日本に於いては俗に言う「ブラック鎮守府」は皆無に等しい。

 公務員なので、給料自体は(軍人としての危険手当的な割り増しはあるが)極端に高価にできないため、職場や寮の環境その他の快適度を少しでも上げて、なり手を誘致しようとするからだ。

 

 そして、それだけ心を砕いても、望む艦娘が望むだけ部下()に入るとは限らないのが、提督稼業の世知辛いところだった。

 

 閑話休題。

 そんな状況下でも、若手ながら四大鎮守府のひとつ、舞鶴鎮守府に所属する上喜提督は、比較的恵まれた立場にある。

 あるのだが……この提督、もとが“別世界(げんじつ)”からの転生者であるためか、配下の艦娘が少なかった最初の頃はともかく、それなりの数と熟練度が揃った現在は、建造時に少なからぬ茶目気(あそびごころ)を出す悪癖があった。

 

 「久々に建造に手を出すわけだけど、今日はぜひ明石さんに空母(の基本艤装)を作り上げていただきたい!」

 現在、上喜提督指揮下の航空戦力は軽空母の鳳翔と正規空母の赤城の2名のみ。つい先日、水上機母艦の千歳が配下に加わったが、彼女が軽空母に改装されるまでは、まだ少し時間がかかるだろう。

 

 「い、いえ、その、“建造”するのはあくまで、工廠にいる妖精さんたちでして、わ、私はあくまで必要資材を渡して見守るだけなので……」

 そこまでは上喜も予想していた通りの明石の台詞だったが、意外にもその続きがあった。

 「……ですが、上喜提督、少し気になるモノがありまして」

 明石が背後の棚から取り出し、工作台の上に置いたのは、掌に乗るくらいの大きさの透明な水色の立方体だった。

 明石いわく、少なくとも彼女が入れた覚えがないのに、いつの間にか棚に入っていたらしい。

 

 「? なんだ、こりゃ」

 首を傾げて立方体を摘み上げ、間近で見つめる上喜だったが、なぜか“ソレ”に見覚えがある──ような気がした。

 (あれ、どこだっけかで目にしたような記憶があるんだが……)

 

 「その……不可解なんですけど、なぜかコレが「建造時に役立つものだ」という確信めいたモノが心の中に居座ってまして」

 万事控えめな此処の明石が、わざわざそう訴えかけてくるくらいだ。そうとう強く感じているのだろう。

 よく見れば、彼女の周囲にいる工廠の妖精さんたちも興味津々で、その水色の物体を注視している。

 

 彼女たちだけではなく、上喜提督自身も、なにがしかの因縁めいたモノをその立方体から感じ取っているのは事実だった。

 「よし、ヤっちゃっていいよ。俺が責任持つ。“開発資材の代りにソレを使って”1隻作っちゃえ」

 そう意識した瞬間、上喜の口から自然にその言葉がこぼれていた。

 

 それが、前代未聞のとんでもない事態を引き起こすとは、神ならぬその身では想像もできなかった……とは、のちの上喜提督の弁明(いいわけ)だが、彼の上司はともかく、同僚や部下の大半が「嘘っぽい」と疑いの目で見ている。

 戦時の指揮官としての上喜はともかく、平常時の彼は、よく言えば「好奇心旺盛でユーモア精神にあふれた」、言葉を飾らずに言うと「年齢の割に子供っぽく悪戯好きな」性格をしていたからだ。

 

 とは言え、実際にそのあとに起こる“事態”の内容を彼が把握していたら、さすがに自重していただろう──きっと、たぶん、おそらく、めいびー。


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