いつかボク(日本人)が地球をすくう 〜亜宙戦記デミリアン〜 [ラノベ版]   作:多比良栄一

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第65話 レイ、そいつを殺して!

 

 目の前で母がぼう然とした面持ちをしていた。

「母さん、もうやることが尽きたんだったら消えてくれる?」

 やさしくも棘のあることばを聞くやいなや、レイの母親の幻影は顔色ひとつ変えることなく、コックピットの床に沈み込みはじめた。まるでそこが水面であるかのように、ゆっくりと消えていった。

 レイは消えていく母親の姿を目で追おうともせず、すぐさま操縦桿のギアを入れ替えた。

「レイ、前!!」

 司令部からミライの警告の声。レイは正面のモニタに一瞬だけ目をくれた。亜獣アトンが羽根をひろげて飛んできて、眼前に迫っていた。羽根に生えた繊毛が逆立つのが見えた。この距離であの針の銃弾をくらったら、避けようがない。

 レイは反射的に腰にあるナギナタを引き抜いていた。そして亜獣のほうへグッと足を踏みだし、ナギナタを槍投げの槍のよう亜獣にむけて投げつけた。

 ほぼ同時に亜獣アトンの羽根の表面から無数の針が放たれたが、レイは投擲とうてきした勢いのまま、前のめりでからだを地面に投げ出してうつぶせに倒れた。地面に突っ伏したところで、そのうえを無数の針が跳び越えていった。間一髪のタイミングだった。

『あぶなかった……』

 つよい衝撃で地面にからだをぶつけたが、瞬時の判断で被害を受けずにすんだことに、レイはほっとした。ゆっくり起ちあがりかけた時、ブライトの迫った声が聞こえた。

「レイ、とどめをさせ!」

 レイは一瞬、怪訝けげんな表情を浮かべそうになったが、すぐさま正面モニタを亜獣に切り替えた。その映像をみるなり、ブライトの言っている意味がわかった。

 亜獣アトンは羽根をまだ広げたまま、地面に落ちていた。

 地面に這いつくばったまま、手足をバタバタと動かし、苦しみもがいている。

 レイがさきほど苦しまぎれに投げつけたナギナタの刃が、急所と言われていた場所付近に突き刺さっていた。まったくの偶然だったが、アトンの装甲のすきまをかいくぐって刃が刺さったのだ。

 レイが操縦席のペダルを踏む抜く勢いで踏み込む。アトンがまだ絶命に至っていないのは、ナギナタの光の刃の長さが足りなかったせいかもしれない。深部にまで達しきれなかった可能性が高い。

 今すぐ、首元に刺さったナギナタの柄をつかんで、力を与えれば、そう、ほんの数秒、セラ・サターンの力を刃先に送り込めさえすれば、こいつは息絶える。そう確信できた。

「これでおしまいにする」

 レイは転びそうになるほどの勢いで、アトンの首筋に突き刺さっているナギナタの柄に飛びついた。ぎゅっと力をこめて握りしめる。セラ・サターンの体中を青いプラズマがはしり、ナギナタの刃の穂先に力が宿りはじめる。

 レイはぐっと腕に力をこめて前に突きだした。しかし、おかしなことに、それ以上ナギナタが前にでていくどころか、うしろに押し戻されていった。

「なんで?」

 そこにナギナタの柄を途中でつかんでいる手があった。地面に横たわるアトンの首のすぐ近く、地面からまるで生えているからのように、手が下から突きだしていた。何者かの手だけが柄をつかんで、ナギナタを押し戻そうしていた。レイはその手をみて叫んだ。

「邪魔しないで!、リョウマ!」

 司令室の面々がざわついたのが、モニタ越しにもわかった。

 手の主は、レイの叫びに反応したかのように、ゆっくりと地面から浮かびあがってくるように、姿を現しはじめた。

 

 亜獣 プルートゥだった。

 

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 リョウマのセラ・プルートを見るのは実に十二日ぶりだった。

 そのあいだ自分は、どれだけ泣いて、苦しんで、どれだけふさぎ込んだだろうか。アスカは自分の口元がわなないているのに気づいた。いまにも、怒り、嘆き、憤り、悲しみ、いやなにかそれ以外のなにかわからない感情が、口からとびだしそうだった。なにが飛び出すか自分でも想像がつかない。アスカにはそんな制御できないなにかが、自分のなかで爆発しそうなことが怖くもあり、腹立たしくもあった。

 おちつけ、アスカ!。

 アスカは自分のなかの荒波を静めようと、内なる自分にむけて声を放った。

 おちつけ、アスカ!。

 さらにもう一度。

 正気をとりもどせ、いや、狂気でもかまわない。どちらでもない、自分でも説明できない感情に自分が振りまわされそうなことが怖くてしかたなかった。

「兄さん」

 アスカの歯のすきまから、声が漏れだした。

 いや、あれは兄ではない。兄とは呼んではならないものだ。亜獣「プルートゥ」。みんながそう呼んでいるものだ。あたしたちの、人類の、敵なのだ。

 アスカはふーっとおおきく息を吐いた。

 心の中のアスカの意見は決まった。

『レイ、そいつを、そいつを殺して!』

 アスカは自身を自制できた、と口元を緩めた。だが、それは心のなかだけの叫びだった。 

 

 まだそれを口元にのぼらせられるほど、『決意』はかき集められていない。

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