いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第一章 第三節 幻影
第46話 見慣れない天井


 次の朝、ブライトは各部署の責任者とヤマトとレイのパイロット2名を緊急招集した。昨夜、記者団から追求されたあと、ヤマトタケルにあのような辱はずかしめを受け、春日リンの裏切りを目の当たりにして、気分はこれまでにないほど最低だった。本来なら彼らと顔も合わせるのも避けたかったが、事は急を要した。断腸の思いではあったが、私的なことには目を瞑つぶってでも、今後の対策を練ることのほうが先決だった。

 

 これは、己の感情ごときに、ふりまわされていい仕事ではないのだ。

 

 禍根かこんを残しているように思われたくなかったので、ブライトはきわめて事務的に質問をして、冷静を装った。

「エド、セラ・プルートについてなにか新しい事例はあるか」

 開口一番に指名されて、すこしあわてふためいて起ちあがった。

「あ、いえ、えー、とりあえず名前を命名しました」

「名前?」

「えぇ、シンプルに、亜獣『プルートゥ』と」

 そんなものどうでもよかったが、それ以上なにもなさそうだったので、ブライトはアルを指名した。

「アル、音声データは抽出できたか?」

「ええ。あー、でも、すいません。雑音がまだ取りきれてないんですが……」

 アルが詫びをいれながら、空中にデータファイルを呼びだすと、音だけが会議室内に聞こえてきた。たえず重低音が響いている中、リョウマのものと思われる鼓動に耳障りなノイズが重なり、たちまち不快な音響が部屋を満たし始めた。

 突然、「ドクン」というひときわ大きな心音が鳴ったかと思うと、小さな声が聞こえてきた。

「お父……、お父さん……、なぜ、ぼ……、捨てた」

 会議室の面々は、微かすかな声を聞き漏らすまいと、耳をそばだてている。

「今度はぼく……捨てる……」

 音声データはたったそれだけだった。

 ヤマトが口火を切った。

「やっぱりね……」

「やっぱり、とはどういうことだ?」

 ブライトはヤマトに顔をむけることなく、その真意を促した。今、ヤマトの顔をまともに見たら、昨晩の屈辱的な仕打ちを思いだしそうだった。

 それでは司令官として、フラットな気持ちで意見を聞けなくなる。

「リョウマは父親に復讐をしているんだと思う。自分たちに見切りをつけて離縁をした父親にね」

「あの奇行は、父親への当てつけってことかしら?」

 リンがもうひとつ飲み込めない様子で訊いた。

「たぶん……だけど、リョウマには周りにいる人々がみんな父親に見えているんじゃないのかな」

「ではなにか?、あれだけの犠牲者をだしたのは、リョウマにとっては父親へただ恨みをはらしているだけだと?」

 ブライトがすこし声を荒げたが、レイがすっとぼけた質問をして混ぜっ返した。

「リョウマには、あんなにお父さんがいるの?」

 

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 見慣れない天井……。

 アスカはぼんやりと上を見あげながらそう思った。いや、慣れ親しんだ天井など、はるか昔の記憶にしかない。

 ここはどこの天井だろうか、と頭を巡らせた。

 国連軍本部から供給された自分用の部屋……、月基地での狭苦しい部屋の二段ベッド……、騒がしかったロンドン寄宿舎のシェアルーム……。それとも、あの男……父に与えられた装飾過多で、悪趣味な配色の子供部屋?。

 アスカは寝そべったままぐるりとあたりを見渡した。だだっ広い部屋の中央に自分だけが横たわるベッドがあり、まわりでなにやら聞きなれない音が絶えずしていた。

 彼女はふと、自分のまわりで、息を殺しながらも各々の役割を粛々とこなしている、見慣れない機械や看護ロボットたちの存在に気づいた。

『これ、なによ?』

 一瞬、すこし怖気がしたが、すぐに合点した。

「ここ、あの時の病室……」

 地球に到着したその足で、まっさきに向かった場所。あの時、ここには、あの男、ヤマトタケルが寝ていた。そして、ブライト司令官、メイ、ミライ、レイ、そして……。

 アスカは漠とした、寂寥感がせきあげてくるのを感じた。

『そうだ……。兄さん……』

 突然、アスカの頭の中にフラッシュバックが走った。

 あのポッカリと口を開けたコックピットの入り口。外からのぞかせる内部は、そこはかとなく暗く、その奥にははるか深淵が広がっているように見えた。だが、実際には緑色のぬめるような質感の粘着物が、内部にはびこっていた。その一部はまるでなにかの器官のように脈打ち、そのあいだに張り巡らされていた細い糸状の部分には、青いシグナルが明滅しながら無尽に走っていた。まるで神経回路か血管のようにしか見えなかった。

 そしてその真ん中にある一番大きな臓器は……

 

 そう……、兄だった。

 

 あの顔、あの目、あの姿……。

 もう兄、いや人と呼べそうもないものに変わっているのを、自分は垣間見た。

 あの時、あれは兄ではない、と何度も否定したが、わずかに残った面影は、兄を感じさせた。ほかの人がもし否定してくれたとしても、双子である自分だけはわかっていた。

 あれは兄だったものだ。

 アスカの心に自分でも理解できない不安が襲ってきた。

 自分はこんな時、いままでどうしてきたのだろうか?。

 あんな兄を、あんな残酷な行いをおこなった兄を、怒りにまかせて罵倒しただろうか。

 兄の心の弱さをなじって、自業自得だと、兄を卑下しただろうか。

 あんな兄をもった哀れな妹として、自己憐憫の姿をさらしただろうか。

 それとも、無謀な出撃をさせたブライトやリンたちを問いただし、厳しく責めたてていただろうか。

 今、自分が演じるべき、アスカはどんな感情につき動かされるべきなのだろうか……。

 ふと、アスカは自分の目から大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちはじめているのに気づいた。流れ落ちる涙をどうしても止められなかった。

 アスカはわかった。

 あたしは、兄を、最愛の兄を亡くした妹なのだ。

 いまはどんな役も演じなくてもいい。

 

 アスカは枕に顔をうずめると、声を押し殺して泣いた。

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