いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
マンゲツとの連絡が途絶えた司令室は静まり返っていた。
率先して命令を下さなければならないブライトも、空気を読まず自分勝手な解釈を押しつけたがるエドも、すぐに人の会話に口を挟みたがる春日博士も、誰も彼もが言うべきなにかを失っていた。本来なら副司令官のミライが司令官を代弁して、各部署に指示や命令をくだすべきなのだが、今日が実戦初日というのでは口を開けるわけがない。
緊張感が張りつめた室内を見渡しながら、アルは自分が口を開くべきか逡巡していた。アルはふだんムードメーカーとして軽口をたたくという自分の役割をわきまえていたが、今この瞬間においては自分には荷が重たすぎた。
「ブライト司令。現場に空挺部隊が到着しました」
ミライが室内に立ちこめていた緊張の糸をふりはらってくれた。
アルは心のなかで感謝した。すぐさま声を張る。
「ブライトさん、空挺重機からレスキューワイヤーロープを射出させてくれ」
「こちらからGPSソナーでマンゲツを誘導する」
具体的な解決方法が提示されたことで、一気に司令室が動きはじめた。
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ヤマトはいまの最悪な状況に頭を抱える余裕はないと判断した。シートベルトをはずしながら、目の前にあるカメラにむかって、語りはじめた。
「リンさん、アル。この映像、そっちにつながっているかわらんないけど、現在、マンゲツとの操縦回路をロストしています」
「今からボクの神経回路をマンゲツと直結させます」
ヤマトはチェアの上に飛び乗り、自分の頭上、椅子のすぐ上にある装置に手をかけた。いくつかの手順を踏まなければなはずせない安全装置だった。
そこにはその手順がわかるように、大きく番号が記載されている。
「まずは一番」
そこにある重々しいレバーに手をかけてひく。ガタンという仰々しい音が響く。
「それから二番」
ヤマトがレバーをひいて現れた隠し扉に手を突っ込むと、そこにあるツマミをつまむ。
「これを回すと、マンゲツがうけていた損傷や痛みがダイレクトに伝わります。もしかしたら、それだけでショック死するかもしれない……」
「でも、今はそんなこと言ってられません」
正面のカメラに顔をむけてリポートをしながら、ヤマトがそのツマミをぐいと回した。
突然、ヤマトの首がぎゅっと締めつけられ、息がつまった。おもわずツマミから手を離し両手で咽を押さえる。
息ができないーーー。
マンゲツが、首にツルを巻かれて引きずり回されているのだ。当然の結果だ。
ヤマトがカッカッと咽を鳴らして喘ぐ。
だが喘ぎながらも、先ほどの操作で出現した突起物に手をかける。そこには数字が刻まれたダイヤルがあった。ヤマトはかすみそうになる目を必死にしばたいて、その数字を右、左と交互に数回まわしていく。顔は赤く土気色に変色しはじめ、目は血走り、溢血点らしきものが見えてくる。
ブラックアウトするーーー。
ヤマトは奥歯を噛みしめ、今だせる最大の力で、ダイヤルにむかって上から拳を叩きつけた。ダイヤルはガチャリといくぶん鈍い音をたてて、下の台座に沈み込んだ。
それが神経回路切断のトリガーだった。
マンゲツとの神経回路が切断され、ヤマトは気管の狭窄から突然開放された。大きく息をして必死で酸素をむさぼるヤマト。
ヤマトは頭を左右にふって意識が飛ばないように注意しながら、シートに座り込むと、自分の右手を目の前でぎゅっと握りしめた。徐々にだが、マンゲツと筋肉や運動神経などの感覚が共有されていくのがわかった。
「いくぞ、マンゲツ」
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空挺重機から射出された緊急用ソナーブイは海に潜ると、海溝を下降するマンゲツを追いかけはじめた。自走型のソナーブイは高速回転して、ワイヤーをくねらせながら急下降していく。まるで垂直に潜っていくウミヘビのように見える。
「セラ・ムーン、深度400メートル超えました」
アルがそれを打ち消すように叫ぶ。
「こちらは、深度300メートルまで到達した。もうちょっとで追いつく」
リンが手元のペーパー端末を目の前に掲げて、透かしてみるようにして言った。
「マンゲツの圧壊深度がわかったわ」
「深度600メートルまでしかもたない」
ブライトはその事実を耳にするなり、思わずシートから立ちあがった。
「あと200メートルしかないのか!」
そのことばに、アルがめずらしくつよい口調で返してきた。
「司令、すまねーな。あと200メートルある、って言ってくれねーか」
「なにぃ」
「悪ぃですね。いまはネガティブな情報は勘弁してほしいんだ」
ブライトは息を吐きだすと、どんとシートに腰を落とした。ブライトは文句を言いたかったが、アルの言い分はもっともだ。
ブライトは目の前の海のなかの映像を凝視した。ソナーから送られてくる不透明な映像では、どこにマンゲツがいるのかわからなかった。
だが、自分も含めて司令室のみんなはその映像に目を奪われていた。
いまや、それに賭けるしかないことは、皆わかっていた。