いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第13話 ボクに死ぬ権利なんてないんだぁ

 ヤマトが自分の首元に両手をよせ、ぎゅっと握りしめた。それはマンゲツが首に巻きついたツルをつかんでいるのと同じポーズ。これで動きをシンクロさせる。

 ヤマトは指先に力をこめた。体中の表皮を這うようにして、青い粒状のイルミネーションが集まりはじめる。指先に光がたまっていく。ヤマトは首にまきついたツルにぎゅっと指を食い込ませはじめた。指先が『移行領域』の薄いベールを通り抜け、ツルがジュッと溶けはじめる。

 両手を横にひろげて、ヤマトがツルを引きちぎった。そのままツルを自分のほうへ手繰りよせはじめる。

 だが、サスライガンはまだ深海への旅行を諦めようとはしていない。身体を器用にくねらせながら、マンゲツをさらに深みへと引きずり込もうとしていた。

 マンゲツが尻尾部分をぐっとつかむ。

 サスライガンは尻尾を大きく動かしてふりほどこうとする。

 すでに水の抵抗のせいで本来の攻撃力はない。

 マンゲツは尻尾の根元部分からこちらを睨みつけている本物の顔と対峙した。マンゲツはなんのためらいもなく、サスライガンの目に指を突きたてた。亜獣が目から体液をまき散らしながら、のたうちまわった。

 マンゲツは構わずそのままずぶずぶと手を眼窩(がんか)にねじ込んでいった。

 あたりが緑色の血煙で染まっていく。

 ヤマトが亜獣の目に突っ込んだ右腕を、渾身の力をこめて突き出して叫んだ。

「てめえのせいで、死にかけただろうがぁ」

 マンゲツの腕がサスライガンの右目から左目まで突き抜けた。反対側から飛びだしたその手には抉りとった目玉がふたつ握られていた。

 断末魔の声をあげる暇もなくサスライガンは絶命していた。

 マンゲツがサスライガンの頭から腕を引き抜くと、命尽きた巨体がゆっくりと上に浮上しはじめた。

 ヤマトはその浮力を利用しようと、亜獣の尻尾に手を伸ばした。

 が、マンゲツの手からスルリとすり抜けていった。腕に力が伝わらなかった。

 マンゲツの右腕の一部がへしゃげていた。

 この水圧に耐えきれなかったのだ。

 ヤマトはすぐに左腕の方でつかもうと伸ばしたが、すでにその腕も折れていた。

 あわてて何度も腕をかくしぐさを繰り返すヤマト。

 だが、ぶらぶらと水のなかで腕がゆれるだけで、推進力を生むことができなかった。

 

 ヤマトはここにいたって、はじめて恐怖した。

 

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 下へ潜っていくソナーのスピードがあがっていたが、いまだにマンゲツのからだが見えないことに司令室の面々のいらだちや不安はピークに達していた。レスキューワイヤーロープでの救出に一筋の光を見いださせた手前、アルにはこれを成功させる義務があると考えていた。

 今回ばかりは、すまねぇな、では済まない。

 苛立ちが限界を超えているブライト司令官は、さきほどから30秒に一回は、まだか、の怒号を背後から投げつけてくる。アルは、腹のなかに鉛でも流し込まれたような緊張に、叫びだしそうになるのを抑えつけられる限界が近づいているのを感じていた。

『セラ・ムーン、深度500メートル』

「アル、まだか、まだ追いつかないのか」

 まただ。また苛立ちのつぶてが後頭部に当たる。

「あと30メートル。もう見えるはずだ!」

 その時、ソナーから送られてくる映像に、マンゲツの姿がうっすらと映し出された。

「いた!!」

 が、その映像を突然なにかが遮った。ソナーの先についているライトの強い光のせいで、そのものの表面が白々と照り返して正体がすぐに判別できない。

「なに?」

 リンが眉根をよせて、とげとげしい口調で焦燥感をあらわにした。

 ソナーのカメラの脇を、大きな泡とともに亜獣の巨体がすり抜けていく。その体躯には力はなく、すでに命がないことは、カメラ映像を通してもわかった。

「よし、ヤマト。亜獣を倒し……」

 アルは快哉を叫びかけたが、モニタリングしていた映像が突然あらぬ方向に切り替わったのを見て、そのまま声を失った。

「な、どうなったんだ、アル!」

 投影されている映像から、ソナーが亜獣の死体と一緒に浮上しはじめていることは明らかだった。

「嘘だろ!!」

「ワイヤーが亜獣に……」

 それ以上は声にならなかった。だが、誰もがそれがなにを意味しているかわかっていた。

『セラ・ムーン、深度550メートル』

 事務的に状況を読みあげたミライの声は、アルにとって、いや今の司令部の全員にとって、まさに死刑宣告のように響いた。

 

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 ヤマトは操縦桿をつかんで必死で動かしていた。自分とマンゲツの神経のシンクロと機械的操作、どちらかでも動けば、まだこの危機を脱せる可能性がある。

「マンゲツ、動け!、動いてくれ」

 

「ボクは死ねない。死ぬ権利なんてないんだぁ」

 

 ヤマトの目から涙があふれだしてきた。悔しさのあまり声がひきつる。

「あと10体なんだぞぉ」

「あとたった10体なんだぁ」

「頼む。ボクを死なせるな……」 

 

 

 その時、声が聞こえた。脳に直接語りかけてくるような微かな信号のような声。

「誰だ」

「誰がいる?」

 

 

『わ・が・名・は……か・ん・げ・つ……』

 

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 ミライには、からだに満ちあふれていたはじめての実戦への意気込みが、急速にしぼんでいくのが自分でもわかった。今、この狭い司令室内で、百戦錬磨の専門家たちが、抜け殻のようになっているさまを目の当たりして、どうして晴れやかな気分でいられるだろう。自分のもつ最大限の「才能」をして、ここまで到達したのに、今は、すぐにでもこの場を離れたい、気分でいっぱいだった。

「嘘だろ、おい……」

「ヤマトが……、最後の日本人がいなくなったら……」

 隣で焦りの色をぶちまけていたはずのブライトが弱々しい声でつぶやきながら、背後のシートに倒れ込むように座り込んだ。だらしなく足を投げ出していたが、ミライにはその様子を見ることすらはばかられるほど小さく縮んでみえた。

 ミライは目の前のセンサーをみながら、今できる自分の仕事をこなすことにした。

 

『セラ・ムーン、深度580メートル……』

 

 リンの手元からシート型端末がすべり落ちるのが見えた。手が小刻みにふるえ、取り落としたらしい。木の葉のようにひらひらと落ちていく端末には、マンゲツの下降位置をしめす光点が表示されていた。端末は床に落ちると勢いあまってふわりと浮き、リンの靴の先にあたった。ようやく端末を落としたことに気づいたリンが、それを拾おうと屈みこんだ。が、そのまま数歩前によろめいたかと思うと、その場に崩れるように膝をついてしまった。

 その横でその様子をエドも見ていた。

 ミライは、エドがリンを助け起こすしぐさくらいはするだろうと思っていたが、まったく動こうとしないのに驚いた。それどころか、おもむろに眼鏡をはずして指で目を揉みはじめた。メガネをかけていないので、今自分にはなにもできない、という意思表示でもしているのだろうか。

 ミライははじめての最前線の実戦にして、おそらく最後になるだろう仕事を続けるしかないと腹をくくった。自分が願った職務を、ほんの半日だけでも遂行できたのだ。今後、誰かにうしろ指さされることがあっても、胸をはろう。

 

 私は逃げなかった。

 

 最後までその場にいて、与えられた仕事をまっとうしたのだ。

 

圧潰(あっかい)深度を超えます』

 

 ブライトのつぶやきが聞こえてきた。

「四解文書は……」

「内容はアイツしか……、ヤマトしか知らないんだ」

 

『深度610メートル……』

 

 ブライトの目にはすでに精気もなく、ただのうわごとのようでもあった。

「もしこのまま……」

「四解文書は永遠に……謎のまま……」

「世界は……世界は……どうするつもりだ……」

 

 目の前のモニタ画面で明滅していた光がふっと消えた。

 そこにいる誰もが息をしていなかった。

 そのなかで、ミライだけは息を大きく吸い込んだ。

 これがたぶん最後の仕事だ。

 

『セラ・ムーン……』

 

 

圧潰(あっかい)…………しました』

  

 

 

 

 

 

 最後の……日本人が……死んだ…… 

 

 

 

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