双子のオリ兄が弟の一夏のハーレムを目指すそうです。
今、一人の男子学生を中心にIS学園の教室が波乱の渦に包まれようとしていた。
「「「むむむ……!」」」
「そ、その……皆落ち着いて、な?」
自分を中心ににらみ合いを続ける女性陣を必死に宥めようとしているのは世界で初めてISを操縦した男、織斑一夏だった。
恋人になりたい。
彼の一番大切な人になりたい。
姉と兄の教育により多少は改善されたが、依然として鈍感である彼には検討もつかない理由で勃発したこのにらみ合いは最早何度目になるか分からない。皆、彼の唯一の存在になろうと必死なのだがこれまで何の成果が出ないでいた。
それは一重に死線を潜って鍛えられた一夏の危機回避能力が、本能がその後の未来を予測して無意識に避けているからかもしれない。
「今度の休日、お買い物したい気分ですわ」
「へぇ、私は遊びに行きたいのよね」
「僕は散策したいなぁ」
「たまの休日だ。ゆっくりするのもいいかもな」
「その日公開の映画があるから見に行きたい……」
「おねーさん、その日は何も予定なくて暇なんだけどなー?」
各々の休日過ごす内容はバラバラだが、一つだけ共通点があった。勿論、隣に一夏がいることである。何をするにしても彼がいなくては意味がなかったのだ。
毎度なぁなぁにされて断られているが、今日こそはと全員息巻いていた。
「(な、何でこんなに誘われてるんだ)」
何故ここまで人気があるのかは知らないが、一夏も自身が誘われているはさすがに気付いていた。
美少女からのお誘いに嬉しくはあるが、一夏の身体は一つに対してそれは無数。幾ら何でも無理がある。
「ど、どうすれば……」
「君は馬鹿か!!」
「「「っ!!?」」」
どうやってこの窮地を逃れようかと一夏が悩み、思わず弱音を吐いたところへ何処からか突然男性の声は聞こえてきた。
先に言っておくとこの学園に男性はたった三名しかいない。それはISというスーツが基本的に女性にしか扱えないという極めて珍しい特性が原因だった。
一人はここにいる織斑一夏。もう一人は一夏の双子の兄である織斑春明。そして用務員としてもここにいる学園長の轡木十三。
だが今の声はその誰にも当てはまらない、しかし不思議と聞いたことがあるような凄くいい声。
「とうっ!!」
「うおおお!?」
「「「きゃあああ!?」」」
「こ、ここ四階よ!? 何考えて――――」
聞き惚れる声の主は偶々開いていた窓から現れた。飛び込んで来たと言ってもいい。
突然の来訪者に一夏だけじゃなく、女性陣からも悲鳴があがる。辛うじて文句を言えそうだった鈴も相手の姿を見て沈黙した。
夏だというのに足元まで届く紫色の外套。背中に書かれた『超兄貴』という文字。
「ひっ……! 」
聞こえたのは誰の悲鳴か。恐れるのも無理もなかった。声の主が振り返れば顔は何かの動物の頭蓋骨で覆われており、目元と口元しか分からない。だが声の低さと身体の起伏から察するにやはり男のようだ。
「お、お前は誰だ……!?」
現れた変質者から皆を守るため、一夏が前に出る。この異常な状況で当たり前のように取った行動に女性陣が不覚にもときめいてしまったのは仕方ないだろう。
未知との遭遇に対し、極ありきたりな質問をぶつけた一夏に男は外套を靡かせて劇を演じているかのように声高らかにこう答えた。
「余の名はマスターアニキン。萌の秘密結社、ブラックエッジの
「「「うわぁ」」」
まるでゲームで一枚絵になりそうなポーズととてもいい声に反するかのようにとても残念な内容に全員が間抜けな声をあげた。
この男は何を言っているのか。全員が全く同じことを考えて呆れているのを知ってか知らずか、マスターアニキンと名乗った男は続ける。
「織斑一夏。貴公は先ほど、如何にこの状況から逃げるかだけを考えていたな」
「っ、何でそれを」
一夏の心臓が驚きに跳ねた。異様な姿の男に自分の心情を読まれたのもあって、彼の警戒レベルが一気に上がる。
「当然だ。余は貴公以上に貴公のことを知っている」
「っ……!」
それが果たして何を意味するのか。今の一夏には分からない。
もしかしたらただ適当に言っているだけかもしれないが。というか多分そう。
「あの、マスターアニキンってもしかして……」
「うん。声は違うけど間違いないと思う」
「こんな馬鹿なことするのあいつしかいないわ」
「確かに」
「というか背中に兄貴って書いてるしね」
「なるほど、義兄か」
今二人で話を続けている真横でひそひそと会議を始める女性陣。会議の内容は勿論マスターアニキンの正体について。
だが議論するまでもなく、満場一致で正体は一夏の双子の兄である織斑春明ではないかと。
テンションが高い方。残念な方。たまに訳の分からないことを言う方。それが彼を知る者の共通認識だった。彼の恋人である篠ノ之箒でさえもそう言うのだから間違いないだろう。
ただこと戦闘においては高い評価を得ており、姉と肩を並べてしまえる実力者とまで言われている。過大評価かもしれないが、少なくとも有事を経験した者にとってそこだけは頼りになるとも。
そんな普段は馬鹿代表がわざわざコスプレ紛いのことをしてまで何をしに来たのか。気になって様子を見ることに。
傍観している女性陣をよそに未だ警戒している一夏。マスターアニキンは口元に笑みを浮かべて話し掛けた。
「ふっ、そう警戒しなくてもよい。余は貴公の悩みに答えを与えるべく来たのだから」
「答え?」
「そうだ」
「……何だよ」
不思議な男だと思った。怪しい格好におかしい言動。警戒するなと言われて、分かりましたと普通は素直に聞くはずがない。
だが何故か一夏はこの男、マスターアニキンから妙な安心と信頼を感じている。話を聞くだけならいいのかもしれない、参考にするだけなら、と。
その答えとは――――
「何、全員と共に過ごせばよい」
――――ハーレムにしちゃえよYOU。
「はぁ!?」
「「「っ!!?」」」
「簡単なことだろう?」
まさかの味方の登場に女性陣がガッツポーズを取った。これで少しは前進出来る。友達という関係から少しでも前へ。
「か、簡単じゃないだろ!」
「確かに。これだけ大勢なら夜は大変かもしれないな」
「そういう意味じゃない!!」
顔を赤くし、声を荒げて反抗するもマスターアニキンには何処吹く風。狼狽えるどころか、更に畳み掛ける。
「貴公のことだ。それは不誠実だと言いたいのだろう」
「当たり前だ!」
「だが、誰も選ばないことこそ不誠実ではないのか?」
「うっ……」
マスターアニキンのその言葉でさっきの反抗する姿勢は何処へやら。怒りの炎は一気に鎮火し、すっかり大人しくなってしまった。
誰も選ばないから幸せなんてあるはずがない。あるのは誰もが傷付く未来だけ。
「い、いやでもだからって皆一緒はその……」
かといって全員と一緒に過ごすのは間違っている。不誠実だ。そもそも全員を相手に上手く立ち回れるほど芸達者でもない。
選べるような立場ではないが、一人ならと一夏は考えていた。
「ふむ、せめて一人にするべきだと」
「あ、ああ……」
「よいのではないか?」
「えっ?」
あっさりと出た了承。顔を見ても仮面でほぼ分からないが、今更嘘だと言う雰囲気もない。
「そうなるよね……」
「まぁ嫁なら私を選ぶだろうがな!」
「はいはい。いい? 誰が選ばれても恨みっこなしだからね」
いよいよ出てくる答えに緊張しているシャルロットとその横で自信満々なラウラが対称的だった。適当に流すと鈴が最終確認として皆に訊ねると力強く頷く。
「ええ、勿論ですわ」
同じ男を好きになったもの同士。奇妙な縁だが、恨みなんてそんなもの生まれるはずもなかった。
「それにこれで全部決まる訳じゃないものね」
「でもお姉ちゃん、他の人のデートに付いてっちゃダメだよ?」
「し、ししししませんー!」
そんなやり取りをしながら肩の力を抜こうとするも、どんどん高鳴る心臓。緊張は高まる一方だ。
「よ、よし……!」
一夏も誰と過ごすのか決めたようだ。小さく決意した声が聞こえる。
ごくりと女性陣の誰かが喉を鳴らす音が良く聞こえた。
「ああ、しかし貴公と休日を過ごすために少女達はこれまで一体何を考えていたのだろうな」
「――――んん?」
遂に明らかになる直前。マスターアニキンが仮面に手を当て、大袈裟に天を仰ぐようにしてそう口にした。
突如として始まった演劇のような口調に思わず全員の動きが一旦止まる。それが悪魔の囁きとは知らずに。
「せっかくの休日。楽しませようと、日々の疲れを癒そうと、貴公のためを思って色々と考えていたのだろう」
「…………えっ」
「時間と労力を費やし、調べたのはその日にしか出来ないこともあったろう。それを見つけた時、誰と行くのかを思い浮かべて少女達の目が夜空に浮かぶ星のように輝いていたのは想像に難くない」
「あの、ちょ、ちょっと……?」
「その輝きがこれから言うであろうたった一言で幾つも消えてしまう……人の夢は儚いとはこのことか。恐ろしい……全くもって恐ろしい男だ、織斑一夏よ」
「くっ、ぐっ……!」
一人舞台に立つ演者は客からの声では決して止まらない。激しく狼狽える観客を尻目に自身の台詞を言い終えてから演者は問い掛けた。
「ああ、すまない……余は想像力が豊かでな。あまりにも恐ろしい想像につい独り言が。して、貴公は誰と過ごすのだ?」
「こ、この野郎……!」
誰かを救うということは誰かを救わないということ。一人の少女だけと過ごそうとすれば、その背景で他の少女がその日のために準備していたのが水泡に帰す。
善人である一夏には何よりも効く言葉だった。そしてどうすれば解決するのかも既に知っている。
「お、俺は――――!」
「織斑一夏よ、待て!」
マスターアニキンによって誘導された答えを口にしようとした瞬間、また聞いたことがない声で待ったが掛かる。今度は女性だった。
教室の扉が開き、そこにいたのは全身をローブで包んだ仮面を付けた長身の女性。既視感に全員が固まる中、唯一平気だったマスターアニキンが問い掛ける。
「貴公……何者だ」
「我が名はアネーキ! 我の拳は萌の息吹! 堕ちたる種子を開花させ、秘めたる力をつむぎだす。美しき滅びの母の力を!」
「「「えぇ……」」」
もう何なのこの姉弟。
「織斑一夏よ、惑わされるな。気は早いが全員を愛そうとすれば周りはお前だけでなく、そいつらも奇異の目で見てくる」
「あ、アネーキ……!」
一夫多妻が認められていない日本において、交際しているだけでもそれは異常な光景となる。噂はあっという間に広まり、尾ひれが付き、事実無根のことを言われ、心身ともに傷付いてしまうだろう。
「貴公……セシリア・オルコットと戦った時に言っていた貴公の家族を守るというのは嘘だったのか?」
「い、いやそれは……てか家族じゃないし……」
だが、一夏を熟知したマスターアニキンがそうはさせない。過去のことを掘り出し追及していく。
「いや、いい。貴公のことを買い被っていたようだ。出来もしないことを無理強いするのは良くない」
「…………は?」
「やめろ、織斑一夏!」
事態に気付いたアネーキが止めようとるももう遅い。一夏は熱くなりやすい人間だ。
たとえ小さな火でもその後のケアがバッチリなら充分に燃え広がってくれる。
「貴公は家族である自身の姉弟だけを守ればよい。幾ら貴公でもそれなら出来るだろう?」
「……姉弟以外にも守れるけど」
「やめておけ、背伸びをするのは良くない」
「……っ!」
「落ち着け!」
煽るマスターアニキンに宥めるアネーキ。何となく険悪な雰囲気になってきたのでオロオロする女性陣に一夏は手を差し出した。
「休日に皆と遊んで、周りから守ればいいんだろ!?」
「「「っ!」」」
それはマスターアニキンへの勝利宣言でもあった。同時に少女達の顔が晴れやかなものへ変わる。
「ははははっ!! それでこそだ織斑一夏!」
「くっ……もっと早くに気付いていれば……!」
一夏が出した答えに満足してマスターアニキンが出ていき、続いて悔しげにアネーキが教室を出ていく。帰る時は普通だった。
さて、残るはここにいる面々で休日の予定を煮詰めていくだけ。楽しい楽しい時間がやってきた。
「そういえばマスターアニキンとアネーキって一体何者なんだろうな」
「「「えっ」」」
「えっ?」