いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第18話 この『女狐』はまたたく間にわたしを『虎』にしたてあげた

「メイ。メイじゃないの」

 ふいにそう呼びかけられて、春日リンは一瞬ビクッと身体を震わせた。あまりに不意打ちだったため、心がそれを無視しきれなかった。油断した、と自分を呪ったが、すぐさま落ち着いた表情を顔に貼りつけて、正面に目をむけた。

 じっとヤマトタケルが見ていた。ベッドに寝そべったリラックスした態度と裏腹に、こちらの表情を探るような視線をこちらにむけていた。

 嫌な子……。

 リンは声の主のほうに振り向いた。

「まぁ、カオリじゃないの」

 みるみるアスカの表情が曇り、ばつが悪そうに沈んでいく。

「今は、カオリじゃないの…、今はアスカっていうの。香の前に在る村って書いて、在村香……」

 知ってるーー。

 そんなことは資料で確認済だ。今のはさっきの仕返し。この子に悪気はなくとも、こちらを一瞬でも動揺させたからには、少々の居心地悪さは味わってもらわねば割があわない。

 リンはアスカの隣にいるリョウマに声をかけた。

「あ、リョウマくん。ずいぶん背が伸びたのね」

「メイさん、おひさしぶりです」

「今は、倭名保護法にのっとって、春日リンって名乗っているの」

「春日?。なんで?」

「ほら、メイって五月でしょ。だから春の日…」

「五月だったら、サツキじゃない」

「まぁ、なんていうか、ちょっとした遊び心よ。響きがよかったしね」

「倭名保護法って?」

 ヤマトタケルが尋ねると、アスカが頭のてっぺんから出したような金切り声で罵倒した。

「あんた、『ボカ』ぁ。倭名保護法知らないの?」

「アスカ、ヤマト君は知らないのも無理ないよ。ずっとこの国にいるんだから」

 リンは話がわずかでも逸れればと考え、率先して説明役をかってでた。

「日本政府が、失われていく日本の名字や名前を後世に残すために、帰化した者や移民たちに『倭名』を名乗ることを義務づける法案を決めたの」

「は、くだらないね。血は絶えたから、名前だけでも残すって……」

 ブライト司令官がヤマトの戯れ言を無視するように、リンたちに声をかけた。

「君たちはなぜ知りあいなんだ?」

「ロンドンで『歌手』をやっていたとき、非常勤で『声楽』を教えていたの」

「そうなの。しかもとびっきり優秀だったわ、ね、メイ」

 春日リンは少々困ったような表情を作ってみせた。

「兄さんのリョウマくんのほうが、歌はうまかったわよ」

「リンさん、いいですよ。昔の話は……」

「そうね、それは認めるわ。そのいい声で口説いて、いつも違うガールフレンドとデートしていたもんね」

「アスカ、やめてくれよ」

「でも、メイの一番の生徒は私だからねー」

 そう言うなり、アスカがリンの腕に飛びつくようにして両腕をまわし、むしゃぶりついてきた。肌に暖かみを感じて、リンは反射的に苛つく感情がもたげたが、迷惑そうな表情だけは表にだすまいと、口角をぎゅっとあげた。

「そうでしょ。メイ」

 腕の脇からリンの顔をアスカがみあげて、ねだるような視線をむけていた。

「そ、そうね」

「ほらぁ」

 勝ち誇ったような顔をして、リョウマのほうに顔を突きだすアスカ。周りにいる他の人たちにも、それをさりげなくアピールしている所作だった。

 リンはアスカにアッという間に主導権をとられたことに少なからず腹がたった。この子はわたしを盾にして、その場での立場を優位に展開するのに成功した。

 

『虎の威を借る狐』

 この『女狐』は、無防備だったこのわたしを、またたく間に『虎』にしたてあげた。

 たいした手腕だ。

 

 おそらくこの子はいままでそうやって、自己を認めさせてきたのだろう。

 大人の女である自分を手玉にとろうとしているのは癪だったが、ここはあえて乗ってやろうと考えた。それが、大人の女の余裕、というものだ。だが、あとで高くつくことを教えてやらねばならない。それも大人の女、というものだ。

 その楽しみはあとにとっておくとして、今は仕事を優先すべきだと考えを切り替えた。

「さて、タケルくん、さきほどあなたの主張が証明されたわ」

 リンはさきほど自分にむけられたヤマトの探るような視線を思いだしながら、それとまったく同じような視線をむけながら言った。

 

「もう一度最初から、順を追って説明し直してくれるかしら」

 

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