「旅行は楽しかったみたいだな」
「はい!長らく開けましたが、帰りました!」
土産の唐辛子酒を飲むと、アインズの頭の上からボフンっと煙が上がった。
少し日焼けしたナインズは皆で広い水路で泳いだり釣りをしたり、子供の頃と変わらない遊びも満喫してから、行き帰りの旅含め、全部でおよそ二週間遊んでから帰ってきた。
「ナイ君良かったねぇ〜!私もアインズさんと遊びに行きたくなっちゃったなぁ」
フラミーの頭からも煙が上がる。出来上がって赤くなった母は楽しそうだった。
「良いですねぇ、フラミーさん!スルターン小国でいいですか?」
「はひ!久しぶりに!」
二人が楽しそうにする横で、アルメリアは母の杯の中をくんくんと嗅いでベッと舌を出していた。
控え、様子を見ていたセバスは一度杯を受け取り片付けた。
「──お母ちゃまがいくなら、私も行きます。外ですけど」
「じゃあ、三人で行こうねぇ。リアちゃんも行くならヴィクティムと〜、おにぎり君達と〜、あ、アウラ達も一緒に行きたいかなぁ」
母が護衛についてあげながらアルメリアと部屋を出て行く。
父も「執務に帰る時間があるから……」と日程について考え始める。セバスがアルベドと共有している予定表を開いてアインズの下へすぐさま向かう。
ナインズはふと、ずっと気がかりだったことを聞くことにした。
「父様、祈りの話なんですけど」
「祈り?どうした?またうるさいか?大丈夫か?」
途端に全ての他の思考を捨て去り、アインズはナインズを抱き上げた。
「わ」
そのままソファに座って、まるで赤ん坊にするように抱きすくめられるとナインズは苦笑した。
セバスも何かできることはないかと「温かいタオルを」とメイドに指示していた。冷や汗が以前すごかったからだろう。
「い、いえ。大丈夫です。そんな大袈裟な」
「大袈裟なものか。玉座の間に行かなくても平気そうなのか?」
「体は全然平気です。それより、行きがけに少し気になる祈りを見かけたんです」
「気になる祈り?」
若い男が若い男にお姫様抱っこされてソファで撫でられるというのはどうなんだろう。手の空いているメイド達は鼻に清潔なハンカチを当てた。
「言葉にならない言葉の羅列でした。あんなのは初めて聞いた……。すごく苦しくて、辛そうで……でも、何を言ってるのかわかんなくて……。何を言ってるのか分からないなんて、あり得るんでしょうか」
「うーむ。この世界は翻訳こんにゃくを食べているんだから……虫かなんかの祈りだったのか?もしくは、言葉を覚えるか覚えないかくらいの生まれたての赤ん坊とか……」
「う、生まれたての赤ん坊!?そんな!彼らあんなに苦しそうだったのに!もう死ねたのか!?それともまだ生きてる!?」
ナインズはアインズの膝の上で跳ね上がった。あの見た目はあまり生まれたての赤ん坊という感じはしなかったが、ナインズが全く知らない種族だったのだから全ての可能性は無では無い。例えばすごく在胎日数の長い生き物で、生まれた時から老いているとかそう言うことがあれば大変だ。
「お、落ち着け落ち着け。そんなにすぐ死ぬだのなんだのって」
「父様もあの祈り聞きました!?もう死なせてやってくれました!?本当に苦しそうだったんです!!」
「う、う〜ん。聞いてないかもしれん。ごめんね」
若い何も知らない男のふりをして父がおどけて見せると、ナインズはますます焦った。こうやって父はたまにナインズやアルメリアをおちょくってくる。
「そんな無責任な──いえ、忙しかったんですよね。ちょっと待ってください、今代わりに探しますから!」
「あ、はは。そうだな。うん。助かる助かる」
目を閉じ、必死になってあの灰色の祈りの糸を探す。
父はナインズの背を絶えず撫でてくれていた。
「なぁ九太。無理に探すことないんじゃないか?なるようになる分もあるんだから。聞いてやる祈りも取捨選択が必要だろう」
「わ、分かってます……。もう悪いことしないからお腹痛いの治してとかは無視してます……」
「……ごめん」
「何がです?」
「いや……うん」
話をすると一層見つからない。だが、今よく思い返してみれば、初めて祈りを聞いた時にも聞こえていたような気がする。
(──助けてやりたいんだよ。聞かせてくれ……)
ナインズが求めると、カーテンのように糸達が舞い、その奥に灰色の糸はあった。
(──こ、これだ。これだ!)
心の中で掴むと同時に思わず手も動いた。
目を開くと、確かに手の中には灰色の祈りの糸があった。
「父様、これなんです!!」
「……うん。そうだな」
父はナインズの手を静かに見下ろした。
──逾樊ァ倥?∝ア翫¥縺ョ縺ェ繧峨←縺?°谿コ縺励※縺上□縺輔>
「これ、絶対──っう!」
ナインズの中にまた痛みが走る。
振り切るようにそれを捨てると、父に縋って肩で息をした。
「あぁ……!まだ生きてる……!!」
「もういい。やめなさい。必要なら後でなんとかしておくから……」
「い、忙しいからだめですよ!また忘れたら彼らどうなっちゃうんですか!?全然遠く無いところからなんです!」
「お、お前……どこから来てるのか場所も分かるのか」
「あの量だったら分かります!数え切れない!死にたい死にたいって!──アベリオン丘陵から!!」
ナインズは胸を押さえて痛みを逃すように何度も息を吐いた。
(レオネ……)
大切にしている金の糸は望むだけで手の中に入る。ナインズはそれを抱えると少し落ち着いた。
そして、ふと父が骨の体に戻っていたことに気が付いた。固く冷たい。
「あ……あぁ、父様。一緒に行ってくれる……?」
「いや。お前は来なくていい。私が行ってくる」
「任せっぱなしにできないです。僕も行きます」
「やめておけ。お前はあの場所で耐えられるはずもない」
見上げた骸の瞳は赤く輝いていて綺麗だった。
「あの場所で……?知ってたんですか?」
「知っていた。必要ならなんとかすると言ったが、そこはなんとかする必要のないところだ」
「え?そ、そんな。言葉になってないけど、あんなに死を願う祈りで溢れてるのに!」
「願うことは自由だ。だが、叶えられるべきかどうかを決めるのは私だ。お前はお前の領分を超えたことをしている。お前はなんだ。死神か、魔王か。違うだろう」
ナインズはよろけながら父から立ち上がった。
「ぼ、僕も行きます」
「行ってどうする。お前が殺すのか。蟻一匹殺すことに躊躇するようなお前が」
「必要ならそうします。何が暮らしているのかわからないですけど、あそこには苦しみが溢れすぎてる」
「無駄なことはするな。私が行くと言っているだろう。最初にその祈りを聞いたのはいつだ。スルターン小国へ発った日か」
「そうです。そうですけど……どうしようって言うんですか」
「忘れろ。痛みも苦しみも求めも」
アインズが金色の杖を取り出す。ナインズはもう自分が何をされるのか理解した。
「っそんな!!」
「<
この魔法に対抗する力を持たない。
ナインズは無意識に腕輪を放り出すと、この魔法から逃れる自分が持つたった一つの力を使った。
「──<
視界が一瞬にして第六階層の
「はぁ……はぁ……。びっくりした……」
頭の中は覗かれたかもしれないが、何かをできるほどの時間はなかったと思う。
いや、時間を止められていたとしたらそんな事は言ってられない。時間を止めている間にどんなことができるかなど、ナインズには想像もつかない。
人智を超えた存在を前に、ナインズは兎に角あの祈りの下へ走るしかない。
(父様が救わないと決めてるなら、忘れるわけにはいかない……。何度も聞くしかない……)
記憶は繰り返されることで強化されていく。他の経験と結び付けられる事で記憶の複雑性が増し、操作がしにくくなる。
流石に父が自分の頭の中をミートボールスパゲティにするとは思えず、ナインズは駆け出すと共に祈りの糸を掴んだ。
「っうぁ!!」
痛みが強すぎる。
最近は対等に戦えるようになった五十五レベルのモンスター、
「ナインズ様、大丈夫ですか!?アウラ様達を──」
「い、いい!僕がここに来たことは誰にも言うな!!」
ナインズは平衡感覚を取り戻し直すと、一人走って第七階層への道を行った。
一郎太が温度耐性の指輪を受け取るための番人からアイテムを借り受ける。
第七階層の灼熱の地獄に足を踏み入れると──
「……ナインズ。お前が楽になるために私はだな……」
父はいた。デミウルゴスも、魔将達も。
当たり前だ。ナインズのナザリックの出入りはほとんどここしかない。
「……そんなの、僕のためになんてなりません」
父の手には杖がある。時間を止められて仕舞えば、あの者たちに安寧は訪れない。
「──<
ナインズの姿が再び掻き消えると、アインズはため息を吐いた。
「ついに反抗期が始まったらしいな。歓迎すべきことだ」
「しかし、どうなさいますか。ナインズ様のご体調に悪影響だとすると……」
デミウルゴスが悩み、唸る。
「ナインズは事実や理論より時に感情を優先する。まずは説得するが……まぁ、お前には少なくともまた苦労をかけるだろうな。だがまずは……──あれがどこへ行ったか探せ!ハンゾウが置いて行かれている!!」
「は!!」
一郎太だけが護衛だと思わせているのには、ただ彼の素敵な学園ライフのためだけではない。
アインズですら見張られていることに嫌気がさすのだから、全てを振り切りたいと思う日は必ず来るはずだと理解している。
一郎太さえ振り切れば自分に護衛や監視はいないと思えばこそ、
八十レベルのハンゾウが常についていると知れば逃げ出したいと思った時にあらゆる魔法的手段を使われる可能性もあったというわけだ。
今回はそういう逃走ではないが、まんまと護衛を全て置いて行かれた。
「……<
第三位階の魔法だが、相手が転移で逃げたとしても使用者との間に魔法的な結びつきが生まれ同じ場所に同時に転移できる。
にわかに騒がしくなる第七階層で、アインズは一つ<
「──フラミーさん?俺です。花ちゃんと三人のデート。──あ、もう準備できました?はは。早いなぁ。──えぇ。俺もすぐ行きますよ。でも、ちょっと九太が寂しいって。──うん。そうですね。帰って来たばっかりなのに皆出かけちゃね。──えぇ。まだまだ子供ですよ。先に行っててください。じゃあ、また追いかけますから」
至高の父は一番大切な連絡を欠かさない。
「──アインズ様。やはり地表部からどこかへ転移されたようです」
どこかと連絡をとっていたデミウルゴスが一時報告をするが、それと鏡以外にナザリックから出る方法はないもんなぁと苦笑した。
「
デミウルゴスは再び頭を下げて連絡を始めた。
アインズも鏡を取り出し、わざわざ覗き込むこともなくなった地表部周辺を探索した。
悪魔達がデミウルゴス謹製の骨の椅子を持って来てくれると、それに掛けた。
(腕輪捨ててかないでよ〜。九太〜……)
パパは街と環境破壊にそわそわした。
「はぁ……はぁっ……ひぃ〜」
地表部からアルメリアと子供の頃よく遊んだウサギの駆ける野へ出たナインズは自分が知る一番遠い場所へ転移した。以降は走っている。天使を呼び出し、自分を抱えさせて飛ぼうかと思ったが、
正直、いまだにナザリックがどこにあるのかはっきりは分からない。教えてもらえていないともいう。
試しに神都に向かって<
第五位階の<
「……もう使ってみるかぁ!?」
走りながら若干投げやりな気持ちになる。
レベルとしては不可能ではないはずなのだ。流石に第八位階は無理だが、第七位階なら手も届き始めるはず。
一度足を止め、杖を抜いた。
「っはぁ!はぁ!っうぅ……痛い……。痛いよぉ……」
祈りの糸が震える。ナインズは一度うずくまると、そっと糸に<
「……必ず助けるから……はぁ……はぁ……今は……ちょっと待って……」
広すぎる草原の中で転がって息を整えていると、無垢すぎる様子のウサギ達が集まって来て、ふんふん鼻を言わせてナインズを覗き込んだ。
「はは……。ありがとう……皆優しいね……」
ウサギを撫でようとした瞬間、空からナインズの胸にドカンと衝撃が落ちた。
──蜉ゥ縺代※縺上□縺輔>
──蜉ゥ縺代※縺上□縺輔>
──蜉ゥ縺代※縺上□縺輔>
ナインズは悲鳴をあげた。草原でのたうち回って草を握り締めてもがいた。
──谿コ縺励※縺上□縺輔>
──谿コ縺励※縺上□縺輔>
──谿コ縺励※縺上□縺輔>
中途半端に手を出したせいか、祈りが届くと信じる強い心が襲って来る。
まさか糸にかけた<
だが、確かにそうでなければ神はいつも苦しむ人々の元へ直接出向かなければいけない。少し考えれば分かったはずなのに。
母は忙しそうにしているが、ナザリックにいることが多いのに。
ナインズは耳を塞いで全ての糸を振り払った。
「……もう嫌だ……うぅ……」
自分で始めたことだがすでに心が折れそうだった。
生まれて初めて噛む土は苦い。ナインズはその場で数度吐くとのろのろと座り込んだ。
「……<
自分にそれを掛けると、肉体的なダメージは薄らいだ。だが、この憔悴と苦痛は消すことができない。そうして欲しければ父に──ナインズは首を振った。
杖をもう一度握りしめると、目を閉じる。
学校で習った通りイメージする。
(……神都に入る。次にエイヴァーシャーに入る。現地の便に乗り継いでアベリオン丘陵に入る。そこからは……祈りの糸を手繰っていく。最初に出る先はいつも行く大神殿だ。僕は超えられる……)
距離的に考えるとエ・ランテルから行きたいが、初めて使う魔法であまり慣れない場所に出るのは心配だ。
地理的に明確に理解していて、イメージも確か。ただし、鏡の間や儀式のプールは避けた方がいい。
「──行ける。<
次に目を開いたところは大神殿の書庫だった。
「や、やった!」
床に座り込んだ状態で喜ぶと、周りで人々と神官がざわついた。
「で、殿下?」「殿下?」「え?本物?」「神の子?」
座って本を読んでいた人や、本を持った人達が首を伸ばしているのが見えた。
「──あ、やばい。<
自分の出立ちを理解した瞬間大聖堂の椅子へ逃れ、フードを被る。幻術を展開すると一度息を吐いた。
服はナザリックの普段着のローブ──つまり、国宝以上の服だが気にしていても仕方がない。
ここは神官達の平和の祈りが満ちていて心地がいい。
心を落ち着けて、一度痛みを和らげた。
(うん、よし。行こう)
ナインズが席を立ち、大神殿を出ようとすると、後ろから誰かが走って来る音がした。
(……え、え……)
振り返る勇気が出ずに早足になる。どんどん足音が近付く。
ナインズは思わず小走りになり大神殿を出た。
(こ、怖すぎるよ!なんなの〜!)
苦笑してしまう。腕輪もしていない、力を行使できる状態でいるというのに、追いかけて来るのが父や守護者だと思うとナインズなど赤子の手を捻るより簡単に捕らえられる。
外に出た瞬間──
「き、キュータ君!!」
「……アナ=マリア?」
ナインズはようやく振り返ってフードを脱いだ。
よほど頑張って走ったのか、アナ=マリアの栗色の髪の毛は少しだけ乱れ、メガネもずれていた。
「はぁ、はぁ。……足、早い……」
「ご、ごめん。追手かと」
「……追手?誰から逃げてるの……?」
「……えーと、父親……とか」
「……なんで?」
なんで。
ナインズは自分に何故か問いかける。
ことの発端をよく思い出す。
「えーと……救う必要のないはずの祈りを聞いて……勝手に救いたいって言い出してるから……」
「……それ、どっちが悪いのか分からない」
「……確かに」
しかし、あの切実な祈りが救う必要のないものだとは思えない。
(……救う必要がないってなんなんだ?何か罪があるのか……?でも、あそこまで行けばもう許されてもいいんじゃないのか……?いや。第五階層には常闇の竜王と呼ばれる竜王がいたはず……)
決して近寄る事を許されない監禁された竜王。
存在を知ったのは学校の授業で、世界を破滅へ追いやろうとした所を父母が止めたと言う事を習ってからだ。
子供の頃に無邪気に聞いた時に今どこにいるかを教えられた。
(……あれは許されざる行いをしたはず……。何か母様にむごい事を……)
詳細は控えられている。聞くことすら許されない雰囲気だ。だが、その雰囲気が全てを物語っているとも言える。それほどの事をしたのだと。
(……そういう者の末裔だったら……?いや、子供が親の罪を背負うなんてことはあっていいはずがない)
「キュータ君」
(……それとも、あそこに地獄と呼ばれる生前の行いを罰する場所が存在するとしたら……?だとしたら、僕がしようとしていることって本当にあって──)
「キュータさん」
ナインズはハッと我に帰った。
「ご、ごめん。レオネ。──え?レオネ?」
顔を上げた所にはレオネとオリビアもいた。
「ほら、聞こえてるじゃありませんの」
「……キュータ君、なんで私のこと無視したの」
「あ、オリビア。そんなつもりじゃなかったんだ」
オリビアの頭を撫でると、頬を膨らましていたオリビアはおかしそうに笑った。
「ふふっ!ね!昔みたいだね!」
「え?何が?」
「昔、一郎太君の服乾かすために枝探してたでしょ。その時も私が呼んでも気が付かなかったの。レオネが呼んだらキュータ君気が付いてね、レオネは"ほら、聞こえてるじゃありませんの"って言ったんだよ」
「ははは。そんなことあったかな」
「あったよぉ」
「……そんなにわたくし、うるさくて……?」
レオネがうーん、と首を傾げ、ナインズは思わず笑った。
「はは、レオネは少しうるさいね」
「参りましたわね」
「それが君のいいところさ。──それより、三人は何してるの?」
「夏休みだから、皆で勉強!書庫、大騒ぎだったよ。大丈夫?」
「う、うーん。転移して来たんだけど、ちょっと出るのに指定したところが良くなかったね。本当は失敗しない魔法なんだけど、自分で失敗した」
ナインズはちらりと大神殿を見た。騒ぎになっているなら、もうここにいる事はバレる直前だろう。神官達はわざわざナザリックにナインズが大神殿にそのままの姿で来たとか連絡はしないだろうが、探しているなんて話が耳に入ればまずい。
「……キュータ君、大丈夫?お父さんと喧嘩なんて大変だよね」
「喧嘩……ってほどなのかな。はは」
ナインズの頬をオリビアがごしごしと拭いてくれると、オリビアの綺麗なハンカチには少し土がついた。
「うわ、ひどい顔してたね」
「ふふ、男の子って感じだね!」
「そう言うもんかなぁ。──<
「謝りに帰る?仲直りできたらさ、この後戻っておいでよ!お仕事終わったイシューも来るよっ」
オリビアは愛らしくぴょこりと姿勢をただした。
「……謝りに帰る……か……」
「うん、謝った方がいいよ。お父様、心配してるもん」
心配されているのもわかる。
今は腕輪もしていないし、どれだけ心配しているだろう。
けれど──。
ナインズは胸を握りしめ、悩んだ。
「──帰らなくていい」
その言葉にハッと顔を上げた。
レオネの瞳は真剣だった。
「あなたが救いたいと思ったのなら、救ってみせて。完璧じゃないのだから、間違ったって仕方ないですもの」
アナ=マリアはその様子に瞬いた。
「……レ、レオネちゃん。い、いいの?だ、だって……」
「いい。これが許されない事だったら──」
「……だったら?」
「ま、叱られますわね」
全知全能の神が必要ないと言い切る救いの背中を押すレオネの様子に「レ、レオネェ〜!だめだよ〜!!」とオリビアも慌てていた。
「──レオネ、エイヴァーシャーに行くにはどうしたら良い?」
「学院の二つ向こうの大きな停留所へ行かれて。中距離の
「あぁ、アベリオン丘陵に行こうと思う」
「……だと思いましてよ。エイヴァーシャーで乗り換える必要がありますけれど、夜には着きますわ」
「わかった。ありがとう」
ナインズは最も自分を癒す祈りを捧げてくれるレオネを抱きしめた。
「キ──ん……」
レオネは何かを言おうとしたが、そのまま押し黙った。
「……わ」「はゎ」
同時にアナ=マリアとオリビアからも声が漏れていた。
レオネから伝わってくる全ての温もりと強い祈りがナインズの胸を満たし、ナインズはレオネから離れた。
「──行ってくる」
少しだけ顔の赤いレオネが頷く。
ナインズが駆け出すとレオネは誰よりも大きい声で言った。
「っお気を付けて!!お一人なんですからね!」
「あぁ!祈っててくれ!!必ず君の声を探す!!」
手を振ってナインズの背が人並みに消えていく。
レオネは背も見えなくなった道をいつまでも眺めた。
そこに「おーい!」とイシューが手を振って合流した。
「ね、今そこでキュータに会ったよ。それも一人で走ってった」
「イシュ〜!レオネがぁ」
「……大変な事をした」
「えぇ?」
アナ=マリアがイシューに顛末を話すと、イシューは「あちゃ〜……」と漏らした。
「れ、れおねぇ。罰当たりだよぉ〜」
オリビアが真面目すぎるはずの友人を引っ張る。レオネも不安なのか俯いた。
「……レオネちゃんなら今すぐ帰って謝りなさいって言うと思った」
「らしくないねぇ、レオネ。キュータ、これでお父様ともっと喧嘩になっちゃったら……それに、一郎太も一緒にいないのに……。そこはちゃんと帰って謝れって諭してあげるべきだったんじゃないの?イエスマンでいることが全てじゃないでしょうに。それでギュッてして貰えたってさぁ……」
「三人の言う通りですわね。──なので、わたくし懺悔してきますわ!」
レオネが大神殿にかけ出すと、「晩ご飯はー!?」とイシューが言う。
「後で行きますから!!お茶でもなさってて!!」
祈らなくては。彼の無事と、彼のしようとする救済がうまくいく事を。
レオネの背が大神殿に消えると、三人はため息を吐いた。
「はぁー。ま、まだ夕方って時間でもないしね。その辺で待ってよ」
「レオネ真面目だから陛下に逆らうようなこと言って、不安になっちゃってないかな……」
「……陛下なら許してくださる。……それより、ギュウが羨ましかった」
アナ=マリアの素直な感想にオリビアとイシューは同意して笑った。
たった一人で
ただ、
夕暮れ時、目指す停留所より前。停留所も存在しない誰も降りないようなエイヴァーシャー大森林の入り口手前で
他の乗客が何だ?と首を傾げる。
運賃受け取り用の
「御方があちらでお待ちです」
指し示した先には
「そうか。悪いね、こんな所で止めさせて」
「とんでもありません」
立ち上がったナインズの髪はもう銀色になっていて、乗客達は下車の様子を目を丸くして見守った。ナインズの幻術はフラミーのように長持ちしない。
ナインズを置いて
「遅かったな」
「結局神都から
「楽しかったか?」
「えぇ、中々」
「それは良かった。途中で迎えに行って悪かったな」
「いえ、祈りの気配を追ってここまで来てたら、多分明日か明後日になってました」
父が一歩踏み出すと、それに合わせてナインズは一歩下がった。
「……そんなに警戒しなくて良い。もう記憶操作はやめることにする。ほら、とにかくこれを着けなさい」
ひょいと放られて手元に来たのは、封印の腕輪だった。
「これ、爆発しちゃいましたか?誰か怪我しなかったかだけ心配で」
「私の手元にあったんだ。心配することはない」
「良かった。ありがとうございます」
ナインズはそっといつもの場所に腕輪を戻した。
「──それで、どうだ。ここは」
尋ねるアインズの後ろにポカリと開く地獄の釜へ、ナインズの視線は自然と動いた。
「悍ましいです」
そこからは、灰色どころか数が多すぎるせいで真っ黒に見える祈りの糸が天へ向かって噴き出していた。夥しい量の祈りの糸は木の幹にすら見えるほどに寄り集まり、蠢いた。
「そうか。こんなに美しい景色だと言うのにな。私は二、三日に一度程度はここに二時間ほど来ているが、ここで見る夕暮れは格別だと思う」
「何をされに来ているんですか。救い──ではありませんね」
アインズが顎をしゃくった先には、小さなログハウスが建っていた。
「アウラが建ててくれたんだ。良いだろう。出来上がった時、確かお前はまだフラミーさんのお腹の中にいたな。それから──そっちの施設を地下に下ろす頃はハイハイをしていた。
アインズの後ろに静かに立って控えていたデミウルゴスはいつもと変わらない笑みを浮かべたまま頷いて見せた。
「私はもうずっと、あそこの研究室で寿命を巻き戻そうと躍起になっている。自らの肉体を好きな歳の頃で出すのとは違う。皆歩んできた時間も、細胞の分裂回数も、心臓が鼓動を打った回数も違う。時を戻すと言えば言葉は簡単だが、私がやろうとしている事は対象者が持つ肉体の
アインズは骨の身にも関わらずがっかりと息を吐いた。ナインズには理解できない言葉が散見されたが、ナインズは決してアインズの話を途中で遮らずに聞いた。
「フールーダとジーダ、ゾフィの研究は期待できる。老化遅延の儀式魔法の研究があのチームの第一目標だ。フールーダは元から老化遅延魔法を使っていたが、ここの所の研究で更にそれは進んでいるように見える。それに、その儀式を使える不老長寿を望む者達も老いを遅めることに成功している。だが、ナザリックでは使われない儀式魔法であると言うことも含め、他者に期待しすぎる事はよくない。──お前は一郎太のためにも、不死の研究を手伝うと言ってくれていたな。そのお前に手始めに確認するように渡しておいた私の手記はここで書いたものだ。面白いだろう?」
「はい。興味深く読ませてもらっています。まだ途中ですけど」
「何よりだ。お前は頭が良い。きっと何か良い方法を思い付くだろう」
「ありがとうございます……」
骨でも分かる。今父は笑顔でいる。
それでも、ナインズは笑顔にはなれなかった。
「──さて、本題だな。お前はもうあちらが気になって仕方がないらしい」
「……はい。ここがナザリックの管理する地なら、尚の事」
アインズはデミウルゴスに振り返った。
「デミウルゴス、祈る可能性がある家畜を連れて来い」
「かしこまり──」
「僕も行きます」
「だから行ってどうすると言っているだろう」
「解放します。……場合によっては僕がその首を刎ねる」
「ふふ、ははは。ははは──ふぅ。ふふははは!──ふぅ」
骨の口から上がる笑いは消えてはまた発せられた。
一頻り笑うと、父の口からは「ふふ──ふふ──」と消されない程度の笑いがこぼれた。
「死神になる覚悟はとうにできたわけか。それとも、そうなる窮地に陥れば私が全ての命を奪うと期待しているのかな?」
「それを期待しないわけじゃありません。でけど……できる事なら解放してやりたい……!」
「ふふ、青いな。だが、心地良い。そう言う正義に──いや、その決意の眼差し、命の輝きは私の憧れるところだ」
父は空を見上げ、「ねぇ、たっちさん」と呟いてすぐにまた視線をナインズに戻した。
「良いだろう。主に何を収容しているのか見せてやる。来なさい」
歩き出したアインズの背を追って、距離を保ったままナインズは地獄の穴へ向かった。
たった五メートル程度の直径の穴には地下へ続く階段があった。
「──っう」
足を踏み入れる事を躊躇うほどの祈りの量に、思わず肘で口を覆った。
「死の匂いを感じるか。死と絶望の」
ゴォォ……と立ち昇っていく祈りの糸の中で振り返った父は、まさしく死神だった。
ナインズは一度目を閉じ、祈りを聞く力の全てに蓋をした。パンドラズ・アクターが作ってくれた遮断の指輪がそれを手伝い若干の光を漏らす。
もう一度目を開いた時には、ただの美しい草原とログハウス、それから地下への階段があるだけだった。
「……行きます」
穴に沿って螺旋状になる階段を降りていく。
生き物の啜り泣く声が徐々に大きくなり、ナインズの心臓は爆発するほどに早く脈打った。
「休憩するか」
「い、いえ……」
父とデミウルゴスが向かった檻の中で、一斉に何かが振り返った。
「彼等は……なんと言う生き物なんですか……」
父はすぐにデミウルゴスへ顎をしゃくった。
「名前はあるのか?」
「アベリオン四脚羊・改六でございます」
「だ、そうだ」
「羊……?」
毛を刈るとこんな姿になると言うのだろうか。
いや、ありえない。
額の突き出た大きな顔は首もなく胴体に付いていて、腹を擦りそうなほどにダブダブの体が垂れ下がっている。
人間のものと酷似した逆関節の四肢、尻尾もなく晒された肛門。
目は魚のようにまんまるで、口と鼻はバクのように十センチほど長く突き出ていた。
彼らで間違いない。
彼らは言葉は持たないようで、「うべべべべ……うべべべべ……」と震えて鳴いていていた。
「あぁ、一つお前に聞いておきたいことがある」
「……はい」
「お前はナザリックを出た後、この中の一人を回復したか……?」
「……恐らくしました。できるとは思わなかったんですけど、せめて何かしてやりたいと思って」
「ふーむ、なるほど。<
「そうです。──っう……」
頭痛がする。蓋をしているはずの祈りが蓋を開けようとする。
四脚羊を見ると、ナインズはゾッとするほど大量の視線を浴びていた。
よろめき、肩を抱いて檻にぶつかるようにして座り込むと、四脚羊達は集まって檻の中からナインズに触れた。
──繧ゅ→縺ォ謌サ縺励※縲ゅ◎繧後°谿コ縺励※縲ゅ♀鬘倥>縲ら・樊ァ倥?
「っうわあぁ!!っうぅ!!っぐぅぅ!!」
デミウルゴスが寄ってくると、四脚羊はまた一斉に檻の向こうへ走って行った。
「……一度地上に戻ろう」
アインズは動くことすらできないナインズを抱え上げると、来た階段を戻った。
わ〜だいぶ姿が変わってますねぇ!きもちわる〜い!
今はもう懐かしい牧場を地下に下ろす建築作業はこちら!
https://syosetu.org/novel/189588/260.html
次回、明後日かなぁ!
Re Lesson#29 ナザリックの真実
キュータ君がレオネの声にだけ反応するお話はこちら!
https://syosetu.org/novel/189588/341.html
何もかもが皆懐かしい…