いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第56話 ごめん、わたし幻影に掴まった

 レイの思いきりのいい判断をヤマトは高く評価した。

 あの『万布』は望むべくもないほど軽くて丈夫な盾だったが、攻撃に転じた時には、やはり幾ばくかでも機動力を損なわせる代物だ。

 レイのセラ・サターンが亜獣へむけて突進していく。メリーゴーラウンドを踏みつぶし、ジェットコースターのコークスクリュー部分を吹き飛ばしたかと思うと、コーヒーカップを蹴りあげた。うしろから追走していたマンゲツの足元にむかって、コーヒーカップが宙を転がってきた。亜獣の醜い顔が間近に迫る。

 サターンのからだにぎゅぎゅっと負荷がかかって勢いがとまった。レイはその場に屈みこむと、背中を大きく丸めながら叫んだ。

「タケル、飛んで!」

 ヤマトは背中に携えていたサムライソードを引き抜くなり、サターンの背中にグッと足をかけ大きくジャンプした。空中高く舞いあがったマンゲツの手元の刀が光を帯びていく。眼下に亜獣アトンの姿があった。

 剣を逆手に持ちかえ、そのまま上空から急所めがけて剣をふり降ろそうとした瞬間、繊毛針が亜獣のからだから四方に放たれた。針はヤマトのほうへも無数に飛んできたが、彼の視点は、亜獣の首のうしろ一点に集中していた。

『こいつで終わりだ』

 ヤマトがフルサイズまで伸びたサムライソードの切っ先を亜獣の首筋に突き立てた。そのまま、マンゲツが亜獣の肩にまたがる。

 確かな手応えがあった。ヤマトはそう思った。

 だが、亜獣は倒れなかった。首筋に刃を突き立てられながらも、からだを揺さぶり肩の上に乗ったマンゲツを振り落とそうと暴れた。

「なぜだ?」

 ヤマトの疑問をカメラが読み取り、刃が刺さった箇所をクローズアップした。

 ほんのわずか……、ほんの数十センチだけ、急所とされた場所からずれていた。

『なぜ、ずれた?』

 その思考をAIが読み取り、マンゲツの姿を映しだしているカメラを選択し、メインモニタのほうへ転送した。アトンの肩の上に馬乗りになっているマンゲツは、からだの片側だけにおどろくほどの針が刺さっていた。

『軌道を狂わされたのか?』

 その時、レイがヤマトにむかって叫び声をあげた。

「もうひと太刀!」

 ヤマトはその声に脊髄反射的に反応して、剣を引き抜くともう一撃を加えようと、腕を上にふりかざした。が、その剣の切っ先が亜獣のからだに届く前に、マンゲツは宙に放りだされていた。なすすべもなく、マンゲツは近くにあった、ミラーハウスとお化け屋敷を押し潰した。背中の下でかすかに鏡が砕け散る音がした。仰向けになったまま痛みに苦悶するヤマトの目に、羽根を振るわせ飛んでいくアトンの姿が映った。

「くっ、レイ、逃がすな!」

 その時だった。

 ボワンという空間が膨張したような音が聞こえた。

 

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 空間が膨張したような音は、レイにも感じ取れていた。これが幻影攻撃の合図かどうかはわからなかったが、慎重を要するべき事態だと心得ていた。

 レイはすぐに自分の状態を確認した。

 今、自分はセラ・サターンのコックピットのシートに座っている。そして、今、目の前で翔んで逃げられた亜獣を追いかけねばならない。

 ちゃんと自分の居場所となすべきことをしっかり把握している。問題ない。

 だが、座っているシートの周りの光景は、その冷静な分析と理解を許さなかった。レイの目には、周りを取り囲む計器類が、古ぼけたタンスや傷ついた柱へと変貌してみえた。そして、自分はいつのまにか、みすぼらしいブランケットにくるまれている。

 これは錯覚だ。

 間違いない。

 だが、自分の手元にあるブランケットは、あの時のものだ。これも間違いない。

 いつも手放さずにいたあのブランケット……。母が機嫌がわるい時は、このブランケットを頭から被って震えていた。本当は鮮やかな緑色だったのに苔むした色に変色して、毛がぼろぼろと抜け落ちた。

「レイ……」

 コックピット内から、自分を呼ぶ声が聞こえた。モニタを通してでも、外部デバイスを通してでもない。テレパスラインのような内耳を直接ふるわせるような音声でもない、なにか心の奥底から湧いて出てくるような声だ。

「レイ……」

 もう一度声が聞こえた。あきらかに自分の背後から聞こえている。その思考を読み取ったAIが、メインモニタを自分の背後を映すカメラに切り替えた。

 

 自分の左の肩口に、血まみれの女が取り憑いていた。

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