いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第6話 殴っていいのは殴られる覚悟のあるやつだけだ

 ヤマト・タケルは操縦席にからだを沈め、肘掛け部分に両腕を乗せた。その腕を上下から挟みこむように、椅子の肘かけ部分の上から機材がすーっとスライドしてきた。

 ガタンと音がしてヤマトの腕を固定する。と、下部から穿刺針がせり出してきて、ヤマトの手首に装着されたリングに突き刺さった。

 やがて、穿刺針からつながった透明チューブへと、ヤマトの血がいきおいよく吸い上げられていきはじめた。彼の頭上にある機器まで伸びた長い透明のチューブはみるみるうちに血で満たされ、赤いラインを上まで押しあげていく。

 吸い上げられた血が頭上の機械に到達すると、機材の反対、右側のチューブから血が下りてきて、ヤマトの右腕のほうへ戻っていく。

 一度は吸い出されたヤマトの血が、ヤマトと機材の間で循環しはじめた。

 

 戻される血は吸い出されていく左側より、わずかだが黒く濁って見えた。

 

 頭上に浮かんだホログラフのモニタにアルが映し出された。

 腕時計型の端末から浮かびあがったホログラフ画面を見ながら、アルが言った。

「ほう。ヘモグロビン値が前回よりかなり改善してるじゃねーか。もう貧血は心配なさそうだな」

「おいおい、アル。前回は貧血で失神しかけたわけじゃない」

「すまん、すまん」

「だが、体調は万全なのは安心した」

「当たり前だろ。だてに血気盛んじゃない」

 アルからの映像が途切れると、ヤマトはどこを見るとはなしに、コックピット内にむかって大声をあげた。

「おい、マンゲツ!。オレの血、今日もうまいだろ……」

 どこからともなく、ぎゅるるるといううめき声ともつかない異音が、コックピット内に響いてきた。

 ヤマトは両腕を固定していた機材が外れ、腕が自由になると操縦桿に手を伸ばした。

 その姿はまるで両腕に輸血チューブをつけた患者のようだ。

 

 ヤマトが操縦桿を握る。準備は整った。

 

  ------------------------------------------------------------

 

 事務総長との苦痛の時間を乗り切ったブライト・一条は、急いで司令室へ移動した。

 ブライトが部屋に入っていった時、今まさに飛行機のように現場へむけて射出されようとしているマンゲツの姿と、それに備えているヤマトタケルの様子が、別々の大きなホロ映像となって映しだされていた。

 

 ヤマトタケル……。

 

 ブライトは呟くともなく、その名を口にした。

 もしヤマトタケルという少年を好きか嫌いか聞かれた時、唯一自分だけは「殺してやりたい」と答えてよい権利があるはずだと、いつもブライトは思っていた。

 

 ブライトは子供の頃から、一条家という名門の名を汚さぬように生きてきた。大将を努めていた父の誇りとなるように、親や周囲から望まれる以上のエリートコースをひた走ってきたという自負もあった。三年前、亜獣撃退の司令官に抜擢されたときも、喜びよりも、それは当然だという自信のほうが大きかった。

 だが、ヤマトタケルという少年は、自分の築いてきた今までの『一流』を、根こそぎ否定し、まるで無意味なもののように葬りさった。

 

 それは計り知れないほどの犠牲が出た二年ほど前の上海での戦闘のあとだった。

 

 その夜、ブライトは自分の部屋にヤマトを呼びつけた。身体が怒りで震え、その感情をどうやって抑えたらいいのかわからないほどに激高していた。ヤマトが部屋にはいってくるなり、間髪をおかず大声を咎めただてしたのも当然だった。

「ヤマト、貴様、あの会見の態度、どういうつもりだ!」

「ブライトさんが会見に応じろっていうから」

「それであの受け答えか!」

 ブライトは空中で指をひねるジェスチャーをして、3Dスクリーンを空中に呼びだすと、再生映像をヤマトの目の前につきだした。

 それはつい数時間前に行われた記者会見の映像だった。

 会見席に座っているヤマトが中央に映し出されていた。会見席の周りにドローン型のカメラが何個も浮いているのが見切れて映っている。それは世界中へ関係各社が中継画面を配信している注目の会見であることの証左だった。

 彼の前に世界各国の記者たちが詰めかけ、マイクを向けている。その表情はインタビューというよりも、責任を追及しているかのように険しい。横に責任者として鎮座しているブライトの表情は硬く、居心地悪そうにしか見えない。

 脇には銃を携帯した兵士が数人。すぐ近くにいるのは、草薙大佐だ。

 代表のインタビュアーが口をひらく。その口調はまるで詰問のように冷ややかだ。

「ヤマトタケルさん、昨日未明、あなたと亜獣との戦闘で、4万人近い犠牲者が出ましたが、それについてなにかありますか」

「特になにも」 

「なにも、って、4万人ですよ」

「キミ、これだけの犠牲がでたのになんの反省もないのか!」

「謝罪すればいいんですか」

「犠牲者や遺族に対して言うべきことばがあるでしょ!」

 ヤマトがため息をつくと、ガタンと音をたて立ち上がった。ぺこりと頭をさげる。

「亡くなられた方々、そして遺族のみなさん……本当に悪かったと思います……」

 顔をあげると、ヤマトは屈託もない口調で続けた。

 

「運がね」

 

 別の角度からのカメラに記者たちの驚愕した表情が映し出されていた。誰もが、信じられない、という表情。一瞬、時間が止まったかのような間があくが、すぐにすべての記者たちが、ものすごい剣幕でヤマトに詰め寄り、口々に非難のことばを浴びせはじめた。

「おい、ふざけるな」

「遺族に謝れ!」

 今にもヤマトにつかみかからんばかりの記者にむかって、銃で威嚇して近寄らせないようにする草薙大佐とその部下たちの姿が画面いっぱいに映る。

 殺到してきた記者達の姿が画面をふさぎ、ヤマトの姿が見えなくなる。

 ふっと空中から、映像が消えた。

 

「どれだけ抗議が殺到したと思う」

「まさか4万人?」

「貴様ぁ。まだ反省しないのか」

「なにをサ」

「くっ、なんで……、なんでお前みたいなヤツに力が……、あのデミリアンを動かす力があるんだ……」

「優秀なんでね」

「優秀なヤツが、これだけ犠牲者をだすはずがあるか!。もし、私があのデミリアンを操縦できたとしたら、あんなに犠牲を出しはしない」

「ブライトさん、卑怯だよ。あなたの理想と、ボクの実績を一緒にしないでくれるかな」

「自分の理想と、他人の現実を同列で語るのは、無能な人間のすることだ」

 それは正論だ、とブライトは一瞬思った。だが、理性が感情をねじ伏せることはできなかった。

「きさまぁ!!!」と声を荒げると、ブライトはヤマトの顔を平手で殴りつけた。パンと大きな音がしたが、ヤマトは軽く顔をそむけただけで、すぐにこちらに居直った。

 

「殴ったね」

「それがどうした」

 ヤマトはニタリと笑って言った。

「オヤジにしか、ぶたれたことがないのに」

「なにぃ」

「上官失格だよ、ブライト司令」

 ヤマトがブライトに歩み寄り、下から不満をあらわにした目つきで見あげた。

「なんだ、ヤマト、まだ口答えするか!」

「いや……」

「からだ答え、させてもらう」

 というやいなや、ブライトの脇腹に拳をえぐり込ませた。ピンポイントで急所を殴られ。たまらずブライトは膝をついた。息ができなかった。こんな痛みは経験したことがない。ブライトは痛みにあえぎながら、自分は今までの人生で、一度も殴られたことがなかったことに思い当たった。

「顔を殴ったら痕が残るだろ」

「殴るんだったら腹を殴れ。証拠が残らない」

「オヤジには、何度も何度も、何度もそうやって身体に叩き込まれた」

「貴様、上官にむかって……」

「部下だったら手をあげていいわけじゃない」

「き、貴様ぁ……」

 ブライトは腹を抱えて跪いたまま、ヤマトを恫喝したが、ヤマトは彼を見くだすようにして言った。

 

「殴っていいのは、殴られる覚悟のあるヤツだけだよ」

 

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 ブライトはいやな記憶をふりはらうように、司令室内を映したモニタ映像に目をやった。 十数人ものクルーが忙しそうにしている毎度ながらの出撃前の光景。ブライトは自分の斜めうしろのヤシナミライ副司令官に語りかけた。

「ヤシナミライ副司令。はじめての実戦はどうかね」

「さすがに緊張しますね」

「そうか……」

「ミライ君、いや、ミライ。君はあのデミリアン、マンゲツを見るのははじめてだったかな」

「いえ、セラ・ムーン、セラ・ジュピター号の二体は研修で何度か」

「そうか……」

「あれが天からの贈り物だっていう人たちもいる。君は信じるかね」

「いいえ、私は学校で、あれは地球侵略のためのワナ、ブービー・トラップだ、と習いました」

 ブライトは、久しぶりに聞く初々しい回答に、気分が晴れた気分がした。その証左に、いつのまにか口元が緩んでいる。

「ふ、軍人としては正解の返答だな。ま、そちらの解釈のほうが合点がいく。いつだって、未知の驚異と救世主はセットで現れると決まっている。マッチポンプのようにね」

 

「拾ったものを使うからよ」

 

 うしろの自動ドアが音もなく開いたかと思うと、先ほどまで出撃レーンでヤマトを見送っていた春日リン博士がその会話に割って入ってきた。

「リン……いや春日博士」

 

「どちらにしても善意の贈り物ではないでしょう。でもそれが私にとっては、そそるんですけどね……」

 

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