いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版] 作:多比良栄一
食堂に行くとひとりの青年がなにやら準備しているところだった。彼はリョウマたちの姿に気づくと、手をとめ服を整えすっと姿勢を正した。
「こちらは、執事の沖田さんです」
ミライがそう紹介すると、彼は背筋を伸ばしたまま、腰をおって、「はじめまして。執事の沖田十三です」と自己紹介をした。
リョウマには、その滑らかな一連の動作が、気品あふれる所作に感じた。うしろに整えられた髪は清潔感があり、端正な顔だちと相まって信頼感を与えてくれる。残念なことに目頭から頬の横にむかって刻まれた傷が皴のように見えて、年齢を重ねているように見える。服装にもいたるところに配慮が行き届いていた。シャツやズボンの折り目だけでなく、カフスや前身ごろにも張りがあり、礼節をわきまえた佇まいでありながら、見る者への窮屈感はみじんも感じさせない。
有能であるという見立ては間違いないが、それに「おそろしいほど」という形容詞をつけるべきかもしれない。ここに自由に出入りできるということは、それほどの切れ者が自分たちの監視役ということでもある……。
「十三さん、それは?」
ミライが十三の手元にあるサンドウィッチらしき食べ物に気づいて言った。
「はい、これはエル様の病室にお届けしようと……」
「エル様……、それ誰?」
すぐさまレイが反応した。
リョウマは、まったくレイらしい、と思った。アスカは悪意をこめて、相手が困るような質問をぶつけるのが常だったが、レイは何の他意もなく、思ったことをすぐに口にして、やはり相手を戸惑わせるところがある。リョウマはレイをたしなめようしたが、ミライの言葉に遮られる形になった。
「あぁ、エル。ヤマト君のことよ」
「なんで?」
十三が苦笑ぎみに口元をゆるめて答えた。
「申し訳ございません。わたしが着任した当初は日本語が不得手でしたので、『タケル』の発音がどうにも苦手で……」
彼は空中で指をまわすと、3Dの文字が浮かびあがった。『託慧月』という文字。
「下の二文字だけをいただき『エル』様と呼ぶことを、特別に許可をいただいた次第です」」
その浮かんでいる文字を見て、アスカが小馬鹿にしたような口調で噛みついた。
「なにその当て字?。とんだ『ドキャンネーム』じゃない」
「アスカ、失礼なことを言わないよ」
リョウマは言いたい放題のアスカを軽く叱責したが、どうやら彼女はそれだけでは言い足りないのか、空中に浮かんでいる3Dの文字にちらちらと目配せしている。なにやら頭のなかでこね繰り回しているように感じたが、すぐになにかの結論に達したのか、おもむろに口を開いた。
「そうね。だったら、あたしは真ん中の一文字『慧』だけで『あきら』とでも、特別に呼ばせてもらおうかな」
「よろしいんじゃなんですか?」
落ち着いた声で十三がそれに答えた。
「エル様は気にされないとおもいますよ」
真顔で返事をされて、アスカがあからさまに気分を悪くしているのがわかった。こういう意図的な当てこすりに、肩透かしを食らわされるのが彼女は一番嫌いだと知っていた。リョウマは自分の妹がさらに失礼を働く前に、話しを切りあげるのが兄の努めだと心得ていた。
「ところで、ぼくらの食事はいつですか?。もうお腹がすいちゃって」
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食事を済ませると、ミライが国際連邦日本支部の施設内を案内してくれた。
レイは紹介される各施設の広さに驚きを隠せなかった。
22世紀に建てられた老朽化した狭いマンションに住んでいた子供の頃からは考えられなかった。しかも母が機嫌がわるいときは、自分の部屋に引きこもるのが常だったので、自分の身の丈はいつもその程度だと考える癖がついていた。
広い場所はどうしても馴染めなかった。
「なに、きょろきょろしているのよ」
「だって、こんなに広いから……」
「あったり前でしょ。ここ地球、しかも亜獣と戦う最前線の国際連邦軍日本支部なのよ」
「まぁ、世界中がお金をだしているからね。立派なのも当然だよ」
リョウマが困ったように笑って言った。
「それだけ、みなさんに命運を託しているってことですよ」
屈託もなくミライが言ったことばに、リョウマの表情がいくぶん曇ったことにレイは気づいた。責任感をひと一倍感じるリョウマのことだから、たわいもない一言からでも重圧を感じとってしまうのだろう。
「こ、これからはぼくらも、ってことですよね」
「兄さん、だからあたしたち呼ばれたんでしょ」
「いや、たしかにそうなんだけど……」
「わたしたちは、あなたたちパイロットをサポートするためにいます」
「日本人にしか搭乗できないデミリアンが、この地球を救う切り札なんですから、わたしたちにとっても、あなたたちをサポートできるのは大変光栄です」
ミライになんのてらいもなく褒められて、アスカが珍しくうろたえているのがわかった。
「まぁ、そう、こっちだって、光栄だわ」
急にたいへんなところに来たと自覚したのか、ほんのちょっぴり声が震えていた。
レイはふだんは饒舌なふたりがこんなに静かになったことに驚きを覚えた。月基地での一年半の訓練中には、そんな一面を見せたことがないのに……。
レイはふたりがなぜ、こんなにも緊張するのかわからなかった。
わたしたちに課せられた任務は亜獣を殺すこと。
もしうまくいかなければ、ただ殺される。
たったそれだけの、単純な話しでしかない。