ある宵のこと、彼女は半額弁当争奪戦という、狼達の戦場に迷い込んだ。
流行れ、ベン・トーの二次創作。忍者は趣味。リアルで余裕が出来たら続きます。
「腹が減ったで御座る」
胃袋が悲鳴をあげている。音が周囲に鳴り響くレベルなのだから、相当な空腹度合いだ。
思えば、ここ数日はろくな食べ物にありつけていない。
いや、食べ物を口にしない日は割と多々あるのだが、今回ばかりはそのような程度ではない。
「治まれ、腹の虫⋯⋯」
私こと、
本姓は
祖父曰く、束原の家は由緒正しき忍者の家系であるらしいが、こんな平和な世の中では、もはやそんなものは肩書き程度でしかない。なんなら、バラエティ番組なんかで取りあげてもらえる程度の存在。
「“すーぱー”で御座るか⋯⋯」
時刻を見れば、今は午後七時。
このまま胃袋に苦痛を強いれば、言葉遣いが忍者っぽいので定着してしまいそうである。
忍者の末裔などとは言うが、私自身は至って普通の女子高生だ。
身長は156cm、筋肉は付いているが健康的に。ショートの黒髪に、黒い眼の日本人らしい容姿だと思う。
そんなのが、御座る御座る言っていたら変だろう。忍者の格好をしているわけでもあるまいし。
「仕方ない、で御座るな」
我が家では、『飢餓を利用した力の向上』とかいう訳の分からないモノを取り入れた忍術とも言えない様なものを伝承させている。
実際、私もそれで身体が軽くなったり力が強くなったりしているから、あながち間違いでもないのかも知れないが、伝承する身としては妙ちきりんさに唸らざるを得ない。
そして、何よりも問題なのが⋯⋯。
「とはいえ、この言葉遣いの変容、どうにかならぬもので御座るか」
言葉遣いが似非忍者語に強制変容するのだ。これも忍術修行の成果である。要らない。
このまま居候させてもらってる老婦人の家に帰るのも嫌だ。あの二人には、自分が忍者の末裔であることは教えていないのだ。
「しかし、拙者の財布の中身はほぼほぼがらんどう。三百円で何を買えるというのか⋯⋯」
そう。私の財布の中身は常に空と言って良いような状態なのだ。
というのも、半ば家出のような形で実家を飛び出してきた私の手持ちは、母からの一ヶ月二万円程度の仕送りと、貯めていたお小遣いのみ。それも微々たるものでしかない。
祖父とは喧嘩別れをし、何とか母を説得してこの春から私立烏田高等学校へと入学した私は、バスや電車を駆使してこの街に辿り着いた。しかし、寮に入ることは出来なかった為に住む場所を探さねばならないような状態だったのだ。
そうして、行き倒れていた私を助けてくれた老夫婦。彼らには住まう場所を提供してもらっている上、あまつさえ朝食まで養ってもらっている。だが、それ以上は望めないし、それはバチが当たるというもの。人として情けない行いだ。というか、私としても嫌なのだ。頭が上がらないどころか、一生土下座し続けなければ申し訳なさで自害できるほど。
故に、私は己への戒めから昼食を抜き、晩飯を近くの仲の良いパン屋の女性がくれる余り物で済ませていた。修行の一環でもある。
しかし、そのパン屋も今日はやっていない。だから、何かで済ませなければならない。今までのパン屋の定休日ではコンビニのおにぎり二つで済ませていたが、行きつけのコンビニには何も並んでいなかった。
そこで私は、暗い空を見上げてあるものを思い出した。
「⋯⋯半額弁当」
時刻を見れば、目の前のスーパーホーキーマートでは弁当が半額になるであろう時刻。これは行くしかないのではないか。
咄嗟に決めた私は、いざ半額弁当を手に入れんと勇み自動ドアをくぐった。
▽
「⋯⋯なんで御座るか、これは⋯⋯」
そして、私の目の前に広がっていたのは死屍累々たる光景と、それらを放って弁当コーナーの前で乱戦を繰り広げる連中。『おさかな天国』が流れ、その光景を余計に異質なものとして際立たせている。
え、待って。どう見ても普通じゃない。あの人達何してんの?
「うぉおぉ!」
黒髪の少年が握り締めた拳を突き出した。どう見ても鍛えているわけではなさそうな少年の拳打は、あごひげを生やした青年を殴り飛ばす。
まるで獣のような闘争心。自然と唾を飲み込んでいた。
「おかしい⋯⋯ここはスーパーではないのか?」
これはどこからどう見ても戦場。例え常在戦場を掲げていたとしても、現代でお目にかかれる様な光景ではない。
目の前に広がる光景に呆れ立ち止まっていると、腹から空腹を訴える音が。奥に見える弁当コーナーには後二つ弁当が残っている。そのどちらにも半額になっていることを示すシールが。
何が何だかわからないが、私自身、引き下がるわけにはいかない。
「参るで御座るか」
気配を絶つことは、忍者の末裔である私の十八番。こんな乱戦状態なのだ。忍の術を乱用するなと祖父には散々言われてきたが、老婦人のためだと思えばそんなものはいくらでも破れる。
スっと息を吐いて、だらりとした体勢から予備動作なく駆け出す。近くにあった持ち帰り自由の割り箸群を引っ掴む。
「うぁっ?!」
「せいっ!!」
殴り合い悲鳴をあげる男達の合間を潜り抜けて、目指すは弁当。どうしてこんなことになっているのか、気にならないわけではないが、私は空腹に負けるわけにはいかないのだ。
だから、弁当は私が頂く。
「⋯⋯ッ!」
「⋯⋯っ!?」
迫る槍のような蹴りをすんでのところで上に跳ぶことで回避。お返しに、苦無投擲の用量で割り箸を数本投擲する。
「気配を絶ち弁当を狙うとは⋯⋯卑怯と罵るべきか、その術を賞賛するべきか」
「⋯⋯お主、やるで御座るな」
「ふん、素直に受け取っておこう。で、この割り箸を見るに、そして、その佇まいからして豚というわけでは無いようだが⋯⋯見ない顔だ」
冷たく刺さるような黒い眼が私を見据える。その手にあったのは先程投擲した割り箸。何本か掠ったらしく、その頬や露出した肌からは血が垂れている。
周囲の視線が、彼女に。そして、私に突き刺さる。彼女へのソレは畏怖。私へのそれは驚愕。
周りからすれば、唐突に現れたようなものだから確かにそうなるやもしれない。
「お前、どこの狼だ」
「狼?」
「⋯⋯なるほど、狼ではないと。ならば、弁当を欲した迷い犬か」
狼やら犬やら、目の前の女性が何を言っているのかわからない。
わからないが、弁当は私のモノだ。
狙うは、『貪れ、初夏のムサ苦しさ!ニンニク焼肉弁当』。なかなか個性的な名前だとは思うが、あの見た目からするに味は絶品と見た。
相手もそれは同じであったらしい。視線を交わらせて、私達はお互いが互いに欲しているものを同じくしていることを理解。
「投ッ!」
「ッ!!」
私達を同時に潰そうと襲い来る数人へと割り箸を投擲。
やはりと言うべきか、目の前の彼女は強い。絶望的な差と言うわけではないが、単純な肉体戦では負けるだろう。
だが、私には
「⋯⋯!」
「斬ッ!!」
強襲し、逆手に持った右の割り箸を振り上げる。左脚でガードされる。その隙に左の割り箸で腹部目がけて突きを放つ。
「⋯⋯刺ッ!!」
危なげなく、彼女は割り箸を回避するとお返しの蹴りを御見舞してくる。
それを割り箸でいなすものの、あまりの威力に割り箸はミシリという音を立てて真っ二つに割れた。
喰らえばタダでは済まないだろう。
「しかして、勝つのは拙者で御座る!!」
「いや、私だッ!!」
そういう彼女の眼には、強い意志が宿っていた。
なるほど。半額弁当如きに命を懸ける。馬鹿らしいが、その決意は本物と見た。
なればこそ、私も負けるわけにはいかない。
終わるは次の一合。そこで勝負を決める。
その考えは、やはり向こうも同じ。
「拙者は、束原舎人。故あって真名は明かせぬが、許せ」
「いや、許すさ。私は
氷結の魔女。私は槍水仙と氷結の魔女の名を噛み締めると共に、両の手の四指の間に三本。計六本の割り箸を挟む。
向こうは純粋な自然体のフォームで、こちらを待ち構えていた。
「⋯⋯いざ、尋常に⋯⋯」
「参るッ!!」
割り箸とブーツのぶつかり合う音が響いた。
▽
「⋯⋯負けた」
まだ少し痛む赤い右頬を撫ぜて、私は夜の公園のベンチに一人どん兵衛を啜っていた。
「⋯⋯氷結の魔女、次は私が倒す⋯⋯」
このどん兵衛の味は、敗北の味。美味であれど、我が心は掴めなかった勝利に燃えている。
時刻は午後の十時。そろそろ帰らなければ老婦人に心配をかけてしまうだろう。
「痛い⋯⋯」
明日までに痛みは引くだろうか。
そんなことを思いながら。見上げた月は、新たな獣の誕生を祝福するかのように満ちていた。
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